東方月兎騙   作:水代

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久々に書きました。
魔導巧殻ってゲームやってたんですけど、一区切りついたのでまた更新再開です。


第十四話 ウサギ花を見る

 

 

 この永遠亭にやって来てからどれくらいの年月が経っただろうか。

 前世と違いカレンダーなどと言ったものは無く、毎日がゆっくりと流れるこの永遠亭にいると、月日と言う感覚が薄れてくる。

 ただこのあいだ里に行った感じでは恐らく五年前後と言ったところだろうか。

 その間の私の日々を簡単に語ると、ここに来た最初の一週間とあまり変わらない。

 輝夜様…………姫様の遊び相手になったり、八意様から調薬を習い、師匠と呼ぶようになったり、てゐの作った落とし穴にてゐと一緒に落ちててゐに拳骨を落としたり。あと姫様に会いに着ていた不死人、藤原妹紅が姫様と戦ったり。追い返したと言ったら姫様には褒められたが、なんだかんだで退屈そうな表情をしていた。八意様……師匠も黙認して良い、と言うことなので次から通しているのだが、永遠亭の近くで血飛沫が舞うような殺し合いをしないで欲しい。一度永遠亭にまで被害が及んだので掃除するのことになった(私だけが)こともある。

 と、まあ時々血生臭いこともあるが、基本的にはのんびりとしたゆったりとした日々。

 時間は進んでいると言うのに、まるで昔に戻ったかのような穏やかな日々に、けれどそこに豊姫様も依姫様もいないことにふとした瞬間、寂しさを覚える。

 なんだか心まで飼い慣らされてしまったみたいだ…………と思ったが、まさしくその通り過ぎて反論の言葉も出てこない。

 そんな一人問答をしているある日…………それは起こった。

 

 

「師匠、師匠ー!」

 叫び、師匠の仕事部屋をノックする。

「入っていいわよ」

 中から返ってくる返事に、引き戸を開けると、椅子に座る師匠がこちらを向く。

「どうしたのよ、そんなに急いで」

「師匠、外を見てください」

「外?」

 首を傾げながら、師匠が窓辺に行き、窓を開く…………と同時に感嘆の声を漏らす。

「まあ…………」

 

 迷いの竹林の奥地にある永遠亭。当然の話だが周囲は竹林で囲われている。

 竹と言うのはちょっと珍しい特徴のある植物で、その花は六十年から百二十年に一度一斉に開花すると言う習性がある。

 私も前世で一度だけ見たことがあるのだが…………。

 もう察せただろうが。

 竹林全体の竹が一斉に開花していた。

 

「まあ…………風流ねえ」

 呟き、手を叩いて喜ぶのは、姫様。

 隣で師匠もいつもより少しだけ弾んだ様子で竹林に咲き誇った竹の花を見ている。

「これは見事だねぇ」

 てゐが自身の何倍も背が高い竹を見上げながらけらけらと笑う。

 皆楽しそうで何より…………なのだが。

 どうにも私は楽しめなかった。

「どうしたの? 鈴仙」

 そんな私の様子に気づいたのか、てゐが首を傾げながら問うてくる。

「……ん……まあ、ちょっと、ね」

 歯切れの悪い私の返答に不思議そうにしながら暗に続きを促してくる。

「まあ、見え過ぎるのも困りものっていうか」

 なまじ見えてしまうだけどに素直に楽しめない、と言うか。

「何の話?」

 私たちの様子に気づいた姫様と師匠がこちらへやってくる。

「いや、その楽しんでおられるお二人にこんなことは…………」

「どうしたのかしら? うどんげ、言ってみなさい」

 尻すぼみ気味な私の答えに、師匠が私に促す。

「…………はい」

 観念したかのように頷き、答える。

 

「竹の花に宿った霊が見えて…………怖いです」

 

 

 

 竹林中に咲いた花。

 そこに宿っているのは、人の霊魂。

 それもただの霊では無い、亡霊。

 生を渇望し(うつつ)をさ迷う死者の霊。

 それが…………竹林中に蔓延って怨嗟の声を上げる。

 

 イキタイ、イキタイ、と。

 

 それが見えてしまう。

 見ると言うことは見られると言うことだ。

 そうして生者である私に叫ぶ。

 

 イノチヲ、イノチヲ、と。

 

 私の目はその魂の波長を、感情の波を認識してしまう。

 故に聞こえるはずの無い音無き声が聞こえる。

 

 タスケテ、タスケテ、と。

 

 

 理解する。

 理解してしまう。

 何故唐突に竹が開花したのか。

 その理由に。

 その原因を。

 理解してしまう。

 

 霊が。死者が、亡者が、亡霊が。

 生を渇望し、意思無き植物の意思を乗っ取り、懸命に生を得ようと花を開かせている。

 見た目だけなら綺麗な光景だ。花と言う花が一斉に開花しているのだから。

 だが、見えてしまう者にとってそれは地獄のような光景だ。

 亡者が群がり生を渇望する声を聞いてしまう。

 死への足掻きを見てしまう。

 浅ましく、醜く。

 何より、恐ろしい。

 その目がこちらへ向けられるのが。

 自身へと群がってくるのでは無いか、なんて想像が湧き上がってきて。

 恐ろしい。

 一度死を経験しているからこそ。

 前世と言うものを知っているからこそ。

 今の生を実感しているからこそ。

 自分の姿を重ねて、恐怖する。

 

 

「浅ましい死者の群れが生を得ようと足掻いているようにしか見えなくて、怖い。いつかそれが自分たちへと向かってくるんじゃないかと思うと…………怖いです」

 私の答えに、姫様と師匠が顔を合わせ一つ頷く。

「永琳」

「御意」

 短い二人の呟き。

 そして。

 

 リン

 

 鈴が鳴る。

 途端。

 

 ォォォォォォォォォォォォォッ

 

 亡者たちが叫び出す。

 

 リン

 

 そうして再度鳴る鈴の音に。

 

 ァァァァァ…………。

 

 亡者の群れが消え失せていく。

 視線を向けたその先に。

 何時の間に持っていたのか、鈴を持った師匠の姿。

「これでいいわね」

「はい、姫」

「…………え…………あの?」

 戸惑う私に姫様が尋ねる。

「もう見えないかしら?」

「え、あ、はい…………でも、その」

 視線をやる。

 やったことは分かる。

 払ったのだ。竹林全体から、亡霊たちを。

 鈴の音は退魔の波長を持つ。さらに師匠の霊力を上乗せすることで、さ迷う亡霊たちを根こそぎ送る還した。

 やったことは分かる。

 だがそれをすれば。

 ちらり、と竹を見やる。

 咲かす力を無くした竹の花は活力を失い…………枯れていた。

 だから黙っていたのだ。皆楽しみにしているのなら、私一人が黙っていれば済むことだから。

 結局こうなってしまった、と言う私の申し訳なさを見透かしたように、姫様がぽんっ、と私の頭の上に手を置く。

 

「辛いなら辛いと。言いたいことがあるのなら、言いなさい。遠慮なんてしなくていいの、あなたはもう私たちの家族の一員なのだから」

 

「…………………………っ、はい」

 そんな姫様の言葉に。

 一瞬、豊姫様のことを思い出し、涙が出そうになるが、必死に堪える。

「…………すみませんでした」

「全く…………竹の開花なんて生きていればまた見れるでしょ。気にする必要も無いわよ。何年一緒に暮らしてると思ってるのよ」

 師匠がそう言うと同時に同じようにぽんっと頭の上に手を置く。

「まったくだよ、鈴仙は自分を殺しすぎだって。もっと色々言ってもいんだよ? 私みたいにさ」

 ニシシ、と笑うてゐのそれが空気を払拭するための自身への気遣いだと分かって。

 ふふ、と思わず笑みが零れ…………同時に目からも熱い何かが零れる。

 

「はい……………………ありがとうございます」

 

 ふふふ、と笑い。

 心の中で呟く。

 

 豊姫様、依姫様。

 色々大変だけど…………なんとか地上(こっち)でもやっていけそうです。

 こんなこと心の中で言っても届かないかもしれないけれど。

 どうか、豊姫様たちもお元気で。

 

 

 

 

 ………………っ。

「えっ?」

 ふっと顔を上げる。

 周囲をキョロキョロと見渡すが、そこにいるのは妹と自身だけだった。

「どうかしましたかお姉様」

「今何か言った?」

 そんな自身の問いにけれど妹は首を横に振る。

「誰かに話しかけられた気がして」

「誰か………………レイセンでしょうかね」

 妹の口から出た名前に、一瞬固まる、がすぐにふっと笑い。

「そうだと良いわね…………元気にしてるかしら、あの()

「大丈夫でしょう…………あの方のところにいるのですから」

「そうね…………」

 辿り着けている、と言うことは私たちのどちらも疑っていない。

 例え月の力では未だ発見できていなくても、例え告げた場所が私たちの想像でしかない、としても。

 あの娘なら大丈夫。

 そう思えるから…………そう信じているから。

 

「元気でね、レイセン」

 

 一人、どこにいるともしれない家族に向けて…………そう呟いた。

 

 

 

 

 




イイハナシダナー、って言ってもらえるかなあ?
当初、竹の花が咲いた。花見だ花見だ、ワイワイガヤガヤ。
って感じの話しにする予定だったのに、なんでこんな家族ドラマになってんだろ?

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