伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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番外編2-3-1 零度の仮面

―4月28日 午後2時 ポケモンリーグ―

 

 24日にセイガイハシティのシズイを破り、すべてのバッジを揃えたレッドは前日の夜遅くにイッシュのポケモンリーグに到着した。エリカを一日でも早く救う為にチャンピオンロードを三日三晩不眠不休で進み続けていたのだ。

 その為長く寝てしまい、この時間になっていた。

 そしてこの瞬間、レッドはライブキャスターのけたたましい電子音に起こされる。

 

「たく誰だよこんな疲れてる時に……」

 

 レッドは気怠そうに寝癖を掻きながら腕のライブキャスターを見ると同時に発信者を見て目を丸くした。なんと、エリカと表示されているではないか。

 考えるよりも先に通話ボタンを押していた。

 

「エリカ!!」

 

 画面に表示された人物はまさしく自らがずっと恋い焦がれ、旅を共にしてきた伴侶であった。

 どんな言葉よりも先に彼女の名前が口をついて出た。

 

「貴方……!」

 

 彼女はレッドの顔を見て歓喜に満ちた表情であったが、すぐに表情を引き締めて尋ねる。

 

「今どこにいらっしゃるのですか!?」

 

 突然の質問にレッドは寝起きで頭が回っていないせいもあり

 

「え、お、俺?」

 

 と答えてしまう。

 

「当たり前ですっ!」

 

 彼女の今まで聞いたことのないほど切羽詰まっている声に面食らったレッドは急かされたように答える。

 

「ポ、ポケモンリーグで、今から挑戦しようと思ってるけど……」

「ポケモンリーグですか! 流石は貴方ですわ。きっと貴方ならそこまでたどり着けるとずっと信じておりましたもの!」

 

 彼女は感激した様子で話している。心の底から言っている事は見て取れた。

 

「エリカ……」

 

 レッドは久々に聞く彼女の声に涙腺が刺激された。

 

「私がいなくてもここまで勝ち上がれたのですもの。きっとリーグも制覇できますわ! 頑張ってくださいま」

 

 そうまで言ったところで弾かれるような音がした後、通信が切れてしまった。

 

「エリカ!? おいエリカ!!」

 

 レッドは何度も掛け直すが無駄に終わってしまう。

 激情にかられたが、数分間気を落ち着かせた。そして彼は彼女の言葉を胸にポケモンリーグへと向かった─

 

 

――――――――――――――

 

―3月6日 午後10時 ヒウンシティ 某ビル 8階 幹部室―

 

 ラムダの提案に乗ったエリカは翌日もラムダに呼び出された。

 下っ端二人の監視のもとエリカは席に着いた。

 

「よし来たな」

「あの……どうしてこの時間帯なのですか? 私この時間は明日の準備など色々やることがあるのですが……」

「しょうがないだろ。オーキドの爺さんが晩飯やら風呂やらでいなくなるのはこの時間しかねえんだ。長時間いなくても不自然に思われないのは監視が居ないここしかない」

「さ……左様でございますか。しかしどうしてそんなことを?」

「あいつの身の回りを世話する下っ端から給料三ヶ月分と引き換えに聞き出したんだ」

 

 エリカが納得したところでラムダは本題に入った。

 

「さて、これからあんたをここから出す作戦を話す。当たり前だがたとえマツバだろうと俺以外に話すんじゃねえぞ」

 

 その後、ラムダは作戦について話した。

 まず、一ヶ月にわたって金や物、特権などを用いてあらゆる手段で団員の懐柔を行い、他の幹部やその取り巻きや支持者を除く全員を味方につける。既に後ろの下っ端二人をはじめとするラムダと同じ志を持つ団員がビルにいる人間全員に関してリサーチを済ませている。あとは上手く説得してこちら側に引き込むだけだという。

 その後、最高幹部であり計画最大の障害となるであろうアポロがビルに不在の時を狙って計画を実行する。前日か当日朝までにエリカの持っていたポケモンは全て回収する予定。エリカのポケモンまで戻すのは確実に逃げられるようにするため。

 まず、火付けとして団員数名がビルに乱入し騒ぎを起こす。その騒ぎで反ラムダ派が対処に追われている隙を突いてエリカを地下室から救出し、表玄関ではなく裏口から逃がす。エリカはマツバも救うことを要求したが捕まるまでの経緯の他に長期間の拘束で身体がいうことをきかないと考えられる為作戦に支障が出ることを理由に却下される。

 

「これで作戦はすべてだ。時間はかかるがアポロさえ上手く欺ければ必ずこれは上手くいく。俺たちが出来るのはあんたをこのビルから出すところまで。逃げきれるかどうかはお嬢さん次第だ」

「は……はい」

 

 エリカは両手を握りしめて答える。

 

「まぁ、いくら改造ポケモンとはいえそこらの下っ端じゃあんたのポケモンにはまず勝てない。要らん心配かもな……。だが、用心はしておけよ」

「分かりました。あの、一つお尋ねしたいのですが」

「なんだ」

「本当にあのアポロと言う人……彼を欺く事など出来るのですか?」

 

 彼女はエンジュ騒乱の実質的な作戦指導者であり、恐らくロケット団の中で一番頭が切れるであろう彼を危険視している。

 

「今、あいつはプラズマ団の幹部としての活動でかなり時間を取られている。なんでもゲーチスの野郎が本気で動き出したとかで……。だから奴の目がこちらに向いてない今をおいて計画を実行する時などない」

 

 それを聞いて彼女は本当に大丈夫なのかとでも言いたげな表情を浮かべる。アポロ、引いてはオーキドの気まぐれ次第でこの作戦は吹き飛んでしまうのである。

 

「俺にも不安なのは分かる。だが、最早俺には……俺たちにはこの方法しか残ってねえんだ。分かってくれ」

 

 ラムダの必死さがうかがえる物言いでエリカは黙した。彼女にも自由を得るにはこれしかないのだ。

 その後エリカとラムダは更に作戦について話し合い、地下室へと戻る。

 戻りがけに彼女は思い出したかのように尋ねた。

 

「あの、便箋を一綴りと封筒を一ついただけないでしょうか?」

「便箋? なんでそんなものがいるんだ」

 

 ラムダが訝しげに尋ねる。

 

「ええ、その調度品について細かく指定したいものがありまして……」

「そんな事アテナに直接言えばいいだろ。俺は知らねえ」

「いえ。少々特殊なものなので一字一句正確に伝えないと全く違う物になってしまうんです」

 

 エリカが言うならそうなのだろうとでも思ったのかラムダは暫し黙した後に

 

「分かった。ちょっと待ってろ」

 

 そう言うとラムダは机の引き出しを数分程探った後、使いかけの便箋と無地の封筒を手に持った。

 

「ほら、これでいいだろ」

「ありがとうございます! それでは」

 

 そう言って恭しく頭を下げると、彼女は今度こそ下っ端たちに連れられて出て行く。

 

─4月19日 午後10時 同所─

 

 それから一か月半後、エリカは計画の最終調整だといわれて呼び出された。

 

「決行日は4月28日。この日はプラズマ団に改造ポケモンを譲り渡す日だからアポロは居ないしその他ポケモンたちも半分以上がプラズマフリゲートに行っている。この日を措いて実行に適した日は無い」

「考えられる限りで一番手薄な時ということですわね」

「そういう事だ。アテナもこの日はこのアジトへの来客への対応で忙しいはず。とにもかくにも絶好の日だ」

 

 ラムダは笑いながら言う。

 

「しかし、なんだかよく出来すぎではないですか? 何かの罠かもしれませんよ?」

「お嬢ちゃん。罠かもしれないだろうとなんだろうと躊躇してる余裕はねえ。作戦はもう最終段階にまで進んでるんだ。今ここでやめるわけにはいかない」

 

 ラムダの切羽詰まった声を前にして彼女は何も言い返す事が出来なかった。

 賽は投げられたのだ。最早これを渡るしかない。

 

―4月28日 午前8時 ビル一階―

 

 その日の朝は轟音と共にはじまった。

 

「どけどけぇ! 俺たちはサカキ様に言上つかまつりたいことがあってここに来た! 通さない奴は仲間だからって容赦しねえぞ!」

 

 ドアを蹴破った一人の男の声によって反乱は開始された。

 後に続くように数十名の団員がポケモンを次々と出して一階を突破しようと試みるが、一階を守る団員たちが何とか押しとどめようと応戦する。

 あっという間に一階は血で血を洗う阿鼻叫喚の場となった。指揮をとっているのは当然出入口前の道路に陣取っているラムダである。

 

―同日 午前8時30分 同所 地下室―

 

 その頃マツバとエリカは漸く朝食を済ませた直後であった。

 

「なんだか上が騒がしいね」

「ええ。左様ですわね」

 

 エリカはラムダとの約束通りマツバには一切の事情を教えてはいない。

 そして、地下室の扉が開かれた。

 

「エリカさん! 今裏口には誰も居ません! 逃げるなら今ですよ!」

 

 団員は大きな声でそう言った。

 

「逃げる……? どういうことだいエリカさん……」

「マツバさん……。申し訳ありませんわ。一足先に行かせて頂くことを許してくださいまし」

「そ、そんな……」

 

 マツバはまた孤独になることを恐れているのか絶望に満ちた声で言う。

 

「しかし。安心してください。このままには絶対にしませんわ。必ず、貴方をここから救い出してみせますわ」

「エリカさん! はやく!」

 

 マツバは一度頷いた後に

 

「分かった。分かったから、行きなよ」

 

 と俯きながら言う。

 

「エリカさん!」

 

 団員の三度目の呼び掛けに彼女は漸く応じた。彼女は深々と礼をして地下室を団員と共に後にする。

 

 

───

 

 それから彼女は団員たちの監視のもとトイレの中で動きやすい服装に着替えた後、ポケモンと攫われたときの荷物を受け取って地上へ向かった。

 

─午前9時15分 ビル裏口─

 

 裏口の扉から出たところで下っ端は告げた。

 

「我々が付き添えるのはここまでです。後は自力で抜け出してください」

「本当にありがとうございます」

 

 彼女は深く見送りの二人の団員に頭を下げた。

 中では相変わらずの戦闘が続いている。

 

「いえ……。ではどうか、ご無事で」

 

 そう言うと団員は早急にドアを閉めた。応援に戻ったのであろう。

 彼女もどうにか街に戻ろうとした。ここがヒウンシティの郊外であることはラムダの話や幹部室の窓から見えた景色で分かっていた。

 その為今は団員の目につく道路ではなく、裏口に広がる森を抜けようと考える。

 まっすぐに300メートルほど走った後彼女はモンスターボールを手に取った。

 およそ2カ月ぶりに触るそれに少しだけ高揚感を覚えつつ繰り出した。

 

「おいでなさい! ピジョット!」

 

 レッドからタマムシへ戻る際にカントーへ戻る足として借りたポケモンである。

 タウンマップで見ても要領を得ない場所だった為、とにかく街に出る方角はどこかを示すように頼んだ。

 一分ほどで結果は分かり、彼女は目立たないようにピジョットを戻してその方角通りにとにかく走り続けた。

 ピジョットに運んで貰っても良かったのだろうが、ロケット団に捕捉される可能性があるため完全に安全な場所に出るまでエリカは走ることにしたのだ。

 しかし、ピジョットを戻して十分程した後その男はやってきた。

 どこから先回りしたのか五、六人の下っ端をしたがえてエリカの前に立ち塞がった。

 

「おや、エリカさん。そんなに急いでどこにおいでですか?」

 

 恐ろしいほど紳士的な口調で語りかけてくる男。それはまさにアポロであった。

 

「ア……アポロ……!」

「そんなに怖い顔をしていては、貴女の美しいお顔が台無しですよ?」

 

 アポロは笑いながらそう言ってみせる。

 

「どうして、貴方が……」

「分かりませんか? 全ては撒き餌ですよ。私がフリゲートに行くことから」

「して……やられたわけですわね」

「部下の叛意くらい読み取れなければとても最高幹部なんてやってられませんよ。さて、戻っていただきましょうか?」

 

 アポロは険しい顔つきになってそう勧告した。

 

「それは無理な相談ですわね」

「私も手荒な真似はしたくはないのですかね」

「私は仮にもジムリーダーですわ」

「ほう」

 

 彼女はモンスターボールをいくつか手に取る。

 

「ポケモンリーグに籍を置くものとして……不当な迫害に黙って屈するわけにはいきませんでしてよ。私をさらいたくば全て私の持つポケモンを倒してからになさいまし」

 

 彼女は静かに怒りをたたえた声で言う。そして同時に数カ月ぶりにピジョットを除く全てのポケモンを繰り出した。

 

「酔狂にもほどがありますよ。我々は1年近く前に貴方方リーグと互角以上に戦って見せたのです。貴女もその場にいたでしょう」

「ええ。その通りですわね。しかし、お忘れですか? 私はあのレッドさんと共に地方を渡り歩いたのですよ?」

 

 アポロは表情を変えずにエリカの言葉を聞く。

 

「私はレッドさんと……夫と、ポケモンたちと数々の死線を共にし潜り抜けてきたのです。貴方がた如きにひけは取りませんわ!」

「そこまで言うなら試してみましょうか……。行け! ヘルガー! クロバット!」

 

 こうして、団員たちとエリカの間で戦いが始まった。

 しかし、草使いである彼女からすれば毒や飛行などが主体となる敵は不利である。その上、倒しても倒しても雲霞の如く押し寄せる援軍を全て返り討ちにすることなど不可能であった。

 

─午後2時10分 同所─

 

 戦闘開始から4時間。倒したポケモンの数は2000を数えたがエリカの手持ちも限界を迎えつつあった。その為形勢不利と見て脱出を諦めた彼女はレッドと連絡を取るが、ゴルバットの放ったエアカッターがライブキャスターの腕輪を切断。そして落下の衝撃で途絶えた。それだけ敵の最前線はエリカに迫っていたのだ。

 

「最早……。刀折れ、矢尽きるといったところでしょうか」

 

 彼女はふとそんな事を呟きながら、最後のモンスターボールを手に取った。

 

「おいでなさい。ピジョット」

 

 エリカは敵に気づかれないように小さな声で出した。

 

「ピジョット。貴方には大切な使命があります」

 

 と言いながら懐から一通の封筒を取り出す。例の手紙である。

 

「これを、貴女の主であるレッドさんの所にまで届けてもらいたいのです。夫はポケモンリーグにいます」

 

 と言ってピジョットに横長の封筒を渡す。そして、タウンマップをカバンから出してリーグの場所を教え、落とさないように首に裁縫用の糸を丁寧にくくりつけた。

 

「ここで……終わって堪るものですか。ピジョット、必ず夫にこれを伝えるのですよ」

 

 ピジョットは深く頷いてすぐには飛び立たず森の中に入っていった。すぐに飛ぶと捕捉される可能性があるからである。

 それから間もなくエリカのポケモンたちは壊滅。エリカはアジトに引き戻される事になったがマツバとは分厚い仕切りを隔てられ、閉じ込められた。

 エリカは敗れたが総計でおよそ2500体の改造ポケモンを倒し、ロケット団に痛手を負わすことには成功した。

 

─午後7時30分 ポケモンリーグ 入口─

 

 エリカからの電話を受けた後レッドはそのままポケモンリーグへ赴き、見事にチャンピオンのアイリスまで撃破した。

 殿堂入りの儀式を終えて彼はポケモンリーグの入口に居た。

 そのままポケモンセンターに向かおうとしたが遠くの空から見覚えのある影を見つけた。それを見ていると影は大きくなり、やがてその姿を現した。

 

「ピジョット……?」

 

 レッドは思わず歩み寄った。

 やがてピジョットは地に舞い降りる。かなり疲れているようでフラフラとしていた。

 地面につくと今にも倒れそうな様子である。 

 

「お、おい! 大丈夫か!? 何があったんだ」

「す、すみません。急報な為途中で休まず来たので……」

 

 ピジョットは謝しながら頭を上げて首にかかっている封筒を見せた。

 

「これは?」

「姐さんからのお手紙です」

 

 そう聞いてレッドは急いで手紙を取った。

 

「そうか……。分かった。ありがとう。ゆっくり休んでくれ」

 

 そう言ってレッドはピジョットをモンスターボールに戻した。

 

―午後7時40分 ポケモンセンター―

 

 レッドは急いでポケモンセンターに戻り、封書を開けた。

 中には一枚だけ三つ折りになった便箋があり、エリカ直筆のものと思われる端正な文字で文書が綴られていた。

 レッドが読むことをきちんと想定しているのか平易な文体で書かれていた。手紙はやや湿ったような感触があり、湿度の高い場所で書いていたことが想像できる。

 概要は自分がオーキドの陰謀でロケット団にとらわれている事。アジトのだいたいの位置、マツバがこのアジトで長期間拘束されていて危険な状態にあること、彼女が知っている限りでのロケット団及びプラズマ団の情報が記述されている。

 レッドは手紙を読んで雷に打たれたような感覚を覚えた。

 エリカは文末にこれをワタルやナツキをはじめとする関係各者に即時伝えるよう添えていた為それに従ってまずワタルに電話をかけようとしたがタイミングよく当人から電話が来た。

 

「やあレッド君! リーグ制覇おめでとう」

 

 ワタルにはもうイッシュリーグを制覇した知らせが届いたようで、本当に嬉しそうにレッドへ祝福の言葉を述べた。因みにカントーとの時差は13時間の為向こうは翌日の午前9時である。

 

「はい。どうにかここまでたどりつきました」

 

 レッドはとりあえず用事は置いておき、その賛辞を受け入れた。

 

「これで君は要件を果たした。ただゴールド君がまだバッジをとってる最中だからそれまではしばらく待機しててくれ。修行に勤しむもよし、行ってない街に行くもよし君の好きにするといいよ」

「ゴールドは今どこなんですか」

「今は確かライモンあたりとか言ってたかな。バッジは取ったそうだから次はホドモエだと思うよ」

「そうですか」

「とにかく本当におめでとう。エリカ君もきっと喜ぶと思うよ」

 

 レッドはエリカという単語が出てきた為用件を切り出した。

 

「あの……そのエリカの件でワタルさんに報告しなきゃならないことがあるんです」

「え? どうかしたのかい?」

 

 ワタルは先程までの明るい声から転じて真剣な声色になった。

 

「その……エリカ当人から手紙が来ました」

「な、なんだって!? それは本当か?」

 

 余程驚いたのか彼の声は一瞬裏返っている。

 

「はい。俺自身も信じられないくらいですが……。でも、本当です。エリカがカントーへ戻る時に俺が渡したピジョットが運んでくれた手紙です。字も彼女が書いたものに間違いないと思います」

「そうか……。どんなことが書いてあったんだい?」

 

 ワタルは興味津々な様子で尋ねた。

 レッドは彼女の手紙を読み上げてそれを伝える。

 

「やっぱり……ロケット団の仕業か」

 

 ワタルは電話越しからでも分かるくらいに怒りをあらわにしているようだ。

 

「それにしてもどうしてエリカ君はロケット団に軟禁されてるのにも関わらず手紙を送れたのだろうか……」

「手紙にはそれについては触れられていませんでした。恐らくそれだけのスペースがなかったんでしょう。そんな事よりもワタルさん! 俺、今日にでもアジトに乗り込もうと思います! 場所が少しでも分かった以上放っておく訳には……」

「いや、待て! 君一人だけでは危険すぎる。いくら君が強いとはいっても彼らの力は計り知れないんだぞ」

「で……でも!」

「君の気持ちは痛いほどよく分かる! けれど、実力あるジムリーダー二人に加え君まで失ったら僕らリーグからしても非常に困る。いいから、今は大人しくしていてくれ。こちらにも考えがあるんだ」

「考え……?」

「そう。だからとにかく待ってくれ」

 

 その後ワタルは手紙をファックスでリーグまで送るよう要請し、電話を切った。

 レッドはその後夕食を食べた後、眠りについた。

 

─4月29日 午後8時 セキエイ高原 ポケモンリーグ 1階広場─

 

 ワタルは手紙を受け取った直後、内容を伏せた上で記者会見を開くことを通知しリーグの1階を指定した。

 マスコミの間では辞意の表明や不正発覚かなど憶測が広がっていたがとにかく指定時刻までにカントー中の記者がリーグにごった返した。そして、緊急記者会見と題して多くの放送局が番組を変更してそれを報ずることにしたのだ。

 そして、理事長のワタルが直々に伝えたその内容は予想を超える衝撃を与えた。

 

「本年2月に行方不明となった我がカントー地方のジムリーダーのエリカ君についてですが本日彼女より手紙が届きました。これによると、彼女はあのオーキド博士の命によってロケット団に囚われておりヒウンシティ郊外のビルに前年処刑されたはずのマツバ君と共に閉じ込められているようです」

 

 この瞬間、記者会見場は僅かな静寂の後に騒然となった。

 ワタルは手紙の全文を公開。そして、このような行為に及んだロケット団とプラズマ団に対し高らかに宣戦布告を行い対決する姿勢を明らかにした。

 

「最後に、我々はエリカ君の助けに全身全霊を以て応える所存です。ポケモンリーグは断じてあなた方を許しません。我々は総力を以て同胞のエリカ君とマツバ君を救うまで戦い、そして貴方がたの万死に値する非道に対し我々が必ず容赦なき鉄槌を下します」

 

 ワタルは二十分程の報告を終えた後テレビカメラの向こうに語りかけるようにそう締めくくった。その後の記者たちの質疑応答は三時間に及びワタルは一つ一つの質問に真摯に答えて見せる。その甲斐あってかリーグには対応の遅さやエンジュ騒乱における不徹底さを責めるよりもワタルの誠実さや正義感、そしてリーグに対する称賛が世論の多勢をしめたのである。翌日早朝にワタルは総動員準備令を全国に発した。すぐに本令を出さなかったのは敵方に決行日時を悟らせない為の副理事長シロナによる献策であった。

 この会見の狙いは強行的な権限である総動員令を1年も経たずに外国に、しかもエンジュ騒乱のように街への実害が発生してないのにも関わらず発令することによる世論の批判をかわすためだという。

 

─4月29日 午前9時12分 ヒウンシティ 某ビル 9階 会議室─

 

 反乱から一夜が経過した。

 あれからはエリカを捕まえた直後にアポロが本格的に介入し、夕方までに鎮圧される。そしてリーグ内部に潜入しているランスが戻るのを待ったため幹部を集めての会議は翌朝になった。

 議題は勿論、反乱の首謀及びエリカの逃亡を幇助したラムダへの査問及び処分の決定と今後のエリカ及びマツバに対する処遇である。

 出席者はボスのサカキを初めとするアポロ、アテナ、ランス、その他の幹部クラスと総勢20名である。この会議はオーキドには極秘で行われている。

 会議は8時から始まり、ラムダへの査問が終わりいよいよ処分について決定しようとしていた。

 

「今回については反乱とはいえ、利己心からではなくサカキ様を思って起こされたいわば義憤にかられた結果起こされたものです。反乱については不問に処し、逃亡幇助についてのみ処分の対象とし、規則に則り3年間の雑役及び幹部特権の剥奪が妥当ではないかと考えます」

 

 ランスが淡々とした口調で発言するが、アポロが目をいからせて猛然と反論する。

 

「幹部の分際でサカキ様の御心を変えようなど不届き千万。ここは二度とこんな馬鹿げた真似を起こさないよう全団員への見せしめとして処刑が妥当です」

「アポロさん。見せしめとは言いますがあまりに苛烈な処分を行えば団員たちに恐怖と緊張を過剰に植え付け、円滑な運営に支障を来し脱会者を出す恐れがあります」

 

 発言していたのは主に厳罰を主張するアポロと均衡の観点からそれに真っ向から反対するランスである。出席者の趨勢としてはややランスの方が優勢であり、議論も煮詰まって来た為あとはサカキの裁断を仰ぐところまできていた。

 しかし、突然議場のドアが開かれた。

 

「し、失礼します! 一大事です!」

「何事だ騒々しい」

 

 出席した幹部の一人が咎める口調で言った。

 

「えっとその……とにかくテレビを見てください!」

「どういうことです」

 

 アポロが続いて尋ねる。

 

「大変な事が起こっているんです。早く見てください」

 

 団員に急かされるような格好で幹部たちはぞろぞろと大きなテレビのある同じ階の休憩室まで移動した。

 

─午前9時18分 同所 休憩室─

 

 テレビではCNNが同時通訳で会見の模様を報じていた。

 彼らは会見の内容を見て愕然とした。エリカによって暴露されていたのだ。

 彼女がそんな手紙を書いていたという事自体誰も把握していない事だった。アポロですらも動揺を隠せない様子である。

 幹部や団員たちは食い入るように画面を見ていた。サカキは泰然自若とした様子で見ている。

 

「あのアマ……! やってくれたな」

「くそ……! くそっ! なんで気づけなかったんだ」

 

 団員たちは口ぐちにそう漏らした。

 ワタルが報告を終え、質疑応答に入った瞬間にサカキがよく響く声で言った。

 

「戻るぞ」

 

 そして幹部たちは質疑応答について報告書を作るよう団員に命令した後会議室へ戻った。

 

─午前9時30分 同所 会議室─

 

「とにかく、ここまで情報が漏洩した以上引責の意味合いで、ラムダへの処罰はより重くせざるを得ないと考えます」

 

 アポロは戻って早々にそう言った。動揺はまだ残っているようでやや声が上ずっていた。

 

「処刑よりも重い刑とはどういうことでしょうか?」

 

 ランスが尋ねる。

 

「あたくしも気になるわ。説明して」

 

 アテナも興味を示したようである。

 

「処刑は処刑ですが、団規によればその方法は絞首刑と斬首刑に限られています。しかし、ここまでの失態を犯した以上これでは足りません」

「ですから、どういう事です?」

「凌遅刑。すなわち、肉を削ぎ落しながら苦しませて処刑すべきだと考えます。これを団員たちの前で公開処刑を行い、全団員に示しをつけるべきだと」

「聞くだけでも気分が悪くなるわね……。後悔したわ」

 

 アテナがそっぽを向きながら言う。が、ランスは何の気無しの表情で返す。

 

「なるほど……。それは確かに示威行為としては最上級かもしれません。とはいえ、処刑にそこまでの時間をかける必要はないと思いますが」

 

 議論はすっかり処刑へと傾いた。午前中は処刑方法について議論が行われ、午前11時57分、アポロがサカキに対し裁断を求めた。

 

「ラムダのしでかしてくれた事は我が団に対する重大な背信行為だ。心苦しいが、団員たちへの見せしめの為にも処刑については私も異は唱えん」

 

 サカキはそう言った後に給された麦茶をあおった。

 

「だが、奴は私がこの座に就く前から忠実に仕えてくれた。今回の事も私心からではなく私を思ってやった事だ。それだけに……、惨い方法で殺すことは私の望むところではない。団規に則り絞首刑で楽に死なせてやれ」

「慈悲深き裁断にございます……」

 

 惨殺を主張してたアポロも裁断が下った事で矛を収めた様子である。幹部たちはサカキに向かって礼をした。

 

──

 

 ラムダの処刑が決定した後、反乱に加わった団員たちは概ね寛容な処分に済まされた。

 エリカとマツバの処遇というのは表向きの理由であり、オーキドとの関係についての再検討が本題であった。

 非常にデリケートな問題の為アポロ、ランス、アテナ以外の幹部は全員追い出した。

 そして、予定を変更して会議室ではなく昼食の後に10階のサカキの部屋で行う事とした。

 

─午後1時20分 同所10階 サカキ居室─

 

 会議は円卓を囲むように行われる。

 四人の前にはワタルの会見の報告書が置かれ、それを踏まえた上での会議となった。

 

「反乱を起こしたことは断じて許される行為ではありません。しかし、この問題の本質はオーキドに対する反感が我々の予想以上に団員たちに広まっているという事です」

 

 アポロは冷静な口調でそう言った。オーキドはただでさえ他の団員に対しては強権的な態度で見下しており誰一人として良い印象は持たれていなかった。しかし逆らえばどんな目に遭うか分からないという不気味さや威迫、サカキの共闘相手という事情。これらが重なり合って誰も表立っては反発できなかったのだ。

 

「我々はエンジュでの集団催眠事件以後着実に力をつけてきました。改造ポケモンの数も彼に頼らずとも十分な数にまで保持していると考えます。サカキ様。最早オーキドは用済みの存在ではありませんか?」

 

 続いてランスがそう提言した。

 しかし、アテナがそこに慎重論を差し挟む。

 

「けれど、オーキドは確か改造ポケモンの半分を支配下に置いているのでしょう? しかもより強いポケモンをまるで私兵の如く持っているとかいう噂も……」

「ええ。そういう話がある事も私は承知しています」

 

 アポロは机に組んだ手を置き、頷いて答えた。

 

「しかし、用済みになった今、オーキドにはそれ以上の利用価値は無くそれどころか害を為す存在であることは明白。これ以上だらだらと関係を続けたところで何の意味もありません。ここは潔く切り捨て、五年前に立ちかえるべきではないでしょうか」

「ラムダも言ってたわね……。強いロケット団に、強いサカキ様に戻ってほしいって……」

 

 それからも夜まで議論は続けられ、午後6時、サカキに裁断を迫った。

 

「私は前々からオーキド殿との関係を考え直すべきだとは思っていた。中々踏ん切りがつかずに居たが、今回の事でハッキリした。我々とオーキド殿との関係を白日の下に晒された以上、最早継続する必要はなかろう。ラムダの死を無駄にしない為にもここはオーキド殿との関係を絶ち我々はカントーに戻り5年前までのような真っ当な悪の組織に戻るとしよう」

 

 サカキの決断に、幹部三人は唾を呑んだ。

 

「御決断……なさるのですね」

「うむ。だがアテナの言ったこともある為、今すぐという訳にはいかん。我々も戦力を更に増強した後私がオーキド殿に膝詰めで談判し、刃を交えるというなら戦ってでも関係を絶ち切るつもりだ」

 

 こうしてこの瞬間、ロケット団はオーキドとの別離を決定したのである。

 しかし即座に行う訳ではない為とりあえずはエリカとマツバの生命はひとまずは守られた。

 

─4月30日 午後7時 セキエイ高原 ポケモンリーグ 理事長室─

 

 会見から一夜が経過した。

 ワタルは副理事長のシロナを呼び寄せ、秘密裡にロケット団及びプラズマ団壊滅計画についてまとめていた。

 ワタルとシロナは机を挟んで対談している。

 

「ではつまり、総動員令は発令せずにイッシュへ向かうという事ですか?」

 

 シロナは面食らった様子でワタルに尋ねた。

 

「そうだ。会見ではああ言ったが、総動員令を敷くとは一言も明言してはいない」

「し、しかしマスコミは既に総動員準備令が出たという事で本令発令が前提であるかのように動いていますわ。私は確かに敵方に気取られないように本令を発令しないようには言いましたが、リーグ全体の指針としては総動員令を出すという心積もりで申し上げたつもりなのですが……」

 

 シロナ当人は唖然とした様子で言う。

 ワタルはハハハと笑いながら言葉を返した。

 

「予想がつくような行動をしたらいけないんだよ。僕は一度エンジュ騒乱で敵方に完全に手玉をとられ、挙句にエンジュを焦土に化し、偽者と判明したとはいえマツバ君を見殺しにする結果となってしまった。だからこそ今回は敵の予想の裏を衝く。我々は少数精鋭で以て敵方に侵入する。そして相手の警戒が油断しているうちに首領のサカキとオーキドはか……オーキドを捕縛し敵の戦意を喪失させる」

「そういう事ですか……。しかしそれで本当に上手くいくのですか?」

「君を欺けたんだ。上手くいく……いや上手くいかせるんだ」

 

 ワタルは眦を決し、強い決意で以てシロナに話した。

 シロナは顎に手をやって暫し黙考した後に続ける。

 

「分かりました。それで、イッシュリーグの協力は要請するのですか?」

「こちらが要らないといっても向こうは協力を申し出るよ。なんたって自分の地方で起こっていることだしね。それにもうその旨の連絡はきている」

「左様ですか。それでどうするおつもりですか?」

 

 ワタルはイッシュ地方の地図をポケットから出し、机に広げて説明を始めた。

 

「イッシュリーグは現役のジムリーダー、四天王チャンピオンに加え元現役のリーダーチャンピオン6人総勢19人を戦力として申し出てくれた」

「全面協力という訳ね」

「そう。それで、何でもプラズマフリゲートというもう一つの敵の拠点がヒウンシティで確認された後、各所の海岸に停泊を確認されている。海に面した街のリーダーには既に警戒態勢をとっているらしいし、こちらが動けば発見次第突入するとのこと。だからそちらはイッシュリーグに任せ我々はヒウンの拠点を攻撃する。幸いにも向こうのジムリーダーが目星はつけてくれているようだからね」

「なるほど……」

 

 シロナは出されたブラックコーヒーに一口つけた後、ふうと息をついた。

 

「あの、話を切って恐縮です。これは私の知人から聞いた話ですが、一昨日ヒウンシティ郊外において一騒動あったようなのです」

「一騒動? なんだいそれは」

 

 ワタルが身を乗り出して尋ねる。

 

「なんでも朝から夕方にかけてポケモンの争う声や音などが絶えなかったとかで……。それでなんでも昼頃にあの地方ではあまり見かけないピジョットをみたという話もありました。なんだか妙ではありませんか?」

 

 それを聞いた瞬間ワタルが目を見開く。

 

「ピジョット……! シロナ君! それはレッド君のポケモンに違いないよ。彼が手紙の第一報をくれた時に言ってたんだ!」

「えっ!? という事はあれはエリカさんが放ったものということな訳ね……」

「そういう事になるね」

「理事長。分かりませんか?」

「ん?」

「その騒ぎとエリカさんの手紙は繋がっているんです! つまり、ロケット団の内部で騒ぎがあったからこそ、エリカさんは一時的に脱出に成功し予め書いた手紙をレッド君に送れたんです。つまりロケット団は何かしらの理由で抗争があったのでは無いでしょうか……」

 

 シロナの推理にワタルは深く頷き

 

「なるほど……。それが事実ならロケット団も一枚岩ではないと言う事だね。どういう経緯なのかは分からないが。今ロケット団は何か問題を抱えている可能性があるという事になるわけだ」

「ええ。しかしそれが何かは……」

 

 彼女がそう言ったところで電話が鳴り響いた。ワタルは彼女に断りを入れて受話器をとった。

 

「はい。こちら理事長室……。え? 来客?」

「ええ。なんでも理事長へ直々に伝えたいことがあるとのことです」

 

 電話は一階の関係者用受付からであった。

 

「ううん……。今はちょっとね。少し待ってもらって」

「それがどうしても今じゃないと困ると……」

 

 受付の係員が困ったような声色で話す。

 

「今そこに居るの?」

「はい」

「分かった。その人に代わって」

「かしこまりました」

 

 暫しの間を置いて、当人に変わった。するとそれはワタルにとって聞き覚えのある声であった。

 

「もしもし理事長さんでございますか?」

 

 声の主はわざと声を高くしている様子だった。しかしワタルにはすぐに主がわかったようである。

 

「ん? 君もしかして……ナツメ君かい?」

「ど、どうして分かったのですか?」

 

 ナツメは慌てている様子である。

 

「ダメだねえ。声を変えるならもう少し工夫しないと……。それよりどうしたんだい。君はリーダーなんだからわざわざ受付を通さなくたって入れるはずだけど」

「私だと分かるとまずいんですよ。とにかく入れてください」

「分かった。今シロナ君もいるけど同席していても大丈夫かな?」

「ええ。むしろ理事長、副理事長両方に揃って聞いて頂きたい話なんです」

 

 ナツメは真剣な様子の声で話した。

 

「そ、そうなのかい? 分かったよ。ああ受付の人にかわって」

 

 不思議に思いながらワタルはナツメを通すよう係員に伝え、受話器を置いた。

 

「ナツメさん?」

「そう。何だかいつにも増して深刻そうな様子なんだけど……。どうしたんだろう」

 

 やがて数分後に理事長室の扉が叩かれ、ワタルは中に入れた。

 ナツメは春物のコートに身を包み、帽子とサングラスを身に着け長い髪はシニヨンにしてまとめている。

 

「ナ、ナツメ君だよね?」

 

 ナツメは帽子とサングラスを外して答えた。

 

「ええ。そうです」

「ああ、やっぱりナツメ君か。そんな変装してどうしたって言うんだ」

「言いましたでしょう? 私と分かるとまずいって」

「気になるわね。どういう事よ?」

 

 シロナは立ち上がって尋ねた。

 

「私、謝らなければならないことがあるのです」

 

 ナツメはそれからランスがエリカの命と引き換えに超能力を用いて情報を流すように脅迫され、実行にうつそうとしていたことを話した。そして、査察部全体が腐敗し、ランス自身がそこに潜入していることも告発した。

 

「な……何だと!」

 

 全てを聞いた後ワタルは怒りのあまり顔を真っ赤にしている。

 

「今お伝えしたことは全て事実です。私も友人の命がかかっているとはいえ敵に内通したことは罪として、罰を受け入れる覚悟はできております。本当に申し訳ないことをしました」

 

 ナツメはワタルとシロナに対し深々と頭を下げ、陳謝した。

 

「ナツメさん。頭をあげて」

 

 シロナはナツメの前に出る。

 

「貴女のした事はリーグの信用と大義を大きく損なうものだわ。しかし、一方でこれのおかげで分かった真実もある……。どうでしょう理事長」

 

 ワタルは考え事をしていたのかハッとした様子で答える。

 

「あ、ああ。ナツメ君の処分は後々理事会議を開いて決定するが、これが事実なら君は未遂だし、君ばかりを責めて終わる問題ではない。シロナ君の言った事情もあるし僕個人としては穏便に済ませようと思っている。だがそれにしてもどうして打ち明けるつもりに?」

 

 ナツメはそれを訪ねられると黙してしまった。事情を察したのかシロナが口を開く。

 

「オーキドによって拐されているのならぱその関係が続く限りエリカさんの身は無事だと思った……そうじゃないかしら?」

「は……はい。その通りです。ロケット団ではなく、そのオーキド博士の命だと言うなら、ロケット団の好きにどうこうできるものじゃないと踏んだんです」

「なるほどね……」

 

 シロナは事情を聞いて頬を緩める。そして、彼女にこう告げた。

 

「ねぇ。もう少しその関係、続けてくれる?」

 

─5月2日 午前9時 ヒウンシティ 某ビル 地下2階  刑場─ 

 

 エリカたちが閉じ込められている地下室よりも更に下。このビルの最下層に位置する場所に刑場はあった。

 刑は丈夫な縄にかけた首を団員たちが手回しの滑車で締め上げるいう形で行われる。電動ではなく敢えて手動にしているのは団員自らの手で殺すことで他の団員たちへの見せしめとするためである。

 刑場に入る前にラムダは団員から罪状と処分理由を読み上げられた後、遺言を話す機会を与えられた。ラムダは勿論幹部の制服ではなく罪人が着せられる簡素な麻で出来た白地の貫頭衣を着ていた。

 

「俺ぁこうなった以上首をくくる覚悟は出来てるつもりだ。ただ一つだけ言っておきたい。自分が常に勝ち続けるなんて幻想は抱かないでおくことだ」

 

 この台詞を言った後、ラムダは自らを手にかけようとしている団員に労いの言葉をかけた。彼はラムダの側近であり、作戦においても大いに関与していた。罰を軽くする代わりに処刑の執行人になることをアポロから迫られたのだ。

 暫くしてその団員は首に縄をかけるのを躊躇し、肩をふるわせていたがやがてラムダから

 

「早くしろ。これが最後だ」

 

 と小さく言われ、漸く首にかけた。それから彼を含めた3人で首を締め上げる手押し式のギアを回した。三人とも同じく側近だったことは言うまでもない。

 三十分後に絶命が確認された後、死体を処理する為にマントルまで直行の穴に彼の死体を遺留品と共に突き落とした。これで処刑は完了である。

 この模様は中継を通じて団員に伝えられるがその映像もすぐに破却される。

 

─同日 午後2時 ヒウンシティ ビル 7階 事務室─

 

「いよいよか……」

 

 ワタルは潜伏拠点から標的となるビルを見つめながら言った。

 

「心してかからねばの」

 

 あれからリーグは選抜メンバーとして8人を選定し、イッシュまで移動をさせた。

 メンバーとして選ばれたのは理事長のワタルをトップとして最強格のヤナギ、シロナ。強者もしくは縁があるナギ、グリーン、ナツメ、アカネ、ツクシである。

 この作戦において火つけ役となるのはレッドである。レッドが最初に切り込んだ直後に選抜部隊が突入。ナギは空から突入して上にいる幹部や首領クラスを急襲・捕縛。他は地上から攻め上がるという構図である。

 しかし、未だ突入は控えていた。ナツメの情報でプラズマフリゲートにサカキやオーキド、そして捕まっている二人が移動してる可能性が出て来たからだ。

 

「確かに聞こえたのよね?」

「はい。切れかかりに背後の無線か何かから『例のオオバコの件について……』とありました」

 

 オオバコを大箱と解釈し、シロナは大規模移動の動きのおそれがあると考えた。それからナツメとロケット団は5回連絡を取っているが3回ほど類似の無線が聞こえたという。

 真贋を見極める為に昨日からビルを見張り、大きな動きが無いかどうかを見ていた。もしもそのような動きがあれば即座に止めにかかりそのまま鎮圧にかかれると考えたのだ。

 そして、午後2時8分ビルの裏口方面から荷物を持って飛び立つ大量の鳥ポケモンを視認した。

 対向のビルで監視してたナギは即座に出動し、先回りし、強風を起こして進行を妨害する。

 それと同時にレッドが突入を敢行した。

 

「レッド君が行ったぞ! 後に続けぇ!」

 

 ワタルの指令によって、潜伏したビルから七人が出撃。警察も人とヘリでビルを取り囲んで逮捕の準備をした。

 

─地下室─

 

 レッドは猛烈な勢いで雑魚を蹴散らし、あっという間に地下室前の扉にたどり着いた。

 扉の横にはセキュリティがあり、ここにエリカとマツバが閉じ込められてるに違いないと確信した。

 

「リザードン! 火炎放射だ! この扉を溶かせ!」

 

 しかし、火炎放射を当てても扉はびくとも反応しない。

 その後も色々な技で開けようと試みるがやはり何ともない。相当に強力な金属で出来ているようだ。

 

「レッド! あんた何しとんの!」

「これは……堅そうな扉ですね」

 

 アカネとツクシも二人の身を案じてか下に降りてきたようだ。

 

「あぁ、アカネさんにツクシ君……。久しぶりだね」

 

 レッドは突入直前まで別行動を取っていた為潜伏を共にしてない。

 

「え、あぁこっちも……て、再会喜んどる場合ちゃうやろ! で、何をしとるんかきいとるんよ」

「これ、横にロックを解除する機械みたいなのあるし、多分マツバさんとエリカが閉じ込められてる場所に違いないと思う! でもどうやっても開かなくて」

 

 アカネはそれを聞いて深く溜息をついた。

 

「相変わらずちっこい脳みそやなぁ。そんな力ずくでどーにかなるような扉に人質閉じ込めるわけないやろが!」

「そらそうですけど……。じゃあ鍵の開け方知ってるんですか?」

「知らん」

 

 隣に居た二人がズッコケた。

 

「し、知らないんかい!」

「コガネ弁使ってええのはコガネ人だけやゆーたろが! まぁええわ、ええか? どうやっても開かへんなら開け方を白状させればええねん! いくでツクシ!」

「え、あ、はい!」

 

 ツクシはドアをまじまじと眺めていたせいかやや遅れてアカネに続いた。

 しばらくしてアカネが適当に捕まえてきたと思われる団員をドアの前に引きずり出す。

 

「勘弁してくれよぉ。俺は知らねえんだよぉ」

「嘘つくんやないで! さっきパクッた奴があんたが世話役やぁ言うとったんやぞ! 素直に吐かんかい!」

 

 アカネは団員の背中を思い切り壁に叩きつけ、脅しでもしているかのように怒鳴りつけてる。

 

「これじゃあどっちが悪者か分からんな……」

「なんでも最近、ドラマで女刑事の役演じたらしいですよ」

 

 ツクシはさらっとした口調で言う。

 

「いやだからってあんな脅しつけるように言う事ないだろ」

 

 アカネは団員の胸倉を掴み、耳元に近づいて話す。役者特有の強い眼力で男は青ざめていた。

 

「おい。正直に吐かんとな、奥歯ガタガタいわすぞ。それでもええんか!?」

 

 アカネのあまりにも迫真に満ちた凄みに恐れを為したのか観念したかのように話し始めた。

 

「わ、分かった。あのな、確かに少し前までは俺らもあのロックを外せた! だが、あの手紙事件があってからロックが更に厳しくなって幹部以外は開けられなくなったんだ!」

「ホンマやろな?」

「ほ、ホントホント! だって」

 

 団員はアカネの手から逃れて必死に操作盤を叩き、ロックを解除しようとした。しかし、団員の言うとおり鍵は外れなかった。

 

「よーし」

 

 そう言ってアカネは二人の方に振り返った。

 

「こいつの言うてる事がホンマならその幹部引きずり出してとかせりゃええんやな?」

「そういう事になるでしょうね」

 

 ツクシが答えた。

 

「よし、ほなら三手に分かれてこの地下を探るで! 幹部ならもう他の連中が向かってるやろしな!」

「その前に本部にこの話を伝えるべきじゃ」

 

 レッドがアカネに言う。

 

「んな事レッドに言われんでも分かるわ!」

 

 アカネは気が立ってるのか興奮しているのか苛立っている口調で言う。彼女はそのままポケギアを出してワタルに地下室の件に伝える。

 そして三人はそれぞれ地下一階を探索した。それほど広くは無く、残党処理のみで十五分程で終了した。

 

─午後2時30分 同所─

 

「あとは、あっちか……」

 

 レッドは地下二階へと繋がる階段に目を遣る。

 

「不用意に行って大丈夫なんですか? 何があるか分かりませんし、増援を頼んだ方が」

「そらあかんて。今、上は上で手一杯のはずやろし……。それにこっちには伝説のトレーナーがおるんやぞ。大丈夫やろ」

 

 アカネはレッドに信頼の眼差しを向けている。なんだかんだレッドの実力は認めているようだ。

 

「それもそうですね。レッドさんがついてますもん!」

 

 ツクシも同じような眼差しである。レッドは少しだけ重荷を感じた。

 レッドは少し黙した後に

 

「じゃ……。俺が先頭に行くから。ついてきて」

 

 レッドは風を切るようにして前へ進んだ。地下一階に進むよりも更に長い階段で、地獄の底まで続いていそうな雰囲気である。

 

「はぁ……。どんだけ降りるんや。昇ることも考えんのかね? 膝おかしなるで」

「僕も最近デスクワークが続いてるせいかこれだけ長い階段を登ると思えばしんどいですね……」

「狭いから俺の持つポケモンで上に行くことは難しそうだな……」

 

 階段の広さは人一人半と行ったところである。リザードンやピジョットなど使おうものなら翼がひっかかってしまう。

 

「はぁ!? 嘘やろ……。なぁツクシ、帰りおぶってくれへん?」

 

 アカネは甘えた声でツクシに言う。

 

「何言ってんですか。アカネさん重いから嫌ですよ」

 

 と、冷たく突き放した。

 

「そないなこと言いながら……」

 

 アカネはツクシの背後につき

 

「これ押し付けられんの好きな癖になー」

 

 豊かな乳房を押しあげながらにやけて言う。

 

「その手には乗りませんって。自分で上がってください」

 

 かれこれ一年近く同棲しているだけにアカネの色気を使った攻撃には慣れてしまったのだろうか。素っ気ない調子でツクシは返す。

 

「全く暑苦しいな……」

 

 レッドはそんな夫婦を尻目に下へと降りて行った。

 

─午後2時45分 地下二階─

 

 そうこうしているうちに三人は地下二階へ着いた。

 入ると廊下になっており、その先には簡単な鉄扉がある。

 

「何だろうあれ……」

「とにかく行ってみるで」

 

 レッドがドアノブに手をかけ、開く。

 

─刑場─

 

「ヒェッ……」

 

 刑場には禍々しくも簡素な絞首台があった。

 さすがのアカネも人を殺める道具を見て気が引けてしまったのだろう。やや怯えている。

 

「こりゃあどういう事だ……。映画でしか見た事ないぞこんなもん」

「え、なんなんですかこれ?」

 

 ツクシは本当に何の道具なのか分かってない様子である。

 

「見て分からへんのか! 絞首台や! 縄で人の首を吊るす道具や!」

「へぇ首をつ……そんなことをしたら死んじゃうじゃないですか!」

 

 ツクシはやや遅れて事の重大さを理解したようである。アカネはやれやれとばかりに軽くため息をついている。

 

「あれも十分ヤバいけど……この跡はなんだ?」

 

 レッドは人二人分くらいのやや盛り上がっている土を見つけた。

 

「なんやろ……。何か掘り返したあ……」

「これ、ポケモンが土を掘った跡ですよ! 間違いない!」

 

 ツクシは土を見るや否や、大きな声で言った。

 

「うわっ。なんや唐突に……」

「こういう小さく盛った掘り方をするポケモンはツチニンとかナックラーのような地中で生活するポケモンに多く見られるんですよ。ただそれにしては範囲が大きいですから……大量に動員したか、それとも別のポケモンを使ったか。とにかく人の手では無理です」

 

 ツクシは研究員らしく滔々と説明する。

 

「なるほどね……。まあとにかく報告しよう。ここは多分深すぎて圏外だろうし上に戻ろう」

 

 三人は地下一階にまで戻った。ツクシは結局アカネに根負けして途中から背負っていた。

 

─午後3時10分 地下一階 地下室前─

 

 三人が地下室前にたどりつくと、ワタルをはじめとする上層階へ向かっていたチームが丁度やってきていた。

 

「ああ、ワタルさん。来ていましたか」

「うん。こっちはもう上の階まで制圧した。今幹部の一人を捕まえて鍵を開けさせてるところだ」

 

 そう言ったと同時に解除音が鳴った。

 

「開いたわ」

 

 アテナがそう言うや否やレッドが押しのけて扉を開けた。

 しかし、中には誰もいなかった。既に連れ去られた後のようである。

 

「え……おい! これはどういうことだよ!!」

 

 レッドはアテナに舌端火を吹く様子で問い詰めた。

 

「フッ……おバカね。全部フェイクよ」

「してやられた訳ね……。それで、本物はどこにいるの?」

 

 シロナが冷静な様子で尋ねる。

 

「さあ。自分で探せばいいんじゃありません? おばさん」

 

 アテナは思い切り毒づく。

 

「お、おばさんですって……」

 

 シロナが青筋を立て始めている。彼女にこの手の言葉は禁句である。しかし、出来る限り感情は抑えて続ける。

 

「貴女、自分の立場が分かっているのかしら? 事ここに至った以上、貴女には私たちに素直に協力することでしか……」

「もしかして」

 

 ツクシが突如地下二階へ向けて走り始めた。残った人々も後に続く。

 

─地下二階 刑場─

 

「こ……これは」

 

 ワタルは盛り上がった土を見て絶句した。

 

「これ、やっぱりポケモンの掘った土ですよね?」

 

 ツクシの尋ねに答えるよりも先にアテナが答える。

 

「なんだ。もう見つけちゃってたの。そこの坊やの言う通りよ。そこが抜け穴。ここは裏切り者を粛清する場所であると共にいざという時の非常口なの。だからもう今頃あんたたちの大事なお仲間も含めてみーんなあっちにいってる最中。ほんとポケモンリーグってお間抜けよねぇ」

 

 アテナはそう言うと高笑いをする。

 

「ふ、ふざけるなっ!」

 

 レッドは激情のあまりアテナに殴り掛かりそうになるが、ワタルが制する。

 

「落ち着くんだレッド君! ここで赤くなったところでどうにもならない。とにかく早くイッシュリーグ側にフリゲートの特定を要請するんだ!」

 

 同時に土を掘り返して坑道のようなものがないか探したが、寸断されており不可能だった。

 ワタルの要請にイッシュ側は即座に反応し、水ポケモンを総動員して特定に尽力。30分ほどでセイガイハシティ近辺、海辺の洞穴浜辺に停泊してることが確認された。これにはナツメが得ていたロケット団内部の情報も加味されて早期の特定につながっている。

 確認後、イッシュリーグ理事長アイリスの名の下、秘密裏に地方総動員令が出され四時間ほどでリーグ所属のリーダーや四天王などが搬入中のロケット団を急襲。イッシュ側の軍勢が海辺の洞穴の外れで戦っている隙にワタル達は右舷に回り込んで船本体へ攻め込んだ。

 

─午後7時30分 プラズマフリゲート 船内会議室─

 

 イッシュリーグとワタル達の来襲に対しプラズマ団及びロケット団の内部は混乱を来していた。

 ロケット団はプラズマ団及びオーキドを出しぬいて会議を行っていた。

 

「事こうなった以上我々は一刻も早く戦線から離脱し、態勢を立て直してカントーへと戻る道筋をたどるべきであると私は考えます」

 

 ラムダは処刑。囮となったアテナは逮捕され、主だった幹部はアポロとランスのみになった。ランスは手紙事件の後ロケット団の身を固める為に査察部へは戻らなかった。

 

「私もアポロさんの意見に賛成します。オーキドとの訣別は先の会議で決まっていますし、躊躇する必要はないかと」

「しかし、例の二人はどうするつもりだ。身柄は一応まだ我々が預かっているのだぞ」

 

 サカキがそう言った。

 

「我々にとって生かすメリットは何一つありません。オーキドへこれまでの我々に対する専横への報復として、そして何より我々の決意と覚悟の固さを向こうへ思い知らせるべきであります。それ故、殺してしまうのが妥当であると存じます」

 

 アポロは感情のこもった声で意見する。

 

「私も同意見です。元をただせばエリカもマツバも我々からすれば団に唾かけた叛逆者に他なりません。ここはラムダへの制裁と同じく我らが手にかけるのが相当であると考えます」

 

 結果、エリカとマツバを殺害した後速やかに船を離れることを決議。決議の後、荷物をまとめた後にアポロはマツバを、ランスはエリカを殺害することとした。

 

─午後7時47分 同所 船室─

 

 マツバとエリカは拘束の上それぞれ別の船室に閉じ込められている。

 

「マツバさん。お久しぶりですね」

 

 船室内に入ったアポロはマツバに語りかける。

 

「その声は確か……アポロとか言ったっけ……。今更僕に何の用だい?」

 

 マツバは衰弱しているのか声調は弱いが、気概の強さはそれでもはっきりと感じ取れる。

 

「単刀直入に申しあげます。我々はさる事情からオーキドと訣別し、それ故この船からも去ることにしました」

「さる事情……ね。おおかたレッド君とか……リーグが本格的に動いてここが危うくなったんだろう……?」

「ほう。やけに鋭いですね。前のビルと同じくここにも超能力妨害装置はあるはずですが……」

「そんな事くらい。僕じゃなくたって……いや子どもにだってわかるさ」

 

 マツバは精一杯毒づいた。

 

「で、君たちがこの船を去るから……どうしたって? また連れ出すのか?」

「いいえ」

「へぇ。じゃあまさか解放」

「貴方を、殺害します」

「えっ……!?」

 

 マツバはその瞬間色を失う。

 

「えじゃないでしょう。そもそもあの男さえいなければ貴方はとっくの昔に殺されているんです。一年間も生きながらえただけ感謝されてもいいくらいだ」

「そうか……あれからもう一年か……」

「感傷に浸るのは黄泉の世界に行ってからにしてもらいましょうか」

 

 そう言うと、アポロは従者の下っ端に執行を準備する事を顎で命じる。

 

「安心してください。器具と後処理の都合で斬首ではなく絞首刑ですよ。数分だけ苦しめば貴方は意識を失い、気が付けばもう亡くなっています」

 

 それと同時にマツバの首に縄がかけられる。

 

「くっ……。ふざけるな」

「なんとでも言いなさいな。おっと、これだけは一応聞いておきましょうか、最後に言い残したいことは?」

「こんな所で……諦めてたまるもんか……! エリカさんはもっと苦しいのに頑張ったんだ……!!」

 

 マツバは縄の戒めを外そうと必死にもがく。しかし、衰弱した体では上手くいかない。

 

「ふっ……それが最期の言葉ですか。じゃあ。さようなら、マツバさん」

 

 アポロは振り上げた手を下ろし、刑の執行を合図する。その顔は非常に残忍で、冷酷で、そして残酷なうっすらとした笑みさえ浮かべていた。

 抵抗が弱まり、だんだんと顔から生気が抜けていく。

 

「コラァァァァァァァ! マツバに何してくれとんじゃこんのボケェェェェ!」

 

 その瞬間、アポロの背後に強烈な飛び蹴りが飛んできた。

 あまりにも不意を衝いた事だった為、アポロはまともに一撃を食らい倒れこんだ。

 それとほぼ同時にハッサムのシザークロスが丁度縄だけを切り裂く。

 

「マツバさん!」

 

 倒れこんできたマツバをツクシはアポロを無意識に踏み越え、瞬時に抱き止めた。

 

「マツバさん! 大丈夫ですか! しっかりしてくださいよホラ!」

 

 ツクシはマツバが付けさせられていた目隠しを外す。

 

「あ、あれツクシ君!? それにアカネちゃんまで……。そうか、僕本当に死んじゃ」

 

 現実を死後の世界と錯覚したマツバに対し、アカネは得意の大喝を放つ。

 

「何をアホな事抜かしとるん! ここは現世や! マツバ、アンタは生きとるで!」

「あ、あれ……ほんとだ。頭がぐらぐらする」

「良かったぁ。ホンマによか」

「感動の再会はお済になりましたか?」

 

 アポロは制服についた汚れを掃いながら平然とした表情で尋ねた。

 

「ケッ。ラジオ塔だけじゃ飽きたらず……。ウチの大事な友だちをこないな目に遭わせおって……。生かしては帰さへん! コガネ人を本気で怒らせたらどうなるか骨一本に至るまで叩きこんだるで!」

「僕も……。貴方がたのした行為は一人の人間として絶対に許せません。痛い目、見て貰いますからっ!」

 

 二人の言葉を聞いた後アポロはふっと笑って

 

「どうやら、理由などを聞くよりも先に戦わなければならないようですね。宜しい。受けましょう。逃げたところで貴方がたは執拗に追いかけて来そうですし……ね」

 

─19時44分 同所 別の船室─

 

 マツバが閉じ込められている所よりも大分離れたある船室にはエリカが閉じ込められていた。

 ランスによってドアが開かれるとエリカが口を開く。

 

「私をこんな目に遭わせるなんて……一体どういうつもりですの?」

 

 彼女はビルに居た時と違い、手と足に縄の戒めを受け、椅子に拘束されている。

 ランスは彼女に執行用の縄を見せつけ、言う。

 

「エリカさん。貴女を、処刑します」

「な、なんですって!」

 

 流石の彼女も突然の死刑宣告には動揺しているようだ。

 

「貴女は我々に軟禁とはいえ拘束されていながら、旧幹部のラムダと結託し、逃亡を謀った。うちの団では逃亡と叛乱は死刑です」

「勝手に連れ去っておきながら何を世迷言を……! 貴方がたが勝手に決めた事に私が服する理由などありませんわ!」

 

 エリカは強硬に反発するがランスは慣れた調子で従者の下っ端に縄を渡して言った。

 

「お忘れですか? 我々はロケット団です。貴女がどんなに喚こうと、粛々とサカキ様の命に従うのが我々の定め……」

 

 ランスが言ってる最中、彼の背後に人が立つ。

 気配を感じ取ったランスは振り向くが、その姿を見て絶句した。

 

「ホッホッホッ……。誰の許しがあってエリカ君にこんな真似をしとるのかね?」

 

―――――――

 

 ワタル達が突入を開始して二時間が経過した。

 プラズマ団の主だった面々はさっさと逃げおおせたアクロマを除いて全員が逮捕された。しかし、ロケット団の勢力は未だ健在であり、船内の各所で頑強に抵抗を続けている。

 レッドはそんな中を切り抜け、いよいよボスの部屋と思しき所にまでたどり着いた。

 

─20時37分 同所 元ゲーチスの部屋─

 

「ホッホッ。漸く来たかの」

 

 オーキドは革張りの椅子をレッドの方に向けた。その上には抱っこの要領でエリカが居る。

 そしておもむろに立ち、レッドより五歩ほど開けた位置まで歩み寄った。彼女は横に立っている。

 

「貴方!」

「オーキド博士……。エリカを、返してください。もう状況は明白です。貴方の負けですよ。無駄な抵抗をすることはないはずです」

「レッド君よ。ワシがこの程度のことで引き下がるとでも思うのかね?」

「どういうことですか」

 

 オーキドは口の端をあげて言う。

 

「このくらいのことでやめる気は毛頭ないということよ。それよりもレッド君」

「はい」

「どうしてもエリカ君を返してほしいかね?」

 

 レッドは深く頷く。

 

「宜しい。ならばワシと勝負をせぬか? いやなに、君の得意なポケモンバトルじゃよ」

「博士とポケモンバトルですか……?」

「そうじゃ。見事ワシに勝てばエリカ君は返してやる。負ければ返さぬ。それだけの事じゃよ」

 

 オーキドは闊達な様子で話している。話し方を見るに嘘をついているようには見えないもののレッドは躊躇した。

 

「何をためらう事があるんじゃ。君にとって決して悪くない条件で返そうと言うとるんじゃぞ」

 

 そう言われて少々間を開けた後

 

「分かりました。約束ですよ」

 

 と、帽子を目深に被り直して言う。

 

「ホッホッ。そうこなくてはの……。ルールは6vs6のいたってシンプルなシングルバトルで行くぞ! では、行け! ミュウツー!」

 

──

 

 レッドは苦戦こそしたが、二体を残してどうにか勝てた。

 オーキドは最初はミュウツーを出してきたが後のポケモンは伝説には入らないポケモンで、ガブリアスやメタグロスなどといったチャンピオンクラスが持つポケモンが多勢を占めていた。

 

「か、勝った! ほら博士約束ですよ! 早くエリカをかえしてください!」

 

 レッドは鬼気迫った様子で博士に要求した。

 

「わかったわかった。そうせっつかんでも返してやるわい。ホイ」

 

 オーキドはエリカの腕を放す。すると、彼女はひとりでにレッドの所に抱きつく。

 

「貴方! 貴方ぁ……!」

 

 彼女は数ヶ月ぶりに触れたレッドの体に安心した様子である。同時にオーキドはエリカの所持品も返してやった。

 

「エリカ……」

 

 レッドはそれに対して安堵した表情でそっと頭を撫でた。とにかくこの時間が長く続いてくれればいいのにと心の片隅で彼は思う。

 

「しかし、良いのかのう?」

 

 オーキドは雰囲気を壊すかの如くわざと大きな声で言った。彼女はオーキドの声を聞き、彼の胸から離れ横に立つ。

 

「なにがです?」

「レッド君や。君は心の底からエリカ君の横にいる権利があると思っておるのかね?」

「ええ、勿論です」

 

 レッドは毅然とした態度で言う。

 

「ほう。随分と強気だのう……。じゃがこれを聞いても同じ事が言えるかの?」

 

 オーキドはボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押す。

 

─「好きだ」─

─「好きなんだ……俺、フウロさんの事」─

 

 レッドはそれを聞かされて頭の中が真っ白になった。

 

「ど……どうしてそれを」

 

 オーキドはホッホと笑った後

 

「図鑑じゃよ」

「は?」

「図鑑のカメラに一つ仕込んだのじゃよ。小型のカメラをの!」

「そ……そんなバカな!」

「ならばこの映像をどう説明するのかね」

 

 オーキドは後ろのモニターに映す。

 そこにはフウロに抱きつき、ライブキャスターを投げ捨てて彼女に拒絶されるところの一部始終が映し出されていた。

 

「くっ……」

 

 レッドは茫然自失となり、下を向いてしまった。

 オーキドはそれを見てここぞとばかりにまくし立て始める。

 

「レッド君はのう。2月の初めから長きに亘ってフウロと連絡を取り、彼女に告白をしたのじゃ! エリカ君というものがありながらそんな不埒な行動に出たのじゃぞ!」

 

 オーキドは怒りに打ち震えている。そこにはレッドを糾弾したいという事の他にも何か存念があるようにも見えた。

 エリカの方はただ黙って互いの動きを見ている。

 

「確かに」

「何だね?」

 

 レッドは考えをまとめ、オーキドに決然とした表情を見せる。

 

「確かに俺は一時期、フウロさんに心移りしてた。それは認める」

「ほれ見よ! この浮気者めが。貴様のような奴にエリカ君との交際など……」

「しかし! それはほんの一時のことです。今はエリカのみを愛しています! これは神に誓ってもいい」

 

 レッドは毅然とした態度でいうが、オーキドはそれに対し鼻で笑って返す。

 

「例えそれが真実じゃとしても、理由は明白よ。フウロに体を許して貰えなかったから。じゃから仕方なくエリカ君に戻った!」

「違う! 違う違う違う!」

「何が違うのじゃ! この映像を見れば誰でもそう思うわ! 貴様は結局エリカ君の事を体でしか考えておらんのだ!!」

 

 オーキドは狂ったように怒り続けている。

 

「どうだねエリカ君よ。これでも君はレッド君を伴侶として定めるのかね。まるで花魁か何かのように勘違いしてる彼をの?」

 

 エリカは思い詰めた表情で黙している。

 そこで、レッドは一つの打開策を思いつく。

 

「博士。俺のポケモン図鑑には俺の動きをしっかり記録するカメラがついてる……そう言ってましたよね」

「そうじゃ。それがなんじゃ」

「だったら、俺のエリカに対する本当の思いについて収めた場面もある筈です! それも見せなければ不公平というものでしょう」

「ホッホッ……。何を言うと思ったらそんなことかの。自惚れも大概にせい! そんな場面はないのじゃ!」

 

 オーキドはあっさりと両断したが、レッドは引かずに答える。

 

「いいえ。あります」

「ホッ……どこかね?」

「あの日……。フキヨセカーゴサービスでナギさんに激励された時の事です」

「それがどうしたというのじゃ」

「それを俺の口から言わせるのですか! とにかくみせてください! 真実は全て明らかにされるべきですよ!」

 

 レッドは声を張り上げて強く迫った。

 

「残念じゃが断る。そんなものを見せる義理も道理も無いからの!」

「いえ」

 

 それまで沈黙を守っていたエリカが口を開いた。

 

「何じゃ」

「レッドさんが仰せになってる通りですわ。悪いところだけ見せられて判断しろと言われても困ります」

 

 彼女はしっかりとした口調で言う。

 

「ホ……。それもそうじゃの。エリカ君の頼みじゃし、言い訳を残してはいかんからのう」

 

 オーキドは渋々後ろのモニタに映す。

 映像はノーカットで数十分ほど流れた。

 

「……」

 

 彼女は見終わってから暫く口をつぐんだままであった。

 

「さあ。エリカ君よ。君はワシの言うこととレッド君の言うことどっちを信じるのかね? 君の求めに応じてここまでやったのだ。答えを聞かせてもらえるかの?」

 

 レッドはエリカに視線を送った。

 

「私は、レッドさんを信じますわ」

「ほほう」

 

 オーキドは余裕有げに笑う。

 

「確かに私がこんな事になっていたというのに関係を持とうとしたことは許しがたいことですが……。夫の悩みに気付けなかった私にも落ち度があることですわ。それに……」

 

 エリカは少々口ごもった。

 

「なんじゃ。言うてみよ」

「レッドさんはレッドさんなりに思い悩んだ末、最終的には私に戻ってきました。だからこそこうして救いに来てくださったのですわ。私は何よりもその努力と成果がとても尊いと考えます」

「エリカ……」

 

 レッドは感激のあまり目に涙が堪った。

 

「ほう。ならばエリカ君はどうしてもこの男を選ぶというのかね?」

「ええ。私が初めて心の底からお慕いしている殿方ですもの。そう滅多なことでは契りを断つことなどありえませんわ!」

 

 彼女は澄み切った目でオーキドを見る。

 

「ホッホッ……。大したものじゃのう……」

「何がおかしい! 博士、貴方には分からないんですか」

「何がだねレッド君?」

「俺とエリカは固い絆で結ばれているんだ。博士、あんたがどんなに悪知恵を働かせようとこれを切ることなど……」

「ホッホッホッホッ! 固い絆のう……。青い、青いわ。だからレッド君は青二才なのじゃよ」

 

 オーキドは狂人の如く笑ったかと思うと、即座にレッドを嘲った。

 

「な、何だと……」

「お二人さんや……。君たちは、これを見ても同じことが言えるのかね?」

 

 オーキドはエリカとレッドに一枚の紙を手渡した。

 上部中央には『DNA鑑定報告書』と記載されている。レッドには何のことだかさっぱりわからなかったが、エリカはその内容を見た途端青ざめた。

 

「私との対立遺伝子が……一致……!? そ、そんな事あるわけが!」

 

 彼女は酷く狼狽している。

 

「残念じゃが事実じゃよ。ワシだけでなくアクロマにも同じ方法で鑑定したが結果は同じじゃった。ほれ、これがもう一枚の鑑定書じゃ。しっかりとアクロマのサインがされておるじゃろ」

 

 オーキドは二人の前にもう一枚の鑑定書を見せた。確かにアクロマ直筆のものと思われるサインが最後に記入されている。

 

「あ、あの一体どういう……」

 

 レッドは全く話がつかめなかったのでオーキドに尋ねた。

 

「おっとすまんの。レッド君にはちぃと難しすぎたか。つまりの……ワシとエリカ君が祖父と孫の関係にあるという事じゃよ! ホッホッホッ!!」

 

 オーキドは勝ち誇ったかのように高笑いをする。

 

「な、そ、そんなことあるわけねえだろ! ふざけんな!」

 

 この時ばかりはレッドも激昂した。

 

「そ、そうですわ! そもそもサンプルはどうしたのです? この鑑定は私だけでなくお祖母様とお母様のDNAがなくては正確さに欠けます! 接点がなくてはそもそも用意できるはずが……」

 

 彼女は一歩歩み出てオーキドを問い詰めるが、彼は残忍に笑って返す。

 

「ホッホッ……。出来たのじゃよ。それが」

「な……何ですって」

「何と言っても、ワシとカルミア女史はもともとは夫婦じゃったのだからな! サンプルなどいくらでもあったわい」

 

 その瞬間、エリカは激しく動揺した。

 

「お、お祖母様からは聞いたことありませんわそんなお話など……」

「カルミアとは辛い別れ方をしたからの。思い出したくも、話したくもなかったのじゃろう」

「お祖母様を呼び捨てにしないでくださいまし!」

 

 彼女の声からは激しい怒気が篭っていた。

 

「どんなにエリカ君が否定してものう。証拠はこの通りじゃ」

 

 オーキドは更に一枚の紙を二人の前に示す。戸籍謄本である。カルミアとオーキドについて1957年2月24日に入籍し、1978年6月13日に離婚したことが克明に記載され、タマムシ市役所が発行した証である市章が背景に大きくあった。

 紛れもなくオーキドとカルミアが結婚していた証だ。

 

「う、嘘……」

 

 彼女は余程信じたくない事実だったのか、膝をついてしまった。

 

「お、おい! エリカ大丈夫か!」

「DNAにこの戸籍謄本! エリカ君はワシの大事な大事な孫娘に違いないのじゃよ! ホッーホッホッホッ!」

「くっ……!」

 

 レッドはオーキドを睨みつける。

 

「さあ。レッド君や。これでもエリカ君と付き合い続けるかね?」

「考えるまでもねえ。勿論だ」

「ほほう。何故だ」

「エリカが誰の孫だろうが俺には関係のないことだからだ! 俺も、エリカも互いを好きになっている。それさえあれば十分だからだ!」

 

 レッドは強く言い放った。本人も気づかない間に憎しみのあまりか博士への敬語がなくなっていた。

 

「ホッホッホッ……。あっぱれじゃのうレッド君」

「博士……。一つ聞かせてほしい」

「なんじゃの?」

「博士は要するに……。自分の孫を手に入れようとしたわけだ。どうしてそこまで彼女にこだわるんだ……」

「言ったじゃろう。死んだ妻そっくりじゃったからだ」

「いいや。俺にはそれだけのような気がしない……。たったそれだけのことで博士がこんな真似をするとはどうしても俺には思えない」

 

 レッドが言い終わると博士は後ろを向き一分ばかり間を開けて答えた。

 

「ふむぅ……。そろそろ、君たちには本当の事を話した方が良いのかもしれんの。よかろう。聞きなさい、今からもう六十年近く前の話じゃ……」

 

 オーキドが前を向く。そして話を切り出すと、エリカはきちんと聞こうとするためかゆっくり立ち上がった。

 オーキドは自らの視点で、1957年及び1978年に起こったことを中心に話し始めた。カルミアを好いていたがヤナギによって妨害され諦めかけたが見合いによってどうにか夫婦になれたこと。その実は仮面夫婦も同然の生活であったが自らはカルミアをそれでも好いていたこと。のたれ死んだと思っていたヤナギがポケモンリーグを創設してそれが成功するのを見るたびに夫婦の溝はさらに深まったこと。そして、1978年にカルミアの滑落事故で自らは世間で多大なバッシングを受けてその末に離婚したこと。これら全てが年月と共に覆しがたい憎悪となって今に至るということ。

 話し終わった頃にはレッドもエリカもあまりのことに呆然とするほかなかった。

 

「レッド君よ」

「はい」

「言うておったな。なぜここまでの事をする必要があったのかと」

 

 レッドは一度頷く。

 

「これらは全て五十余年の時を超えての復讐よ。カルミアを誑かして心を奪ったヤナギと、其奴の作ったリーグ、そして滑落事故の際にだれもかれも守るどころかワシを指弾する愚鈍で蒙昧な大衆……。そして、カルミアの生き写しであったエリカ君の心まで奪った貴様。全て……全てがこの上なく憎くて堪らぬのだ!! 全ては復讐じゃ! このワシをせせら笑い、プライドを踏みにじった愚か者共に目にものを見せるのじゃ!」

 

 オーキドはこれまで見たことがないほどの憎悪に満ちた表情を見せた。

 

「ふざけるなよ」

「なにぃ?」

「確かに博士もそれなりに辛い目に遭ったのかもしれない。だけど! だけれども、こんな事をするのは間違ってる!」

「レッド君よ何度言わせるのじゃ! そのような善悪などくだらん事じゃわ!」

「博士、俺には信じられない。初めて俺にポケモンをくれたときそんなことを考えてるなんて夢にも思わなかった。図鑑のポケモン集めで困ってるときや育て方が分からなくて苦労してるとき、博士はいつだって相談に乗ってくれた。そんな時もこんな事を考えてるなんてちっとも……」

「何が言いたいのじゃ」

 

 オーキドは冷ややかな目でレッドを見る。

 

「今まで博士について色々と酷いことを言いはした。だけど、どうしてもあの時の博士と今のそれとが同じとは思えないし、偽者にしか見えな」

「レッド君よ」

 

 レッドが言い終わる前にオーキドは口を挟んだ。

 

「人というのは目的のためならどのような仮面も被れるのじゃ。どんなに分厚く、本物と見紛う仮面でも……の。それをよく覚えておいた方がよいな」

 

 そういうとオーキドはエリカに向き直って言う。

 

「さて、エリカ君よ。君は間違いなくワシの孫……そして伴侶となるべき者だ」

「なっ……何を戯けたことを!」

 

 エリカは猛然と向かった。時間が経ったせいかレッドのおかげか普段の調子にもどっているようだ。

 

「残念ながら法ではワシとエリカ君が結ばれることは叶わぬ。だがの、そんなものはただの形式よ。身二つさえあれば結ぶことは可能じゃ」

「冗談ではありませんわ! 誰が貴方のような下郎と……! 私にはレッドさんという夫がおります!」

「エリカ君よ。二言目にはレッド君とのことを引き合いにだすがの、本当にそれで良いのか?」

 

 オーキドは不気味に笑いながら言う。

 

「どういう事ですか」

「ワシの血はのう。非凡な才能を授かる代わりに災いを起こすのじゃ。ワシはこのようになり、我がもう一人の孫のグリーンは女を侍らせて少なからずいざこざを起こしておるし、娘のスズノメは病弱故に自らの持つジムを廃絶の危機に瀕させた」

 

 母親の名前を出されて、彼女は目を怒らせて鋭く切り返す。

 

「お待ちなさい! 母上がジムを危うくしたのは母上のせいではありません! ジム全体の責任ですわ」

「どう言おうと勝手じゃが、その時期のタマムシジムは公認授与以来最大の危機にあったことは否定できんじゃろ……。ともかく、エリカ君、君自身にもその血が流れておるのだ。大事なレッド君にその災禍を味あわせても良いのかのう……?」

 

 エリカは少しの間を置いた後答える。

 

「たとえ貴方のおっしゃることが全て真実だとしても……私はレッドさんと共にいますわ」

「なんじゃと?」

「災禍を起こすのではありません。私はあなたのようにそうやって諦めて血に従うような生き方は致しませんわ! 私は血に抗ってそのような負の血を屈服しますわ。遺伝だからなどと言って諦めるのは人間たるを捨てることと等しいことです!」

 

 彼女はこれまでにないほど強く毅然とした様子で言い放つ。

 

「ホッ……。勇ましいことよの。やはりカルミアの孫じゃ……。その強かさはまさに彼女そのものよ」

 

 オーキドは笑っているように見えるが目は全く笑っていない。

 

「レッド君よ。君はそれでも良いのかね? エリカ君と共におればどのような災厄が降りかかるか分からぬのじゃぞ」

「……」

 

 レッド自身完全に否定はできなかった。彼女の非凡なる力はこれまで嫌というほど見てきたのは事実だからである。

 しかし、彼はオーキドに今一度向き直って言う。

 

「良いです。例えどんなに辛い目に遭おうと共に乗り越える覚悟はできてます。でなければこんな所にまで救いに来たりはしませんよ!」

 

 オーキドはそれを聞いて後ろを向いた。

 そして天を仰ぎ、ホッホッホッと三十秒ほど高笑いしたと思うとすばやく振り返り

 

「この、青二才があああああああああああ! エリカ君は、エリカ君はワシのものじゃあああああああああああ!」

 

 などと言いながら素早く拳銃を取り出し、レッドの心臓に狙いを定める。

 

「貴方!」

 

 エリカが飛び出すと同時に銃声があたりに響き渡った。

 

――

 

 数十秒ほどしただろうか、レッドはゆっくりと目をあけた。

 すると、凍りついた博士と銃口から数センチだけ離れた銃弾と地に落ちようとして止まった薬莢が目の前にある。

 レッドがどういうことかはかりかねていると背後より声がした。

 

「ふう……。間一髪だった」

 

 後ろにいたのはヤナギとトドゼルガである。

 

「ヤ、ヤナギさん!? どういうことです?」

「なに。雑魚を蹴散らして漸くここにたどり着いたら二人が危なかったからの。こいつを使って凍らせたまでよ」

 

 ヤナギはトドゼルガの背中を二回叩いた。

 

「ヤ、ヤナギさんですか! ありがとうございます!」

 

 エリカはいそいそとヤナギの前に出て深く礼をした。

 

「当然のことをしたまでよ。礼を言われるほどのことでもないわい」

「それにしても……」

 

 レッドは凍らされた博士の前まであるき、じっくり一瞥する。

 

「これ、溶けるんですか?」

「いずれは溶けるじゃろうが、一瞬で凍らされたから即死じゃろう」

 

 ヤナギはさらりと言ったが、レッドは衝撃を受けた。

 

「そうですか……博士は死んでしまった訳ですか」

 

 レッドは今にも動き出しそうな様子の博士と死という現実のギャップのせいかあまり驚いていない。

 何よりも自らを一度ならず二度までも殺そうとした人間である。如何に恩師とは言えあまり悲しいという感情は湧いては来なかった。

 エリカの方はただ氷の前で手を合わせていた。そのうちレッドも同じく手を合わせる。どんな人間も死ねば同じなのだ。

 

「ほれ、こんなところにおらず前の場所に戻ろう。皆が二人を待っておるぞ」

「は、はい!」

 

 そう言うと二人は先にワープパネルに乗り、場所を移した。

 ヤナギは一人残り、氷の前まで歩き呟いた。

 

「馬鹿な奴め……」

 

 そう言うとポケットから数珠を取り出し、合掌した。

 

――

 

 二人が戻ると、フリゲート内は歓声に満ちた。

 エリカは無事に救出され、マツバも同じく救い出されたのだ。作戦は大成功に終わったわけである。ヤナギの犯した殺人の罪については正当防衛の範疇とされて不起訴処分となった。

 あれからレッドはゴールドの制覇を待ってPWTに挑み、ゴールドには辛勝して見事ポケモンマスターの栄冠を手に入れたのである。前人未到の功績に日本中は欣喜雀躍し、レッドを讃えた。

 ロケット団の方は先述の通り一網打尽に逮捕。逃げたアクロマも三ヶ月後に見つかってやはり逮捕された。彼らには法の鉄槌が下ることに成るだろう。オーキドの所業についても不正確かつデリケートなオーキドとエリカとの関係を除いて全てを暴露されオーキドには1978年の滑落事故など比にならないくらいの猛烈な非難があびせられた。孫のグリーンはこれを受けて一年間ジムリーダーを休んだほどである。

 レッドとエリカは生ける伝説の夫婦としてトレーナー界には永久にその名が刻まれた。

 

――――――――

 

―6月17日 午前7時 いかりの湖―

 

 PWTでゴールドを破って帰国した三日後、マサラタウンからそのままレッドはエリカを連れてこの場所に来ていた。

 ポケモンマスターの称号を得たら、ジムリーダーとしてではなくポケモントレーナーとしてのヤナギに勝負を挑むという約束をしていたのだ。レッドにとっては真の実力でのヤナギに勝たなければ真のポケモンマスターとは言えないと思っていた。

 

「ヤナギさん」

 

 仲間と釣りをしていたヤナギを見つけて彼は話しかけた。

 

「む……。レッドとエリカ女史か。少し待っておれ」

 

 ヤナギは釣り仲間に断った後、道具を持って離れた場所で話す。

 

「まずはポケモンマスター取得おめでとう。私は心から祝福する」

「ありがとうございます」

 

 それからは他愛もない世間話をし、レッドはふとあることを切り出した。

 

「それにしても博士の言ってたことは本当なんでしょうかね……。博士とエリカが孫と祖父の関係にあるだなんて……。DNA鑑定だとはいっても俺にはどうにも納得できないです」

 

 その件については当然ヤナギの耳にも入っていた。彼は眉間にシワを寄せて答える。

 

「少なくとも言えることはそれは断定できんと言うことだ」

「え、それって……どういうことです?」

 

 エリカが思わずそう尋ねた。

 

「まだ二人には伝わっていなかったかの。あのDNA鑑定書は過程が杜撰すぎて信頼に足らんのじゃよ。アクロマからの証言もただ同じ方法でやらされただけだと言うことでの」

「あぁ……そうでしたか。私は結果についてのみしか見てなかったもので……」

 

 彼女はあの時大慌てした自分をやや恥じている様子だ。

 

「しかし、あの戸籍謄本は本物ですよね?」

「ああ本物じゃとも」

「だったらエリカのお祖母さんが博士と結婚していたというのは事実……なわけですよね」

 

 レッドは小声でヤナギに言う。

 

「うむ」

「だったらやっぱり……」

「もう! 貴方は一体どちらの肩を持つのですか!」

 

 彼女は頬を少し膨らませている。

 

「そういうんじゃなくてやっぱりこういうことははっきりさせておかないと……」

 

 ヤナギは下をうつむいている。

 

「あ、あれヤナギさんどうしたんです?」

「やはり、言わねばならぬかの……。あの時のことを」

「え? あの時の事って……」

「私はのう……たったの一度だけだが……。カルミア女史と情交したのだ」

「え、えええええええええええええ!?」

 

 それからヤナギはオーキドとカルミアの結婚の裏側について洗いざらい話した。自分がカルミアから告白された事から父親から結婚を反対されてその腹いせとばかりにカルミアから誘ってきて情交に及んだことまで全てである。

 

「あの頃は若かったとはいえ大変にすまないことをしたと思っている。本当に申し訳ない」

 

 ヤナギはエリカに深々と頭を下げた。

 

「い、いえいえ。頭を上げてくださいヤナギさん! そう……そうだったんですか。つまり、私は」

「博士かヤナギさん。どっちかの孫ということになるな」

 

 レッドはそう簡潔にまとめた。ヤナギは頭を上げる。

 

「真相は分からぬがの……。オーキドはもう荼毘に付され、カルミア女史もスズノメ女史も既に他界しておる」

「あ、あの……」

 

 彼女は恐る恐るといった調子で言う。

 

「何だね」

「私とヤナギさんのDNAを調べれば孫かどうかはっきりすると思うのですがいかがでしょう」

 

 ヤナギは少し間を置いて

 

「ふむぅ……そうよの。近いうちに鑑定機関に依頼してみるのも手だな」

「ええ! もし……ヤナギさんと私が祖父と孫と分かればヤナギさんはお祖父様になるわけですか……。私はその方が凄く嬉しいですわ。あとナギさんとも腹違いの従姉妹と……」

「うむ。私としてもそうならば本当に良いのだがのう。とにもかくにも行ってみようかの」

 

 そうこう二人が話している間にレッドが入った。

 

「あの、ヤナギさん」

「ん? おっと肝心な事を忘れてしもうたな……すまんのう。約束を果たしてくれた事だし、トレーナーとして戦おう! 準備は、宜しいかの?」

「勿論ですっ」

 

 レッドはモンスターボールを前にかざす。

 

「宜しい。では、参る!」

 

 こうして、いよいよ真の世界最強のトレーナーが決まる大きな戦いがここで始まろうとしていた。

 レッドのその目には溢れんばかりの闘志が、見守るエリカの目には母性にも似た優しいものが宿っている。最早、夫婦には何も怖いものなどなかった。

 

―番外編2-3-1 零度の仮面 終―

 




終わり方は分岐します
2-3-2では別の終わり方で、最後のルートです
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