カーテンの隙間から朝日が一筋差し込む。ベッドから身体を起こして僕は机の上に置かれた時計へと視線を向けた。
時刻は午前の6時。外で鳴いている鳥の声を聞きつつ、ベッドから降りてタオルと歯磨きセットを持って部屋を後にした。
今日は完全試合を達成した翌日。昨日は色々と大変だったから疲れが残ってると思ったけど、そんなことはなくすこぶる調子がいい。
洗面所には誰もいない。昨日の疲れが残ってるのだろうか……
取り敢えず水を口に含み、軽く濯いで吐き出す。その後歯ブラシを濡らし、歯磨き粉をつけて口に含んだ。
「んー……」
歯を磨きつつ、洗面所の窓の外を眺める。
鳩が何匹かグランドを闊歩してる以外には、誰かが整備をしているくらい。
今日は午前から練習があるからその準備かな、とありがたく感じつつペッと口に含んだものを吐き出す。
水で口を洗いだ後、顔を洗いタオルで拭きつつ自室へと戻る。
一応集合は10時。朝ごはんは7時30分だからまだ1時間以上時間がある。ジャージを脱いで半ズボンと半袖、あと靴下を履いて部屋を後にする。
向かう先は玄関。軽くランニングして身体を動かしておこうと考えてのことだ。
椢野さんはしっかり身体を休めろと言うだろうけど、正直丸一日身体を休めるとかえって調子が悪くなってしまう。
小さい頃から運動しない日は無かったくらいだ。もはや体質と言ってもいいと思う。
玄関でランニングシューズに履き替え、外に出る。グランドは整備しているし、近くをぐるっと回ってこよう。
「あれ?葉羽君?」
声が聞こえ、後ろを見る。
僕の住んでいる寮とは違う建物の方から歩いてきた人物からの声のようだ。
「おはようございます。小山さん」
「早いね。昨日の疲れは残ってないの?」
「昔からあんまり疲れないんですよ」
まったりキャットハンズに所属している女性選手の4人のうちの1人、小山雅選手。一軍のショート、一番打者をつとめる先輩だ。
「今からランニングでもするの?」
「はい!軽くですけど身体動かしておこうと思って」
「僕も少し走る所だったから一緒に走ろっか」
「はい!一緒に走りましょう」
「でも、無理しちゃ駄目だよ?昨日は完投したんだから」
正直一試合を投げたって言っても打つ事も無かったし、投げた球数も102球だ。大体打ち込まれなかったら先発投手が交代するのが100球前後って奥居も言ってたし、特別疲れてるってわけではない。
「それにしても凄いね。初登板で完全試合なんて考えられないよ。あおいちゃんもすっごく驚いてたな」
「へぇー。でもあんまり実感無いです」
「凄いことなんだよ。まあ、葉羽君だったら仕方ないって思えちゃうけど」
「小山さんも、今季調子がいいって奥居が言ってましたよ」
「確かに調子よく打ててるけど、君に比べたら全然だよ」
グランド周りの平らな道でジョギングを始める。
ずっと走れると思える程度のペースで、小山さんと話しながら走る。
「でも、身体は僕より小さいのにあんなにポンポンホームラン打つのは信じられないや」
「身体が小さいのは余計です」
「ははは。ごめんね?」
「まあ、言われ慣れてるんで大丈夫ですけど」
正直もう少し身長が欲しいけど、小さい頃から筋トレとか色々してたせいで身長が伸びにくくなってしまった。
教えてくれる人もいなかったので、筋肉を付け過ぎたら身長が伸びなくなるって聞いた時は唖然としたなぁ……
「で、今日は葉羽君は練習するの?」
「練習には参加しますよ―」
「そっかー」
「小山さんはしないんですか?」
「参加するよ?今季はしっかり打率をキープしたいからね」
「そうですか。あ、でも練習って言っても僕は軽く終わると思いますよ。椢野さんが許してくれないだろうし」
「それだけ大事にされてるってことだよ」
それにしても椢野さんは大丈夫かな。最近手の皮が厚くなったって笑いながら背中叩いてきたし、昨日も試合終わってから手を冷やしてたからなぁ。
今日の投球練習は無いかな。最近椢野さんとの投球練習ばかりだったし、打撃練習を頑張ろう。
それから20分程で色々と話しながらのランニングを切り上げ、寮に帰った。
◇
「調子がいいな、葉羽」
「ん。まあ、やれるだけやってるよー」
時刻は7時35分。食堂には何人もの先輩や同期の人がいる。
そんな中僕は特に仲の良い2軍の外野手、奥居と朝食をとっていた。
今日のメニューは焼き魚に白ご飯と味噌汁。若干物足りないけど、ご飯はお代り自由なのでそれでお腹を満たすとしよう。
「にしても、お前はすげえなぁ。一年目、開幕からレギュラーとか。どんだけだよ」
「近い将来奥居も一軍にくるかもねー。結構成績伸びてきてるんでしょ?」
「おう。お前と練習してからかな。妙に打てるようになってきたんだぜ」
奥居は正直すごいと思う。最初は他の新人と遜色なかったのに、一緒に練習をすると何かしらの成長をしている。50m走も6秒後半だったのが6.5まで速くなったように、少しずつだけど確実に上手くなってる。
でも、僕と練習しなかったら成長してないということは、練習をサボっているのかな……
「何かすげえ失礼なこと考えられた気がするぜ」
「気のせいだよ―」
僕自身まだまだ上手くなろうとしてるけど、高校生になった辺りで伸び悩んでいる。このままでは全く成長できない予感がするから練習してるけど、中々解決しない。
まあ、奥居との練習は楽しいから続けているんだけど、僕は上手くなれるかなぁ。
「すぐに一軍に上がってやるからな。だからまた練習一緒にしようぜ!」
「うん、いいよー。あ、でも今日はラジコンしたいかなぁ」
「いや、身体休めろよ」
むぅ。僕は平気だから大丈夫なのに……
そう思っていると、突然誰かが頭に手を置いてきた。
「ああ、しっかり休んどけ。お前は唯でさえ身体が小さいんだからな」
視線を向けるとそこには椢野さんの姿が。お盆に乗せた朝食を僕の隣において席につきながらため息を吐いた。
「おはようございます、椢野さん!」
「おはよーございます」
「ああ、おはようさん」
椢野さんは奥居を一瞥した後、僕を見てまたため息を吐いた。
「にしても凄いっすね。葉羽のとんでもない球を100球も捕るなんて」
奥居がそう椢野さんに切り出した。恐らく昨日の試合のことを言っているのだろう。
確かに椢野さんは凄い。高校までは僕の投げた球を捕れる人がいなくて、投球練習はいつも神社の裏手にあった壁に書かれた模様に向かってだったからなぁ。
捕ってくれる人がいて、感動したんだよね。
「ああ、捕ることは難しくないからな。だって構えた所にドンピシャに投げてくるんだもん。コイツ」
そう言いながら僕の頭を小突いてくる椢野さん。
躱してもまた小突かれてしまう。
「それを信じてミットを動かさないってのは度胸いるけどな。後は手が傷まないように気を配るだけだ」
「まあ、普通あり得ないっすもんね」
「あんな変化球、普通に捕れるかっての」
そんなに、難しいのかな。結局は自分が投げる球がどれだけ曲がったり落ちたりするのかをいっぱい投げて覚えるだけなのに。
好きな所に投げるのも、練習すればできるようになると思うのになぁ。
「私も何回か受けてみたけど、本当にとんでもないコントロールだと感じたぞ」
今度は奥居の隣に六道さんがやってきた。
奥居は邪魔する、と言われると、恐縮するかのように挨拶していた。
「私も葉羽の球を試合で受けるのを楽しみだ」
「おいおい、今年は俺がコイツの専属捕手って言われてるんだぞ?俺の役目を取ってくれるなよ」
「冗談だぞ。椢野さん」
そのまま食事の手を進める先輩たち。それを見た奥居はこちらに顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
「(なあ、オイラって場違いじゃないか?)」
「(そんなことないと思うけどなぁ。同じ球団の仲間だし)」
「(それもそうか)」
それからその日は15時まで練習、その後は奥居とラジコンをして過ごした。
今度はラジコンヘリを練習してみようかなぁ……