高垣楓「私、被虐行為に興奮するんです」   作:ドラ夫

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ロリコンではないけど小梅と輝子の事だけは性的な目で見てる。
正直前の話で終わらせる予定だったから、蛇足かもしれない。






白坂小梅「えへへ……私を、殺したい?」

 屍体愛好家(ネクロフィリア)という性癖がある。

 加虐主義者や被虐主義者と比べてマイナーなこの性癖は、読んで字の如く、屍体を愛する性癖の事だ。

 屍体愛好家(ネクロフィリア)の中には屍姦をする様な人間もいれば、ただ死体を愛でるだけという人間もいる。変わったところで、生きている人間を信用出来ないから殺して恋人や友人にする、という人までいるそうだ。

 屍体愛好家(ネクロフィリア)の人間は少ないが、それ故か屍体愛好家(ネクロフィリア)の中でも更に特殊な性癖を持った人間が多いのだ。

 

 ──そして白坂小梅は、これまた一風変わった屍体愛好家(ネクロフィリア)である。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 油断した、というべきなんだろうか。

 部屋に入った時から変だな、とは思っていた。部屋には甘い匂いが充満していたし、小梅がいつもより服をゆるく着て口元を隠していた。

 だけどそこから甘い匂いの正体がクロロホルムである事を察して、小梅がそれを吸い込むのを防ぐ為に口元を隠している事を推察するのは、いくら何でも不可能だろう。

 精々が芳香剤が溢れたとか、風邪でも引いたのかとか、その程度の考えしか思い浮かばなかった。

 まだ手足は痺れていて、満足に動かすことが出来ない。いやそれどころか、舌も痺れてて、話すことすらできない。

 

「あ……起きたんだ。おは、よう」

 

 薄暗いこの部屋に、小梅が入ってきた。

 そう。なにを隠そう、あの人畜無害な小梅に一服盛られ、監禁されたのだ。

 小梅の部屋で一緒にホラー映画を見て、気が付いたら、この部屋に監禁されていた。明らかにさっきまでいた女子寮じゃない。

 部屋の中は暗く、金色の髪をした小梅の姿が辛うじて見えるくらいだ。部屋全体はとてもではないが見渡せない。いやそもそも、瞼が満足に動かなくて、満足に眼が開かない。

 

「先ずは、こんな真似して……ご、ごめんなさい。で、でも……安心、して? 暴力を振るう気は……ないから」

 

 ぺこり、と小梅が頭を下げた。柔らかな金色の髪がヒラヒラと揺れる、けれどやっぱり片目は見えない。

 どうしてこんな事をしたんだ?

 ここはどこだ?

 色々と言いたいけど、口が痺れて声が出ない。

 

「あ、あのね。今日は、私の……じ、自慰に付き合ってもらいたいの」

 

 ハァ!?

 

「私はね、屍体愛好家(ネクロフィリア)なんた。えっと、つまり……屍体しか愛せないの。でも、新鮮な屍体は、バイオハザードでも起きないと……手に入らない。だから、私を屍体にするの。自分が見るも無残に、むごたらしく惨殺されるところを、想像して……えへへ、ワクワクしてきちゃった」

 

 小梅は袖で隠れた両腕を恥ずかしそうに口元に寄せて、その場でぴょんぴょん跳ねた。

 屍体愛好家(ネクロフィリア)、というのはよくわからない。けれど、自分をその状況にいる様に想像して、自慰をするというのは何となく分かるような気がした。

 ロールプレイ、という言葉があるように、人は憧れているものになってみたいと思う生き物だ。その一環、なのだろうと思う。

 それに一部のサディストなんかは自分で自分を“お仕置き”する事で、加虐的要求を満たす事があると聞く。その時、彼等はサディストでありマゾヒストでもある。

 小梅が自分を屍体にする事は、つまりはそういった類の一つなのだろう。

 屍体愛好家(ネクロフィリア)でありながら、自分も屍体。

 

 ──こうして、小梅の自慰が始まった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「えへへ……えへへ」

 

 小梅は笑いながらプロデューサーの体の上によじ登った。幸い、小梅はとても軽い。声を出せない彼が苦しがっているのかどうかは分からないが、そこまで辛くはないはずだ。

 首に手を回し、顔を胸元に引き寄せる。普段のしっかり者の彼からは考えられないほど、すんなりと小梅の胸に抱きかかえられる。

 痩せすぎであばらが浮き出て、その上日光に当たらないせいで真っ白な小梅の体は、さながら屍体の様だ。

 

「どうせなら、一緒に楽しもう? もしかしたら、屍体愛好家(ネクロフィリア)に目覚めるかもしれないし。そしたら、一緒だね……」

 

 返事を聞く前に、小梅は続きを話し始める。尤も、向こうは返事をできるような状態ではないが。

 

「想像、してみて。プロデューサーの太い腕が……私の事を思いっきり抱きしめるの。わ、私はね……最初戸惑うんだけど、抱きしめられた事が嬉しくて、直ぐに抱き返すの。ぎゅーって、えへへ……」

 

 小梅はプロデューサーはプロデューサーの首から手を降ろし、背中をに手を回した。ほとんど筋肉のない細腕に出来る限り力を込め、抱きしめる。

 直ぐに息が上がり、体が紅潮していく。疲労によるものか、それとも愉悦によるものか。

 

「チックタック、チックタック。一秒かな、二秒かな、十秒かな、それとももっとかな……? ゆっくり、ゆっくり、少しづつ……でも確実に、プロデューサーの力が、強くなっていくの……」

 

 動かないプロデューサーの腕を掴み、自分の腰に回す。そして再び小梅はプロデューサーの腰に手を回し、抱きしめた。

 非力な小梅と、力の入らないプロデューサー。世界一非力な抱擁だった。

 

「私の骨──肋骨かな? メキメキと軋んで、内臓も圧迫されていって、苦しくて、辛くて、息苦しさが増していって……ついに、呼吸も出来なくなっちゃったね。口もパクパク開いて、涎が止まらなくて、涙も出てきちゃう……。唾液に少しずつつ、血が混じっていくの。

 私は掠れた声でわ、訳も分からず、謝るんだけど……プロデューサーは許してくれなくて、どんどんどんどん力を強めていくんだ。私は命の危険を感じて、必死に抵抗するの。じたばたーって」

 

 小梅は爪を立てて、プロデューサーの背中を優しく引っ掻いた。引っ掻く、というよりは撫でるという表現が正しいか。

 何も知らない人間が見れば、それは恋人への愛撫に見えるだろう。

 今度は前歯で、鎖骨のあたりに噛み付く。そのままハムハムと噛み続け、プロデューサーの胸板を涎まみれにする。

 

「でも私の力は弱くて、プロデューサーにはかなわない……。私はダランと腕を下げて、諦めちゃうの。く、口からは血じゃなくて……吐瀉物と胃液が出始めてる。『オエーー』って、ゾンビみたいにね、えへへ……

 限界まで密着しているせいで、お互いの心音が聞こえちゃうね。プロデューサーは興奮してるせいで、ドコドコドコドコって……とっても早い心音。私の心音はそれに反比例する様に、とくん……とくん………とくん………… えへへ、遅くなってきたね。もうすぐ、屍体になれる……よ。屍体になった私を、プロデューサーはどうするんだろうね? 屍姦するのかな? ゴミの様に捨てるのかな? ホルマリン漬けにするのかな?」

 

 小梅はプロデューサーに体を預けながら、ゆっくりと目を閉じていった。

 体から力は抜けていき、手足だけでなく、首もダランとプロデューサーの胸板に預ける。

 口はだらしなく開き、小梅の真っ白な肌とは正反対の、真っ赤な舌が覗いている。舌の先からは涎が滴り、ゆっくりとプロデューサーの胸板を伝っていく。

 まったく力の入ってない状態で、もたれ合う二人。

 

 ──沈黙。無音。静寂。

 

 光のない薄暗い部屋の中から、音までもが消えていく。

 静まり返る闇の中、やがて小梅が絶頂を迎えた。

 自分が屍体になったという興奮が身体を火照らせ、電気が背筋を駆け抜けていき、頭を刺激する。

 

「ん゛ん゛んんんーーーーー!」

 

 声にならない声を上げながら、プロデューサーの膝の上でガクガクと体を震わせた。

 さっきまでの屍体の様な表情から一変、快楽に顔を歪ませた。興奮により、身体中に血が回る。頬だけでなく、身体中が赤くなる。

 腰はカクカクと前後運動をし、手足はバタバタと暴れ回っている。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあーー……」

 

 最後にプロデューサーの動かない身体に抱きつき、身体を擦り付けながら余韻に浸る。

 身体をくの字に反らし、下半身と腹部のみ擦り付け、白目で後ろを見る。

 

 これが小梅の自慰。

 屍体を愛でる彼女の、自分の愛で方。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「えへへ……どうだった? 気持ちいい?」

 

 自慰を終えた小梅は、その感想を尋ねてきた。

 一言で言えば、気持ち悪い。そう思った、そう感じた。

 あんなもの、悍ましい以外の何物でもない。

 今すぐ小梅の肩を掴んで、叱りつけたい。

 しかし依然として薬は効いていて、体は動いてくれない。

 

「本当は……三週間経った屍体が好きなんだけど、我慢…出来なかった……」

 

 そういえば、昔死後三週間が経過したゾンビが好きだって言ってたっけ。

 まさか屍体愛好家(ネクロフィリア)的な意味で言ってたとは、どんな伏線回収だよ。

 

「今回は、オーソドックスな窒息死にした……よ。私の体格だったら、あのまま圧迫され続けたら、骨が折れて内臓に突き刺さって死んじゃったり……圧迫死する事もあると思うけど……最初だったから、ゆっくり味わえる、窒息死にしたんだ」

 

 まるでTSUTAYAで借りてきたホラー映画の説明でもするかの様に、小梅は自らの死因を語った。

 

「骨が軋んで、肉が痛めつけられて、内臓が潰されて……私は屍体になった。しかも、殺してくれた相手は、プロデューサー…… 嬉しくって、爆発しそう。最高の、スプラッタショーだね」

 

 最低だ。

 何処が最高なもんか。こんなのが許されるのは、映画の中だけだ。

 

「体力が回復してきたから、下着を変えてくる…ね。少しの間……ここで待ってて」

 

 そう言って小梅は、部屋を出て行った。去り際、ハンカチの様なものを口に押し付けられた。

 手足どころか、まだ口も痺れていて痺れていて、払い退ける事もできずに無抵抗に吸い込んでしまう。

 またあの……甘い………にお、い……

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「夜……。ここからが本当の時間だよね……」

 

 薄暗いこの部屋では昼も夜もあったものではないが、どうやら外は夜らしい。

 小梅は新しい服に着替え、戻ってきた。

 手には──ナイフとハンマーがそれぞれ握られている。

 案の定プロデューサーの膝の上に乗ると、クタッと置かれた手のひらにナイフとハンマーを握らせた。

 

「次は、撲殺と刺殺……両方一緒、だよ。欲張り……かな?」

 

 小梅はそう言いながら、プロデューサーの上で楽しそうに揺れた。これから行われるスプラッタショーを想像して、気分を高めているのだろう。

 

「先ずは、撲殺から……」

 

 ハンマーを握っている方のプロデューサーの腕を持ち上げ、頭を叩かせる。

 完全に力の入っていない、ハンマーの持つ重さだけの一撃だが、細い小梅はそれだけで頭をチカチカさせた。

 小梅は痛みに性的快感を覚えたりはしないが、“死”に近づいてるという感覚には興奮を覚える。

 だらしなく口角は下がり、足がガクガクと震え出す。

 

「はああぁぁぁ……」

 

 十三歳とは思えないほど、艶やかな声が溢れる。それは完全に少女のものではなく、女のものだった。

 

「やっぱり、プロデューサーは最高……だね」

 

 プロデューサーの首に手を回し、顔を近づけ、キスをした。最初は触れる位の優しいキス。

 一度口を離し、大きく息を吸い、目を見つめながら、貪るようなキス。動かないプロデューサーの口内を、舌で蹂躙する。歯の裏や下を隈なく舐め上げる。

 最後にプロデューサーの舌を思いっきり吸い上げる。下品な水音が広がるが、小梅は気にしない。

 

 プロデューサーの唇を貪りながら、プロデューサーのハンマーを持つ手を握る。プロデューサーの手を操り、自分の鎖骨の辺りを叩かせる。

 同時に、小梅は自分に暗示をかける。「生命与奪の権利はプロデューサーにある。満足させなければ殺される」。

 小梅はより一層音を立ててプロデューサーの唇を貪る。同時に、ハンマーを鎖骨に当てる回数も増やしていく。

 

ぴちゃぴちゃ、ずるるるる

 

こん、こん、ゴンッ!

 

 キスの音と、ハンマーの音だけが響く。

 小梅は想像する。

 必死でプロデューサーを満足させようとキスを続ける小梅。しかしプロデューサーは一向に満足せず、ひたすら小梅のことをハンマーで叩く。

 最初は骨が少し痛む程度。痛みというよりむしろくすぐったい。

 しかし小梅の顔はすぐに歪むことになる。

 ハンマーを振り下ろす力が徐々に強くなっているのだ。ハンマーが肉を打ち、骨を響かせる。

 力で敵わないことを知っている小梅は、プロデューサーに自分の価値を知ってもらおうと、無我夢中でキスをする。

 しかし無慈悲に、プロデューサーがハンマーに込める力は少しづつ増えていく。

 

 ハンマーを打ち付けられるたびに、小梅の体が大きく揺れる。叩かれたところは内出血で赤紫色に滲み、ズキリと痛んだ。

 筋肉の繊維が痛めつけられ、骨がミキミキと嫌な音を立てる。

 

「おええええ!」

 

 一際強く、プロデューサーがハンマーを振るった。

 小梅は初めて、自分の内臓の位置を自覚した。

 プロデューサーのハンマーに皮膚の上から圧迫され、柔らかい内臓が形を変える。

 形を変えた内臓が胃をせり上げ、吐き気がこみ上げてくる。

 

「あ゛……あ……?」

 

 吐瀉物がのどに突っ掛かり、息が出来なくなる。

 殴られて、ゲロして、そのゲロが詰まって死んじゃうはんて……

 小梅は危機感を感じ、体をバタつかせる。

 するとプロデューサーは、先程よりも強烈にハンマーを振るった。ハンマーは小梅の胸にあたり、胸骨を破った。衝撃はそこで止まらず、内臓を蹂躙し、背骨にまで駆け抜けた。

 その結果肺の中の空気が圧迫され、喉を駆け抜けて行ったお陰で気道は確保できたが……

 

「う、う゛ぅーーーーーーー」

 

 小梅は胸の辺りを押さえ、その場で丸くなった。痛みのあまり、立ち上がることはおろか、声を出す事も出来ない。

 呼吸のたびに身体中が悲鳴を上げ、自然と呼吸がハウリングのような押し殺したものとなる。

 いよいよ脳がキャパシティを超え、吐き気すら催してきた。

 

 小梅が己の死期が近づいてくるのを悟る中、プロデューサーもまたそれを理解した様だった。

 ハンマーを持っている手の反対の手──つまりナイフを持っている手を動かし、小梅の子宮を突き刺した。

 小梅は痩せすぎているせいで骨が浮き彫りになっているので、骨を避けてナイスを通すのは実に簡単だった。

 柔らかい筋肉を貫き、無防備な子宮を切る。傷口からは熱い血が噴出し、流れ、地に滴る頃には冷たくなる。それでも更にナイフを突き刺すと、コツンと何か硬いものにぶつかった。恐らく、背骨であろう。

 

 小梅は口を大きく開き、パクパクと何かを言おうとしたが、結局は空気が漏れた音が少ししただけだった。

 そしてナイフを引き抜いたプロデューサーは、小梅が次に何かする前に、首を掻っ捌いた。

 鮮血が舞い、肉が溢れた。

 

──間違いなく、絶命した。

 

 傷口から血がダラダラと流れている。死してなお筋肉が反射でピクピクと動いている。白目の中を黒目がグルグルグルグル、目など生きていた時よりも余程素早く動いている。

 未来ある十三歳の少女を、この手で殺したのだ。プロデューサーはその背徳感に酔い痴れ、その興奮のまま小梅の屍体を更に弄ぶ事にした。

 血でドロドロになった服に手をかけ──

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁあああ!!!」

 

 そこまで考えたところで、小梅はとうとう絶頂を迎えた。本当はもう少し長く楽しみたかったのだが、あまりにもプロデューサーが凄く(・・)て、我慢出来なかったのだ。

 本当は小梅の屍体をプロデューサーが屍体し、行為の最中に死後硬直したせいでポッカリと穴が空いたまま閉まらなくなる所まで想像したかったのだが……

 

 体の奥から体液が溢れ出し、堰きとめることもなく、垂れ流出て行く。

 同時に、獣のようなよがり声を出す。

 こんな喉を酷使してしまう様な声の出し方をしてしまうなんて、アイドルとして失格だ、と小梅は思った。

 激しい快楽の後は、心地の良い余韻が残る。

 小梅はプロデューサーの膝の上で、力なく倒れ伏した。

 

「そ、そろそろ…動けるように、なった……?」

 

 答えはない。

 その代わりにズリズリと、這うような音が聞こえてくる。

 これから始まる今夜のメインスプラッタショーを想像して、小梅はより強い快楽に浸った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 いつの間にか、体の痺れが取れていた。

 小梅の自慰を見ていたせいで、自分の体の様子を把握するのを忘れていた。なんてアタシは馬鹿なんだ!

 

「小梅!」

 

 アタシはPサンの屍体の上に乗っていた小梅を押し倒した。

 小梅の体は軽く、あっけなくPサンの体の上から落ちた。ほんの少しだけ罪悪感が起きたけど、Pサンの死体を間近で見て、直ぐにそんな思いは消えた。

 

「涼さん……」

「どうしてこんなことをしたんだ、小梅!」

 

 アタシが怒鳴りつけると、小梅はへらへらと笑い始めた。

 この世界の面白さを教えてくれたPサンを殺しておいて、アタシにとっての恩人であるPサンを殺しておいて、アタシの好きだった人を殺しておいて、こいつはヘラヘラ笑ってる! それを自覚すると、小梅への殺意がふつふつと体の奥底から湧き上がってきた。

 その上、小梅はあろうことかPサンの屍体を弄んだんだ! 屍体で自慰をするなんて、それもわざわざアタシの前で!

 アタシは怒りを込めて、小梅を睨んだ。気づかないうちに、相当な力を込めて小梅の腕を握っていた。

 けれど小梅は、アタシの怒りを受けて、思いっきり腕を握られて、それでも笑ってこう言った。

 

 

 

「えへへ……私を、殺したい?」

 

 

 

 アタシの手には、いつの間にかハンマーとナイフが握られていた。

 これはきっと、Pサンが最後に授けてくれたモノ。

 アタシはそれを思いっきり振り下ろした。

 小梅は両手を広げて、それを受け入れた。

 ハンマーで小梅の頭を何度も叩く。

 ナイフで小梅の体を何度も斬り刻む。

 その度に、小梅の体から力は抜けていき、アタシの手には小梅を殺した感触が色濃く残って行った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「なあ小梅、俺を殺してくれないか……」

「えっ?」

 

 最初は何かの冗談だと思ったんだ。

 スプラッタ好きの私を楽しませようとして、またプロデューサーさんが変な方向に走った。プロデューサーさんは仕事は凄くキッチリやるけど、プライベートではおっちょこちょいな人だから。

 きっと今度もそう。そう思ったんだ。

 

「本気だ。本気なんだよ、小梅。俺は、俺は屍体愛好家(ネクロフィリア)だったんだ。お前と一緒にホラー映画を見ているうちに気がついたんだ。今では愛を通り越して、屍体を崇拝すらしてる」

 

 屍体愛好家(ネクロフィリア)、私はその単語を知ってた。ホラー映画仲間の間で良く出てくる単語だったから、調べたことがあった。

 でもまさか、プロデューサーさんが屍体愛好家(ネクロフィリア)だったなんて……

 

「俺はきっと、そのうち耐えきれなくなって、アイドルを殺してしまう。実際、もう限界が近いんだよ。頼む小梅、俺を殺してくれ。お前に、殺されたいんだ」

 

 プロデューサーさんは泣きながら、けど笑いながら、そして震えながらそう私に頼んだ。

 プロデューサーさん曰く、殺されることも快楽、らしい。

 だから私は、プロデューサーさんを殺した。

 私の非力な手で、時間を掛けてゆっくりと、首を絞めた。

 

 そしてプロデューサーさんを、好きな人を殺した私は、その快感の虜になった。

 私はその瞬間から、屍体愛好家(ネクロフィリア)になった。プロデューサーさんみたいに、誰かを殺したくなって、殺されたくなった。

 きっと、プロデューサーさんもそうだったんだ。プロデューサーも『あの子』を殺したから、屍体愛好家(ネクロフィリア)になったんだ。

 『あの子』が殺された時、プロデューサーも死んだ。

 プロデューサーが殺された時、私も死んだ。

 小さな恋の密室事件。

 

 えへへ、涼さん。

 涼さんはどうなるのかな?

 私を殺したあ……と、りょうさ………んも…………

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「よう涼! 今日はよろしくな!」

「よろしくお願いします、夏樹さん」

 

 ? なんだか涼の様子がいつもと違う。

 いつもはもっと、元気があるのに。ってなんだ、風邪引いてんのか。

 

「風邪引いたのか?」

「えっ?」

「ホラ、マスクしてんだろ」

「あ、ああ……」

 

 なんだか今日の涼は煮え切らない。

 まあいいか、ライヴが始まれば、エンジンも入るだろう。

 ……そういえば、この控え室やけに甘い匂いがするな。

 

 

 

 

 

 

 ──松永涼は、一風変わった屍体愛好家(ネクロフィリア)である。






叙述トリックがやりたかった。
第三者視点→涼視点→第三者視点→涼視点という感じです。
プロデューサーが既に死んでいて、死んだプロデューサーの視点でした落ちは流石にありきたりすぎるかと思って止めました。

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