伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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予定を変更し、三話構成にしました。


第十七話 フエン騒動(中)

─8月18日 午後8時 旅館『松ノ木』 5階 支配人室─

 

 ダイモンとサキヒサは机を挟んで今後の事を話していた。

 

「首尾は上々。残すは推薦状の件だが」

 

 サキヒサが自らの盃に酒をつぐ。

 

「ああ……。半分以上はこちらの言うことに賛同しているが……未だに立場を明確にしない人が多くてね。何よりもあの町長がうんと言わないからなぁ」

「あの爺さんか……。最後の砦だな」

 

 フエン最大の名士であり、有力者の中でも最大の発言力を持つのがその町長である。先代のリーダーには大恩があり出来る限りその遺志を尊重する考えのため表向きには中立だが心情はややアスナ寄りだ。

 

「他の人達の顔色を伺ってか判然としない発言が続いてはいるけど……やはり決定打が何か必要になるね……」

「決定打か……。やはりこれしかないか」

 

 サキヒサはモンスターボールを手に持つ。

 ダイモンは不服そうにかぶりを振る。

 

「どうした? ダイ」

 

 サキヒサはダイモンの顔を覗き込む。

 

「ここまで来といてなんだが……やはり気がとがめるな」

 

 ダイモンは机に視線を落とす。

 

「何を今更……。もう既に賽は投げられているんだ。今更どうこうできる話じゃないくらい賢いお前さんなら分かっているだろう?」

 

 サキヒサは鋭い眼光で彼を睨む。ただでさえ恵体で、やや強面の彼である。正反対のダイモンは見るだけで縮こまってしまう。

 

「分かっている。分かってはいるがなぁ先生」

「だったらもう何も言うな。俺の力が必要なんだろう? ポケモンは俺に任せ、あんたはあんたでやるべき事をこなせばそれでいいんだ」

 

 そういうとサキヒサは二杯目の酒を旨そうにあおった。ダイモンは信頼してはいるがどこか落ち着かない表情である。

 

─同じ頃 同旅館 檜の間─

 

 レッドとエリカは二回目の温泉から上がった後、出された夕食を済ませると翌日以降に向けた話をしている。

 先程からアスナより貰い受けたブルーレイを備え付けのテレビにセットして流していた。

 

「それにしても本当人いなかったな……。俺以外数人くらいしか入ってなかったぞ」

「女湯も同様でしたわ。この街の不穏な空気を察してかいそいそと町を出てしまってるのでしょうかね……」

 

 エリカは備え付けの茶櫃から煎茶を淹れながら言う。

 

「早く収めないとやっぱりまずそうだな」

「それは勿論ですわね。ここも元はもっと賑わっている場所のようですし……。事を落着させなければ旅館や温泉を営んでいる方が不憫ですわ……。はい、貴方」

 

 エリカが先程淹れた煎茶を差し出した。

 

「ありがとう……。にしてもどこから取りかかればいいやらな」

 

 レッドはテレビに目を向ける。

 

「先程も申しましたがやはりこの勝負が鍵を握っていると思うのです」

「うん」

「それで見ていて気づいたのが……」

 

 エリカが早送りしてある時点で動画を止めた。

 

「ここです」

 

 エリカがダイモンの着ていたチョッキの内側を指差す。

 

「これは……」

 

 この時、コータスの熱風によって彼の服の内側がめくれて見えていたのだ。

 

「貴方も見覚えがあるでしょう? ジムバッジです」

 

 ジムバッジの付け方はケースに入れたり、巾着袋に入れたり様々だが中にはチョッキやコートなどの内側につける人もいる。どうやらダイモンはそのパターンのようだ。

 

「あまり鮮明ではないので見にくいですが……これを見た限りだと3つしか佩用していませんわね」

「え、ごめんエリカなんだってはいよう?」

 

 レッドは聞き慣れない言葉なので聞き返した。すると彼女は少し間を空けて軽く頭を下げ

 

「着用。していませんわね」

 

 と即座に言い直した。少しだけ彼に配慮しなかったことを恥じているようだ。

 

「ああ……。そうだね。よく見ると左と下にあっておかしくなさそうなのにない……。で、これがどうかしたの」

「貴方。ジムバッジの効果お忘れになったのですか? 他人から譲り受けたポケモンはジムバッジの枚数によって言うことを聞くかどうか見定めるのです」

「え……ああ。そうだな」

 

 御三家を除き全部自力で集めていたレッドにとってはあまり縁がない効果だった為か忘れていたようだ。

 

「て……おい! ちょっと待てよ。エリカまさか……」

「ええ。そのまさかですわ。ダイモンさんはサキヒサさんからポケモンを借用して戦っていると踏んでいますわ」

 

 エリカは確信をもった表情で言う。

 

「貴方。ダイモンさんのポケモンはどのようなパーティでしたか?」

「えっと……ドサイドン、サメハダー、マッスグマ、グラエナ、バクーダ、マグカルゴだっけ?」

 

 レッドは思い出しながら言う。

 

「ええ。その通りです。一生懸命隠そうと進化系のポケモンを多く揃えていますが明らかに強さが段違いでしたでしょう?」

「確かに……ドサイドンとサメハダーが倒れたらあとはもう……」

 

 レッドの言うとおり、その二体が倒れた後は最早総崩れであった。コータスとバシャーモの圧倒的な火力を前にしてただひたすらに散っていくのみである。

 

「明らかに怪しいでしょう? 恐らくはその二体のみサキヒサさんから借りて自分のものかのように使ったのですわ」

「で……でもさっきエリカ言っただろ? あのジムバッジの数じゃ言うこと聞かないんじゃ」

 

 エリカは首を縦に振る。

 

「確かに普通はその通りです。ですからどうにも歯がゆいのですわ……」

 

 彼女は考え込んでしまった。

 少し間を空けてレッドが提案する。

 

「なぁ俺思うんだけど」

「何でしょう」

「やっぱりこれってポケモンの問題だと思うんだ……。だって本来従わないはずなのに指示を聞いて技を出しているんだろ?」

 

 レッドは確認する。エリカは黙って頷く。

 

「だからそっちのポケモンに何か事情があるんだよ多分」

「なるほど……貴方の言うとおりならば接触してみれば分かるかもしれませんわね」

 

 彼女は少し口角をあげている。どうやら、鍵を掴んだようだ。

 

「接触? そんなのどうやって」

「宜しいですか? 例えばですね……」

 

 その後エリカとの会話は夜更けにまで及んだ。

 

─8月19日 午前7時 旅館裏口─

 

 サキヒサは裏口より出て日課の訓練をしようとしていた。

 

「あの……サキヒサさん!」

 

 呼び止めたのはレッドだった。サキヒサは意外そうな表情で彼の方を向く。

 

「おお! レッドか。おはよう。今日はいい天気だな」

 

 この日も朝から強く日差しがさしていた。

 

「え。ああ……そうですね。今日も暑くなりそうで……へへ」

 

 レッドは照れ隠しな様子で笑っている。

 

「それで、何の用だ?」

「あの。俺とポケモン勝負しませんか?」

「うん?」

 

 サキヒサは瞳孔を収縮させている。

 彼は少し間を空けて

 

「ハハハ。悪いなレッドよ。前も言ったがダイモンがリーダーになったら相手してやると」

「いえ。今やりたいんです」

「ほう。どうして?」

 

 サキヒサは興味深そうに尋ねる。

 

「俺。今まで貴方みたいにずっと地位に就かず色々な所を旅してポケモンと向き合って育ててきた人とは戦ったことないんです。バッジの数もすごいし、一回戦ってみたいなぁと」

「そうか……」

 

 サキヒサは暫し横を見た後

 

「分かった。そこまで言うなら付き合おう。ついてこい」

 

 そう言うとサキヒサはオオスバメを繰り出して112番道路の方角へ飛び去る。レッドもそれに続いた。

 

─午前7時30分 112番道路 某所─

 

 サキヒサは森の中にちょうど空いている草地に降り立った。

 

「へぇ……こんな場所があるんですねぇ」

「うむ。このあたりは数年前くらい前に修行に来ててな。それで見つけたんだ」

 

 レッドはキョロキョロと周りを見る。すると草木の奥に不自然な穴を見つけた。

 

「気になるか? あれは俺の作った秘密基地だ。ダイモンに会う前の時は穴場を見つけてはそういう場所を見つけて修行の拠点にしてたんだ」

「へぇ……」

「ま、それはともかく俺と戦うんだろう?」

 

 サキヒサはモンスターボールを構えていた。

 

「は、はい! 勿論です」

 

 レッドもやや遅れてモンスターボールを出した。

 

「よし。では伝説のトレーナーの実力拝見といきますか。行け! ライボルト」

「行け! フシギバナ!」

 

 こうして伝説のトレーナーと流れ者の実力者との戦いが始まった。

 

「ライボルト。オーバーヒートだ!」

 

 ライボルトは指示を受けるとあらん限りの豪炎をフシギバナにぶつけた。

 フシギバナは不一致とはいえ、大文字をも凌ぐ大技の前に四分の三ものダメージを食らった。そして、当然のように白いハーブを嗅いで特攻を元に戻す。

 

「フシギバナ。パワーウィップ!」

 

 レッドは地震も覚えさせていたが、敢えてパワーウィップを選択した。

 新緑の効果もあわさって相当なダメージとなったが、やはり特攻が高いフシギバナでは本来の力が出しきれず半分以上残してしまう。

 

「ライボルト! 10万ボルト!」

 

 流石にオーバーヒートで大ダメージを食らっていたため、この攻撃でフシギバナは沈黙する。

 

「まずは一匹……だな」

 

 サキヒサはそう呟いた。少し自信ありげだ。

 レッドはすまないと思いながらフシギバナを戻す。

 

──

 

 戦いは中盤にさしかかり、レッドは3匹、サキヒサは2匹喪失とややサキヒサが有利な状況で推移していた。

 サキヒサは現在二匹目のロズレイトをピカチュウのボルテッカーで倒され、レッドはそのままだしている。

 

「レッド」

 

 サキヒサは二匹目のポケモン、ロズレイトを戻しながら言う。

 

「はい?」

 

 やや冷や汗をかいていたレッドは拭いながら言う。

 

「お前、まさか手加減してはいないだろうな?」

「まさか! これが全力です」

 

 レッドは強い声色で否定する。

 

「そうか。ならいいが……こいつでいくか。行け! ブラッキー!」

 

 レッドは暫し考えた後

 

「ピカチュウ! 10万ボルトだ!」

 

 ピカチュウは強力な電撃をブラッキーに浴びせる。

 しかし、特防の高いブラッキーには存外大したダメージにならず3分の1程度しか削れなかった。

 

「ブラッキー。影分身」

 

 その後四ターンに渡って同じ技の応酬を続けた。ピカチュウは三ターン目以降外しつづける。

 

「よし……この辺でいいか。ブラッキー! バトンタッチ!」

 

 ブラッキーは指示を聞くとすぐさま戻っていき

 

「行け! ドサイドン!」

 

 回避率を四段階引き上げたドサイドンがその場に姿を現した。

 レッドは目深に帽子をかぶり直し、しばし考えた後

 

「ピカチュウ! アイアンテールだ!」

 

 ピカチュウは素早く前にでて鋼と化した尻尾を叩きつけようとする。

 が、やはり回避率のせいでよけられてしまう。

 

「ドサイドン! 地震!」

 

 ドサイドンは命が下るとこの世の終わりかと思うほどに激しく地面を揺らす。

 ピカチュウは当然耐えきれずに倒れた。

 これを見てレッドは目を見開き

 

「参りました!」

 

 と降参を申し出た。

 サキヒサは下げられたレッドの頭を見て暫し硬直した後 

 

「は?」

 

 と一言口にした。

 

「降参です。サキヒサさん。貴方にはとても勝てません。さすがジムリーダーのトレーナーをやってるだけあります」

「いや……本当か? 俺の……勝ちなのか?」

 

 サキヒサは漸く状況を理解した様子だ。

 

「はい。貴方の勝ちです。まだまだ俺も修行がたりないと思いました」

 

 レッドは頭を上げて言う。

 

「そ、そうか……。なぁ、本当にあれが」

「はい。俺の全力です」

「そうか……そうか! ハハハハハハ!」

 

 サキヒサは高らかに笑う。どうやら漸く勝利を確信したようだ。

 

「あの……それでなんですが」

「何だ?」

 

 サキヒサは嬉しそうな様子で言う。

 

「サキヒサさんの修行に……俺達のポケモンも混ぜてくれないかと思って……」

「おお! いいぞ。今日は合同訓練だ!」

 

 サキヒサは笑いながらレッドの背中を叩き、森の中へ進んでいった──

 

─午前10時 フエン町役場 3階 会議室─

 

 エリカはアスナと連れたって、町長を呼び寄せて相談をしていた。エリカは正装とばかりに和服を召している。

 

「本件はリーグの権威にも関わる重大な問題です。私はアスナさんと同じくリーグに籍を置くものとして安易なリーダーの変更は断じて容認しかねますわ」

 

 エリカは毅然とした表情で町長に言う。

 

「貴方は確か首都の……タマムシシティのジムリーダーでしたのう」

「ええ。左様ですが……」

「都会の人には分からんだろうが、この町には色々としがらみやらしきたりがあってのう。そのもとに我々は暮らしておる。フエンのリーダーもその中の一つ。明治二十五年の創設から先代までの三代にわたり、代々リーダーは長兄が継ぐというしきたりになっておりますのじゃ。そういうことでこの町は決まっておるのでの」

 

 町長はやはり穏やかな様子で、しかし確実に伝えている。

 

「私はアスナちゃんのご尊父……まぁつまり先代から大きな恩がある。それにあの人とも深く付き合ってきたつもりじゃ。決して軽い考えでアスナちゃんを後継に選んだわけではないことは分かっとるし、出来る限りはそれを尊重したい」

「ならば……」

 

 エリカが続けようとしたところで遮る。

 

「じゃが。私は町長だ。もう30年はここの町政を司ってきた……。この町は非常に穏やかで犯罪などめったに起きん実に良い町だ。それはやはりここの町民や、力のあるものがしかと連携し、紐帯を保ってきたからこその賜物なのじゃ。分かるか? この事で町の連携を崩したくはないのだよ」

 

 町長のまなざしからしてそれが本心であることは自明だった。しかし、エリカは猛然と反論する。

 

「詭弁ですわ。確かにそれで町の安寧は守られているのでしょう。されど、リーグまでそれに縛っては困りますわ。もしそんな事がこれからまかりとおるようになればジムリーダーはトレーナーとしての実力ではなく、町や権力者の都合のみで選ばれることになりますわ! そんな事になればリーグの権威は最早無きに等しきものとなるでしょう」

「勿論。そちらにはそちらの都合があるのだろう。だが、こちらにも相応の事情があるのだと理解してもらいたい」

 

 議論は平行線をたどったままである。ここでエリカがあることを提案した。

 

「このままでは埒が明きません。こうなればもう一度この町の有力者たちが環視の下でもう一度勝負を行うべきだと存じます」

 

 アスナも同様に頷いている。

 

「君たちもそう言うか……」

「君たちも……? どういうことです?」

 

 アスナが尋ねる。

 

「いや。ダイモン君たちもな。同じことを言ってきおったのだ。私らが見ている前でもう一度アスナちゃんと戦いたいとのう」

 

 エリカはその事にしめたとばかりに喜んでみせ

 

「宜しいですわ。そういうことならばそうしましょう……。戦う日まで推薦状の提出は行わないということで良いのですね?」

 

 エリカは念押しとばかりに尋ねる。

 

「もう一度集会をせねば確定したことは言えんが。……まぁそういう事になるかの。追って日時は知らせる」

 

 そう言うと町長は会議室を後にした。

 

「エリカさん……本当に、もう一回勝負すれば上手くいくの?」

 

 アスナは不安そうな視線をエリカに向ける。

 

「大丈夫です。きっと……レッドさんが証拠を持ってきてくださいますわ」

 

 エリカは確信を持った表情で言う。

 

「証拠って……。エリカさんも、兄さんが不正をしてあたしと戦った。そう思っているの?」

「ポケモントレーナーならば誰でもそう思いますわよ」

「まさか……。兄さんに限って」

「アスナさん。トレーナーの力というものはそう一朝一夕で身につくものではないということはご存知でしょう?」

「そ、そりゃあそうだけど」

「ダイモンさんは申し訳ありませんがあの勝負の模様を見た限りでは付け焼き刃程度のことしかやられていないと思います。にも関わらずその何十倍、何百倍も修行されたであろう貴方の手持ちを打ち破っている……。これにはどう考えても何かがあると思わざるを得ませんわ」

 

 彼女は淡々とした調子で話す。

 

「で、でもエリカさんだって証拠がないと言ったじゃない! ポケモンが指示を聞いていると言うことはあのポケモンは紛れもなく兄さんが育てたものという証拠に……」

「それこそが盲点ですよ」

「え?」

「とにかく、レッドさんが必ずやその証拠を見つけ出してくださいます。トレーナーの……リーグ公認のジムリーダーとしての大義にかけてそれを証明してみせますわ」

 

 エリカは強い意思を持った眼差しをアスナに向ける。

 

「エリカさん……どうしてそこまで」

「私のジムも大正の頃にこのような分裂騒動があったのです……。騒動は数年にも及び、抗争の間で何人か亡くなった事も相まって当時のリーダーであった私の高祖母は大変な苦労に見舞われたと当時の記録からは伺えます。しかし、多くのトレーナーが貴女についている今ならば。そこまでの事態に発展する前に事を収められると思うのです」

「そうだったんだ……」

「それに、同じジムリーダーとして実力あるものが所属する町の勝手な都合でリーダーの座に就けないというのは看過し難き事です。もしこのままダイモンさんがリーダーになれば貴女のジムトレーナーの方が猛反発してそれこそ血を見なければならない事態にもなりかねません……そうなれば」

 

 エリカはそう言うと言葉を詰まらせる。

 

「最悪の事態になるんだろうね……」

「そうなる前に、有力者の見守る前で今一度勝負を行い、どちらが正当なのか。黒白をつけることが肝要だと思いますわ」

 

 アスナは息をついた後

 

「分かった。そこまで考えているならあたしはもう一度兄さんと戦うよ。このままリーダーの座を奪われたんじゃお父に申し訳が立たないしね」

「私は必ず貴女を守ります。信じてください。来週にはきっとこの町は賑わいを取りもせますわ」

 

 エリカとアスナは再度、固い握手を交わす。今度は本当に互いを信頼したようだ。

 

─午前8時40分 112番道路 森の草地─

 

 あれからサキヒサとレッドは合同に訓練を行うこととして、互いのポケモンと親睦を深めるという題目のもとに全てのポケモンが場に出ていた。回復は既に済ませている。

 レッドとサキヒサはとりあえずはポケモンに任せて、秘密基地へ入った。

 とりあえず互いのポケモンたちは円を作って話し合っている。

 

『マスター。どう考えてもあの戦いはわざと手を抜いているよなぁ……』

 

 そう言ったのはカメックスだった。彼は二体目のポケモンとして出され、敢えて最高火力のハイドロポンプではなく特に有利な相手でもないのに不一致技の冷凍ビームなどを使わせるなど明らかに変であった。全力を出せなくて不興顔のようだ。

 

『うむ……。確かに相手は強かったが、降参するほどじゃないよな。あのヤナギとかいうのにも降参しなかったのに……』

 

 フシギバナも同調する。

 

『ピカチュウ。お前何か聞いてないのか』

 

 カメックスはピカチュウに尋ねる。ピカチュウは温泉から出た後も長くレッドと一緒に外に居たのだ。

 

『僕……サウナに疲れて寝ちゃっていつの間にかボールに戻されちゃったから』

『チッ。なんだ頼りにならんなあ……』

 

 カメックスは苛立ちを見せている。

 

『ごめん』

『まあまあカメ……。そんなカッカせんでもいいだろ』

 

 リザードンは仲裁にかかったが

 

『お前は出されなかったからそんなこと言えるんだよ!』

 

 カメックスが目をいからせて反駁した。あの戦いで出されたのはフシギバナ、カメックス、カビゴン、ピカチュウである。

 

『いいか! マスターはなぁ! 例えそこらの短パン小僧が相手でも全力で戦う信条なんだよ! それなのに……それなのによぉ……!』

 

 カメックスは心底納得言ってない様子である。拳を何度も地面に叩きつけて大いに悔しがってる。

 

『まあまあ落ち着いて……。きっとレッドにも何か考えあってやってると思うよ』

 

 ピカチュウはカメックスの甲羅を撫でながら宥める。

 

『考え……? なんだそれは』

 

 カメックスは目に涙を浮かべていた。

 

『それは分かんないけど……。レッドがあんな事するってことはやっぱり何かあったんだよ! ね、リザードン』

 

 ピカチュウはカメックスがいたたまれなくなったのかとりあえず隣に居たリザードンに同意を求める。

 

『ん……。あれだけ負けず嫌いのあいつが降参したっていうからには余程の事情があったんだろう。俺が聞いてこようか?』

『そうだな……俺たちじゃさっき負けたばかりで話しづらいかもしれんし……頼んだ』

 

 フシギバナがそう託した。

 やがてポケモンたちは散開し、思い思いの事をしていた。同じタイミングで向こうのポケモンたちも散り始め同じことをしている。

 

─同じ頃 同所 秘密基地─

 

 サキヒサの秘密基地は念が入っていて地面がむき出しになってる以外は本当に家かと見紛うほどに整っていた。

 

「へぇ……すごいですねぇ。シロガネ山で篭っていた時もここまではなかなか……」

 

 レッドは心の底から感嘆の言葉を送った。事実レッドはシロガネ山の洞窟を転々としていた為に最低限の用意しかしていなかった。

 

「いやぁ実家が元家具屋でな……。ガキの頃からタンスとか引き出しとか作るのよく手伝わされたもんだからこんなの朝飯前よ!」

 

 サキヒサは得意気に言う。

 

「ま、座んな。コーラ飲むか?」

 

 サキヒサは冷蔵庫からコーラを取り出す。電気はどうやらレアコイルで賄っているようでコンセントと磁石がつながっている。

 

「ああ……それじゃお願いします」

 

 レッドは木でできたテーブルにつく。レッドはコーラを、サキヒサはコーヒーを用意してそれぞれの前に置いた。

 

「それにしても本当にお強いですね……。あのドサイドンとか相当育てたでしょう?」

 

 レッドはまず先程の勝負を振り返った。

 

「ん……。ああ、まぁな。あれは俺が一番最初に捕まえたポケモンでな……」

 

 サキヒサはコーヒーを一口啜る。

 

「まだ小学校に入るかどうかの頃だったか……。そん時に母ちゃんに連れられて行ったミナモ近くのサファリで捕まえたのさ」

「サファリって事は……まだサイホーンですね?」

 

 レッドはセキチクにかつてあったサファリゾーンを思い出しながら言う。

 

「そうよ。なんだ知ってんのか?」

「いえ……カントーにもセキチクにサファリがあったので……」

 

 それを聞くとサキヒサは嬉しそうに

 

「ほう。じゃあ行ったことあるんだな?」

「はい勿論! ガルーラとかストライクとか色々と……」

「へぇ。結構いいの捕まえたな。あそこ苦労するよなぁ。ポケモン使えねえから」

 

 サキヒサは思い出しながら言う。

 

「まぁ楽じゃないですねぇ。餌と泥を上手く使わないと逃げられちゃうし……」

 

 レッドも当時を思い出しながらまた嬉しそうに話す。

 

「そうそう。珍しいの見つけたと思ったらちょっと餌あげただけですーぐすたこらさっさってな。全く現金だよなぁ」

 

 二人はしばらくサファリ談義に花を咲かせていた。

 ひとしきり話した後、

 

「まぁとにかくな……。そこで捕まえたサイホーンが俺の初めての相棒だったわけよ」

「しかしサイホーンは中々躾けるのが難しいでしょう」

「おうよ。最初はなかなか懐かなくて何度突進されて死にかけたことか……。ほら、この腕」

 

 サキヒサは右肘の近くから二の腕にかけての太い傷跡を見せた。

 

「これは?」

「捕まえてから数日くらいした時にサイホーンの角がたまたま掠って……確か骨まで見えたんだよ。まーあん時は大騒ぎだったね」

「ひぇー! よく腕が無事に済みましたね……」

「たまたま母ちゃんが近くに居てすぐ病院連れてってくれたからな……。それでも暫くは動かなかった」

 

 サキヒサは懐かしそうに当時の事を話す。

 

「あの時は父ちゃんも母ちゃんもカンカンになって『もうポケモントレーナーになるなんてやめなさい!』って言われたもんだよ。でも俺はな……あの人に憧れてたんだ」

「あの人?」

「なんだ知らないのか? ダイゴさんだよ。ツワブキ・ダイゴ」

「え!?」

 

 レッドは意外な人物の名前に目を丸くした。

 

「後に若くして理事長になった男だが……俺がガキの頃はモラトリアム期間で初めて殿堂入りまでこぎつけたあのダイゴって人はすごく輝いて見えたんだ。俺もあんな風になりてぇってな。同じクラスの奴はみーんな同じこと考えてた」

「へぇ……」

 

 1991年。当時12歳だったダイゴはモラトリアム期間内で初めて手加減状態といえども(リーグ法の規定でチャンピオンや四天王が全力を出すのはバッジを10枚以上取得した人間のみ)チャンピオンに打ち勝ち、そのことは日本中から賞賛されるほどの快挙であった。

 世間の幼稚園児から中学生に至るまでダイゴを真似て鋼や岩タイプのポケモンを手に入れたり、髪型を真似るものも出てくるなど一種の社会現象とも呼べるほどのブームを引き起こした。まだ一割程と比較的少なかったモラトリアム利用者が爆発的に増えたのもこの年度からである。また、10代のジムリーダーが増えたのもこれに後押しされたとの見方もあるほどで後世への影響も大きかった。

 サキヒサがサイホーンを手に入れたのはその真っ只中のことである。

 

「だから頑固にもそこから続けて、サイホーンを手懐け、そこから俺のトレーナーとしての物語がはじまったわけよ」

「なるほどー。そんな話があったわけですね……」

「トレーナーになってからも色々あったが……。とにかく俺はこの12枚のバッジを手に入れ、漸く念願のジムリーダーへの夢が近づこうとしているんだ……」

「……」

 

 レッドはコーラを飲みながらサキヒサの言動を注視する。

 

「トレーナーになることを反対していた母ちゃんも今では応援してくれてる……。今が本当に踏ん張り時なんだ」

「あれ……そういえばお父さんはどうされたんですか?」

 

 サキヒサはコーヒーを飲み干し、カップを置く。

 

「死んだよ」

「え!?」

「自殺さ。バブルが弾け、大口からの注文がストップして首が回らなくなってうちは潰れた……。その後の苦境に耐えられなくなって死んだのさ……」

 

 1991年から始まったバブル崩壊は不動産や金融業をはじめとして様々な所に深刻な影響を及ぼし、サキヒサの家も例外ではなかった。崩壊後は国産家具の需要が激減し、サキヒサと同様に倒産を余儀なくされた同業者は少なくない。

 サキヒサの父が自殺したのは崩壊から四年後、サキヒサが10歳の時であった。

 

「全く。あと20年も生きていれば……俺が楽にさせてやったのによぉ」

 

 サキヒサは悔しそうにおかわりのコーヒーを飲んでいる。

 

「あの……辛いことを思い出させてすみません……」

「いや。いいよ。その分母ちゃんを幸せにすればいい話だからな。苦節十八年。必ずこの宿願は叶えてみせる」

 

 サキヒサは強い決意を宿した目で言う。

 

「……」

 

 レッドは良心の呵責に苛まれつつあった。

 そうしていると、リザードンが入り口までやってきていた。

 

「おや。レッドの手持ちだろう?」

「あ。そうですね。じゃあちょっと」

 

 と言ってレッドは中座した。

 

─草地─

 

「どうした?」

 

 レッドは外に出て少し距離をあけた後に尋ねた。

 

「レッド。正直なところを話してくれないか?」

「は? 何のことだよ」

 

 唐突な話でレッドは当惑している。

 

「カメの奴。全力を出させてくれなかったことにひどく怒ってたぞ。俺ならあの程度もっと潰せたって息巻いてる」

「ああ……そうか」

 

 レッドは帽子を目深に被り直す。

 

「お前たちには本当に申し訳ないと思ってるよ」

 

 レッドは切実な表情で言う。本当に心の底からの言葉だった。

 

「何か、理由があるんだろう? 先生に何か言われたのか?」

 

 先生とはエリカの事を指す。レッドは回りを見渡す。サキヒサのポケモンやレッドのポケモンが混在している。

 

「悪いな。ここじゃ言えないんだ」

「レッド!」

「時期が来たら必ず話す。あいつらにはすまなかったと俺が言ってたとだけ伝えてくれ」

 

 リザードンは少し間を空けて

 

「分かった……」

 

 と言いながらカメックスたちのいる方向に飛び去った。

 

─秘密基地内─

 

「済んだか?」

 

 サキヒサがレッドに尋ねる。彼は三杯目のコーヒーをカップに淹れていた。

 

「サキヒサさん。そんなに飲んだら胃に穴があきますよ……」

 

 と言いながら席につく。レッドのコーラはあと半分ほど残っていた。

 

「なに。大丈夫よ。俺は鉄の胃袋だからな」

 

 そんなことを言いながらごくごくと口に含んだ。

 

「なあ。レッド」

 

 呼ばれたレッドはサキヒサに改めて向き直る。

 

「本当の所を話してくれないか?」

「はい?」

 

 レッドはデジャヴにも似た感覚を覚える。

 

「どう考えてもおかしいんだ。レッド。俺が各地で聞いた限りじゃお前はどんなに絶望的な状況下でも決して降参はせず、果敢に挑み続けるってな……」

「……」

 

 レッドは口を真一文字に結んでいる。

 

「もう一度聞くぞ。あれが本当にお前の実力なんだな?」

 

 レッドは葛藤にかられたが、少し視線をサキヒサから逸した後、しっかりと目を合わせる。

 

「はい。紛れもなく俺の全力です」

「そうか……」

 

 そう言うと、コーヒーをまた口につける。喉に流し込んですぐカップを口から放しながら言う。

 

「”ここじゃ言えないってなんだ?”」

 

 レッドはその言葉に激しく動揺した。

 

「え?」

「とぼけるな。こいつはちゃんと聞いてたぞ」

 

 と言いながらレッドの背後から出てきたのはウソッキーだった。

 

「え……それもしかして……ウソッキーですか?」

「ああ。自然公園に行く途中で道塞いでたからな……。捕まえてきたんだ」

 

 サキヒサが顎で指示すると

 

『悪いな。ここじゃ言えないんだ』『時期が来たら必ず話す』

 

 とレッドの声に出来る限り似せて話した。これはものまねという技から用いたのだろう。

 レッドは予想だにしない事態に直面し、面食らっていた。サキヒサは礼を言ってウソッキーを草地に返す。

 

「……」

 

 レッドはとりあえず黙った。

 

「どういう事なんだレッド? 答えろ」

 

 サキヒサは立ち上がってレッドに詰め寄る。近づいた口からはコーヒーの香りがする。

 かなり凄みをきかせており、レッドは逃げ出したい気持ちにも駆られていた。

 

「それは……言えません」

 

 永遠ともいえるほどの時間の沈黙を破ったのはレッドだった。

 

「んん?」

「あいつは……俺を信じているから……俺もあいつを裏切れない……いや、裏切ってはダメなんです」

 

 レッドはサキヒサの気迫に気圧されないとばかりに毅然とした態度で言う。

 

「その口ぶりからすると……お前の相棒からの差し金かい?」

「さあ。ご自由にどうぞ」

 

 レッドは同様の調子で答える。

 

「ふっ……そうかよ」

 

 サキヒサはどっかりと椅子に座りなおす。とりあえずは諦めたようだ。

 

「変に脅すような事言って悪かった。どうだ? コーラいるか?」

「いただきましょう」

 

 例えサキヒサがどうあろうとレッドは投げ出すわけには行かない。彼は内心怯えながらも態度だけは気丈に振る舞っていた。

 

─草地─

 

『マスターは時期が来たら話す……そう言ったんだな?』

 

 カメックスはリザードンに尋ねる。

 

『ああ。そうだ。何も考えなしにあんな事をしたわけではないという事だ。不十分かもしれんがこれで納得してやってくれないか?』

『そっか……。レッドがそう言ったんならきっとそうなんだよ。ここはこれで収めようよ。皆』

 

 ピカチュウはそう言ってフシギバナやカメックスを宥める。カビゴンはやはり寝ていて気にかけてもいない様子だ。

 

『わかった……。その時期とやらがきたらまた問えばいい話だ。なぁカメックスよ?』

 

 カメックスはフシギバナの意見にやや遅いながらも首を縦に振った。

 

『ふう……。これで一見落ちゃ』

 

 とピカチュウが額の汗を拭こうとした時、ボールが足元に転がってきた。

 ピカチュウが掴んで転がってきた方向に身体を向ける。すると、ボールの主が駆け寄ってきた。

 どうやらサキヒサのブラッキーのようである。

 

『……』

 

 ブラッキーは駆け寄ってきたと思うとピカチュウを黙って見つめている。

 ピカチュウは不思議に思いながら

 

『返すよ』

 

 と背中にボールを載せてあげた。

 

『……混ざる?』

『え?』

 

 ピカチュウが当惑していると、ブラッキーが前足で転がった方向を指し示す。

 どうやら向こうではプラスルやマイナン、ライボルト、エーフィなどがこちらを気にしながら見ていたようだ。

 

『クロちゃん? まだ?』

 

 エーフィがこちらを見ながら話す。ブラッキーは急かすような眼差しをピカチュウに送る。

 ピカチュウはニッコリと笑って

 

『いいよ! 遊ぼ!』

 

 とボールを抱えながら同じ輪にはいっていった。

 

─午前11時 同所 木陰─

 

 ピカチュウはすっかり打ち解けてそのポケモンたちとボール遊びをしたり、缶けりしたりして遊んでいた。

 さすがに二時間以上ぶっ通しでやり続けたので疲れて一旦川近くにある木陰で休んでいる。ピカチュウは最初に関わったブラッキーやエーフィと一緒だ。

 

『ふう。疲れたぁ』

『ピカちゃん本当に早いのねぇ。私、一回もつかまえられなかったわ』

 

 エーフィがそうピカチュウを褒める。ピカチュウは照れくさそうな表情で

 

『へへへ……。エーフィだって凄かったよ! 途中ちょっかいかけてきたスバメの集団サイコキネシスで蹴散らしてくれたじゃん!』

 

 とエーフィを褒め返す。

 

『やーねぇもう! バトルだったら私よりクロちゃんの方が上手なのよ! 私みたいな火力系は上にフーディン先輩がいるし……。クロちゃんはマスターのパーティーの中ではかなりの鉄壁なの!』

 

 ブラッキーは寝ているが、聞こえてるのか否か足で頭を掻いている。

 

『もうまた寝たふりしちゃって。褒められるといつもこうなの。まぁそこもクロちゃんのいい所なんだけどね』

 

 エーフィは笑いながら話す。その表情はとても幸せそうだ。

 

『へー。確かに僕の渾身の十万ボルト二回も耐えてるもんねぇ。確かに鉄壁かもしれないね!』

 

 ピカチュウもやはりその点は認めているようだ。

 

『…………。お前もっと強い技覚えてただろ』

 

 ブラッキーはボソッと呟いた。

 

『へ?』

『ほらやっぱ寝たふり!』

『う……うるさいな! 今目が醒めたんだ!』

 

 ブラッキーはエーフィに吐き捨てた後、寝ながらピカチュウに視線を戻す。

 

『で、話戻して……あれはお前の本当の全力じゃないだろ? ん?』

『そんな! 僕はあれでも本気で10万ボルト出してたよ!』

 

 ピカチュウは電気袋から僅かに電光を発しながら言う。

 

『ごまかすな! さっきロズが泣きながら愚痴ってたんだぞ。ボクの美しい花はあの化物みたいな突進でかきけされたー! って』

 

 言うまでもなくボルテッカーのことである。

 

『あーあれ……』

 

 ピカチュウは耳をしおらせる。

 

『まぁ……ポケモンバトルはマスターの命令に従わなきゃならない。だから別に出さなかったこと自体を責める気はないが……。ちょっと気にかかったからな。すまん』

 

 ブラッキーは立ち上がって頭を下げた。

 

『ああいいよ別にそんな……』

『全く変なところで突っかかるんだから……。ま、悪タイプだからしょうがないかもしれないわねん』

 

 エーフィは何もかも知っているようだ。

 

『ふん……。俺はもう一眠りだ。皆が休憩終わったら起こしてくれ』

 

 そう言うとブラッキーはまたも眠りの態勢に入った。

 

『はいはいおやすみなさいね』

 

 エーフィはポンポンと頭を撫でた。やはり嬉しそうだ。

 

『ほんとに仲いいんだね……』

『まあマスターが9個目のバッジ手に入れる為にパーティー強化しだした頃、同じ日に進化した仲だからねー』

『へぇ……。ってそれどれくらい?』

 

 ピカチュウは納得しかけたが聞き返す。

 

『そうねぇ……かれこれもう7年にはなるかしら』

『7年!?』

 

 ピカチュウは予想外の数字に驚いている。7年といえばレッドがピカチュウと出会ってから今までの年数よりも更に長いのだ。

 

『あら。こんな程度で驚いちゃダメよ。最古参のドサイドン先輩なんて22年連れ添っているんだから。もう真の相棒って言った感じね。マスターも一番大切にしてる』

『チャー……』

 

 ピカチュウはあまりの数字に目を回しそうなばかりである。

 

『私とクロちゃんなんてこの70匹はいるマスターのパーティーの中じゃ新参者の方よ。それでもマスターのベストメンバーの中に入ったんだからクロちゃんはほんとすごいのよ! 私も少し前まではそうだったんだけど最近は耐久と火力の均衡を考えるようになって、私はどちらにも入れないから二軍落ちで……。それで今はクロちゃんのお世話係ってわけなの』

『なるほど~。エーフィはそれでもいいの?』

 

 ピカチュウはエーフィになんとなしに尋ねる。

 

『最初はまぁ落ち込んだけど……。でもいいの! マスターは皆のことよく気遣ってくれるし、ちゃんと一匹一匹を大切な仲間として見てくれるもの! 皆、マスターの事は心の底から尊敬し、慕っているわ。それに』

 

 エーフィはすやすやと寝息を立てるブラッキーの背中を撫でている。

 

『クロちゃんはかわいいし、昔からよく知ってる仲だから飽きないもの。今はとっても幸せよ』

 

 そう語るエーフィの顔は実に満ち足りていた。ピカチュウも晴れ晴れとした顔でエーフィを見ている。

 

─同日 午後9時 旅館『松ノ木』 檜の間─

 

 レッドは一時のいざこざはあったもののサキヒサとは概ね仲直りし、ポケモンたちも大分親睦を深めたようだ。

 午後2時頃にジムの用事があるからとサキヒサは引き上げたが、レッドは日没まで訓練した後フエンに戻った。

 そして、夕食と風呂を済ませ二人はこの日の成果を互いに言い合っていた。彼女はレッドよりも早く帰っていた為既に軽装に着替えてしまっていた。

 

「貴方。サキヒサさんのポケモンたちの情報はつかめましたか?」

「ん……まあ。一応はな。ほら」

 

 と言いながら一枚のブルーレイディスクを机の上に置いた。

 

「ありがとうございます。貴方には心苦しい事と思いましたが……」

「そりゃあ……ね。ポケモンたちの会話を盗み聞きするなんてな」

 

 エリカは昨日、寝てる隙を狙ってピカチュウの耳の裏に小さなマイクを設置し、それを遠隔でレッドのポケギアに送る事を提案した。

 そこからピカチュウの会話内容を聞き出し、その一部でサキヒサのポケモンたちと接触するはずなので情報を取ろうという算段である。彼は聞いてすぐ、閉店が迫っていた町で唯一の家電量販店に行ってマイクを買った。

 そしてマイクの取り付けに成功し、つい先程録音したデータをブルーレイに焼いたのだった。

 

「それでは……。リザードンを出していただけますか?」

「え? どうしてだよ?」

 

 エリカはため息をつき

 

「貴方……いくら私でもポケモンの言葉までは分かりませんわ」

 

 ポケモンの言葉は共通であるということまでは分かっているが、言語があまりにも独特な為、現在に至るまで最高進化系などのポケモンを通じてしか翻訳はできない。レッドはそれですぐに察し

 

「あ、悪いな……。でもどうしてだよ? あいつをここに出すとスペースとるぞ? お前のポケモンでもいいんじゃないか?」

「貴方のポケモンの言葉を解釈するなら出来る限り近しいポケモンの方が良いでしょう。それに……貴方のリザードンでしたらこの事も冷静に受け止めてくれると思うのです」

 

 ジョウトで特別に親睦を深めて以来、エリカはリザードンの事をよく信頼しているようだ。

 

「そうか……。そうだな。あいつなら俺のポケモンたちも説得してくれると思うし……分かったよ」

 

 そう言うとレッドはリザードンの入ったモンスターボールを取り出し、この場に出す。

 やがて、エリカが事の次第を説明すると

 

「そんなことをしていたのか……」

 

 とリザードンは悲しそうな目をしてしまった。

 

「ピカチュウには申し訳ないことをしたと思っていますわ。しかし、これは私達トレーナーにとって必ず解決しなければならない問題なのです。どうか、そこを分かってくださいまし……」

 

 エリカは深々と頭を下げる。

 

「リザードン。この問題を解決するにはお前たちポケモンの協力が必要なんだ。事前に言わなかったのは本当にすまないと思ってる。だけど、賢いお前の事だ。分かってくれるよな?」

 

 レッドも同様にリザードンを説得させにかかる。リザードンは数分ほど目を閉じた後

 

「分かった……。先生も、レッドも。考えに考えてやったことなんだろう。そういう事なら俺は受け入れるぞ」

 

 と言いながら頷いた。

 エリカはホッと胸をなでおろし

 

「ありがとうございます。それでは。お願いしますわね」

 

 その後、ブルーレイを再生してポケモンの言葉を逐一リザードンが解釈し、翻訳した。翻訳の内容は録音及びエリカが筆記をして書き取っていた。

 翻訳は夜更けまでかかり、終わった頃には日が昇ろうとしていた。

 

─8月20日 午前4時 同所─

 

「やっと終わったか……」

 

 レッドは録音とレコーダー操作係として起き続け、最後の翻訳が終わった瞬間停止ボタンを押した。レッドは録音に使っていたポケギアをしまうとおおきくあくびをしながら伸びをした。

 

「ここまで夜更かししたのは久々ですわ……。リザードン。お疲れ様でした」

 

 エリカの筆記は30ページ近くにも及び、最後の方に至ってはさしものエリカもやや字体を崩してしまっていた。リザードンもずっと喋り続けたせいもあってかふらふらであった。

 

「ああ……バトルでも修行でもないのにこんな疲れたの初めてだ……」

「ありがとうなリザードン。ゆっくり休んでくれ」

 

 リザードンが軽く返礼で頭を下げると、レッドはモンスターボールに戻した。因みにこの事は然るべきときが来るまで他のポケモンには話すなと口止めをしている。

 

「聞いた限りじゃ……サキヒサさんが自分のポケモンから凄く慕われてるってぐらいしか分かんなかったな」

 

 エリカはノートの記述を見直しながら

 

「そうですわね……しかし案外それが大きな鍵かもしれませんわよ」

「なんだよそれ……」

「まぁ私もまだ整理しきれてないので詳しくは言えませんけれど……」

 

 しかし、彼女には前よりも確かそうな笑みがうかがえた。

 その後、二人はぐっすりと昼まで寝た。

 

─8月20日 午後7時 同所─

 

 二人はこの日もエリカは有力者への根回しに、レッドはサキヒサの内偵に向かった。

 そして夜になって旅館に帰り、温泉に浸かり、夕食の時間になると部屋に来客があった。

 それは支配人のダイモンと、トレーナーのサキヒサだった。

 

「食事前に申し訳ないが取り急ぎということでね……」

 

 ダイモンは眼鏡を直しながら言う。

 

「一体何の御用ですか?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「もうそちらも聞いていると思うが、私とアスナが再度戦う。今度は有力者縦覧のもとの公式な決闘だ。これでどちらがリーダーを名乗るか確定する」

「前置きはいいですから、早く!」

 

 レッドが先を急がせる。

 

「全くせっかちな奴だなぁ……。日取りが決まったんだよ! 決闘の日は明後日22日。木曜日の朝10時! 場所は中央広場だ!」

「そういう事だからアスナについてる君たちにも伝えたくてね……。こうして来たんだ。食事前にすまなかったね。それじゃ」

 

 そう言うとダイモンはそそくさと出て行った。

 

「遅れるなよ」

 

 とだけ言ってサキヒサも続いて出ていく。

 

「いよいよ明後日……ですか」

 

 この日はレッドは目新しい情報をつかめなかった為やや焦りを見せている。

 

「明後日か……思ったより早かったな」

「相手の策でしょう。恐らくこちらに余裕を与えないために出来る限り早くセッティングした……そんなところですわね」

「そうだな……」

 

 レッドはやや元気がなさそうだ。

 

「貴方。どうされました?」

 

 エリカが心配そうに尋ねる。

 

「いや、別に……」

「まさか。サキヒサさんに情が移った……などではないでしょうね?」

 

 レッドはそれを聞き、図星とばかりに背をのけぞらせた。

 

「正直に仰ってください」

 

 彼女は鋭い眼光で彼の目を見ている。

 

「うう……」

 

 レッドは答えに窮するばかりであった。

 

─第十七話 フエン騒動(中) 終─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回こそ、フエン編最終話です。
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