「さあ! 始まりました、軍艦道全国大会単艦戦関東地区予選大会! 今日の対戦カードはなんと!! 横須賀女子海洋学校と、横須賀宇佐マリーン学園っ! 10年ぶりに復活した名門横須賀女子と、創部以来負けなしの宇佐マリーンの対決!! 実況は私! 宇佐マリーン放送部の、美野里響子が務めさせていただきます!! 現在両チーム共最後のミーティングの最中だそうです! 試合開始までしばらくお待ちください!」
メガフロートをベースに海上に設置された特別観覧席には、多くの観客が詰め掛けていた。と言ってもほとんどが宇佐マリーンの生徒だ。
「「「USA! USA! USA!」」」
彼らは校名を連呼し、校旗を掲げて興奮状態にあるようだ。
観客が見つめる先には、審判艦「八丈」を挟むようにして、晴風、そしてその二倍近くある宇佐マリーンの軍艦が接舷していた。
晴風の教室。晴風乗員達は、緊張した面持ちでブリーディングを行っていた。
「ココちゃん、宇佐が出してきた艦は?」
明乃が尋ねると、幸子はすでに用意していたらしい資料をプロジェクターに映し出す。
「今回対決するのは、アメリカ海軍が使用したブルックリン級軽巡洋艦「ホノルル」です」
「巡洋艦……」
「はい。全長185.4メートル。最大速力33.6ノット。15.2センチ3連装砲5基15門。12.7センチ単装砲8門。さらに4センチ4連装機関砲が4基16門。ついでに、舷側装甲127ミリに甲板装甲が51ミリです」
「何それエゲツなっ!?」
芽衣が首を絞められたような声を出した。
「え? 晴風って確か……」
「全長118.5メートル。武装は12.7センチ連装砲3基に、4連装魚雷発射器が2つね」
「少なっ!! そして小さっ!!」
そんな声が室内から上がる。
「うちが優っているのは、アレを除けば速力と機動力ぐらいか……」
ましろも険しい顔で目を伏せた。
「今回、宇佐が単艦戦で登録したのは全て巡洋艦以上ですね。宇佐の基本ドクトリンは『相手の10倍の戦力をぶつける』ですから」
幸子の説明に、みな諦めたようなため息をついた。
「みんな、ちょっとだけいいかな?」
この中で声をあげたのは、やはり艦長の明乃だった。
「実は作戦があるの」
明乃による作戦の説明が終わると、
「なるほどね~」
「なんか勝てそうな気がしてきた」
「これならいけるぞなっ!」
急に雰囲気が盛り上がってきた。
ただましろは1人頭を抱えていた。
「なんて単純な……。こんなにうまくいくわけないのに」
「違うよ、シロちゃん」
明乃が笑う。
「勝手にうまくいくんじゃない。私たちがうまくいかせられるように頑張るんだよっ!」
「私たちが、頑張る?」
「そう。勝利はそれを求める人にだけやってくるの。だから、そのために全力で戦わなくちゃ!」
「艦長……」
ましろは尊敬の目で明乃を見つめる。
「あ、ちょっとクサかったかな?」
明乃は照れ臭そうにほほ笑んだ。
「それで、作戦名はどうするの?」
芽衣が尋ねた。
「え、作戦名?」
明乃が戸惑っていると、麻侖も声を上げる。
「おう! なんか景気いいの一発頼むぜ!」
「作戦名か……。考えたことなかったな」
明乃はしばらく考え込み、
「シロちゃん、なんかいいのある?」
「私ですかっ!?」
突然降られたましろは大声を上げた。そして、
「そうですね……。横須賀女子の復活を願って……。『横一号作戦』は?」
「「「…………」」」
「え、あれ?」
「ダサい」
「古臭い」
「なんかいやー」
ましろ発案「横一号作戦」ボロックソにぶった切られたのだった。
「いいとおもうのにな……。やっぱ私古いのかな……」
メンタルをやられたましろは影をしょって机に伏してしまった。周りはそんなことまるで気にせず話し合いを進めていく。
「はいっ!! 私から提案があります!」
「なあに? ココちゃん」
元気良く手を上げた幸子はすくっと立ち上がる。
「この作戦、私は少し聞いただけで思いついてしまいました……。もはやこれ以外にふさわしい名前はない、そう、確信しとるんじゃ……」
「ええっと、それは?」
呉方言が混じりつつある幸子に、若干慄きつつ明乃が先を促すと、幸子は拳を握りしめた。
「『仁義なき作戦』じゃいっ!!」
「仁義なき作戦?」
「おうっ!
『アニキぃ、昔の馴染みですやんか、堪忍してくだせぇ』
『いんや、いくらお前さんの頼みでも聞けねぇんじゃ。こりゃ儂のけじめじゃけえの』
『いくら何でもやりすぎじゃぁ。アニキには赤い血ぃがかよおってないんか!』
『おうよ、儂の血はお前さんが儂を獏集会に売った時にぜぇーんぶ抜けてしもうたわ。いまのわしゃ、あんときの恨みを晴らすためならなんじゃってするけえの」
『堪忍じゃぁ! 許してくだせぇ!!』
みたいな感じの雰囲気の作戦なのでぴったりだと思うんですが」
幸子迫真の一人芝居にすっかり毒気を抜かれた晴風乗員30人。
「え、そんな雰囲気だっけ?」
「まあ、手段を選ばないってとこはあってるような?」
「えっと……。じゃあこれでいい?」
明乃が聞くが、特に反論もなかった。
こうして横須賀女子の作戦名は『仁義なき作戦』に決定したのであった。
「ほかに何か言っておきたいことはある?」
「はい! はい! あたしたちから渡したいものがあるっす!」
勢いよく叫んだのは、ベレー帽をかぶった応急員の青木百々。
さらに、彼女と仲の良い応急長、和住媛萌に電信員、八木鶫、加えて水測員の万理小路楓がともに立ち上がる。
楓はその腕の中に大きな段ボール箱を抱えていた。
「えーっとっすね。みなさん!」
教卓の後ろに立つと、百々が口を開く。
「なんと! 今回! 我が横須賀女子の勝利を願って! リストバンドを制作したっす!」
「「「おお~!!」」」
百々が意気揚々と段ボールから取り出したのは、水色のリストバンドだ。
一面には太陽と波、海鳥をイメージした晴風の艦章。
もう一面には深紅を基調とした横須賀女子海洋学校の校章。
「すっごい! 超本格的じゃん!」
「100パー高級そうなんだけどどうしたの!?」
「百々がデザインして、百々んちの洋服屋さんでつくってもらったのよ。まりこーが一部資金提供してくれて。しかもつぐちゃんの祈祷つき!」
媛萌が高らかに言った。八木鶫の実家は諏訪神社という神社なのだ。青木百々はテーラー青木という服飾店の娘で、万理小路楓の家は、言わずもがなかなりの大金持ちである。
「で、ヒメちゃんは何かしたの?」
誰かが聞くとヒメは明後日の方角を向いて乾いた笑いを浮かべた。
「わ、私は企画立案担当ってことで~」
「何言ってるんっすか? それがなかったら実現しなかったっすよ」
「そうですよ、ヒメさん」
モモと楓がとりなした。
「みなさん」
ドアが開いた。 入ってきたのは古庄だ。空気が一瞬凍りつく。
古庄はそれに気づいて、ふふっと吹き出した。
「嫌われたものね、私も」
「そ、そんなことは」
明乃は弁明するが、古庄はそれを笑顔で制した。
「もうすぐ開会式が始まります。準備をしておいてください」
「はい」
「それと、みなさん」
古庄は室内を見回した。
「あそこからここまで変わることができるなんて、正直思ってもみませんでした。あの時の言葉、ここで取り消させてもらうわ」
「教官……」
「精一杯戦ってきなさい。あなた達は栄光ある横須賀女子海洋学校の生徒で、名誉ある軍艦道部員で、誇りある晴風の乗員です。頑張って」
「「「はいっ!!」」」
横須賀宇佐マリーン学園、軽巡洋艦ホノルルの内部は、すでに楽勝ムードが漂っていた。
ただ一人、艦長のもえか、ミス・ロッキーだけが、険しい顔をしている。
「キャプテン! 何そんな顔してるのよ?」
ホノルルの副長ハリウッドがヘラヘラともえかに近寄った。
「うちと相手じゃ戦力差は歴然じゃない! そんな顔しなくっても大丈夫よ。シュミレーションじゃ100パーセント私たちの勝利だったじゃない」
「ごめん、ハリウッド。あなたがそう言った瞬間に一気に雲行きが怪しくなっちゃうから」
「キャプテンひどい」
海戦は、お互いの艦の性能が如実に現れる。
砲の強力な方が、装甲の分厚い方が勝利するのだ。戦車道の試合と違い、奇襲や地形を利用した攻撃が行えない分、その差が戦術で覆ることはほとんどない。
その方式を当てはめるなら、ホノルルは当然晴風に勝利できる。
もし負ければ、それはもえかの責任問題に発展するだろう。艦長の資格は確実に剥奪される。
ただもえかの胸を焦がしているのは、そんなことではなかった。
「ミケちゃん……」
試合相手の、晴風艦長にして、幼馴染みにして、裏切ってしまった親友の名が、口から溢れる。
「キャプテン、まだ緊張してるの? オッケーこうしましょう。この試合に勝ったら新しくできたカフェに行きましょ。もちろん貸し切って、みんなで祝勝パーティをするの! 男子も誘ってね。キャプテンならいい奴捕まえられるわよ」
「だからそういうこと言うの止めて」
もえかはハリウッドを黙らせつつ、試合の行く末を案じるのだった。
登場人物の紹介
ハリウッド……ホノルル副長。当然コードネームである。洋画が大好きで喋り方まで影響を受けている。一級フラグ建築士。