となりの相模さん   作:ぶーちゃん☆

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忘れ物と相模さん

隣人に教科書を貸してやった翌日、俺はさらなる衝撃の光景を、今まさに目の当たりにしている。

 

「あ、あの…比企谷、きょ、教科書忘れちゃったから、見せて欲しいんだけど…」

 

え、どゆことなの…?

 

 

昨日は本当に意味が分からなかった。あの相模が俺に教科書を見せて欲しいと懇願してくるなんて、どう考えても有り得ない。

いや、この世の中には有り得ない事など無いのだと言う人も居るように、たかがあれしきの事を有り得ないなどと言うこと自体がナンセンスなのかも知れない。

だがしかし、普通に考えたらやはりどうしても有り得ない事なのだ。

 

――相模ってああ見えて実は勉強の虫だったりとか?だから教科書を忘れたくらいで授業が疎かになるのがどうしても許せない、とか…?

 

――もしくは実は進級がヤバいくらいの成績で、いま授業を疎かにしている場合じゃない、とかか…?

 

ふむ、まぁどちらかと言えば後者の方が実にらしい気がするのだが、それでもあの相模だよ?

たぶんこの学校内で、一番俺を嫌っているであろうあの相模。

無駄にプライドばかり高く、そのくせどうしようもないヘタレ。仕事も責任も他人に押し付けてすぐ調子に乗る、自分を可愛がりが過ぎるあの相模が、大嫌いな俺なんかに頭を下げてまで教科書を見せてもらおうとするだろうか?

あまつさえ素直にゴメンと謝ったり、ありがとうとお礼を言ったり、トドメは可愛い顔文字メッセージときたもんだ。

 

ハァ…なんか逆に恐くて教室入りたくないわー。相模の隣に座りたくないわー。

 

などと登校中ずっと不毛な思考にとらわれながらも、気付けば俺はしっかりと自分の席に着席していたのだった。

ここまでどうやって辿り着いたか記憶が全く無いんですけど。いやー、習慣って恐いよね。

 

「お、おはよ…」

 

なん…だと?なんか隣から挨拶が聞こえてきたんですが。戸塚か?戸塚なのか?

だがしかし、この声は悲しいかな戸塚の声とは違うんだよね…。

そう、きのう不覚にも俺にお兄ちゃんスキルを発動させやがったあの人物の声である。

 

恐る恐るではあるものの、そちらの方向へとチラリ一瞥してみると、相模はすでにこっちは向いていない。

が、俯き気味のその顔から覗く頬と、ショートカットから覗くその耳は、昨日と同じように朱色に染まっているのだった。

 

「…うす」

 

――は?なに俺挨拶とか返しちゃってんの?バカなの?バーカバーカ!!くそ、朝から顔も体も超熱いわ。

 

なんかもう相模の方を向くのが照れ臭くなってしまった俺は、極力そちらを見ずに鞄から教科書やらノートやらを机に移す。

でもちょっとだけ気になってしまい、ついチラリと横目で見てしまった相模の俯きっぱなしの横顔が、なんか嬉しそうにニヤニヤしてたんだけど。「なにこいつマジで挨拶返してきてやんの。笑えるんだけどー、キモッ」とか嘲笑ってたのかね〜(白目)

 

 

それから授業を1つ2つこなし、次は3時間目の現国か。平塚先生だから絶対に寝れないやつね。

目を完全に覚ます為にトイレに顔を洗いに行き、予鈴と共に席へと戻ってきた俺に、あの衝撃の光景が待ち受けていたのだ。

 

「あ、あの…比企谷、きょ、教科書忘れちゃったから、見せて欲しいんだけど…」

 

――だからどゆこと…?

 

 

「…は?なんでだよ…今日も忘れたのか…?」

「…うん。昨日家で予習してたら、また忘れちゃったみたいでさ」

「ほーん…」

 

なんなの?相模っていつからドジッ娘属性とか身に付けたの?

こいつはドジッ娘じゃなくてダメッ娘だろ?ダメダメっ娘まである。

 

他人(俺)を見下す事しか脳がないような、あの高慢ちきな相模が実はドジッ娘だったとか、なんだよ少しだけ萌えちゃうじゃんかよ、などと頭の片隅で思いつつも、それとはまた別の思考も頭を過らざるを得ない。

 

なぜなら次の授業はしつこいようだが現国なのだ。

昨日であれば捨ててる数学の教科書だったから貸してやれたけど、今日はそれは無理。絶対無理。

だって貸しちゃったら俺が教科書忘れたって見られちゃうんでしょ?あの独身に。

寝たらファーストブリット。起きててもセカンドブリット。なにこの積みゲー。

ちょっとゲームバランスが悪いんじゃないですかね。

 

「あ、ごめん…やっぱいいや。迷惑掛けちゃうの悪いし…あ、あはは」

 

あまりにも理不尽なクソゲーレベルのゲームバランスに悩んでいると、相模が申し訳なさそうに自身の願いを取り下げた。

…だからそのシュンとした苦笑いは俺を容易に殺すんですよホント。

小町ちゃん?君の日頃のスパルタ訓練のおかげで、今日はお兄ちゃん、無事にお家に帰れそうもないよ…。

 

「…ほれ」

 

仕方がない。今日は平塚先生と生徒指導室でとことん語り合うか(拳で一方的に語りかけられるだけだけど)…と半ば人生を諦めた俺は、昨日同様に相模の机に教科書を放ってやるのだった。

 

「え、マジで…?いいの…?」

「いやだから見たくないんならいいから」

「いやいやいや、いるいるいる!」

 

なにこれデジャヴ?こんな光景昨日も見たよ?

 

「で、でも今日は現国だよ…?比企谷だって教科書ないとマズくない?ウチに貸しちゃったら、平塚先生に怒られちゃうって!」

 

――こいつ…それ分かってんなら教科書見せてとか言ってくんじゃねーよ…。

 

「あ?仕方ねーだろ。教科書は1冊しかない。使用者は2人いる。だったら解は1つしかないだろが」

 

…だよね?それで間違ってないよね?こういう経験に乏しいもんで、これ以外に答えが分からないんだよ八幡は。

そんな俺の台詞を聞いた相模は、スッと俯くとポツリとなにかを呟いた。

 

「…そっか、やっぱアンタって、こういうやり方で人を助けちゃうんだ…」

 

生憎俺は難聴系主人公ではない。ちなみに難聴でもなければ主人公でもないという意味である。

耳聡いモブキャラなどうも俺です。

 

そんな耳聡い俺でさえも聞き取れないくらいの小さな小さな囁きを放った相模は、次の瞬間ガバッと顔を上げる。

その表情はどこか悲しげでもあり悔やんでいるようでもあり、また、恥ずかしいながらも決意を固めたような、そんな表情だった。

 

「…アレだよね、比企谷っていつもボッチだからこういう発想ってないよね。よいしょ!」

 

そう言った相模は、自身の机と俺の机をピタリと合わせる。

え、なにしてはりますのん?近い近い近い。なんかいい匂いがしちゃうから!

 

「…ま、まぁアンタと肩寄せあって授業受けるとか超嫌だけど、ウチが見せて貰う立場なんだからしょうがないよね」

 

そう憎まれ口を叩きつつ、相模は教科書を並んだ机の真ん中に広げる。

 

「ホ、ホラ、こうやって一緒に見ればいいじゃん。平塚先生に聞かれたら、ウチが忘れたから見せて貰ってるってちゃんと言うし」

「お、おう」

 

いや、「おう」じゃねーから。こんなの恥ずかしすぎんだけど。

 

「比企谷が忘れたなんてなると平塚先生にキツいお仕置きされるだろうけど、ウチなら大丈夫だしさ。ね?」

 

…チッ、なんだよその笑顔。相模がそんな笑顔を俺に向けてくるとか、すげー気持ち悪いんだが。

どんくらい気持ち悪いかというと、真っ赤な顔した俺が、頭をガシガシ掻きながらこんな台詞を吐いちゃうくらいに気持ち悪い。

 

「………好きにしてくれ」

 

――あ、気持ち悪いのは俺でした。てへ!

 

 

その後、平塚先生がF組にご到着と同時に窓際最後列を驚愕の眼差しで凝視した挙げ句、ページを捲ろうとする度に手やら肘やらが当たっちゃって、授業中も気持ち悪く照れ続けている俺に向かって呪咀の念を送り続けてきたことは言うまでもない。

お願いだから誰か幸せにしてあげてください。

 

 

現国を終えたあとは、昨日の数学を終えた時と同様、特に相模と関わることなく1日が過ぎていった。

その間チョコチョコと隣の席の方向から視線を感じたのは気のせいのはず。

てかなにちょっと意識しちゃってんの?俺って結構キモくない?あ、それはいつものことでした。

 

 

帰りのホームルームまで無事に終わらせると、クラスメイト達は各々が思い思いの青春という名の放課後を過ごす為のゴールデンタイムがやってくる。

教室に残って騒ぐ者や部活動へと向かう者。

そんな中で俺はその中間をゆく者なのである。騒がず教室に残って部活動に勤しむのだ。

要は部活までのボッチな時間潰し。だってあんま早く行っちゃうと、ホームルーム後しばらくのあいだ三浦達とお喋りする事が定例化してる由比ヶ浜に怒られちゃうんだもん。

なんで先行っちゃうし!って怒るくらいなら、その偏差値低そうな身の無いガールズトーク(笑)を早めに切り上げてもらえませんかね。

 

そんなわけで、俺はある程度の時間が過ぎるまで、いつものようにボーっと教室内を見渡していたのだが、不意に隣人と目が合ってしまった。

 

「……あ」

「……あ」

 

突然俺と目が合ってしまった相模は、フイッと前を向くと所在なさげに教科書やノートを鞄に仕舞い出した。

なんていうのか、あたふた?って言葉が良く似合うくらいの慌てっぷり。

 

てか、俺は適当に教室内を見渡してる内にたまたま目が合っただけだが、それってつまり相模はその前から俺を見てたってことだよな…?

なんだ?俺、またなんか相模に恨まれるようなことしたっけ?

 

わちゃわちゃと荷物を仕舞い終えた相模は、もう一度改めて俺の方へと視線を寄越すと、ちょっと不満げな表情?…いや、違うな。なんか照れくさそうな表情を浮かべ、なんと手を胸の高さで小さく振ってこう言ってきたのだ。

 

「…じゃ、じゃあね」

「え…あ、ああ、おう」

 

まさかの別れの挨拶である。急な挨拶とかに対応できないエリートボッチな俺は、もちろんキモくどもりまくったけれども。

 

しかしこれで今日は朝の挨拶と別れの挨拶を相模と交わしてしまった事になる。

なんだよこのまさかの隣人付き合い。俺史でも稀に見る光景なんだけど。

すみません嘘吐きました。ちょっと見栄張っちゃったんですけど、実はこんなの初めて!

その初めての隣人付き合いを、まさかあの相模とする事になるだなんてな。人生って分かんないもんだぜ。

 

俺からの挨拶の返事を受け取った相模は、またフイッと顔を逸らすとギクシャクとした謎の動きで教室をあとにしようと動き出す。

が、しかし今日のイベントはこれでは終わらなかった。ふぇぇ、もうお腹いっぱいだよう…。

 

「きゃっ」

 

ガチャンという音と共に相模の小さな悲鳴。あまりにも慌ただしく動いた為に、どうやら自身の椅子に足をぶつけてつまずいたらしい。

そしてその勢いのまま相模は鞄を落としてしまい、中の教科書等を床にぶちまけてしまったのだ。

なんだよマジでドジッ娘萌えとか狙ってんの?

 

しかしここで助けになど入れるわけもないコミュ障な俺は、隣で恥ずかしそうに鞄の中身を拾う相模をただ眺めるのみ。

下手に拾うの手伝ったら「ちょっと!勝手にさわんないでよキモい!もう最悪…あんたなんかに触られたらキモくてもう使えないじゃん……!」なんて、通報の危機も待ち構えてるしね!

 

「…ん?…あれ?……お、おい、それって…」

 

そんな自身の悲しすぎる想像に密かに涙していると、拾っては鞄へ、また拾ってはまた鞄へ…と片付けられていく内に次第に減ってきた散乱物の中に妙な物を発見してしまい、俺はつい声を上げてしまった。

「あ"」

 

相模が素の声を出して光の早さで拾ったソレは……そう。なぜか忘れたとか言ってたはずの現国の教科書だったのだ。

焦って鞄へとソレを詰め込んだ相模は、なんともバツの悪そうな苦笑を浮かべて一言。

 

「ア、アレ〜…?おっかしいな〜…。な、なんかウチ、忘れちゃったと勘違いしてたみたい…。も、もしかしたら鞄の奥に入ってたのかも、ア、アハ…」

 

などと宣うと、逃げ帰るようにピューっと走って行ってしまった。

 

 

 

――なんだこれ?…どんだけドジッ娘さんなんだよ相模さん…。




有り難いことに続きを期待してくださる感想をいただきましたので、続きを書いてみました
次回以降は完全に未定なのですが、出来れば続けてみたいと思います

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