ガンダム一機で何人の胃袋が満たせるだろうか。 作:ふらっとジーン
「ジムは食い飽きた」
そう言って食事を終えた父は腰を上げた。
私は自分と父の空になった食器を洗い桶に入れて、父の後を追った。
彼は私に構いもせずに出発したが、行き先は分かっている。
家から外に出ると、大豆の穂が風に揺れる音があちこちから聞こえる。
左右だけでなく、はるか頭上の地面からも聞こえてくる気がする。
ここは宇宙に浮かぶ円柱の内側に数万の人々が暮らすスペースコロニー。
特に農業、それも大豆の生産が盛んである。
遠くの市街地からは大豆製品を加工する工場の蒸気が見える。
私たち親子の住まいはコロニーの端、宇宙港の近くにぽつんと建っている。
父の仕事場がそこに近いからだ。
急ぎ足で父に追いつき、コロニーのさらに端に向かう。
ごつごつとした人口岩石の地面が途切れ、鉄の床をしばらく歩いた先、無重力の宇宙に近い区画にそれは待っていた。
モビルスーツ。
高さ18メートルはあろうかという巨大人型兵器である。
地球連邦とそこからの独立を求めたジオン公国との戦争の中で生まれたそれは、時代の寵児となった。
そして、一年にわたる戦いの果て連邦は勝利したが、一つの問題が生まれた。
過剰生産されたモビルスーツの使い道である。
戦場は縮小し、そのまま埃を被るだけだったモビルスーツの意外な使い道を、ある一人のパイロットが偶然見つけ出した。
彼は遭難し、飢えをしのぐため手近にあったものをとにかく腹に入れた。
自分の乗っていたモビルスーツを。
ビームサーベルで炙られたそれは、その当時誰にとっても意外にことに、美味だった。
美味だったのだ。
生還した彼はその体験を人々に語って聞かせた。
そしてモビルスーツを食料として消費する現在の我々がある。
ジムは地球連邦が生産するモビルスーツである。
地球連邦にとって最もポピュラーな機体である。
それだけに大量生産され、それだけ我々の食卓に並ぶ。
とはいっても、モビルスーツは一家庭がおいそれと買える物ではない。
時には棄民とさえ揶揄されるコロニー居住者にとってはなおさらだ。
そこでコロニーの自治体が一機を丸ごと購入し、切り分けて各家庭に配給する。
連邦政府も過剰在庫がさばけるため、購入に補助金を出すほどだ。
ジムは特に数が多く、他の機体よりも多く補助金が出ることもあって、食料として消費されるのはもっぱらこの機体である。
しかし、元は兵器である。
食べるにはそれなりの手間がかかる。
モビルスーツの装甲は砲弾をはじくほど硬い。当然そのままでは食べられない。
では件のパイロットはどうしたか。ビームサーベルで炙ったのだ。
しかしコロニー内部ではビームサーベルは危険があり使えない。
そこで先人はミノフスキー麹と呼ばれる麹菌に漬け込む手法を編み出した。
人類の食に対する情熱は計り知れない。
必要な量をモビルスーツから切り出し、各コロニーに常備されているミノフスキー麹に一晩漬け込む。
そうすると人間が食用可能な柔らかさに変わる。
そこからは各家庭の料理人の腕の見せ所だ。
例えば今日の我が家の献立はジムのから揚げだった。
今日配給されたのはジムの腿の部分である。
この部分は量が多く、コロニー内のどの家庭にも行き渡る。
ジムの白い部分は栄養も味も淡白だが、繊維質が多くダイエットには向いている。
色のついている胴体部分は味が濃く、特に動力部品はジムの中でも希少部位とされ、一部の上流家庭にしか配給されない。
モビルスーツの色素は栄養素なのだ。
閑話休題。
私はミノフスキー麹で柔らかくなったこの腿の部分を一口大に切り分ける。
私のコロニーで醸造された醤油をベースとした特製ダレに2時間漬け込むことで味を補う。
そして、片栗粉をまぶし、隣のコロニーの名産品である植物油でカラリと揚げる。
料理としては至極シンプルであるが、素材のシンプルさもあって、それだけに飽きが来ない。
父と私はできたてのジムのから揚げをぺろりと平らげてしまった。
しかし、飽きが来ないにも限度というものはある。
二週間ジムの腿ではレパートリーも追いつかないし、なにより私の父は飽きっぽい性分である。
それが冒頭の父の言葉につながるのである。
私の父は退役軍人である。
退役後は辺境のこの農業コロニーで気ままに生きている。
何を思ったか、退職金代わりに現役時代の機体を貰い受けた。
それが今私の目の前にあるジム・コマンドである。
父と私で手分けして点検を行い、問題ないことを確認する。
味は私も知らない。この「ジムでないジム」は生産数も少なく、食用とされることは稀である。
父が宇宙服ノーマルスーツを着込むのを手伝う。
ジムの派生機と言っても、ジムそのままのやり方で食べることはできないらしく、隣のコロニーは奮発して購入したジムキャノンの下処理に失敗して大損したそうだ。
ジム・コマンドがエアロックに入る。
「今日の獲物は?」私が訪ねる。
「ジム以外」父が答える。
ジム・コマンドが発進する。
父は宇宙を狩場とするモビルスーツハンターに転職していた。
父が出発したあと、私は今日の献立を手抜きの常備菜に切り替えていた。
ジムの腿の味噌漬けである。