高垣楓「私、被虐行為に興奮するんです」   作:ドラ夫

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高垣楓「私、被虐行為に興奮するんです」

 絶え間なく耳に入ってくる万雷の拍手。止むことなく炊かれ続けるフラッシュの嵐。収まることを知らない人々の熱狂。

 

 ──二万人。

 

 ため息でさえ大きな音となるこの人数が、一人の女性の為に集まり、精一杯の祝辞を述べていた。

 紳士は少しでも彼女の目に留まろうと高級スーツを着こなし、淑女は少しでも彼女に近づこうと今日の為に新調したドレスに身を包んでいる。

 しかしてそんな豪奢な観客達に囲まれようと、今日の主役である彼女の美しさは少しも色褪せていない。むしろ石ころの山の中にあるダイヤが輝く様に、他のすべての人が彼女の引き立てている様にさえ見える。

 そしてこれほどの熱狂に包まれていようとも、彼女の持つ独特の雰囲気、世界観は少しも変わらない。むしろ他の観客達が、少しづつ彼女に呑まれて行っている様な気さえする。

 

 今日は彼女──高垣楓のトップアイドル・アワー授賞式。

 事実上、彼女は今日この日を持って全てのアイドルの上に立つ事になる。

 純白の豪華なドレスを見事に着こなし、熱狂する人々に萎縮することなく、普段通りのなだらかな笑みを送る彼女を見ると、その称号は相応しいことが伺える。

 

 彼女が司会者からマイクを受け取ると、シンと会場が静まった。先程までの熱狂が嘘の様だ。

 マイクを通して、彼女の息遣いが聞こえてくる。その音は先程までの大歓声より、強烈なインパクトがあった。たった一つのため息が、二万人を圧倒していく。

 

「今日は私なんかの為に集まっていただき、ありがとうございます」

 

 彼女と出会ってからもう四年ほどになる。それでもこの声を聞くたびに、もっと聞きたい、と思ってしまう。いつまでたっても聞き慣れない。良い意味で、だ。

 

「この賞を受賞出来たことはとっても名誉なことだと──」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「ふう……」

 

 惜しむような拍手を背に受けながら、彼女が舞台袖の方に歩いて来た。

 急いでスタッフ達が近寄り、嬉しそうにタオルや酸素ボンベを渡していく。

 彼女に仕えるのが嬉しくて仕方がない、という様子だ。

 あれじゃあもう灰かぶり(シンデレラ)じゃなくて、お姫様だ。実際アイドルの頂点になったのだから、あながち間違えではない。

 

 彼女は俺の存在に気がつくと、トコトコと歩いて来た。

 ただでさえ身長の高い彼女が今日はハイヒールを履いているせいで、ほとんど俺と変わらない高さになっている。

 一歩、二歩──俺の方へと少しづつ、しかし確かに近づいてくる。そして俺と彼女の距離がほとんどなくなり──そのまま俺の横を通って行った。

 

「この後、いつもの居酒屋で待ってます」

 

 通り際、彼女は俺の耳元で甘く囁いた。

 この後スタッフと打ち上げがあるはずだろ? と言おうとしたが、彼女は振り返って、俺の唇に右手の人差し指を当てて言葉を止めた。

 まるで俺の心を読んで、言葉を先読みしたみたいだ。

 彼女の指は長くて、細くて、白い。爪には翠色の星のマニキュアが塗られていた。

 今度は左手の人差し指を自分の唇に当てて、一つウィンク。

 俺は見事に何も言えなくなった。

 次の瞬間には彼女は俺のことを見てなくて、今の(・・)プロデューサーの方に歩いて行っていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 いつもの居酒屋、そう彼女は言った。俺はフラフラとした足取りで、一軒の寂れた居酒屋に来ていた。

 ここでいいのだろうか、と不安になる。

 確かにここには彼女と何度も来たが、それは遠い昔の話だ。彼女が売れ、新米プロデューサーである俺の元を離れ、上司のプロデューサーが担当になってからというもの、一度も来ていない。

 

 二人でよく来ていた時よりも更に錆びれた看板を見て、ふと昔を思い出す。

 あの時は彼女はモデルを辞めたばかりで金銭的余裕がなく、よく俺がここで奢っていた。

 今ではもう、彼女は俺の何倍、いや何十倍とお給料をもらっているだろう。こんな居酒屋になんて、行くことはないんだろうな。

 ドレスコード必須のレストランで、シェフに料理の説明をされながら、一品一品丁寧に食べていく。相手は──そうだな、若手の実業家なんかが相応しいだろう。

 

 いつか一緒に和歌山に行こう。ええ、是非いらして下さい。いっぱい案内しちゃいます。

 こんな曲を歌えたらいいですね。きっと歌えるさ、いや歌える様にしてみせるさ。

 ここはホッケが美味しいんだよ。本当ですか? それなら一口食べさせて下さい。代わりに、焼き鳥をどうぞ。

 昔は本当に色々なことを話した。

 でもそれはやっぱり昔のことで、昔の事というのは大抵美化されるものだ。

 

 特に何をするでもなく突っ立っていると、彼女が向こうの方から歩いて来た。

 特に視力は良い方ではないが、どれだけ遠くにいても彼女だけはハッキリと分かる。

 白いプラダのコートをスッポリ来て、大きめのサングラスを掛けていた。変装用にだろうか。

 首には俺が昔プレゼントした、赤いマフラーが巻かれていた。俺としてはちょっと背伸びして買った物だが、今の彼女からしてみれば安物だ。それなりに時も経っているので、ヨレてきている。

 彼女が来ている他の服や装飾品と比べると、そのマフラーは見窄らしく、酷く不釣り合いだった。

 

 あのマフラーは正しく俺だ。

 もうとっくに場違いなのに、なんとか彼女にしがみついている。彼女の優しさに甘えて。

 それを今日こそ、断ち切らなくてはならない。

 ずっとそれが恐ろしくて、逃げてきた。それも今日で終わりにしよう。

 

「お待たせしました、プロデューサー」

「そんな、待ってなんかいませんよ。それと私はもう、高垣さんのプロデューサーじゃありません」

「すみません。でも、プロデューサーって呼び方がしっくりくるんです。呼んではいけませんか?」

 

 ……どうせ呼ばれるのは今夜が最後、か。

 むしろ名前で呼ばれるよりも、スキャンダルになり辛いかもしれない。

 

「わかりました。プロデューサー、で構いません」

「……そんな畏まった話し方、しないでください」

「そんな訳には行きませんよ。俺みたいな新米プロデューサーが、貴方みたいなトップアイドルに昔みたいな口調で話すなんて、そんなこと出来ませんよ。分かるでしょう?」

「分かりません」

 

 彼女にはこれからがある。

 トップアイドルになったからって、高垣楓はそこで止まらない。日高舞の様にトップアイドルを超えたアイドルになって、やがて女優に転換して……

 そこから先は、俺には想像も出来そうにない。とにかく、彼女にはこれからがある。そしてその道を閉ざさないことが、俺に出来る最後のプロデュースだ。

 

「今日はお誘いを断りに来たんです。この後恋人と会う約束があるので。まあここに来たのはついでです。待ち合わせの場所が近くだったので、直接会って断った方が良いかな、と」

「嘘です」

「……本当です」

「いいえ、嘘です。興信所に調べてもらいましたから。プロデューサーに恋人や肉体関係を持つ友人などはいません」

「興信所……?」

 

 どういうことだ? そう俺が聞く前に、彼女は膝を折ってその場に座り込んだ。そのまま腰を折り、三つ指をついて──早い話土下座した。

 

「ちょ、ちょっと! ここ地べたですよ! いや、それ以前に土下座なんて止めて下さい!」

「お願いします……どうか…お願いします……」

「分かりました、分かりましたから!」

 

 こんなところ記者に、いや一般人にだって見つかるわけにはいかない。俺は土下座する彼女を無理矢理立ててせて、急いで居酒屋に入った。

 彼女はとても、軽かった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「かんぱい」

「……かんぱい」

 

 ビールが並々と注がれているジョッキをコツンとぶつかる。

 その動きは正に阿吽の呼吸というやつで、こぎみよい音を響かせながらも、中の小麦色の液体をこぼすことはない。

 そのことが嬉しくもあり、嬉しくなった自分が少し不愉快だった。

 無言で座っていると、頼んだ料理が何品か来た。お刺身などの海鮮系を中心に、ゴボウサラダなどの野菜を頼んだ。幸いなことに、俺と彼女の食事に関しての好みは似通っている。

 

 カチャカチャと、箸を動かす音だけが響く。時折飲み物を飲む音も。

 こんな美人とお酒を飲みに来て、この態度は男として失格だろう。しかしこれで良いのだ。俺は今日楽しみに来たのではないのだから。

 何も起こさず、何もせず帰る。それが今日俺がすべき事、いやするべきでない事か?

 

「プロデューサー」

「……何ですか?」

「初めてお会いした時の事を覚えてますか?」

「ええ、まあ。朧げには」

「私はハッキリ覚えてますよ。不慣れな都会に疲れて、地元のお酒を探していたら、プロデューサーが話しかけてきたんです。「アイドルに興味ありませんか? あ、いや、その、怪しいキャッチとかじゃないんです! ホラ、名刺見てください! バラエティとかの提供スポンサーとかで見る名前でしょ?」。一字一句、仕草に至るまで覚えてます」

「……そうですか。私は忘れてしまいました」

 

 嘘だ。

 一字一句、仕草どころか、全てを覚えている。雑踏の音、空気の匂い、道行く人の顔に至るまで、全てを覚えている。

 人は何かショックな事があると、その時の光景を一生忘れないのだという。

 例えば普段使っている電車。普段乗っている時の事など覚えていないが、隣に座ったおじさんの体臭が臭かった時などは、いつまでたっても記憶に残っている。

 おじさんの体臭となど比べるべくもないが、俺にとって高垣楓との出会いは相当衝撃的な事だったのだろう。

 

 ……そういえば、何故彼女は今になって俺を誘ったのだろう? 日本酒を飲む彼女を見ながら、ふと考える。

 俺の事を好き、何て事はないだろう。もしそうだとしたらこれまだ何の音沙汰もなかった事が不自然だし、俺にはそこまで好かれる要素はない。

 これまでお付き合いした人数は二人。二人とも向こうの方から別れを切り出した。

 告白を断られた事は五回。五人ともそこそこ仲良かったんだがなぁ。

 告白された回数、一回。でもあの娘、色んな人に告白していたからノーカンとしても良いかもしれない。いや、悔しいからカウントしとこう。

 またとにかく過去のデータを検証しても分かる通り、俺はそんなに魅力的な人間じゃない。少なくとも、高垣楓と釣り合う様な人間じゃない。

 

 話が逸れたか。

 今大事なのはどうして彼女は今になって会いに来たのか、だ。

 今のプロデューサーに嫌気がさした?

 それはない。

 彼女と今のプロデューサーの仲の良さは、会社の中でも評判だ。何度か二人でいる所を見た事があるが、あの噂が真実だ。間違いなく、二人の仲は良好だ。

 

 昔仲の良かった人間と、久しぶりに飲みに行きたくなった。

 これは実際、俺もよくある事だ。

 旧友と昔話に花を咲かせながら、昔からの味を楽しむ。なんとも心躍る事だ。

 しかし今日はトップアイドル・アワー授賞式。何も今日行かなくても良いだろう。

 彼女は気分屋なところがあるが、流石に名誉ある授賞式の打ち上げを無意味に蹴る様な真似はしないだろう。

 

「私、待ってたんですよ」

「えっ?」

「プロデューサーがまた居酒屋に連れて行ってくれるの、待ってたんです。私は囚われのお姫様ですから、王子様が迎えに来てくれるのを、待ってたんです。でも痺れを切らして、自分の方から会いに来ちゃいました」

 

 囚われのお姫様。

 俺と彼女が一緒にした最後のお仕事。

 ……心が、グラついた。

 高垣楓に「待っていたんです、王子様」と言われてグラつかない男がいるだろうか? いや、居ないだろう。

 ダメだ。彼女のペースに呑まれつつある。ここは早めに本題を切り出して、さっさと会計を終えて、タクシーを呼んで帰らせよう。

 

「高垣さ──」

「プロデューサー」

 

 小市民の俺の言葉は、お姫様の言葉に簡単にねじ伏せられた。

 居酒屋に広がっていた喧騒が俺の耳に入らなくなり、料理の味と匂いが消え、遂には視界から彼女以外の全てが消えた。

 しかしそれに反比例するかの様に、五感は鋭くなっていく。

 高垣楓での全てを見逃さんと。

 

 

 

「私、被虐される事に興奮するんです」

 

 

 

 世界が止まった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ──は?

 いやいや待て。

 彼女は今何といった?

 被虐される事に興奮する? それはつまり、マゾという事か?

 

「被虐されるのが嬉しいってつまり、その、そういう事ですか?」

「ええ、そうです。マゾヒズム、と言ったほうが分かりやすいかもしれませんね。叩かれる事や殴られる事はもちろん、羞恥や辱めなども興奮します」

「それは何とも……凄いですね」

 

 凄いですね、じゃないだろう。

 

「プロデューサーは、どうして私がトップアイドルを目指したかご存知ですか?」

「え?」

 

 どうしてトップアイドルを目指したか?

 そんなの、アイドルなら誰でも目指すものじゃないのか。

 

「理由は二つあります」

 

 彼女は人差し指をピンと立てた。マニキュアはもう落とされていた。

 

「一つ目は、プロデューサーがそれを望んでいたからです。私はプロデューサーの所有物です。プロデューサーの望みを叶えるのは当然ですよね?」

 

 話し終えると、次は中指を立てた。

 

「二つ目は……説明するのが難しいですね。ご存知かもしれませんが、私あまり、気持ちを伝えるのが得意じゃなくて……

 そうですね……トマトは上から落ちた方が綺麗、と言ったらいいんでしょうか。 それと同じです。高みから堕ちたかったんです。

 私はマゾヒストですけど、誰に叩かれても、いつ殴られても興奮する、というわけではないんです。普通の人のキスと同じです。好きな人と、ロマンチックな雰囲気の中でするキスはお好きでしょう? でも相手が嫌いな人だったり、気分じゃない時にせがまれたりするとお嫌でしょう?

 それと同じです。

 高い高いところから堕ちて、とっても優しくて、好きな人に加虐される。そうなるともう、何をされても、何をさせられても興奮します。痛みも羞恥も、快楽に直結します。いえ、直結するという言い方はすこし違うかもしれません……

 痛いから、恥ずかしいから興奮するんです」

「な、なるほど」

「プロデューサーがさっきから私と距離を置いているのは、私の将来を心配してですね?」

「……」

「その心配はもうありませんよ。アイドル辞めましたから。違約金も全額払ってきました」

「は?」

 

 彼女はまだまだこれからだ。それなのに、こんなタイミングで辞めるなんて……

 それに、彼女ほどの大物になると違約金もバカにならないはずだ。

 

「信じられませんか?」

 

 何を?

 信じられない事ばかりだ。

 彼女が被虐主義者で、俺の事が好きで、俺のためにトップアイドルになって、でもアイドルを辞めて。

 

「プロデューサー」

 

 混乱する俺に彼女が手渡したのは、取り分け用の大きなさえ箸。

 

「これで私の太ももを刺してくれませんか?」

「なっ……」

 

 彼女はジッと俺を見てくる。

 何を言ってるんだ、そんな事出来るわけないだろう。俺はそう言ってたしなめるべきだろう。

 しかし俺は箸を受け取ると、机の下で、彼女の太ももを白いスカートの上から突き刺した。

 

「んっ! くぅっ……」

 

 彫刻のような顔を歪めて、必死に痛みを耐える顔は、俺の嗜虐心を大いに昂らせた。

 俺はもう、どうでも良くなったのだ。

 世間体とかキャリアとか常識とか、彼女の前では何の意味もない。

 そう、そうだった。

 俺は彼女のファン第一号。

 彼女の魅力に、とっくの昔に魅了されていたんだ。

 

「ぐう、んぅ……もっと強くしても、構いません、よ?」

 

 もっと力を込めて、箸を押し付ける。加えて、グリグリと箸を捻る。

 楓は体をすこしくの字に曲げ、眉をしかめ痛みに耐えている。しかし口角は下がり、笑みが抑えられないという様子だ。

 よく見ると頬を赤く染まっている。

 箸を止めると、楓は息を荒げて痛めつけられた所を愛おしそうにさすった。

 

「はあ、はあ…… ふふ。このスカート、もう履けませんね。ちなみに、十二万円です」

 

 当たり前だが、さえ箸はさっきまで料理を取り分けるために使っていた。そのため先端は汚れている。

 彼女の太ももは机の下にあるためここからは見えないが、彼女のスカートには汚いシミが付いているだろう。

 俺がつけた汚れだ。

 

「……出ようか」

「分かりました。お会計、してきますね」

「タクシー止めてくるから」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 高級マンションの42階。家賃は月136万円のこの部屋が、楓が住んでいる部屋だ。

 部屋に入ると、そこにはほとんど生活感というものがなかった。机と椅子、ベット、服、生活必需品だけで嗜好品の類が一切ない。

 

「あっ、少し待って下さい」

 

 そう言うと楓は俺の背中を押し、玄関に戻した。そしてリビングに入り、ドアを閉めた。

 

「いいですよ」

 

 俺は遠慮なく廊下を進み、何をしているのだろうと期待に胸を膨らませながらドアを開けた。

 ──いない。楓がいない。

 

「いらっしゃいませ」

 

 いや、いた。

 服を脱ぎ、下着姿になった彼女はドアのすぐ前で三つ指をついて土下座していた。

 ここまでしてくれるとは。

 俺はお返しに、楓の頭を踏みつけた。

 

「ぐぅぅ──」

 

 顔を床に押し付けられ、呻くような声を発する。

 しかし体は歓喜でプルプルと震えていた。俺はそのまま足の裏で楓の頭を撫でてあげた。

 

ぐりぐりぐりぐりぐり

 

 ──よく出来たぞ、と褒めてやる。

 

「きゃぅ、んぐっ、ああっ!」

 

 あの楓を、トップアイドルを俺が足蹴にしている。

 

「あっ……」

 

 足を上げると、切なそうに楓が声を上げた。

 安心しろ、これで終わらせる気はない。

 俺は足を15センチほど持ち上げた後、今度は思いっきり楓の後頭部目掛けて踏みつけた。

 

「ぶぎゃっ!」

 

 優美さの欠片もない悲鳴をあげる。

 楓は歓喜のあまり、体を大きく揺らしていた。俺は楓が快楽の余韻に浸っている間に、靴下を脱いだ。長時間革靴に包まれていた俺の足は、自分でも顔をしかめたくなるほど発酵していた。

 

「舐めろ」

「はい」

 

 俺が命じると楓は力の入らなくなった腕に何とか力を込め、見上げてきた。打ち付けてしまったのか、鼻からは鼻血が垂れていた。

 淡い翠色の下着を、楓の血が赤く染めていく。

 楓はまず手で俺の足を恭しく持ち上げると、ほっぺたにスリスリと擦り付けた。そして今度は鼻で指と指の間の臭いを嗅いでいく。鼻血が足につくが、不快感はなく、むしろ心地よい。

 

「プロデューサーに見下ろされながら、足を舐めるなんて……とっても興奮します。それでは、失礼いたしますね」

 

 まず俺のつま先に優しくキスをする。そして親指から人差し指、中指、薬指、小指と順番に舐めていく。

 チロチロと、初心な少年が初めて女体を舐める時のような、焦れったい舌での愛撫。

 どうですか、とばかりに上目遣いで見上げてくる。

 

「ペロ、ペロ……んぅ、しょっぱい………」

 

 焦れったい。いつまで舌だけで舐める気だ。

 俺は屈んで楓の頭を掴んで固定して、思いっきり足を口内に突っ込んだ。

 

「おげぇっ!」

 

 横隔膜や口蓋垂(喉ちんこ)を直接蹴ったのに、楓は歯も立てず、嘔吐もせず、精一杯俺の足に奉仕した。

 

「うげっ! ぐぇ! じゅるるるる──おえええ!」

 

 足を吸い出し、思いっきり指先を喉で舐めたところでとうとう楓は足を吐き出してしまった。

 楓の柔らかな唇と、俺の汚い足との間に唾液の橋がかかる。

 

 『こいかぜ』、楓のデビューシングルにして代表曲。

 この時代にあって100万枚以上売り上げた、伝説的な歌。彼女の美声は数多の人々を虜にした。

 その『こいかぜ』を歌った、多くの人が恋い焦がれた楓の喉を、俺の足拭きにする。

 あまりにも非現実すぎるその行為に、甘い官能が俺の頭と背筋を駆け巡った。

 

「お仕置き、ですか……?」

 

 期待するように見上げる楓。

 足を離してしまったことへのお仕置き、ということだろう。

 俺はニコリと笑うと、彼女の髪を掴んだ。

 

「あっ髪を」

 

 そしてそのまま、力任せにベットまでひきづった。

 

「痛い痛い痛い痛い! プロデューサー!!」

 

 髪を引っ張られるのはかなり痛いようで、楓は手足をばたつかせた。

 しかし俺の手を攻撃して、手を離させるようなことはしない。

 彼女をダブルサイズのベット脇に投げた。相当疲れたようで、肩で息をしながらベット脇にもたれかかる。

 下着姿の楓が顔を赤くして、目を潤ませながら、ベット脇にもたれかかっている。

 その姿は俺をより一層高ぶらせた。

 

「楓……」

「プロデューサー……」

 

 俺は屈んで楓の顎を掴み、キスをした。先ほどまでの過激な行為が嘘のような、優しいキス。

 唇を離すと、名残惜しそうに潤んだ瞳でこちらを見つめる。俺は目を合わせながら、袖で楓の鼻血を拭ってあげた。

 

「プロデューサー。好きにして下さい。私はどんな行為でも受け入れます、それこそ人権を無視したようなことでも。そう、今から私には人権はありません。ただプロデューサーへの服従と、行為への背徳だけです。泣いて叫んで痛がっても、止めないで下さい」

 

 そう言うと楓は再び土下座した。

 俺は楓に寄り添い、さっきと同じ様に顎を持ち上げた。そしてそのまま渾身の力を持って楓の頬を鞭打──つまりビンタした。

 

「きゃあ!」

 

 叩く事を目的とした鞭打だが、楓の華奢な体は耐え切れず、横に吹き飛んで行った。

 

「痛い、痛いです……」

 

 ポロポロと涙が溢れていた。

 楓は地べたに這ったまま、紅葉型に腫れた頬を手でさすった。

 ──口はうっすらニヤけている。

 

「楓、手を後ろに回せ」

「はい」

 

 言われた通り従順に、手を後ろに回す。俺は楓の後ろに回り込んで、手をベットのシーツでキツく結んだ。

 解けないか縛りながら確かめていると、楓の方から小さな喘ぎ声が聞こてきた。この行為ですら、彼女にとっては快感らしい。

 

「立て」

 

 俺が命令すると、彼女はプルプル産まれたての小鹿の様に震えながら立ち上がった。腰は快楽で砕けており、太ももは力が入らない様だ。

 そして付け根の方には、水滴が滴っている。

 

 俺は後ろから抱きしめる様に近づき、両手で楓のお腹を撫でた。肋骨や横腹、おへその周り。満遍なく撫でていく。

 甘い愛撫で楓が油断したところで、思いっきり首筋に噛み付いた。

 楓はさらなる快楽を得て、より一層体をしならせた。いよいよ自分で立っていられなくなったところでベットに腰掛けさせる。

 楓が荒い息づかいと紅潮した顔で俺を見る。俺はマクラからマクラカバーを取り外し、楓の小さな頭にかぶせた。これで前は見えない。

 そして楓の背を蹴り、ベットから蹴落とす。

 

「何処ですか、プロデューサー」

 

 楓は俺を探し、フラフラと立ち上がった。

 目が見えない、というのは思ったより恐怖心を煽る。

 俺は音を立てず楓に近づき、左手で太ももの付け根を、右手でお腹を撫でた。

 

「ひゃっ!」

 

 予想外の刺激に楓が一瞬硬直した瞬間──渾身の力を込めて楓のお腹を殴打した。

 グニャリと、何かが潰れる感触が拳に伝わった。

 

「かひゅ!」

 

 空気が抜ける音と共に、楓はその場に崩れ落ちた。そして痛みのあまりわ床の上で手足をもがれた虫の様にのたうち回ってる。

 女の子のお腹は殴っちゃいけないって祖母が言ってたっけ。

 

「ぐぅ、いたぁ! ……ぐす、ひっく」

 

 痛みのあまり、泣き出してしまった。昔から、少し子供っぽいところがあったし、仕方がないか。

 俺は彼女に忍び寄り、太ももに鞭打した。パチンッ! と小君良い音が響く。

 

「あああっ!!」

 

 バシンッ!

 

「ひぐっ!」

 

 バシンッ!!

 

「も、もう無理ですプロデューサー! これいじょ──」

 

 バシンッ!!!

 

 鞭打するたびに、楓の真っ白な太ももが赤く腫れ上がっていく。

 楓は痛みに耐えかねて、立ち上がって逃げ出した。

 トコトコトコ、ベットルームに彼女の軽い足音が響く。

 俺はゆっくり彼女の方に近づき、再び腹部を殴打した。

 

「ごへっ!」

 

 先ほどの空気を吐き出す様な声ではなく、内臓を吐き出す様な生々しい音が口から零れる。

 

「あ、あああ……子宮が、降りてきてるから、潰れちゃう」

 

 お腹をガードしようにも、手は後ろで結ばれてる。

 うつ伏せになってお腹を隠すと、今度は太ももに鞭打が飛んでくる。

 ──逃げ場はない。

 俺は最後に、楓のおへその辺り──子宮を殴りつけた。深く拳が突き刺さり、楓の中を感じた。

 楓は失禁しながら気絶してしまった。

 体は快楽で小刻みに震え、時折大きく痙攣している。口はだらしなく開き、ヨダレやらなんやらがっぱなしだ。

 しかしやはり、口角は下がっていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「起きたか」

「プロデューサー……」

 

 最高の目覚め。

 目を覚ますと、プロデューサーが私のすぐ側にいた。私は嬉しくなって、直ぐにプロデューサーに抱きついた。体を押し当てて、私の匂いをプロデューサーに擦り込む。

 

「体、大丈夫か?」

「大丈夫じゃありません。プロデューサー無しじゃ生きていけない体にされちゃいました」

 

 少し動くと、太ももやお腹がズキリと痛んだ。見てみると、そこには手形や痣が所狭しとついていた。

 プロデューサーが私につけた、征服の証。

 それを感じると電気が背筋を走り、もうなんだかよく分からない体液が止めどなく分泌されて、下着を濡らした。

 プロデューサーの視線が、私の体に釘告げになっている。私の傷だけの体を見て、興奮している。

 

 すっかり加虐主義者になってくれた様だ。

 

 私はこのために、ずっとプロデューサーを誘導してきた。

 思わせぶりな態度をとり私だけを見る様にして、他のプロデューサーにプロデュースされる事で独占欲を燃え上がらせて、トップアイドルとして崇められる事で劣等感を与えて、接触を断つことで喪失感を味あわせる。

 四年間も欲してきた私を手に入れて、加虐した今、プロデューサーは途方もない征服したいという欲にに支配されているはず。

 良いんですよ、プロデューサー。その支配要求に身を任せて、私を独占してくれて。お金ならありますから、ずっと一緒にいましょう。

 

「楓、首を絞めるよ」

 

 プロデューサーはあの赤いマフラーで、私の首を絞めた。

 知ってますよ、この赤いマフラーに自己投影してなさってるんでしょう? これで首を絞める、首輪か何かの暗示でしょうか。

 必死な様で、愉悦の様で、そんな表現でプロデューサーが私の首にマフラーを巻きつける。

 

 トマトは高いところから堕ちた方が美しい。

 あんなに優して誠実だったプロデューサーが、今は私を痛めつけることしか考えていない。

 

 ──囚われの姫は、果たしてどちらでしょうか?









楓さんメインのSSなのに一度も親父ギャグが出てきてない、だと……!?
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