早川あおいと葉羽二浪が出会ってから1週間後、キャットハンズは他球団同様、春季キャンプ地として沖縄へとやってきていた。
最下位チームといえどそれなりに報道陣の姿が見えるグランドで選手達は集合し、新しいチームメイトと顔を合わせていた。
「自分はあかつき大附属高校から来ました佐藤裕也!ポジションは三塁手です!よろしくお願いします!」
いかにも高校生らしく大きな声で挨拶をする男はキャットハンズにドラフト1位で入団したあかつきの三塁手。甲子園で優勝したのはあかつき大附属高校だ。それゆえ他球団も全員がドラフトの1位にあかつきから選んだ。
本音を言えばキャットハンズは投手を補強したかったのだろう。だが、それは叶わなかった。まず、キャットハンズが指名したのは勿論あかつきのエースだったわけだが、他球団とのくじの結果、見事にジャイアンツに引きぬかれてしまったのだ。
それから高校野球、大学野球出身の外野手が1人ずつ、社会人出身の投手1人が自己紹介をしたのだが、割愛させてもらおう。
さて、この場においてある意味1番目立っていたのはドラフト1位の佐藤ではないだろう。今も脳天気そうに周りをキョロキョロと見ている小さい身体の男。どこの中学から連れてきたと言いたいかも知れないが、その実立派な18歳なのだ。
ドラフト5位なれど、出身高校に野球部など存在しない。かと言ってクラブチームに所属していたわけではない。それなのに、"あの"影山スカウトが連れて来たという情報を既に全員が知っており、その謎に包まれている男に興味を持つのは仕方のない事だった。
「僕は文芸高校出身の葉羽二浪です!ポジションは、えっと、少しの間は二塁手らしいです!」
意味不明な事を宣言する葉羽に監督はため息を吐き、両手を叩いて全員の注目を集めると、投手の2名以外は各自ポジションごとのコーチの元、キャンプメニューを行うように告げた後、解散させた。
それにつられ、葉羽も野手のコーチの元へと歩いて行こうとするも、監督に呼び止められる。呆れるような表情を浮かべた監督はお前はあっちだと言い、グランドの片隅に建設された室内練習場を指差した。
葉羽は自分がまだ一軍ではないから違う練習するのかと考え付き、納得したように頷くと軽い足取りで室内練習場へと向かっていった。
「ああ、それと六道とそこのお前も室内練習場へと向かってくれ。俺も後で行く」
「「わかりました」」
捕手コーチの元へ歩いて行こうとしていた一軍の捕手2名へと指示を出した後、残った投手陣を前に監督は話を始める。
「みなも知っての通り、我がチームを長年支えてきた投手、御影が引退した今、彼の代わりとは言わんながらももう一人先発投手を決める必要がある。御影自身、コーチとして残ってくれるものの、早期に決定しなければならない。候補は既にいるのだが、おそらくは今の段階では納得はできないだろう」
何度も頷きながら告げる監督に投手陣は要領を得ることが出来ずに首を傾げた。監督の決定には基本的に従うのは当たり前なのだ。おかしすぎる采配には疑問視はすれど、無理矢理にでも納得するだろう。
それは監督も承知のはずだ。それなのにここまで言うということは余程のことなのだろう。
「まあ、それも納得してもらうために見てもらうが、取り敢えず、二軍の者は投手コーチの指導の元、肩を作り、状態を仕上げておいてくれ。お前達も必要ならばどんどん1軍で投げてもらうからコンディションだけは整えておくように」
「「「「「はい!!!」」」」
監督の言葉に2軍の投手陣は投手コーチのもとへと駆けて行った。
そして、残った1軍の投手陣を一瞥した監督はくるりと踵を返し、ついてこいと告げると室内練習場へと向かった。
◇
「んー、何で誰も居ないんだろ……中には見た所ピッチャーの練習しか出来そうにないけど……」
室内練習場の中、ブラインドのせいで外からは中を確認すらできない場所にて葉羽は首を傾げながら唸っていた。
彼の予想ではここに後何人も人がいて、練習に励んでいるのだと思っていたのだが、その予想は外れた。普通に考えればそんなに収容できる施設でもない故に2軍の練習場だとは思わないのだが、少しずれた感覚の持ち主である葉羽には検討もつかないのだった。
「ん?お前は」
室内練習場に二人の選手が入ってくる。一人は紫の髪に大きな目が特徴の女性捕手、六道聖だ。女性選手であり、入団してから2年目ながらレギュラーの座についているのは偏に彼女の能力が高いということを物語っているだろう。
もう一人の方は街中を普通に歩いてそうな少し茶色がかった髪をした控え捕手、
流石に入団し、入寮してから同じ年で入団した外野手の一人に言われ、現レギュラーの名前と顔を覚えている葉羽は六道がキャットハンズの正捕手だと気づき、急いで頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
「な、何だ!?いきなりどうしたのだ!?」
後輩といえど同じチームの者に突然頭を下げられた六道は慌てふためいた。彼女は高校時代、女性ということであまり後輩にこういった反応をされなかった。去年までは自分が最年少だった故にそのようなことが起こる事もなく、ある意味初めての出来事に混乱してしまったのだ。
「まあまあ、葉羽もあまりかしこまらなくていいぞ。先輩って言っても同じチームメイトなんだ」
そんな六道へとそこのお前が助け舟を出す。二人共彼にとっては後輩であるため、微笑ましげにそう告げたのだが、その声に反応し、椢野を見た葉羽の様子に違和感を感じた。
そう、まるで、あんた誰だと言うような不可思議めいた……
「えっと……
小さな声だが、ハッキリと聞こえた。幼少期より幾度と無く言われたその言葉。影の薄さが招いたその悲しい言葉に椢野はため息を吐いた。
「ハッハッハ、どうせ俺は影が薄いさ……」
「く、椢野先輩!?お、おい!何を言ったかわからないが謝るのだ!」
「え?ああ、ごめんなさい!」
椢野は影がかかった顔でいいよいいよと告げ、一度息を吐いた後、真面目な顔をして現状のことについて考えた。
捕手である自分と六道がここに呼ばれたということは十中八九誰かの球を捕るためだろう。しかし、目の前には謎に包まれた存在が一人だけ……自ずとある疑念が浮かび上がってきた……
「なあ、葉羽。お前さっき少しの間二塁手と言ったが、あれはどういうことなんだ?」
「えっと、それは……」
そこが1番引っかかっていた。野球をしているならば自分のポジションは断言するはずだ。だが、目の前の男はしなかった。まるで"誰か"に言わされたかのように。
だからこそだろう、少し答えるのを渋った様子を見せるのは。監督が何も言わなかったのは恐らくは関わっているという証拠だろう。
「先輩、一体何を?」
「………」
だとしたら何故だ?隠すことで何があるのだ。そういった疑念が頭を支配する。
しかし、考えが纏まらない。悪ふざけだと思った方が気が楽になるほどだ。
椢野は更に思考の海に沈んでいこうとする。疑問が解けなければキャンプに集中すら出来ないと考えてのことだ。
しかし、その疑念はすぐに解かれることになる。
「それは俺が答えよう」
そういい、室内練習場に投手陣を引き連れた監督が現れたのだ。
次はその秘密がわかると思いますか?
残念ながらキングクリムゾンさんが出社するため、次は一気にオープン戦に行きます。