咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

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第九話 国麻への道のり~九州、東北編

 新道寺女子高校 個人面談室

 

 花田煌は困惑していた。なぜならば、次期麻雀部部長として、自分の名前が、現部長である白水哩から上がっていたからだ。煌は九州の出身ではなく、これと言った実績もなかったので、せっかくではあるが、辞退しようと思っていた。しかし、哩は、準決勝での宮永照戦と五位決定戦での善戦を根拠に煌を強く推していた。

 今、煌は、その哩と、麻雀部監督である比与森楓の前に座っている。就任拒絶を固持(こじ)していた煌を説得するために呼ばれたのだ。とはいっても、決して堅苦しいものではなく、世間話をするような穏やかな雰囲気ではあった。

 

「花田……うちと姫子ん話ば聞いとったんじゃろう?」

「なんのことでしょうか?」

「とぼけんでんよか。捨て駒ん件や」

 

 いきなりシリアスな話題に変わった。哩の表情もこれまでとは一変している。

 

「ええ」

「そうか……すまんやった。ばってん、もう一度そん役目ばしてほしか」

「……なにに対してですか?」

 

 新道寺優勝のために捨て駒になれというのならば、それもよかろうと思った。では、今回はなんのためだろうか? それが価値あるものならば、喜んで引き受けるが、そうでなければ固持は変わらない。

 

「姫子んためだ」

「……姫子ですか?」

 

 まったくわけが分からなかった。煌は少し語気を強めて詳細な説明を求めた。

 

「捨て駒とは、頼まれるものではなく、自らが進んでなるものだと考えます。姫子のためとはどういうことか説明いただけますか?」

 

 哩がそれはそうだと言わんばかりに大きく頷いた。

 

「リザベーションは機能しとらんやったて言うたら信じっか?」

「ディレイのことですね」

「いや……最初からばい」

「え?」

 

 最初からとはいつのことだと煌は考える。確かに、個人戦用に準備したリザベーション・ディレイは、一日目の予選で、宮永咲に想定外の手法で破られてからは、まるで機能していなかったように見えた。しかし、全国の高校生を恐れさせたリザベーションは別だ。それは、あの“絶対王者”宮永照からも『破ることはできない』との保証付きであった。

 

「で、でもチャンピオンも……」

「そのチャンピオンから言われた。今のうちゃえすう(怖く)なかって」

「……」

 

 自虐的な笑顔。今の哩の表情だ。彼女はそれを納得しているようだが、煌には理解できなかった。その根拠は、さきほどの照の言葉だ。

 

「では、なぜ、照さんは破れないと言ったでしょう?」

「なあ花田……わいは、リサベーションばうちと姫子ん絆ん力やて思うとーか?」

「もちろんです」

「ばってん、決勝戦の逆バージョンではまったく機能せんやった」

「それは……お二人にはエミッタ、コレクタの属性があるからでは? 以前部長もそうおっしゃっていましたが?」

「そりゃあ間違いやった」

 

 なぜ言い切れるのだろう? 実際、インターハイ後の練習でも、何度か通常のリザベーションは成功している。それは証明にはならないのだろうか?

 

「チャンピオンの破れんて言うたんな……姫子に妹ん姿ば重ねたんや」

「妹? 咲ちゃんですか?」

「うちは、姉妹両者と闘うた。正直な……咲には勝てんて思うた」

「ひ……姫子もそうだと言うのですか?」

 

 ずっと二人の話を聞いていた比与森楓が口を開いた。そこから放たれた言葉は、あまりにも衝撃的だった。

 

「リザベーションは、姫子ん感受性だけで成立しとった。そこしゃぃは、哩ん力は関与しとらん」

「……」

「宮永姉妹は、姫子ん潜在的な力と弱点ば見抜いとった。やけんこそ、あん闘い方やった」

「……」

 

 煌は返事も相槌(あいづち)もしないで、茫然と二人眺めるだけだった。彼女たちが言ったことが信じられなかったからだ。言うように姫子の感受性は異常なまでに強い。だからといってリザベーションのような現象が起きるとは思えない。

 

「姫子は……咲ちゃんに匹敵する力を持っていると?」

「だけん捨て駒ば頼んどー」

「……」

「うちゃ国麻ば棄権すっ。代わりに花田ん補欠で選出さるっ。姫子ば頼む」

「私に……姫子の力を覚醒(かくせい)させろと?」

「新道寺女子ん部長となり、姫子んために捨て駒になってほしか。わいん言うとおりだ。捨て駒とは自ら進んでなるもんや。だけん強制はせん」

「お引き受けします」

 

 現実的な話ではなかったが、煌はそれを信じた。そして、捨て駒の件も含めて、引き受けることにした。

 

「姫子はこのことを知っているのですか?」

「薄々は気ん付いとーて思う。だけど、無理に教える必要は無か。花田……こがん難しかことば頼んですまん」

 

 哩が心底すまなそうな顔をして頭を下げる。

 

「部長、頭を上げてください。大丈夫ですから」

「……」

「捨て駒上等ですよ。なにしろ、あの咲ちゃんを倒せるのですからね」

「自分ば犠牲にすっことになるかもしれん」

「すばらです。問題ありません」

 

 重苦しかった空気が、煌の口癖で和らいだ。

 

「個人戦の最終ラウンド……チャンピオンは泣いていた」

「ええ」

「あん姉妹ん最大ん敵は孤独やったんかもしれんね」

「そうですね」

 

 インターハイが終わってから、まだ一か月も経過していないが、哩はひどく懐かしそうな顔をしている。実は、煌もそうであった。咲と博多で会ったことが、ずいぶん昔の話に思えた。

 

「よかか花田、麻雀は結局は個ん競技。どがん仲ん良か姉妹でん……友人でん……雀卓に座るんなたった一人ばい。それを姫子に教えてほしか」

「承知しました。任せてください」

 

 

 翌日 新道寺女子高校 放課後

 

 花田煌と鶴田姫子は一年も二年も同じクラスだった。妙に馬が合い、今では親友と呼べる存在だ。彼女は授業が終わると同時にスマホを見ている。

 そして、顔色を変えて煌に歩み寄ってきた。

 

「花田、部長のこと聞いた?」

「国麻に出ないことですか?」

「なんや、知っとーとか」

「その代わりに私が出ますよ」

「ほんと!」

 

 姫子の表情が嬉しそうに変化した。煌にはそれが意外に写った。

 

「姫子……部長と一緒に闘えるのは最後だったと思いますが?」

「そりゃあ寂しかばい」

「……」

「ばってん部長は年上だけんいつかはそうなる。違いは早かか遅かかだけ」

 

 そういえばと煌は思った。昨日、白水哩は宮永姉妹の両者と闘い、個の力の重要さを教わったと言っていた。ここにいる鶴田姫子もそうなのだ。姉妹両者と闘い、完膚なきまでに打ちのめされていた。その効果によるものか、姫子から哩依存の脆弱性(ぜいじゃくせい)が消えていた。

 

「うちゃ国麻に行くとが楽しみ」

 

 言葉どおり楽しそうに笑う姫子ではあったが、少し寂しさも見えている。とはいえ、インターハイ前ならば、こんな風には振舞えなかったはずだ。そう、鶴田姫子は確かに成長している。

 

「咲ちゃんに会えるからですか?」

「なんで分かったと? もしかして花田も?」

「はい、片岡さんから連絡がありました。咲ちゃんは、競技には出ないみたいですが、会場にはきます。きっと少し話せますよ」

「うん、楽しみ」

 

 姫子のバッグに吊り下げられている五平餅のキーホルダーが揺れている。あの咲との出会いも、姫子の成長に一役買ったのかなと思った。

 

 煌のバッグでもワサビのキーホルダーが揺れていた。煌は気づいていなかった。成長したのは姫子だけではない。煌自身もそうなのだ。

 

 

 永水女子高校 麻雀部部室 控室

 

 鹿児島県の国麻のメンバーに石刀霞、薄墨初美、そして神代小蒔が選出されていた。当然ながら、小蒔は闘える状態ではないので、ジュニアBも含めた六女仙全員が出場を辞退していた。

 

 霞たち三年生と一年生の滝見春は、控室で神代小蒔を囲んで座っていた。

 2週間ほど前、小蒔の直霊(なおひ)は奇跡の帰還を果たした。最初は断片的な会話ができるだけであったが、それでも霞たちは喜んだ。半年から一年とされていた神代小蒔の喪失が、宮永咲の訪問により数週間に短縮された。とはいうものの、神境の掟は絶対的なものであり、それを無理に(くつがえ)した小蒔は、それなりの罰を受けている。

 現状、大半は寝ているだけ状態だ。ただ、今週になってから起きている時間が増えてきており、体調が良ければ通学もできるようになった。

 今、小蒔は三人掛けソファーの中央で、霞に寄りかかって寝ている。

 

「福岡の白水さんも辞退したみたいですねー」

 

 小さなテーブルを挟んだだ対面にいる初美が、顧問から渡された国麻の資料を広げている。

 

「そう、でもあそこは鶴田さんがいるから」

「藤原さんでは厳しいですかー?」

 

 永水のメンバーが出場しないので、鹿児島県は藤原利仙を主軸として再編成をしていたが、九州ブロック突破は難しいとされていた。その大きな要因が福岡県代表の存在であった。

 

「白水さんの代わりに花田さんが出ると聞いています。戦力ダウンは限定されたものになります。九州突破は運しだいですね」

「そうですか、でも、がんばってほしいですね」

 

 狩宿巴の説明に、初美が残念そうにしている。

 

「優勝候補は?」

 

 口数の少ない滝見春が黒糖を食べながら聞いた。

 

「ジュニアAもBも長野だね。大阪や岩手がどこまで食い込めるかがポイントかな」

「東京は?」

「チャンピオンも辻垣内さんも出ない。渋谷さんは出るみたいだけど、あの人は単独だとなかなか力を発揮できないよ」

「ジュニアBは奈良も凄そうですよー」

 

 初美が資料を指差して巴に確認している。奈良県は、インターハイで大暴れした阿知賀女子学院の高鴨穏乃と新子憧の出場が予定されていた。

 

「あの二人はまだ出るとは言っていないし、長野は清澄の二人だけじゃないからね」

「咲ちゃんは出ませんよー?」

「はっちゃんは南浦プロって知ってる?」

「知ってますよー。南場に強い人ですね」

「その孫娘が長野チームにいるんだよ。大方の予想では、先鋒はその南浦数絵で次鋒が片岡優希。そうなると大変なことになる」

「大変ですか?」

「国麻は半荘一回のみだからね。先鋒南浦、次鋒片岡が連続で波を掴んだら、そこで勝負はほぼ決まる」

「大変だね……」

 

 話がネガティブな方向に傾いたので、霞は話題を変えることにした。

 今年の国麻決勝戦は休日に福井県で開催される。それを中等部の石刀明星と十曽湧に見学させようと考えていた。来年、神代小蒔を支えるのは、その二人と春だけだ。全国大会の雰囲気を体験させておくのは有意義なことだ。ただし、小蒔がこの状態なので霞や巴が引率することはできない。

 

「はっちゃん、咲ちゃんに会いたい?」

「それはもう、会いたいですよー」

「じゃあ、明星ちゃんと湧ちゃんを連れて福井に行ってちょうだい」

「ほんとですかー!」

 

 初美の大きな声で、小蒔が寝返りをうった。起きるかなと思ったが、まだその許可が出ていないらしい。霞から巴側に体重移動の場所を変えただけであった。

 

「姫様……起きませんね」

「そうね、今日は無理かもね。もうしばらくして起きなかったら、引き上げましょう」

 

 穏やかな寝顔の小蒔を全員で見守る。起きなくてもいい。神代小蒔はそこにいてくれるだけいいのだ。小蒔が咲に与えた奇跡のように、咲からもらった奇跡も忍耐と努力が必要となる。霞たちもそれを受け入れるしかなかった。なぜならば、咲もそうしているからだ。

 

 

 宮守女子高校 麻雀部部室

 

 今週、臼沢塞には良いニュースと悪いニュースが飛び込んできた。良いものは、今年いっぱいで廃部が予定されていた麻雀部が継続されるというものだ。インターハイでの塞たちの活躍を観て、二年生が二人と一年生が一人入部を申し出てくれた。それはもう涙が出るほど嬉しかった。面倒くさがり屋の小瀬川白望はともかくとして、鹿倉胡桃や姉帯豊音は、さっそく熱心に指導をしている。

 

「シロ、エイちゃんはまだ帰ってこない?」

 

 ぼんやりと新入部員が打つのを眺めていた白望が気怠そうに塞に顔を向ける。

 

「うん……手続きがあるとかで、土曜日まで東京に行ってる」

「そっか、エイちゃんはこれからが3年だからね」

 

 それは予定されていたことなのでニュースとは言えなかったが、宮守女子麻雀部にとっては最悪の話だった。

 エイスリン・ウィッシュアートは学歴目的の卒業留学ではなく、主に日本の言語や風習、民族性の体験のために留学していた。そして、ニュージーランドは英米方式の9月始業なので、本来彼女は、今月からが3年生開始となる。実際は、先月に帰国しなければならなかったのだが、インターハイ出場等の事情を考慮して、今月までそれが延ばされていた。

 しかし、それも限界であった。今週末、塞たちはエイスリン・ウィッシュアートと別れなければならない。

 

「日曜だっけ」

「うん、9時の電車」

 

 エイスリンが麻雀部に入った時から、期限は8月いっぱいとは聞いていた。でも、9月になってからも帰国の話はなかったので、てっきり卒業までいてくれるものと思っていた。

 

「言い出し辛かったのかな……」

「うん」

 

 今週初めに、突然帰国すると言われた。残された時間はわずかなものだった。白望の話だと、実質、帰国の当日である日曜日まで会うことができなかった。

 

「こっちも辛いよね……会って話せないんだから」

「うん」

 

 顧問である熊倉トシは、エイスリンとは別の要件で東京に行っている。彼女も金曜日までは帰ってこない。

 未来への希望と、大切なものを失う喪失感。大人びてみえる塞だが、その板挟みには悶絶するだけだった。せめて、心の支柱であるトシがいてくれたらと思った。

 塞は、壁にかけてあるカレンダーに目を移す。今日は木曜日だ。明日になればトシは帰ってくる。だが、それだけエイスリンとの別れが近づくことになる。

 

(胡桃……豊音、あなたたちも同じだね)

 

 胡桃と豊音の下級生への指導は、塞の目からは刹那的な行動に見えた。無力感をごまかすために、目の前にあることだけに集中しているのだろう。でも、それでもまだましだなと思った。自分はなにも考えることができない。なにをしたら良いのかも分からなかった。隣にいる白望もそのはずだ。なにしろ彼女は、エイスリンと同じクラスで、だれよりも親しかった。

 

(先生……早く帰ってきて)

 

 

 東京 日本麻雀評議会 面談室

 

 熊倉トシは、かつて自分も所属していた日本麻雀評議会の面談室で担当者を待っていた。育成部門の局長とプロから派遣されている三尋木咏がその相手だ。二人はインターハイを運営したが、国民麻雀大会はアマチュアが基本となるので、運営からは外れている。しかし、評議会の力は結構強いので、ある程度のオーダーは可能だ。トシは経験上それを知っていた。

 ドアをノックする音が聞こえた。トシは「どうぞ」と答えたが、実際は自分がゲストであり「はい」と答えるべきだったなと思った。

 

「おばあちゃん、遠路はるばるようこそ」

「本日は宜しくお願いします」

 

 トシは起立して入ってきた二人に礼をした。咏はいつもどおりの着物で、局長はグレーのオーダースーツだ。体型にぴったりとマッチしていて、優秀なビジネスマンに見える。

 二人は奥の席に座り、トシと対面した。

 

「本日はどのようなご用件で?」

 

 口を開いたのは事務局長だ。やや早口で、せっかちさが垣間見えた。

 

「国麻後の海外遠征ですが、今年はオーストラリアと伺っております」

「公表してはおりませんが……そのとおりです」

「私の記憶では、一日自由行動があったと思います」

「……海外なのでオプション方式ですよ」

「そこに、ぜひニュージーランドを加えて頂きたい」

「……」

 

 事務局長と咏が固まってしまった。飛行機ならば4時間ほどで移動可能なので、日帰りオプションとして設定はできる。ただし、別の国になるので手続きが面倒なのだ。オーストラリア国内で簡素に済まそうと思っていた評議会の二人には飲めない提案だった。

 

「おばあちゃん……仮にその条件を飲んだとして、私たちが得られるものはなんだい?」

 

 普段と同じ咏の話し方に、トシも同調した。

 

「旗振り役が欲しいんだろう?」

「旗振り役?」

「咏ちゃん、とぼけちゃ困るよ。小鍛治健夜に対抗するための組織を構築しなきゃいけない。頭をだれにするか悩んでいるんだろう?」

 

 咏と局長が顔を見合わせる。

 

「熊倉さんが引き受けてくれるというのですか?」

「もう一つの条件も受け入れてもらえたらですが」

「おばあちゃん……あまり欲張るとすべてを失うよ」

「おや、私に駆け引きを持ちかけるのかい?」

 

 咏がばつの悪そうな顔をしている。相手はかつての保守派の旗手である熊倉トシなのだ。

 

「言ってみなよ」

「それほど無理な注文じゃないよ。大会規定にある文言を付け加えてほしい」

「それで」

 

 トシの顔は真剣なものに変わった。それは、ニュージーランド云々よりも重要なことなのだろう。

 

「県に認められた選出メンバーは補欠を含めて7人だろう? それを8人までにしてほしい」

「それは……無理かもしれません」

「今年のインターハイは途中棄権が多発した。それを理由に変更できるはずだよ」

「……」

「選出競技者は七名『乃至(ないし)八名』。そう付け加えてほしい」

「いいよ、おばあちゃん。その条件も飲むよ」

「三尋木さん……」

 

 困った人だ言わんばかりに局長が非難の目で咏を見ている。その当人はお構いなしに話を続ける。

 

「ただし、こっちからも追加条件があるよぉ」

「……」

「来年までは待てない。宮守とは年末でけじめをつけてもらいたい」

「……分かった」

 

 咏が扇子を取り出してテーブルの上に叩きつける。結構良い音がした。

 

「じゃあ、これで決まりだねぇ。局長、おばあちゃんをお見送りして」

「……」

 

 トシは立ち上がり、見送りは結構ですと手を振った。

 

「恩に着ます。局長、三尋木プロ」

 

 トシが礼をして部屋から退出した。

 

 

 しばらくして局長が責めるように咏に言う。

 

「三尋木さん、卒業まで待ってあげては?」

「馬鹿だね、逆だよ」

「逆?」

「あの人はね、情に(もろ)すぎるんだよ。卒業までいたら宮守から離れられなくなる。だからなんとかしてくれというSOSが出ていた」

「……そうですか。三尋木プロは優しいのですね」

「あの人には世話になった。私だけじゃないよ、大抵の人間は熊倉トシの世話になっている。だから恩返しだよ」

 

 そこまで言ってから、咏は扇子を口に当てて考え込んでいる。

 

「そういえば……例外が一人だけいたよぉ」

「まあ……だれかは予想できますが」

「言ってみなよ」

「小鍛治プロですか?」

 

 正解と言うようにぴしゃりと扇子を鳴らした。そして、嫌悪の表情になり、保守連合の旗揚げを宣言した。

 

「熊倉トシという実績のある弓取りができた。小鍛治健夜への対抗勢力をつくるよ!」

 

 

 宮守女子高校 麻雀部部室

 

 昼休み時間に顧問の熊倉トシからメールが入っていた。重大な発表があるから全員部室に集まるようにとの連絡だった。

 新入部員は帰宅してもらった。そうトシから指示されたからだ。そのため、ここには臼沢塞、小瀬川白望、鹿倉胡桃、姉帯豊音の四人しかいなかった。

 

「集まってるかい?」

 

 トシがドアを開けて入ってきた。やはり彼女の顔を見るとほっとしてしまう。

 

「はい」

 

 トシはいきなり四人に紙を配った。そこには、岩手の国民麻雀大会のメンバーが羅列されていた。

 

「あれ、私の名前がある」

「胡桃はもともと次点だっただろう? 今大会は既定の変更で8人まで選出できるようになった。だから繰り上がっただけだよ」

 

 もしかしたら、トシが東京に行っていたのはそのためだったのかなと塞は思った。それならそれでいい。またこの四人で大会に出られるのならば嬉しいことだ。

 一通り流し読みをした塞の目に、ある項目が焼き付いた。

 

「せ……先生、これって」

 

 慌てている塞を見て、他の三人も紙に穴が開くほど見ている。そして、全員がそれに気がついた。

 

「ニュージーランド!」

 

 豊音が体型に似合わぬソプラノ声で叫ぶ。

 トシがニヤリと笑った。

 

「ただで行けるわけじゃないよ。国麻優勝が絶対条件だよ。残りわずかだけど、お前たちには地獄を見てもらうよ」

「はい!」

 

 

 日曜日 午前9時 駅のホームにて

 

 麻雀部メンバーは熊倉トシから国麻の件はエイスリン・ウィッシュアートに話してはいけないと念を押されていた。そして、別れの際に決して泣いてはいけないとも。

 そのトシはここにはいない。エイスリンの話だと、昨日、挨拶を済ませてあるのだという。

 電車がくるまでの数十分間、トシのいいつけどおり笑顔で思い出話をした。エイスリンもそうだったので、きっとトシから同じことを言われたのだろう

 そして、電車到着まで数分になったころ、エイスリンは持っていた紙袋から額縁付きの絵を皆に配った。

 

「ミンナノカオ。ワタシガカイタ」

「……」

 

 一人一人の笑顔が透明水彩で描かれていた。塞はそれを見て泣きそうになってしまったが、なんとか(こら)えている。胡桃たちも目に涙をいっぱい溜めていた。

 

「コレ、グリーンストーン。ニュージーランドノメイブツネ」

 

 エイスリンが額縁の四つ角に嵌めてある翡翠(ひすい)を指差している。彼女目にも涙が溜まっている。

 近くにある踏切の警報が鳴りだした。まもなく電車が到着する。最後の挨拶をしなければならない。

 

「エイちゃん元気でね。本当に楽しかった」

「ウン、サエ、アリガトウ」

「エイちゃんがいなくなると寂しくなるよ」

「トヨネ、ワタシモサビシイヨ」

「また会えるよね?」

「モチロンダヨ、クルミ」

「エイスリンさん……」

「シロ……」

 

 白望もエイスリンも感極まったのか声が出てこない。そこに電車が残酷なまでの正確なダイヤで到着した。エイスリンは少し躊躇(ちゅうちょ)したが、大きな荷物を抱えて電車に乗り込む。

 

「マタネ、シロ」

 

 電車のドアが閉まる。ガラス越しのエイスリンの顔は涙に濡れていた。発車した電車を追いかけるように白望が走り出した。

 

「エイスリンさん! 必ず会いに行くから!」

 

 普段に白望に似つかわしくない大声で叫んだ。伝わった。その声は絶対にエイスリンに伝わったはずだ。もう四人は涙を隠そうとしていなかった。ホームの端でしゃがみ込んでいる白望の周りに集まり全員で泣いた。

 

(もう優勝するしかない。優勝してエイスリンに会いに行く。そうだよねシロ)

 




次話:「国麻への道のり~長野、東京編」

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