伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第二十五話 ああ有情

 スモモの父、クマオは憤然とした様子でスモモとレッド、エリカの三人がいるところまでやってきた。

 酒でつぶれたかのようなヤケた声で彼は叫ぶ。

 

「スモモぉ~。さっきスロやったらすっちまってさぁ。あともう少しで出そうなんだよ。な?」

 

 そう言いながら彼は手を差し出す。

 

「さ……さっきあげたばか」

「んだとぉ!? 親に逆らうのかテメーはよぉ!」

 

 クマオはスモモめがけて拳を向かわせた。スモモは避けようともせずに拳を迎えようと身構える。

 しかし、直前でレッドが手を止めた。

 

「あ? 何すんだてめ」

「それはこっちのセリフだ。実の娘に手を上げるなんてどういう嗜好してんだ!」

 

 レッドは父の手を骨の音が聞こえそうな程に強く捻り上げる。

 

「いででででで! てめぇ……よくもやりやがったな!」

 

 父はあいている拳でレッドの腹を狙う。しかし酔っぱらいの殴る軌道などレッドからすれば止まってるも同然に見え、難なくよけてみせついでに捻っている拳を思い切り父の背後に伸ばしてみせる。

 

「っつ……! わかった。わかったからもうやめてくれ!」

 

 父は力量差をようやく理解したのか子どもの喚くかのような声で制止を求めた。

 

「誰がやめるかよこの暴力親父が!」

 

 レッドは父の尻を蹴り上げようと右足に力をこめる。

 

「や……やめてください!」

「止めないでください。スモモさん。俺はこういうクズがゆるせ……」

「あたしのお父さんに暴力をふるわないでって言ってるんです!!」

 

 スモモは何物をも断ち切らんばかりの声量でレッドを制す。自分が殴られそうだったというのにまるでレッドが彼女を殴ろうとしたかのような剣幕である。

 レッドは気圧されて思わず父から手を放した。

 父は解放されると、先程の弱気はどこへやら床に唾を吐きかけた。

 

「スモモさん。落ち着いてください。夫の手荒な対応は私からも謝罪しますからどうか……」

 

 エリカが頭を下げながら仲裁に入る。

 

「あっ……。いえ。すみません私も取り乱してしまって……」

 

 スモモもエリカに軽く頭を下げた。

 

「おいおい俺のこと忘れてんじゃねーよ! 金……」

 

 言いかけたところでレッドとエリカが無言の圧力を加える。

 

「チッ……。わーったよ。後でな! 待ってるぜ」

 

 スモモは伏し目がちに頷く。父は地ならししながら三人の前から去っていく。

 きまずい沈黙がしばらくあたりを漂った。

 

「ご、ごめんなさい。うちのお父さんが」

 

 沈黙を破ったのはスモモだった。

 

「い、いえいえいいんですよ。気にしていませんから……」

「あの……。それでエリカさん先程何か言いかけていましたよね?」

「え……あぁそれは……」

 

 エリカの明瞭としない返答からつまりそういうことだと、スモモはすぐに察した。

 

「そうですか……」

 

 また気まずい沈黙があたりを漂う。

 

「いつから、ああいうことに?」

 

 今度沈黙を破ったのはエリカだった。

 

「つ。つい最近ですよ! ちょっと虫の居所が悪い時に私にあたるんです。ほんっと困ったお父さんで」

 

 スモモは取り繕ったかのような笑みを返す。

 

「本当ですか?」

 

 エリカはスモモの目を鋭く見つめる。

 

「は……はい。本当ですよ?」

 

 スモモは間を空けて返答する。表情こそ崩さないが彼女の瞳の奥からは並々ならぬ底暗さがうかがえた。

 

「そうですか……」

 

 エリカはなめるようにスモモの体を見る。なんとか虐待の証拠となるような傷痕がないか探っているのだろう。

 しかし父というのは狡猾なのか。それともそれほどの力を与えていないのか定かでないがそのような痕跡は認められなかった。

 

「あの……どうかしましたか?」

「なんでもありませんわ」

「そろそろ行こうか」

 

 レッドはこれ以上居てもスモモは口を割らないだろうと考え、一旦ジムを出ることを提案した。

 

「左様ですわね。それではスモモさん。ごきげんよう」

「は、はい!」

 

 二人はスモモに背を向け、出口に向かう。

 スモモは暫し逡巡した間を空けて尋ねる。

 

「伯父さんからですか?」

「えっ!?」

 

 二人は振り返り、スモモの唐突な、しかし核心に迫った発言に戸惑う。

 

「そうなんですね……。わかりました。お話ししますから奥に来てもらえますか?」

 

 スモモは意を決した表情で二人に言った。

 レッドとエリカはそれに応じ、奥に通される。

 

―午前11時30分 同所 廊下―

 

 スモモの先導で事務所スペースの扉を開くと、ジムトレーナーが困った表情でスモモに駆け寄ってきた。

 

「あの……リーダー。お父さんがまだ」

「渡さなかったんですか?」

「いえ勿論いくらかお渡ししたんですけど」

 

 そうこう話していると奥からまた酒でヤケた声が響く。

 

「おー! やっときたかおせえんだよ!」

 

 父は先程と変わらぬ様子でスモモに詰め寄った。

 

「いい加減帰ってよ……。お金は十分に渡したでしょう?」

「あぁ!? てめえスロ舐めてんのか!? 出ねえんだよあんなもんじゃよう! またヤキ入れないとわからねえのか!」

 

 父は再びスモモに拳をふるう。スモモはまたも抵抗する素振りを見せずただ身構えた。

 

「おい!」

 

 レッドはすばやく先回りして先程とまた同じ要領で父の腕を掴もうとする。

 

「ヒッ! ごごごごめんなさいごめんなさい!」

 

 父はレッドの姿を見るとすばやく退散していった。レッドの制止がよほど身にこたえたのでだろう。

 

「はぁ……。わかりました。事務所の緊急用金庫からだしてあげて」

 

 先程の渡したという金は通常の会計から出た金である。

 

「スモモさん。いくらなんでもそこまでやるこたぁ」

 

 少し離れた場所に居たやや中年と思しきジムトレーナーが呆れた様子で言う。

 

「いいの。いいんです……」

 

 スモモは拳を握り、自らに言い聞かすように答えた。

 

―応接間―

 

 応接間に入るとかすかにタバコの匂いがした。

 換気扇がフル稼働で回っており、脇によけられている灰皿から見るに相当な量のタバコが吸われていたことがうかがえる。

 事態は思った以上に深刻であると二人はこのわずか数十分で自覚せざるを得なかった。

 三人は席につき、スモモから口を開いた。

 

「今日はお見苦しいところばかりみせてすみませんでした」

 

 スモモは二人に頭を下げる。

 

「いえ……。それよりも本当に大したことはないのですか?」

 

 エリカは穏やかな表情を保ちつつやや尖った声色で尋ねる。

 

「改めて聞きますけど、お二人は本当にシジマ伯父さんから頼まれたのですか?」

 

 スモモは質問には答えず二人の目を見据えて言う。

 見透かされているので隠しても仕方がないと判断し、二人はうなずいた。

 

「分かりました。……。私は確かに嘘をついていました。しかし、本当にそこまでの事じゃないんですよ」

「そこまでとは?」

「伯父さんの力を借りるまでもないということです。これは私の家庭のことですから」

 

 スモモは決然とした声色で言うが、瞳は相変わらず底暗いままである。

 

「はっきり申し上げますと、私は然るべき人や機関に相談したほうが良いと思うのです。シジマさんだと気が進まないと言うのであれば児童相談所を利用されては」

「……」

 

 スモモはうつむく。公の機関にもまた相談する気はないようだ。

 

「何か事情でもおありなのですか?」

 

 エリカは前のめりになってスモモを見つめる。心の底からスモモを気にかけているようだ。

 

「そういうわけでは……。とにかく私達のことはほっといてと伝えておいてください」

「ジムリーダーがそんな不健全な親子関係を持っている事自体看過できることではありませんよ?」

「査察部にでも通告する気ですか?」

 

 スモモはあくまで冷静な声色で言う。

 

「いえ。そんなこと……」

「全ては私一人の問題なんです。他の人にどうこうしてもらうつもりはありません」

 

 スモモはあくまで介入を拒否する姿勢を崩さない。

 その後も十分ほど会話をしたが押し問答が続いたため一旦帰ることにした。

 

―午後1時半 トバリシティ 市街―

 

 二人はジムを出て昼食を済ませ料理店近くの大通りに居た。

 

「スモモさん全く詳しいところ話そうとしなかったな……」

「あの怯えようを見る限りでは相当に深刻な心的外傷を抱えていると思われます。そう簡単には本人の口から話していただけないでしょうね」

「じゃあどうすんのさ。これをそのままシジマさんに言うのか?」

 

 エリカは首を横にふる。

 

「まだまだ報告するには情報が少なすぎます。ジムトレーナーなどスモモさんに近い人から聞き出しましょう」

「そうだな。地道に聞いていこう」

 

―午後1時45分 トバリシティ 運動場―

 

 トバリジムの道路を挟んで反対側には広めの運動場が整備されている。おそらくはトレーナーの鍛錬のために作られたものだが、市民にも開放されているようでこの時間は20人ほどが利用していた。

 

「それで? まず誰に聞くのさ」

「幸いここからジムは見やすいところにあります。ジムから出てきたそれらしい服装を着た人にあたってみましょう」

 

 彼女の言うそれらしいとは恐らくトバリジムの中に多くいたスポーツウェアやジャージを着用していた人たちのことだろう。

 

「わかった。じゃあとりあえず待つか……」

 

 二人は入口付近のベンチに座り、それとなく様子をうかがった。

 数分ほどするとちょうどエリカの言うとおりの人物がジムから出てきたのでエリカが話しかけた。

 近くまで行ってみるとそれは先程スモモにそこまですることはないと苦言を呈していた中年トレーナーだった。

 挨拶もそこそこに本題に入る。

 

「あのようなことは以前から行われていたのですか?」

「ジムまで殴り込むようになったのは数ヶ月くらい前からの話だな。前々から暴力を奮っているとかいう噂はあったが……」

 

 そこまで言うと男は黙ってしまった。言うもはばかられる程の感情があるのだろう。

 

「そうですか……。やはりきっかけはご両親の離婚ですか?」

「そうだ。クマ公の愛妻ぶりといったらトバリの街ではもう有名も有名だったからな……。それが急に男を作って逃げちまったつうんだからもうあのときの沈みっぷりったら半端なものじゃあなかったな」

「ではやはりそれ以来……」

「いや、最初からというわけではなかったみたいで、暴力までふるうようになったのはスモモちゃんが稼ぎ出してからだから去年のはじめくらいからだ」

「へぇ……随分と詳しいんですね」

 

 レッドが男の目をみながら言う。

 

「まぁクマ公とはシンオウに来てからの仲だからな。スモモちゃんのことも小さい頃からよーく知ってる。サクラ姐さ……ああこれはカミさんな。クマとサクラ姐さんとスモモちゃんの三人で仲睦まじく公園やらあそこのデパートで過ごしていたのを何度となく見かけたから本当に今は見てられないくらいに辛いんだ……」

 

 男は切実な表情で語る。

 

「そうでしょうね……。あまりにも今は痛々しすぎますわ」

「赤の他人のあんたらでさえそう思うんだ。あのジムにいる昔からスモモちゃんの事知ってるトレーナー……いやトバリ市民なら皆同じような気持ちだよ」

 

 それからもいくつか色々と話をうかがいトレーナーと別れた。

 

―午後4時半 ポケモンセンター 334号室―

 

 とりあえずシジマに報告するため二人は早めにポケモンセンターで宿をとった。

 

「しっかし本当スモモさんはかわいそうだな……」

「私も貴方も平穏な家庭で育ちましたからどうにも想像が及ばない話ですが……。しかし本当になんとかしなければスモモさんの心がもちませんわ」

「そうだなぁ。どう見てもかなり深刻そうな様子だったし……」

 

 そうこう話した後、エリカはポケッチからシジマに電話をかけた。

 シジマはすぐに出て単刀直入にエリカは今日のことを話した。

 

「そうか……。噂は本当だったのだな」

 

 シジマは通話口越しからでもはっきりわかるほど落胆した声をして言う。

 

「ええ、スモモさんが虐待されているというのは事実です。ジムトレーナーの方のお話によれば何度か児童相談所の所員が通報を受けて駆けつけたことはあるようなのですが私たちに対してとおなじように……」

「そうか……。わかった。事が明らかになったからには今夜にもタンバを出てスモモのところへ行こう!」

 

 シジマは鼻息を荒くしたような様子で言う。

 

「まあ……そんな。大丈夫なのですか?」

「どうにかなるわい。ワシは……ワシはクマを信じておった! あの優しいクマが、そんなおぞましい事をするはずがないと。だが奴はワシの期待を裏切ったのだ! これは懲らしめねばなるまいて」

「シジマさん落ち着いてくださ」

「これが落ち着いていられるものか! 手塩にかけてワシはスモモに目をかけたつもりじゃ。それが、よりにもよって実の父のクマにやられているのだぞ!」

 

 シジマの激昂は収まる気配を見せない。今にも殴りかかってきそうな気迫をもエリカに感じさせた。

 エリカはシジマの大声のせいでやや受話器から耳を離して静かに言った。

 

「とにかく冷静になってください。ここで処置を誤ればスモモさんをより傷つける結果になりかねませんわよ?」

 

 そう言うとシジマは深呼吸しているのかやや間を空けた。

 

「いや……すまんかった! ありがとうなエリカ女史よ。よくぞ伝えてくれた。いずれ改めて礼を言おう」

 

 それからもいくつか言葉を交わしてシジマからの電話は切れた。

 

「全くシジマさんは相変わらずだなぁ。怒った声がここまではっきり聞こえてきたぞ」

 

 レッドはうんざりした表情で言う。

 エリカは引っかかることがあったのか一瞬だけ顔を曇らせたがすぐに元の柔和な表情に戻って言う。

 

「え……ええ。そうですわね。ともかくシジマさんは明日この街に来るそうです」

「そうか。じゃあ俺たちの仕事はこれで終わりってことだな?」

「そうですわね……。いくらなんでもこれ以上は私達のすべき領分を超えてますわ」

 

 そうは言いつつも後ろ髪を引かれるような思いがあるのか浮かない顔である。

 

「気になるのか?」

 

 やや間を空けて彼女は答える。

 

「はい。シジマさんはとても冷静といえる精神状態ではありませんし……。スモモさんもまた心を固く閉ざしています。このような状況で話し合いが進展するとは思えませんわ」

「そうはいってもしょうがないだろう。俺たちにはどうしようもない」

 

 エリカはその日一日表情が明るくなることはなかった。

 

―午後10時 スモモ宅 三階 スモモの部屋―

 

 スモモの家は今月改築したばかりであった。

 スモモ自身はもう少し資金が貯まってからにしようと考えていたが、見栄を張りたい父親の強引なまでの発言で大きく改築されたのである。

 もともとは中の上といったところの一般住宅だったが、クマオが色々とオプションをつけたことで豪邸といわぬまでも三階建てプール付き9LDKのかなり大きな家となった。しかしいくらジムリーダーが高所得とはいってもスモモはまだジムリーダーになって一年しか経っていなかった為貯金をほぼ使い果たしての改築であった。

 スモモはジムでの仕事を終えてから自宅でルカリオとトレーニングを行った。それから今日のことを一番の相棒のポケモンであるルカリオと小さい丸机をはさんで座りながら話し合っていた。

 

「今日もお疲れ様。ルカリオ」

「……」

 

 ルカリオは黙って頷いている。

 彼はもともと寡黙な性格であった。十数年来一緒にいるスモモですらも彼の声を聞いたことは数えるほどしか無い。

 しかしそれでも彼女にとってはかけがえのない大事な存在であり、この毎日の対話が特に今の彼女にとっては大きな心の支えとなっていた。

 

「今日はレッドさんとエリカさんに色々と心配かけちゃったね……」

 

 ルカリオはまたも頷く。眼差しはやや申し訳なさそうだ。

 

「でも伯父さんも余計なお世話だよねぇ。ほんっと気にしないでって言ってるのに」

「……」

 

 ルカリオは黙ったまま床の一点を見つめている。

 

「伯父さんなんかに……あたしたちの事なんかわかるはずないもの」

 

 スモモはまたも暗い表情でうつむく。

 

「でもね……ルカリオ。あたし……二人に言われて思い出してみたの。あの日のこと」

「……」

 

 ルカリオは正視してスモモを見た。

 彼女は心の奥底にしまいこんでいたあの日のことをぽつりぽつりと話し始めた。

 

――

 

―2010年 3月5日 午後4時 トバリシティ トバリ駅前―

 

 スモモは一ヶ月に亘る雪中訓練を終えてシジマはミカンをジョウトまで送ると言うので彼女自身は一人で帰ってきた。

 昼食を食べた後、約二時間半特急に揺られて彼女は駅前にいた。

 日が傾いてきたなか、スモモは迎えを捜していたがすぐに頭を止める。

 

「お父さん……」

 

 父は会社帰りなのかスーツにコートを羽織った姿でそこにいた。父は黙ってスモモに手を上げて応じる。

 彼女やや足早に父のもとに行く。

 

「あ、ありがとう……。でもどうしてお父さんが? お母さんが来るって言ってたのに」

「仕事が早く終わったからな……。久々に三人一緒に帰ろうと」

「そっかあ! へへ……ありがとう、お父さん。でも……」

 

 しかしあたりを見回しても母親の姿はない。

 

「全くしょうのない奴だな……。電話してみるか」

 

 父は携帯電話から妻の携帯にかける。しかし、数十コールかけても返答はなかった。

 

「変だな……。出ないぞ」

「もしかしたらもう急いでこっちに向かってるのかも。とりあえず帰ってみようよ」

 

 スモモの提案に応じて父は先に歩いていった。彼女は静かに後についていく。

 

―市街―

 

 二人が家へ進めば進むほどに、街は夕陽の色に少しずつ染まっていく。

 心なしかやや駅を出たときよりも影が長く見えた。二人は道に残る残雪に気をつけながら進んでいった。

 

「お父さん。今日の修行ね。総仕上げだって伯父さんの一番弟子さんと闘ったんだけど、ギリギリのところでなんとか勝てて、すっごく伯父さんに褒められたんだ!」

 

 スモモは嬉しそうに父に言う。

 

「ほう。凄いじゃないか」

「うん。これで次の大会もバッチリだよ! コーチが先に調整の為に帰っちゃったから見せられなかったのが唯一残念だったけど……。あ、あとそうだ、ミカンちゃんの話きいてる?」

「ああ。母さんから少しな。リーダー志望の子だろう?」

 

 スモモは頷いて続ける。

 

「あの子もシジマ伯父さんと同じ感じに直々で戦っていたんだけどもう互角くらいに戦えてて……。ワシから教えることはなにもないって、ヤナギさんっていう更に凄い人に推薦してもらえることになったんだ!」

「へぇそれも凄いな……。その子はもうリーダーになれるって事か?」

 

 父がスモモに目を合わせて言う。

 

「ヤナギさん次第だけど……あの子ならきっとなれると思う。たった一ヶ月しか一緒に居なかったけれどジムリーダーになれるだけの資質と実力は十分備わったと思うもの」

「お前リーダーでも無いくせによくそんなことわかるなぁ」

 

 父はスモモを笑いながらからかってみせる。

 

「もう! あたしだってポケモンたちと一緒に闘いながら鍛錬してるんだよ? それくらい分かりますー」

 

 スモモはいたずらっぽく頬を膨らませて答える。

 

「ハッ、ハッ、ハ。そうだな。……。お前が言うんだ。きっとなれる」

 

 父は空を斜め上に眺めながら言う。そしてタバコを胸ポケットから取り出し、火をつけた。

 咥えてゆっくりと吸った後、またゆっくりと吐き出す。紫煙と共に白い吐息が見えた。

 

「冷えるな今日は……。そうだ。今日はお前の好物のすき焼きにでもするか」

「え、ほんと?」

「本当だとも。今日はお父さんが奮発して特上の肉を食いきれないくらい買ってやるぞ」

 

 父はタバコを片手に持ちながら、もう片方の手でスモモの頭を撫ででいる。

 

「やった! じゃあ、早くお肉屋さんにいこ! 美味しいところ知ってるんだ」

 

 父は娘の手に引かれるように、自宅近くの商店街へ向かうのだった。

 

―午後6時20分 スモモ自宅 門前付近―

 

「全く……。まさか10キロも買わされるなんてな。本当に食いきれるのか?」

 

 父は財布がすっからかんになるほど大量の肉を買わされた。それに加えて卵やたれ、野菜類などを買い込み相当な量の荷物を二人で抱えている。

 

「またまた~。あたしの大食いを知らないわけじゃないでしょ?」

「まあな……。あーあいくらお祝いとはいえ滅多なこと口にするもんじゃないな」

 

 父は自嘲している様子で話す。しかし言葉とは裏腹に後悔している様子はない。

 

「もう! お父さんってば」

「すまんすまん。ん? 電気ついてるな」

 

 父は一階の窓を見る。なるほど電気はついていた。植え込みに大半が隠れており中はうかがえない。

 

「ほんとだ。つけっぱなしにしていったのかな?」

「またしょうのないこった……」

「そういえばお母さんとも会わなかったよね結局」

「そうだなぁ。いくらなんでも電話が来てるはず……」

 

 そんな事をいいながら父は門を開け、玄関の鍵も開けた。

 

「ただいまー!」

 

 スモモが先に入り、父が後に続く。

 

「うっ……なにこの臭い」

 

 スモモはむせ返るほどの異様な匂いを鼻腔に覚え、袋を置いて思わず鼻を覆った。

 

「なんだなんだどうしたん……う」

 

 父も同様に鼻を覆うが、嗅いだ覚えがあるのかそれまでの表情を一気に強張らせる。

 

「スモモ……。ここで待ってなさい」

「え? で、でも」

「いいから待ってなさい!!」

 

 父も袋を置き、スモモを押しのけて靴も脱いで玄関入って2つ目の部屋の扉を開けた。

 

―居間―

 

 父は猛然とした勢いで扉を開ける。

 すると、信じられないことに愛しの妻は他の男と情事の最中であった。

 

「お……お父さん!?」

 

 サクラは裸の男の上で狼狽した表情で夫を見た。

 父は目の前の信じがたい状況に暫し言葉を失ったが、やがて言葉を紡いだ。

 

「お……お前。これは一体どういうことだ」

「ち、違うの貴方。これは……」

「俺じゃない男の上で腰を振っておいて何が違うっていうんだ!!」

 

 父は、サクラに飛びかかろうとする。

 しかし、ベットまであと一歩といったところでスモモが現場を見てしまった。

 

「お……お母さん? な……何をしてるの?」

 

 スモモは呆然とした様子で言う。

 

「え? ス……スモモ君……?」

 

 サクラの下にいた男がようやく口を開いた。

 

「その声もしかして……ヨシオコーチですか?」

 

 スモモは恐る恐る声をだす。

 

「そ……そんな」

 

 コーチの情けない調子の声をきき、スモモはようやく確信して膝を折った。

 下にいる男は紛れもなく、自分を直接格闘家としてここまでの実力に育ててくれたシジマの高弟でもあるコーチ、ヨシオであると。

 

「嘘でしょ……夢だといってよ……ねえ! お母さん!!」

 

 スモモは家中に響くような裂帛の声をあげることしかできなかった。

 

――

 

―2013年 11月6日 午後11時 スモモ宅 自室―

 

「あたしの信じていたものがあんなに裏切られて……汚されて……何もかもが悪夢であってほしかった」

 

 あの夜からすぐに両親は離婚。クマオ側はあの時は頭に血が上っていたものの冷静になりもともと妻を愛していたので許すつもりであった。しかし、サクラの方は新しい関係を築きたいと一方的に離婚を要求。スモモの親権を譲り、慰謝料を相場の倍以上払うということでようやくクマオは離婚を了承した。

 しかしクマオに空いた穴は決して金などで埋められるものではなかった。あの日以来嗜む程度であった酒や煙草の量が少しずつ増えていっただけでなく粗暴性が増して遂に解雇された。路頭に迷うかどうかの瀬戸際に立たされるものの丁度その頃からスモモが本格的にファイトマネーを稼ぎ始めて生活が成り立つようになってしまった。それ以後のことはもう書くまでもないだろう。

 スモモの方はあの一件で激怒し、ヨシオコーチを罷免。伯父のつてで新たなコーチを据えたが、母は去り、変わり果てていく父を見るのはそろそろスモモ自身の中でも限界を迎えつつあった。

 

「ルカリオ……。あたし、どうすればいいのかな」

 

 スモモは縋るように目線を合わせ、ルカリオに尋ねた。

 

「もう何もかもが嫌になっちゃった……。お父さんは相変わらず自堕落でフラッフラしてるしさぁ、伯父さんは自分の弟がかわいいからって関係ないあの二人にまで卑怯にも押し付けて自分はずっと大したことしないし……何よりもあたし自身が……」

 

 ルカリオはピクリと反応して、スモモに更に目線をあわせる。

 

「あたし……自身が情けなくなるよ。あたしがあんなに無理を言ってこの道に進んだのに……そのせいでこんなことになって。あたしが、あたしさえ格闘をやるって言わなきゃ……ううっ……」

 

 スモモはポロポロとルカリオの胸の中で泣き出してしまった。

 

「……」

 

 ルカリオは震える主人の背中をただただ優しく撫で続けてやることしかできなかった。しかしその眼には決意にも似たものが窺えた。

 

―11月7日 午前1時 同市 ポケモンセンター 334号室―

 

 ピカチュウはこの時レッドの横で寝ていた。しかしゆっくりと眠そうに起きて、エリカの近くにたった。

 エリカはこの時、日課の日記をつけていたが気配に気づいて書く手を止めた。

 

「あら? ピカチュウ。なにか御用ですか?」

「ピカ……」

 

 ピカチュウは眠たい足取りで出口のドアに向かっていく。

 

「ちょっと。どこに行くのです?」

 

 ピカチュウはドアの前にとまりエリカに向き直って、それを指さした。

 

「なるほど……。外に用事があるというのですね」

 

 ピカチュウはうなずく。

 

「しかしもう夜も大分更けてきましたし……私も眠いです。明日にしませんか?」

 

 エリカは言った後わざとらしくあくびしてみせる。

 ピカチュウは引かずに首を横に振った。

 

「分かりました。手短にお願いしますね」

 

 エリカはため息をつきながら言う。こうしてエリカはピカチュウの導きに従うことにした。

 

―午前1時10分 ポケモンセンター 出入り口付近―

 

 ポケモンセンターを出るとすぐ近くにルカリオがいた。

 

「あら……もしかしてルカリオ?」

 

 エリカはルカリオを見て思索を巡らせる。

 しばらく間を空けて再び口を開く。

 

「スモモさんのルカリオですね」

 

 ルカリオは黙って頷く。

 

「そうでしょうね……。私になんの御用ですか?」

 

 エリカが尋ねると、ルカリオは流麗な動作でエリカにひざまずいた。

 

「えっ……どうしたのです?」

 

 しかし言葉とは逆に彼女は強い決意をも伺わせるルカリオの体を見て、なんとなく察しはついていた。

 

「頼む……マスターを……スモモを……助けて」

 

 ルカリオは話すことに慣れてないのかたどたどしい言葉をやっとの思いで紡いだ。

 

「どうして私に?」

「俺は……人間……何、考えてるか……わかる……貴女なら……信頼できる……と」

「ルカリオは波導を通じて思考や位置などを読み取れると聞いてはいましたが、本当なのですね」

 

 ルカリオはひざまずいたまま頷く。

 

「私もこのままでは後味が悪いと思っていたところなので願ってもないお話ではありますが」

「明日……シジマが……来るのだろう?」

 

 波導で読み取っているのか蒼いオーラがルカリオをまとっている。

 

「は、はい」

 

 エリカはやや気圧された様子で答える。

 

「その時に……タイミングを伺って……入ってきてくれ」

「しかし私は部外者ですよ? そう簡単には……」

「大丈夫……俺に任せろ」

「えっ?」

 

 エリカが聞き返したそのときにはルカリオはその場におらず、エリカの目の前には力尽きて寝息をたてるピカチュウだけが残された。

 彼女はしばらく立ち尽くしたが、やがてピカチュウを抱えて自室に戻った。

 

―同日 午前9時 同市 ポケモンセンター前―

 

 二人は朝食を済ませ、次のバッジのある街ノモセシティを目指すべく移動を開始しようとしていた。

 

「さて、行くか」

 

 レッドはトバリシティの南側出口へと歩みだそうとした。

 

「貴方。先程いいましたわよね? スモモさんのルカリオが助けを求めていると」

「言ったけどそんなの当てになるかよ。俺らにはどうしようもないと言っただろ?」

「それはそうですけれど……あら?」

 

 エリカはレッドの後ろにある建物とポケモンセンターの隙間に何かが落ちてるのを認めた。

 

「これ……なんでしょうか」

 

 エリカはハンカチで包みながら拾い上げる。

 

「なんだこのボロっちいの」

「恐らくお守りではないでしょうか。かなり使い古されてはいますけど」

 

 彼女は表と裏を返しながら言う。なにか手がかりはないかと中をあけてみる。

 すると『自分の心に正直に生きなさい』とだけ書かれた紙だけが入っていた。

 

「これは……スモモさんのお守りではありませんか?」

「そうなのか?」

「はい。ミカンさんのお話ではこのようなお守りだったと伺っていましたから。しかし……どうしてこんな所に」

 

 彼女は暫し考えて

 

「なるほど。そういう事でしたのね」

 

 と自ら納得した。

 

「おい、エリカ。どういうことだよ説明」

「貴方。行きますわよ」

「え?」

 

 そういうと彼女は帽子を目深に被り直してレッドの返答も聞かずに颯爽と進んだ。

 

―トバリジム前―

 

 トバリジム周辺はそれとなく騒がしかった。

 

「おや。どうしたんだ?」

 

 昨日、スモモについて話してくれた中年のトレーナーが話しかけてきた。

 

「先程、ポケモンセンターの前でこれを拾いまして……」

 

 エリカはハンカチの包みを広げて男に見せた。

 

「おお! これは……。ちょっと待っててくだせえ」

 

 そうことわって、男はジムの中に入っていく。

 五分ほどしてスモモと共にでてきた。

 

「リーダー。これでしょう?」

「ああ……! ありがとうございます! 今朝からなくなってて困っていたんです!」

 

 スモモは心から喜んでいるようだ。目に昨日うかがえた底暗さはうかがえなかった。

 

「これ、どこに落ちていたんです?」

 

 トレーナーが自然な様子でエリカに尋ねる。

 

「ポケモンセンターの横の路地におちていました」

「え? どうしてそんな所に……」

「さあ。私にもわかりかねますけど」

 

 彼女は真実に勘付いていながらも表情を微塵も変えずに何も知らない風に受け流す。

 

「そうですか……。いやでも、本当に見つかってよかった……」

 

 スモモは受け取ったお守りを胸に強く抱きとめながら言う。心の底から安堵しているのがはっきりうかがえた。

 

「本当にありがとうございます。それじゃ」

 

 スモモはトレーナーにアイコンタクトをとる。帰ろうという合図だろう。

 

「はい。それでは」

 

 とエリカがためらいがちに言ったところで場がにわかに水を打ったように静かになった。

 二人が後ろを向くとそこには帽子を被り、茶色のトレンチコートを身にまとった恰幅のいい男が居た。

 

「スモモ……」

 

 男は脱帽して充血した目でスモモに語りかけた。

 その表情は申し訳無さと怒りが入り混じった複雑なものが伺える。

 

「お。伯父さん……?」

「クマオはどこだ」

 

 シジマは普段からは考えられないほどの鈍重な声でスモモに尋ねる。

 

「え、えっと今日は新装開店とかで……」

 

 スモモの代わりに近くにいた若年のジムトレーナーが答える。

 

「すぐに連れ戻せ」

 

 声そのものは静かなものだったが、言外の迫力は何者をも従わせるのに十分だった。

 言われたジムトレーナーは頷いてすぐに走り出した。

 

「伯父さん。き、急にどうしたんですか?」

 

 スモモは笑顔を取り繕って何事もないようにみせる。状況からしてどういう目的なのかは明白だというのにどこか憐れみさえ周囲の人間に抱かせた。

 

「スモモよ。話は全て聞いた。今、決着をつけよう」

 

 シジマは決然とした声色でスモモに言う。

 

「伯父さんには関係のないことだと言ったはずですよ」

「いいから。ここで話をしても仕方がない。ジムで話をつけよう」

 

 そう言ってシジマは話を進めていく。ふと、二人の方を見た。

 

「エリカ女史も加わるかね?」

 

 シジマは先程よりは軽い調子の声で尋ねる。

 

「えっ。しかし私は……」

 

 エリカは一応遠慮をした。

 シジマは素早くエリカに近寄り、肩を叩きながら小さく耳打ちする。

 

「全て聞いている。この話では君のような冷静な第三者が必要だ。頼む」

 

 誰から聞いたのかエリカにはすぐに察しがついた。彼女は小さく頷いて応じた。

 

「夫も同席して宜しいでしょうか?」

「クマオが暴挙に出ないとも限らん。抑え役はいるだろう」

 

 シジマは即答した。昨日あれだけ怒髪天を衝くかの如き怒りだったシジマが冷静に言葉を紡いでいる。エリカの表情が少しだけ安堵したように見えた。

 

「なんだかハブられた感じだな……俺」

 

 レッドは小さくそうつぶやいた。

 やがて、クマオがシジマの前に引き戻され、ジムの応接室において親族会議をすることになった。

 

―午前10時 トバリジム 応接室―

 

 応接室は革製で高級感のあるクリーム色のソファが二つにその間に重厚な質感の大きな木製机があった。その上に暖色のチェック柄の布がかけられ、上に花瓶と五人分の飲み物がおかれていた。

 レッドとエリカが奥側に相対して座り、少し空けてシジマ。そしてその反対側にスモモと弾劾される張本人のクマオがいた。

 クマオは借りてきた猫のように神妙な様子で座っている。しかし朝も酒を飲んだのかアルコールの臭いがした。

 形式的な話もそこそこに本題に入る。

 

「で、どうなんだクマオよ。スモモとはうまくやっているのか?」

 

 シジマは自らの口から誠実に真実を言わせるべく敢えてそう尋ねた。

 レッドとエリカは注意深く動静を見守る。

 

「な、なぁにいってんのさ兄さん。そうに決まってるじゃないか、なあ!」

 

 クマオはスモモの肩をだき、彼女に目線を合わせる。

 

「そうですよ伯父さん。あ、あたしたちは親子円満ですよ?」

 

 しかしそう答えるスモモの声は微かに震えていた。

 暫し間を空けて

 

「そうか」

 

 とシジマは残念そうな声を出した。

 

「ところでだ。ワシの耳にはお前がスモモに虐待をしているという噂がいくつも耳に入っているんだが、それはどうなんだ?」

 

 シジマは冷静に言葉を発しているように見受けられた。怒りの感情を強い理性でギリギリのところで押さえつけてるようだ。

 

「兄さん。そんなの根も葉もない噂にきまっているじゃないか。きっとジムリーダーという事を妬んだただの虚言さ」

 

 クマオは冷や汗をかきながら答える。

 

「ほう……。ワシの大学のトバリに行ったOBもわざわざ報告しに来たんだがなあ」

 

 シジマは厳しい視線をクマオに注いだ。傍から見るだけでも蛇に睨まれた蛙の如く縮み上がりそうな凄みである。

 

「実の弟よりそのOBってのを信じる気なのか?」

「そうは言わないが……。スモモよ」

 

 シジマはクマオに聞いても無駄だと悟ったのか、スモモに尋ねる。

 

「本当に不満はないのか?」

 

 スモモは押し黙ってしまう。

 

「聞いているのか」

「……してよ」

 

 スモモは小さな声で呟く。

 

「おい!」

「いい加減にしてよっていったの!」

「な……何じゃと?」

 

 スモモの予想だにしなかった言葉にシジマは瞠目している。

 レッドとエリカもスモモの動静を見た。

 

「三年間もずっとろくな手を打たずに他人任せにしておいて今更こっちの事に口出ししないでよ! さっきから聞いていれば誰かから聞いたって……なんでそこまで知っておいてもっと早くに来てくれなかったの!? 伯父さん全国に知り合いいるんでしょう? 偉いんだよね。もっと……もっと早くにあたしたちのこと知ってたはずだよね?」

 

 スモモは感情を爆発させてシジマを問い詰める。

 

「それは本当に済まなかった。じゃから今こうして」

「今更そんな事されたって……! もうどうにもならないところまで来ちゃっているんだよ……。伯父さんがお父さんに遠慮して放っておいてる間にね」

「待ってください」

 

 エリカが間に入り、双方を制止する。

 

「スモモさん。貴方の言うことは尤もですわ。確かに離婚をされてからの数年に亘り部外者の情報に頼って直接的な行動を起こさなかったことは唯一この家庭に直接介入できる立場の人間としては不適切だったかもしれません」

 

 彼女は伏し目がちにそう言った後、厳しい視線でスモモを見る。

 

「しかし、それはシジマさんだけの責任ではありませんわ。スモモさん、貴女自身がシジマさんに助けを求めず、大したことはないとご自分で言い続けてしまったことにも責があると思いますが」

 

 彼女は極めて冷静な様子で意見を述べる。

 

「確かに……エリカさんの言う通り。でも……それは”まともな環境で過ごしてきた”人の意見でしか無いんです」

 

 スモモは冷ややかな、しかしどこか確固たる信条を感じさせる目をしていた。

 

「なんですって」

「信じてきたものを壊された経験のない人には……あたしの気持ちなんて分からないって事ですよ」

 

 即ち彼女は母の不倫で崩壊した家庭でこれまでの人生で信じてきたものの多くに裏切られ、もはや自分自身でなんとかするしかないという感情に支配されたということである。

 

「確かにスモモさんに比べれば私など甘えた環境で育ったかもしれません……。しかし、それでも想像することくらいは」

「わかったようなこといわないでください! とにかくここまで時間も状況も変わった以上、あたし自身に……あたし自身の問題なんです。何度も言ったとおりあたしには構わないでください」

「スモモ……」

 

 シジマの目には悔悟の念が多分に映っていた。

 

「とにかく……」

 

 ここで、しばらく黙っていた弾劾された張本人が口を開く。

 

「スモモはお前たちの力なんていらないって言ってるんだ。おとなしく帰れってんだ」

 

 ここまでの状況になっても力を借りようとしないスモモに安堵したのか、クマオは従前の気を取り戻しつつあった。

 

「貴様……」

 

 シジマの目に静かな怒りの炎がうかがえた。

 

「クマオ……さんと言いましたか? 貴方ほど見下げ果てた人はそうそういませんわね。下衆というのも憚られますわ」

 

 エリカはクマオを軽蔑しきった表情で見ている。

 

「お、おいエリカ」

 

 レッドはエリカを抑えようと言葉をかける。

 

「あぁ!? てめーに何がわかるってんだよ。さっきから聞いてりゃ偉そうなことペラペラうちのスモモに講釈たれやがってよお?」

「くっ……」

 

 エリカは怒りを相当に堪えているようだ。

 

「ま。いいやいいや帰れやお前ら。スモモがこのままでいいって言ってんだからさっさと出てけやこのボンクラどもが!!」

 

 クマオは最大限気が大きくなってしまっている。シジマの介入も効果なしとあれば最早誰も自らのわがまま放題の生活を止めるものは居ないのである。

 しかし、その言葉がシジマの最後の理性を破壊した。

 

「クマオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 そう言うやいなや、シジマは机を踏み越えてクマオに掴みかかる。

 

「な、なんだよ兄さん。気でも……」

「シジマさん! それはいけません!」

 

 エリカの制止むなしく、クマオは次の言葉を発する間もなく、シジマの鉄拳が三発、四発と降りかかった。最後の一発でクマオは応接室の壁まで吹き飛ばされ、本棚に当たる。衝撃で何冊かバサバサと落ちていく。

 顔からは大量に出血し、歯も七本程折れた。それにくわえ、肋骨も何本か折れたように見える。流石は衰えたとはいえかつては格闘界の第一線で闘っていた実力者というべきか。

 

「は……が……」

 

 クマオはうわ言を吐きながら潰れている

 

「伯父さん! なんてことするの! あたしのお父さん……お父さんに!!」

 

 スモモはこんな父でも昔日の記憶のせいか健気に庇っている。

 

「はーっ……。スモモ。わしゃ決めたぞ」

「え?」

「クマオをお前から引き離す。お前をそこまで追い込んだのは間違いなく、こいつのせいじゃ」

「そんな……。あたしの……大事なおとう」

「スモモよ。お前の言う通りこいつはもう前には戻れんかもしれん。だからこそお前一人で時間をかけて考えてみてほしいのだ」

 

 シジマは父の血も拭わず、その手で彼女の肩を叩きながら言った。

 

「考えるって……いまさら何をしろっていうの」

「それはワシの決めることではない……。お前自身で見つけ出すことだ。ワシはきっかけを与えてやることしかできんからな」

「そういうところが自分勝手だっていうのに」

「そうかもしれんな」

 

 シジマは力なく笑った。

 

「今は辛いかもしれんが……時が経てばきっと分かるはずだ」

 

 そう言ってシジマは脱いでいたコートを羽織り失神状態のクマオを肩に担ぐ。

 

「シジマさん。クマオさんはこれからどうなさるおつもりですか」

「とりあえず病院に連れて行く。自分のケツくらい自分で拭けるから心配するでないぞ」

 

 そう言ってシジマはドアを開ける。

 

「エリカ女史……レッド君。こんなことに巻き込んですまなかったの。じゃが……ありがとう」

 

 シジマはそう言いながら部屋を後にする。ドア越しに血まみれの二人を見たジムトレーナーたちの騒ぐ声がした。後は彼らがどうにかするだろう。

 後には茫然自失としているスモモと、レッドとエリカが残された。

 

「スモモさん……」

「伯父さん……。本当に勝手だよ。昔からマイペースで人を振り回してばかりで……」

「しかし、そういうシジマさんだからこそ貴方から引き離すという決断ができたんですよ」

「それが余計なお世話だったのに……。これはあたし自身の問題だから……あたしが、あたしだけで何とかしなければいけなかったのに」

 

 スモモは他人に頼ってしまったことを強く悔い、自らを責めているようだ。

 

「スモモさん。貴女は一人でなんでもかんでも抱えすぎですよ。貴方にはジムトレーナーやシジマさん、そして……大事なパートナーがいるのですから」

 

 エリカ敢えてポケモンではなくパートナーという風に形容した。ルカリオの事を暗示しているのだろう。

 

「パートナー……ですか」

「貴女には貴女を理解してくれる存在が沢山いらっしゃるのです。どうかそれをお忘れのないように」

 

 スモモはそう言われると押し黙ってしまった。

 

「そろそろ行きましょうか。貴方」

「あ、ああ」

 

 レッドはエリカに遅れて応接室を去っていった。スモモは一人じっと座って考え込んでいる。

 

―午後0時10分 ジムの外―

 

 二人はあれからジムトレーナーたちに何があったのか回答を次々と求められ、律儀に答えているうちに昼になっていた。

 

「ふう。やっと切り抜けられましたわね」

「ああ……。だけどよ。いいのかよスモモさん。あのままで」

 

 レッドは少しばかりスモモの事が気がかりのようである。

 

「シジマさんも仰せになっていたでしょう。あとはスモモさん自身で考えて解決すべきことです」

「そうか……。にしてもシジマさんも流石にあそこまで殴るなんてなあ……。ちょっとやり過ぎじゃないか?」

「私も暴力は好きではありませんけど……。あの時はやむを得なかったと思いますわ」

 

 暴力を好まない彼女でさえもやむを得ないとする程、クマオは腐りきっていたということである。

 

「まあ……。あれだけ悪態ついてたらそうかもな。おや?」

 

 二人が路地を歩いていると天からにわかにちらちらと白いものが降りてきた。

 

「あら……。どうやら初雪のようですわね。天気予報でも言ってましたし」

「ああそうか……。もうそんな時期なんだな。今年も寒くなりそうだがシンオウは格別だろうな……」

 

 レッドはうんざりとした表情で言う。

 

「シロナさんももっと着込んだほうがいいと仰せになってましたし、デパートにでも行きましょうか」

 

 レッドも了承し、二人はトバリデパートへと向かった。

 

―午後2時30分 トバリデパート 3階―

 

 二人はデパートの最上階で昼食を食べ、そのまま降りて冬の服を買い込んだ。長靴もホウエンで買ったものでは長時間の雪道には不足であると判明し、買い直した。

 ついでにホウエンで買ったカイロもだんだん在庫が心もとなくなってきた為追加で買った。

 一段落ついたので二人は3階の売り場を彷徨い歩いていた。

 エリカは毎日やっている服の修繕に必要な糸や針などを買い直していたが、途中で毛糸の専門売場に通りかかった。

 

「あら……これはなかなかいい毛糸ですわね」

 

 彼女は商品棚に並んでいる色とりどりの毛糸を眺めていた。

 

「なんだ。何か編むのか?」

「フフフ……。どうしましょうかね」

 

 彼女はレッドが他の売り場に行ったのを見計らって何色かの毛糸を買い込むのであった。

 二人は買い物を終わらせると、この日もトバリに留まりポケモンセンターで一泊する。

 

――

 

 二人は3日ほどかけて214番道路と213番道路を超え、ノモセシティへ到着した。

 

―ノモセシティ 大湿原のある街。自然の多いシンオウ地方の中でも特に賞賛の高いノモセ湿原を擁し、そこはサファリゾーンとなっておりポケモントレーナー達の新しい相棒を見つける街にもなっている。ジムリーダーのマキシは湿原のイメージからか水タイプを選んだが紛らわしいと一部では囁かれる。

 

 

―11月10日 午前8時 ノモセシティ ポケモンセンター―

 

 二人は朝ノモセシティの入り口を通った。

 ノモセも初雪が降ったのかやや雪が路地に残っている。しかしこの日は晴れており直に溶けると思われる積雪量であった。

 

「ふう。やっと着きましたわね」

「ああ。途中で吹雪にあったのは参ったけど……。どうにかなったな」

 

 流石シンオウ地方と言うべきか二人は道中吹雪に見舞われ1日行程を遅らせていた。

 

「まだ11月だというのにこれですもの……。やはりシンオウは一筋縄ではいきませんわね」

 

 そうこう言いながら二人はポケモンセンターに入りポケモンを回復させた。

 

―午前9時 ノモセジム―

 

 ノモセジムに入り、二人は程なくしてリーダーのマキシの場所にたどりついた。

 マキシは歩き方の触れ込み通りのプロレスラーの風貌をした男で、顔にマスクをつけていた。

 

「うおーし! よぉーくきたぁー! 俺様こそがマキシマム仮面! そしてここノモセシティのジムリーダーだ! 二人の全国のジムを制覇しようとするその意気やよーし! だがぁ、俺様の厳しい水の中で鍛えに鍛え上げたポケモンたちは、そう簡単にはバッジを取らせないから覚悟して取りにかかってこぉい!」

 

――

 

 レッドは二匹、エリカは一匹も失わずに勝利した。

 

「おお……! 終わってしまったか。流石はこの全力の俺様にかかってくるだけの事はぁある! 戦っていてすごぉく楽しかったし勉強になった! この功績をたたえ、このバッジを与えよう!」

 

 二人は五枚目となるフェンバッジを手に入れた。

 

「ありがとうございます!」

「うむ! ふたりともこれで半分以上バッジをとったんだな! シンオウも折り返しだがまぁだまぁだ気を抜いたらだめだぞ! どんな時もフェアプレーの精神を忘れず正々堂々と戦えぃ!」

 

 そう言ってシジマは二人を送り出した。

 

―午前11時 ノモセシティ 市街―

 

 二人はポケモンを回復させ、時間も余ったので街を散策していた。

 やがて建物や人通りもそれほどないのどかな広場にでる。

 

「なんというか賑やかな人だったな。マキシさん」

「ええ。そうですわね……。しかしああいう人はどうも私とは合いそうにもありませんわね……」

 

 エリカはそうこぼしながら下を見る。

 

「まあまあ! そうあいつの事を言わんでくれ! 確かにちょっとばかりうるさいところがあるが気持ちのいいやつなんだ」

 

 背後からマキシに負けず劣らずの声量がした。

 振り向くとそこにはとがった髪型に、緑色の長外套を羽織った男がいた。

 

「え? 誰ですかあなた」

 

 レッドは全く面識のない人物だったのでそう答えた。

 

「誰でも良いんだ。ところで君、レッド君だろう? 君とは一度戦ってみたくてずっと待っていたんだ。頼めないかな?」

「誰かも名乗れない人と闘う気はありませんよ」

 

 レッドはきっぱりとそう答えた。

 

「ハッハッハ! 厳しいねぇ。私の名前はクロツグ。しがないポケモントレーナーだ」

「そうですか」

 

 と言いながらレッドは内心しがないトレーナーならばさっさと決着つけてしまおうと楽観的でいた。

 

「エリカ、お前どうする?」

「え、その私は……」

 

 急に振られてエリカはややたじろくがすぐにクロツグが遮る。

 

「レッド君。私が戦いたいのは君だよ。エリカ女史はこの際いいんだ」

「え?」

 

 レッドは当惑した表情でクロツグをみた。

 

「今度のPWTで戦うのは恐らく君一人なのだろう? 我が国を代表するポケモントレーナーの一人のちからがどれほどのものかみてみたいんだ」

「なんだか随分と上から目線だけど……。まあいいか。分かりました。そういうことなら」

「貴方。お気をつけください。貴方と知って勝負を挑んでくるということは余程の手練かもしれませんわ」

 

 エリカはレッドに耳打ちする。

 

「なあに。気にすることはない。すぐ終わるさ」

 

 レッドはそう言いながらボールを構える。クロツグも同じく構えた。エリカは注意深く見守っている。

 

「私から出そう。行け、ドサイドン!」

 

 ドサイドンは悠々とした姿でフィールドに姿を現す。

 この時、レッドは直感で彼は只者ではないと読み取った。ドサイドンを持っている時点でエリートトレーナーどころかベテラントレーナーである可能性が高い。

 それだけでなく、彼のドサイドンはサキヒサのそれをも凌駕するような風格と貫禄を持っているように彼は感じた。

 

「行け、フシギバナ!」

 

――

 

 レッドの悪い予感は的中した。

 善戦はしたものの、戦局はレッド不利に展開し続けレッド残り1体に対し、クロツグはまだあと2体だせる余裕があった。

 レッドは強さを感じつつも舐めてかかったことを後悔した。

 現在フィールドにはレッドの最後のポケモンであるリザードンと、クロツグのミロカロスがいた。

 当然相性が不利なので勝敗はほぼ明らかである。

 

「リザードン。ソーラービームだ!」

 

 レッドはソーラービームに全てを賭ける計算で指示を下す。

 

「あれ……?」

 

 レッドは一瞬だけソーラービームがすぐ出ないことに戸惑った。しかし、よくよく考えたら当たり前のことなのですぐに平静を取り戻す。

 

「ミロカロス。ハイドロポンプだ」

 

 ミロカロスは怒濤の水流をリザードンめがけて発射する。

 

「……!」

 

 リザードンは光を集中させながら水流の洗礼を受けるまいと決死の覚悟で回避し続けた。

 彼は出来うる限りの事をして避け、ついに水が尽きたのか水流がやんだ。

 リザードンが安心して集中しだしたところで

 

「甘い」

 

 と言っている風にクロツグの唇が動いたかのようにレッドには見えた。

 そして、その瞬間ミロカロスは機を得たりとばかりに、最大限の水流をリザードンにぶつけた。

 避ける間もなく、彼は水流をもろに受けることとなった。

 

「嘘だろ……おい」

 

 レッドは目の前で起っていることが信じがたかった。

 しかし、リザードンはこれで倒れなかった。これにはクロツグも予想していなかったのか微かに目を見開かせたように伺える。

 リザードンの尾は最小限なまでに火の勢いを弱くしており、ほぼ気力と、なによりもレッドへの忠誠で立っているようなものだった。

 

「よ、よし! よくやった! 反撃のソーラービームだ!」

 

 しかし、レッドがそう指示した瞬間、ミロカロスは赤い光に包まれ居なくなってしまった。

 

「あ……あれ?」

 

 レッドが何事かとおもってクロツグを見る。すると彼はモンスターボールを手で上に投げたり下で受けながらそこにいた。どうやらミロカロスを戻したようだ。

 

「やめだやめ。レッド君」

「え……そんな」

「君のリザードンはもう体力の限界を通り越して戦っている。このままソーラービームを出せば命にかかわるところだったんだぞ」

 

 レッドはリザードンを見る。彼の炎は見たことがないほどに小さくなっていた。

 

「そ、そんなのあんたの負け惜しみだろ! あのソーラービームを喰らえばミロカロスは」

「倒れたとでも?」

「そ……そうだ!」

「ふざけるな! どういうダメージ計算をすればそんな都合のいい戦況が想像できるんだ!?」

 

 クロツグはレッドを思い切り叱りつけた。その声はどこまでも響くように見えた。

 

「とにかく、今回は引き分けだ。また君の調子の良いときにでも戦うよ」

 

 クロツグは先程までの厳しい表情からすぐに元の陽気な表情で言う。しかしその表情はどこか悲しげにも見えた。

 

「冗談じゃない! あのソーラービームで俺は……倒せたんだ。それで、これはあんたが負けたらやばいと思って勝手にポケモンを引っ込めたんだろ! じゃあ俺の勝ちだ!」

 

 レッドはあくまでも強情を崩さない。

 クロツグは呆れきった表情をして返す。

 

「わかった。そこまでいうなら君の勝ちでいいよ。すごいなぁ。レッド君は。とても敵わないや。それじゃあな!」

 

 最後は無感情な声で吐き捨て、おちゃらけた動作でクロツグは足早に二人と別れた。

 

「たく。なんだったんだあいつ」

「貴方……。いくらなんでもあれはトレーナーとして意地が悪いですわよ」

 

 さすがのエリカもこの醜態には口を出さざるを得なかった。

 

「ふ、ふん。自分の負けも素直に認められないあっちが悪いのさ」

 

 そう言ってレッドは憤然とした足取りでまたポケモンセンターの方向へむける。

 

「それにしても……レッドさん相手にあそこまで優勢に戦いを進めるなんて何者なのでしょう?」

「さあな。俺が知るかよ」

 

 こうしてレッドは苦々しい戦いを終えてポケモンセンターに戻り今日はそのままノモセに留まった。

 

―11月15日 午前8時 210番道路―

 

 レッドはなんだかんだクロツグとの戦いを重く受け止めた。そのため次は五大難関と噂されるジムリーダー、トウガン戦に備えて霧が深く困難な道とされるカンナギタウンを目指して進んでいた。ノモセからズイまで最低限の休養しかとらずに鍛えながら進み、14日早朝に到着したズイで流石に体力の限界を感じたのでしっかりと休みこの日を迎えた。

 体力を全快させた二人は210番道路を歩いていた。すると偶然シロナにあった。

 

「あら。また会ったわね」

「シロナさん! ご無沙汰しておりますわ」

 

 エリカに続いてレッドも礼をした。

 シロナも返礼をして続ける。

 

「うん。ちゃんとあたしの忠告を守ってきちんと服を買ったわね。関心関心」

 

 シロナは満足げに二人の服装を見た。レッドは赤い無地の長袖だが裏地はウールであり、下はコーデュロイを穿いていた。エリカは更に防寒を整えており、ダッフルコートを上に着て耳あてと毛皮の帽子をしている。

 

「シンオウ地方で凍死したら洒落になりませんからね……」

「そうね。あまりにも勿体ないもの……。それにしてもどうしたの? あなた達はもうこのあたりのジム制覇したんじゃなかったかしら?」

 

 流石にポケモンリーグの副理事長は耳が早いようだ。

 

「ええ。ちょっとカンナギまで鍛えに行こうと思って」

 

 レッドは未だ沸々としたものがあるのか不機嫌気味にそう返した。

 

「レッドさん随分不機嫌ね。どうしたの?」

 

 エリカはノモセで遭遇した事の次第を話した。

 

「なるほどね……。まあトレーナーやっていればそんな事もあるわよ。負けそうになったのならそれを糧にして次勝てばいいだけのことじゃない! へそ曲げずにシャンとしなさいって」

 

 シロナは元気づけるためか軽くレッドの背中を叩く。

 

「は、はい」

「それにしてもレッドさんをそこまで追い詰めるだなんて大したトレーナーね。なんというお名前の人?」

「クロツグ……と名乗っていましたわ」

 

 シロナはそれを聞いてくすりと笑ってみせた。

 

「な、何がおかしいんですか」

 

 レッドは思わずそう返す。

 

「ごめんごめん。だったら無理もないわね……。バトルフロンティアって聞いたことないかしら?」 

「名前だけは……。確かシンオウ地方の離島にあるバトル施設でしたわね?」

 

 エリカの返答にシロナはうなずいて返す。バトルフロンティアは地理的条件からかシンオウローカルの色が強く、それ以外の地方の人間にはジムリーダーやベテラントレーナーのようなよほど造詣が深い人でないと存在すら知らない施設であった。レッドも名前だけは知っていたのでエリカに続く。

 

「そのクロツグって人はね。その中の中心的施設ともいえるバトルタワーのタイクーン。つまり長を務めている人なのよ」

「え!?」

 

 レッドは我が耳を疑った。タワータイクーンといえばリーグチャンピオンとも優勢に渡り合えるほどの実力者であることもおぼろげながら知っていたのだ。

 

「あの人は流石に全力のヤナギさんには歯が立たなかったらしいけれど、少なくともあたしより強い人よ。四天王になってからずっと勝とうと追い続けてるけど勝てたのはチャンピオンの座をあたしに譲ると言ったときに戦ったあの一戦……。しかもあれですら手加減だったらしいから一度もないわ」

 

 仮にもリーグチャンピオンがあっさり自分よりも上と認めるほどのとんでもない実力者だったようだ。

 

「そうだったんですか……。とてもそうは見えなかったから」

「もしかしてあの人自分の立場名乗らなかったでしょ?」

「ええ。そうでしたけど」

「やっぱりね……。あたしね。大学入ってからトレーナーの道を歩もうと決めて、学生生活の傍らでバッジを集めてたの」

「へぇ」

 

 レッドはなんとなくシロナの話を聞く。

 

「四年かけてやっとこさバッジ8つ揃えて、院へ行こうかどうか迷ってた時期に急にクロツグさんから勝負を挑まれたのよ。貴方の時と同じように身分を隠してね」

「へぇ。それでどうなったんです?」

「言ったでしょ。負けたわよ。でも、君には才能がある。四天王にならないか? って誘われて、その時初めてうちの地方のリーグチャンピオンだったて明かされたものだから心臓止まりそうになったわよ」

 

 シロナは軽く笑いながら当時を述懐する。

 

「それはまた衝撃的なお話ですわね……」

「それであたしはリーグに入れるなんて滅多に機会があるものじゃないと思って一週間くらいでOKだしたの。院へいっても研究者として生計たてられるかどうかは分からないしね……」

 

 いやあんたなら上手くいくだろうとレッドは思ったが突っ込まないことにした。

 

「おっと。ごめんね。こんな話しちゃって」

「いえ。貴重なお話をどうも……」

 

 レッドは相手が本当に化物だったことが分かって内心少し安心していた。これならば自分が負けそうになっても仕方がないか。と。

 

「それで。二人はカンナギへ行くのよね?」

「はい」

「それじゃあちょっと悪いんだけど、行くついでにこの手紙をその街にいる祖母に渡してくれないかしら? あなた達にも関わりある話かもしれないから」

 

 そう言ってシロナはバックから一枚の封筒を二人に差し出す。

 

「私は構いませんわ」

「俺も構わないですが……一体どういう中身なんです?」

「あそこにある遺跡の中身についてちょっと……ね。後は向こう行ってからのお楽しみよ」

 

 そう言うとシロナはより近くにいたレッドに封筒を渡す。そして、「頼むわよ」と念押ししてシンオウリーグと思われる方向にそそくさとポケモンに乗って飛んでいった。

 来月に控えている選挙の準備で忙しいのだろうかとレッドは柄にもなく思う。

 

「流石に中身を見たら」

「貴方。それだけはいけませんわ」

 

 エリカに注意されたレッドはリュックに手紙をしまった。

 こうして二人は改めて、遺跡の町、そしてカムイ・ヌイナの伝承の地であるカンナギタウンへと向かうのだった。

 

―第二十五話 ああ有情 終―

 

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