咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

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8.阿知賀に潜む影

 白糸台高校 控室

 

「照とは途中で会うだろうから、そこで話をするよ」

 次鋒の弘世菫は、なかなか帰ってこない宮永照にしびれを切らし、対局室に向かうことを部員に告げ、席を立った。

「弘世部長、頑張って下さい」

 亦野誠子と渋谷尭深であった。かわいい後輩の声援に頬を緩めた。

「弘世部――」

 菫は、その声に瞬時に反応し、大星淡にレーザービームの出るような視線を浴びせた。

「……後輩が敬語で応援しようとしてるんだよ? 普通は喜ぶと思うけど」

「普通ならな。お前のは、何か悪意を感じる」

「そんなの、被害妄想だよ」

 ふてくされた顔で淡は言った。心のコンデションが整いつつあるのだろう。

 彼女の復活は、菫にとっても喜ばしいことであった。だから、少しだけおどけた話につき合ってやろうと考えた。

「お前なあ、私はこれから試合に向かうんだぞ。もっと、やる気の出る応援があるだろう?」

「菫――部長、頑張って下さい」

 茶目っ気のある笑顔で淡は言った。

 菫は、めげた表情で淡を見つめた。

「今ので、だいぶ攻撃力が落ちたと思う。私が負けたら、お前のせいだ、淡」

「それって、予防線を張ってるんですか?」

「自己防衛……」

 誠子と尭深もからかい始めた。菫はそれにも対応した。

「もういい! ――せいぜい頑張らせてもらいます!」

 菫は、3人に背を向け、控室を出ようとした。

「菫! 頑張って!」

 淡が、菫の背中に声を掛けた。生意気な口振りであったが、何故だか、悪い気はしなかった。菫は振り返らずに、手を頭の横で振って返事をした。

 

 

 試合会場通路

 

 染谷まこと片岡優希は、控室に程近い通路で出会った。白糸台高校に13万点近く離されしまった為か、優希にいつもの元気がなかった。

「お疲れさん」

「染谷先輩……想定以上に点差をつけられてしまったじぇ」

「ああ、まあ、しゃーないな。咲も言うとった。今日の宮永照は本気じゃったと」

「……」

 優希は、涙ぐんでしまい、言葉が出ないようであった。

「あー泣かんでええ」

「でも……」

 まこは優希の肩に手を置いた。

「わしゃあ、部長とは違って、人をなだめたりするのは苦手じゃ。でもな、優希。ほんによう頑張った。後は、わしが何とかする」

 置いた手で、ぽんぽんと優しく肩を叩いた。

「染谷先輩のその約束は、フィフティ、フィフティだじぇ」

「なぬ! ずいぶんと厳しいのう」

 まこは、苦笑していた。優希はそれを見て、涙を拭きながら言った。

「でも、今回は信じてるじぇ」

「信じてええよ。せっかく繋いでくれたんじゃ、無駄にはせん」

 そう言ってまこは、掌を体の前に差し出した。

 優希は、笑顔でハイタッチをした。

 

 

「玄ちゃん、お疲れ様」

「お姉ちゃん……」

 松実玄は、姉の松実宥を見て張詰めていた気持ちが緩んでしまったらしく、はらはらと涙をこぼし始めた。

「ごめんね、こんなに点数を減らしちゃって」

「問題ないよ、玄ちゃんはやるべきことをやり遂げたよ」

 玄は涙が止まらなかった。それを隠すように、宥にしがみついた。

「この試合は……辛いことがいっぱいで……私、何度も挫けそうになったの……」

 途切れ途切れに話をする妹を、宥は優しく抱擁した。

「でも……私……頑張ったの……約束したから」

 玄は、それ以降話すことができなくなっていた。姉にしがみついて幼女のように泣いていた。

「玄はずいぶんと泣き虫になったね、子供の頃は、私がそうだったのに……」

 宥は、母親のように妹の頭を撫でた。

 ――ひとしきり、それを続けてから、宥は言った。

「玄ちゃん、お姉ちゃんもう行くね」

 玄は、姉からゆっくり離れた。それは、できることなら離れたくないという動きであった。

「ごめんね……」

 再び玄が謝った。涙は相変わらずだったが、気持ちは落ち着ているようであった。

「いいよ、私、お姉ちゃんだから」 

 宥は、笑顔でそう言った。そして、自分の決意を妹に告げた。

「阿知賀の命運は私達にかかっている。だから、私も玄ちゃんに続くよ」

「うん、お願いね、お姉ちゃん」

 玄にも笑顔が戻っていた。宥にとって、それは何よりのエールであった。

「行ってくるね」

 

 

 前方から先鋒戦を終えた宮永照が歩いてきた。表情はいつもと変わりはないが、口元がもごもごと動いていた。何かを食べているようであった。

「何食べてるの?」

「キャラメル……おいしい」

 照は持っていたキャラメルの箱から一粒取り出し、弘世菫の前に差し出した。

(気のせいか? 今、昆布という字が見えたような気がする……)

「くれるの?」

 照は口を動かしながら頷いた。

「ありがとう……」

 菫は受け取って、ポケットにしまおうとした。だが、照の目がそれをさせなかった。違う行動を要求していた。

「食べろ……と?」

 照は無言で見ていた。逃げ道がなかった。菫は、諦め顔でキャラメルの包みを開けた。

(これは罰ゲームか? 昆布とキャラメルなんて相性が悪すぎるだろう)

 覚悟を決めて、目を閉じ、口の中に放り込んだ。それは、何とも言えない、いやらしい味で、口の両端が思いっきり下がってしまった。

「……だれにもらったの?」

「辻垣内さん」

「彼女は何て?」

「おいしいって」

「決めたよ、お前達とは、絶対外食はしない」

 照は少しだけ笑ってみせた。

 菫は、仏頂面で照の肩を軽く叩いて、対局室へ向かって進んだ。

「菫!」

 照の呼びかけに歩きながら振り向いた。

「思った以上に、私達は調べられている。油断しないで」

「阿知賀か?」

「そう、松実宥もきっと何か仕かけてくる」

 菫は立ち止り、完全に照に向き直った。そして、微笑みを浮かべて言った。

「気付いていたか。――だれかが阿知賀に肩入れしている。それは、相当な実力者だ」

「おそらく、プロのだれかだよ」

「じゃあ、私の打ち方は読まれているかな」

 照は、心配そうな顔で頷いた。

「分かったよ、警戒する」

 まあ、そうだろうなと思った。あの宮永照に対して、あれだけのことができる相手だ、当然、自分も調べ尽くされているだろう。

(でも、そんなのは承知の上だ。私を与しやすいと考えているなら、痛い目を見させてやる)

 菫は、大股で対局室への道を踏み出した。

 

 

 臨海女子高校 控室

 

「今戻りました」

 先鋒戦を終えた、辻垣内智葉が帰ってきた。想定以上のマイナスに引け目を感じてか、声に力がなかった。しかし、表情からは雑念が取れていた。

「お帰り、途中で郝に会ったか?」

「会いました。全開で行くそうです」

「そうか。疲れただろう、少し休め」

 監督のアレクサンドラ・ヴィントハイムが智葉を労った。

 その智葉は、つかつかと監督の前に歩み寄り、一呼吸置いて口を開いた。

「監督……私は個人戦を――」

 アレクサンドラは平手で智葉の頬を張った。渇いた音が控室に響いた。

「下らんな、そんなセンチメンタリズムは、闘うモチベーションが保てないか?」

「……」

「お前の選択は尊重する。だがな智葉、既に決まっていることには責任を持つべきだ」

 智葉は反論しなかった。だが、目は、まっすぐアレクサンドラを見ていた。

「いいか、お前はチーム5人の代表で個人戦に出るのだ、私的な意見は認めない。出場して勝て。それが、私の命令だ」

「……はい」

 厳しい言葉にもかかわらず、智葉は何故か嬉しそうであった。

「智葉……」

 ネリー・ヴィルサラーゼが、僅かに怒気を含んだ声で言った。

「昨日の言葉、智葉にそっくり言い返すよ」

「ネリー、すまない。おかげで目が覚めた。闘うよ、最後まで」

 智葉は真摯に答えた。ネリーは少し穏やかな表情になり、隣にいたメガン・ダヴァンと顔を合わせた。

「メグも……すまん。私は敗北者に成り果てる所だったよ」

 メガンはやれやれといった顔で目を背けた。智葉はそれを見て笑った。

「智葉、隣に来てくれ、次鋒戦のポイントを見極めよう」

 アレクサンドラであった。次鋒戦は既に始まっていた。

 

 

 決勝戦 対局室

 

 清澄高校 染谷まこの起家で次鋒戦が開始されていた。席順および現在の持点数は以下のとおりである。

 

 次鋒戦 東一局

  東家 染谷まこ

  南家 弘世菫

  西家 郝慧宇

  北家 松実宥

 

 前半戦 東一局開始時の各校の点数

  白糸台高校   191000点

  臨海女子高校   89900点

  清澄高校     61800点

  阿知賀女子学院  57300点

 

 

 清澄高校麻雀部部長 竹井久から、染谷まこに与えられた役割は、隣にいる弘世菫の点数を削ることだった。現在の白糸台との点差は129200点。片岡優希はベストを尽くしたと思うが、離されすぎなのも確かであった。

(わしで、点差を縮めにゃあ、じゃが、この白糸台の部長は、容易な相手じゃない)

 まこは、昨日の中国麻雀トレーニング途中での、龍門渕高校 沢村智紀との会話を回想していた。

 

 

 昨日、清澄高校 宿泊ホテル

 

「弘世菫をこれまでと同じと考えてはいけない」

 一荘戦を2回終了後の休憩中に、普段は極端に口数が少ない沢村智紀が、染谷まこに話しかけてきた。手には折りたたみ式のタブレットを持って、忙しそうに指を動かしていた。

「沢村さん、それはどういう意味じゃ?」

 智紀はダブレットの画面をまこに見せた。そこには棒グラフが出力されていたが、どのような意味があるかは分からなかった。

「弘世菫は、団体戦で今年初めて公の場に現れた。だから、これまでの闘い方、シャープシューターのイメージが強いと思う。でも、去年までの個人戦対局データは、それとは違う彼女を示している」

「すまんのう、わしゃ、そういうの詳しくなくて」

「今見せたのは、弘世菫が上がった場合の巡目数のグラフ。つまり、彼女の本来の打ち方は、超早上がり」

「なんじゃと」

「そのスピードは、姫松の末原恭子を上回る」

「なんで、それを隠すんじゃ?」

「隠していたわけではない、必要がなかったから、次鋒の彼女の前には、圧倒的得点差を作り出す宮永照がいる。そうなると、打ち方も決まってくる。細かく点数を積み上げるよりも、特定の相手を削る方が合理的」

「弘世菫はセオリーを重視する。それで、早上がりって、どうやって打つんじゃ……」

 智紀は、タブレットを操作しながら答えた。

「特徴がある。早上がりする時は、自分の牌しか見ない素人同然の打ち筋をする」

「そいじゃあ振り込んでしまうのぉ」

「そこが特徴。相手が聴牌していることを察知すると、定石打ちに変える。彼女は滅多に振り込まない」

「……聴牌察知能力?」

 智紀は頷いた。そして、初めてまこと目を合わせて言った。

「今回の面子には、あなたもいれば郝慧宇もいる。松実宥だけを狙い打ちするのは困難。だから、弘世菫は、早上がりで全体的に削って、阿知賀を追い詰めるはず」

 

 

 東一局 8巡目。染谷まこは、索子混一色を狙っていた。まだ一向聴だが、自模れば11700点であり、点差を縮める好機であった。

 まこは、弘世菫の捨て牌を確認した。昨日、沢村智紀が警告したように、手作り一辺倒の敦賀学園 妹尾佳織を思い起こさせるものであった。

(探りをいれるか、わしが、索子で染めているのは分かってるはずじゃからな)

 手牌の中の不要な索子【一索】を切った。

(どうじゃ、索子が余ったように見えるじゃろ)

 菫の自摸番、山から牌を引いて手牌の上に乗せ、まこを見て笑った。そして、【五索】の手出し。

(……ほんまもんか。そげな牌を切りおって)

 9巡目、菫が自摸和了。面前、断么九、平和の700,1300点であった。

 

 

 東二局、親は弘世菫、サイコロを回して、配牌を開始した。

(甘く見られたものだ。染谷、私の聴牌察知を欺くことはできない)

 配牌が完了した。菫の手牌は、バラバラでまとまりがなかったが、前回と同様に、積極的に手作りを進めようと考えていた。

(相手が聴牌していなければ、どんな牌も危険牌ではない。私はそれを正確に察知できる)

 同僚の宮永照や大星淡のような突出した存在でも、菫の聴牌察知を逃れられなかった。なぜなら、菫はその判定基準に、人間が無意識に行っている生理現象を利用していたからだ。

 ――それは呼吸であった。

(人間は、食事をしたら、食べ物に感謝する。ぐっすり眠れたら、睡眠に感謝する。だが、呼吸に感謝する者は、私以外にはいない。だれもが無意識に行っている行為、それが呼吸だ。それは、私に様々なことを教えてくれる。だから、それに感謝するのだ)

 7巡目に染谷まこが、再び牽制を入れてきた。

(無駄だよ。まだお前は聴牌していない)

 8巡目、菫は、まこを無視して、手を進め、聴牌した。そして、その巡目の郝慧宇の呼吸が乱れた。

(張ったか……相変わらずリーチしないんだな)

 彼女の捨て牌から、待ちは索子であろうと判断した。菫は、無理をするつもりはなかった。手牌は平和ドラ1で、自模れば1300オールだった。それに対し、郝は点差を考慮して、高めの手を作っているはずであった。わざわざそれに張合う必要はない。

 ――その慎重さが功を奏したのか、次巡、菫は和了した。2連続であった。

 

 

 決勝会場 観覧席

 

『白糸台高校 弘世選手、2連続和了だー。逃げ切り態勢に入ったかー』

『弘世選手、本来の打ち方を出してきましたね』

『本来の? 彼女はシャープシューターじゃないのですか?』

『あれは、応用だと思います』

『応用ですか?』

『彼女の凄さは、対戦相手の聴牌の見切りにあります。その枠内での応用です』

『そういえば、今日の弘世選手は、ガンガン危ない牌を切ってきますよね?』

『私は、1年生の頃からの彼女を知っていますが、ずっと、こんな感じでしたね、むしろ、今年の打ち方に違和感を覚えました』

『なぜ、弘世選手は変貌を遂げたのでしょうか』

『簡単ですよ』

『はい』

『それが、白糸台高校次鋒の役割だからです』

 

 

「ワハハ、弘世菫は佳織とよく似た打ち方をするなー」

「私も彼女の個人戦の牌譜を見たことがあるが、凄いと思ったよ。天下の白糸台高校部長の肩書は伊達ではない」

 敦賀学園 蒲原智美の見当はずれの感想に、加治木ゆみは真面目に答えた。

「やっぱ、部長って凄いのかー?」

「……お前じゃないぞ、弘世菫だぞ」

「私は私で凄いと思うぞ」

「どこがっスか?」

 東横桃子が、若干怒り気味に質問した。

「……そうだなー。ナビなしで敦賀から東京まで車で来られただろー。これは凄いぞ」

「かおりん先輩……」

「私がずっと地図見ながらナビしてたよね」

 妹尾佳織も怒っていた。

「ワハハ、そうだったかなー」

 津山睦月は苦笑いするしかなかった。その睦月を見つけて、智美は言った。

「ムッキー。お前も、私みたいに凄い部長になれよー」

「はあ……」

 睦月だけではなく敦賀学園のメンバー全員が呆れていた。

 

 

 決勝戦 対局室

 

 染谷まこは焦っていた。沢村智紀の警告が、現実のものになりつつあったからだ。このままでは、白糸台高校 弘世菫にじわじわと点数を削られてしまう。

(白糸台の部長さんへの突破口が見つけられん。点差が開くばかりじゃ)

 まこの武器である河の記憶、この場の類似パターンがなかった。合宿での妹尾佳織のパターンにも似ているが、それをそのまま当てはめることはできなかった。弘世菫は、途中で打ち筋を変更するからであった。

(これじゃあいかん、昨日の郝慧宇対策も、勝負の本筋ではない。対弘世菫の懸念事項を減らす為のものじゃ。まずい、なにもかも無駄な努力になってしまう)

「ポン」

 東二局一本場 3巡目、松実宥が捨てた自風牌【北】を副露した。相手が早上がりを目指すのなら、こちらも対抗するしかない。何しろ、弘世菫には、中盤までセオリー崩しが通じないのだから。まこには、それ以外に対策がなかった。

 6巡目、まこは聴牌していたが、極度の緊張により、それにしばらく気が付かなかった。

 

 

 弘世菫は、だれも聴牌していないと判断していた。だから、この自摸も手を進める為に使うことができるはずであった。有効牌を引いてきたので、手牌で余った【六索】を何気なく捨てた。

「ロ、ロン、北、ドラ1。2300」

「な……はい」

(聴牌していたのか。読めなかった。何故だ!)

 染谷まこへの振り込みに、菫は動揺していた。今年振り込んだのは2度目であった。前回は忘れもしない準決勝での松実宥への振り込み。そして今回。

 原因は読み間違いで、松実宥に関しては、真の原因もはっきりしていた。だが、今のは全く不明であった。

(少し、様子をみようか? いや、染谷は興奮状態にあったのだから、こういうこともありうる)

 東三局が始まっていた。菫は、まこの状態を注意深く観察していた。

(安定している。やはりさっきのはイレギュラーか)

 まこを分析しながら打っていたので、手作りが遅れていた。9巡目にようやく聴牌した。まだだれも張っておらず、今捨てようとしている【七萬】は安全牌のはずであった。

 しかし、その牌を狙っていたかのように、松実宥がロン和了した。

「ロン、断么九、平和、ドラ1。3900です」

 確かに松実宥には警戒すべき牌ではあったが、彼女に聴牌の気配は感じられなかった。

(松実宥……お前もか……)

 菫は、対局前に宮永照が言った言葉を思い出していた。

(「私達は思った以上に調べられている」)

 今までだれにも見破られなかった自分の能力。菫は、それに疑いを持ち始めていた。

(何者だ……阿知賀に潜む影)

 

 

 臨海女子高校 控室

 

「弘世菫、自作自演デスカ?」

「あはは、取った分取り返されたから、結局、点数が元に戻っちゃった」

 メガン・ダヴァンとネリー・ヴィルサラーゼが、バラエティ番組を見るような口調で話した。

「監督、郝は3翻縛り?」

「満貫以上だ。ちまちま稼いでも意味がない。まあ、これからだ」

 雀明華の質問に、アレクサンドラ・ヴィントハイムが答えた。

「智葉!」

「はい」

「清澄と阿知賀は、なぜこんな点数で上がれる?」

 アレクサンドラは、辻垣内智葉を試すように問いかけた。

「清澄は何となく分かるような気がします」

「というと?」

「最後に控えている怪物に、絶対的な自信を持っているのではないでしょうか」

「妹か?」

「はい」

 アレクサンドラはネリーに向かって言った。

「ネリー、どう思う?」

「監督は宮永を甘く見すぎてるよ」

 通常なら許されないトップ批判だが、アレクサンドラはそれを許容する器量があった。智葉は、指導者の資質とはそういうものだろうなと思った。

「阿知賀は?」

「……阿知賀を動かしているのは赤土晴絵ではないような気がします」

「何故そう思う?」

「先鋒戦の松実玄の使い方……普通はあんなことできません」

「そうか……」

「えっ?」

 急に下を向いて考え込んだアレクサンドラに、智葉は戸惑った。

「そうか」

 再びアレクサンドラが言った。そして、彼女は顔を上げて智葉を見た。その表情は苦渋に満ちていた。

「多分、お前と同じ結論に至ったと思う」

「……」

「小鍛冶……健夜か?」

「ええ……」

 これからの闘いを考えると、智葉にもその名は脅威であった。

「ドラの支配者、小鍛冶健夜……彼女が阿知賀のバックにいます」

 

 

 決勝戦 対局室

 

 松実宥は、赤土晴絵から各校次鋒の特徴を叩きこまれていた。その中でも、弘世菫に対するものは、実に念入りに行われた。

 晴絵は、彼女の怖さは聴牌察知能力にあると言っていた。だから、夜通しで実施した、松実玄のドラ復活の儀式中、宥には違うテーマが与えられていた。それは、一局を通して、リズムを崩さないで打ち切ること。弘世菫対策であった。目や手の動きなどの動作面、思考時間や間などの心理面、呼吸や発汗などの生理面を乱さないで打つ。並大抵のことではなかったが、疲労のピークに達した頃、それができるようになった。そして、今、彼女を欺くことができた。

 しかし、宥は慢心しなかった。自分の役割を確実に認識していた。

(私は、この場で勝つ必要はない、点数を5万点前後に維持すること、それが私の役目)

 宥は、妹の玄を誇りに思っていた。前代未聞の怪物、宮永照と真っ向勝負をし、一時的にそれを退けた。辻垣内智葉や片岡優希、各校が自信をもって送り込んだ先鋒にも、遅れを取らなかった。そんな妹が守った点数を1点でも失いたくなかった。

(玄ちゃん、見ていて、お姉ちゃん頑張るよ)

 東四局、宥の親番であった。おそらく弘世菫は高めを狙ってくるであろう。他の2校にしても、白糸台との点差を埋める為に、たとえ、宥からでも上がってくるだろう。宥は、自分の手牌を見て、気を引き締めた。そこには【中】が3枚と、多数の萬子が集まっていた。

 


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