となりの相模さん   作:ぶーちゃん☆

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アメと相模さん

新たな年、新たな学期が幕を開けてから早3週間ほど。俺のボッチライフは通常営業で平和である。

ほんの僅か変わった所と言えば、ここ2週間ほどで6日くらいは隣人に教科書を見せたということくらいか。

 

いやいや全然通常営業じゃねぇよ、大変革だよ。

てかこれちょっとおかしくないですかね。2週間と言ってみても、週末を除いてしまうと登校日は10日なわけだ。

そのたった10日中の6日教科書忘れるとか、ちょっと異常じゃね?この隣人。

もうドジッ娘じゃなくてアホの子のレベルだよ。

いや、由比ヶ浜だってこんなに教科書を忘れる事なんてない。だってあいつが教科書持って帰ってんの見たことないもん。それもう本末転倒だよ!少しは勉強して!

 

しかし教科書を見せる意外は特に交流は無い。多少あると言えば、あの日からは毎日朝と夕の挨拶を欠かさずに交わすようになったってことくらいだな。

あ、あともう1つあったわ。それは今まさに、この授業の終わりと共に交わされるであろうやりとりだ。

 

授業終了のチャイムと共に、相模は満足そうなホクホク顔でガタガタと机を元の位置に戻す。これはもう見慣れた光景のひとつなのだが、そのあとに続くこのやりとりこそが、俺と隣人の挨拶以外のもう1つ交流と言えるだろう。

 

「…比企谷、その…今日もありがと。はい」

 

こいつはここ最近、そう言って胸ポケットからガサゴソと小さな包みを俺に手渡してくるのだ。

それは、どうやら教科書を見せることに対しての対価らしい1個の飴玉の包み。

 

教科書を見せるようになってからどれくらい経った頃だろうか。こいつはその授業が終わると、こうやって飴玉をくれるようになった。

 

「…だから別に要らんっつーに…。てか飴玉忘れずに持ってくんなら教科書忘れずに持ってこいよ…」

 

そう言いながらも右手を差し出すまでがここ最近のデフォである。

だってこいつ、最初のころ拒否したら、またあのシュンとした顔したんだもん。

あれ反則だろ…。

 

「バ、バカじゃないの…?飴はウチの重要なエネルギー源なんだから、忘れる忘れない以前に自然と持ってきちゃうに決まってんじゃん」

 

と、相変わらず意味の分からない理論を振りかざして悪態を吐きながら、俺の手に触れないよう少し高い場所からポトンと落とされた飴玉は、今日もいつもと同じようにほんのり温かい。

 

…ぐ、だからこれホントやめて欲しいんだよね。なんで飴玉が胸ポケットから出てくんだよ…普通そこに入れなくない…?

胸ポケットから出されたほんのり温かい飴玉とか、なんかちょっとドキドキしちゃうじゃん。

こいつ、この思春期の男心とか分かってんのかねぇ。

 

「…まぁ、明日は忘れないようにするから。………でも、もし忘れちゃったらまた見せてよね」

 

俺に飴玉を渡し終えた相模は、プイッとそっぽを向くとテテッと取り巻き達の席へと走っていく。

そんな相模の背中を見つつ、今日も俺は飴玉の包みを解いて、まだほんのりと温かさの残る飴玉を口に放り込んでこうひとりごちるのだった。

 

「アホか…忘れる気まんまんじゃねーかよ」

 

あれかな?もしかして通学中の鞄を少しでも軽くしたくてわざと置いてきてんのかな?

ま、相模の体温で少し温かいこの飴玉が結構美味いから、そんなに悪い気はしないけれど。

 

 

――しっかし、なんか俺と相模って、こうして考えると意外と交流持ってんじゃん。

 

 

「ついにこの日が来てしまったか…」

 

4時間目の途中だというのに、ボーっと窓の外の寒々しい景色を眺める俺は、常であれば頭の中だけで考える思いを、つい口に出して呟いてしまうほど憂鬱な気分に支配されていた。

なぜなら新学期が始まりこの席替えが行われてから、幾度となく悪夢として思い描いていたこの日が、ついに今日来てしまったのだから。

 

今日は朝から…いや、厳密に言えば昨夜からずっと冷たい雨が降り注いでいる。

これは数日前から予報されていた事である為ある程度は覚悟していたのだが、いざこうして現実にこの日が来てしまうと、やはり目の前が真っ暗になってしまうというものだ。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、今日はこの席になって初めての教室でのランチタイムなのである。

これはかなりキツい。なにせ俺は未だにマイスペースの昼事情を一切知らないのだから。

 

以前の俺の席は昼休みに入ると、序列何番目か知らん女子グループの荷物置き場という大役を果たしていた。

雨の日に購買から戻ってくる度に「え…?今日教室で食べんの…?」と語る目に晒されて、自分の席だというのに申し訳ない気持ちで一杯なまま、黙々とパンを咀嚼したものだ。なんだよ涙、まだお前の出番は早えーよ。

 

だが果たして今はどう使われているのだろうか?

普通に考えたらグループリーダーである相模がここの地主な以上、昼休みはやはりここが相模グループの溜まり場なのであろう。

その場合、俺の席はやはり荷物置き場として使われているのか?それともバイ菌の如く触れないように扱われているのか?

やだ!どちらにせよ俺に居場所無いよ!

 

 

だがしかし!俺には若き日から培ってきた苦い体験での経験値があるのだ。そんな嬉し恥ずかし体験での経験値を多く積むと、ある程度の自衛策は身に付くというもの。

そんな幾度の経験で今やかなりのレベルアップを果たした俺は、すでに自衛の為の策は打ってある。

 

なんと!俺は今日!すでに朝からコンビニでパンを購入済みなのだ!

フハハハハ!雨など恐るるに足りぬ!これならもう購買から戻って来た時の、あの気まずい空気に晒されずに済むぜ!

まぁ唯一弱点があるとすれば、昼休みスタート直後から「早くどっか行けよ」という視線に晒されてからの、「…は?…今日教室で食うのかよ…居なくなればいいのに」までのコンボが待ち構えているという点だろう。

あれ?むしろ状況が悪化してない?

 

だが仕方ない。今は以前のどこぞのグループとは違い、序列2番目、相模グループの溜まり場となっているであろう以上、こちらから先に動かねば俺の生きる道は無いのだ。

最近なぜか相模とはあまり悪い関係では無いものの(俺の一方的でお花畑な思い込みじゃなければね?)、それはあくまでも相模個人の問題であって、グループ内には適用されないのだ。

普段は挨拶しちゃったり、肩寄せあって教科書見ちゃったり、おっぱい温度の飴もらっちゃったりはしていても、ひとたびグループが集まりグループ内で俺の悪口が始まってしまえば、そんな相模も一瞬で敵に回るであろう。まぁもともと敵視しかされてないのだから当然なのだが。

 

だが幸いな事に、俺の近くに居る事をなによりも嫌う相模は、休み時間の度に自ら取り巻きのもとへと赴くという行動原理を基本としている。

であるならば、昼休みに入っても一向に動き出さず、あまつさえ一方的に食事を始める俺を見れば、休み時間と同様相模も諦めて取り巻きのもとへと向かうに違いない。

 

それにより例え遠くの席から「今日あの人どっか行かないんだけどー…ウッザ」「えー…」「南ちゃん可哀想〜」なんて会話が聞こえて来たのだとしても、そんなのは俺に言わせりゃ負け犬の遠吠えと一緒なんですよ!

どうよこのパーフェクトプラン。敗北を知りたい。

 

 

4時間目の授業も残すところあと僅か。

そんな完璧な作戦に酔い痴れている俺なのだが、先ほどから多少気になっている事が1つあるんですよね。

 

それは…隣人の様子がおかしい。

 

いや、ここ最近相模の様子がおかしくない事なんて無いのだが、今日の相模は今までに無いおかしな空気を放っているのだ。

なんか昼休みが近づくにつれて、妙に落ち着きが無いんだよね、この子。

 

ちなみに今日の相模はまだ忘れ物の申告はしてきていない。つまりお互いの机は本来あるべき姿の距離感ではあるのだが、それでも視界の端にチラつくんだよ。

ちょくちょく感じる視線はいつものことなのだが(いつものことなのかよ)、なんかモジモジソワソワしてんのが丸分かりなんだよね、こいつ。

 

どうしちゃったのかな?トイレ我慢出来なくなっちゃったのかな?これって今の時代セクハラ発言になっちゃうみたいだから気を付けて!

が、いまさら相模の乱心を気にしても仕方ないって事くらいは理解している。

なので俺は、相模からの視線も相模から発っせられるモジソワ空気も意識の外に弾き出して、また窓の外の景色を眺めながら深く溜息を吐くのだった。

 

 

日本全土でお馴染みのチャイム音が校内に鳴り響き、ついに食事の時間が幕を開ける。

やっべー…なんで俺、自分の席で昼飯食うだけでこんなに緊張してんの?俺にだって安らぎの時間くらいあったってバチは当たらないと思うんだけどなぁ…。

 

まぁここまで来たら気にしていてもしょーがない。

先手必勝、俺は周りを気にする素振りなど一切見せずに、黙々と鞄からコンビニパンとマッ缶を取り出して机に並べる。

 

さぁ相模よ、俺はここで食事をとるぞ!早くここから立ち去れい!

さぁ相模の取り巻き達よ、俺の捨て身の姿を確認したのであれば、今日は大人しく己の席にとどまるがよいわ!

 

そんな俺の願い通り、しばらく待っていても相模の取り巻き達はこの不可侵の領域へと赴いて来る事は無かった。

しかしここで想定外の事態が起きる。取り巻きは来ないのにメインが動かない。なぜか相模はずっとモジモジソワソワしたまま自席にとどまったままなのだ。

 

まぁ気にしてもしょうがない。とりあえずここが溜まり場になる危機は回避出来たっぽいし、とっとと次の行動に移ってこの態勢を磐石のものとしようではないか。

俺は相模を無視してパンの包装紙を破ろうと手をかけ…

 

「ひ、比企谷…!」

「ひゃいぃ…?」

 

あまりにも突然声を掛けられたものだから、とんでもなく気持ち悪い声を出してしまった。

 

「あの、さ…こ、これっ」

 

気持ち悪すぎる声を発っしてしまった自責の念に悶えている俺には一切目もくれず、相模はおどおどと立ち上がると、俺の机の上に少し乱暴気味になにかを置いた。

 

「…は?なにこれ」

 

それは、とても可愛らしい布に包まれた、1つの箱らしき物だった。

 

「…そ、その…ホラ、最近たまに教科書とか見せて貰っちゃってるからっ…お礼…?ってゆーか…?まぁ………そ、そんな感じ…」

 

たまに…だと?

いや、今突っ込むべきはそこではない。尋常じゃないくらい真っ赤な顔してそう言い切った相模は、すごい勢いでプイッとそっぽを向くとそのまま着席して、なんとそのまま弁当箱を広げだしたのだ。

その相模の弁当箱は、俺の目の前に置かれた謎の箱と同じ布で包まれている。

 

 

――謎の箱…いや、これは間違いなくアレなのだろう。ここで無駄に自分を誤魔化そうとしたって、そんなのただの茶番だろ…。

 

相模は一切こちらを向かずに弁当を食べ始めると、まるで何かの言い訳でもするかのようにぽしょぽしょと呟き始める。

 

「きょ、今日さぁ…ウチの友達、なんか他のクラスの子と約束あるらしくてさー…し、仕方ないから今日は1人で食べてる、みたいな…?」

 

隣人に気が行ってしまっていて気が付かなかったが、そういや確かにいつも相模と一緒に居る連中が教室に居ない。

 

「あと、なんかお礼とか言ってもいつも飴ばっかじゃ、ウチのプライドが許さないし…?あ、あとホラ、…あんたいっつもパンじゃん…?だからまぁ、たまには米くらい食べたら…?って…か、感じ…?」

 

なんか全て疑問形で慌ただしく捲くし立ててくんなこいつ…。

 

「い、いやしかしだな…お前にこんなもの恵んでもらう謂われがだな…」

「……」

 

あ、これまたあかんやつや…。こいつずりーよ…。

 

「…じゃあ、いいや。…食べないんなら、そのまま返してくれればいいから…ウチの夜食にでも、する…から」

 

なんなんだよもう…これで俺が折れちゃうまでがワンセットなの?

 

やれやれ…と頭をがしがし掻きつつも、こうなってしまっては俺の負けですはいはい認めますよ。

 

 

「あっ…」

 

いつものごとくシュンとしちゃった面倒くさい相模だが、黙ってお弁当包みを解きだした俺を見て嬉しそうに声を漏らす。

そんな相模からの緊張の視線をガンガンに受けつつ、お弁当包みの中からひょっこり顔を出したこれまた可愛らしい弁当箱の蓋を、少しだけ震える手でそっと開けてみた。

 

「おお…」

「……っ!!」

 

なんだかちょっと恥ずかしそうな相模からの熱い視線の中、ついに封印から解き放たれた箱の中から出てきたのは、……うん。正直に言ってしまえば、多少不恰好なおかずが所狭しと並ぶ弁当だった。

 

多少焼き過ぎだったりいびつな形だったりする卵焼きやハンバーグ等々。

一目見て「スゲー美味そう」とはお世辞にも思えない弁当ではあるのだが、逆にこの慣れて無い感がなんとも味わいがあり、なんつーか…一生懸命さがヒシヒシと伝わってくるというか、冷めきった弁当のはずなのに、なんだか温かい。

 

「け、結局食べんなら、始めっから有難くいただけっつーの…!バーカ…」

 

弁当の蓋を開けるまで、とんでもない不安感と緊張感を漂わせていた相模なのだが、俺が食べるのだという事を確認出来た途端に、得意の悪態を吐いて視線を正面に戻す。

正面を向いたあとも相変わらず小声で「ったく…」「マジムカつく…」とかボソボソ文句言いながら自分の弁当を食べ始めたお隣さん。

でもね、「もうそっちなんて全然気になりませーん」みたいな態度でおかずを口に運んでるみたいに装ってるけどさ、言っとくけど全然バレバレだからね?俺が一口目を食べ始めんのをソワソワと気にしてんの。

 

「…じゃあ、その……頂きます」

「うん…」

 

そして俺はいびつなハンバーグを口へと運ぶ。

やめて!気にしてないフリしてるくせに、そんなにガン見しないで!こんなに緊張感のある食事初めてぇ!

 

ついには口に放り込まれたハンバーグをむぐむぐと咀嚼してみる。

多少焦げちゃってて舌触りはよろしくないのだが…。

 

「あ、普通に美味い」

 

見た目や舌触りはよろしくなくても、味に関して言えば十分及第点である。なんで俺こんなに偉そうな上から目線なのん?

俺の口から出た褒め言葉なんだかなんだか良く分からないそんな一言に、お隣さんが不満そうに噛み付いてきた。

 

「…は、はぁ?普通にとか酷くない?マジ有り得ないんですけど。てかウチが作ったんだから、美味しいのなんて当たり前だっつーの。バ、バカじゃないの…?」

 

そうぶつくさ文句を言いつつ、こちらを一切見ないで自分の弁当を食べ進める相模の横顔は、そんな悪態を吐いているとは到底思えないようなニヤケ面だったのは、武士の情けで見なかった事にしてやろう。

 

 

その後も2人して黙々と食事を続ける俺と相模。

会話するわけでもない。机がくっついているわけでもない。

一緒に昼飯を食べているというよりは、個別にボッチ飯をしているという風情の2人。

隣同士で個別にボッチ飯をしているというのに、食べている弁当は一緒という奇妙な絵面ではあるのだが、意外と悪くないかもな。

 

「…あ、比企谷」

 

そのとき不意に相模が語りかけてきた。

 

「あん?」

 

チラと横目で一瞥すると、相模はなんとも気まずそうにぽしょりとこぼす。

 

「…ご、5限の歴史なんだけどさ、教科書忘れちゃったからまた見せてね。…それ、今日の分のお礼って事で…」

「は?」

 

いやもう開いた口が塞がりませんよ。なんで教科書忘れんのに他人の弁当作ってくんだよ。

それもう忘れるの前提で、先にお礼という名の賄賂を準備しといたって事じゃねーかよ…。

 

唖然としている俺に、相模はさらにこんな謎の契約を勝手に押しつけて、あとは知らん顔で弁当をむぐむぐと食べ進めるのだった。

 

「あー、あとさ……どうせ比企谷って、雨の日の昼休みは肩身の狭い思いして教室で食べるじゃん?…だからま……隣人のよしみで、しょーがないから雨の日はこうやって隣で食べてあげてもいいけど?…あと、どうせ自分の作るついでだし、あんたのも作ってきてあげる。教科書のお礼って事で」

 

…ったく、知らん顔してるくせに、その耳の色はマズいんじゃないの?

 

 

 

――俺と隣人の不思議な交流。

朝夕の挨拶、教科書の閲覧許可、あとはお礼の飴玉。

そしてこうして、今日からさらに不思議でさらに謎の交流が追加されたのだった。

 

それは、お礼の飴じゃなくて、お礼の雨の日のお弁当。

 

 




まだ2話しか投稿して無かったのに感想や評価をしてくださりありがとうございました
アンチだらけの相模の秘かな人気に驚いております

こうしてなんとか3話まで執筆してみましたが、とりあえずキリがいいので、この先は気が向いたら、思いついたらという感じで執筆していけたらと思っております


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