伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
―4月22日 午前9時15分 チョウジタウン ポケモンジム―
外は穏やかな風が吹き、
初手の陣容はヤナギがジュゴンとマニューラを、レッドは機を見計らうためにカビゴンを、エリカはルンパッパを繰り出していた。
「マニューラ、カビゴンにけたぐりだ」
マニューラは
最大威力で蹴り上げられたカビゴンは一回宙を舞って、そのまま落ちた。この身軽そうな
相当に鍛えあげていることが見て取れた。とはいえ、所詮は不一致なのでそこまでの致命傷にはならず三分の二ほどの消耗にとどめた。
「ジュゴン。潜れ」
ヤナギはルンパッパへの警戒か、ダイビングへの準備としてジュゴンを水中に潜ませる。
「ルンパッパ。光を集めるのです」
エリカはそれを読んでいたかのように、顔色一つ変えずに冷静な様子で指示した。
「カビゴン! カウンターだ。仕返しをしてやれ!」
レッドはここぞとばかりにヤナギ対策の一環で修行の最中に覚えさせていたカウンターを指示。カビゴンは覚醒し
防御が薄氷の如く
が、そこはやはりヤナギである。
「クソッ……」
レッドはふらふらながらも一応はなんとか立っているマニューラを目にして歯ぎしりする。
気合の
ヤナギはすべて見透かしていたのかその冷厳な表情は
レッドはこのままだとどうあれ次のターンでカビゴンは倒されてしまうと考え、帽子を
が、まだ一体も倒せていない状況下で奥の手を見せるというのはヤナギの思い通りになっているようでどうも面白くないとも彼は思う。この夫婦の切り札は塩雪戦法とリザードンの問大文字だ。因みに塩雪戦法を出す合図はカメックスを出したときにと口裏を合わせている。
つまりレッドに選択権のある三匹のうち、二匹は既に固定されている。レッドは面白くないと思いつつもカビゴンを温存するならばやはり切り札のうちどちらかを出すしかないという事にいきつく。
この間の思考で二分かかっている。そして、ではどちらを出すかに関してレッドの頭中では
「貴方。どうされたのです?」
レッドの動きが止まってから五分。長考を気にかけてかエリカが話しかけた。レッドは小さな声で自らの思案を明かす。
「なるほど……左様でございましたか」
彼女はそういうと数秒考えたのちに
「貴方。ここで手の内を明かすことはありませんわ。まだまだこの戦いは始まったばかりです」
彼女はレッドの思案をきっぱりと否定した。
「いやだってこの状況だぞ……? どうあがいてもこのままだとカビゴンは犬死にだ」
「それこそがヤナギさんの策かもしれません。交替を迫って手持ちに余裕があるうちに奥の手を披露させ対策を練るという……。まだ相手の手持ちが削れていない現時点でそれに乗るのは愚考というものです」
「それはそうかもしれないが、じゃあどうしろって言うんだ」
「貴方、確かカビゴンにはまもるを覚えさせていましたわよね?」
「え……まあ」
レッドはとにかくカビゴンに時間を稼がせることを念頭に置いているため修行中に持久系の技を覚えさせ直していた。因みにほかの技はねむるといびき。
そしてレッドはエリカの言を反芻して漸くエリカの思考に察しをつかせる。
「そういうことか」
「はい。貴方ならばすぐにお分かりいただけると思いましたわ。さて、お年寄りを長く待たせるものではありませんわ。勝負に戻りましょう」
そうして、二人は配置に戻る。
ヤナギはレッドの動きが止まってから
やがて二人が戻るとゆらりと立ち上がり
「長かったの。では再開しよう。マニューラ、カビゴンにけたぐり」
と言って、マニューラはカビゴンの足元に向かう。しかし、その動きは先ほどよりは少々
レッドは確かにそれを感じ取っていたが特に気に留めずカビゴンに指示する。
「カビゴン、まもるだ!」
カビゴンは即座に結界を作り、豪速で近づくマニューラより1mほど前にいかなる攻撃をも跳ね返す鉄壁を作った。
が、弁慶の泣き所というのはどのようなものにも存在するのだ。
ヤナギはあざ笑うかのように、わずかに口元を緩ませ
「
と指示した。
マニューラは自慢の鉤爪を壁にやってまもるの結界を破壊し、そのついでにカビゴンの腹を強く掻く。
幸いにもフェイントはノーマル技の為、カビゴンには大したダメージにならずどうにか耐えた。
レッドはこの事態に目を白黒させる。まさかフェイントという技をここで見るとは思ってもみなかったからだ。
「う……嘘」
と、思わず呟いてしまった。
「甘いのう。レッド。きっとこれはエリカ女史からの差し金であろう。仮に君ひとりならば温存しようとポケモンを交替しただろうに……」
「グッ……」
またもヤナギに心を読まれていたようだ。ヤナギの冷徹な老眼は何物をも見通すのかとレッドは足を
「まぁ良いわ。フェイントを耐えきったというのはちと考えてはおらなんだが……。これでしまいにしてくれる。ジュゴン!」
ジュゴンは水中から銃弾の如く姿を現し、そのままカビゴンのどてっ腹に突撃を試みる。
まもるという結界が破られた今、無防備なカビゴンを守るものはなにもなかった。
「ルンパッパ! ソーラービームです!」
長い間貯めこんでいた
あと2秒指示が遅れていれば間違いなく、その場にはカビゴンが倒れていたが、現実にはジュゴンの横たわった姿がカビゴンの薄い目に映っていた。
ヤナギは静かにジュゴンを戻し、
「ほう。ちと読み違えたな……。それはカビゴンの邪魔となるマニューラに向けられるとばかり思っていたがの……。やはり読み切れぬ御仁よ。エリカ女史。女史の祖母君のカルミ……いや、カルミア殿とよく似ておるわ」
と彼女に言う。レッドにはなぜヤナギがわざわざ言い直したのかが理解できなかった。
「この方と共に過ごした捲土重来への日々を、そう易々と無にされてなるものですか……。お祖母様の名を出して私の心をかき乱す算段なのでしょうがその手は食いませんわ」
「敵わぬのう……。だが次はそうはいくまい、行け、ユキメノコ」
―――――
それから二人はユキメノコやマニューラを撃破した一方、双方の手の内を見せずにどうにか粘り強く耐えてきた。
エリカはルンパッパを一時戻してキノガッサを繰り出したが、カビゴンがマニューラを下したしばらく後にユキメノコの吹雪を食らって倒れ、カビゴンもその時にねむるで回復した分を大幅に削られてしまった。
三度の作戦会議や数々の長考を経て勝負開始から三時間以上が経過し、ヤナギは残り三体。レッドとエリカは残り五体と数の上ではレッド側が有利に思われるがヤナギの真打がまだ姿を見せていない以上まったく予断を許さない状況である。
本当の正念場に勝負は差し掛かっていた。
―同日 午後0時30分 同所―
この頃、ヤナギ側は漸くユキメノコがルンパッパのギガドレインで吸い取られきられて倒れ、ヤナギ側には他にユキノオーがいた。ルンパッパは前述の技ややどりぎのおかげでほぼ無傷。だがカビゴンの残り体力はわずか五分の一である。(このねむるは二回目で、現時点では起きている。ちなみに食べ残しをもたせている)
一方でヤナギのユキノオーは二ターンほど前にでてきたばかりで無傷同然の上に根を張っている為常に回復できる状態である。
天候はヤナギのワンサイドゲームを防ぐためにルンパッパによってにほんばれ状態にはしてある。残り二ターン。
「この私のポケモンをここまで倒すとは、この一か月間遊んできたわけではないようだの」
レッドは内心穏やかではない。
確かに前回に比べてやや有利な戦況ではあるが、それはまだヤナギが前回の切り札になった例の二匹を出していないからだ。いや、そうでなくてもユキメノコやマニューラに関しては前の実力では倒すことはできなかった事は明白であるし、現況でもかなり精神を削った末の勝利である。
ここでまた前回のように切り札を出されたときに逆転されるのではないかという大きな不安が頭をもたげていた。
エリカの方も心境はほぼ同じのようで、序盤の時よりも考える時間が増えていたし作戦を話した時も何度かそのことを懸念していた。
が、それを敵に気取られてはしまいであるとレッドは思い、なかば無駄と思いつつも言葉だけでも毅然に取り繕う。
「当然ですよ。ここでつまずいてたら全国なんてどだい無理ですからね!」
「フ、それもそうだの。では、参るとしよう。行け、トドゼルガ」
トドゼルガが大きな牙を誇らしげに見せながら悠然とその場に姿を現す。前にも見たとおりかなりの貫録である。
前回では素早さの差で負けてしまったが修行に修行を重ねて能力を上昇させた今、その心配をする必要はないが、今出ている中にはカビゴンがいる。カビゴンの素早さは種族値でいえばトドゼルガを大いに下回っているのだ。
「カビゴン! ねむ」
レッドが言い終わる前に、ヤナギが技を指示する。
「トドゼルガ、絶対零度だ」
命中率はトドゼルガとは2レベルほど差があるため32。レッドは当たらないように切に願ったが……。
数秒後、カビゴンは氷塊と化していた。マニューラを葬り、ユキノオーやユキメノコの度重なる猛攻にも耐え抜いた彼は遂に切り札の一撃必殺技の前に散った。
「な……なんてことだ」
一撃必殺技があたるとこんなにも悔しさがこみあげるものなのかと、レッドは数か月前に自らがハヤトにした事を少しだけ後悔した。
「私はあまりこういう技は好かんのだがの……。そろそろ君たちの切り札を見てみたくなってな。こうするしかなかったのだ」
ヤナギは仄かながら言葉に謝意を含めつつそう言った。
「強硬手段という訳ですか……。こうなったら致し方ありませんね」
レッドはエリカを見る。
「もう十分に時は稼げました。今こそが好機です」
エリカは小さな声でレッドに言う。
「よし、行け、カメックス!」
カメックスは漸く出番が来たかと言いたげな風で意気揚々とフィールドに立った。
「ユキノオー、カメックスにウッドハンマーだ!」
ユキノオーは即座に自身の胴体を渾身の力でカメックスに頭から叩きつけた。
その音は非常に鈍く、鉄の如き堅さが彼を襲った。カメックスは咄嗟の判断で甲羅に籠っていたとはいえフィールドを広くめくり上げ、その周囲にヒビを作ってしまうほどのダメージを受ける。
しかし、相当に鍛えていたことが功を奏し、HPは三割ほど残る。
一方のユキノオーは反動で三割ほどダメージを受けていた。
エリカは好機とばかりにいきいきと
「ルンパッパ! ユキノオーに塩水です!」
と指示した。
ルンパッパは口から高濃度の塩水を噴出し、ユキノオーにぶつける。
目論み通り、氷タイプのユキノオーには大いに効き、大量に雪を溶かしてユキノオーは瀕死になり倒れた。
「やった……」
レッドは思わずそうつぶやいた。
作戦通りになったから当然と言えば当然である。
しかし、ヤナギは静かに笑ってこう呟く。
「小賢しいのうご両人……。この程度の策で雪柳が折れると思うたか」
「な……何ですって?」
二人は目を白黒にして答える。
「まあ、今に分かるわ。行け、マンムー」
マンムーは前回同様堂々たる姿でこの場に姿を現した。
「レッド、エリカ女史……。本当の冬の厳しさというのをとくと味わうが良い! マンムー、トドゼルガ! ブリザードだ!」
指示が下ると数秒の沈黙の後、二匹は
ブリザード。本来は極地に見られる地吹雪であるが、
攻撃又は特攻種族値が80以上ある氷ポケモンが同時に吹雪を使うと発生させることが出来る……というのは理論上の話で、その他にも懐き度のみならずそれ以上の相当な信頼関係を構築せねばならず、これを習得できたのも、そして、この技自体を発見したのもヤナギ自身である。
そして、その効果も労力の対価に見合ったもので、数ターンブリザードは吹き荒れて、その間相手の命中率が4段階下がり、毎ターン氷ポケモン以外は四分の一ずつ体力が減っていく。吹雪は必中になり、氷技の威力は二倍となる。そして何よりも恐ろしいのは……
「つっ……。こんな程度で負けてたまるか! カメックス! ありったけの塩水をマンムーにくれてやれ!」
「あいよマスター!」
レッドはブリザードを前にして恐怖に震えていたが、態度だけは毅然に繕ってどうにかごまかそうとした。
ポケモンの前で主人が強張っていては勝てる勝負も勝てなくなる。
カメックスが砲筒からだした塩水はブリザードの中へと飛び込んでいったが、カメックスには全く手ごたえが無い様子だった。
「つっ……どういうことだ!」
レッドには何が起こっているのか全く理解出来なかった。
すると、黙していたエリカが口を開く。
「もしかするとブリザード空間の中で凍ってしまったのでは……?」
「そ、そんな! だってお前塩水はなかなか凍らないって」
「私は凍りにくいとは述べましたが、凝固点が存在しないと申し上げたのではありません。たしかに塩水は普通の水に比べれば凝固点が低いかもしれませんが、それはあくまで普通の水と比べての話です……つまり」
そこまでエリカが言うと、ヤナギが氷の向こうから大きな声で口をはさむ。
「女史の推察の通りだ! ブリザード空間内の気温は零下40度! 如何に塩水といえど凍りつく酷寒よ! ついでに教えて進ぜよう。水に限らず氷以外のすべての有体物はこの空間の中で氷塊と化す! このブリザードのある限り多くの技はここまで届かぬ!!」
二人はそれを聞いて大いなる絶望を覚えた顔となる。
つまり、このブリザードという状態は氷壁とも言うべき結界が生じていると言って過言ではないのだ。
「私がこの技を編み出して以来、これがおさまった後に手持ちを残していた者はおらん。さて、ポケモンマスターを目指すご両人よ。これを越えてみるがいい」
言葉そのものは静か、だが、今まで聞いたことが無いほど強い意志が宿ったかのような声でヤナギは言った。
そして、これを言い終わるとヤナギはまたも沈黙に戻る。
「なんということだ……これがヤナギさんの力なのか……」
「老いてなお世界で一二を争う強さと言われるのも納得ですわ……。どういたしますか?」
エリカも万策尽きている様子で話す。
レッドは20秒ほど黙した後にしっかりとした口調で言う。
「俺は諦めないぞ」
「諦めないって……。この四面楚歌というべき身動き取れない状態でどうするというのです?」
エリカは珍しく後ろ向きである。一カ月近くもの間一生懸命頑張って形にした策をいとも簡単に破られて投げ槍になりかかっているのだろう。
「確かに八方ふさがりといった状況だが……。ここで諦めたら今日まで積み上げてきたことが全て無駄になる。何よりここで諦めてたら全国なんて、とても無理な話。それに……」
レッドは口を結ぶ。
「それに……なんですの?」
「一生懸命修行についてきてくれたポケモン達と……ヤナギさんどころかミカンさんに負けたときも俺を見捨てず側で支え続けてくれたエリカとを……裏切るような真似はしたかないんだよ。だからこそ俺はここで勝たなきゃならないんだ!」
その言葉を聞いた途端彼女は瞳孔を収縮させ、すぐに顔をレッドから背けた。
「ん? どうした」
「い、いえ……。さ、左様ですわね。ここで諦めてしまったら全てがご破算になってしまいます。どうにかしてこの状況を打破しないことには先に進めませんわね」
レッドからは見えてないがエリカは顔を真っ赤にして冷や汗をかきながらそう答えていた。
どうにかこうにか冷静そうに取り繕っているのは流石と言うべきか。
「そうだな……エリカ。お前のギガドレインとかも使えなさそうか?」
「無理でしょうね……あの技は対象が特定できないと意味がないですから」
レッドとエリカの眼前にはそれぞれの手持ちとごうごうと吹き荒れる暴風雪しかない。
マンムーもトドゼルガも影すら見えない有様である。
「うむむ……完全に万事休すだな。基本的に自己強化系の技しか使えないという事か」
そうこうしているうちにトドゼルガとマンムーのダブル吹雪が襲い掛かり、ルンパッパはどうにか体力をごく僅かだけ残し、カメックスは倒れた。
残り三対二。有利だったのがあっという間に互角にまでもつれこまれた。
しかもこのまま進めば二ターンもあれば全滅するのが目に見えている。
レッドの残りのポケモンはリザードンのみ。前回と同じ状況。リザードンが倒れれば敗北は確定的である。
最後の切り札としてレッドはリザードンを繰り出した。
「試しに一度やってみるか……。リザードン! マンムーに問大文字だ!」
「了解! 問題、瀬戸内海に浮かぶ……」
しかし、問題を言い終わる前に
「甘いっ! トドゼルガ! リザードンにハイドロポンプだ!」
その瞬間、左側のブリザードが切り開かれ、その部分から大量の水流がリザードンに直撃した。
一瞬できたと思った空間はすぐにとざされる。
どうやら敵方が攻撃するときだけブリザードに隙が出来るようだがあまりにも迅速な為これを突くことは難しいだろう。
その前にポケモンがどこにいるか推定はできても特定ができるわけではない。
直撃を食らう寸前にリザードンは一か八かとばかりに大文字をブリザードに放った。1mほどは勢いよく進んでいったがすぐに推進力を失い、風と雪にかきけされてしまった。
「くそっ、ダメか……」
「甘いのうレッド君。ポケモンに油断させてその隙に技をかけるというのは常套手段のうちに入るが……。この程度の小細工で厳しき冬を凌げるとでも思うたか。君たちより長くたたかってきた中で同じような手段を使ってきたトレーナーは何度となく見たものよ!」
なんということだろう。二人が懸命に生み出した策はいずれもヤナギの想定内だったというのだ。
ヤナギの恐ろしさをまたも体感するとともにいよいよ追い詰められている事をレッドは深く自覚する。
「つっ……。なんてこった」
先ほどのハイドロポンプでリザードンは三分の二の体力を失う大ダメージを受けた。
「マンムー! ルンパッパに雪なだれだ!」
ルンパッパに天空から雪の大群が襲い掛かる。無論一たまりもなく倒れた。
いよいよ二対二にまでヤナギは追い詰める。
ルンパッパを戻すとエリカはモンスターボールを10個ほど左手に載せて思案していた。いずれも彼女が手塩にかけて育てた精鋭たちである。
とはいえ、やはり圧倒的に不利なタイプで戦っているため相当選定には苦労している様子だ。
「エリカ、迷ってるみたいだな」
「ええ……。このような状況、生まれて初めて直面しましたから……。まさかブリザードの現象が技として成立するだなんて思いもしませんでしたわ」
「そうだよな……それにしてもこれってこんなに雪とか風が強く降るのか。寒いところは大変だろうな……」
と、つぶやいているとレッドはあることに気付く。
そう、ブリザードを構成するのは視界を真っ白にするほど厖大な量の雪と万物を凍りつかせる冷風である。
「エリカ……確かお前の手持ちにダーテングがいたよな」
「はい」
「ダーテングは確か手に持っている葉っぱに強風を起こす作用があったとかラジオで聞いた覚えがあるけど」
「ええ、ですからこのポケモンは追い風を覚えますし、私のダーテングも覚えてますわ」
レッドは数秒ほど黙したのち
「そうか……よし、これなら行けるぞ。エリカ、ダーテングを出してくれ。俺のリザードンは大文字のパワーポイントが切れた保険として熱風を最近覚えさせていたんだ。つまり」
ここまで言うとエリカは合点がいったようで
「なるほど、そういうことですか。分かりましたわ。おいでなさい、ダーテング!」
ダーテングは下駄を悠然と闊歩させながら出てきた。
「リザードン! 熱風だ!」
リザードンは指示が下るとブリザードの空間に向かって、灼熱の熱風を放出する。
熱風は程なくしてブリザードに到達し、風を取り込んで雪から雨へと変え、やがて何も降らなくした。
しかし、その範囲は空間の半分にも届かなかった。
「この程度の技でブリザードが消えるとでも思ったのか。残念だの。そろそろ幕を引くとしよう。マンムー……」
ヤナギの指示が下るよりわずかに早くエリカが
「ダーテング! 追い風です。上に煽り、熱風を吹き上げなさい」
ダーテングは芭蕉扇にみたてた木の葉を大きく振り続けた。
推進力を得た熱風は上昇気流を形成し、雲を作り、やがて雪をも溶かす大雨を降らせた。
暴風雪から暴風雨へと形をかえ、熱風の温度が伝わったことによってあっという間に蒸発。追い風から10分ほどでブリザードは消え失せた。
そして、熱風はそのままマンムーとトドゼルガを
ヤナギは最大の奥の手を崩されて意気消沈かと思いきや、高笑いをしてみせ
「カーカッカッカッ! ブリザードを破りおうたか! 面白い、ポケモンバトルはこうでなくてはならぬわ。押しつ押されつの応酬こそが醍醐味よ! だがの、この程度で折れるほど私は老いぼれてはおらん、マンムー。ダーテングに雪なだれだ」
ダーテングに雪玉の山が崩れかかり、倍加した威力の前に一たまりもなく倒れる。
これでエリカの手持ちが全滅し、残るはレッドのリザードンのみとなった。
「エリカ……。よく頑張ってくれた。いくら礼を言っても足りないくらい感謝してる」
「いえ。妻として当然のことをしたまでですわ。それよりも、今は目の前の事に注力してください」
「
トドゼルガは大量の水をリザードンに衝突させようと試みる。
しかし、リザードンは寸でのところで回避した。
「リザードン! トドゼルガに大文字だ!」
レッドはもはやヤナギに問大文字は通用しないと判断し、一致の水技を覚えているトドゼルガに照準を定める。
トドゼルガは大文字の炎に焼き尽くされ、猛火が発動していることが功を奏し遂に倒れた。
「最後か……。よくぞここまでやったものだ」
「そりゃあどうも」
「だが、どちらのポケモンも満身創痍だの。ここで決着をつけようではないか」
ヤナギからの提案にレッドはすぐに
「そうですね……。行きますか! リザードン! 熱風だ」
「マンムー! リザードンにストーンエッジ!」
2匹は同時に攻撃した。
マンムーの鋭利な岩石とリザードンの熱風が衝突し、数分もの間拮抗する。
その瞬間、ジムの空間は静かな熱気に満ちた。
やがて、拮抗は崩れる。あろうことか岩石がマグマ状に溶解し、下に落ちていったのだ。
そのまま熱風はマンムーに襲い掛かり、断末魔をあげながらマンムーは倒れた。
「やった……」
マンムーが倒れた瞬間、レッドには大きな喜びが駆け巡った。
言葉よりも、苦労が報われたことに対する感情が強い。
「うむ、見事な戦いぶりであった。捲土重来を見事に果たしたの。君たち夫婦のその比翼連理ぶりならば、どのような困難も乗り越えていけるであろう。よし、このバッジを持っていくが良い」
ヤナギは二枚のバッジを二人に手渡した。
「ありがとうございます!」
レッドとエリカはほぼ同時に深々と頭を下げる。
漸く勝ち得たバッジなので、二人は感無量な様子である。
「二人はまだまだ若く春秋に富んでいる。これからの旅においてもより経験を積み、次代を担う立派なポケモントレーナーとなるのだぞ」
その後、二人はジムを後にした。
―同日 午後3時30分 チョウジタウン―
二人はジムを出て、ポケモンを回復させるためにポケモンセンターへ向かっていた。
「漸く勝てたな……。ジョウトもあと一つか」
「ええ。早いものですわね。それにしても一ヶ月の修行が報われてとても心が晴れ晴れとしていますわ」
「ああ。渾身で考えた技を二つとも看破された時はどうなることかと思ったけどな」
「はい……。あの時ばかりはここまでかと流石に諦めかけましたわ」
やはり彼女も相当に追い詰められていた様子であった。
「でもやっぱり諦めないで必死にやればどうにかなるものなんだな」
レッドはそう確信を持った体で力強く言う。
彼女はその後急に黙ってしまった。不審に思ったレッドは尋ねる。
するとエリカは数秒おいて答えた。
「あの……貴方に謝らなければならないことがあるんです」
「なんだ?」
そこからまた彼女は数秒おいて言う。相当に勇気を振り絞ってるようだ。
「実を言いますと、貴方にはずっと隠していた事があるんです。これまでは貴方が……その私の伴侶に相応しいかどうかを見る為に少しだけ色をつけて貴方と話していたり、貴方に非協力的な態度で接していました」
「え!?」
レッドは全く気付いていなかった様子だ。一番好きな人と旅に出ていた訳であり、あまりそういったことに気が回らなかったようだ。確かにエリカの心情が読めなくて困惑したことが多々あったがこのような真意があったとは思えなかった。
「私が本当に男性に求めることは教養や頭の良さといったことよりも何者にも屈しない強靭な精神と強さをもっている事です。貴方と一緒に旅をしてから2カ月余り、レッドさんにはそれがしっかりと備わっていることがよく分かりました」
「一つ聞いていいか」
レッドがエリカに尋ねる。
「何ですの?」
「どうしてそれを今言おうと思ったんだ」
「あの……私としましてはこれからは肝胆相照らす包み隠さない夫婦として旅を進めていきたいのです。ですから、ここでしっかりとけじめをつけておこうと思ったのですわ」
「そうか……そういう事か。つまり俺はエリカに夫として認められたということか」
「はい。貴方を試すような真似をして大変申し訳なく思います。これからは本当の夫婦として生きていきたいと切に思ったからこそこうして本音を申し上げたのです」
レッドは内心、試された事に怒りを覚えないでもなかったが、それ以上にエリカから本音を話してくれたことがとても嬉しかった。だからエリカを責める事は考えなかった。
「そうか。じゃあこれからも宜しくな、エリカ」
レッドは手を差し出す。
彼女は少しだけ躊躇したが、レッドの手を握った。
彼女の手は暖かい。
「あ、握ってくれた」
「何を仰せになるのです。私たちは夫婦でありませんか。手くらい握れなくてどうするというのです。これより先の行為はまだ……ご遠慮いただきたいですけれど」
「そ、そうか」
レッドは内心とても晴れやかになったが、同時に少しだけがっかりしていた。
「フフ。これからも宜しくお願いいたしますわね。貴方」
彼女の笑顔と同じような陽春の日差しがやさしく夫婦を照らしていた。
―第九話 厳冬の果てに 終―