伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
第二十二話 北国へのいざない
―10月5日 午前11時 オーベル号 甲板―
乗船して部屋で暫し寛いだ後、退屈なのでとりあえず二人は甲板に出てみることにした。
「おお……どんどん岸から離れていくな」
至極当然のことだがやはりそう呟きたく成る気持ちに駆られてしまう。
「これからは全く正反対の島へいくのですね……。なんとも不思議な気分ですわ」
エリカはそう切実な表情をしながら言う。
「やっぱシンオウは寒いんだろうな。シロガネ山も寒かったけどそれ以上だろう。覚悟はしてるけどやっぱり気が進まない……」
「その寒さも修行のうちですわよ。気を引き締めていきませんと」
「そうだな。頑張らないと……」
そうこう話していると後ろから声がした。
「グハハハハハ! そうだ。シンオウの冬は厳しいぞご両人! 気張っていかねばな」
二人が振り向くと、紫色の髪をした壮年の男が立っていた。筋骨隆々で鋭い眼光をしており、人生の荒波をくぐりぬけてきた老練な雰囲気も漂わせている。
「あの……貴方は」
「あら? もしかして……トウガンさんですか?」
「なんだ知っているのか?」
レッドはエリカに尋ねる。
「ええ。地質学の博士号の学位を持ちながらジムリーダーもつとめあげるミオ大学教授のトウガンさんですわ。以前学術誌でそのお姿を拝見したことがありまして」
「おお。伝説の夫婦のエリカ女史に名前を覚えてもらえてるとは光栄だ! さて、自己紹介をしよう。私はトウガン! 彼女の言う通り到着先のミオシティでリーダーをやっている。一応教授だが……最近は本業の方が忙しなくなってな。ここ数年は休職している」
「あらそうでしたか……」
エリカはやや申し訳なさそうな様子だ。
「本業ってなんですか?」
「グハハ。これよ」
トウガンはどこに持っていたのか大型のスコップを誇らしげに見せる。
「シャベル……ですか?」
「まぁそうとも言うがな。これはスコップ。我々の業界では剣スコップと呼んでいるものだ」
「え。シャベルじゃないんですか? 俺はそう教えられたのですが……。なあエリカ」
レッドはエリカに同意を求める。
「どちらでも良いのですわ。スコップはオランダ語。シャベルは英語からきているものですし同じ意味の言葉を違う言語で発音しているだけの事ですわね」
レッドは納得した表情でうなずく。
「うむ。流石はよく心得ているなエリカ女史よ。それはそうと私は化石をはじめとする石を発掘するのが生業でな。今回ホウエンに来たのもその関連なのだ」
「へぇ。そうでしたか」
「というのもな。シンオウでテンガン山に化石を調査する機会があって調べてみたのだが、なんと、どう考えても周辺と年代が合わない岩石が発見されたのだよ」
「えっ?」
エリカが関心を示してやや前かがみになる。
「私はひと目見ただけで直感でおかしいと思ったから石を大学に持ち帰って調べてみたら……まさにそうだった。他の同じくらいの大きさの岩石は古くてもせいぜい数世紀程前にその場所に来たものだったのだが、その場所にあったものはなんと千年も昔のものだったのだ。不思議な話じゃないかね?」
「左様ですわね。明らかにその石だけ浮いてますわ」
「それでジムはトレーナーに任せ、この前はジョウトのシロガネ山、今回はホウエン地方のえんとつ山に行って似たような石がないか調べていたんだが……。この二つの山では更に不可解な事が分かったのだ。シロガネ山及びえんとつ山を隈なく調べた結果。岩石の組成がその山でよく見られる岩と比べて異なり、かつテンガン山のそれと酷似するものがあったのだ。帰って照合してみないと確定した事は言えんが恐らくは最初に調べた岩と同じものと考えられるだろう」
トウガンは早めの口調でそう話した。
「それってつまり……どういうことです?」
「つまり同時多発的に全国各地の全く異なる場所でテンガン山の岩石が出現したという事になりますわね」
「そんな事ってあり得るん……ですか?」
「まあ普通に考えれば有り得ない事だろうな。岩石というものは火山活動や地中活動などを通じて何万年、何億年もかけて生成され、何十年何百年もかけてゆっくりと移動するものだ。その場にポンと出てくるということは断じて有り得ないと言える……ただ一つを除いてはな」
トウガンの眼がにわかに光ったように見えた。
「ただ一つ?」
「”ポケモンの力”だ。聞けば我が地方の神として伝わる伝説のポケモン。ディアルガは時空を操る力を持つという。それと同じく、空間を操る力をもつと伝わるパルキア。この二体のポケモンならば……あるいはな」
「そ。そうなんですか」
レッドは話が面白くなってきたとばかりに目を輝かせる。
「そんな……。ディアルガとパルキアはあくまで伝承の域を出ないポケモンで、有史以来誰も姿を確かめた事がないのですよ? 自然科学に携わる専門家がそういう不確かな事を口にするものではないと思いますわね」
「グハハハハ。勿論私も本気でそう思っているわけじゃあない。だがそうとでも考えないと辻褄が合わない事が自然科学の証拠の一つに起きていると示唆されているのは事実なのだ」
「それもそうですが……」
「おっと話が難しくなってしまったな! そういう訳だから私は着いたらすぐに岩石の検証にかからねばならん。すまんが、挑戦は後に回してくれ」
トウガンは申し訳無さそうな口調で言う。
「わ、分かりました」
レッドは気圧されるように返答する。
「まあその代り……といってはなんだがクロガネシティという街で息子のヒョウタが同じくジムリーダーになっている。私に言わせればまだまだ半人前だが、まあ小手調べくらいにはなるだろう! 相手してやってくれい」
それから数分くらい話してトウガンは船室に帰っていった。
「シンオウ地方もいろいろと立て込みそうだな……」
「ええ。謎めいたお話もありますしね。気合を入れていきましょう」
それからおよそ丸一日かかって船は北上し、シンオウ地方へ近づいていった。
―10月6日 午前11時 同船 106号室―
『長らくの船旅お疲れ様でした。本船はまもなくミオ港に到着いたします。お忘れ物のございませんようくれぐれもご注意の上、下船のご支度を……』
アナウンスが流れる。外を見るとシンオウの大地が二人の目の前にあった。
「いよいよですわね」
「ああ。試される大地とも聞くここシンオウ地方……。どれ程のものか確かめようじゃねえか。行くぞ」
「はい。貴方!」
そう言って二人は船室を出て出口へと向かった。
―ミオシティ シンオウの玄関口。穏やかな街で宿泊施設が多い。かつては鉄鉱として用いられていた鋼鉄島が北方にあり、よく使われていたという経緯もあってか食堂も多い。ミオ図書館もあり、学問をする場所にも適している。ミオ大学はシンオウ二番手の大学。海洋・鉱業学部といった実学が目玉である。
―午前11時30分 ミオシティ 港出入り口前―
外に出てみるとつい昨日までいたホウエン地方とは真逆の冷たい風が二人に吹いてきた。
「予想はしていたが……やっぱり肌寒いな」
「予報によれば今日は強い寒気が流れこんでいて最高気温は11度のようですわ。ホウエン地方に比べると倍近く違いますわね……。北の大地と言われるだけの事はありますわ」
そう言いながらエリカは若葉色のストールを首に巻く。すると前から白い帽子を被り、赤色のコートにマフラーをした12歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。寒冷地のシンオウ地方らしい服装である。
「あの。レッドさんにエリカさんですか?」
「え。ええ。そうですけど……何か御用ですか?」
エリカが膝をかがめて接する。
「はじめまして! 私、ナナカマド博士の遣いで来たヒカリっていいます!」
ヒカリと名乗ったその少女は礼儀正しくお辞儀をして二人を迎えた。
「ナナカマド博士というとポケモン博士ですか?」
「はい。お二人が着いたらマサゴにある研究所までお連れするようにと承っています」
ヒカリは言いなれていないのかややたどたどしい口調である。
「ああそうか。新地方恒例の御三家もらう儀式か……」
「貴方は今回何を選ぶのですか?」
「どうせお前は草タイプ選ぶんだろ。まあ。行ってから決めるよ……。ってそうだその前にミオのポケモンセンターに荷物預けてるんだ。取りに行かないと」
「そうでしたか……。私もポケモン回復させたいですし一緒に行ってもいいですか?」
二人は快諾し、そのままポケモンセンターに向かうことにした。二人はヒカリに案内されながら港からポケモンセンターへ歩く。
「ヒカリさんはやはりトレーナーなのですか?」
エリカがヒカリに尋ねる。
「はい。いわゆるモラトリアム期間中のトレーナーです!」
「左様ですか。バッジ集めは順調に進んでいますか? トレーナーの方は相当ご苦労なさっていると聞き及びますけれど」
「そうですねぇ。まあ可もなく不可もなくってところですかねぇ。一応今は五枚集めててここも取れれば六枚です」
バッジ五枚はモラトリアム期間の限界とされている枚数である。
「あら。それは相当に努力なさいましたわね。リーグの統計によればモラトリアム期間内にそれだけ集められるのは上位10%ほどですから」
「へへへ。エリカさんに褒められるとすごく嬉しいです! 私、とにかく良い高校に入ってお父さんお母さんの喜ぶ顔が見たいんです。だから少しでも有利になるようあと5ヶ月で六枚目も取りたいなぁなんて……」
ヒカリはいきいきとした表情で語る。バッジを三枚以上取得した者には中学を飛び越えて高校受験の資格が与えられる。バッジの枚数が多ければ多いほど高校入試の上で有利なのはモラトリアムを受けるもののなかでは常識だった。
「それは結構な事ですけれどお勉強の方はきちんと進んでいるのですか? いくら優遇措置があるとは言え難関校は無試験では入れてくれませんわよ?」
「ハハハ……。そこ言われちゃうと弱いんですよね。いや、あのもちろんやってますよ? やってますけど、ポケモンのお世話とか遊んでいるほうが楽しくてついつい……」
ヒカリの声は少しずつ小さくなっていく。エリカはふうとため息をついた。
「私のジムにもよくそういう勉強よりもポケモンの方に気が行ってしまっている子はいますわ。それではいけませんわヒカリさん。学校は勉強をするところなのですから」
「わかってはいるんですけどね……。そうだ、あのエリカさん」
「何でしょう?」
「初対面で厚かましいかもしれないんですけど……どうしてもわからない問題があって。教えていただけませんか? 参考書とか読んでもあまりピンとこなくて」
「勿論。私で良ければお教えしますわ」
エリカは自信たっぷりな様子でいう。どんな問題が来ようとタマムシ大首席の敵ではないのだろう。
「本当ですか!? 良かったー。昨日問題集解いててずっと引っかかってたんです。ポケモンセンターに着いたらお願いしますね」
ヒカリは喜々とした表情で歩いている。
「それにしてもお二人はすごいですよねぇ。私なんて2年半かかってやっと5枚集めたのにお二人は8ヶ月でもう16枚集めたんですよね? しかも手加減じゃなくて全力を出したジムリーダーを前にして……」
ヒカリは尊敬の眼差しで二人をみている。レッドは平静を装っているが心の中では女の子に褒めてもらえてかなり有頂天な様子だ。
「いえいえそんな……。レッドさんの強さあってこそですわ」
「ま。まぁそれ相応に頑張ったから」
「凄いなぁ……。私からしたら本当雲の上みたいな人ですよ。どうやったらそんなに強くなれるんですか?」
少し間が空く。エリカは空気を察してか答えない様子だ。
「貴方」
エリカが肘で優しく小突いた。
「え? 俺?」
彼女は黙って首を縦に振った。
「そ……そうだな。とにかくポケモンと心を通じ合わせる事かな。やればやっただけあいつらは返してくれるから」
「へ。へぇー……。分かりました。頑張ってみます。私の可愛いポケモンたちだもの。もっともっと色々な事知らなきゃ強くなれませんもんね」
「うん。まぁそれだけの力があるんだ。ヒカリちゃんならきっとやれるよ」
レッドは生意気にもちゃん付けでヒカリを呼ぶ。
「は、はい! よぉしレッドさんの言う通りに修行して絶対マインバッジ取ってみせます! 受験の本格的な準備を考えるとあまり時間はないけど……必ず」
ヒカリは拳を握りしめ、力強い様子でそう決意を表明した。
そうこう話しているうちに二人はポケモンセンターに到着した。
―正午 ポケモンセンター―
三人はポケモンセンターに着くとヒカリはポケモンを回復させ、レッドとエリカは荷物を回収し必要な分だけ取り出して次の地点となるであろうコトブキシティへ荷物を送る作業をした。
ミナモに引き続いてレッドが荷物の作業を引き受けたため、エリカはレッドが机で伝票を書いている横でヒカリに勉強を教えている。
「つまり、問題の示す三角形の面積にするためにはこの点Pはどこの座標にいなければならないかという風に考えれば良いのです」
エリカはヒカリの出した二次関数の問題を分かりやすく図説した後こう締めくくる。
「なるほどそう考えるんですねぇ。私はどうも問題文の通りに捉えてしまって頭がこんがらがってしまうんです……」
「ヒカリさんは発想がやや硬いのですわ。全体を読み込んで何を問うているのかを正確に捉えましょう」
ヒカリがうなずいているとその背後から少年の声がした。
「おっ! ヒカリじゃねえか!」
「ジュン君! 久しぶり! 元気してた?」
ヒカリは笑みを浮かべながら立ち上がってジュンに向き直る。
「あの……この方は?」
レッドも伝票を書く手を止めて少年を見る。
ヒカリが紹介しようと手を遣ったところでジュンが更に声を張り上げる。
「ああーーっ! 伝説の夫婦のレッドにエリカだ! なんだってんだよヒカリ! お前この二人とどういう関係なんだよ!? 俺に黙ってこんな親しげにしやがって罰金百万円な!」
ジュンが急き立てるかのようにヒカリに問いただす。
「ちょちょ落ち着いてよジュン君! あたしは博士から御三家のポケモンを渡すために二人を研究所にお連れしなさいって言われたから」
「何ぃ! あの爺さんふざけやがってこの俺を差し置いてそんなおいしい役目を……」
ジュンは心底悔しそうな表情でいう。
「賑やかな方ですわね……。それでヒカリさん。このお方は」
「ああごめんなさい! この子はジュンと言って同じ街で同じ時期にトレーナーになった幼馴染なんです。ほら、ジュン君も……」
ヒカリはジュンを小突く。すすめられたジュンはレッドとエリカに視線を合わせる。
「は、初めまして! ポケモントレーナーのジュン。いつかは親父や二人みたいにすっごいトレーナーになることを夢見ているトレーナーですっ!」
ジュンは緊張しているのか冷や汗をかいている。
「なーに改まっちゃって……」
ヒカリはいつになく顔を紅潮させているジュンを見てクスクス笑っていた。
「んだようるさいな! お前それはそうとここのジム行ったのか?」
「ま……まだだけど」
「へっ。なんだよあれだけ前会った時は息巻いといてそんな調子か?」
「なっ……。それを言うジュン君の方はどーなの?」
「へへへ……見て驚くな!」
そう言いながらジュンはバッグからバッジケースを取り出し、ヒカリにまざまざと見せつける。
「も……もしかしてこれって」
「マインバッジだ! どうだいいだろ? トウガンと戦って貰ったんだぜ!」
ヒカリがバッジケースを見たまま硬直しているとエリカが横から入る。
「あら? おかしいですわね。確かトウガンさんは今日までホウエンに行って発掘調査をしていてミオにはいないという話でしたが……」
エリカはトウガンの話を思い出しながら言う。
「えっ。ジュン君! どういうこと?」
「え……。いやいやいや。俺ちゃんとトウガンさんと戦って貰ったぜ!? ほらこのバッジ見てくれよ」
ジュンは焦りながらバッジを見せる。
「モラトリアム期間の場合はジムリーダー代理のトレーナーに勝ってもバッジは貰えますからね……。私のジムもそうしていますし」
「なーんだ。本当のリーダーと戦って貰ったんじゃなきゃ大した事ないじゃない。あまり適当なこと言わないでよ?」
ヒカリは怪しい笑みを浮かべながらそうジュンをなじった。
「ほ、本当だって俺トウガンさんと戦って」
あくまで引かないジュンを見たエリカは前に進んだ。
「すみませんがバッジを検めさせていただいても宜しいですか?」
「は、はい」
エリカは会釈をした後、ハンカチを通してケースからバッジを取り裏面を見る。
「あら……すみませんジュンさん。これは本当にトウガンさんから戴いたバッジですわ。裏に刻印がありますでしょ? このポケモンリーグの紋章のモンスターボールが描かれていれば正真正銘、ジムリーダーと戦って獲得した証なのです。これは内国のリーグで統一して決まっているルールなので間違いありませんわ」
「え……本当ですかそれ?」
「勿論。証拠をお見せしますわ」
そう言ってエリカは懐から自らのバッジを取り出した。
「これは……レインボーバッジ! すげーよ。カントーのバッジなんて俺初めて見た!」
ジュンは大いに興奮している。ヒカリは丁重な様子でバッジを取り、裏を見た。
「ほんとだ……小さいけどモンスターボール描いてありますね」
「このバッジは本来全力のリーダーに勝った証として交付されるものなのですが時代の経過と共に本当のリーダーと戦った証として通用するようになりましたわ」
「しかし、それじゃあ紋章の無いバッジは何のために」
「紋章のある無しは現状では本当のリーダーと戦ったかどうかの違いしかありませんわ。代理リーダーは確かにジムリーダーの資格は持っていませんがジム内で一番実力のある人間が選ばれますし、モラトリアムのトレーナー相手ならば十分対応できる実力は備わっています。だから現行のリーグ法ではそれが認められ、私もこうして旅に出ていられるのですわ」
「そうなんですね……。ご、ごめんねジュン君。」
ヒカリはついさっきまでの余裕はどこへやらとばかりにしおらしく謝った。
「分かりゃーいいんだよ」
「でもそれならいつ取ったの? エリカさんの話では随分と長いこと居なかったみたいだけど」
「もう三ヶ月も前になるな。調査の合間とかなんとか言ってたからラッキーなときに飛び込めたみたいだぜ」
ジュンは鼻をこすりながら自慢げにいう。
「へぇ……。って、じゃあジュン君はどうしてここにいるの? まさかわざわざ自慢する為にあたしを待ってたとか言わないよね?」
「んなわけねーだろ! 修行だ修行! ここの北に鋼鉄島っていう昔使われていた鉱山が今ではいい修行スポットになってんだ! それでそろそろ次行こうと思ってミオに戻ったんだよ!」
「もうそんなムキにならなくてもいいじゃない……。次って順番から言えばキッサキだよね? あそこの道路もうすぐ雪の季節だけどそんな格好で大丈夫なの?」
ヒカリは一応半袖姿のジュンのことを心配しているようだ。
「よゆー余裕! 強い男、ましてやシンオウの男は寒さなんかに負けはしないんだ! レッドさんを見ろ! あの人は極寒のシロガネ山でもあの半袖姿で修行に勤しんでいたんだぞ!」
レッドは体をやや反応させる。とりあえず机の上に広げていたカイロや湯たんぽなどを下に隠した。まさかあのときも内側にカイロを大量に貼っていたりリザードンに随時温めてもらっていたなどとは口が裂けても言えない。
「ふーん……。でもさっきまで防寒具整理してたけど」
「それはお前エリカさんの分に決まってんだろ! やっぱ強い男は女性にも優しいんだよヒカリ。なんでそこが分かんないかなぁ」
「はあ……。なんでもいいけどカイロくらい用意したほうがいいと思うよ。ないならあたしの分あげよっか? さっき買いすぎちゃってちょっとかさばってるんだ」
「いらねえよ! 子どもは風の子なのにそんなバカみたいに買ってどーすんだよ」
「だって寒いものは寒いし……。あたし一回パパやママとスキーしにあそこ行ったことあるけど本当に洒落にならないよ? どんなに着込んでも数時間外に出るだけで体が深々冷え込むし……。しかもちょっと放っておいた水もたちまち凍っちゃうんだよ? 凍傷起こして病院に担ぎごまれた人も見たし……」
ヒカリの体験を聞いたジュンは一瞬顔をこわばらせる。
「へ……そ、そんなのどうってことないさ! どうってことねえけど……。まあどうしてもくれるって言うなら貰ってやるよ! カイロ!」
「全くもう素直になれば良いのに……。まぁいっか」
そう言ってヒカリは幾つかカイロを渡す。
「サンキュ。そろそろ俺回復しに行くわ。じゃあな。せいぜい俺の恥にならない程度に頑張れよな!」
「こっちのセリフだわ。キッサキへの道路で半袖男が凍死なんて恥ずかしいニュースだけは見せないでね!」
そう憎まれ口を叩きあって二人は別れた。
「仲がよろしいのですね」
「あれでも大事な幼馴染ですから。悔しいけどトレーナーとしてのセンスはジュンの方が上だし……。ああは言ったけど本当はちょこっとだけ尊敬してるんですよ。言うと絶対調子に乗るから当人を前にしては言いませんけどね」
ヒカリは笑みを浮かべながら言う。本心から言っているようだ。
それからも10分ほどエリカはヒカリに勉強を教えた。
やがてレッドの仕事が終わったためポケモンセンターを出ると丁度いい時間だったので一緒に昼食を済ませた後再び市街に出た。
―午後1時 ミオシティ 市街―
「さてと……それじゃあそろそろマサゴの研究所に行きますよ! 私のポケモンが先導しますから後をついてきてくださいね。それでは……行け、ムクバード!」
ヒカリはムクバードを繰り出す。世話に夢中だと言っていただけあって綺麗に羽や毛並みが整っている。
「へぇ……これがムクバードかぁ。俺は進化系のムクホークしか見たことないからなんか新鮮だ。毛並みも整ってるし」
「へへ。そうですか? この子は博士から貰ったポッチャマに次いで二番目に手に入れたんですけど、やっぱり私が初めて自力で手に入れたポケモンだから可愛くって」
彼女はムクバードの頭を撫でながら嬉しそうに言う。ムクバードの方も懐いているのかヒカリに甘えている。
「やっぱりそういうポケモンって思い出深いもんな……。よし、それじゃあ俺も。行け、リザードン!」
リザードンは雄々しい姿でその場に現れた。
「わー……凄い。これがリザードンですか? 本当に強そうですね」
ヒカリは感動した様子でリザードンを見ている。
「なんと言ってもレッドさんにとっては第一線で活躍する大事なポケモンですものね」
「まぁな。こいつとも結構な付き合いだし……。大事な足でもあるよ。それじゃ、行こうか」
「は、はい! それじゃ、行きます! お願い、ムクバード」
ヒカリは暫し呆然としたの後気を取り戻してムクバードに乗った。
こうしてヒカリの先導に従ってマサゴタウンまで移動する。
―マサゴタウン 南側に進めば水道が広がり、北に進めば遥かなる大地が広がる町。田舎町ではあるがかつては宿場町としての機能を果たし、明治時代に中心地のコトブキにより近く良港の条件が揃っていたミオシティが整備されるまではカントーのクチバ、ジョウトのアサギと並び称される程栄えていた。現在はナナカマドポケモン研究所がある。
―午後2時30分 マサゴタウン ナナカマドポケモン研究所―
到着するとそのまま三人は研究所に入った。
「博士! お二人をお連れしましたよ!」
ヒカリが呼びかけると如何にも威厳のある白ひげを生やした老人がゆっくりと歩きながら三人の側へ来た。どうやらこの人物がナナカマド博士のようである。
「…………。随分と遅かったな。どこで道草を食っていたのだ?」
「へへへ。ちょっと色々ありまして」
「全く……。まあ良い。私がこの研究所の所長、ナナカマドだ。ポケモンの進化について研究しておる」
ナナカマドの自己紹介の後二人もそれに続いた。
「うむう。君たちがあの伝説の夫婦とやらか……。なるほど、大した面構えをしておる。ここに至るまで色々なことを体験したのだろう。私も若い頃は色々な事に挑んだものだ。君たちのような若者が居ることは実に喜ばしい事だのう。さて、ポケモンを渡そう」
そう言ってナナカマドはカバンを二人の前に掲げ、カバンを開いて見せた。
「左から草ポケモンのナエトル、水ポケモンのポッチャマ、炎ポケモンのヒコザルだ。好きなポケモンを選ぶが良い」
エリカはナエトルを、レッドはヒコザルを選んだ。
「ありがとうございます」
二人は頭を深く下げて礼を言った。
「うむ。シンオウ地方でも益々の活躍。期待しておるぞ」
そう話していると横の休憩室に設置してあるテレビからCMが流れているのがうかがえた。
「誰だテレビをつけっぱなしにしおって……。休憩は終わっているのだぞ!」
ナナカマドは先程までの落ち着いた声とは変わって一転怒りを含んだ声で研究員を叱りつけた。
「す、すみません博士今消しますので」
研究員は血相を変えて休憩室へ駆け込んだ。
『確かな品質と、豊かなエネルギーで世界に平和を 銀河エネルギー工業です』
そう言い終わるのとほぼ同時にテレビの電源は落とされた。
「最近いつもあのCM流れてますよねぇ。もうフレーズ覚えちゃった」
ヒカリはうんざりしたような口調で言う。
「うむう。業績が好調なようだからな。儲かってる事をいいたくてたまらぬのだろう」
博士も同様に辟易としている様子だ。
「へぇ……ホウエンやジョウトではそんな企業のCM全く見ませんでしたけどこちらでは有名なんですね」
「うむ。いわゆる地場産業というものだ。ここ10年くらいでできた企業だが株をやっとる私の友人によればあれの親会社にあたる銀河物産はシンオウでは一番儲けているグループらしい」
――
―同日 午後2時 コトブキシティ 銀河物産本社ビル 社長室―
「今朝経理部門より上がってきた報告によりますと今年度上半期は銀河電機の新製品、電子レンジ マゼランシリーズがかなりの好調であったのに加え銀河不動産が新たに売り出した分譲マンションの売約率が全て90%を超えるなど各子会社で今期もすこぶる好調な業績を見せております」
銀河物産専務の男がにこやかな様子でそう社長のアカギに報告した。
「いやー。これもすべて社長のこの豪腕の賜物! シンオウ地方の誇りでございます!」
専務の隣に居た経理部長がそう社長を持ち上げた。
「いやいや。これもすべて君たちの働きのおかげだ! これからも頑張ってくれたまえよ!」
社長のアカギは機嫌良さそうに笑顔を浮かべながら立ち上がり、部長と専務の肩を叩いた。社長室はその日笑顔で溢れていたという。
―午後7時 トバリシティ 銀河エネルギー工業本社 最上階―
「事はすべて上手くいっている……。我々の新しい世界を生み出すための資金作りはこれをもってほぼ完了したと言っていい」
アカギは昼の様子とは打って変わった悪人面でボスの椅子に座っていた。前にはジュピターやマーズ、サターンといった幹部がいた。
「それは素晴らしいことですねボス。いよいよ我々も本格的に動けるというわけですか」
サターンが喜々とした様子で言う。
「長い間ここの課長なんかやってたけど本当につまらなかったわ。やっとこんな退屈な日々からおさらばできるのね」
ジュピターが静かに笑う。
「それでボス。あたし達に紹介したい人って?」
マーズがアカギに尋ねる。
「うむ。入れ」
そう言うと一人の30代くらいの男がゆっくりと入ってきた。白い着物に数珠を首にかけており、錫杖も手にしている。
「だーれ? このオッサン」
マーズが軽口を叩いたが男はすぐマーズを睨んだ。
「やめろマーズ。この男はな。我々の計画に必要不可欠な男だ」
「この格好……まさかシャーマンですか!? そんなのどうすると」
サターンがアカギに問いただす。
「テンガン山に伝わるカムイ・ヌイナの話を知ってるか?」
アカギが尋ねる。
「聞いたことはありますが……あれはあくまで伝承でしょう?」
「カムイ・ヌイナは伝承などではない。歴史的な事実なのだよ」
その言葉に一同は目を丸くするのみだった。
――
―午後2時40分 ナナカマドポケモン研究所―
「へえ……そんな凄い企業なんですね」
レッドはそうナナカマドに言った。
「聞いた話だがコマーシャルの多さや時折のニュースの限りではおそらく嘘ではないだろう。私にはどうでも良いことだがな……」
「ふうん……。あ、それじゃ博士私そろそろ行きますね」
ヒカリに続いてレッドやエリカも出ることにした。
「うむ。気をつけて行ってきなさい」
「ありがとうございます。それではナナカマド博士。ごきげんよう」
エリカを含めた三人はそのまま研究所から出た。
―マサゴタウン 研究所入口―
「なんだか気難しそうな人だったな……。同じおじいさん博士でもオーキド博士とは結構違う感じだな」
レッドはそう感想を述べた。
「まぁ私も最初会ったときはそんな印象でしたけど……でもそんな厳しいだけの人じゃないんです。最初にポケモンくれた時は本当に優しい言葉をかけてくれたし、あとこの前一旦家に帰ったついでにナナカマド博士にお裾分けしなさいって羊羹を持たされたんです。その時博士は用事でいなかったので助手の人に渡した時『おおこれは北国堂の羊羹ですね! 博士この羊羹大好きなので喜びますよぉ』なーんて言われて」
ヒカリは思い出し笑いを浮かべながら言う。
「へぇ……ナナカマド博士が甘い物好きだったとは初耳ですわ」
「あれエリカ。博士のことしってたのか?」
「大学時代に何度か講演会を拝聴した程度ですが……。私は携帯獣、すなわちポケモンを専攻していたわけではないのでお話まではしたことありませんけどね」
「そうか。まあトウガンさんの事知っていたくらいだしな」
とレッドはそれとなく流した。
「さて、私はそろそろミオに戻ります! ジュン君が行った鋼鉄島でポケモンを鍛えて、マインバッジをゲットしたいので」
「左様ですわね。ポケモンも良いですがお勉強の方も疎かにしてはなりませんよ」
「大丈夫です! とにかく11月くらいまで頑張ってみて駄目だったら大人しくフタバに帰って勉強に専念しようとは考えているので」
「そうですか……。先程数学を見た限りではやや不安を覚えるのですけど」
「エリカは心配しすぎだよ。少なくともヒカリちゃんは俺の百倍くらいは頭良さそうだし大丈夫大丈夫」
レッドは楽観的なことを言ってみせたがエリカは呆れた表情で返す。
「貴方は受験勉強をしたことがないからそのような事が言えるのですわ……。そうですわね。ここまで案内してくれた事もありますし番号を交換しませんこと?」
「ほ、ほんとですか? ありがとうございます! エリカさんに教えてもらえるなら百人力ですよ!」
というわけでヒカリとエリカは番号を交換した。
「ヒカリさんが腕につけているそれは……ポケッチですか?」
「そうです! よくご存知ですね。シンオウ地方ではポケギアとかポケナビよりもこのポケッチが断然使われています。高機能な腕時計みたいなもので電話も出来ますし、音声入力から計算や天気を調べられたりですっごく便利なんですよ」
ヒカリはポケッチを二人に自慢げに見せた。
「それは便利ですわね。私の使っているポケギアも大分古くなっていますしこれを契機に交換しましょうかね……」
「そうだな。俺もそうするかな。しかしそれだけ便利なのになんでこの地方でしかないんだ?」
レッドがヒカリに尋ねる。
「これってコトブキにある小さな家族経営の会社が作ったんですよ。だからコストのかかる全国展開よりも地元重視で生産しているんです! そういう話も来てはいるみたいですが全く興味ないみたいで……」
「随分と詳しいですわね」
「実はバッジが増えるごとに機能を増やしてくれるみたいで取る度に出入りしてるんですよ。だからお二人がいけばそれはもう凄いことに……。おっと。それじゃあそろそろ本当に行きますね! それではレッドさん。エリカさん! さようなら!」
そう言ってヒカリはムクバードに乗って西の空に消えていった。
「ふう……俺達も行くか」
「ええ。まずはコトブキシティへ! この地方でも宜しくお願いしますわね貴方」
「おう!」
レッドとエリカはマサゴタウンから北の方向に歩み始めた。
かくして、シンオウ地方の冒険は幕を開けるのである。
―第二十二話 北国へのいざない 終―