東方月兎騙   作:水代

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第二話 ウサギ働く

 知らなかったが、玉兎と言うのは月においては一番下の奴隷らしい。

 というか月に人が移住していることすら知らなかった。

 月の民と自称する彼らは大昔に地上から月に移り住んだ一族のことらしい。

 らしい、と言うのは所詮伝聞でしかないから。

 まあ、当時のロケットとか未だに残ってるし、本当なのかもしれない。

 

 まあそんなことはさておき(かんわきゅうだい)

 

 今回やけにまともじゃないかって?

 いや、前回は生まれたてでちょっと能力が暴走してただけです。

 一応普段の私は常識人(自称)ですので。

 

 それは置いといて(かんわきゅうだい)

 

 あの時聞いた声の主。それが月の民のリーダーだと言うのだからおかしな偶然だ。

 生まれたばかりの玉兎である私はその二人組に発見され、同じ玉兎の仲間たちのところに連れて行かれた。

 なんでそんなことになっているのか、玉兎は生まれた時から月の民の奴隷であることが決定されているらしい。

 と言うわけで今日も私は労働に勤しむ。

 

「無理無理無理無理ーーーーー!!!

「ほら、急ぎなさいレイセン」

「待ちなさいレイセン、お姉様!!」

 

 そう、これは労働だ。

 例え桃泥棒の姉を背負って、その妹から逃げると言う任務であろうと。

 

「追いつかれたらひどい目に合うわよ、頑張って逃げなさい」

「豊姫様が私を巻き込むからでしょうがああああああああああ」

「火之迦具土神の炎よ!!」

 

 と言うか、全ての仕事の中で一番危険な仕事だ。

 何せその妹様が全力でこちらを殺しに来ているのだから。

 

「いやああああああああああああ、神殺しの炎なんて人に向けていいもんじゃありませんよおおおおおおおお!!!」

「ほら、レイセン、ファイト」

「死ななければ問題ありません」

 

 きりっ、とか言いそうな決め顔で言っても騙されませんよ。全然問題あるに決まってます。

 このままでは確実に死ぬ。と、なると………………。

 

「依姫様。ごめんなさい!」

 

 ばっ、と振り返る。怒りの形相で追いかけてくる少女、依姫様を見て顔を引きつらせるが、すぐに気を取り直し。

 

 自身の瞳で依姫様を見つめる。

 

 発動、狂気を操る程度の能力。

 

 依姫様の視覚を錯覚させる。

 

「っ、これは…………レイセンか。だが甘い!」

 

 と言っても、依姫様相手にこんな誤魔化しがいつまでも通用するとは思っていない。

 だから。

 

「豊姫様、今です」

「了解よ」

「く、逃がしません…………賽の神の誘いあれ!」

 

 すぐさま依姫様が視覚を正常に戻すが、その時には。

 

「は、はあ~…………間一髪ですね」

「ふふふ、助かったわレイセン。それじゃあね」

 

 綿月の屋敷へと転移した豊姫様は、こうして依姫様からの難を逃れるのであった。

 

 そう…………()()()は。

 

 私? 私ですか………………。

 

「だからいつもいつも貴女は!!! そうやって貴女が甘やかすからお姉様が付け上がるのです!!」

 

 後からこうして依姫様に怒られるんですけどね。私だけ。わ、た、し、だ、け!!!

 いや、分かりきってたんだけどね。

 だいたい互いに顔見知りなんだから逃げ切ったところで後で呼び出されるのは必然で。

 そもそも月の民たちのリーダーである綿月姉妹の呼び出しを無視するなんてことは私にはできないわけで。

 

「ペットなら飼い主の躾をですね!!」

 

 いや、依姫様、それ普通逆でしょ…………と言ったら説教が倍増するので言わない。

 そうペット。ペットだ。それが今の私の立場。

 あの日あの時あの場所で、出会った二人はさきほども出た綿月豊姫様と綿月依姫様の姉妹。

 そして何が気に入ったのか、豊姫様はその場で私をペットにする、などと言い出し。

 さきも言ったが、玉兎はこの月の中では奴隷扱い、当然拒否権は無い。

 こうして私は晴れてペットとなりましたとさ。

 

 

 

 ああ、ところで。一つだけ訂正をいれておくなら。

 玉兎はたしかに月において奴隷のような存在だ。

 だがそれは拒否権が無いと言うだけであって、別に悲惨な目にあっているわけではない。

 と言うか寧ろほとんど何も言われることは無い。基本的に月の民は誰も玉兎を充てにしていないので、玉兎に対して命令する、と言うこと自体が稀だ。

 なのでほとんどの玉兎は毎日お気楽に過ごしている。生来の気質からして能天気なのもあるのかもしれない。と言っても今の私はそんな玉兎の一員だが。

 

 

 ただそんな玉兎たちの中でも都市防衛隊に組分けされたものたちだけは違う。

 彼らはその名の通り、都市の防衛のため常に訓練を欠かさない、玉兎たちの中でもエリートなのだ。

 

「そこおおおおおお!!! サボってないで、訓練しなさい!!! そっち、逃げ出そうとしても無駄ですよ、貴女はさらに訓練追加です!!! そこの、隠れて談笑しない。そちらの、何を昼寝しているのですか!! 貴女も訓練追加です!!」

 

 エリート…………のはず?

 まあ所詮玉兎は玉兎、と言うことで。

 そしてその都市防衛隊を率いるのが何を隠そう綿月依姫様だ。

 

「レイセン、調子はどうですか?」

 

 銃を構え、狙いをつけている私を見て、依姫様がそう声をかけて来る。

 レイセン、とは私の名前だ。

 豊姫様が私をペットにした時に名前の無かった私にくれた名前だ。

 特に異論も無いし、他に代案があるわけでもないのでそれをそのまま使わせてもらっている。

 

「いえ、特に問題はありません」

 

 私がそう言うと、私の前方にある射撃の的を見て、頷く。

 

「なるほど、たしかに問題はなさそうですね。その調子でやりなさい…………それと、貴女は折角能力持ちなのだから、そちらの訓練も怠らないように」

「了解です」

 

 依姫様は軍人気質と言うか、緩んだ感じが嫌いな一本気の通った方なので、こうした私の前世で言う軍隊式のやり方を施行している。

 ただお気楽思考の玉兎には壊滅的に合わないそのやり方のせいで、依姫様は玉兎に恐れられている。

 本人的には至って真面目にしているだけなのだから、何ともすれ違っていると思う。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、依姫様の訓練中の厳しい態度のせいで、依姫様自身も厳格な人だと思われ、玉兎たちに敬遠されている。

 私は豊姫様と一緒にいる時の依姫様を知っているので、人並みに優しい方だと言うのは知っているのだが。

 

「なんともしがたい問題ですね」

 

 まさしくマイナススパイラル。

 何か切欠でも無い限り現状の改善は難しいだろうな、と考え。

 

「ま、何とかなるでしょ」

 

 そんな楽天的な思考に、私も玉兎だな、と思った。

 

 

 

 

 


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