となりの相模さん   作:ぶーちゃん☆

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憩いの場と相模さん

 

駅前の喧騒を抜け、未だなんとも嬉しそうに先を行く相模のあとを追うように自転車を押していると、不意に相模がくるりと振り返る。

 

「ねぇ比企谷」

「…おう」

「……どっか行きたいとこ……ある?」

 

どっか行きたいとこ…?

ふむ。それはこれからどの店に入りたいのかを問い掛けてきてるのだろう。

こういう経験があまりにも少なすぎて、最初意味が分からずにポカンとしてしまった。

ちなみに“少なすぎて”でさえも盛りすぎなのは重々承知しているが反省はしていない。

 

「…相模はどこがいいんだ?」

 

質問を質問で返すという愚行を犯してしまうのも無理はない。なぜならこの質問は非常に危険だからに他ならない。思い出すのはいつかのダブルデート(笑)

 

まぁ、いま考えればあの時の折本には悪気など一切なく、生来のからかい気質からくる、ほんの茶目っ気だったのだという事は良く分かっているのだが、少なくともあの時の俺には悪魔の質問であった。

相模は折本と違ってからかい気質では無いだろう。どちらかと言うといじめっ子気質?より一層酷くなっちゃった。

 

だからこそ、この質問には出来る限り答えたくない。答えたが最後、瞬時に顔を歪められて嘲笑されるであろう事は目に見えているのだ。

それ故の掟やぶりの質問返しなのである。まぁどうせアレを言われてしまうのだろうけども。

 

「…比企谷が居るなら、ウチはどこでもいいけど…」

 

はいコレ来ましたよ、必殺どこでもいいよ。

 

世の中には『どこでもいい』なんて都合のいい事柄などどこにも存在しない。

どこでもいいよイコール私の行きたい所を言い当ててみてよゲームなのである。その答え如何によって男のレベルを測るというゲームなのである。

なんというクソゲー。ゲームをスタートした時点ですでに詰んでいるというね。

ただ相模の答え方が、俺の想像していた答え方とは若干ニュアンスが違ったように聞こえたのは気のせいのはず。

そしてそのニュアンス違いの答えを発した相模が、ハッとして両手で口を押さえて真っ赤になったのも、また気のせいのはず。

 

 

しかしどこでもいいよと聞かれたら、答えてやるのが世の情け。どうせ嘲られると分かっていながらも、そんな自然の摂理に逆らう事などできようか?

であるのならば仕方がない。俺が答えられる最上級の答えを持ってして、お前の嘲りを真っ向から受けてやろうではないか。さぁ、笑えよベジー…相模!

 

「サイゼとか…?」

「ぷっ、あはは! サイゼね。ま、そこら辺の方が比企谷らしくていいんじゃない?」

 

…あれ?確かに軽く笑われたけど、別にどうという事もない程度の笑いだったぞ?

おいおいマジかよ、折本なら呼吸不全になっちゃうくらいに爆笑が取れるとこだぞ?

いや、決して笑いを取りに行ったわけじゃないんだよ?アイラブサイゼ。

 

「どうかした?早く行こ」

 

言うが早いか相模はとっととサイゼへと歩きだす。軽くスキップ気味で。

なんだ、お前もサイゼ大好きなんだな。ちょっと好感度あがっちゃうよ?

 

「おう…」

 

そして俺もそんなサイゼ好きな隣人の千葉愛に負けるまいと、千葉県民の憩いの場へと足を向けるのだった。

 

 

「な、なに…?ウチ見てた…?」

「いや、別に見てねーし…」

 

綺麗な顔を紅潮させて、モジモジと上目遣いでそう訊ねてきた隣人…いやお向かいさんに必死で弁明を試みる。

 

「…そ」

「…おう」

 

…あれだな。普段は常に隣にいるから、チラッと盗み見てもあんま目が合う事は無いが、やっぱ向かいに座ってると見てる事がバレバレになっちゃうな。見てたんじゃん。

 

まぁそりゃついつい見ちゃうよね。だって異常事態なんだもん。

なんで俺、相模と二人でメシ食ってんの?意味分からん。

そう思いつつ目の前に置かれたミラノ風ドリアをひと掬い。うむ。やはりうまい。

熱々トロトロのドリアをはふはふと咀嚼し、俺はフォークにクルクルと巻き付けたカルボナーラを口へと運ぶ相模に、またもや自然と目を向けてしまう。

 

やっぱこいつって、なんだかんだ言って綺麗だよな。

ほんの僅かの差で三浦に選ばれなかったとは言え、一年の時は由比ヶ浜と一緒にトップカーストグループを形成していただけの事はある。まぁ間違いなく美少女の部類と言ってしまっても差し支えのない容姿なのだ。

 

勝ち気で強気そうな切れ長の目と形の整った鼻。そして今まさにカルボナーラを放り込もうとしている艶やかな唇。

出会いの印象が酷すぎた為に――一学期を同じ教室で過ごしておきながら八月に出会いというのもアレな話だが――きちんと見もしようとしなかった相模の顔。

加えて隣人となってからも常に隣であった為に、ほとんど正面から見る機会は無かった。

こうして改めて正面から見る相模についつい目が行ってしまっても、それは仕方の無い事だろう。

 

「…ねぇ、だから絶対ウチ見てるでしょ、キモいんだけど」

「だから見てねーっつってんだろが」

「…絶対見てるし」

 

そうぽしょりと呟いて、恥ずかしそうな顔をぷいっと横に向けると、なんかにまにましながら相模はまたもカルボナーラをフォークに巻き付けだした。

てかさ?目が合う時点でお前だって俺をチラチラ見てるって事だろうよ。

 

 

にしてもだ。サイゼに入店してから料理を注文して、料理が届いてこうして食い始めるまでの間での会話がこれだけっておかしくない?これじゃさっきまでの帰り道と一緒じゃねーか。

隣合わせで教科書見せてる時や弁当食ってる時は相模とのこういう沈黙も悪くないのだが、緊張感もあるのかもしれないが、この初めての向かい合わせという状況だとなかなかに気まずい。

一緒に道草食うってこういうもんなの?教えて偉い人!

まぁベラベラ話し掛けてこられても、やはりぼっちには対処出来ないけども。

 

「あの、さ……比企谷」

 

そんな思いが通じたのか、ようやく話し掛けてきた相模。

いや、実際は話し掛けてこられても困るんだけどな。あまのじゃく乙。

 

「…どうした」

「比企谷ってさ…ドリア、好きなの……?」

 

ほう……会話に困った時としてはいい質問だ。

現状俺達の間で会話のネタがあるとしたら、今まさに繰り広げられている食事の話くらいのものだ。

この当たり障りの無い質問が、今後の新たなるネタに繋がるかもしれない。

そうと決まれば話は早い。このビッグウェーブに乗せてもらおう。

 

「…おう、美味いからな」

「…そ」

 

会話終わっちゃったよ。どんだけ小波にして返しちゃったんだよ俺。

 

くっそ…またもや沈黙の食事のスタートか……と半ば諦めかけていると、意外にも相模はそれだけで終わらせなかった。

 

「…じゃ、じゃあ今度雨降ったら……作ってみようか…な」

 

まさかの弁当の話題へのシフトチェンジである。

そんな弁当の話題が出た途端、俺の心臓はドキリと跳ね上がり、顔が熱くなっていくのが分かる。

 

まぁぶっちゃけて言うと、未だに相模からの弁当の差し入れは照れ臭くてむず痒いのだ。

テレビから「明日は雨模様の一日となるでしょう」なんて女子アナの声が聞こえて来た瞬間から、包まる布団を求めてベッドに直行してるまである。

…だってさ?雨の日はコイツ、一日中こっちをチラチラ見てくんだもん。すげーモジモジして。気恥ずかしいったらありゃしない。

だからちょっと弁当の話題に弱いんですよ。

 

マジで勘弁してくれ…照れ臭さを押さえて相模を盗み見ると、これまた恥ずかしそうにチラチラと上目遣いで俺の様子を窺ってますよこの子。

そんなに恥ずかしくなるんなら言わないで!

 

「…あのな、ドリアは熱々トロトロだから美味いんであって、冷めきった弁当で食ったって美味いわけねぇだろ…」

 

…確かに相模の厚意は有難いのだが、冷めきったドリアを食いたいかどうかはまた別問題なのである。

苦手な弁当の話題が出てしまった事によるむず痒さも手伝って、至って真面目な返答を返してしまった。

 

「ぷっ、バッカじゃないの?冗談に決まってんじゃん。レンジでもあったら話は別だけど、さすがに学校にそんなの作って来るわけないじゃん」

 

あ、冗談だったんですね。そりゃそーじゃ。

 

「…で、でもさ、その言い方だと、熱々でトロトロなドリアなら食べたいって事…だよ、ね…?」

「あん?そりゃまぁ美味けりゃな」

「…じゃ、じゃあ………さ」

 

なんだか今までに無いくらいの蚊の鳴くような小さな声で会話を続けてくる相模さん。

どしたのん?と視線を向けると、相模は耳まで真っ赤になっていた。

 

「……そ、それじゃ…さ。…比企谷がどうしても食べたいんなら……今度ウチの家に、食べに来ればいいじゃん…?」

 

…は?なに言ってんのコイツ?

おいおい、冗談にしては悪質すぎんだろ。冗談じゃ無かったらさらに悪質だけども。なんなの?隣人を殺す気なの?

すでに恥ずか死寸前ですがなにか?

 

しかしそこはさすが俺。パニックになり掛けながらも、勘違いしない為の訓練はバッチリなんですよ。

よし俺、とりあえず一旦落ち着いて、つい今しがたの相模のセリフの裏を読め!

 

『今度ウチの家に食べに来ればいいじゃん…?』

 

…ハッ!?そうか、コイツは今度と言ったのだ、今度…と。

今度…それは約束の言葉でありながら非約束の言葉でもある。ある意味なによりも固い約束の言葉と言えるかも知れない。

 

『今度遊ぼうぜー!』『今度飲みにでも行きますか!』『今度お食事でもどうですか?』

 

これらのセリフに次への再会に希望を抱く者よ、今すぐその希望を捨てよ。

なぜならこれらのセリフが叶う事などほぼほぼ無いのだから。

社会生活に置いて、今度という言葉はなんら意味を成さない。むしろ体のいいお断わり用語なのだ。

 

つまり先ほどの相模のセリフは来ることのない未来の約束………つまりは「ウチの家にお前が来ることなんてあるわけねーだろプゲラw」と訳されるわけだ。

 

……ふぅ、あっぶね、危うく騙される所だったぜ。

危うく来もしない未来にドキワクになってしまう所だった。許すまじ相模。

俺クラスの鍛えぬかれたボッチじゃなかったら数ヶ月後に絶望してるとこだったわ。

 

罠を未然に防げた昂揚感とほんのちょっぴりの寂しさを胸いっぱいに感じながら、こちらも体よく返そうではないか。それが大人の嗜みってもんだろう。

 

「…おう、ま、今度な」

 

まさに完璧なる返しである。なぜか相模は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているが。

どうしたのだろうか。比企谷ごときがこんなに完璧な大人の対応をしてくるとは!とかってちょっとビックリしたのかな?

 

しかししばらくのあいだ間抜け面を晒していた相模ではあるが、ようやく事態を飲み込めたようでハッとする。

そして次の瞬間、コイツはリンゴのように紅潮した顔をこれでもかと破顔させて、元気に頷くのだった。

 

「…う、うん!…今度、ねっ…!」

 

ぽしょりと小声で……しかしとても力強く「…やったぁ…!」と見えないように(丸見え)小さくガッツポーズしている相模を眺めながら俺は思うのだ。

 

――これ、正解だったのん?

 

 

そこからはまた無言ではあるものの、相模が謎の上機嫌であった為に、むず痒く照れ臭くも、なんとも和やかな食事が続いていた。

 

「〜♪」

 

鼻歌混じりにサラダをいじる相模と、そんな相模を見ながら、マックスコーヒー擬きの茶色い液体の入ったカップを口に付けて、口角の上がってしまった口元を誤魔化そうと必死な俺という不思議で穏やかな時間。

認めたくはないが、至福…に近いような時間を完膚なく打ち砕く事件が起きたのはそんな時だった。

 

「…うっわ、さがみんだ…」

「…うわぁ…やっぱこういう事だったんだぁ、南ちゃんって…」

 

不意に頭上から降り注いで来た蔑みを多量に含んだそんな二つの声。

 

マズい…やってしまった…また油断していた…。

思い起こされるのはいつかの花火大会。

あの時と違うのは、あの時は蔑む側だった相模が、俺の向かいに座っているという事。

 

恐る恐るそちらを見やると、どこか見覚えのある二人組が、まるで俺と相模を見下すように立っていた。

そしてそんな見覚えのある二人組の不快でいやらしい声がした方向へと顔を向けた相模の顔は、見るからに青ざめていったのだった。

 

 

 

「は、遥……ゆっこ」

 




すみません。結構放置してしまいましたがまだエタってはいません。
次回はもう少し早く更新できたらな、と思っております。


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