伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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全体の俯瞰図的なお話です。

2016.12.28 レッドとエリカの出会いのシーンを改訂


プロローグ (2009.8ー2013.2)
第〇話 黎明


 シロガネ山。

 ポケモントレーナーの極みに達した者のみ入山が許されるカントーとジョウトを別つ大山。

 そこは一般人が安易に足を踏み入れると、死をも覚悟しなくてはならないほど獰猛なポケモンたちがおり、常時百鬼夜行とばかりに蠢き続けている。

 そんな山に一人の男が再び登って行く。

 赤い帽子をかぶり、大きなリュックを背負い、様々な記憶を想起させながら。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―2009年 8月13日 午後3時 シオンタウン―

 

 レッドはガラガラを成仏させた後、ポケモンタワーでのロケット団の悪事を挫いた。

 成仏できて良かったと思いながら彼は宛もなく炎天下の中をさまよっている。

 

「暑い……」

 

 襟を引いたり戻したりして風を作りながら自然と口からそんな言葉が出てくる。烈日はアスファルトを照り返し、彼の不快指数を更に上げていった。

 太陽へ向いてはダメだと思い、彼は視線を下に遣る。帽子が影になるので気休め程度だが少しは楽になる。このままでは日射病で倒れかねないと思い、うつむいたままの姿勢でポケモンセンターへ足を進めた。

 十歩ほど歩くと道端にハイパーボールが転がっていることに気づいた。これは比較的高価な品物である。

 彼はボールを持って視線を前方に向ける。どうやら日傘を差してるようだ。日傘の下には朱色の袴と白い足袋、草履が見える。

 視線に気がついたのか、それともふと思ったのかその人物はレッドの方を向き、ゆっくりと彼の方へ近づいた。

 ふと気づくとそこには朱色の袴に黄色い着物を着た容姿端麗な少女が立っていた。

 レッドはその清楚で可憐な姿に強い衝撃を受けた。

 彼が今まで会った中でこれほどまでに美しい女性は居なかった為である。

 帯締めに香り袋があるのか、そこから馥郁(ふくいく)たる白檀(びゃくだん)の香りが鼻腔を刺激し、見る者を更に惚れ込ませる。

 彼が呆然としているいるのをよそに彼女は掌に乗っているハイパーボールを見た。

 

「まあ……。ボールを拾ってくださったのですね。ありがとうございます」

 

 凛とした、しかしどこか可愛らしさのある声が彼の耳にじんわりと響いた。

 彼女は買い物袋にハイパーボールを100個ほど詰めている。どうやらフレンドリィショップの帰りなのだろう。

 

「あ、あぁ! はい。ここに落ちてありましたので……」

 

 レッドは話しかけられて正気に戻り、慌てて説明した。

 

「あら……そうでしたか」

 

 彼女はそう相槌を打った。にこやかな笑みである。

 

「あの……随分と買われてますけど……」

「あぁ、これですか? フフ。そこのショップでハイパーボールが丁度安売りだったのですよ。40%OFFで、私は会員ですからさらに10%割引されて半額で手に入りましたの。ですからついつい買ってしまいましたわ」

 

 彼女は穏やかな口調で話す。

 

「え!? 本当ですか? じゃあ俺もすぐ買いに……」

 

 レッドにとっても耳寄りな話だったためショップの方向に向かおうとする。

 

「それは残念ですわねぇ。もう私がお店を出る頃には売り切れてしまいましたわよ」

「あ……そうすか……」

 

 レッドは肩を落とした。

 

「あら……。もしかして貴方、レッドさん……ですか?」

 

 彼女は顔を覗き込んだ後にふとそういった。

 

「え!? ど、どうして俺の名前を……」

 

 どこかで会ったことでもあるのかと思い思考をめぐらせるが全く思い当たらない。

 

「あらやっぱり! くす。マチスさんが仰せになったままのお召し物ですわね。赤を基調とした服に、その赤い帽子。まさにその名前に相応しいですわね」

 

 彼女は快活な口ぶりで言う。

 

「へ……!? 貴女何者なのですか?」

 

 マチスとはクチバシティジムリーダーの名前である。まるで知り合いかのように話す彼女に彼は驚きを隠せない。

 

「これを見ればお分かり頂けるかしら」

 

 エリカは懐から虹色に輝くバッジを取り出し、レッドの前に見せた。

 間違いない。レインボーバッジである。トレーナースクールに居た頃教科書で見たポケモントレーナーにとっては勲章とも言うべきリーグ公認のジムバッジだ。

 

「こ、これはレインボーバッジ……ということはまさか!」

「はい、私、タマムシシティのジムリーダーを務めるエリカと申します。以後よしなに」

 

 彼女は恭しく頭を垂れた。レッドは目の前にいる少女がジムリーダーである事に緊張すると同時にその名を胸に刻む。何度か華道の師範としての彼女はテレビで見たことはあったが実際に会うとその衝撃は計り知れなかった。

 

「タマムシのエリカさんが何でここに?」

「お墓参りです。今日はお盆で御座いましょう?」

「そ、そういえば……」

 

 レッドはふと今日の日付を思い出す。思えば、今日は8月の中旬だ。

 彼女は続けて話す。

  

「私がまだ小さかった頃よく一緒に遊んだナゾノクサのクロをこのタワーに埋葬しておりますの。その為、毎年命日とお盆、お彼岸の時には必ず行くようにしてる訳です。それで、行き掛けにこのボールを買ったのですわ」

 

 エリカの話を聞いて、レッドは合点がついたので納得した表情をして

 

「なるほど、そういう事情だったのですか」

 

 彼女は続いてレッドを評す。

 

「ええ。レッドさんの戦いぶりはマチスさんがよーく教えて下さいましたわよ。レッドさんが私のジムに来ること、楽しみにいたしておりますわね」

 

 そう言ってレッドに一礼した後エリカは去っていこうとする。

 レッドはボールをまだ返していないことに気づいて呼び止めた。

 

「あ、あの! ボールまだお返しして……」

 

 彼女はレッドの方に向き直り、先程までと変わらぬ穏やかな調子で言う。

 

「それは差し上げますわ。ジムにはこれでも十分足りますから遠慮なさることはありません」

「え、いやそんな頂けませんよ!」

「良いのです。お近づきの印ですわ」

 

 そう言うと彼女は今度こそ立ち去った。

 レッドは終始エリカを見ていて、残り香が熱気と風にかき消されて香らなくなるまで恍惚としていた。

 あそこまで綺麗な人が自分の相手だという事に、レッドは自らの士気を高める。結局貰ったハイパーボールは勿体なくて使えないままだった。

 こうしてレッドも気合を入れなおしてタマムシシティへと向かうのだった。

 それから少し経ち、ジム戦でレッドは5-0の完全勝利を果たす。

 

―9月12日 午後1時 タマムシジム―

 

 エリカは最後のポケモンであるウツボットを戻したのち、

 

「予想はしていましたが、ここまでとは……私の完敗です。どうぞレインボーバッジをお受け取りください」

 

 そう言った後、エリカは懐より虹色に輝く花を模したバッジを手渡した。

 心なしかバッジからも良い香りがするとレッドは思う。

 

「ありがとうございます」

 

 バッジの一通りの説明や技マシンを渡した後彼女から一言アドバイスを受ける。

 

「確かにお強いですが、最初に貰われたポケモンばかり強くなされていませんか?

それだと私の後の4人のジムリーダーに勝つことは難しいかと……。レベルバランスよく育ててくださいね」

 

 彼はその一言にハッと目が覚めた思いがした。この日までフシギソウやカメール等、博士から貰ったポケモンしか鍛えていなかったからだ。

 レッドは勝ち続けてばかりいたので、こういう忠告をしてくれる人が居らず欠点を見過ごしていた。その為、エリカの言葉は非常にありがたく、

 

「有難うございます!」

 

 とレッドは深々と頭を下げて答える。

 その反応を見たエリカは、またクスりと微笑んで

 

「フフ……。この戦いを励みにして、貴方が栄冠に輝くこと……心より期待しておりますわ。頑張ってくださいね!」

 

 エリカのその言葉の後、レッドはもう一度礼を言ってタマムシジムを後にする。

 その後レッドはエリカの忠言を守り、道路の草むらのポケモンと戦ってすべての手持ちを同じぐらいのレベルに上げた。

 そしてポケモンリーグにまで勝ち上がることができたのだ。

 

 

 レッドはチャンピオンになった後、エリカに真っ先に報告の名分で会いたい気持ち。それに加えて感謝の意を伝えたい気持ち。そして何よりも強い思いを抱きながらリザードンでタマムシシティへと向かうのである。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 小寒のタマムシシティは二十四節気の一つであるその言葉に似合わず、ビル風の手伝いもあってか歯の根が合わないほど、強い北風が吹きつけている。

 彼女は恐らくジムにいるだろう。そう思ってレッドはジムへと歩みを進めた。

 

―2010年 1月14日 午前11時 タマムシジム―

 

 レッドは挑戦以来となるこのジムを進んでいった。

 男子禁制らしいが、レッドがチャンピオンになった事は水に塗料でも溶け込ませるが如くに伝わっており、追い払われるどころか「写真撮らせてー」などとせがまれる始末である。

 適当にあしらいながら進んでいった。

 ジムに入って十分が経過しレッドはジムの一番奥に到達した。

 そして漸くお目当ての人物にあった。ジムリーダーのエリカである。

 彼女は相も変わらず埃一つ無く小奇麗で黄色の着物に赤色の下袴を身に着けていた。

 風の便りによれば彼女は17歳らしい。そんな歳には思えないほど彼女は清楚でかつ大人びている。

 こんな女性が同じクラスにいればホワイトデーにはきっとあげてもいないのに大量のお菓子が溢れかえるだろうななどと思いつつ、挨拶を済ました後、エリカの方から話しかけてくる。

 

「この度はグリーンさんを下してチャンピオンになられたようで……私としても嬉しい限りですわ。本当におめでとうございます」

 

 と彼女は恭しく頭を垂れる。

 

「礼を言うのはこちらの方です! 貴女のアドバイスがなければ途中で投げ出していた可能性もあるのですから」

「アドバイス……?」

 

 エリカはなんの事かとやや首を傾げて少々の時間考えていた。

 その仕草も実に可愛らしいが、レッドは思い出させようと試みる。

 

「ほら、あのアレですよ」

 

 レッドはエリカに思い出させようとする文言を案じていたが、その必要は無かったようだ。

 彼女は、レッドが指示する前に、すぐに思い出したからだ。

 

「……もしかして、ポケモンの育て方が偏っていると指摘した事で御座いましょうか?」

 

 まさにその事である。

 

「はい! そうです」

 

 レッドは覚えててくれたのかと安堵した表情を見せた。

 

「あのような物で一助となったのであれば嬉しい限りですわ。用というのはそれですか?」

 

 レッドは息を呑んで覚悟を決めた様子で決然とエリカを見る。

 

「いいえ、違います。もう一つ用があるんです」

「あら、何でございましょう?」

 

 エリカは興味深そうに尋ねてくる。

 

「あの……。変な質問をして申し訳ないんですが、エリカさんの好きな男性ってどんな人ですか?」

 

 レッドは勇気を振り絞って尋ねる。

 

「そうですわね……」

 

 彼女は少し俯いて考える仕草をし、少しの間を置いた後

 

「学識が高く、聡明でいらっしゃって、かつどのような事にも屈しない強靭さを持った殿方……でしょうか」

 

 カントー第一の才媛らしい回答である。レッドはそんなことを再認識させる答えを聞いて打ち負かされそうになったが、すぐに気を取り戻す。

 

「そうなんですか……」

「あの、どうしてそのような事を?」

 

 彼女は怪訝というよりも単純な疑問を持ったような表情で彼に尋ねる。

 

「あの、エリカさん。驚かないで……しかし真剣に聞いてくださいね」

「は……はい」

 

 レッドがにわかに真剣な表情になる。彼女自身からすれば意外に思ったのかはたまたおどけて見せているのか眉をかすかに動かした後身を正して聞く姿勢になる。

 

「僕は……その、エリカさんと違ってお作法とかそういうのはあまり出来ないし、エリカさんの理想とする男性とはほど遠いかもしれない。それでも、僕はこうしてカントーの頂点に上り詰めることができたんです。そして貴女を想う気持ちには誰にも引けはとりません。初めて会ったときからエリカさんの事が大好きです!」

 

 レッドは顔を紅潮させながらも最後まで言い切った。

 暫しの沈黙が流れる。エリカは最初は少しだけ身を動かしたが、すぐに元の悠然とした態度に戻る。

 ギャラリーのジムトレーナーたちも目を白黒にしている。

 そんな泰然自若とした態度が尚更レッドを惹かれさせた。しかし、レッドは必ずしもエリカの返事を期待していた訳でもなかった。

 

「……、僕が言いたかったのはそれだけです。シロガネ山に行く前に、これだけはどうしても伝えたかったんです」

 

 重い空気を破ったのはレッドだった。

 エリカは敢えて告白の返事はせずに言葉を返す。

 

「何故、シロガネ山に?」

「チャンピオンになった以上、カントーで僕に勝てる人はいない……。それは要するに成長を止めることになるじゃないですか。でも、ジョウトとカントーの境目にある大山、シロガネ山に行けば更に修行を積むことができて、心身ともに更に磨きをかけることができる。そう思ったからです」

 

 その言葉を聞くと、彼女は大きく息をつき、感心している様子である。

 

「頂点に立ってもなお、一層高みに立とうとするその御姿……、素晴らしいですわ。模範にしていきたいですわね」

「その前にエリカさんに一言思いを伝えたかったのです。これを伝えなければ未練になってしまうとも思ったし……それじゃ、エリカさん体にだけはお気をつけて……」

 

 そう言ってレッドは全てを断ち切るかのように後ろを振り返って、タマムシジムを去った。

 

――

 

 レッドが去った直後、副リーダーのナツキがエリカに話しかける。トレーナーたちにとってもリーダー自身の去就に関わりかねない話であるためかなり関心が高い。

 

「リーダー。どうなさるおつもりですか? レッドさんかなり真剣な様子でしたけれど……」

「そうですわねぇ……」

 

 彼女は一回頭をゆっくり回した後

 

「今は特にどうともお答えするつもりはありません」

「そ、そうですか……」

「しかし、あの度胸といい……。レッドさんは中々に面白そうな御仁ではありますわね」

 

 そう言うと彼女は彼の去った方向に視線を遣りクスリと笑ってみせた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

―2012年 9月29日 午後10時 マサラタウン オーキド研究所―

 

 昼時は慌ただしい研究所も夜となれば静まり返る。

 研究を残している者もこの時間になるとほとんど帰宅し、今残っているのは研究所の長・オーキドのみであった。

 オーキドは机に向かい、全国版仕様のポケモン図鑑の設計書を描いていた。

 そんな中、研究所のドアが開く。

 

「……」

 

 オーキドはそんな音など意に介さず万年筆を執り続ける。

 コツコツと革靴の音が研究所に響き渡る。

 やがて、靴音はオーキドの座る椅子の前で止んだ。

 それを察したオーキドは漸く筆を置いて起立して来客に向き合う。

 

「ホッホ。よく来たの」

 

 オーキドはにこやかな笑みをたたえて言った。

 

「……」

 

 黒ずくめの来客は脱帽し、近くにあったもう一つの椅子に上着をかける。

 オーキドはすぐ隣にある給湯室に入り

 

「紅茶が良いかの?」

「ミルク多め」

 

 こうして、黒ずくめの男とオーキドは相対し、他愛もない話を数分ほどした後本題に入る。男は長い逃避行のせいか疲労が顔に出ており、着ている服もところどころ汚れていた。

 

「ここに来たという事は……、肚は決まってるとみて良いのかの?」

 

 先ほどまで笑みを浮かべていたオーキドは頬を引き締めて言った。

 

「どうもこうも無い。このまま放浪を続けても活路は見出せん。そちらの支援提案、受けるつもりだ」

「さすがに賢明よのう……。カントーで暴れ回った虎狼、サカキ殿は……」

「虎狼……。名誉を捨て、我らのような組織に片棒担ぐオーキド殿の方がよっぽどその名に恥じんな」

 

 サカキがそう毒づくとオーキドは右頬をわずかに緩ませ

 

「フッ……名誉など所詮は道具に過ぎんよ。見返りの件も忘れてはならぬぞ」

「無条件で来るはずも無い。分かっている。では、ロケット団の栄光を取り戻す為、今はきょ……」

 

 と言いながら手を差し出すとオーキドは払い除けた。

 

「サカキ殿。勘違いしてはいかんのぅ。ワシはロケット団の事など毛ほども興味は無い。ただ利害が一致するから手を組む……それだけじゃ」

 

 オーキドは出した手を振り払うかのように、冷淡に接する。

 

「クッ。あくまで実利か……。単純かつ外連味の無いこった。表とは打って変わる相当の悪ではないか。オーキド殿」

 

 サカキは言葉とは裏腹に同類を見つけたのを歓迎するかのような目でオーキドを見る。

 

「ホッホ……。まあ良いわ。互いの宿願を叶える為、呉越同舟。今は共闘ぞ」

 

 

「今度こそ……本当に信じてもいいのだな?」

 

 サカキはすがるような目でオーキドを見る。

 

「安心せい。今度は状況が違えば邪魔者もおらん。ましてやロケット団にまだ力が残ってるなどと本気で思うものは気が触れてるとしか思われんよ……」

 

 オーキドは確信を含んだ笑みで言う。

 

「それでも信じられぬというのなら。これを持っていくがいい」

 

 そう言ってオーキドはアタッシュケースを一つ手渡す。

 サカキが中をあらためると中には一億円ほど入っていた。

 

「どうかね?」

 

 サカキは一度頷くと、その場を立ち去った。

こうして、ポケモン研究会の権威・オーキドと、それと相対する悪の組織ロケット団の首領・サカキ。

 白日の下に晒されれば驚天動地の事態となる会盟がここで交わされたのである。

 サカキは往時の栄光を取り戻すために組んだが、オーキドの目的を知るものはいない。

 

―同年 10月1日 午後3時 ヤマブキシティ 喫茶室―

 

 所変わってここはヤマブキシティ。

 月初に行われる定例会が終わり、タマムシジムリーダーのエリカは親友であり、この町のジムリーダーであるナツメと喫茶店で歓談していた。

 

「ヤマブキも、もみじが色を付け始めましたわね……」

 

 エリカは頬杖をつきながら庭のもみじを見つめる。

 

「もうそんな季節か……。はぁ、10月に入ったし衣替えもしなくちゃね」

 

 ナツメがそう言うと、エリカはナツメに顔を向けて

 

「あら、秋向けのお洋服でしたら、タマムシデパートで良さそうな物が……」

 

 と、二人は他愛もない妙齢の女子らしい会話を続けた。

 30分するとふとエリカが

 

「そういえば、レッドさんも衣替えをなさるのでしょうか……」

 

 と言うと、コーヒーに手を付けていたナツメが吹き出してむせた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 エリカはコーヒーの飛沫を軽く拭いた後、身を乗り出してナツメの身を案じる。

 

「ケホッ……。あ、ありがと。って、あんたまだジムに一回来ただけの子の事、気にかけてんの?」

 

 ナツメは怪訝な表情をエリカ当人に向ける。

 

「正確には二回ですわ。それに、類を見ない速さでロケット団を壊滅させ、その上リーグのトップに立たれたお方ではないですか。ジムに挑戦しに来ただけの普通のトレーナーと同一視するのはレッドさんに失礼というものです」

「ハァ……そういえば告白されたとか言ってたわね……。それでもおかしいわよ、それだけの事でまるで……」

 

 そこまで言うとナツメは口ごもる。

 

「まるで……なんですの?」

 

 エリカの勧めにナツメは赤面しながら、押し出されるかのように言う。

 

「こ、恋心抱いているみたいに気にしているだなんておかしいわよ!」

 

 ナツメの突然の金切り声に他の客は一斉に二人の机に注目する。

 

「ナツメさん。少々お声が……。しかし、なるほど恋心……ですか。確かに似たようなものは抱いているかもしれませんわね」

 

 エリカは顎に手を遣って熟考のポーズをとる。

 

「っ……! 否定くらいしなさいよ。それにレッドは修行してるんだろうから、防寒用具はさして持って行ってないと」

「そんな! 凍死でもされたらどうするのですか!? 何とか修行場所を特定して、そこまで荷物を……。そうだ、ナツメさん貴女のテレキネシスでどうにか」

 

 エリカは半ば錯乱気味にナツメに対して提案する。

 

「ちょ……なんであいつなんかの為に超能力を…… って、そうじゃなくて……あんた本当にあいつの事」

 

 ナツメの疑問に対し、エリカは数秒の間を置いたのち

 

「よくよく考えてみればもしかすると、レッドさんは私の理想とする方なのかもしれませんわね」

「どうして? あんた、バカは蛇蝎の如く忌み嫌っているのに……。知ってるだろうけどあの子トレーナースクールとは言っても小卒よ? 強いけど、特別学があるようには思えないし」

「私の本当に理想とする男性というのはこれまで一人としてお会いしたことがないのです。しかし、レッドさんにはそういう……可能性のようなものが感じられるのですよ」

 

 彼女は神妙だが、どこか確信をもったかのような口ぶりで話す。

 

「ふうん……。そう」

 

 ナツメは気丈そうに言葉だけは取り繕うも意気消沈したかのように項垂れる。

 そんなナツメを見て、エリカはまずいと思ったのか話題を切り替える。

 

「そ、そういえばこの前のジョウトカントー間での親睦会でアカネさんとマツバさんがツクシさんに勉強を教えられておりましたわよ。アカネさんに私も引っ張られて化学を少々お教えしましたけど」

「あぁ、そういえばツクシ君もそろそろ追い込みの時期だったわね……。無事に受かるといいけど」

 

 ナツメはエリカの話に合わせようと、適当に当たり障りのないように返す。

 

「ツクシさんはかなりの努力家ですわ。きっと実を結びますわよ」

 

 エリカは確信に満ちた目でそう言った。

 

―10月5日 午後3時 エンジュシティ マツバ邸 居間―

 

 ツクシは自らの虫ポケモンの博士になるという夢を叶える為に、虫研究の総本山であるエンジュ大学を志していた。

 マツバは去年同大学を首席で卒業し、アカネも同じ大学に推薦入学が決まっている。その為、マツバが文系科目をアカネが理系を担当する形でツクシに受験対策を施しているのだ。

 ツクシは生物に関しては折り紙つきの実力の為他の教科を勉強している。

 

 

「マツバさん、これでどうでしょう……」

 

 ツクシはマツバに受験科目であるジョウト史の答案を恐る恐ると見せる。

 1000字の論述問題である。答案には字がびっしりと詰まる。

 マツバは手に取り

 

「どれどれ……。うん、悪くはないけど、山名氏に関する記述が弱いかな。室町幕府において四職の一つを担う程大事な役割を持っていたから問題の『室町幕府と守護のパワーバランスの変遷』を論ずる上では大事な要素だよ」

「ハハハ……大きな視線だけで書いちゃいけないんですね」

 

 そう言うと、障子が開く。アカネがお茶を用意してきたのだ。

 

「お疲れやでー。マツバ、調子はどうなん?」

 

 アカネが三人分の茶を大机の上に分配する。

 

「今、ツクシ君が答案書き終えてね……」

 

 全て言い終わる前に、アカネは尋ねる。

 

「そか。よう頑張ったな! どれ、見せてみい」

「えっ、でもアカネさんは物理とかの担と」

 

 ツクシの発言をアカネは遮って

 

「やかまし! ウチはどの教科でも出来たやろ?」

「うーん確かにそうだったけど……。なんか腑に落ちないんですが」

 

 ツクシの返答に対しマツバは横槍を入れ

 

「別の視点からの添削も大事だよ。試験官にはいろんな人がいるからね」

「さすがマツバや! ナイスフォロー!」

 

 ツクシは少々の時間黙した後

 

「そうですか……。じゃ、渡してください」 

 

 そう言う訳で、マツバからアカネの手に答案が渡る。

 

「おおきにやでー」

 

 アカネは答案を手に取って、興味津々に読みふける。解答の内容というよりもツクシの文字の形や書き方に興味を持ってる様子にもとれた。

 10分ほどが経ち

 

「あの、アカネさん?」

「へ!? な、なんや?」

 

 読む行為に耽溺していたアカネは数回ほど呼ばれて漸く気付く。

 

「全く、メデゥーサにでもとりつかれたのかと思ったよ。それで、どんな感じ? アカネちゃんの添削、聞かせてよ」

「あ……ああ。添削な。せやね、字が綺麗で読みやすいと思ったで! 字だけで惚れて……」

 

 アカネは口からついて出たかのように言った。が、途中で何を思ったか言葉を濁す。

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 ツクシはなんとも複雑な心境そうな表情を浮かべながら、礼を言う。

 一方のマツバは目を丸くして

 

「いや確かに、字は大事だけど……。他には何か無いの?」

「え、他って……」

「内容だよ。僕はさっき山名氏の記述が薄いって言ったけどアカネちゃんはどう思かと思ってさ」

 

 マツバは諭すような声で提言を勧める。

 

「あー。せやね、ウチ的には全体的にもうちょい簡潔に書いた方がええと思うんよ。例えば……」

 

 こうして、ツクシの受験勉強は夜更けまで続くのだった。

 

―2013年 1月31日 午後7時 セキエイ高原 ポケモンリーグ 理事長室―

 

 内国。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウの四地方リーグの頂点に立つ理事長、ワタル。

 彼は次回の定例会前日に当たるこの日、ある人物を呼んで計画の最終調整をしていた。

 

「ヤナギさん。これを明日の定例会の時に布告しようと考えているのですが……どう思われますか?」

 

 ワタルは目の前のソファに座って居る、白髪の老人に計画書を手渡し、読み終えた後にそう言った。

 

「なるほど。イッシュと内国。両国の緊密化を図るために……か。よく考えたのう。問題はこの計画に誰を遣わすかじゃが」

 

 ヤナギは左手を顎に遣りながら尋ねる。

 

「それについてはいい人材が二人ほど居ますよ」

 

―5分後―

 

「ふむ。そうか。だがちと若すぎはせぬか?」

「若いからこそです。ポケモントレーナーになろうという人の中で多くを占めるのはモラトリアム期間を狙う10代。この二人と同じ年齢層です。それに中高年だって若いころの自分にそれを投影して人気を博すかもしれません」

「なるほど……。分かった。好きにするがよい」

 

 こうしてワタルの計画に太鼓判が押される。

 

 

―2013年 2月1日 同所 第二会議室―

 

 ポケモンリーグには4つの会議室がある。

 定例会はいつもこの場所で行われている。

 ワタルが上部中央に座り、そこから交互に1番目~8番目のジムリーダーが着席するのが慣例だ。因みにこの番号は出立の地として選ぶ者が最も多いポケモン研究所のある街を始点とした便宜的なものにすぎない。理由は研究所からの場合だと御三家と呼ばれる珍しいポケモンが貰える為である。

 定期報告を終えると、理事長のワタルの適当な話でいつも終えるのだが、今回は違う。

 

「今回は重大な発表がある」

 

 理事長の一言にその場にいる全ジムリーダーがワタルに目を向ける。

 

「今月、二人のトレーナーを全国に羽ばたかせたいと考えている」

 

 そして、その発言に議場はざわめきだした。

 

「全国って……もしかしてイッシュも含めて?」

 

 ワタルに二番目に近い席に座るカスミがそう呟く。

 

「そう。内国に加えてしめて五地方! そしてそのトレーナーにはその地にいる全力のジムリーダー、四天王、チャンピオンを倒してもらう! それが成った暁には、現在建設中のイッシュ地方のホドモエという街にあるポケモンワールドトーナメントの場で決戦を行い、ポケモンマスターを決定する!」

 

 ワタルは堰を切るように、計画の全容を話した。

 これまで聞いたことも無い壮大な案にジムリーダーたちは目を丸くする。

 

「それで、そのトレーナーって誰なんです?」

 

 タケシが尋ねた。

 ワタルは先程の事でスイッチが入ったのか、機嫌の良い声で答える。

 

「いい質問だ。ジョウト地方のここに居る全員を討ち破ったトレーナー、ゴールド君。そして、今シロガネ山で修行をしている今や生ける伝説となったトレーナー、レッド君だ」

 

 ここにきてエリカが反応を示す。三年前の告白の返事をするまたとないチャンスである。

 

「うおおおす! 中々白熱した戦いになりそうだな!」

 

 カツラが熱意を宿した目になる。

 

「問題は、これをどうやって伝えるかだ。ゴールド君はポケギアで何とかなるにしても、レッド君はそうもいかない。誰か使いを出さないと……」

 

 ワタルは思案投げ首な様子で議場全体に目をやった。

 

「そんな事リーグの委員にでも任せれば良いことじゃないんですか? 不安だと言うならあたし達がポケモン貸しますし。使いっ走りなんてリーダーの仕事じゃないと思うけど……」

 

 カスミがそう返したがワタルはかぶりを横に振る。

 

「甘いよ。カスミ君。あの山は如何なる場合でもただのトレーナーが入山してはいけない決まりになっている。それだけ危険な任務なんだ。専門のトレーナーですらない委員の手には余る仕事だ」

「じゃあ、俺が行きます! 岩ポケモンを使えばシロガネ山くらいどうってことないです」

 

 タケシが手をあげ、率先して引き受けた。

 

「おお、それは頼もしいね。それじゃあ、タケシ君に……」

 

 それで場が決まりかけたその時である。

 

「ま……。待ってください!」

 

 エリカは席を立ち、普段はまずあげない声量をあげて、異議を唱える。

 ざわついていた議場は一気に静まり返った。

 彼女は立席するとワタルにしっかりと視線を合わせる。

 

「あの……。私に任せてはいただけませんか?」

 

 タマムシ第一の令嬢で、汚れ仕事を嫌うエリカがやるとは誰も思わなかったのだろう。ジムリーダーたちは大いに驚いている。

 

「ちょっとエリカ! あんた本気なの? シロガネ山がどれだけ危険か分かった上で言ってるんでしょうね?」

「そうよ! ここは男手に任せるべき!」

 

 そして、やがてナツメ、カスミといった女性陣が止めにかかった。

 

「私、レッドさんには個人的な用事がありますから」

「そうか。じゃあエリカ君……。きつい仕事になるけど、任せてもいいかな?」

「理事長!」

 

 ナツメが立ち上がり、ワタルを牽制する。

 

「ナツメ君。言いたい事は分かるけど、この仕事の危険さが分からない程エリカ君は愚かじゃ無い。その上で彼女は買って出ているんだ。ここは彼女の意志を尊重してあげないと」

 

 ワタルの諭しにナツメは溜飲を下げ、着席する。

 

「それじゃあ、頼んだよ。登る為のポケモンはこちらで用意しておく。あと彼には僕が呼んでいたということだけ伝えてくれればいいから」

「は……はい! ありがとうございます」

 

 こうしてエリカはシロガネ山への派遣任務を引き受ける。

 ここから、栄光と欺瞞が織り成す伝説は幕を開けるのだ。

 

―第〇話 黎明 終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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