咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

4 / 66
4.各校の思惑~開幕

 試合開始20分前となり、決勝進出4校は最後の調整に入っていた。厳かに実施されるはずであった顔合わせは、宮永姉妹の対立により波乱の末に終わった。それは、各校の作戦に少なくない影響を及ぼしていた。

 作戦目標は全校共、優勝に変わりはないが、方針、計画は大きく異なっていた。より攻撃的な順番で並べると以下のようになる。

 

 

 白糸台高校

 

 作戦方針:積極的な攻撃

 

 作戦計画:悪魔的な能力の保持者である清澄高校 宮永咲に対抗する最善の策として、彼女との対戦を回避することが、実姉の宮永照より提案された。その為には、ターゲットを阿知賀女子学院に絞り込み、先鋒~副将戦間で徹底した攻撃を実施し、点数を削りきり、飛ばし終了を狙う。

 

 作戦:原則的には、これまでの闘い方と大きな変更はない。先鋒宮永照で大きく削り、弘世菫の狙い撃ちで阿知賀女子学院を瀕死の状態に陥れる(2万点以下と設定された)。続く渋谷尭深は、ハーベストタイムの確実な実施、亦野誠子には阿知賀の副将 鷺森灼への直撃狙いが指示されていた。

     

 問題点

 ① 顔合わせで白糸台高校の狙いが、他校に周知されてしまい、警戒および妨害されることが確実となった。

 ② 阿知賀を飛ばせなかった場合は、大将戦も考慮しなければならないが、自校の大将、大星淡は、宮永咲との遭遇により弱体化している。      

 ③ 大将戦に備えて、清澄高校との点差を安全圏の15万点【註1】以上確保するように、副将までの4人に命じられていた。しかし、それは阿知賀を飛ばす以上に困難であった。

 ④ 阿知賀女子学院を、飛ばすことに絞り込みすぎた作戦の為、不測の事態に対する応用力が皆無であった。

 ⑤ 大将戦に突入した場合は、大星淡にすべての局で降りきることを厳命し、実施させなければならなかった。

 

 【註1】

 弘世菫は〈オロチ〉発動時の宮永咲の最大獲得点数を、子の倍満×12の192000点と想定した(大星淡の失点を含む点差は256000点)。しかし、実際には嶺上開ドラ8の連続和了は現実離れしており、宮永咲の失点(親番は上がれない)も加味して、その1/2プラスアルファの15万点を現実的な安全圏として設定した。

 

 

 清澄高校

 

 作戦方針:消極的な攻撃

 

 作戦計画:優勝への決定力に欠けていた清澄高校は、〈オロチ〉状態の宮永咲による爆発力に、すべてを託す戦略に変更した。幸い、自校には、先鋒~副将戦でイニシアチブを取りそうな相手(宮永照、弘世菫、雀明華、メガン・ダヴァン)に対して、嫌がらせ的な攻撃ができる人員が効果的に配置されており、それを実施することにより、大将戦開始時の点差を可能なかぎり低く抑え、逆転勝利を狙う。

 

 作戦:片岡優希と染谷まこには、暴走してくるであろう白糸台への妨害が明確に指示された。竹井久と原村和は、可能であれば区間トップを目指してもよいが、無理な勝負は厳禁【註2】とし、雀明華、メガン・ダヴァンを悩ませるような攻撃を行い、2人の戦意を削ぐことがメインの作戦とされた。

 

 問題点

 ① 先鋒戦で片岡優希がどれだけ宮永照に差をつけられるかで、その後の戦術が大きく変わる(極端な劣勢の場合は攻撃側にシフトする)。

 ② 染谷まこの中国麻雀ラーニングが完全ではなく、郝慧宇が本領発揮してきた場合は、弘世菫、松実宥への対応が困難になる。

 ③ 阿知賀女子の持ち点によっては、彼女たちを守りつつ打たなければならず、ハンディを負いながらの闘いになる(特に中堅戦以降はその状態が発生する可能性が高くなる)

 ④ 宮永咲の〈オロチ〉は未知数な能力であり、それゆえに、彼女を切り札とした作戦は、そもそもが確実性を欠いていた。

 

 【註2】

 竹井久の悪待ちは彼女のスタイルとして、無理な勝負から除外される(ただし降りるべき時は降りるという分別は求められた)。

 

 

 臨海女子高校

 

 作戦方針:消極的な防御

 

 作戦計画:監督のアレクサンドラ・ヴィントハイムは、宿敵白糸台高校に対してアベレージの勝負で挑むことを決断した。具体的には、先鋒~大将戦の5区間の内、最低3区間【註3】でトップを取って、他の2区間は白糸台との点差を最小限にとどめる。得点の平均値で白糸台高校を上回り、最終的な勝利を狙う。

 

 作戦:郝慧宇、雀明華、メガン・ダヴァンには区間トップを狙うように指示された。辻垣内智葉の役割は、徹底した宮永照のマークであり。ドラを集める松実玄と、東場の片岡優希を有効活用し、先鋒戦を少ない局数で終わらせるように命じられていた。大将戦は予測不可能であったが、ネリー・ヴィルサラーゼの能力ならば、対応可能とアレクサンドラ・ヴィントハイムは判断した。ただし、準決勝のような波の読み間違いがないように厳命された。

 

 問題点

 ① 松実玄をこれまでと同じドラ爆と判断しており、先鋒戦は辻垣内智葉のアドリブによる戦術変更が余儀なくされる。

 ② 辻垣内智葉が宮永照の独走を許してしまった場合、作戦を攻撃に偏ったものに変更しなければならず、確実に苦戦を強いられる。

 ③ 次鋒~副将の3人がトップを取ることが作戦の根幹である為、郝慧宇、雀明華、メガン・ダヴァンには大きな重圧が掛かる。

 ④ 清澄高校と同様に、阿知賀女子の得点次第では、彼女たちを守りつつ闘う必要がある。

 ⑤ 宮永咲の能力について、アレクサンドラ・ヴィントハイムとネリー・ヴィルサラーゼの間で、大きなギャップが生じている。

 

 【註3】

 アレクサンドラ・ヴィントハイムは白糸台高校も2区間でトップを取ると考えていた(宮永照、大星淡)。

 

 

 阿知賀女子学院

 

 作戦方針:積極的な防御

 

 作戦計画:大会屈指の攻撃力を持つ白糸台高校から飛ばすべき対象として狙われており、それから生き残ることが最優先とされた。唯一の反撃の機会である大将戦【註4】に向けて、徹底した防御戦を行い、高鴨穏乃に繋ぐ。それが、阿知賀女子学院に残された優勝への可能性であった。

 

 作戦:松実姉妹には、超ド級の怪物 宮永照と、シャープシューター 弘世菫に対しての、綿密な防御手順が指示され、それを確実に遂行することが求められた。2回戦以降のポイントゲッター、新子憧にも積極的な攻撃が許可されなかった(渋谷尭深の親を流す場合は例外とする)。鷺森灼は点差を考えながらのフレキシブルな対応が要求され、大将の高鴨穏乃には、最大の脅威である宮永咲の支配下に留まりつつ、攻勢のチャンスを伺うという忍耐力の試される作戦が厳命された。

  

 問題点

 ① 作戦には、アドバイザーである小鍛冶健夜の意向が、色濃く反映されており、それは非常にリスキーで、なおかつ緻密な実行力が要求された。

 ② 松実姉妹の結果ですべてが決まってしまう(予定通りの結果が残せなかった場合は、立て直しができない)。   

 ③ 鷺森灼は、対戦相手にスピードで劣勢に立たされており、残点数が少ない場合、自力での対応は困難であった(赤土晴絵は原村和とメガン・ダヴァンが、必ず援護すると考えていた)。

 ④ 大将戦の作戦の根拠は、小鍛冶健夜の希望的観測にすぎず、実際はやってみなければ分からないという賭博性の高いものであった。

 ⑤ 高鴨穏乃の忍耐力は高いとはいえなかった。

 

 【註4】

 小鍛冶健夜は、宮永咲が白糸台との点差を詰める手段として、他家を使い、点数を平均化していくと予想した(小鍛冶健夜は、自らが提案した作戦でも白糸台の突出は避けられないと考えていた)。それによって、点差が均衡した時が反撃のチャンスであると、赤土晴絵に伝えていた。

 

      

 このように、4校の思惑はバラバラではあったが共通する点が幾つかあった。

 まずは、先鋒戦で、各校とも、それを最大の山場と考えていた。白糸台は宮永照で突き放す他校は宮永照に食い下がる。面子に宮永照がいる場合の典型的な構図ではあるが、今回は求められる結果がこれまでとは違っていた。白糸台は大量リードを奪えなければ失敗であり、他校はそれを阻止できれば良かった。そういう意味では、白糸台が不利であるといえた。

 もう一つは大将戦。宮永咲により、状況は混沌としていた。それに対する、明確なビジョンを持っていたのは、宮永咲との対戦回避を決定していた白糸台高校だけであった。それ以外は、清澄高校も含めて不明確なまま突き進むことになる。

 要するに、この決勝戦は2人の宮永によってカオス化されており、予測が不可能な状態であった。

 

 

 白糸台高校 控室

 

「そろそろ行くよ」

「随分と早いな、照。まだ20分近くあるが?」

 椅子から立ち上がった宮永照に、弘世菫は声を掛けた。

「ステージの様子をみたいから」

「そうか、じゃあ打ち合わせ通りに」

 照は小さく頷き、「行ってくる」と言って、渋谷尭深、亦野誠子と目を合わせた。

「淡」

「……」

「淡」

「え! テルーどうしたの?」

 大星淡は宮永咲により、その牙を抜かれていた。今も1人で考え事をしていた。

「始まりだよ、淡」

「うん……」

「みていてほしい」

「……分かった」

 そう言って照は、控室を出ていった。

 菫は苦慮していた。今の大星淡を見るかぎり、もし大将戦にもつれ込んだら、あの宮永咲が予告したとおり、淡は再起不能にされてしまうかもしれない。それだけは避けなければならなかった。来年、自分と照がいなくなった白糸台高校を牽引していくのは、この大星淡に他ならなかった。

(照、頼むぞ、淡に復活の兆しを与えてくれ。私も必ず後に続く)

 菫はそう考えて淡を見た。何とか平常心を保とうとしている姿が、逆に痛々しかった。

 ふと、隣に目を向けると、尭深と誠子も淡を見ていた。そしてその目は、菫と同じく静かな闘志に燃えていた。

 

 

 清澄高校 控室

 

「咲ちゃん」

「どうしたの優希ちゃん?」

「お姉ちゃんと話をしてもいいか?」

「何て話すつもり?」

 竹井久が話に割り込み、片岡優希に聞いた。

「いつも妹がお世話になっておりますとか」

「あほう、それは向こうが言う科白じゃ」

 染谷まこが、呆れかえって注意した。

「それじゃあ、なにを話せば良いのか?」

「何故そんなに、話したいのですか?」

「それは、ほら、心理戦とかいうやつだじぇ」

 原村和の問いかけに優希は答えた。

「じゃあ、「咲にそっくりですね」とか言えばいいんだよ。結構こたえるかもよ」

 須賀京太郎の不用意な発言に、優希は目を剥いていた。

 宮永咲は、それをみて笑いながら言った。

「それいいね、お姉ちゃんもびっくりすると思うよ」

「京太郎!」

「なんだよ」

「採用だじぇ!」

 優希は京太郎に鋭い蹴りを入れていた。

「早速行くとするか」

 皆に背を向けて歩き出した優希を、京太郎が呼び止めた。

「おーい! 忘れてるぞー!」

 京太郎は紙袋に入ったマントを右手に持ち、ぶらぶらさせていた。

 優希は振り返り、笑顔で言った。

「それはいらない。今日は飾り気なしの私で行くじぇ」

「ふーん、じゃあこっちのタコスもいらないんだな?」

 京太郎は、左手で控え目に持っていた紙袋をしまう仕草をした。

「わ、忘れてたじぇ」

 優希は猛ダッシュで戻り、京太郎から袋を奪い取った。

「なぜそれを先に言わない! 使えない犬だな!」

「犬じゃねーし」

 久は、笑顔になっている部員達を見廻した。――咲が久を見ていた。その目が「大丈夫ですよ」と言っていた。

(咲……ごめんなさいね。あなたに頼る作戦になってしまって。でも、それしかないの。白糸台の切り札、宮永照はあまりにも巨大すぎる。だから、私は、それに対抗できる、あなたを清澄の切り札として使う)

 久はそう考えて、優希に最後の指示を出した。

「優希、お願いね。宮永照を攪乱して」

「まかせとけだじぇ! 部長」

 

 

 臨海女子高校 控室

 

「なんだ?」

 辻垣内智葉は、先程から自分を見ているネリー・ヴィルサラーゼに聞いた。

「智葉」

「うん?」

「智葉、頑張って」

「頑張るよ」

 ネリーの意外な激励に、智葉は驚きつつも笑顔で答えた。

「頑張って」

「頑張って」

 郝慧宇と雀明華であった。智葉の笑顔は苦笑いに変わり、メガン・ダヴァンに訊ねた。

「どうしたの? これ、みんなで流行ってんの?」

「そうデス。今年の流行語大賞は決まりデス」

「……また、随分と日本語慣れしているね、国に帰ったら苦労するよ、メグ」

 メガンはアメリカ人らしく、豪快に笑った。

「心配しないで、自分のやるべきことは分かっているつもりだよ」

 智葉はそういいつつも、一抹の不安は感じていた。

(やるべきことは分かっているが、できるかどうかは別だ。何しろ相手はあいつだからな)

「監督」

「どうした」

「私の役目は間違いありませんか?」

 アレクサンドラ・ヴィントハイムは、彼女らしからぬ好意的な笑顔で答えた。

「お前の後ろの4人は、並の人間なら、裸足で逃げ出すような猛者達だぞ。信じろ」

 智葉は頷いた。そして、ネリーに視線を合わせて言った。

「宮永の姉は、私が何とかする。だからお前は、妹を倒せ」

 ネリーは返事をしなかった。黙って智葉を見ていた。

「いい目だ」

 智葉はネリーの闘志に満足し、少しだけ笑ってみせた。

「行ってくる」

 そう言って、控室の出口に向かって歩き始めた。

(悪くない……人を信じるのは悪くない。こんなに気が楽になるとは思わなかった)

 智葉の心にもう迷いはなかった。

 

 

 阿知賀女子学院 控室

 

 赤土晴絵は、自分の不甲斐なさを痛感していた。もし小鍛冶健夜のアドバイスがなければ、この決勝戦、阿知賀女子は惨敗していた。そして、その健夜と練った作戦も、完全に信じきれず、今でも迷いが捨て切れずにいた。それが伝播したのか、試合目前になってもメンバーの表情には硬さが残っている。

(私がこんなんじゃ負けたも同然。ここは私の先輩を見習って……)

 晴絵は、円陣を組むように指示をした。初めてのことに、メンバーはどうしたら良いか分からずに、ただ円形に集まっている。

 晴絵はそっと右手を差し出し、皆の士気を鼓舞しようと思った。

「これまでの半年間、みんなよく頑張った。これから、最後の闘いが始まる。おそらく想像を絶する闘いになると思う。だけど、だけどね……」

 晴絵は、自分の無力さを再認識した。この10年間の想いが込みあげてしまい、言葉に詰まってしまった。

「最後に勝つのは……」

 こんなことではいけないと思い、必死に声を絞り出す。

 その晴絵の手の上に、もう一つの手が乗せられた。一回り小振りな鷺森灼の手であった。

「私達、阿知賀女子」

 これまで麻雀部を支えてきた部長の灼が言った。それをきっかけに、高鴨穏乃、新子憧、松実宥、そして出番を目前に控えた、松実玄の順番で手を重ねていった。

 メンバー全員の顔を晴絵は確認した。

(いい顔をしている……みんな、戦闘開始だよ)

 右手の上にある5本の手の重み。それが、晴絵の迷いを振り払った。

「開幕だ」

 阿知賀女子学院6人の気持ちは、今一つになった。

 

 

 決勝戦 対局室

 

 片岡優希が特設ステージの階段を上ると、宮永照は南家の席に座り、メモ帳を読んでいた。優希は「よろしくお願いします」と言って、席決め牌を引いた。【東】であった。そして、その席に座り、照をまじまじと見つめていた。

「なに?」

 照はメモ帳を閉じて優希に聞いた。

「いやー、咲ちゃんにそっくりだじぇ」

 照は、一瞬嫌な顔をしたが、優希に向き直って優しく言った。

「まあね、お姉ちゃんだから」

 優希の作戦は失敗した。予想外の回答に自分がダメージを受けてしまった。

「そ、それもそうだじぇ」

 優希は気を落ち着かせる為、タコスを取り出し、食べ始めた。

 今度は、照が優希を見ていた。

「なにそれ?」

 照がタコスを見て質問した。

「タコスだじぇ、お姉ちゃんも食うか?」

「……それじゃあ、交換で」

 照は、小物入れの中からチョコレートを取り出し、優希のタコスと交換した。

 照はタコスを初めて食べるらしく、恐る恐る口に運んでいた。

 そこに、辻垣内智葉も上がってきた。

「よろしく」

 2人はタコスを食べていた為、返事ができず、ただ頷いただけであった。

 智葉は唖然としながらも、席決め牌を引いた【北】であった。

 優希は智葉にもタコスを渡した。

「……くれるの?」

「おいしいじょ」

「ありがとう」

「これも」

 照も智葉にチョコを渡した。

「じ、じゃあ私も」

 智葉は持っていた昆布キャラメルを2人に配った。

「な、なにこれ、おいしい」

 照がキャラメルを食べて言った。

「深いよね、味わいが」

 智葉は嬉しそうに答えた。

 松実玄も上がってきた。その座るべき【西】の席には、紙皿に乗せられたタコス、チョコレート、キャラメルが置かれていた。

「何ですか……これ」

「おいしいから食べてよ」

 智葉であった。もはや、ほとんど女子会のノリであった。

「それじゃあ」

 玄はバックの中から、高鴨製菓の饅頭を取り出して全員に渡した。

 

 

 決勝会場 観覧席

 

『……女子会を開いちゃっていますが?』

『本当ですね』

『小鍛冶プロ、楽しいですか?』

『ええ、とっても。私達の時代はこんなこと、考えられませんでしたから』

『でも、もう開始まで2分を切りましたよ』

『あ、係員の方が片付け始めましたね』

 

 

「優希らしいな」

 龍門渕高校の井上純が眠そうに言った。

「ほんと、天真爛漫ですわ」

「しかし、楽しい一時は終わりだ。ここからは……」

「ええ、地獄の門は既に開いていますから」

 画面見つめている天江衣と龍門渕透華の表情は硬かった。

 

 

 その隣の風越女子高校の吉留未春と池田華菜は、不安に表情を曇らせていた。

「キャプテン、胃が痛くなってきました」

「私も……」

 そう言って、福路美穂子に助けを求めていた。

 しかし、美穂子の顔は、これまでにみたことのないような厳しいものであった。

「吉留さん、華菜、目を反らしてはだめよ。信じましょう、清澄高校を」

 

 

 加治木ゆみは、隣に座っている蒲原智美に感謝していた。

「蒲原、全員をこの場に連れてきてくれて有難う」

「どうしたー、ゆみちん」

「なに、インターハイとは恐ろしいものだなと思ってね」

「ワハハ、そうだなー、久も大変だ」

 ゆみは笑った。そして、来年の主力メンバーの3人に対して、強い口調で言った

「睦月、佳織、桃、よく観ておけ、全国を狙うとは、こういうことだ」

 3人は、大きく頷いて、カウントダウンが続いている大画面を凝視していた。

「始まるぞー、ゆみちん」

 

 試合開始のブザーが鳴った。インターハイ団体決勝戦の幕が切って落とされた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。