007/暁の水平線より愛をこめて   作:ゆずた裕里

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3-1.The Longest Tube (前編)

 ひと仕事終えてホッとした金剛は、助手席で大きく伸びをした。

 ボンドと金剛の乗ったトヨタ・マークXは、一路ボンドたちの鎮守府へ向けて、左右にビルや高架の並ぶ国道を南下していた。

 

「ジェームズ、あの会社にはいつ忍びこむんデスか?今日は潜入の下調べのためにきたんでしょ?」

「いや、あの会社に行く必要はないよ。もう一生ね」

「Why?じゃあ今日は、一体なにをしに行ったんデスかぁ!?」

「これを持ちこむためさ」

 

 ボンドはそう言いながら、金剛のカチューシャを指でつついた。

 

「私のカチューシャ……?」

 

 金剛は子どものように首をかしげて、キョトンとした顔でボンドを見つめた。

 

「そう。実はそのカチューシャには、君に内緒でハッキング用の端末が仕込ませてあるんだ。

つまり君が社長室で私のくだらない話を聞いている間に、Qが君のカチューシャを経由して社長室のコンピュータに忍びこみ、データをすべて抜き取っていたという訳さ。私の本当の任務は二つ、君を社長室まで連れて行くことと、商談をしながらハッキングに十分な時間を稼ぐことだ」

 

 ボンドの説明を聞いた金剛はどうやら納得したようで、にこやかな顔をボンドに向けた。

 

「Wow!時々ひどい訛りで喋ったりしてたのはそういうことだったんですネ!」

「その通り。鎮守府に戻るころには、Qがデータをまとめてくれているだろう」

 

 この後も、しばらくボンドとイギリスの話をしていた金剛だったが、ふと妙なことに気がついた。品川方面に走っていたはずの自分たちの車が、いつの間にか大手町周辺を北に向かって進んでいるのに気がついたのだ。金剛は、ボンドの羅針盤が狂ったのではないかと思った。

 

「ジェームズ、そっちは北ですヨ?行先、逆じゃないですか?」

「いや金剛、ミラーを見てみろ」

「?」

 

 ボンドに言われ、金剛はバックミラー越しに後ろを見る。

 

「二つ後ろの軽トラックが、汐留あたりからずっと私たちの後ろについてきてる。行先を北に向けたのに、ついてくるということは……」

 

 金剛はバックミラーの中に白塗りの軽トラックを見つけた。ガラスには遮光フィルターが貼ってあり、中の様子はよく分からない。

 

「きっと今山海運の回し者だろう。彼女たちの気を悪くするようなことでもしたかな?金剛、見張っててくれ」

 

 そう言うとボンドは、懐のスマートフォンでタイガーと連絡を取った。

 

「タイガー、我々の後ろにストーカーがつけてきてる。車種は白の軽トラック、今は国道17号、東京大学のあたりを北西に進んでいる。攻撃はまだ受けていない」

 

『了解、君たちの位置は金剛のカチューシャからの発信で把握している。

ボンド、君たちのまっすぐ先に首都高速の中央環状線がある。そこに乗れ。君の乗っている車なら、高速に乗れば軽トラくらいは簡単に振り切れるはずだ。

それまでの間に奴らが君らに手を出したら、容赦なく金剛の一撃を食らわせてやれ。あと、もしものために私の使いを現場に向かわせよう』

 

 ボンドはその言葉にホッとした。今ボンドたちの乗っている車は、秘密装備てんこ盛りのスーパーカーではない。強いて言うならちょっと普通の車よりちょっと速く走れるだけの代物だ。しかし、「金剛の一撃」とは何だろうか。一見装備らしきものは着けていないようだが……

 

 ボンドが金剛に「一撃」について聞くと、金剛は肩にかけていたビジネスバッグを開いた。その中に入っていたのは、金剛の艤装に積まれていた三連装砲であった。

 

「これは一体……」

「私服時の簡易艤装デース!」

 

 簡易艤装とは、艦娘が私服姿でも使用できるような、最低限の装備で構成された艤装である。金剛の持っているものは、その簡易艤装を仕込んだQ特製の肩掛けカバンであった。

 

 これらの艤装は普段携行可能な分、弾薬量を犠牲にしており、通常の艤装と同じように撃ちまくることはできない。戦艦としては小型な金剛の場合でも、撃てるのは二度か三度である。

 

 その説明を金剛から聞いたボンドは、金剛に指示するまでは撃たないよう言った。さすがにこんな代物は、簡単に街なかでぶっ放せるものではない。使えるのは敵に確実に命中させられる状況に限られるだろう。

 

「OK!ジェームズ、私に任せてくださーい!」

 

 ボンドの心配をよそに、金剛はそう言って嬉しそうな表情をした。

 

 マークXは巣鴨あたりの交差点で赤信号に引っかかった。ボンドはマークXのスピードを落とすと、真ん中の車線に入ると、横断歩道の前の停止線にゆっくりと止めた。別に今は、信号無視をするほど余裕のない状況ではない。

 ボンドはバックミラーに目をやった。例の軽トラックは、マークXと同じ車線のはるか後ろにあった。

 

「う~ん……赤信号って嫌ですね~。海の上だとこんなことないのに……」

 

 そんな金剛の愚痴をぼんやり聞きながら、ボンドの瞳はミラーをじっと見つめていた。

 あの軽トラックがどんどん近づいてくる。どんどん、どんどん……

 

 

 

 

 ……まったくスピードを落とさずに!

 

 ボンドはマークXを急発進させると、そのままハンドルを思いきり左に回した。金剛が急な左折でボンドの方に倒れこんだその刹那、マークXの真後ろを、大きなスリップ音と共に軽トラックがドリフトしながらかすめていった。突然のことに驚き、起き上がる金剛の隣で、ボンドはマークXをを飛ばしながら、何かを吐きだすように大きく息をついた。

 

「ジェームズ!一体何が……」

「金剛、あの軽トラはクロだ!準備しろ!」

「...All right!」

 

 マークXは通りをしばらく進んだところで、細い路地の中に入っていった。軽トラックもそれに続く。

 ボンドは路地に入れば、多少は軽トラックを振り切れると思っていたが、それは大きな誤算だった。日本の住宅街の細い道は、スーパーカーの持ち味であるスピードを完全に殺してしまっていた。

 その上この時間帯は通行人が多く、ボンドは右折や左折を繰り返しながらかわしていくのに精いっぱいだった。ボンドは軽トラックに何度も追突されながら、必死に大きな通りへの出口を探していた。

 一方、金剛はサンルーフから上半身を出していたが、路地を曲がる際に右や左に振られるため、軽トラをしっかりと狙えない。

 

「ジェームズ!ここじゃ揺れすぎて狙えないわ!」

「じゃあ今はいい!しっかり狙えるところで撃て!」

 

 金剛が席に着いたその時、ボンドはようやく大通りへの道を見つけた。国道17号へ続く道、明治通りだ。

 ボンドのマークXは一気に明治通りへと飛び出した。その際大きなクラクションと共に、右から来た車がマークXのリアバンパーをかすめた。そのまま右折し、明治通りを西巣鴨の方向へと進むボンド。その先に、ようやく高速道路が見えてきた。やれやれ、この先の交差点で左折して突っ切ればそのまま……赤信号だ!

 

 西巣鴨の交差点の前では、信号待ちの車が列をなしていた。ボンドがミラーを見ると、あのいまいましい軽トラックが、猛スピードで突っ込んでくる。くそっ、ついてないぜ!ボンドはハンドルを左に切ると、再び住宅街の中に入っていった。

 

 幸いにも、ボンドがこの住宅街を抜け、高速道路下の国道17号線に出るのは簡単だった。ここから中央環状線・滝野川入口までは一直線だ。ボンドがギアを切り替えると、マークXは吸い込まれるように高速道路の入口へと入っていった。

 

 

 

 マークXはそのまま板橋ジャンクションの合流地点に差し掛かった。ボンドがバックミラーを見ると、大きく引き離したものの、まだ軽トラはついてきている。

 

「金剛、このカーブを抜けたら、あの軽トラに一発撃ちこめ。ここなら確実に当てられるはずだ」

「OK!分かりました!」

 

 金剛はそう言ってサンルーフから上半身を出した。同時にボンドはマークXの速度を落とした。カーブに差し掛かったためでもあるが、軽トラとの間があまりに遠すぎても金剛が狙いづらいと考えたからでもあった。

 マークXはカーブを抜けて、直線道路を進み始めた。それを追う軽トラも、数十メートルほど後ろのところまで追いついてきていた。軽トラの運転手はカーブを抜けた時、さぞ驚いたことだろう。スーツ姿の少女が、マークXのサンルーフから仁王立ちで、背中に担いだ砲をこちらに向けているのだから!

 

「……さっきのお返しですよ!ファイヤー!」

 

 金剛が手のひらを前に突きだしながらそう叫んだと同時に、艤装の連装砲が轟音と共に火を噴いた。その反動は大きく、時速80キロほどで走っていたマークXが、一瞬時速120キロまで加速したほどだった。そして、金剛の一撃は軽トラの運転席を貫通し、荷台のコンテナを木端微塵に吹き飛ばした。同時に車体からは真っ赤な炎が上がり、ハンドル操作が効かなくなったのか、路肩にそのまま突っこむと動きを止めた。

 その一部始終をサイドミラーで見ていたボンドは冷や汗をかいた。まさかここまでの代物だったとは……。もし横に向かって撃とうものなら、この車が横転しかねないな。そんなボンドの隣で、金剛はまだ黒煙ののぼる砲を背中に、燃える車を眺めていた。

 

「Oh...ちょっとやりすぎでしたか……?」

「いや、上等だよ。さあ、席に戻ろうか」

 

 ボンドはそう言うと、前方の看板に目を向けた。

 

「この先山手トンネル 可燃物積載車両は進入禁止」

 

 可燃物……金剛の砲はそれに入るのだろうか。そう考えながらボンドは、一息ついた金剛に目をやった。その時車の後部から、パラパラと何か固いものが当たったかのような音をボンドは聞いた。ボンドは最初、小石か何かを轢いて、それが車に当たったものだと思っていた。

 

 その直後、マークXの後部ガラスが、大きな音を立てて割れた。同時にその後方からパパパッと弾けるような音が聞こえ、目の前のフロントガラスに小さな円形のヒビが二つほど入った瞬間、ボンドはすべてを察した。

 

「伏せろ、金剛!」

 

 ボンドは叫ぶと、金剛の肩をつかんで前にかがませた。ボンドはかがんだ自分の頭上を銃弾がかすめ、フロントガラスを貫くのを感じた。追手はあの軽トラだけじゃなかった。もう一台いたんだ!くそっ、タイガーの助けはまだか!?前みたいに電磁石付きのヘリコプターであいつらを吊り上げて、東京湾に叩きこんでくれるんじゃないのか!?ボンドは再び、タイガーに連絡を取った。

 

「タイガー!軽トラは片づけたが、今度は別の追手から銃撃を受けている!今は熊野町ジャンクションを過ぎたあたりだ!早く助けを……」

『いまそっちに向かわせているところだ!あともう少しでつくはずだ、何とか耐えてくれ!』

 

 あともう少しっていつになるんだ!?銃弾を躱すために屈みながら車を運転していたボンドは、周りが突然暗くなったのを感じた。ボンドが顔を上げると、暗がりの中にオレンジと青の光が、前から来ては後ろへとかっ飛んでいった。トンネルに入ったか……このままでは、タイガーの助けなぞ望めるはずがない。

 

 首都高速中央環状線の大井ジャンクションと熊野町ジャンクションの間にある、この山手トンネルは最長区間を走り抜けるならばおよそ15分はかかる世界最長の高速道路トンネルである。

 もちろん間に一般道への出口はあるものの、出たら出たで一般車の通行が多い山手通りに出るため、先ほど通った国道17号のように逃避行には向かない。その上、ビル街や高架の立ち並ぶ一帯であるため、タイガーのヘリコプターもそうやすやす降下できない。一般道を猛スピードで飛ばす危険の中で、来られないかも分からない助けを待つのは得策ではないだろう。

 大井ジャンクションまでの間に、スピードを保ちつつ地上に脱出する道は二つ。首都高速新宿線に続く西新宿ジャンクションと、同じく渋谷線に続く大橋ジャンクション、そのどちらかである。

 

 金剛の砲で敵を撃つという選択肢もあるが、あの威力ならば確実に命中させなければトンネル内を破壊、最悪崩落の危険もある。そうなってしまっては、さすがのタイガーでも尻拭いはできない。さらには金剛を銃弾の雨にさらすことにもなる。彼女は艦娘ではあるが、艤装を外せばただの娘だ。艦娘が普通の人間より耐性があるとしても、命の危険につながる可能性は大いにある。敵をやるならば他のやりかたを考えた方がよさそうだ。

 

 ボンドは頭をあげると、そのままサイドミラーを覗きこんだ。マークXの真後ろを、黒塗りのハイエースが追ってきている。この車に追いつくなんて大したものだ。おそらくエンジンを改造してあるのだろう。

 そうボンドが考えた瞬間、ハイエースの窓からG36Cアサルトライフルを持った手が伸び、火を噴いたと同時にサイドミラーが砕け散った。片腕であのアサルトライフルを扱うとは、なんて屈強な男だ!

 

 こうしてボンドと金剛の乗ったマークXは、オレンジと青の照明が曳光弾のように前から飛んでくる、この長い暗闇の中を、鉛玉に追い立てられながら通り抜けていくのだった。


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