伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第二十九話 天賦戦闘資質論

―1978年 7月17日 午後1時 タマムシ大学 オーキド教授研究室―

 

 オーキドは人生最大のピンチを迎えていた。

 この年のゴールデンウィークに妻のカルミアが事故により植物状態になったことで責任を厳しく追及されたのだ。

 マスコミのせいで自宅にも帰れず研究室にこもりきりの日々が続いていた。

 オーキドに近しい研究者はほとんど離れてしまったがただ一人だけ態度を変えなかったものがいる。

 

「オーキド君。最近ろくに食事も摂れていないそうではないか。どうだ? たまには一緒に馴染みの料理屋にでもいかないかね?」

 

 この国のポケモン研究を切り開いた大家であるニシノモリ博士の兄弟子、ナナカマドである。オーキドより五歳年上の彼は学生時代からなにかとオーキドを気にかけており彼自身にとっても数少ない心を開ける人物であった。

 

「ナナカマドさん。気持ちは本当にありがたいんですがどうにも食欲がわかなくて……」

「そうか……全くマスコミも勝手なものだな」

 

 ナナカマドはおもむろにタバコに火を付ける。

 

「どうだお前も」

「いえ。今日はいいです……」

「全く……。あれからというものすっかり人が変わったようだな」

 

 ナナカマドはゆっくりと吸い、吐き出した。

 

「それでは君の身体がとてももつまい。どうだ。家に帰りにくいというならうちにこないか?」

 

 ナナカマドは心の底から心配そうな声色で言った。

 

「え……よろしいのですか?」

「うちも部屋が余っていて困っていたところだ。私は構わないが……1つ頼み事をしたいんだ」

 

――

 

―2013年 11月21日 午後2時33分 マサゴタウン ナナカマドポケモン研究所 所長室―

 

 ナナカマドからの唐突な、しかし重大な意味を含んだ言葉で二人は瞠目する他なかった。

 

「ほ……本当なんですか? それ」

 

 ゴールドがようやく長い間をあけてさも驚いてる風に言う。

 

「他人の話はよく聞くものだ。私は仮にとつけたはずだぞ」

「仮に……そうだとするならとんでもないことじゃないですか。俺たちトレーナーは一体何のためにやってきたんだってことに」

「リーグはずっとポケモンバトルは努力すればみんな伸びると謳っているじゃないですか。そんなこと……あるわけが」

 

 ポケモンリーグが毎年新人トレーナーに配っているハウツー本や広報のポスターにはっている謳い文句にはトレーナーはみな平等だとか努力は必ず実るといった美辞麗句で飾られている。

 しかしナナカマドのいわんとしていることはその概念に真っ向から反するものであった。

 

「君たちは本当に覚えがないのかね。周りのトレーナーと比べて自分の力があまりにも強いと思ったことが……一度でもないと言えるのか?」

 

 ナナカマドは鈍重な声で二人に尋ねる。

 そう言われると二人は黙するほかなかった。ナナカマドに尋ねられる間もないことなのはジムバッジの数が見事に証明してくれている。

 

「まあ良い。本題に入るとしよう。君たち二人のいわゆる一回目……すなわち最初の8枚のバッジをとるまでのポケモンバトル、特に野生のポケモンとの戦いについて話を聞かせてもらおう。なに、記憶の限りでゆっくりと思い出してくれればそれで良い」

 

 ナナカマドは先程よりかは表情の力を緩めて話す。

 それから何時間かゴールド、続いてレッドから聴取がされた。ゴールドの場合特に聞かれたのは赤いギャラドスと闘った時からワタルと共にチョウジのロケット団のアジトを潰すまでの経緯。レッドが聞かれたのは主にバンギラスと闘ったことについてだった。

 

―午後8時30分―

 

 聴取が終ると二人ととりあえず主力にしているポケモンの様子やDNA採取が行われた。

 気がつくとあたりはすっかりと日が暮れていた。

 

「ウム。これで終わりだ。ご苦労。もう帰って良い」

「そうですか……。こちらこそ色々とご馳走になりありがとうございました」

 

 ゴールドは深く頭を下げた。

 ナナカマドは夕食までわざわざ自腹で出前をとるほどの厚遇をしていた。余程に二人について気にかかることがあるようだ。

 

「明日の昼までにはだいたいの結果が出る……。スマンがもう一度だけその時に研究所に来てもらいたい」

 

 ナナカマドは再度二人の眼をじっくりと射抜くかの如き視線で視ながら言う。

 二人も目的が気になるのでそのまま承諾した。

 

―午後9時 マサゴタウン ポケモンセンター 207号室―

 

 エリカと合流した3人はとりあえずここで泊まろうということになり、ゴールドとは別の部屋で夜を明かすことにした。

 

「やはりポケモンの研究というのは奥が深いですわね……。研究員の方から勉強になるお話を沢山していただきましたわ」

 

 エリカは見学の後ナナカマドの助手たちと談笑したり食事をしていたようだ。

 

「そうかそりゃ良かった。俺は一日中質問攻めにされてくたくただよ……。あーはやく寝たいなぁ」

「左様でしたか……。助手の方々も昨秋より博士が一人で夜遅くまで研究所に残ることが多くなって心配だとかこぼしていらっしゃいましたね。お歳もお歳ですし身体に障りがなければ良いのですが……」

 

 ナナカマドは今年で85歳。見た目は年の割には元気そうに見えるがやはり相当な老年である。

 

「俺らに聞いたこととなんか関わり合ったりするのかな」

「さあ……私にはわかりかねますわね。さてとお風呂を用意しておきますわね」

 

 エリカは風呂場へ向かう。

 その後、レッドとエリカはそれぞれ入浴してポケモンの世話をしながらくつろいでいた。

 

―午後10時30分―

 

「貴方。そういえば」

 

 レッドがピカチュウやラプラスの世話をしていると思い出したかのようにエリカが尋ねてきた。

 彼は彼女に顔をむける。

 

「今朝、ヒカリさんになんと言われたのですか?」

「え……」

 

 レッドは当惑する。しばし返す言葉に迷ったがしっかりとエリカの眼を視て答えた。

 

「この冷血漢……ってただそれだけ」

「まあ……」

 

 彼女は目を見開く。心優しいヒカリがそんなことを言うとは信じられないとでも言いたげな表情である。

 

「左様でございましたか……。全くヒカリさんときましたら、どこでそのような言葉を覚えたのでしょう」

「いやそこじゃないだろ」

 

 レッドは冷静に突っ込んだがエリカは特に気を留める様子もなく続ける。

 

「確かにもっと本を読むようにお勧めした記憶はありますけど……効きすぎましたかね」

 

 どうやらエリカは話を戻す気がないようである。

 

「はあ……。そうかい。疲れたし寝るわおやすみ」

 

 そう言ってレッドはベッドに寝っ転がった。

 

「おやすみなさいませ」

 

 彼女の言葉が聞こえたか聞こえなかったかくらいの早いタイミングで彼は寝付き、寝息を立て始めた。相当に疲れたのだろう。

 

「……」

 

 彼女はレッドが寝たのを見計らうとラプラスとピカチュウをモンスターボールに戻し、バッグから編みかけの毛糸をとりだし、机においた。8割方完成しているがここ最近は進みが遅い。

 彼女は続いてノートを出してボールペンでさらさらと熟語をつづった。

 愛情、尊敬、思慕、情愛、不変、謙遜などといった言葉が書かれている。その下には花と編み物の図案が描かれており、おそらく刺繍する花にまつわる花言葉を考えていた。

 彼女はしばらくノートを見ていると尊敬の文字にあたりをつけたのかその言葉に該当する花を次々と書き出していく。またしばらくその文字を眺めたかと思うと

 

「これ……この花こそ良いですわね」

 

 彼女は嬉しそうに納得したかと思うと電子辞書を取り出し、その花の写真を元に本格的な図案を描き始めた。

 30分すると図案を描き終えて彼女は最終工程へととりかかるのであった。

 

――

 

―1980年 1月16日 午後5時 マサゴタウン ナナカマド別荘―

 

 ナナカマドはオーキドを匿うかわりに自らの長年取り組んでいる研究の手伝いをすることを要請した。

 オーキドは休職した後、ポケモンの遺伝子情報やトレーナーのデータ収集と分析を主務としてナナカマドの研究補助の総指揮をとった。オーキドが特に領分とする分野だった為ナナカマドも最初の一年程度は心から助かっていた。

 しかし時間の経過と共にオーキドは精神に異常をきたすようになり奇行が目立つようになっていった。

 

「先生。ここ最近のオーキド先生の様子どう考えてもおかしいですよ」

 

 同じくナナカマドの研究を手伝っていた若い研究員が憔悴した顔で言う。

 

「前も言っただろう。あいつは深刻な事情があるんだ多少のことは大目に見てやれ」

「私だってあの事件というか事故については知ってますよ? しかしですね……」

 

 元来気の長い方だったオーキドは冬に入ってから怒りっぽくなり、また突然独り言を言い続けるなどうつ病に見られるような症状が目に見えてでていた。

 その上、サンプルにしていたポケモンに殴る蹴るの暴行を加えたり、部下の研究員へのあたりがつよくなっていたりと他のものたちの我慢も限界を迎えつつあった。

 

「わかった。今夜私から話をしておこう」

 

 苦情を言ってきた研究員の様子やまた自身も何度かそれを目にしているため話をつける決意を彼は固めた。

 

―午後10時 同所 オーキド寝室―

 

 ナナカマドはこの日の夜に残務を終えたオーキドの寝室を訪ねた。

 

「オーキド君。はっきり言おう。あまり評判がよくないぞ」

 

 ナナカマドは挨拶もそこそこに前置きをせず単刀直入に言った。

 

「そうでしょうな」

 

 オーキドは存外落ち着いてる様子で返す。

 

「君の事情は最大限分かってこちらも匿い続けたつもりだが……。こっちにも我慢の限度というものがある。改めないのであればそれなりの処置をしなければならない」

「処置ですと?」

「そうだ。私のこの研究も君のおかげで大分進み、学会発表への道筋もつけられた。だが言い方を変えればそれは……」

 

 ナナカマドは言いよどんで下を見る。

 

「用済み……だと?」

 

 ナナカマドはやや肩を震わせたと思うとそのまま返答をしない。

 

「そうか……貴方まで私を……」

「いや。決してそういうことでは」

 

 ナナカマドは慌てて言い繕おうとするもオーキドが先に言う。

 

「分かりました。明日にでも出ていきますよ。大分ほとぼりも冷めましたからね」

 

 オーキドは不気味なほどあっさりと退去することを口にした。

 その翌朝、オーキドは礼も言わずに雪深い別荘を後にした。

 

――

 

―11月22日 午後1時 ナナカマドポケモン研究所 所長室―

 

 翌日、三人は昼までそれぞれ時間をつぶしやがてナナカマドから呼び出しがかかったので研究所へ向かった。エリカはまたも研究員と話すようだ。

 

「それで博士。結果が出たんですか?」

 

 ゴールドがナナカマドに尋ねる。

 あいも変わらず気難しそうな顔をしているが、今日はよりその度合いを増しているようにみえる。

 

「うむ……」

 

 ナナカマドはそういったきり黙してしまった。

 

「博士……」

「もしかして研究していたことに関係が」

 

 レッドがそういうとナナカマドは二人を見据える。

 

「やはり。二人には話しておくべきだな」

 

 レッドとゴールドは前かがみになってナナカマドの次の言葉に注目した。

 

「私はこれまで長年ポケモントレーナーにまつわる問題を追い続けていた。ジムリーダーや四天王……チャンピオンにまで上り詰められるものとそうでないものの差……それがどこにあるのか」

 

 ナナカマドが神妙な面持ちで話し始めたことは全てが常識から外れたものであった。

 

「とどのつまり、ポケモンバトルは数多のプロスポーツなどと同じく才能が多くをしめるものなのではないかということ……。私はこれを天賦戦闘資質論。略して天戦論と名付けた」

「そ……そんな」

 

 レッド、ゴールド共に驚嘆を隠せなかった。

 

「勿論トレーナーの努力を否定するわけではない……。他の才能とおなじくこれもトレーナーの不断の努力がなければ開花させることも維持することもかなわない」

 

 ナナカマドは息をついて続ける。

 

「しかし、その結実の度合いは人によって大きく異なる。”資質”がなければどれほど懸命に育てようと訓練しようと無駄に終わってしまうのだ」

「と、とんでもないことですよそれ。じゃあいままでポケモンリーグがいってきたことって」

「嘘……とまではいわないが限りなく欺瞞に近い。私は今回君たち二人の話とポケモンのデータを得て今度こそ確信した。私のこれまで追究してきたことは誤りなどではないとな」

 

 ナナカマドは二人の前に様々な分析結果が書かれた紙を出した。

 

「私が三十年前に調査した時のジムリーダーやチャンピオンたちのDNAに共通して現れている形質とことごとく君たちは同種のものをもっている。それだけではない。おそらく君たちのもっているそれは相当に強力な形質でポケモンのレベルアップに必要な経験値を他のトレーナーに比べて大幅に減らすことができる」

「ということは……」

「君たちは比較的の範囲ではあるが他のトレーナーよりも早くポケモンを強くできたということだ」

 

 ゴールドとレッドはしばらく言葉を失った。

 2分ほどしてレッドが言う。

 

「ど、どうしてそんなことが」

「去年。ロケット団が行った強制進化電波が絡んでいる。君たちはその電波を強く受けたポケモンと闘っている。あの電波はポケモンに一時的に大量の経験値を与えて強制的に進化させている。そしてそれを倒した時にその遺伝子情報がポケモンとトレーナー自身に与えられ、書き換えられたのだ。ゴールド君は赤いギャラドスを、レッド君はシロガネ山のバンギラスを倒した時にそれが行われたと見るべきだろう」

 

 ナナカマドは滔々と自説を話す。

 

「じゃあ僕がカントーの全力のジムリーダーに相対したとき勝てたのも」

「何度も言うが君の努力を否定しては居ない。そもそもこれは十二分な素質がなければ分からぬもの。その上でいうのであれば、決して先に言ったことの影響は無視できるものではないだろう」

「そうですか……」

 

 ゴールドは下を見ている。

 

「博士」

 

 レッドがナナカマドに尋ねる。

 

「なんだ」

「どうしてそんな大事なことをいままで黙っていたんです? これは今までの常識を根底から覆す大変な事ですよ?」

 

 ナナカマドはしばらく間を空けて答えた。

 

「今から丁度三十年前。私はこのことを公表しようと試みはした……。だができなかったのだ」

 

 ナナカマドはそのままの重い口調でその事を話し始める。

 

――

 

―1983年 10月17日 午後8時20分 タマムシ大学 ナナカマド研究室―

 

「ナナカマドさん……本気でこれを世間に公表するつもりですか?」

 

 白髪交じりの中年の研究者が悩ましげな表情でナナカマドに言っていた。

 

「本気だ。オーキド君。ポケモンバトルは才能の世界だということを今のうちに知らしめねばしなくても良い寄り道をする若者が多く出てしまう。やるのならばまだモラトリアムができて日が浅い今しかない」

 

 ナナカマドは30年以上かけてジムリーダーやチャンピオンなどになれるもの、なれないものの差について生物学、遺伝学的な見地から様々な観点を用いて徹底的に研究した。

 そして遂に多数の学術的証拠をもってそれが立証できる段階までこぎつけていたのだ。

 

「オーキド君。君には感謝している。ここ最近ポケモン図鑑の開発やらで名声を高めて研究界の中枢に躍り出ようとしてるところ水を差すかもしれないがね。これだけは黙っているわけにはいかない」

 

 オーキドは80年にナナカマドと決別した翌年には大学に戻り、83年4月にはポケモン図鑑の初版を発表。

 これまで明快で検索性の高い図鑑がなかった時代においてこの電子図鑑はモラトリアムでポケモンへの道に歩みだそうとしているトレーナーたちへの受けが大変良くオーキドの地位を確固たるものにした。

 ナナカマドの決意は堅い。しかし、オーキドはそれをあざ笑うかのようにそれを押し止めるだけの武器を引っさげてナナカマドに会っていた。

 

「ナナカマドさん。悪いがそれでは私が困るのだ。全力で邪魔させてもらう」

「どういうつもりかね?」

 

 ナナカマドは目を瞬かせてオーキドに相対する。

 

「既に各方面に手は打ってある。貴方が意地でもそれを発表するというのであればこちらにも手段があるということだ」

 

 オーキドはここ数年で政財界において形成したコネクションを最大限に利用することをあくまでも辞さないつもりである。

 

「それは脅しのつもりか? 申し訳ないが多少のことでやめる気はない。最初から反発は覚悟の上で進めておる」

「分かってませんね。貴方がそんな研究に没頭してる間、私はより有意義なことに時を費やしたということですよ」

 

 オーキドは一枚の紙をナナカマドにわたす。

 ナナカマドは紙に書かれていた内容を見て愕然とした。

 

「貴様……。これだけの人間とよくも」

 

 紙にはサインつきでオーキドへの協力は惜しまない旨を示した念書のようなものが書かれている。

 中には名だたる政治家や高級官僚の他にこの国の大学の学長や学部長クラスの面々の名前があった。

 

「私がその気になれば貴方を永久に学会から追放するくらい訳ないことということですよ。貴方は昔からそうだ。研究バカで利口になることについては無頓着……。そんなことだからこんなつまらないことで足をすくわれるんですよ」

「真相から目を背けるような学会など、籍を置かぬほうがマシだ。きっと私の為そうとしていることを知れば心ある研究者ならば必ず……」

 

 ナナカマドはあくまで反抗の姿勢を崩さない。

 

「研究者? 馬鹿言っちゃいけませんよ。所詮この世の中は金だ。モラトリアムがおいしいものでなくなるというのがわかれば利に聡い彼らは何が何でも潰そうとしますよ。言ってること分かりますよね?」

 

 トレーナーモラトリアムによる経済効果は既に政財界の中では常識な事柄であり、施行前は3000億円程度だったポケモン関連市場がモラトリアム施行から3年経過した現在では既に一兆円を超えている。これからもますます伸びていく産業なのは明白なので”彼ら”はその利潤を虎視眈々と狙っているのだ。

 

「分かってないのは君の方だ。まあいい。金と権力の亡者と化した君とはいくら話しても詮無きこと。出ていきたまえ。私は忙しいのだ」

 

 ナナカマドは静かな怒りをみせながらオーキドを研究室から追い出した。

 

「後悔しますよ……センパイ」

 

 オーキドは静かに笑いながらナナカマドの研究室を去っていった。

 翌日からオーキドの揺さぶりがはじまった。

 オーキドは周囲の研究員の買収や脅迫からはじめ、ナナカマドにも教授の地位はおろか教職から完全に追放することまでほのめかせた。

 彼は最後の最後まで反抗し続けたものの研究職以外に食い扶持がない上にこれまで築き上げたものを失うのを耐えられなかった彼は屈服し、発表を断念する。

 その後ナナカマドは進化の研究に表向き題材をかえるが元々の研究は秘密裏で続けていた。

 

――

 

―2013年 11月22日 午後1時20分 マサゴタウン ポケモン研究所―

 

「そんな……オーキド博士が……そんなこと」

 

 ゴールドは例の騒乱のときエンジュに居なかったためオーキドの所業については何も知らない。

 

「信じられないろうがな……。すべて事実だ」

「そうですか……」

「博士」

 

 レッドがナナカマドに尋ねる。

 博士は黙ってレッドに顔を向ける。

 

「それをどうして俺たちに……」

「君たち二人は近く世界の舞台に立って戦うことになるのであったな」

 

 ナナカマドは再び言葉に力をこめている。

 

「はい」

「これだけモラトリアムが浸透した今になって天戦論を世に披瀝したところで詮無きこと。しかし、君たち二人にはその力が努力だけでなく授かりものであるというのを自覚し、その上で世間から八百長だインチキだと言われないような素晴らしい勝負をしてもらいたいからだ!」

 

 ナナカマドの言葉は力強く、真に迫っている。

 

「勿論二人にとっては受け入れがたい事かもしれないが……。これからその舞台に立つまでの間に自分なりに模索してもらいたい。君らならばそれが出来るはずだ」

 

 ナナカマドの話はそれから数分続いた。

 それからくれぐれも口外しないことを釘に刺された後、所長室から出されて二人は出口へ向かっていた。

 

―研究所内―

 

「レッドさん。どう思われますか? 博士の話」

 

 ゴールドはレッドの顔をのぞきながら言う。

 

「そうだな……。俺には難しいことはわからんが……身に覚えはあるし本当だろう」

「そうですか……」

 

 ゴールドは前に向き直す。

 

「お前、これからどうする?」

「僕はあの話をきいてショックだったけど……。いずれにしても僕のすることは変わりませんよ。ポケモンと向き合って力と高めていくだけです」

 

 ゴールドは眼に力をこめて言う。決意をこめているのが見て取れる。

 レッドは間を空けて

 

「そうだな。お前ならそうだろう」

 

 とだけ答えた。しかしレッドの内心にはそういう前向きなものとは違ったものが増大しつつあった。

 そうこう話していると出入り口につく。

 ほぼ同時に休憩室からでてきたエリカたちと合流する。

 

「貴方。お疲れさまでした」

 

 エリカはレッドに少し頭を下げる。

 

「おう」

「博士からは一体どういうお話でしたか?」

 

 二人はエリカからの問いには沈黙するしかなかった。

 二十秒ほどして彼女がなにか言おうとしたところでレッドが返す。

 

「そうだな……」

 

 レッドは一言そう置いた後

 

「とても……とてもいい話だったよ」

 

―午後2時 研究所前―

 

「これでお二人とも本当にお別れですね。短い間でしたが有意義な時間がすごせました」

 

 ゴールドはエアームドを出した横で言う。

 

「いえいえこちらこそ」

「そういえばレッドさん」

「なんだ」

 

 レッドがゴールドに身体を向ける。

 

「クロツグってトレーナー知ってます?」

 

 レッドにとっては思い出したくもない大敵である。

 彼はしばし間をおいて

 

「ああ……。まあな。少し前にノモセで急にバトル仕掛けられたよ」

「そうですか! やっぱりレッドさんも同じような感じで会ったんですねぇ。いやーほんとデタラメみたいな強さで参りましたよ」

「そうか。お前でもそんなに苦戦したか」

 

 レッドは少々嬉しそうである。

 

「はい。最初はいけるかと思ったんですけどやっぱタワータイクーンは違いますよ。でも僕の戦術の欠点とか育成法の改善とか色々アドバイスしてくれてほんと助かりました!」

「え……?」

「パーティの相談とかポケモンの調子について悩んでることとか丁寧に答えてくれましたしほんと凄いですよねクロツグさんって!」

 

 ゴールドは悪気のない純粋な笑顔で言う。

 

「そ……そうかそいつはよかったな」

 

 レッドは自分にはしてもらってない事の数々をきいて内心唖然としていた。

 

「あれ……? もしかしてレッドさんはそんなことなかったですか?」

「ま、まぁな。どうもなんか忙しそうだったし」

「そうですか……それは残念でしたね。それではそろそろノモセにいってきます! 一日もはやくレッドさんにおいつけるようがんばりますね!」

 

 そういってゴールドはエアームドにのって西の方向へ飛び去っていく。

 

「さて、やっと二人に戻れたな」

「え、ええ。ほんの数日ですのに随分懐かしく感じますわね」

 

 エリカはやや取り繕った風のしぐさをしたがレッドには気づかれなかった。

 

「次はキッサキか……。テンガン山であれだけつもってたのを考えるとあそこまでの道中も結構な雪なんだろうな」

「左様ですわね。気をつけませんとね」

 

 二人は北へ向かい、カンナギタウンへ降り立った。

 

―午後4時30分 カンナギタウン 市街―

 

 あれからの数日でまた雪が降ったのか沿道にいる人々は除雪作業をしていた。歩道車道問わず除雪機が雪をかいていくエンジン音が耳に響いている。

 

「たく……ほんとに11月かよ」

「私も雪国というのはあまり経験がありませんから驚くことばかりですわね……。さぞかし難儀なことでしょう」

 

 エリカは哀れみの視線を向けている。

 

「全くだな……さて今日も疲れたポケセンに……」

 

 とレッドがいったところで声がする。

 

「おーい!」

 

 声の主はシロナだった。向かいの道路にいた為小走りで近づいてきた。

 

「シロナさん! どうもこんばんわ」

 

 エリカが挨拶するとシロナも返礼した。

 

「お二人共今回はご苦労さんだったわね。あたしたちが動く前にカタをつけてくれてほんと助かってるのよ。シンオウ中のリーダーを代表してお礼を言うわね」

「いえいえ……」

「それを言いにわざわざ……?」

 

 レッドがシロナに尋ねる。電話でも十分に礼は聞いたためそれで良いと思っていたからだ。

 

「ああそれだけじゃなくて、おばあちゃんに遺跡の史料とか色々貸してくれたお礼を言おうと思ってね。それでさっきまで家にいたんだけど……」

 

 シロナがエリカに視線を集中する。エリカも自然と身が引き締まった。

 

「エリカさん……ちょっとお時間いいかしら?」

「はい? 別に構いませんけれど……私になにか?」

「えっとね……。あそこの遺跡について貴女と知見を共有したいことがあってね。ちょっと遅いけど遺跡をまわりながらお話したいなーなんて」

 

 シロナはややぎこちない様子でエリカに言う。

 

「まあ! それは宜しいですわね。私もお尋ねしたいことがありますし是非……あ、しかし夫が」

「大丈夫。できるだけ早く済ますから。レッドさん。少しエリカさんを借りるわね」

 

 シロナのその言葉は言外にレッドがいては不都合とでも言いたげなものがあった。

 

「ま、俺もそんな話聞いても眠くなりそうだしな……。いいよ。ポケセンで待ってるからいってきなよ」

 

 そういうわけでエリカとシロナは遺跡の方向へ向かっていく。レッドは市街で一人になっていた。

 シロナの様子からしてしばらく時間がかかりそうなのでぶらぶらと散策していると意外な人物に会った。

 

―市街 公園前―

 

「あれ……レッドさん?」

「ミカンさん! お久しぶりです」

 

 少し離れた町立公園の前を通りがかるとミカンと鉢合わせした。

 

「いやーまさかこんなところで会うなんて……。あ、旅行?」

「そ、そうなんです。昨日まであの霧深い道路を通ってて……なかなかこたえましたけど景色が……本当に綺麗で」

「あーあのあたりの滝とか良かったなあ。懐かしいな」

 

 レッドがいうとミカンは隣に誰も居ないことに気づいたようだ。

 

「本当ですね……。あの、そういえばエリカさんは?」

「あぁちょっとヤボ用で離れてて……。遺跡の方に」

「なるほど……」

 

 二人は道中の話に花を咲かせ、公園の中のベンチで話し込んでいた。

 するとふとレッドが今日の話を持ち出した。

 

「ミカンさん……」

「どうしました? そんなに改まって」

 

 ミカンは打ち解けたのかややくだけた様子で言う。

 

「もし……もし俺のこのポケモントレーナーとしての力が天からの授かりもの……だったとしたらどうします?」

「だったらもなにも……レッドさんのその実力はまさに神がかってますよ!」

「違う。そういうことじゃなくて……そういう努力じゃなくて才能が大半をしめた感じの……いっちゃえばズルに近い感じのものだとしたらってこと」

 

 ミカンは少し考えた後に

 

「だ、だとしても……さ、才能は努力しなければ開花しませんから! それに全国のあたしを含めた全力のジムリーダーをここまで破ってきたレッドさんの……その力にケチなんてつけられませんよ」

 

 ミカンは決然とした表情で言う。本心から言ってるのは見て取れる。

 

「ありがとう。……ありがとうミカンさん。詳しくはいえないけど……ちょっとふとそうだとしたらなんて思っちゃったけど、そうだとしても恥じることはないんだよな。うん」

 

 レッドはさらにその違ったものの感情を膨らませた。

 

「あ……あたしは……信じていますから。レッドさんのことを、全て」

 

 ミカンはベンチの座面に手を置いてしっかりとレッドのことを見据える。

 

「ミカン……さん」

 

 レッドは思わずミカンの頭に手を伸ばし、撫でた。

 

「ありがとう……」

 

 それは本心からでた言葉であった。

 レッドはそれ以上のことをしなかったがミカンはずっと顔を赤らめていた。

 それから暫くしてミカンとは別れ、ポケモンセンターへ戻る。

 

―午後8時 ポケモンセンター 待合室―

 

 エリカが戻ってきたのはレッドが戻って30分ほどした頃だった。

 

「おう。遅かったな」

「申し訳ありません。思ったより話が盛り上がってしまいまして……」

 

 エリカは心底から陳謝しているようだ。

 

「全く、いったい何の話をしてたんだ?」

「ふふ……」

 

 エリカはしばらくおいた後

 

「とても……とても良い話ですわ」

 

 とだけ返した。意趣返しのつもりなのだろう。

 二人はそのままチェックインし、入浴と夕食を済ませた後、翌日の用意をして就寝した。

 

―11月23日 午後1時 テンガン山 キッサキ側出入り口前―

 

 二人は朝食を済ませるとテンガン山に向かい、キッサキ側の出入り口を目指した。

 存外早く到着していよいよ216番道路へ出ようとした時エリカが呼び止める。

 

「なんだ? どうしたんだ?」

「え……えっとですね……」

 

 エリカは30秒ほどもじもじした後

 

「貴方。目をつぶっていただけますか?」

「え、別にいいけど」

 

 レッドは要求に従い眼をとじる。

 しばらくすると温かい感触が彼の首周りにふわりとついた。結んでいるのか彼女の手の感触を感じた後彼女が声をかける。

 

「お……お前これ」

 

 レッドの眼には燃えるように赤い上等な毛糸でつくられたきめ細やかなマフラーが映っていた。

 

「わ……私からの贈り物です。216番道路、217番道路はこの時期から非常に厳しい気候になると聞き及んでいましたから……」

「あ、ありがとう! すごい嬉しいよ。もしかして手作りかこれ?」

 

 しばらく間を置いた後エリカはゆっくりとうなずく。

 

「すごいなぁ……。流石エリカだよ。ここまで丁寧なマフラー生まれて初めてかもしれない」

「それだけ気に入っていただけると本望ですわ。作った甲斐があるというものです」

 

 エリカは柔和な笑顔をしている。実に苦労が報われたといった表情だ。

 

「あれ……なんだこれは?」

 

 レッドはマフラーの裏側の端にあしらわれていた黄色い花の刺繍に気づく。

 

「それはラッパスイセンというお花の刺繍です。赤に黄色ですし丁度良いと思いまして……」

「へぇ……。エリカの事だしなにか意味あるんだろこれ?」

 

 レッドはやや意地悪な笑みをしながら尋ねる。

 

「ラ、ラッパスイセンの花言葉は……”尊敬”です。私は貴方を無上の人と心得てますから」

 

 そうとだけ言うと照れるのを隠すためかさっさと先に行ってしまった。

 

「あ、おい待てよエリカ!」

 

 そういうわけでレッドは赤いマフラーを巻いて216番道路へと進んでいくのだった。

 

―同日 午後7時 216番道路 ロッジ―

 

 幸いにもこの日は吹雪はなかったものの雪が深く四苦八苦しながらどうにかこのロッジにまでたどりついた。冷え切った身体には薪ストーブから出る暖気は実に身に沁みただろう。

 チェックインをすませ、荷物をもって部屋に向かおうとすると、エリカはロビー前の待合スペースにいる二人の男女に気づく。

 

「そういうわけでナギちゃんは今月も元気にしてましたよ。ご安心ください」

「うむ。すまんのう。毎度毎度こう難儀をかけさせてしまって……」

 

 ヤナギともうひとりはヒワマキジムの事務員をしているというメガネをかけたおばさんであった。

 

「じーさんは相変わらず心配性なんだから困ったもんよ。いい加減もう立派な大人なんですからそろそろ気にかけずに自分のことをしたらどーです?」

「私も分かってはいるのだがな……。しかしのうやはり手塩にかけて育てた孫娘だ。そうはなかなか……」

 

 二人がそう話しているあいだにエリカが話しかける。

 

「あの申し訳ありません……ヤナギさんと、たしかヒワマキジムの事務員の方でしたわよね?」

 

 エリカがそういうと二人はいささかの驚きの後に再会を歓迎する顔になった。

 

「おお! ……。これはまた恥ずかしいところを見られたかの」

「あら~! エリカさん。まさかこんなところで会うなんてねぇ」

「どうしてまた……」

 

 レッドがヤナギに尋ねる。

 

「ここは私が持っているスキー場のロッジでな……。この雪ならば例年よりはやく滑り始めることができそうだから様子を見に来たのだ」

 

 ヤナギはコーヒーに口をつけながら言う。

 

「それでこの人ったらナギちゃんが心配だからとあたしにこうして定期的に報告させるわけ。ほんといつまでも子どもだと思ってるんだから」

 

 おばさんの声色は言葉とは裏腹に嫌な気はしてないことをうかがわせた。

 

「さて、それじゃあおばさんはヒワマキに戻るとしますかね。じゃあねぇ~」

 

 そういっておばさんはロッジから出ていく。

 

「相変わらずだな……あの人」

 

 レッドは出ていったドアに目を遣りながら言う。

 

「だ、大丈夫なのですか? こんな夜遅くに出てしまって」

「あれでも昔は私のジムのトレーナーだった。心配はいらんよ」

 

 ヤナギは心底から彼女のことを信頼しているようだ。

 

「そ……そうなんですか」

「さて。ここまで来たということは次はキッサキのジムかの」

 

 ヤナギは先程までの好々爺然とした様子からいつもどおりの威厳の満ちた顔に戻った。

 

「はい」

「そうか……。いよいよこの旅も終わりが見えてきたな」

「そういえば……そうですね」

 

 ヤナギの言う通り残り二枚のバッジを取ればあとはイッシュ地方のみである。

 彼はしばらく間をおいて二人の眼を見据える。

 

「話したいことが有る。後で私の部屋に来てくれ」

 

 それから夕食を済ませた後、二人はヤナギの寝室へ向かった。

 

―午後9時30分 同所 101号室―

 

「よく来てくれた」

 

 ヤナギの部屋は他の部屋より一回り広いくらいで内装は大差なかった。

 彼は出迎えると着座したまま相対するように座ることをすすめ、二人も着座した。

 

「それで、お話というのは?」

「少し……年寄りの昔話に付き合ってもらおうかと思っての」

 

 ヤナギは自らの前に置かれた煎茶を一口すする。

 

「昔話……ですか?」

「今から遡ること60年前……。私とカツラ……そしてオーキドが一堂に会し、エリカ女史の祖母とトレーナーとして闘った時の話だ」

 

 オーキドの名前が出たことで二人は顔を引き締め、ヤナギの話を聞く体勢に入った。

 

―第二十九話 天賦戦闘資質論 終―

 

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