咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

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最終回 華ざかりの森(5)

 

 4月1日 車内 16時30分

 清澄高校 原村和

 

 清澄高校麻雀部一同を乗せた赤土晴絵のミニバンは阿知賀への登山道前で停車していた。12時ちょうどぐらいに名古屋駅を出発して、途中4回ほど休憩(ほとんどは宮永咲のトイレタイム)して、ようやくここまでたどり着いた。

 

 簡易的なゲートの前で、初老の警備員が誘導棒で停止を指示しながらこちらに向かってきた。

 

「いやあ、赤土先生。昨日から大忙しですな」

「まあ、ぼちぼちですよ」

 

 桜祭りの期間中は山への一般車両の進入は規制される。ただし、その土地の居住者には通行許可が与えられる。阿知賀のレジェンドである晴絵は許可証を見せるまでもなかった。警備員は笑顔でゲートを開けて侵入を促(うなが)した。

 

「赤土さん。『ぼちぼち』って万能語なのですか?」

「便利な言葉ですよ。大抵はそれだけで終わります」

 

 茨城県出身の小鍛治健夜には、関西のコミュニケーション作法が不思議に思えたようだ。3年ほどとはいえ、ここに住んでいた原村和には理解できていた『ぼちぼち』とは良い状態でも、悪い状態でも使用可能だ。しかも、その応用範囲はかなり広い。

 

「すごい桜だな。これは、高遠城を超えているかもだじぇ」

「山全体で三万本ぐらいあるそうですよ」

 

 片岡優希が車窓を眺めて驚嘆し、長野の桜の名所である高遠城と比較していた。確かに、高遠城の桜も見事だが、ここの桜には歴史的逸話(いつわ)が豊富にある。なにしろ様々な天下人が新子憧の実家の境内から千本桜を眺めたというのだから。

 

「憧ちゃんの家は世界遺産なんだよね」

「と言いますか、ここ全体がそうですね」

「修験道の聖地だったかな?」

「はい、憧の神社とは別に、大きなお寺もあります」

「へえー、行ってみたいね」

 

 読書家である宮永咲は、ここがどういう場所か知っている様子だ。

 

「咲……わしらは遊びにきてるんじゃないんだぞ」

「まあまあ、まこちゃん。最終日は少し観光しましょう。ね、赤土ざん?」

「そうですね、ただ麻雀を打つためだけにここに来たのなら、それこそばちが当たります」

 

 

 慣れたハンドルさばきで晴絵の運転する車は、曲がりくねった山道をかけあがる。和はこの風景を眺めるのは三度目だなと思っていた。最初は東京からの引っ越しの時で、未知の土地への転入の不安とともに眺めていた。二度目はその逆で、ここを去る時だった。心を通わせた高鴨穏乃たちとの別れに傷心しきっていた。それなのに、阿知賀の桜は残酷なまでに美しく咲き誇っていた。要するに、この風景にはあまり良い思い出はなかった。

 

 和は、隣の咲をちらりと見た。目に光沢が無いのは気に入らないが、楽しそうに桜のトンネルに見入っていた。本来ならば、和もその楽しさを分かち合うべきだが、〈オロチ〉に浸食された咲の心を和ませているのは、果たして満開の桜か、神代小蒔かと考えてしまう。

 

「神代さんと話すのは久しぶりですか?」

「小巻さんとまともに話すのは初めてだから……」

「え?」

 

 昨年、インターハイ終了後の残り少ない夏休みを利用して、咲は鹿児島に一人旅をしていた。『神代小蒔との約束を守れた』と言っていたが、その時に話せたのでは? と考えてしまう。

 

「鹿児島では、小巻さんはずっと寝ていたから」

「……」

 

 咲は勘が良い。和の戸惑(とまど)う顔を見て、彼女なりの答えを示してくれた。

 

「でも咲ちゃん。帰ってきてから巫女さんと話せたって言ってたじょ?」

「うん。話せたよ。でもね、それは言葉じゃないんだよ」

「……のどちゃん」

 

 優希に肘でつつかれた。彼女の言いたいことはだいたい想像がついた。

 

「……なんですか?」

「いつものアレは言わなくていいのか?」

 

 『そんなオカルトありえません』と言いたいのは山々だが、“心で話す”という、それこそありえない現象を、和も経験していた。それは、インターハイ個人戦決勝で咲との対戦時のことだった。咲の“心の声”を聞いたような気がした。疲労の限界を超えていた状態だったので、幻聴に近いものだったのかもしれない。しかし、それを否定してしまうと、あの対局での和が下した決断が無意味なものになってしまう。

 

「そんなオカルト考えられません」

「なんかマイルドになったような……」

 

 納得がいかない優希は、咲に質問を重ねた。

 

「モニター越しだったけど、巫女さんと咲ちゃんは、個人戦で話していたように見えたじぇ」

「話したけど……」

 

 咲の目が曇った。そうだ、個人戦での一度目の〈オロチ〉化は小蒔によって成された。優希が言った咲と小巻との会話は、その対局でのものだ。だとするのなら、咲が主張するように、会話としては成立していないのだろう。

 

(私が……もっと強ければ……)

 

 個人戦の姉妹対決では、咲の機転により、最悪の結果こそまぬがれたものの、解消不可能な〈オロチ〉の呪いを背負おうことになった。(注:現在の〈オロチ〉化は姉の宮永照によって発現している。姉妹が存続するために以後の対決不実施を決めているため、咲は〈オロチ〉と共存する方法をさがさなければならない)。

 勝負事に『たられば』は禁句だが、もしも、個人戦で咲に勝つことができていれば、姉妹対決を回避して、彼女を〈オロチ〉の束縛(そくばく)から解放できたはずだ。

 

 咲は、和以外には絶対に負けないと言った。それが、彼女の重荷になっていた。〈オロチ〉での敗北は咲を再起不能にする。その定めから逃れるには、咲が望んだ者が敗北を与える必要があった。つまりは、和が〈オロチ〉を破らなければならないのだ。

 

(神代さん……あなたなら、咲さんを救えるのですか?)

 

 他責思考(たせきしこう)なのはわかっている。だが、和は完全な手詰まりになっていた。〈オロチ〉は強すぎる。何度シミュレートしても勝てる公算が小さい。どうしても和の否定する運頼みになってしまう。 

 

 和の苦悩を見抜いた小鍛治健夜は、〈オロチ〉除去だけが解決策ではないと提案してきた。〈オロチ〉はコントロール可能だと健夜は言い切った。当然、和はその根拠を問い質(ただ)した。健夜は自分自身がそうであり、その方法を咲に教えられるとのことだった。それこそ、ありえない話だが、健夜はさらに不可解な話を付け加えた。

 

(『言葉だけでは教えられない。それには神代小蒔の助けが必要』)

 

 実にわけが分からない話だった。しかし、和はその提案に飛びついた。まったくもって腹立たしかった。そう、自分がもっと強ければ「そんなオカルトありえません」と一笑に付すことができたはずだ。

 

「見て! 女の子が手を振ってる」

 

 山を縫うように築造された道路に対して、ロープウェイは、麓から中腹まで一直線に駆け上がる。その間には、いくつか交差する箇所があった。

 咲が見つけたのは、タイミングよく接近したゴンドラの窓から手を振る少女の姿だった。咲がそれに応えて手を振っている。

 その何気ない咲の行動が、和の心を落ち着かせた。考えてみれば阿知賀には良い思い出だってたくさんある。あれこれ悩んでいては前に進まない。簡単な話だ。たとえ健夜の対策が失敗したとしても、自分が成長して〈オロチ〉を倒せば良いだけだ。だから、この合宿を決して無駄にしてはならない。己の成長が遅ければ遅いほど咲は苦しむことになるからだ。

 

「時間的に最終便でしょうね。あの子も阿知賀の桜を満喫したと思います」

「そうだね……。和ちゃん、私たちも合宿がんばろうね」

 

 友人以上に心を寄せあった昨年の合宿とは、咲の笑顔はやや異なっていた。和の愛した咲の笑顔を取り戻すためにすべきことは分かっている。それができないのは、自分の努力不足に他ならないのだ。

 

 

 

 4月1日 松実館別館 17:00

 阿知賀女子学院 高鴨穏乃 

 

 20畳ほどの大広間の中央には大きな囲炉裏(いろり)があった。そのため天井はかなり高く設定されている。この松実館別館はかつて松実姉妹が住んでいた旧家だ。それを古民家風宿舎に改装したのだ。ただし、現在はまだ80%の完成度で、今回の合宿は宿舎の防音設備や居住環境のテストも兼ねていた。

 

「玄さん、和ってここに来たことはあるんですか?」

 

 高鴨穏乃と新子憧は大広間に電気こたつを一台セットしていた。通常設備として掘りこたつがあるので、わざわざ二台目を設置していることになる。このこたつは合宿用の雀卓として使用するのだ。赤土晴絵と鷺森灼の指示で、合宿では全自動卓は使用しない決まりになっていた。

 

「和ちゃんがこっちにいた時は、もうあっち(現松実館)に引っ越してたから来たことはないと思うよ」

 

 松実玄は来客用のおもてなしセット(お茶、茶菓子)の準備をしていた。慣れた手つきで茶碗や小皿を並べている。

 

 この松実館別館は本館からかなり離れた場所にある。穏乃と憧はここには何度も来たことがあった。最も、その当時と今ではまったく違う建物にはなっているが。

 

「シズ、天板を乗っけるよ」

「うん」

 

 やや大きめで重い天板を憧と二人でこたつの上に乗せ、その上に麻雀マットを敷いた。

 

「手打ちなんて久しぶりだよね。うまく山を作れるかな」

「シズはへたくそだったよね。バラバラにしたりして」

「……それじゃあ練習しとく?」

「そうね」

 

 穏乃が麻雀牌セット手を伸ばしたところ、大広間の引き戸が開けられた。鷺森灼が入ってきて、穏乃を止めた。

 

「シズ、まだ、雀牌は出さないで」

「灼さん……」

 

 灼は、別行動になる宮永咲、神代小蒔、小鍛治健夜用の奥にある四人部屋をセッティングしていた。

 

「玄……三人分の飲食量と着替えの準備はできてる?」

「部屋の冷蔵庫に入れておいた」

「そう、お風呂やトイレも奥のを使っていいんだよね?」

「本当に……三人は別行動なの?」

「うん、晴絵からも小鍛治さんからもそう聞いている」

 

 灼が再び穏乃に目を向けた。

 

「シズ、その麻雀牌は普通じゃないから……」

「普通じゃない……ですか?」

「染谷さんとあとで説明するよ」

 

 穏乃は憧と顔を見合わせる。

 

「灼、どうして全自動卓じゃないの?」

「それも、あとで染谷さんと説明する。もう到着すると晴絵から連絡があった。憧、準備はいい?」

「え、もう来るの? どう、シズ。私、変な顔してない?」

「……別に恋人と会うわけじゃないんだから」

「同性の方が緊張するよ。和とは夏以来会ってないんだから」

 

 あまり感情を表に出さない灼が笑っている。

 

「シズにそんなことを言っても無駄だよ。今日だって、私が指示しなきゃジャージで来てたんだから」

「……」

 

 真実なので穏乃は反論できなかった。ここに来る途中で灼と出会い、『学校行事の合宿なのだから制服じゃなければダメ』と注意され、慌てて着替えに戻ったのだ。

 

 重厚に作り直された宿舎玄関の引き戸が開けられ、赤土晴絵が入ってきた。

 

「いらっしゃいませ! 松実館別館にようこそ」

「いいねえ、最高のお出迎えだよ、玄」

 

 続いて、小鍛治健夜と清澄高校麻雀部のメンバーも入ってきた。

 

「お邪魔します」

「長旅お疲れ様です。よろしければ――」

「あー、そこまでだよ玄」

「はい?」

「これから小鍛治さんと染谷君を連れて姫様を迎えに行く。灼、お前も来るんだ」

 

 予定調和的に灼は玄関を降りた。多分、メールでやり取りがあったのだろう。それにしても、神代小蒔の迎えだけなら、両校の部長が同行する必要はない。先ほど灼が言っていた“手打ち雀卓”の件に関係があるのだなと穏乃は想像した。

 

「玄、1時間ほどで戻る。先に温泉にでも入ってゆっくりしてもらって」

「わかりました」

 

 慌ただしく晴絵たちは宿舎を後にした。取り残された形になった宮永咲、原村和、片岡優希とは、団体戦後の動物園で友人になっていた。もう気ごころも知れている。

 

「みんな、上がってよ」

 

 いわば家主である玄の呼びかけで三人は靴を脱ぎ始めた。

 

「和、咲、優希、本当に久ぶりよね」

「ええ、国麻では会えませんでしたから」

「二条泉があれほどとは思っていなかったわ。ね、シズ」

「やめてよ、結構尾を引いてるんだから」

「あれは、絶対に咲を標的にしてるわよ」

 

 とはいえ、“魔境”長野県のジュニアBは盤石(ばんじゃく)だった。穏乃が後れを取った大阪代表を退け、国麻でも優勝していた。

 

「咲ちゃんがいなくてもあんなに強いんだから、本当に長野はすごいよね」

 

 玄が三人を掘りごたつに誘導して座らせた。そして、おもてなし用のお茶と茶菓子を提供する。

 

「腹ペコなのだ。玄ちゃん食っていいか?」

「どうぞ、シズちゃん家のお饅頭なんだよ」

「ほう、これが噂の……」

 

 噂とはなんだろうと気がかりになった。まあ、優希の言うことだから、冗談半分で聞いておくべきだ。その優希が、饅頭を一口でほおばり、顎を上下に動かしている。

 

「のどちゃん……順位変更していいか?」

「順位? ああ、それで、高鴨饅頭は何位ですか?」

「2位だじぇ」

「ちょっと、和、優希はなにを言ってるの?」

 

 憧の質問に答えたのは咲だった。

 

「あのね、今日、お昼にエビフライを食べたんだよ。それが、優希ちゃんのランキング2位に食い込んだの」

「それじゃあ、うちの饅頭がエビフライに勝ったということですか?」

「咲ちゃん、のどちゃん。京太郎の土産はこれにしよう」

 

 嬉しいかどうかは微妙だが、実家の売り上げが伸びるのは喜ばしいことだ。それにしても、1位が気になる。

 

「優希さん、1位は?」

「タコスだじぇ」

 

 即答であった。そういえばそうだ。優希はいつもタコスを持ち歩いていた。自慢げに言う優希の隣で、和と咲が呆れ笑いをしていた。

 

 玄が人数分の浴衣を持ってきて、皆に配った。

 

「監督命令です。みんなは新築した別館大浴場に行ってください。露天風呂もありますからね」

「玄さんは行かないんですか?」

「私は夕飯の準備があるから。あとで灼ちゃんたちと入るわ」

 

 穏乃と憧はあらかじめ大浴場を見せてもらっていた。元々は庭だった場所に10名ほどが一度に入浴できる露天風呂をメインに、趣向を凝らした内風呂がある豪華仕様だった。ただし、男湯の方はまだ完成していない。

 

「咲さん、どうします?」

「みんなで入ろうよ」

「そうですね」

 

 和は笑顔で応じていたが、優希になにか合図を送っていた。優希が心得たとばかりにこたつから飛び出した。

 

「それじゃあ、咲ちゃん、ひとっ風呂浴びにいくじぇ」

 

 清澄高校の三人が浴衣を持って立ち上がった。言うなればホスト役である阿知賀女子学院麻雀部は、彼女たちをエスコートしなければならない。

 

「結構歩くからね。憧、みんなを案内するよ」

「わかった」

 

 

 大浴場は長い渡り廊下を歩いて行く。新設された廊下は非常に雰囲気の良いもので、床、壁、屋根は、すべて欅(けやき)が使用され、ほど良い香りが漂っている。

 

 穏乃の後ろを歩いている憧が振り返って、怪訝(けげん)そうに和と咲を見ている。

 

「二人はいつも手をつないでいるの?」

「私が和ちゃんにお願いしてるの……子供の頃の癖かな」

 

 恥ずかしそうに答える咲に、憧はそれ以上追求せずに微笑みだけで答えた。憧は、基本だれでもため口だが、礼儀や配慮にはうるさい。

 

「あ、忘れ物をしました。咲さん、一緒に来てもらえますか?」

「いいよ、和ちゃん」

 

 二人は、小さく礼をして廊下を戻って行った。

 

「私たちはここで待ってようか?」

「そうだね」

「その必要はないじぇ。のどちゃんは警告の時間を作ってくれたのだ」

 

 和の合図はこれだったのかと思った。しかし、なんのためにこんなことをするのかは、皆目見当もつかない。和の裸なら何度も見たことがあるし、大きい胸だって、松実姉妹で耐性がある。

 

「二人は、咲ちゃんと風呂に入るのは初めてだよな」

 

 優希が歩きながら冗談には聞こえない口調で言った。

 

「ええ、そうですね」

「きっと、のどちゃんのわがままボディの警告だと思ってただろう。ところが、そうじゃない。問題は咲ちゃんの方なんだじぇ」

「咲が?」

 

 憧が納得いかない様子で聞き返す。それはそうだ。咲は、和のようなメリハリのある体型ではなく、高身長のモデル体型でもなかった。自分や灼に近い、極(ごく)標準的な体型に見えた。

 

「なにしろ、のどちゃんが鼻血を出してぶっ倒れるぐらいの破壊力があるからな」

「和が……面白そう。優希、詳しく聞かせて」

 

 憧が興味津々に身を乗り出している。自分たちの年代では仕方がないことだ。そのような話にはどうしても興味が湧いてしまう。

 

「咲ちゃんは、のどちゃんよりも少し背が低い、でもな、お尻の位置はのどちゃんよりも高くて、しかも上を向いているんだじぇ」

「……」

「おっぱいだってそうなのだ。大きさではのどちゃんとはくらべものにならないけど、きれいな円錐型で、乳首も上向きで、乳輪の色だってほとんど周りと変わらない。アニメのようなおっぱいなんだじぇ」

「咲のおばあちゃんは……テレサ・アークダンテだっけ」

「お、憧はいいところに気が付いたな。咲ちゃんは、私たちのような安産型の体型ではなく、西洋人型の体型なのだ。ヘアーだって金髪だしな」

「えー!」

 

 穏乃は叫んでしまった。咲の髪や目の色は黒色で、そんなイメージはまったくなかったからだ。

 

「よく分かったけど、それで和が倒れたりするわけ?」

「それは、咲ちゃんの肌と癖に原因がある」

「肌? 咲はそんなに白くないよね」

「美白というのならのどちゃんが一番だな。私だって咲ちゃんよりは色白だじぇ」

「じゃあ、なんですか?」

 

 いつの間にか大浴場の入り口まで来てしまった。中に入ると和たちが分からなくなるのでそこで待つことにした。

 

「咲ちゃんは、逆光なんかになると、たまに光って見える時がある」

「光る? それはまたどうしてだろう」

「私もそう思って咲ちゃんに聞いたんだじぇ『今、光って見えたんだけど』ってな」

「うん。それで?」

 

 優希は腕の袖をまくり上げて二の腕まで露出させた。

 

「夏だったんで、こうやって私に腕を見せてくれてな、自分は毛深いからそう見えることがあるかもしれないって」

「毛深い? 優希はそれが見えたの?」

「全然、でも、咲ちゃんが言うには、アークダンテの女性は金髪の産毛(うぶげ)が生えているらしいんだ」

「優希さんはそれを信じるんですか?」

「もちろん」

 

 なぜだろうと穏乃は考えた。極細の金髪産毛など見えるわけがない。だが、優希はそれがあると断言した。

 

「咲ちゃんの肌は、触るとサラサラするんだじぇ。それがな、風呂とかで水に濡れるとツルツルするんだじぇ」

「ツルツル? スベスベってこと?」

「違う! スベスベなら私の方がスベスベ。咲ちゃんは石鹸をつけたようにツルツルになるんだ」

「それも、産毛のせいですか?」

「そう考えるしかないじぇ」

 

 なかなか衝撃的な話ではあるが、まだ、和が卒倒するレベルではない。

 

「じゃあ、和が倒れたってのは、咲の癖の方に原因があるのね」

「憧はそういう話が好きみたいだな。喰いつきが激しいじぇ」

「そう言うのはいいから教えてよ」

 

 優希は『こほん』と軽く咳払いをして話を続けた。

 

「咲ちゃんはよく転ぶ。いつだったかは忘れたけど、その日も三人で温泉に行ったんだ。そしたら、咲ちゃんが全裸で転んで……ほぼ、おっぴろげになったんだじぇ」

「……」

「詳しくは言えないけど……のどちゃんの性癖にガツンときたらしく、鼻血を出してしまってな」

「そこで鼻血―!」

「慌てたのは咲ちゃんで、持っていたタオルでのどちゃんの血を拭こうと駆け寄った」

「……」

「咲ちゃんは抱きつき癖があるぐらいに、そういったスキンシップには無頓着(むとんちゃく)でな、ツルツルをのどちゃんの胸やらお尻やらにこすりつけて血を拭ってて、そしたら、のどちゃんが泡を吹いてぶっ倒れたんだじぇ」

 

 優希と憧が爆笑しているので、穏乃もそれにつきあったが、正直、笑ってよいのか判断に迷う内容だ。まあ、それだけ和は咲のことが好きなのだなとは思う。もしも、話を自分と憧に置き換えたのならば、やはりぶっ倒れてしまうのではないか。

 

「それで、お願いだじぇ」

「……」

「それ以来、咲ちゃんは気にするようになってな。だから、あんまりいじらないでほしいのだ」

「でも、なにも言わないのも不自然よね」

「そう。だから、軽くだじぇ」

「わかりました。でも、逆に楽しみになっちゃった」

「それと……」

 

 優希から笑顔が消えている。きっと警告の方だろう。

 

「咲ちゃんの前後は歩かない方がいいじぇ。本当によく転ぶからな。対策はのどちゃんに任せておくのだ」

「……」

 

 話の区切りの良いところで、ちょうど和と咲が戻ってきた。

 

「少し冷えてきたじぇ。早く風呂に入るのだ」

 

 優希が肩をすぼめている。松実館は、阿知賀でもやや標高が高い場所にある。4月になったとはいえ、日が落ちると気温はかなり低下する。この廊下は窓が解放されている部分もあるので、結構肌寒くなる。

 先頭の穏乃は“女湯”と書かれた暖簾(のれん)をくぐり、雰囲気のある脱衣所の戸を開けた。

 

「わあー、すごくきれいだね」

 

 咲が驚きの声を上げた。この浴場もテストを兼ねている。設備の使い勝手や湯加減など、穏乃たちが後で玄に報告することになっていた。

 

「できたばっかりですからね」

「もしかして、私たちが初めてなの?」

「そうですよ、改善点があったらあとで教えてください」

 

 あいかわらず、この人の話し方は可愛らしい。阿知賀にはいなかったタイプなので、和がメロメロになるのもよく分かる。

 

「和たちはそっちを使って。私と憧はこっちで脱ぐから」

 

 中央に浴室への通路があり、その左右に脱衣場が設置されている。気を遣うふりで清澄(右側)と阿知賀(左側)を分けた。しかし、実際は咲をのぞき見するための処置だ。憧とならんで服を脱ぎ始めるが、目は右側にシフトしていた。

 

 こちら側から見て、優希、咲、和の順で並んでいたが、優希は穏乃たちの視界を考慮して、寒いだのなんだのと屁理屈を言って奥に移動した。

  

 咲が清澄高校制服の上着を脱いだ。その肩から腰のラインは、俗に言う“砂時計型”で、日本人にはない傾斜のある美しい曲線を描いていた。そして、スカートを緩めて下におろした。骨盤の位置が高く臀部が上向きで、まったく垂れていなかった。優希の言ったとおり、とのなりの和と比べても脚がかなり長く見える。

 男性ならば、和のようなメリハリのあるボディが理想かもしれないが、女性――少なくとも穏乃は違っていた。咲のような立体的な曲線美のボディが理想だった。

 

 憧が気になり、穏乃は振り返った。彼女は口を開けてポカンとしていた。どうやら、咲に理想の体型を見たようだ。その憧が、穏乃の肩をつかんで引っ張った。

 

「ちょっと、咲のアレってずるくない?」

「ずるいって……咲さんはクオーターだし……」

「骨格自体が違うのは分かるけど……あーあ、見て、和ったらあんなにニコニコして」

 

 口角がこれでもかというぐらいに上がり切った和の笑顔。本当に彼女は咲のことが好きでたまらないのだなと思った。

 

「もしかして、優希に警告させたのも咲を自慢したかったからじゃないの?」

 

 憧は、阿知賀女子の中でも、おしゃれやスタイルにこだわりがある方だ。その彼女がどんなに体を鍛えても、どんなに整体しても、超えられない壁が骨格だった。咲に嫉妬する気持ちは、穏乃にもよくわかった。

 

「なにをブツブツ言っているのですか?」

 

 和が咲と手をつなぎながらタオルを片手にやってきた。咲の胸は、優希が『アニメのようだ』と比喩したように大きさは控えめだが、乳輪が周囲の肌色とほぼ同色で小さな乳首だけがツンと上を向いている。聞いていた金髪の産毛は、ぱっと見ではよく分からなかった。

 

「あんたたち、裸でも手をつないでるの?」

 

 気が付かなかったが、和と咲は手をつないでくっつきそうなぐらいに寄り添っていた。タオルでやや隠れてはいるが、咲の金髪のヘアーが確認できた。

 

「……咲さん」

 

 ここは自分が言うべきだと思い、穏乃は咲のヘアーを見て驚くふりをした。彼女は顔を赤くして和の後ろに隠れた。

 

「ど、どうしたの穏乃ちゃん」

「そう言えば……咲さんのお母さんはイギリスの人だったよね」

「うん、でも、おじいちゃんが日本人だから、ハーフだね」

 

 これぐらいが無難かなと思う。それにしても咲は全裸にもかかわらず、和にべったりとくっついている。よだれをたらしそうに笑っている和に、なぜかムカついてしまった。

 

「和はでかくなりすぎだよ」

「そうよ! 小学生のころの2倍はあるわよ!」

 

 憧もなぜかムカついていたようで、ふたりで和の常識外の胸に話題をすり替えた。

 

「そんなに変わっていないと思いますけど……優希、どうですか?」

「私が初めて見た時もこんなもんだったじぇ」

 

 と言って優希は、和の胸を触ろうとして、手を叩かれていた。痛そうにしながらも、結構楽しげだ。

 

「まっぱで突っ立っていても寒いだけだじぇ、早く風呂に入るのだ」

 

 確かに寒くなってきたので、全員で浴室に入った。8人ほどは入れそうな内風呂と、ジャグジーが四か所、それと、露天風呂へのドアがあった。清澄勢が汗を流したいというので、洗い場で、髪や体を洗い、それからみんなで外出た。

 

 周囲を欅の壁で覆われ、岩をくり抜いたような円形の露天風呂が湯気を上げていた。

 

「穏乃……ここを使うのは私たちが初めてだと言ったな?」

「そうだけど」

「ならば、一番風呂は、『東場の神』片岡優希だじぇ」

 

 言うのが早いか、優希は露天風呂に飛び込んだ。しかし、何か様子がおかしい。慌ててこちらに戻ってくる。咲は洗い場に行って、自分のタオルを水に浸して戻ってきて、湯船から上がった優希の首にかける。

 

「思ったより……熱かったじぇ。咲ちゃんも気を付けるんだな」

「わかったけど……ふつうは温泉に飛び込んだりしないよね」

「そう言えは、玄が温泉は42℃に設定してるからゆっくり入れって言ってたわ」

「憧、それを先に言うのだ」

 

 優希のようなムードメーカーがいることが、清澄高校の強みなのだろう。阿知賀なら、その役目は自分がこなさなければならない。正直、国麻での敗戦以来、穏乃は、行動がやや消極的になっていた。

 

(咲さんのライバルは沢山いる……こんなんじゃ、絶対に先をこされる)

 

 目の前にいる原村和、インターハイで打倒を宣言していた大星淡。それに個人戦で咲にボロボロにされた大阪勢や九州勢。彼女たちに後れをとることは許されない。団体戦の敗戦時に自分は誓ったのだ。宮永咲を倒すのは、この高鴨穏乃だと。

 

 気が付けば穏乃も温泉に飛び込んでいた。高温泉なので、間違いなく熱い。だが、その熱さが、穏乃の目を覚まさせた。

 

「シズ、あんた、優希に影響されたの」

「そうだよ、でも、いい方向に影響された」

 

 憧に続いて、和、咲、優希も湯船に浸かった。単純泉のお湯は肌触りがよく、みんなリラックスしている。穏乃はしばらくしてから咲に近づいた。

 

「咲さん……今年のインターハイでは、必ずあなたに勝ちます」

「……」

 

 咲はなにも答えなかった。ただ、大きく、やや光沢のあった彼女の目が、細められて完全に光を失っていた。それは、穏乃のトラウマである〈オロチ〉の目だった。

 

 咲を代弁するように、和が答えた。

 

「前も言いましたけど……それは譲れませんよ」

「いいよ、和、だから競争だよ」

 

 ニコニコだった和が真顔になっている。そうだ、これは穏乃のアイデンティティにかかわる話なのだ。屈辱の敗北の日。穏乃は咲を倒すことを人生の目標に定めた。相手が友人である和だろうと、淡だろうと、こちらこそ譲るわけにはいかない。

 

 露天風呂のドアが開いて、松実玄が顔を出した。

 

「夕食の準備ができたよー。神代さんたちも来たから、みんなも上がって」

 

 咲が急にソワソワしだした。

 

「ごめん、和ちゃん。私、先に上がるね」

 

 咲が、立ち上がり、ザバザバと穏乃たちの前を歩いて行く。

 

「咲さん! 待ってください、私たちも一緒に行きますから」

 

 和の声が聞こえなかったのか、咲は意に介せず、前に進んでいる。

 

「穏乃、憧、咲さんを止めて」

 

 止めろと言われても、真っ裸の状態でどうしろというのか? 仕方がないので、憧と同時に、咲の腕をつかんで引き止めることにした。

 

「咲さん! 落ち着いて――」

 

 穏乃は、咲の左腕を抱えるようにつかんだ。

 

(わ、わ、なにこれ)

 

 ツルツルの咲の腕が穏乃の胸や腹を強烈に刺激した。憧も同じ状態で声が出なくなっている。

 

「穏乃ちゃん……どうしたの?」

「と……とにかく、落ち着いてください」

「みんなで一緒に上がろうよ。ね、咲」

「ごめんなさい……私、小蒔さんに早く会いたくて」

 

 咲が落ち着いたようなので、憧と二人で手を離した。まだ、あの腕の感触が残っていた。咲は、和に連れられて内風呂に向かったが、穏乃たちは、その場で呆然としていた。

 

「まったく……とんでもないわね」

「和が……倒れる気持ちが分かったよ」

 

 優希に肩を叩かれた。

 

「警告はしたはずだじぇ」

「……」

 

 

4月1日 松実館別館 18時10分

 清澄高校 原村和

 

 和たちは浴衣に着替えて大広間に戻った。中央の大きな囲炉裏では炭火がパチパチと音を立てていた。

 車座(くるまざ)に座布団が配置されており、その手前には結構豪華なお膳が準備されていた。上座に赤土晴絵、小鍛治健夜、神代小蒔の順で和たちが来るのを待っていた。

 

「和たちは神代さん側に、高鴨さんたちは赤土監督側に座ってくれるか」

 

 仕切り役のまこから座席を指定された。和たちが席に着くと、まこ、灼、玄が下家側に並んで座った。

 

「小蒔さん!」

 

 厳(おごそ)かに始まるはずの合宿だったが、その計画をぶち壊したのは咲だった。花田煌の時もそうだが、咲は、興奮すると周りが見えなくなる。いきなり神代小蒔に抱きつき、豊満な胸に顔を埋めていた。

 

「小蒔さん! 会いたかった」

 

 小蒔は、咲を包み込むように抱擁(ほうよう)し、頭を優しくなでている。

 

 小鍛治健夜が意図的に大きな咳払いをした

 

「小蒔ちゃんとは、これからいやでも一緒にいてもらいます。だから、一度、席に戻りましょう」

 

 健夜にしては珍しく、あまり笑っていない。この合宿を本気で成功させるつもりなのだ。その主目的である咲の浮かれた気持ちを諭(さと)したかったのだろう。

 

「……すみませんでした」

 

 小蒔にもなだめられて咲は席に戻ってきた。

 

「監督に怒られちゃった」

「私だって……怒りますよ」

 

 結構低い声だったなと反省した。冗談交じりのつもりが、本音の配分がやや多すぎたようだ。咲は、恐縮した様子で和の隣に正座した。

 

 神代小蒔が、それを見て微笑んでいる。その大きな包容力は、咲の姉である宮永照を想い起させた。

 

「みんな席に着いたようなので、この合宿の概要を清澄高校小鍛治監督に説明してもらう。空腹かと思うが、もう少し我慢してくれ」

 

 晴絵からバトンを渡された健夜が、顔を上げて姿勢を正す。そして、今までに聞いたことのない大きな声で話し始めた。

 

「遠足気分はこの夕食までとします。本日午後8時から、明後日の朝まで、みなさんはここから出られません」

 

 あの優希ですら座りなおして背筋を伸ばしている。

 

「プログラムは両部長に伝えてあります。確実に消化してください」

 

 健夜の厳しさはそこまでだった。

 

「でも、明後日は全員でお花見をしましょうね」

「……小鍛治さん、もう電池が切れたんですか」

「結構頑張りましたよ」

「まあいいです。みんな、茶番は終わりだ。夕食にしよう」

 

 結局は赤土晴絵が締めることになった。便利屋というか、お人好しというか、この人はあいかわらず損な役回りだなと思った。

 

「玄、これどうするんだっけ」

 

 憧がお膳にあった串にささった魚を持って、玄に質問している。炉端焼(ろばたや)きだとは思うが、和も写真やTVでしか見たことがないので、勝手がわからない。

 

「こうやって囲炉裏に刺すんだよ。焼けるのに結構時間がかかるから、最初に全部刺しておいた方がいいよ」

 

 玄の見本を見て、全員で魚(鮎か?)、海老、牛肉などを炭火に向けて並べた。すぐに、香ばしい香りが漂い、一気に食欲がそそられる。

 

「小蒔さん、あのね、私、スマホを買ってもらったんだ」

「咲は、前にも持っていなかった?」

「あれはね、学校からもらったやつ。でも、悪いからって返して、お父さんに新しく買ってもらったの」

「上手に使えるようになりました?」

「それがね、この間、動かなくなって、京ちゃんに『いつ充電したの?』って聞かれて『一週間前』って言ったら、すごく怒られてね」

「そうですね、やはり、三日に一回は充電しないとね」

「ちがうよ、小巻さん。毎日充電しなきゃダメだよ」

「でも、私は、咲よりも上手にスマホがつかえますよ」

「えー、なあに」

「私は、スマホで、飲み物が買えるのです」

「すごい! 小蒔さん、私にも教えて!」

 

 気が付けば、全員で咲と小巻との、他愛(たあい)のない会話を聞いていた。和は改めて、自分の馬鹿さ加減を思い知らされた。咲は言っていたではないか。神代小蒔とは、自分にとって姉であり、母親でもある存在だと。それを信じずに、小蒔に嫉妬するなんて本当に愚か者だと思った。

 

 咲は小蒔と夢中になって会話をしている。

 

 それは、姉や母と離れ離れになっていた4年間の寂しさ、悲しさを埋めているよう見えた。その姿に、和は深く心を動かされた。

 

(私は……小巻さんが羨ましい)

 

 心の中でつぶやいた言葉に、小蒔が反応した。ありえないことだ。だが、小蒔は、的確に、和の心の声に答えた。

 

「私の方が羨ましいです」

「……え」

 

 戸惑う和に、小蒔が微笑みかける。

 

「だって、咲は、原村さんが――」

「小蒔さん! それ以上言ったらあれをばらすよ」

「そう、それじゃあ、私も咲のあれをばらしますよ」

「そしたら、あれも、あれもばらしちゃうんだから」

 

 自分は神代小蒔のようにはなれない。それでもいい。自分は、咲の姉になりたいのではない。もっと、近い存在になりたいのだ。

 

(羨むのはもうやめます。私は、咲さんを愛していますから)

 

「わかりました」

 

 それは、咲への返事なのか、和への返事なのかははっきりしない。しかし、小蒔の微笑みが、和の心の葛藤への明確な答えになっていた。

 

(神代さん……咲さんをお願いします)

 

 了解したと言わんばかりに、神代小蒔はゆっくりと目を閉じた。そんなオカルトは“ありえない”。ただ、今だけは“あってもいいかな”と思った。

 

 

 

4月1日 松実館別館 20時10分

 阿知賀女子学院 高鴨穏乃

 

 合宿開始の午後8時を回った。宮永咲、神代小蒔、小鍛治健夜の三人は、別メニューのため、松実館別館の最深部にある四人部屋に移動した。赤土晴絵によれば、三人には最終日までは会えないとのことだった。その、晴絵は、穏乃たちの助っ人をしている永水女子六女仙の様子を見てくると言って、また外出をしていた。

 

「「総合力で勝つ」いう考え方は間違っとらんよ。現に、阿知賀がインターハイ準決勝で白糸台高校に勝ったんも、うちが県予選を突破できたんも、総合力で相手に勝っとったけぇ言えるんよ」

 

 穏乃と憧がセットした麻雀こたつの奥側に染谷まこと鷺森灼が座っている。二人とも入浴を終えて浴衣姿だ。穏乃、憧、玄、和、優希はその周りで話を聞いていた。

 

 まこが説明を続ける。

 

「互いに苦労したインターハイ決勝のことを思い出してみてほしい。先鋒戦で宮永照にどえらい点差をつけられた後、どうしたんかいね? 次鋒戦の郝慧宇やら、中堅戦の渋谷尭深に苦労させられてからに……副将と大将でなんとか巻き返したものの、ありゃあぶっちゃけ「個の力」にねじ伏せられたんが実情じゃないんかいね」

 

 なかなかコアな広島弁になっていた。優希の話では、まこは興奮すると、ガチ広島弁になるらしかった。

 

「もう一回言うけどな、総合力を高めるんは間違いじゃないんよ。じゃけどな、それは個の力を最大限に高めた結果であらんといけんってことよ」

 

 穏乃にも異論はなかった。団体戦決勝は宮永咲により完全に支配されていた。持ち前の終盤の集中力でなんとか一矢報(いっしむく)いたものの、圧倒されていたのは間違いがなかった。

 

 灼が麻雀牌を盤面に並べた。

 

「穏乃の質問に答えるよ、この麻雀牌は特殊な眼鏡をかけることで、表面が見える仕様になっている」

「ひどいいかさまだじぇ」

 

 優希の言葉に、灼は笑った。

 

「そうだよ、片岡さん。みんなにはこれからいかさま麻雀を堪能してもらうよ。いい? 宮永さんを除けば、私と染谷さんが一番麻雀歴は長い。しかも、いかさま麻雀だって数えきれないほど経験している」

 

 そういえばそうだなと思った。灼は子供のころから大人相手の麻雀をしていた。実家が雀荘だったまこに関しては言わずもがなだ。

 

 再び話し手がまこに代わった。

 

「あんたらに、まずは今年一番の大物になりそうな大星淡と当たってもらうけぇね。このメンツの中で淡とやったことあるんは、高鴨さんと和くらいじゃろ?」

「はい、そうですね」

「ほいじゃあ、新子さん、松実さん、優希の順番で始めるけぇね。まずは牌を仕込むけぇ、ちょっと卓を隠すよ」

 

 灼が、コの字型のついたてで穏乃側から盤面が見えなくした。カチャカチャとまこが麻雀牌を組み込んでいる。大星淡と名指ししたからには、いきなりWリーチの展開になるはずだ。

 

「鷺森さん」

「はい」

 

 灼が起家マークを「東」にして置いた。これから彼女を大星淡としての仮想戦が始まる。憧、玄、優希の順番で反時計回り座った。まこがコの字型のついたてを外すと、すでに配牌が終わった状態だった(すべての牌は伏せられている)。

 

「和と高鴨さんは、鷺森さんの後ろにおってええよ」

 

 まこの勧めに従い、和と灼の背後に周った。予想に違わず、灼の手牌は聴牌していた。

 

(【西】単騎待ち……優希さんに【西】がセットされているはずだよね)

 

 北家の優希なら配牌時に【西】が手牌にあったのなら、必ず切るだろう。優希は自分でも言っていたように『東場の神』なのだ。たとえ五向聴(ウーシャンテン)でも、降りることはないはずだ。

 

「仮想戦だからね……ルールは無視するよ」

 

 灼は右端の牌をつまみ、横に曲げて置いた。

 

「リーチ」

 

 だれもが恐れる大星淡の親のWリーチだ。圧倒的優位に立つWリーチだが、欠点として点数が低くなることがあげられる。それを補完するのが、親であり、ドラなのだ。

 

 憧は表情一つ変えずに牌を自摸(つも)り、【東】を切った。彼女らしい割り切りだった。親は手を変えられないし、他家も五向聴ならば、警戒しても意味がない。降りないのならば、自分の聴牌を優先すべきだ。

 

 感情が表に出やすかった玄も、“絶対王者”との二度に渡る神経戦で成長が著しかった。彼女も降りてはいない。セオリーに忠実な【九筒】を捨てた。

 

 優希は、自らを“神”と称するだけのことはあり、東場では自信に満ち溢れていた。豪快に牌を自摸ってきて、手牌から【西】を捨てた。

 

「ロン。2900」

 

 優希は微塵(みじん)も驚いてはいなかった。それがなんだと言わんばかりに、点棒を灼に渡していた。

 

「優希、警戒はしとらんかったんか?」

「牌をセットしたのが染谷部長だからな。ありえるとは思ったじぇ」

「ほいじゃあ、なんで【西】を切った」

「大星は部長じゃないからな。警戒自体が無意味だじぇ」

「ほう……」

 

 まこが嬉しそうに笑っている。そして和に目を移した。

 

「和、解説できるか?」

「優希は正しいですね。必要以上に警戒すると、淡さんには99%敗北します」

「高鴨さんもそれでええか?」

「そうですね。大星さんには攻め勝つしかないと思います」

 

 灼が頷いた。

 

「公式戦で彼女に勝ったのは、シズ以外に五人いる。原村さん、宮永さん、神代さん、辻垣内さん、愛宕(洋榎)さんだよ。原村さんを除けは、四人とも力で押し切った形だね」

「ほいじゃあ、続きじゃよ。ダブルリーチと五向聴を攻略するまで、これを続けるけぇね」

 

 再び、コの字型のついたてがセットされた。今度は灼が牌を積み込みしている。幼稚園時代から麻雀をしているだけあって、熟練者の手つきだ。五分ほどして、次の罠が仕掛けられた。

 

「一本場」

 

 灼が100点棒を置いて連荘を宣言した。はっきり言えは、開始時に部長たちが言ったように、完全なるいかさま麻雀なので、撃破するのはほぼ不可能だ。

 

(赤土さんは何のためにこんな練習をするのだろう……)

 

 繰り返される失敗体験により、自分の限界点を思い知らされる。はたして、それが、個の力の向上につながるのだろうか? 和や、国麻予選で敗北した二条泉のような万能型の選手ならば効果があるかもしれない。しかし、自分や玄、優希のような特化型選手にはマイナスに作用してしまう。

 

「和……」

「穏乃、いろいろ疑問に思うかもしれないけど、我慢して続けましょう」

「……それじゃあ、和は、この練習に意味があると?」

「そうね……詳しいことは後で話すわ」

 

 五本場に、憧が鳴きを駆使して、仮想大星淡を止めた。しかし、そこまでだった。後半戦にまこが、槓ドラを積み込むようになり、優希が飛ばされてしまった。

 

「高鴨さん……交代じゃ」

「……はい」

 

 ぶすっとした顔の憧と席を変わった。彼女も、この練習の意図がつかめない様子だ。和は優希と入れ替わり、玄はそのまま残った。

 

「玄は……手ごたえがあったみたいだね」

「手ごたえではないです。イメージですね」

「次は勝てる?」

「まだかな……私は、スロースターターなので」

 

 “絶対王者”宮永照に二度までも大量失点させた松実玄は、その仕込みに結構な時間を要する。きっと淡への対応もそうなるだろう。だとすると、玄にとっては、この練習は有効だと言える。

 

 打ち手が灼からまこに代わった。

 

「勝ちにいった経験のある人が二人もおるんじゃね。こっちもちょっと本気出すけぇね」

「……」

 

 まこも牌を横にしてリーチを宣言した。なるほど、記憶が蘇(よみがえ)ってきた。穏乃の網膜にあの準決勝の情景が映し出されていた。上家のまこに、大星淡の姿が重ね合わさった。

 

(いいですよ、意味があるかないかは……私が判断します)

 

 和と目が合った。『そうだ』とばかりに、瞬きをした。それならば、続けてみようじゃないか。この、目的が不明確な練習を。

 

 

 

4月1日 松実館別館 23時30分

 清澄高校 原村和

 

 仮想戦は、一局ごとに積み込み作業があるため、結局のところ半荘三回しかできなかった。不平不満を言っていた憧や穏乃だが、終盤に何らかのきっかけを掴んだようだ。最大の恩恵を受けたのは玄だった。まこが積み込んだはずの槓ドラをことごとく回避していた(和的にはただの偶然)。ただ、忘れてはならないのは。インターハイ個人戦での淡の成長だ。和とともに、宮永姉妹を守るために死力を尽くした。こんな仮想戦だけで攻略できるなど、夢にも思わない方が良い。

 

「和、布団のそっち側持ってよ」

「はい」

 

 穏乃と二人で四人分の布団を敷いた。枕はすべて中央に向けてある。寝る前のおしゃべりを楽しみたいのだ。

 

 一年生の四人には大広間があてがわれ、二年生組の三人は、咲たちのいる四人部屋の隣部屋に陣取っていた。そもそもは二人部屋だが、交代で一人は咲たちの監視役も兼任する。

 

「咲ちゃん……まだやってるのかな?」

「恐らくそうでしょうね。部長が廊下の前で待機していましたから」

「あれは、のどちゃんが覗(のぞ)きにきたら追い返すためだって言ってたじぇ」

「……」

 

 返す言葉がなかった。本当に、どんなことをしているのか覗きに行きたかった。『誰かが立ち入ると、すべてが水の泡になる』と、小鍛治健夜の釘を刺されていたので思いとどまっているだけだ。

 

「咲を信じなよ」

 

 憧が枕を投げつけてきた。

 

「枕投げなんてしませんからね……」

「そのかわりに、さっきの話の続きを聞かせてよ」

 

 穏乃と憧が興味深そうに和を見ていた。

 

「さっきの話?」

「今日の練習の意味だよ」

 

 そういえば、そんな約束をしていた。

 

「わかりました」

 

 寝支度を済ませてある四人は、そのまま布団にもぐりこんだ。うつ伏せになり顔を突き合わせていた。

 

「小鍛治さんがどうして清澄の監督になったか知っていますか?」

「咲のためでしょう」

 

 憧が『あたりまえだ』と言うように答えた。まあ、それはそうだろう。しかし、和の質問は、もっと深い意味でのものだった。

 

「具体的には、咲さんを取り込むためですね」

「それじゃあ、あの噂は本当なんだね」

 

 それは噂のレベルを超えた話だった。小鍛治健夜は宮永姉妹を取り込んで、最強のチームを作ろうとしている。和の知る大人の関係者たちは、それを確定事項として織り込み、行動計画を作成していた。

 

「監督の目は、もう世界を見てるんだじぇ」

「優希もそれでいいの? あの人は清澄のことなんか考えていないんでしょ。少なくとも晴絵は阿知賀を優先してるわ」

「大は小を兼ねるって言うからな……今年の長野はヤバいんだじぇ」

「そうか……荒川憩もいれば、天江衣もいる」

「南浦のアホもいれば、池田のバカだっている。強くなれるんなら、監督のエゴなんか私には関係ないじぇ」

 

 個性的な思考回路の優希だが、たまには現実的になる。彼女から小鍛治健夜の感想を聞いた時には、和も驚かされた。

 

「“巨人”を倒すのがあの人の最終目的だと思います」

「ウインダム・コールか……小鍛治健夜と宮永姉妹の共通の敵ってことね」

「私たちにも世界戦の準備をしろってこと?」

 

 団体戦での10年連続世界戦初戦敗退。10年連続マスターズベスト16止まり。帝王ウインダム・コールと熱戦を繰り広げた健夜以後は、日本麻雀界は低迷を続けていた。だから、健夜の行おうとしていること自体は理解する。しかし、和には、決して受け入れられないことがあった。

 

(あの人が求めているのは咲さんではない……)

 

 小鍛治健夜が打倒“巨人”の最大の戦力として欲しているのは〈オロチ〉であった。それは、咲に“巨人”を倒すまで苦しみ続けろと言っているに等しい。

 

「和はそれでいいわけ?」

「え?」

 

 穏乃の核心に迫る問いかけに、和は返事に詰まった。答えてよいものかどうか、それが問題だった。和には、だれにも言っていない決意があった。それは、健夜の野望の阻止だった。別室で行われている〈オロチ〉共存の対策は、成功したとしても一時的な緩和策(かんわさく)にしかならない。憎むべき悪しき呪いは、自分がすぐにでも解かなければならない。

 

「咲さんが今のままでいいのか聞いてるんだよ」

「穏乃……動物園での話を覚えていますか?」

「……うん」

「あなたには負けません。もちろん、淡さんにもです」

「……」

「咲さんを倒すのは私です」

 

 

 その日、和は、寝つきが悪かった。夕食以来一度も姿を現さない咲が気になって仕方がないのだ。和は、皆を起こさないように、静かに起き上がった。

 

「……のどちゃん」

 

 隣で寝ていた優希に気付かれた。

 

「咲ちゃんを見に行くつもりか?」

「いいえ、トイレですよ」

「そうか……監督の忠告は守らなきゃダメだじぇ」

「ええ、そうですね」

 

 そうは言うものの、和はトイレとは逆の方向に歩いていた。咲のいる奥の部屋に通じる廊下への襖(ふすま)を静かに開けた。

 

「来ると思ったよ。原村さん」

 

 四人部屋の入り口の前で、鷺森灼が椅子に座って監視していた。

 

「この部屋に入るつもり?」

「……」

「あなたと宮永さんの関係は分かっているつもりだけど……」

「……中では、なにをしているのですか?」

「見るなら止めない。でもね、それは、すべてを台無しにしてしまう……聞いていると思うけどね」

「……はい」

「そのまま戻った方がいい……宮永さんとは、明日、会えるから」

「……わかりました」

 

 落ち着いた口調の灼の言葉に、昂(たかぶ)っていた和の心は、平静を取り戻していた。そのまま布団に戻ると、憧が話しかけてきた。

 

「灼に怒られたでしょ」

「はい……でも、素晴らしい方ですね」

「当然だよ、私たちの部長なんだから」

 

 穏乃が誇らしげに言った。それはお世辞でもなんでもない本心だったのだろう。自分だってそうだ。竹井久、染谷まこ、彼女たちは、麻雀を愛し、それを自分たちに伝えた。尊敬の気持ちならば、決して穏乃たちには引けを取らない。

 

 

 

 合宿二日目も咲と小蒔、健夜は、別室から出てこなかった。風呂やトイレも、和たちとは別のものを使用しているようで、一度も顔を合わせていない。赤土晴絵は、永水女子の助人の様子見もしており、いなくなることが多かった。そのため、練習は実質二人の部長が取り仕切っている。今日も前日と同様の仮想戦が続けられた。

 午前中は、昨年阿知賀の苦い経験からか、二条泉が仮想敵に設定された。穏乃が必死になって“船久保率(ふなくぼりつ)”攻略を試み、昼近くにその目途が付いた段階で、次の仮想敵である鶴田姫子に変更した。積み込みだけでは彼女の現象(和的にはただの偶然)は再現不可能なので、部長たちは偏光眼鏡を使用した。その思考の間隔を憧に見抜かれ、半荘二回目に呆気なく攻略された。仮想戦における和と優希のミッションは、あらかじめ健夜から連絡されていた。周囲に惑わされず、自分の麻雀をブラッシュアップすることだ。

 

 午後三時ごろに仮想戦は終了し、部長たちも面子に加わる条件戦に練習は移行した。いきなりの満貫縛りだった。点数至上の麻雀では、そのような事例は当たり前のように発生する。和も、何度も実践で経験があった。この条件戦を得意としたのは玄だった。“偶然”にも彼女にはドラが集まり、他者に先行する形で和了していた。

 

 昨日とは違い、簡素な夕食を済ませ、和たちは再び雀卓についていた。

 

突然、奥の襖を開けて、赤土晴絵が荒々しく飛び出してきた。

 

「すまないが、灼を借りるよ」

 

 面子から外れていた灼が立ち上がる。晴絵の様子に、彼女も顔が強張っている。

 

「玄、すまないが、春ちゃんを連れてきてくれないか?」

「……滝見春ちゃん? 明星ちゃんは?」

「いや、春ちゃんだけでいい。頼むよ」

「了解しました」

 

 と言って、三人は別館を後にした。わけが分からず、あたふたしている和たちを、まこが冷静に軌道修正をした。

 

「玄さんの抜けた所には高鴨さんが入るんよ」

「……はい」

 

 待機組だった穏乃が面子に加わり、練習が再開された。

 

「赤土さんが帰ってくるまで……練習の継続じゃ」

「……」

 

 およそ40分後、晴絵と灼が全自動麻雀卓を重そうに抱えて戻ってきた。全員でそのサポートをして、こたつの奥に設置した。

 

「春ちゃんはまだ?」

 

 ドアがガラガラと開いて、巫女服に着替えた滝見春が入ってきた。

 

「春ちゃん、こっちだ」

「姫様は?」

「あまり……よくない」

 

 謎の会話を残して、二人は奥に消えていった。

 

「部長……」

「和、待つんじゃ」

 

 そして、約10分後に、宮永咲が、襖を開いて、やってきた。

 

「……咲さん」

 

 異様な姿の咲だった。彼女らしくない、だらしなく結ばれた浴衣の紐により、右側の胸が見えそうだ。そして、光沢の無かった目には、光源があるのではないかと疑うぐらいに光り輝いていた。顔も、集中時の和のように上気している。

 

「時間があまりありません。半荘一回だけです。面子は私が選びます」

 

 和の興奮もピークに達した。咲と対戦できる。いや、〈オロチ〉と対戦できるのだ。ここで勝利すれば、すべてを終わらせられる。

 

「和ちゃんと……阿知賀の副将はだれ?」

「……一応、私だけど」

 

 新子憧が一歩前に出る。阿知賀の副将は灼から憧に変更するようだ。

 

「そう、じゃあ憧ちゃん。もう一人は――」

「――私が」

 

 和が選ばれたからには引けないと思ったのか、穏乃が立候補した。彼女も、打倒咲に燃えている。

 

「いいよ……それじゃあ直ぐに始めるよ」

 

 皆が席に着く前に、咲はサイコロのボタンを押し、五で止まった。仮東マークを置いてもう一度ボタンを押した。

 

 カラカラとサイコロが回っている。

 

「その人の狙いは……私じゃあない」

 

 顔を伏せた咲が、つぶやくように言った。

 

「副将である和ちゃんが狙いだよ」

「……」

 

 サイコロが一と四で止まったが、咲が配牌を始めないので、皆、生唾(なまつば)を飲み込みながらそれを待っていた。

 

「最強の“ダンテの定理”の使い手……その片鱗(へんりん)を見せてあげる」

 

 おかしい、咲はこんな話し方はしない。そうか、彼女は咲ではないのだ。どのような処置がなされたのかは不明だが、〈オロチ〉の呪いを回避するために、別の人格を小蒔に与えられたのだ。そんなオカルトありえない。ありえないが、和には想像できていた。

 

(小蒔さん……)

 

 和は、光り輝く咲の目をのぞき込む。

 

「あなたは……だれですか?」

 

 咲が顔を上げる。しかし、その目は虚空を見ているようだ。

 

「私は……」

 

 咲が、自分の山にゆっくりと手を伸ばした。

 

「ミナモ……オールドフィールド」

 




次話 華ざかりの森(6)
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