007/暁の水平線より愛をこめて   作:ゆずた裕里

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6.Agent Under Fire

 〇一三〇時。

 

 ボンドは監視カメラや明かりを避けながら、フェンスの金網を切り、その奥へと入っていった。行先は、今山海運沖縄集積所。この大型倉庫群に、ボンドは単身乗り込んだのだ。

 

 これらの倉庫は一見なんの変哲もない普通の建物にしか見えない。しかしボンドが昼間に視察したところ、一帯は厳重な警備で守られており、その上警備員の脇に妙なふくらみがあるのを確認した。大きさからして、ベレッタM92あたりの拳銃だとボンドは考えた。日本の、しかも普通の警備員がそんな代物を持っているなど普通では考えられない。それだけでも、怪しさは五割増しといったところだ。

 

 両側にコンテナの立ち並ぶ中をくぐり抜けたボンドは、そのまま倉庫の陰へと駆けていった。そして倉庫の壁にダクトを見つけると、そこから中へと潜りこんだ。

 

 これまでの調査の結果からしても、ここに今山海運と深海棲艦を結ぶ何かがあるのは確実だ。その確証が掴めれば、神崎に報告して艦娘たちで一気に制圧しよう。いや、それよりもタイガーに報告して海上保安局あたりを動かしてもらう方がいいのだろうか……

 

 そんなことを考えているうちに、ボンドの目の前に赤い光が見えた。ダクトの蓋の隙間から漏れる、倉庫内の薄暗い明かりだ。ボンドは明かりに近づくとブラインドのようなダクトの蓋から部屋の中を覗いた。倉庫は海からそのまま入れるようになっており、小型の船舶なら倉庫の中で積み下ろしなどの作業ができるようだ。その様子は倉庫と言うよりも、潜水艦基地のようにボンドの目には見えた。しかし、赤い照明と薄暗さのため、倉庫内の全体像はよく分からない。

 

 ボンドは意を決してダクトの蓋を取り外し、倉庫の中に降り立った。真っ赤な照明が、何の変哲もない倉庫を毒々しい雰囲気で包み込んでいる。何の変哲もない小型クレーンや、ドラム缶や木箱などの物資でさえも不気味なもののようにボンドには見えた。ボンドがドラム缶や木箱を調べると、中は石油や火薬などの戦略物資であった。

 火薬?ボンドは訝しんだ。その原料になる肥料や硝酸がここに置いてあるならば、前日に降ろしたことで筋は通るが、すでに生成された火薬が置いてあるというのは、一体どういうことなのか。

 

 その時、倉庫内が水銀灯の点灯する音と共に一気に明るくなった。ボンドは反射的に、埠頭沿いの物資にかけられていたカバーの中に身を潜めた。その直後に、海に面した大きな扉がパトランプの回転と共にゆっくりスライドする。こんな時間に荷揚げをするとは、秘密裏に何かを運んできたのだろうか。そんなことを考えながらカバーから扉を覗いていたボンドは次の瞬間、我が目を疑った。

 

 

 扉から倉庫内に入ってきたのは貨物船ではなく、異形の怪物、深海棲艦の一団であった。ボンドが見ただけでも総勢十二隻の大船団である。その連中が入ってきたと同時に、倉庫の奥から紺色のツナギに身を包んだ男たちが姿を見せ、横付けされた深海棲艦たちに駆け寄っていく。

 

 ここはただの倉庫じゃない。深海棲艦の前線基地だ!今山海運は深海棲艦に他社の船を攻撃させて業績を上げ、逆に今山海運は深海棲艦に前線基地を提供する……。ここに来てようやく、今山海運と深海棲艦の密接なつながりが証明されたというわけだ。

 

 そしてツナギの男たちの後ろから、MP5k短機関銃を持った警備員と共に現れたのは、赤い瞳が不気味に輝く、異様に白い肌をした女だった。その女は深海棲艦のメンテナンスを始めたツナギの作業員たちに指示を飛ばしている。おそらくあの化け物どもの同類だろうが、ほとんど人間と変わらないじゃないか!もしかしたら、より人間に似た奴が、社会に潜んでいるかもしれない……あんな深海棲艦の存在を、タイガーたちは知っているんだろうか?

 

 

 この光景を写真に収めようと思い、ボンドは小型カメラを手にした。しかしその時、突如ボンドを覆っていたカバーが引きはがされた。振り向いたボンドの眼に入ったのは、あの時大空に飛ばされたはずのジョーズの姿だった。ボンドは念のためワルサーPPKを携帯していたのだが、小型カメラを持っていたおかげでとっさに抜くことができなかった。

 

 「こんなところまで飛ばされてきたのか!」

 

 恨み言のようにボンドは吐き捨てると、ジョーズの腕をかわすためとなりの木箱の山に登った。ボンドが深海棲艦や警備員たちの前に姿を現したと同時に、一気に倉庫内が騒がしくなった。ボンドは出入り口から一気に警備員が入ってくるのを見たが、それよりも今はジョーズを何とかしなければいけなかった。このあたりは危険物の集積場だし、下手に銃を撃ってはこないだろう。足を掴もうとするジョーズの頭を蹴りながら、出入り口に向かっていたその時……

 

 ボンドの頭を銃弾がかすめ、はるか背後の壁に穴を開けた。

 

 一気に背筋がゾクリとするのを感じたボンドは思わず動きが止まった。ジョーズに視線を向けると、ボンドと同じように目を丸く見開いて硬直してしまっている。二人はしばらく視線を合わせていた。

 

 「ヤバいぞ!」

 

 ボンドのその言葉と共に、二人は山から飛び降り、危険物の中をスタコラ逃げるように駆け出した。直後に二人のいた木箱の山は爆音を立てて吹き飛び、周りの箱やドラム缶も次々と、ボンドとジョーズを追いかけるように誘爆していった。クソッタレ!ここの警備員はジョーズ以上のアホばかりか!?

 そんな呆れにも近い感情を抱えながら、ボンドはワルサーを取り出すと、その怒りを一撃づつ警備員たちに叩きこんでいった。できるだけ物資にあたらないように撃っていたつもりだったが、ボンドはもうやけくそに近かった。ボンドはようやく出入り口にたどりついたが、その扉は鍵がかけられていた。ジョーズが鍵を壊そうとノブをひねる間、ボンドは倉庫の奥側にある広めの集積場に出て、別の出入り口を探していた。

 

 その時、ボンドの全身を熱波と衝撃が襲いかかった。ボンドは瞬時に荷物の中に屈んだものの、熱波の勢いは凄まじく、容赦なく埠頭の水の中へと叩きこまれてしまった。明らかに危険物いっぱいの倉庫に引火したレベルの爆発だった。ボンドは薄れる意識の中、この爆発を不審に思った。どういうことだ?まだ火は他の倉庫まで回っていないはず……

 

 

 

 

 

 〇九〇〇時。

 

 「タイガー、お久しぶりです」

 「神崎、現時点での報告を。今山海運の集積所で何が起こった?」

 

 那覇空港から出た車の中で、タイガーは神妙な面持ちで神崎に問いかけた。

 

 「昨夜〇二〇〇時ころ、集積所は突如大爆発を起こし、完全に消滅しました。警察は倉庫内の危険物が発火したとして調べを進めているのですが……」

 「何だ?」

 「調査の結果、発火地点が海沿いの第三倉庫なのに対して、爆心は内陸の第五倉庫だそうです」

 「第三倉庫から第五倉庫に引火したんじゃないのか?」

 「いえ、確実な情報ではないのですが、第五倉庫の残骸に、引火した形跡はないそうです。ただ、残骸からみて、火薬の精製設備があったことは確かです」

 「そうか。それでボンドはどうだ?」

 「昨晩集積所に潜入すると言って以来行方不明です。川内たちに集積所周辺を探させているのですが、出るのは深海棲艦の残骸やボンドより小柄な遺体ばかりで……あと集積所周辺からどこかに泳いでいく大男を見たという報告もありましたが、ボンドとは特徴が合わなかったため調査を中断しました」

 「やはりあそこは深海棲艦に関係があったという訳だな。となると集積所もボンドが爆破したか、さもなくば、証拠隠滅の為敵に爆破されたか……ってところだろう」

 

 

 

 

 

 

 タイガーが沖縄に降り立った翌日の一四〇〇時頃。

 

 どこまでも続く大海原を、戦艦を旗艦に駆逐艦を引きつれた艦娘の船団が進んでいた。旗艦を務めるのは、思いつめた形相の金剛だ。彼女は他の駆逐艦と違い、ボンドの行方不明を知った昨日の昼からずっと、休みもとらずボンドの捜索に繰り出していた。

 タイガーや神崎は交代するように忠告したが、金剛はそれを無視し続けた。そのため、今朝はもう二人とも金剛に何も言わなくなっていた。ボンドの遺体が揚がりでもしない限り、金剛は探し続けるだろう。そうタイガーは神崎に語った。

 ジェームズは生きている、きっと生きていて、この海のどこかにいる。今度は私がジェームズを助けなきゃ。その思いだけが金剛を強く奮い立たせていた。昼夜休むことなく出撃し、鋭い視線で水平線を360度見回すその様子に、数日前までのどこか弱気な金剛の姿はなかった。

 それでも時折航海中にふらつくその様は、駆逐艦たちをひどく心配させた。

 

 「金剛、無理してはいけません。休むことも任務ですよ」

 「大丈夫デース。心配しないで!」

 

 声をかけてくれた駆逐艦、浜風に、金剛は笑顔を向けた。

 

 「どの道そろそろ交代の時間なので戻りましょう。あなたも含め、みんなクタクタですし」

 

 その浜風の提言を聞いたその時、金剛の電探に大きなノイズが引っかかった。ただの深海棲艦のノイズではない。駆逐艦たちの電探にもこのノイズは引っかかったらしく、皆動揺を隠せなかった。金剛はノイズのした方向をじっと睨んだ。何か島のようなものが、南方の方角、そう遠くない距離に浮かんでいる。あれ?ついさっきまでは、あんなもの見えなかったのに……

 

 「金剛、この件は報告だけして、あとは交代要員に任せて……」

 「私はあの島を一度見てきます。皆さんは先に鎮守府に戻っていてください」

 

 その言葉に浜風は目を丸くしたが、金剛のいつも以上に険しい面持ちに、言葉を失ってしまった。駄目だ、今の金剛は何を言っても聞く耳を持たない。

 

 「分かりました……くれぐれもお気をつけて」

 

 金剛は鎮守府へと去っていく浜風たちをじっと見送った。そして水平線の縁に艦隊が消えると、金剛は洋上に浮かぶ得体のしれないものに向かって進んでいった。

 金剛の胸中には一抹の不安もなかった訳ではない。しかし金剛には、それ以上のボンドへの思いがあった。そして同時に、金剛は少し嬉しさも感じていた。金剛はボンドからたびたび、彼の武勇伝として、単身様々なところに乗りこんでいった話を聞いていた。今まで金剛はボンドの話を聞くだけだったのだが、こうして自分が乗りこんでいく身になったことで、少しだけボンドに近づけたような気がしたのだ。ジェームズ、あの日の夜、貴方が倉庫に乗りこんでいった時も、もしかしたらこんな気持ちだったのですか?

 

 金剛は自分の進む先を睨みながら、ボンドから貰った弾丸をしっかりと握りしめた。




  ―ごあいさつ―

ご無沙汰しております。

前回の更新からだいぶ間があいてしまいましたが、スランプからの脱却も果たして、ようやく更新再開です。
これからは新作(言いようによってはリメイク?)と同時進行で進めようかと考えているので、以前のようなペースで更新できるかは分かりませんが、出来る限り早めの更新を心がけていきたいとは思います。

よろしくお願いいたします。


PS 劇場版艦これ、見に行きました。
物語冒頭の流れから、ミッションインポッシブルみたいに深海側のスパイ探しのサスペンスが始まるんじゃないかとひとり密かに期待しておりました。

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