伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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上下編の二話構成です。
→書いてみると予想以上に長くなったため三話構成とします。申し訳ありません。(2017/9/24)


第十六話 フエン騒動(上)

─8月18日 午前11時 フエンタウン ポケモンセンター 男湯─

 

 レッドはとりあえずポケモンセンターに直結している男湯に入り、旅の汗を流していた。

 

「ふぅ……。いい湯だなピカチュウ」

「ピカ!」

 

 季節は夏とはいえ、温泉となれば話は別である。体の芯から浄化されるような湯に浸かり、彼はここに来た時の緊迫感すら薄れつつあった。

 ピカチュウをついでに入れて時間帯のせいか周りに人もいなかったので泳いでいる。

 顔に湯を浴びせていると隣に人が入ってきた。

 

「ふー。おや。あんたここじゃあんま見ない顔だね! トレーナーかい?」

 

 聞き覚えのある声だと思ってその声がした方向を見た。

 それはトウカシティでセンリに門前払いされた男である。

 

「あれ……貴方もしやトウカジムで……」

「ありゃ。あれ見てたんかい! いやー恥ずかしいなぁ。何度頼んでもダメだからこの街まではるばる来たって訳よ」

「はぁ……」

 

 口から先に生まれたのだろうかとばかりに彼は喋り続ける。とりあえずレッドは調子を合わせていた。

 

「そしたらよぉ。本当人生どうなるか分からんもんよ! もうすぐ俺の夢が叶うかもしれねえんだ!」

「ジムリーダーになる夢……ですか?」

 

 レッドはセンリの言った事を思い起こして言う。

 

「おやなんでそんなことまで……」

 

 男はちゃんと顔を見てなかったのか改めてレッドの顔を凝視する。

 すると男は仰天した風に

 

「おやレッド……かい? 伝説のトレーナーで全国を周っているっていう」

「え……ええ。そうです」

「おやおや。早くもここまで来たっていうのか! たまげたねえ。そうか……お連れのエリカさんってのがあのリーダーとツーカーだからそこまで知ってるんだな」

 

 ツーカーというのがレッドには分からなかったが、意味はなんとなく理解した。

 

「ま。いいや。あんた、ここに来たって事は目的は挑戦だろう?」

「そりゃあ……まあ」

「悪いねぇ。薄々分かっちゃいるだろうけど、今この町は色々とあってな。今、”一応”リーダーとなっているアスナは今挑戦を受けているどころじゃねえ」

「い、一応ってなんです?」

 

 レッドは思わず聞き返す。

 サキヒサはにやりと笑みを浮かべて言う。

 

「ついこないだの話だ。あんたなら知ってるだろうが、アスナとその兄、ダイモンは数年前に父親を前にして戦いアスナが圧勝した。だがな、一週間ほど前再度戦って……どうなったと思う?」

「話の流れからして……もしかして、勝った?」

 

 レッドは恐る恐る言う。

 

「いや、やっぱり兄貴が負けたんだ」

「はい?」

「だがな。前のような完敗じゃないんだ。2体も倒されてんだよ」

「え!?」

「その兄貴ってのは一度敗れてから懸命に修行してそこまで腕をあげた……三年前は全く手も足も出なかったというのになぁ」

 

 サキヒサは自信に満ちた顔で言う。

 

─女湯─

 

 女湯ではエリカと同じ時にフエンのリーダーであるアスナが入っていた。

 アスナは元気がなかったので最新版の歩き方で顔を知っていたエリカが話しかけ、男湯のレッドとちょうど逆の立ち位置ではあるが話が進んでいた。

 

「しかしおかしな話ではないですか? そのお兄様というのは修行している素振りなんてなかったのでしょう?」

「あたしのみた限りではそうだったんだけど……。隠れて一生懸命修行してたんだよ。兄さんは確かに前に比べて腕をあげてた」

 

 アスナはうつむき加減に言っている。

 

「左様ですか……。しかしもう貴女がリーダーである事はもうリーグの決定事項でしょう? 先代のお墨付きもあることですし、今更多少強くなったところで……」

「そうもいかないんだ……」

「はい?」

「もう貴女なら聞いてると思うけどさ。あたしはリーダーの伝統……つまり長男が代々継いでいくというのを破ってリーダーになってるの」

 

 エリカは頷く。

 アスナは途端に声を小さくする。

 

「うちみたいな田舎だとさ……。色々とうるさい人がいてね……。そういうのを抑えられたのは兄さんよりも圧倒的に強いという事とお父がいてくれたからなんだ」

「つまり。兄に全く才覚がないとはいえないのだから原則に戻ってリーダーを長男に継がせるのが筋……という方がいらっしゃるということですわね?」

 

 アスナはかぶりを縦に振った。

 

「全くジムリーダーをなんと心得ているのやら……。リーダーは地元の結束などを示すという側面があるとはいえ本分にとってかわるほどのことではありませんわ」

「その通りだよ。エリカさんの言うとおりなんだけど……。ここにいる爺ちゃん婆ちゃんは小さい頃からお世話になった人ばかりでさぁ。言い辛いんだよね……」

 

 アスナは町の仲良くしている人と対立しなければならない事に憂鬱になってるからか下を向いてしまっている。

 

「どういう方が貴女に苦言を呈しているのですか?」

「おもに古くからフエンから住んでる人かな……。うちの町会長とか、温泉協会の会長とか、消防団や自治会の長老さんたちとか……」

「なるほど……だからリーダーの変化に苦言を呈すると。かなり問題は厄介そうですわね」

 

 エリカは合点のいった様子である。

 

「もうね……。嫌なんだよ。血を分けた兄妹だっていうのにこんなことでいがみ合うなんてさぁ……」

「心中はお察ししますが……ここでめげてはいけませんわ。リーグの権威を守るため……そして貴女自身のためにも」

「あたしの……ため?」

 

 アスナはエリカに目を合わせる。

 

「ええ。貴女がリーダーになることはお父様のご遺志なのでしょう?」

「そうよ。遺言書にもきちんと書いてあるし……亡くなる直前もあたしに継いで欲しいと言ってた」

「ならば貴女のこれからの為にも……ここで諦めてはならないと存じますわ。私もお話を聞いたからには同じジムリーダーとして出来る限りの事を致します。ですから……」

 

 彼女は右手をアスナに遣る。

 

「わかった……。あたしももう少し頑張ってみる。迷惑かけるかもしれないけど……宜しくねエリカさん」

 

 アスナとエリカは固い握手を交わした。

 

─男湯─

 

 一方サキヒサとレッドは湯から出てサウナに入っていた。ピカチュウもついでに入っているがバテそうだ。

 

「それで……」

 

 レッドがサキヒサに尋ねる。

 

「ん?」

「そのお兄さんがリーダーになるかもしれないって事がどうしてサキヒサさんに関係あるんです?」

 

 サキヒサは汗をタオルで拭きながら答える。

 

「鈍いねぇあんたも。もしこのままダイモンがリーダーになればそこまで鍛えた俺は副リーダーだ。実際に言質も取ってる。そうなりゃ俺も色々とリーグに行く機会が増えてコネができるだろ?」

「まぁ……そうかもしれませんね」

 

 レッドはとりあえず調子を合わせた。

 

「そうすりゃあいつかはリーダーになる話も転がり込んでくるかもしれねぇじゃないか」

「えぇ……そんな運任せな」

「少なくとも今までみたいに道場破りするよりかはマシだろう。急がば廻れよ」

 

 サキヒサは笑みを浮かべている。どうやら本当にどうにかなると思っている様子だ。

 

「これで田舎にいる母ちゃんも漸く楽にできる……今まで心配ばっかかけてきた。ちと遠いが、まあ仕送りくらいはきちんとしてやれる。俺ぁそれだけで本当に嬉しいんだ」

「お母さんですか……。最近は電話すらしてないな……」

 

 レッドはふとマサラにいる母を思い出した。

 

「そりゃあいかんね。よく言うじゃないか。親孝行したいときには親はなし……ってな。やっておいて悪い事はないぞ」

「ははは……」

 

 その後数十分にわたって我慢比べしたがレッドが根負けして出て行った。ピカチュウは五分で限界だったようで水風呂に走っていった。

 

─午後0時半 ポケモンセンター 休憩所─

 

 それから一緒に温泉から出て同じようにして暖簾から出ていく。

 

「よし。じゃあなレッド。リーダーが代わった暁には手合わせ宜しくな」

「はい。こちらこそ」

 

 そう言うとサキヒサは肩を叩いて去っていった。

 

「ふう……。あれ?」

 

 すぐ近くにあった休憩所の座敷を見ると二人の女性が浴衣を着て横たわっていた。

 横でキレイハナがうちわを扇いでいる。

 そのうち一人の女性が起き上がって顔のタオルをとった。どうやらエリカのようである。

 レッドは靴を脱いで座敷にあがり、エリカに近づく。

 

「あら……貴方。出ていらしたのですか」

「どうしたんだよエリカ。まさかのぼせたのか?」

 

 彼女は少し顔を赤くして頷く。

 

「偶然居合わせたリーダーのアスナさんと話していたらすっかり……。お恥ずかしい話です」

「もしかして隣にいる人?」

 

 アスナも気づいたのか起き上がる。

 

「あれ。もしかしてレッド君?」

 

 アスナがレッドに話しかける。

 

「ええ左様ですわ」

「初めまして。あたしはアスナ! ここ、フエンのリーダーをしているんだけど……ちょっと今ゴタゴタしててね。モラトリアム(最初の8枚を取るトレーナーを指す)の人はともかく、まだ貴方たちと戦える状態じゃないんだ。ごめんなさい」

 

 アスナはレッドに頭を下げた。

 

「こちらこそ……。参ったな。それじゃあどうしようかエリカ。他の街にでも」

「いいえ。私はここに留まりますわ。同じリーダーとしてこれは放っておけませんもの」

 

 彼女は決然とした表情で言う。どうやら本気だ。

 

「はぁ? 正気かよお前。こんな事部外者の俺たちがどうこうできる問題じゃないだろ」

「部外者とはなんですか! 貴方も私もリーグの一員ということをお忘れですか? このままダイモンさんがリーダーになるような事になればリーグの権威は地に堕ちますわ! 如何に長年の慣習といえど、それによってリーグの金科玉条を曲げるかの如き所業は断じて見過ごすわけには参りません」

 

 相変わらずエリカの反論にレッドは圧倒された。レッドはため息をついて

 

「あーもう分かった分かった。確かにこのままじゃ下手すると一周しても終わらなさそうだしな……」

 

 と渋々エリカの提案に乗ることにした。

 

「ありがと……それじゃ、ここではなんだしジムにでも来てよ。詳しいいきさつ話すから」

 

 と言いながら立ち上がると腹の虫が鳴いた。

 アスナは照れた様子で

 

「そういえば朝から何も食べてないんだった……。お昼済ませようか」

「そうですわね……」

 

 三人は着替えと昼食を済ませた後、ジムへ向かった。

 

─午後2時 ポケモンジム 裏口─

 

「あ! リーダー。お帰りなさい。町長さんがおいでですよ」

「ああ……ありがと。会ってくるからお二人をそうね……事務室にでもお通しして」

 

 ジムトレーナーと同じくアスナは憂鬱な様子で言う。

 

「そんな偉い人がわざわざ?」

 

 レッドが尋ねる。

 

「あーちょっとね……。それじゃあ悪いけど、ちょっと待ってて!」

 

 そう言うとアスナはいそいそと客の待つ場所に向かった。

 

「やむを得ませんね……。それでは少し待ちましょうか」

「は、はい! どうぞ」

 

 ジムトレーナーは二人の事を知っているのか、少し緊張した様子で事務室へ案内した。

 

─午後2時10分 応接室─

 

「なあ。アスナちゃん。私らは何もここから出てけと言っとるんじゃぁないんだ。兄さんの顔を立ててやれと言ってるだけなんだよ」

 

 町長は穏やかな様子でアスナに言う。アスナはフォーマルな服装に更に着替えていた。

 

「ごもっともな意見ですが……。しかし私としては父の遺志に反するような事をしたくはないんです」

「そりゃ結構な話だ。あんたのお父さんには私も随分世話になったし、言いたいことは十分に分かる。しかしねぇ。やはりそれでは納得しない人がこの町にはたーくさんいるんだ」

 

 アスナは相槌を打つ。

 

「私もジムリーダーがそういうものではないことは分かっているつもりだがの。それと同時にポケモンジムは地域の協力といわば両輪となってできるものだろう? このままだとアスナちゃんにとっても穏やかじゃあないと思うんだがね……」

「それは……脅しですか?」

 

 アスナは眼光を鋭くする。

 

「ハハハまさか……。ただ私はジムと町は強い紐帯で結び付けられていると言っとるだけだ。アスナちゃんよ。どうしても副リーダーじゃ嫌かい?」

 

 町長はそう言うと煎茶を啜った。

 

「いくらじっちゃ……町長の頼みでもそれだけは致し兼ねます。副リーダーとリーダーでは全く立場が違うと幾度も申し上げたはずです」

 

 ジムリーダーはれっきとしたポケモンリーグから任命された役職であるが、副リーダーは所詮ジム内で決めた立ち位置にすぎないのである。副リーダーを敢えて置いてないジムや待遇が同じジムも多くある。

 町長はため息をつくと、煎茶を飲み干した。

 

「分かった……。アスナちゃんの言い分はそのまま各所に伝える。悪いこと言わないからよくよく考えたほうが良いぞ……」

 

 町長はそのまま応接室を後にする。

 見送った後、片付けの為に再び応接室に戻る。

 

「あ、リーダーいいですよ。片付けはあたしがやりますから」

 

 トレーナーが一足先に片付けをしていた。

 

「あぁごめんね……」

「全くお偉方もしつこいですよねぇ……。リーダーがこんなにダメだって言ってんのに聞きやしないんだから」

 

 トレーナーは台拭きをしながら愚痴をこぼす。

 

「仕方ないよ。実際にしきたりを破ってるのはあたしのほうだからね」

 

 アスナは腕を組みながら力なく笑顔を作った。

 

「でも先代はそれでも良いと仰せになったじゃないですか」

「そうね。だからこそ……」

「リーダー。お二方をお連れしました」

 

 アスナの言葉の間に入るかのように別のトレーナーがレッドとエリカを案内した。

 台拭きをしていたトレーナーはそそくさに済ませて

 

「どうぞ」

 

 と勧めた。

 

「ん。ありがと。それじゃあ入って」

「失礼します」

 

─応接室─

 

「それではまず事のあらましを話していただけますか?」

 

 席についてすぐエリカがそう口を開く。

 

「分かった。まずね……」

 

 アスナは少しずつ事の次第を話し始めた。

 事はアスナ及びその兄ダイモンの父。即ち先代リーダーの死から端を発する。

 数年前の決闘や遺言の通り、アスナがジムを、ダイモンがもう一つの家業にあたる温泉宿を継ぐ事になった。それで万事丸く収まるはずだったが、一週間前に突如ダイモンから再度の決闘が申し込まれ、ジム内で行われた。

 結果、前回同様ダイモンの大敗に終わったが、数年前とは違いアスナ側も2匹ポケモンを失っている。決闘の結果は瞬く間に街中に広まり、伝統に則った手続きに戻すべきだという主張が町の有力者を中心に噴出。

 更に厄介な事に後ろ盾である流れ者のトレーナー、サキヒサの指導の下温泉宿の離れに第二ジムを構えジムは実質分裂。トレーナーの比率としては8:2とアスナにつくものの方が圧倒的に多いが、第二ジムはサキヒサによるポケモンの力と有力者たちの様々な支援によって無視できない力をもっていた。

 町による圧力も日に日に強まりつつあり、近日中にダイモンをリーダーにする推薦状を提出するなどという動きもある。勿論リーグの審査があるためこれだけでアスナが首になるというわけではない。しかしリーダーになって数ヶ月でこのような事態が起こる事そのものが認定したリーグからすれば大失態である。

 

「とまあ……こんな感じ」

 

 アスナは出されたコーヒーを飲み干してしめくくった。

 

「なるほど……事は存外急を要しますわね。もし町長側でリーグに推薦状が提出されればそれだけでアスナさんは理事会議……懲戒の対象になりかねませんわ」

「まぁそりゃそうよね……。そんな事になったらあたしに太鼓判を押してくれたセンリさんやツツジさん……何よりもお父に申し訳ないもん」

 

 アスナとしてもそれだけはなんとしてでも避けたい様子だ。

 

「じゃあまずはそれを思いとどまらせないといけないわけだな」

「そういうことですわ。温泉でも言いましたがやはり私としてはダイモンさんが突如再戦したいと言ったこと……あとは特に修行している様子も見受けられなかった方が急に全力のリーダーのポケモンを倒せるほどの力を得たこと……ここが気にかかりますわ」

 

 エリカがそう言うと

 

「あんなのインチキですよ!」

 

 飲み物を持ってきたトレーナーが立ち聞きしていたのか怒り心頭な様子で荒々しく襖をあけた。

 

「ちょっと! 急に話にはいってこな」

「だってリーダー! うちのトレーナー皆そう言ってますよ! あの試合はどう考えてもお兄さんの方がズルしてます! こんなふざけた試合でリーダーが……アスナさんが辞めさせられるなんてあたしは到底納得できませんよ!」

 

 トレーナーは詰め寄るような格好でアスナに迫る。

 

「トモミ……。その気持ちはすごく嬉しいんだ。嬉しいんだけど……」

「けどじゃないですよ! あ……そうだエリカさん! レッドさん! ちょっと待っててください」

 

 トモミは慌ただしく出て行った。

 

「ふぅ……びっくりしたなぁ。心臓止まるかと」

「ごめんなさい。あの子ちょっと熱くなるとすぐこう向こう見ずで……」

 

 アスナは二人に頭を下げる。

 

「顔をお上げください。これだけ貴女を思ってくれるトレーナーをお持ちで同じリーダーとして羨ましい限りですわ」

 

 とエリカは微笑んで返す。

 そうしているとトモミが帰ってきた。走ってきたのかやや息が切れている。右手に一枚のブルーレイディスクを持っていた。

 

「こ、これ見てください。お二人にもあたしの言ってることがわかると思います! それでは失礼しました」

 

 そう言うと流石に疲れたのか机にディスクを置くと最初とは対照的に襖を閉め静かに立ち去った。

 ディスクカバーのラベルには8月8日の悲劇と書かれている。恐らく彼女がつけたのだろう。

 

「見てみますか」

 

 エリカはそう言うと進んで隅にあるレコーダーに電源をつけ、ディスクを入れた。

 

「アスナさん。これを」

 

 エリカはリモコンを見つけ、アスナに手渡す。流石に全メーカーのテレビの操作法を把握しているわけではないようだ。

 アスナはテレビの電源をつけ、入力を合わせた。すると、当時の勝負の模様がみえてきた。

 

 

─8月8日 午後1時 同所─

 

 場は非常にざわついている。ジムトレーナーが総出で動静を見守っている。

 まず出てきたのはサキヒサだった。

 

「あな……お前か。久しぶりだな。だがいい加減諦めろ。私は父同様お前を雇うつもりは……」

 

 サキヒサはここでも道場破りまがいの事をしていたのか呆れ気味の表情である。

 

「おっと! 今日戦うのは俺じゃねえ! この方だ!」

 

 そう言うとサキヒサの背後から一人の痩躯で文弱な印象の青年が出てきた。

 

「え……。に、兄さん!? どうしてよ?」

 

 アスナは困惑している様子だ。

 

「……」

 

 ダイモンは黙ったままである。

 

「ダイ……お前の兄さんはなぁ! 前にあんたの父さんと戦った時ボコボコにやられて長く傷心だったんだよ! だが、この間からこの俺、サキヒサが稽古をつけてやり、みるみる上達して今やあんたと戦えるほどになったんだ!」

「そうか……。お前が稽古をつけたのか」

 

 アスナはサキヒサを一瞥する。

 

「そうよ!」

 

 意気揚々なサキヒサをよそにアスナは兄に再度話しかける。

 

「兄さん……本気で戦うつもり? まさかお父の言葉忘れたの?」

 

 アスナはフィールドの左側でダイモンと対峙している。

 

「アスナさんよぉ! 兄さんの気持ちを少しは分かってくれや! どうしても兄としてこのまま負けっぱなしじゃあ格好つかねえんだとよ!」

 

 大声で話しているのはサキヒサである。

 

「黙れ! 私は兄に聞いている! お前じゃない!」

 

 アスナは声色を変えてサキヒサを威嚇する。

 

「そうだ……。先生の言うとおりだよ。アスナ」

 

 兄のダイモンは眼鏡をあげて重い口を漸く開いた。

 アスナはダイモンの目をじっと見つめている。

 

「確かに親父は……。俺にあの宿を、お前にジムを与えそれで全て終わりだと言った……。だけどな。逆だろう! 本当なら!」

「そう思うんなら……。どうしてお父が亡くなる前にそう言わなかったの! 今になっていうだなんて……」

「くっ……。間に合わなかっただけだ。何しろ相手は本職のリーダーだ。忙しい経営の合間見つけて育てるには時間かかるからな……。お前みたいに日がな一日鍛えるわけにもいかなかったんだ」

「だからって」

 

 アスナは怒りを抑えきれなさそうな様子だ。

 

「どうせあの頑固な親父に言ったって、お前にゃ無理だの一言でおしまいさ……。それにお前も聞いてるだろう」

「何を」

「未だお前がリーダーであることを歯がゆく思ってるご老体たちの存在だよ」

 

 アスナは目を見開く。

 

「そういう人たちの溜飲を下げるためにも……俺たちはもう一度、ここで戦わなきゃならないんだ。なあアスナ。これは掟を……伝統を破った俺たち兄妹の宿命なんだよ……!」

 

 ダイモンは毅然とした様子で話す。

 

「よっ! 流石はマツノキ(アスナの名字)家の当主だ! アスナさん! ここまで言われたからにはまさか受けないってわけにはいかないよなぁ!?」

 

 サキヒサは恫喝半分なほどに声を張り上げる。

 

「ふっ……。宿命……か。分かった。分かったよ。いくよ兄さん! 行け! バクーダ! ヘルガー!」

 

──

 

 先述の通り、アスナは勝ちはしたが予想外にも二体を失った。

 

「ふざけないで! こんなのインチキよ!」

「そうだ! どう考えてもこんなのおかしいだろ! ふざけんじゃねえよ!」

 

 勝負が終わるとジムトレーナーからは次々とこのような非難がダイモンの元に殺到した。

 

「うるせえ! 黙らねえか!」

 

 しかし、サキヒサが大喝を放つと、一斉に静まった。

 

「ハハハ……。相変わらず強いな。アスナは……だけど。俺も腕をあげただろ?」

 

 ダイモンは負けたにも関わらず爽やかな笑みを浮かべているが、少しだけ冷や汗もかいている。

 

「嘘……どうして……」

 

 アスナはほぼ素人同然の相手に二体も手持ちを喪失する失態を演じてしまい、兄を糾弾するどころではなかった。

 

「ハーハッハ! 天下のリーグ公認のリーダー様もこれでは型無しだな! アスナさんよお! あんたはここにいる兄さんを相手に一体たりとも倒されるべきじゃなかった! それは分かるだろ?」

「くっ……」

「それがこの体たらく! これではわざわざ伝統を破ってまでリーダーになった事の是非が問われるんじゃねえか? え?」

 

 サキヒサはアスナを煽り続けている。

 

「帰れ……」

「ん?」

「帰れ! お前みたいな奴! トレーナーの風上にも置けない! 帰れぇ!」

 

 トモミの一言をはじめとして、次々と帰れコールがジム中にこだまする。

 

「ハッハッハー。ええ帰りますとも。ダイ。参りましょうか」

「ん……あ。ああ」

 

 ダイモンは後ろ髪を引かれるような様子でありながらも、サキヒサにつづいて帰っていった。

 

──

 

 映像はここで終了した。

 

─8月18日 午後4時 フエンタウン ポケモンジム─

 

「これは……あまりにも酷すぎますわ」

 

 エリカ、レッド共に怒りに打ち震えていた。

 

「うん……」

 

 アスナはやはり嫌な記憶なのか少し元気をなくしている。

 

「これじゃあトレーナーの人皆カンカンになるわけだな……。あんなのどう見てもただの素人じゃないか!」

 

 ダイモンはボールの投げ方に始まって、技の選定、タイプの相性、体力の把握……どれをとっても初心者のそれであった。どう見ても修行をして出直してきたとは思えなかった。

 

「普通に考えればアスナさんの敵にすらならない相手だとお見受けしますが……。それにしてもどうして2体も失うような事態に」

「うっ……」

 

 アスナにとってはやはりそれは痛いところである。

 

「そんなの決まってんだろ! そのダイモンってトレーナーがずるを」

「証拠は?」

「は?」

 

 エリカの返しにレッドは当惑する。

 

「証拠はどこにあるのです?」

「そんなのお前、あの動きみてれば」

「確かに初心者ですが……ポケモンは確かに指示を聞いていました。育てるのに夢中でバトルの事はあまり気を配ってなかった。バトルの事はリーダーになるということが本当に視野に入ってから本格的に勉強するつもりだ……。無茶な言い訳ですが、こう言われればおしまいですわよ」

「うう……そうか」

 

 レッドは歯がゆい思いをしている。

 

「一見した限りでは残念ながらダイモンさんが明らかに不正を働いているとみられる箇所は見受けられませんわ。これではバトルに疎い方が勘違いを起こすのも無理はありません……。が」

「が?」

 

 アスナは思わず先を促す。

 

「もし、万一ダイモンさんが不正をしているとするならば……そこのサキヒサさんがかなり怪しいですわね」

「うん……二人は絶対師弟って以外に何かあると思うんだけど……」

「証拠がない」

 

 レッドがそう締める。

 

「困りましたわね……」

 

 三人は黙り込んでしまった。

 気がつくと日が傾き始めている。

 

「もう夕方か……そういえば二人は今日泊まる場所決めてるの?」

 

 アスナが尋ねる。

 

「いいえ。まだです」

「そっか。この近くにはいくつか良くしてもらってる宿があるんだけど……」

 

 とアスナが言った所でレッドが遮る。

 

「いえ。アスナさんの家の宿に泊まらせてください」

「え!?」

 

 アスナは唐突な提案に豆鉄砲をくらった様子である。

 

「貴方……? 正気ですか? 敵地に乗り込むようなものですよ?」

「俺さ……許せないんだよ。こういうの。だから少しでも相手の様子を知りたくて……」

 

 レッドはどうやら先程の映像でやる気をだした様子だ。

 

「レッド君……」

 

 アスナは感じ入ってるのか目を少し潤ませている。しばし間を空けて

 

「分かった、そのつもりならそう手配する。向こうもお客だから無茶はしないと思うけど……まぁ用心はしておいてね」

「ありがとうございます。ところで、このディスクお借りしても宜しいでしょうか?」

 

 エリカが尋ねた。

 

「いいよ。それうちのトレーナーが怒って方方にばらまくためとかなんとか言って焼き増ししたやつの一枚だし……。なんならあげるよそれ」

 

 エリカは礼を言い、頭を下げた。

 

「そういえば思ったんですけど、なんでアスナさんあの時サキヒサさんに対してあんなに厳しくあたってたんです? 今と全然違うじゃないですか」

「あ……ああ! あれね。うちのお父がそんな感じだったから真似して舐められないように……って挑戦者に対してはそういう風にしていただけ。ほらただでさえこんな状況だしさ」

 

 あれはアスナなりの工夫だったようだ。

 その後も数分ほどアスナと話して、連絡先と旅館の場所を聞き出した後にジムを出た。

 

─午後4時半 路地─

 

 日は西に傾きつつあったが、蒸し暑さは相変わらずであった。

 

「はぁ……なんか流れであんな事言っちゃったけどこれ結構な問題だよな……」

 

 レッドは少しだけ後悔している口ぶりで言う。

 

「そうですわね……。しかし全てはここから始まっているのですわ。ここに解決する鍵があると思うのですが……」

 

 エリカは貰ったディスクのケースを意味も無く表裏に返している。

 

「そうだな。俺はどうにもあの勝負には納得できないし……何かからくりがあると思うんだよなぁ」

「とにかく今一度精査してみましょうか……」

 

─午後5時 旅館『松ノ木』 玄関前─

 

 アスナの宿は歩いて1kmほどのところにあった。彼女から貰ったメモによればここが目的地である。

 

「なかなか滋味豊かな所ですわね」

 

 旅館は瓦葺き四階建ての伝統的な日本建築の建物だった。築30年ほどと推定される。

 しかし、いくらお盆明けの時期とはいえ客の入りは芳しくなさそうである。一階の窓ガラスから見た限りだと客と思しき人は数人しか見受けられない。

 

「よし、入るか……」

 

 レッドとエリカは意を決して伏魔殿の扉をくぐっていった。

 

─第十六話 フエン騒動(上) 終─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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