白糸台高校 控室
「照とは途中で会うだろうから、そこで話をするよ」
次鋒の弘世菫は、なかなか帰ってこない宮永照にしびれを切らし、対局室に向かうことを部員に告げ、席を立った。
「弘世部長、頑張って下さい」
亦野誠子と渋谷尭深であった。かわいい後輩の声援に頬を緩めた。
「弘世部――」
菫は、その声に瞬時に反応し、大星淡にレーザービームの出るような視線を浴びせた。
「……後輩が敬語で応援しようとしてるんだよ? 普通は喜ぶと思うけど」
「普通ならな。お前のは、何か悪意を感じる」
「そんなの、被害妄想だよ」
ふてくされた顔で淡は言った。心のコンデションが整いつつあるのだろう。
彼女の復活は、菫にとっても喜ばしいことであった。だから、少しだけおどけた話につき合ってやろうと考えた。
「お前なあ、私はこれから試合に向かうんだぞ。もっと、やる気の出る応援があるだろう?」
「菫――部長、頑張って下さい」
茶目っ気のある笑顔で淡は言った。
菫は、めげた表情で淡を見つめた。
「今ので、だいぶ攻撃力が落ちたと思う。私が負けたら、お前のせいだ、淡」
「それって、予防線を張ってるんですか?」
「自己防衛……」
誠子と尭深もからかい始めた。菫はそれにも対応した。
「もういい! ――せいぜい頑張らせてもらいます!」
菫は、3人に背を向け、控室を出ようとした。
「菫! 頑張って!」
淡が、菫の背中に声を掛けた。生意気な口振りであったが、何故だか、悪い気はしなかった。菫は振り返らずに、手を頭の横で振って返事をした。
試合会場通路
染谷まこと片岡優希は、控室に程近い通路で出会った。白糸台高校に13万点近く離されしまった為か、優希にいつもの元気がなかった。
「お疲れさん」
「染谷先輩……想定以上に点差をつけられてしまったじぇ」
「ああ、まあ、しゃーないな。咲も言うとった。今日の宮永照は本気じゃったと」
「……」
優希は、涙ぐんでしまい、言葉が出ないようであった。
「あー泣かんでええ」
「でも……」
まこは優希の肩に手を置いた。
「わしゃあ、部長とは違って、人をなだめたりするのは苦手じゃ。でもな、優希。ほんによう頑張った。後は、わしが何とかする」
置いた手で、ぽんぽんと優しく肩を叩いた。
「染谷先輩のその約束は、フィフティ、フィフティだじぇ」
「なぬ! ずいぶんと厳しいのう」
まこは、苦笑していた。優希はそれを見て、涙を拭きながら言った。
「でも、今回は信じてるじぇ」
「信じてええよ。せっかく繋いでくれたんじゃ、無駄にはせん」
そう言ってまこは、掌を体の前に差し出した。
優希は、笑顔でハイタッチをした。
「玄ちゃん、お疲れ様」
「お姉ちゃん……」
松実玄は、姉の松実宥を見て張詰めていた気持ちが緩んでしまったらしく、はらはらと涙をこぼし始めた。
「ごめんね、こんなに点数を減らしちゃって」
「問題ないよ、玄ちゃんはやるべきことをやり遂げたよ」
玄は涙が止まらなかった。それを隠すように、宥にしがみついた。
「この試合は……辛いことがいっぱいで……私、何度も挫けそうになったの……」
途切れ途切れに話をする妹を、宥は優しく抱擁した。
「でも……私……頑張ったの……約束したから」
玄は、それ以降話すことができなくなっていた。姉にしがみついて幼女のように泣いていた。
「玄はずいぶんと泣き虫になったね、子供の頃は、私がそうだったのに……」
宥は、母親のように妹の頭を撫でた。
――ひとしきり、それを続けてから、宥は言った。
「玄ちゃん、お姉ちゃんもう行くね」
玄は、姉からゆっくり離れた。それは、できることなら離れたくないという動きであった。
「ごめんね……」
再び玄が謝った。涙は相変わらずだったが、気持ちは落ち着ているようであった。
「いいよ、私、お姉ちゃんだから」
宥は、笑顔でそう言った。そして、自分の決意を妹に告げた。
「阿知賀の命運は私達にかかっている。だから、私も玄ちゃんに続くよ」
「うん、お願いね、お姉ちゃん」
玄にも笑顔が戻っていた。宥にとって、それは何よりのエールであった。
「行ってくるね」
前方から先鋒戦を終えた宮永照が歩いてきた。表情はいつもと変わりはないが、口元がもごもごと動いていた。何かを食べているようであった。
「何食べてるの?」
「キャラメル……おいしい」
照は持っていたキャラメルの箱から一粒取り出し、弘世菫の前に差し出した。
(気のせいか? 今、昆布という字が見えたような気がする……)
「くれるの?」
照は口を動かしながら頷いた。
「ありがとう……」
菫は受け取って、ポケットにしまおうとした。だが、照の目がそれをさせなかった。違う行動を要求していた。
「食べろ……と?」
照は無言で見ていた。逃げ道がなかった。菫は、諦め顔でキャラメルの包みを開けた。
(これは罰ゲームか? 昆布とキャラメルなんて相性が悪すぎるだろう)
覚悟を決めて、目を閉じ、口の中に放り込んだ。それは、何とも言えない、いやらしい味で、口の両端が思いっきり下がってしまった。
「……だれにもらったの?」
「辻垣内さん」
「彼女は何て?」
「おいしいって」
「決めたよ、お前達とは、絶対外食はしない」
照は少しだけ笑ってみせた。
菫は、仏頂面で照の肩を軽く叩いて、対局室へ向かって進んだ。
「菫!」
照の呼びかけに歩きながら振り向いた。
「思った以上に、私達は調べられている。油断しないで」
「阿知賀か?」
「そう、松実宥もきっと何か仕かけてくる」
菫は立ち止り、完全に照に向き直った。そして、微笑みを浮かべて言った。
「気付いていたか。――だれかが阿知賀に肩入れしている。それは、相当な実力者だ」
「おそらく、プロのだれかだよ」
「じゃあ、私の打ち方は読まれているかな」
照は、心配そうな顔で頷いた。
「分かったよ、警戒する」
まあ、そうだろうなと思った。あの宮永照に対して、あれだけのことができる相手だ、当然、自分も調べ尽くされているだろう。
(でも、そんなのは承知の上だ。私を与しやすいと考えているなら、痛い目を見させてやる)
菫は、大股で対局室への道を踏み出した。
臨海女子高校 控室
「今戻りました」
先鋒戦を終えた、辻垣内智葉が帰ってきた。想定以上のマイナスに引け目を感じてか、声に力がなかった。しかし、表情からは雑念が取れていた。
「お帰り、途中で郝に会ったか?」
「会いました。全開で行くそうです」
「そうか。疲れただろう、少し休め」
監督のアレクサンドラ・ヴィントハイムが智葉を労った。
その智葉は、つかつかと監督の前に歩み寄り、一呼吸置いて口を開いた。
「監督……私は個人戦を――」
アレクサンドラは平手で智葉の頬を張った。渇いた音が控室に響いた。
「下らんな、そんなセンチメンタリズムは、闘うモチベーションが保てないか?」
「……」
「お前の選択は尊重する。だがな智葉、既に決まっていることには責任を持つべきだ」
智葉は反論しなかった。だが、目は、まっすぐアレクサンドラを見ていた。
「いいか、お前はチーム5人の代表で個人戦に出るのだ、私的な意見は認めない。出場して勝て。それが、私の命令だ」
「……はい」
厳しい言葉にもかかわらず、智葉は何故か嬉しそうであった。
「智葉……」
ネリー・ヴィルサラーゼが、僅かに怒気を含んだ声で言った。
「昨日の言葉、智葉にそっくり言い返すよ」
「ネリー、すまない。おかげで目が覚めた。闘うよ、最後まで」
智葉は真摯に答えた。ネリーは少し穏やかな表情になり、隣にいたメガン・ダヴァンと顔を合わせた。
「メグも……すまん。私は敗北者に成り果てる所だったよ」
メガンはやれやれといった顔で目を背けた。智葉はそれを見て笑った。
「智葉、隣に来てくれ、次鋒戦のポイントを見極めよう」
アレクサンドラであった。次鋒戦は既に始まっていた。
決勝戦 対局室
清澄高校 染谷まこの起家で次鋒戦が開始されていた。席順および現在の持点数は以下のとおりである。
次鋒戦 東一局
東家 染谷まこ
南家 弘世菫
西家 郝慧宇
北家 松実宥
前半戦 東一局開始時の各校の点数
白糸台高校 191000点
臨海女子高校 89900点
清澄高校 61800点
阿知賀女子学院 57300点
清澄高校麻雀部部長 竹井久から、染谷まこに与えられた役割は、隣にいる弘世菫の点数を削ることだった。現在の白糸台との点差は129200点。片岡優希はベストを尽くしたと思うが、離されすぎなのも確かであった。
(わしで、点差を縮めにゃあ、じゃが、この白糸台の部長は、容易な相手じゃない)
まこは、昨日の中国麻雀トレーニング途中での、龍門渕高校 沢村智紀との会話を回想していた。
昨日、清澄高校 宿泊ホテル
「弘世菫をこれまでと同じと考えてはいけない」
一荘戦を2回終了後の休憩中に、普段は極端に口数が少ない沢村智紀が、染谷まこに話しかけてきた。手には折りたたみ式のタブレットを持って、忙しそうに指を動かしていた。
「沢村さん、それはどういう意味じゃ?」
智紀はダブレットの画面をまこに見せた。そこには棒グラフが出力されていたが、どのような意味があるかは分からなかった。
「弘世菫は、団体戦で今年初めて公の場に現れた。だから、これまでの闘い方、シャープシューターのイメージが強いと思う。でも、去年までの個人戦対局データは、それとは違う彼女を示している」
「すまんのう、わしゃ、そういうの詳しくなくて」
「今見せたのは、弘世菫が上がった場合の巡目数のグラフ。つまり、彼女の本来の打ち方は、超早上がり」
「なんじゃと」
「そのスピードは、姫松の末原恭子を上回る」
「なんで、それを隠すんじゃ?」
「隠していたわけではない、必要がなかったから、次鋒の彼女の前には、圧倒的得点差を作り出す宮永照がいる。そうなると、打ち方も決まってくる。細かく点数を積み上げるよりも、特定の相手を削る方が合理的」
「弘世菫はセオリーを重視する。それで、早上がりって、どうやって打つんじゃ……」
智紀は、タブレットを操作しながら答えた。
「特徴がある。早上がりする時は、自分の牌しか見ない素人同然の打ち筋をする」
「そいじゃあ振り込んでしまうのぉ」
「そこが特徴。相手が聴牌していることを察知すると、定石打ちに変える。彼女は滅多に振り込まない」
「……聴牌察知能力?」
智紀は頷いた。そして、初めてまこと目を合わせて言った。
「今回の面子には、あなたもいれば郝慧宇もいる。松実宥だけを狙い打ちするのは困難。だから、弘世菫は、早上がりで全体的に削って、阿知賀を追い詰めるはず」
東一局 8巡目。染谷まこは、索子混一色を狙っていた。まだ一向聴だが、自模れば11700点であり、点差を縮める好機であった。
まこは、弘世菫の捨て牌を確認した。昨日、沢村智紀が警告したように、手作り一辺倒の敦賀学園 妹尾佳織を思い起こさせるものであった。
(探りをいれるか、わしが、索子で染めているのは分かってるはずじゃからな)
手牌の中の不要な索子【一索】を切った。
(どうじゃ、索子が余ったように見えるじゃろ)
菫の自摸番、山から牌を引いて手牌の上に乗せ、まこを見て笑った。そして、【五索】の手出し。
(……ほんまもんか。そげな牌を切りおって)
9巡目、菫が自摸和了。面前、断么九、平和の700,1300点であった。
東二局、親は弘世菫、サイコロを回して、配牌を開始した。
(甘く見られたものだ。染谷、私の聴牌察知を欺くことはできない)
配牌が完了した。菫の手牌は、バラバラでまとまりがなかったが、前回と同様に、積極的に手作りを進めようと考えていた。
(相手が聴牌していなければ、どんな牌も危険牌ではない。私はそれを正確に察知できる)
同僚の宮永照や大星淡のような突出した存在でも、菫の聴牌察知を逃れられなかった。なぜなら、菫はその判定基準に、人間が無意識に行っている生理現象を利用していたからだ。
――それは呼吸であった。
(人間は、食事をしたら、食べ物に感謝する。ぐっすり眠れたら、睡眠に感謝する。だが、呼吸に感謝する者は、私以外にはいない。だれもが無意識に行っている行為、それが呼吸だ。それは、私に様々なことを教えてくれる。だから、それに感謝するのだ)
7巡目に染谷まこが、再び牽制を入れてきた。
(無駄だよ。まだお前は聴牌していない)
8巡目、菫は、まこを無視して、手を進め、聴牌した。そして、その巡目の郝慧宇の呼吸が乱れた。
(張ったか……相変わらずリーチしないんだな)
彼女の捨て牌から、待ちは索子であろうと判断した。菫は、無理をするつもりはなかった。手牌は平和ドラ1で、自模れば1300オールだった。それに対し、郝は点差を考慮して、高めの手を作っているはずであった。わざわざそれに張合う必要はない。
――その慎重さが功を奏したのか、次巡、菫は和了した。2連続であった。
決勝会場 観覧席
『白糸台高校 弘世選手、2連続和了だー。逃げ切り態勢に入ったかー』
『弘世選手、本来の打ち方を出してきましたね』
『本来の? 彼女はシャープシューターじゃないのですか?』
『あれは、応用だと思います』
『応用ですか?』
『彼女の凄さは、対戦相手の聴牌の見切りにあります。その枠内での応用です』
『そういえば、今日の弘世選手は、ガンガン危ない牌を切ってきますよね?』
『私は、1年生の頃からの彼女を知っていますが、ずっと、こんな感じでしたね、むしろ、今年の打ち方に違和感を覚えました』
『なぜ、弘世選手は変貌を遂げたのでしょうか』
『簡単ですよ』
『はい』
『それが、白糸台高校次鋒の役割だからです』
「ワハハ、弘世菫は佳織とよく似た打ち方をするなー」
「私も彼女の個人戦の牌譜を見たことがあるが、凄いと思ったよ。天下の白糸台高校部長の肩書は伊達ではない」
敦賀学園 蒲原智美の見当はずれの感想に、加治木ゆみは真面目に答えた。
「やっぱ、部長って凄いのかー?」
「……お前じゃないぞ、弘世菫だぞ」
「私は私で凄いと思うぞ」
「どこがっスか?」
東横桃子が、若干怒り気味に質問した。
「……そうだなー。ナビなしで敦賀から東京まで車で来られただろー。これは凄いぞ」
「かおりん先輩……」
「私がずっと地図見ながらナビしてたよね」
妹尾佳織も怒っていた。
「ワハハ、そうだったかなー」
津山睦月は苦笑いするしかなかった。その睦月を見つけて、智美は言った。
「ムッキー。お前も、私みたいに凄い部長になれよー」
「はあ……」
睦月だけではなく敦賀学園のメンバー全員が呆れていた。
決勝戦 対局室
染谷まこは焦っていた。沢村智紀の警告が、現実のものになりつつあったからだ。このままでは、白糸台高校 弘世菫にじわじわと点数を削られてしまう。
(白糸台の部長さんへの突破口が見つけられん。点差が開くばかりじゃ)
まこの武器である河の記憶、この場の類似パターンがなかった。合宿での妹尾佳織のパターンにも似ているが、それをそのまま当てはめることはできなかった。弘世菫は、途中で打ち筋を変更するからであった。
(これじゃあいかん、昨日の郝慧宇対策も、勝負の本筋ではない。対弘世菫の懸念事項を減らす為のものじゃ。まずい、なにもかも無駄な努力になってしまう)
「ポン」
東二局一本場 3巡目、松実宥が捨てた自風牌【北】を副露した。相手が早上がりを目指すのなら、こちらも対抗するしかない。何しろ、弘世菫には、中盤までセオリー崩しが通じないのだから。まこには、それ以外に対策がなかった。
6巡目、まこは聴牌していたが、極度の緊張により、それにしばらく気が付かなかった。
弘世菫は、だれも聴牌していないと判断していた。だから、この自摸も手を進める為に使うことができるはずであった。有効牌を引いてきたので、手牌で余った【六索】を何気なく捨てた。
「ロ、ロン、北、ドラ1。2300」
「な……はい」
(聴牌していたのか。読めなかった。何故だ!)
染谷まこへの振り込みに、菫は動揺していた。今年振り込んだのは2度目であった。前回は忘れもしない準決勝での松実宥への振り込み。そして今回。
原因は読み間違いで、松実宥に関しては、真の原因もはっきりしていた。だが、今のは全く不明であった。
(少し、様子をみようか? いや、染谷は興奮状態にあったのだから、こういうこともありうる)
東三局が始まっていた。菫は、まこの状態を注意深く観察していた。
(安定している。やはりさっきのはイレギュラーか)
まこを分析しながら打っていたので、手作りが遅れていた。9巡目にようやく聴牌した。まだだれも張っておらず、今捨てようとしている【七萬】は安全牌のはずであった。
しかし、その牌を狙っていたかのように、松実宥がロン和了した。
「ロン、断么九、平和、ドラ1。3900です」
確かに松実宥には警戒すべき牌ではあったが、彼女に聴牌の気配は感じられなかった。
(松実宥……お前もか……)
菫は、対局前に宮永照が言った言葉を思い出していた。
(「私達は思った以上に調べられている」)
今までだれにも見破られなかった自分の能力。菫は、それに疑いを持ち始めていた。
(何者だ……阿知賀に潜む影)
臨海女子高校 控室
「弘世菫、自作自演デスカ?」
「あはは、取った分取り返されたから、結局、点数が元に戻っちゃった」
メガン・ダヴァンとネリー・ヴィルサラーゼが、バラエティ番組を見るような口調で話した。
「監督、郝は3翻縛り?」
「満貫以上だ。ちまちま稼いでも意味がない。まあ、これからだ」
雀明華の質問に、アレクサンドラ・ヴィントハイムが答えた。
「智葉!」
「はい」
「清澄と阿知賀は、なぜこんな点数で上がれる?」
アレクサンドラは、辻垣内智葉を試すように問いかけた。
「清澄は何となく分かるような気がします」
「というと?」
「最後に控えている怪物に、絶対的な自信を持っているのではないでしょうか」
「妹か?」
「はい」
アレクサンドラはネリーに向かって言った。
「ネリー、どう思う?」
「監督は宮永を甘く見すぎてるよ」
通常なら許されないトップ批判だが、アレクサンドラはそれを許容する器量があった。智葉は、指導者の資質とはそういうものだろうなと思った。
「阿知賀は?」
「……阿知賀を動かしているのは赤土晴絵ではないような気がします」
「何故そう思う?」
「先鋒戦の松実玄の使い方……普通はあんなことできません」
「そうか……」
「えっ?」
急に下を向いて考え込んだアレクサンドラに、智葉は戸惑った。
「そうか」
再びアレクサンドラが言った。そして、彼女は顔を上げて智葉を見た。その表情は苦渋に満ちていた。
「多分、お前と同じ結論に至ったと思う」
「……」
「小鍛冶……健夜か?」
「ええ……」
これからの闘いを考えると、智葉にもその名は脅威であった。
「ドラの支配者、小鍛冶健夜……彼女が阿知賀のバックにいます」
決勝戦 対局室
松実宥は、赤土晴絵から各校次鋒の特徴を叩きこまれていた。その中でも、弘世菫に対するものは、実に念入りに行われた。
晴絵は、彼女の怖さは聴牌察知能力にあると言っていた。だから、夜通しで実施した、松実玄のドラ復活の儀式中、宥には違うテーマが与えられていた。それは、一局を通して、リズムを崩さないで打ち切ること。弘世菫対策であった。目や手の動きなどの動作面、思考時間や間などの心理面、呼吸や発汗などの生理面を乱さないで打つ。並大抵のことではなかったが、疲労のピークに達した頃、それができるようになった。そして、今、彼女を欺くことができた。
しかし、宥は慢心しなかった。自分の役割を確実に認識していた。
(私は、この場で勝つ必要はない、点数を5万点前後に維持すること、それが私の役目)
宥は、妹の玄を誇りに思っていた。前代未聞の怪物、宮永照と真っ向勝負をし、一時的にそれを退けた。辻垣内智葉や片岡優希、各校が自信をもって送り込んだ先鋒にも、遅れを取らなかった。そんな妹が守った点数を1点でも失いたくなかった。
(玄ちゃん、見ていて、お姉ちゃん頑張るよ)
東四局、宥の親番であった。おそらく弘世菫は高めを狙ってくるであろう。他の2校にしても、白糸台との点差を埋める為に、たとえ、宥からでも上がってくるだろう。宥は、自分の手牌を見て、気を引き締めた。そこには【中】が3枚と、多数の萬子が集まっていた。