伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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ヤナギ戦~エンジュ引き返しまで


第七話 大姦の蠢動

 ヤナギの圧倒的な実力の前に呆然としていると

 

「……、そんなものだったか」

 

 その言葉がレッドを奮い立たせた。

 が、行き過ぎた衝動は同時に見誤る原因にもなる。

 

「行け!バクフーン!」

 

 エリカもそれに続いてポケモンを出す。

 

「おいでなさい! ダーテング!」

 

 ダーテングはボールから出ると手に持つ椛状の扇を構え、臨戦態勢に入る。

 

「ジュゴン、潜れ!」

 

 ヤナギが指示するとジュゴンはフィールドを池のようにし素早く潜る。

 

「戻れ、ユキノオー」

 

 ヤナギは炎タイプが出て旗色悪しと見たのか、ユキノオーを引っ込める。

 二人は次に何を出すのか警戒する。

 

「行け! パルシェン!」

 

 パルシェンは輝く二枚貝を誇示するかのごとく悠然とフィールドに立つ。

 レッドはこの時点で、相手は水タイプを多用することにより弱点を埋めようとしていると推測。しかし、エリカの方はといえば

 

「戻りなさい、ダーテング。おいでなさい、ルンパッパ!」

 

 この状況ならばダーテングに日本晴れをさせてもいい筈である。

 レッドはエリカの行動の意味をすぐには推察できなかった。

 

「バクフーン! パルシェンに雷パンチだ!」

 

 レッドは疑念を抱いたまま、そうバクフーンに指示する。

 彼女はわずかに眉をしかめた。まるで、それは死ににいくようなものであると言いたげなように。

 

「心の底から痺れてしまいな!」

 

 バクフーンはそう言いながら迅速に電撃をまとった拳をパルシェンに叩き込む。

 しかし、ナパーム弾を喰らっても耐え切る鋼鉄とも言うべき貝にそのような攻撃など無謀に等しい。鈍い音が響いたがパルシェンは平然とした顔でいる。

 バクフーンへの反動は大きく、手を赤くしながら必死に耐えている様子だ。

 

「他愛も無い……。パルシェン! 雨乞いだ」

 

 フィールドは雨状態になる。ここでレッドはエリカの行動の意味に気づいた。

 しかし、レッドが気づいた頃には時既に遅く

 

「ジュゴン!」

 

 ヤナギが指示すると、水をまとったジュゴンが砲弾のごとくバクフーンの背後に突撃する。

 バクフーンはあまりに咄嗟の事の上に手の痛みが引くのを待っていた事も重なり、まともに技を喰らってしまう。

 バクフーンは押し出されるかのようにフィールドの端まで吹っ飛ばされた。

 著しく体力を消耗したが、まだ戦える状況ではある。

 この状況を見かねたのか、エリカはそっとレッドに耳打ちする。

 

「貴方、今の状況を見るに炎ポケモンは限りなく不利ですわ。ここは相手の流れに乗りましょう」

 

 エリカの耳打ちにレッドは

 

「確かに……この状況で日本晴れをしてもすぐに雨に変えられる。だけど、どうすれば……!」

 

 このバトルは2vs1。ヤナギ側は6体使えるが、レッドとエリカが使えるポケモンは2分の1で3体のみ。そしてレッドは現在一体失っている。

 つまり、選択の余地があるのはここだけと言うことだ。

 レッドは数分熟考する。ヤナギの方は黙然としつつこちらの出方を伺っている様子。

 

「エリカ……。俺はバクフーンを信じる」

「そ……そんな無茶です! 今のバクフーンは風前の灯」

「だからこそ、その灯を信じるんだ。とにかく俺の言うとおりに」

 

 レッドの発言に何かを見出したのか、彼女はそれを聞くと

 

「左様ですか」

 

 とだけ答え、ルンパッパの後ろに戻る。

 

「ルンパッパ、日本晴れです!」

 

 ルンパッパが踊ると、雨雲は払われ、瞬く間に炎天下となる。

 まさかルンパッパにその技を覚えさせているとは思っていなかったのかヤナギの目が少々細まる。

 チャンスは一ターンのみ。レッドはまず堅牢な守りを持つパルシェンに照準を定める。

 

「バクフーン、パルシェンにソーラービームだっ!」

 

 その指示と共にバクフーンは太陽光を収集し、ひとつの束を作ろうとする。

 

「このままだと堂々巡りだの……。戻れ、ジュゴン」

 

 時勢を読んだのか、ヤナギはジュゴンを戻す。

 そして戻した瞬間にパルシェンにソーラービームが貫通。草の大技には如何にパルシェンといえど耐え切れず、一撃で沈黙した。

 漸く一体を倒せたことにレッドは安堵する。しかし、それ以上にヤナギがジュゴンを戻したと言うことはこの天候を変える気がないという一種の意思表示。

 しかし、今のバクフーンは猛火に加わり日本晴れという得手に帆をあげたかの如く本領を発揮できる状況。逆に相手方にとっては窮地に陥っているといっていい。

 レッドはこれを相手が投げたと看做(みな)すべきか、それかまた別の策があるとでもいうのかということで期待と不安が交差している心境である。

 

「よくぞパルシェンを下したな。流石は噂に聞きし伝説のトレーナー……。だが、レッドよ」

 

 呼び捨てで呼びかけられたので、レッドはヤナギに目を合わせる。

 

「あまり、年寄りを甘く見るでない」

 

 レッドはその一言で目を大きく見開かせる。よもや自らの心を読んでいたとでもいうのか。

 

「行け、マンムー、トドゼルガ!」

 

 二体はフィールドに姿を現すとこの時を待っていたかのように自信ありげな様子で屹立する。

 両体とも相当な貫禄で、見るからに百戦錬磨の豪傑である。

 しかし、レベル差があるとはいえ、素早さはこちらの方が上回る。そう確信したレッドは先手必勝とばかりに

 

「バクフーン! トドゼルガにソーラービーム」

「マンムー。地震だ」

 

 マンムーはバクフーンに先んじて大きく地を揺るがす。

 光を集めている最中に激震が襲い、バクフーンは不意を突かれた格好で耐え切れずに地に臥せた。

 

「ここは安易にいかない方が良さそうですわね……。ルンパッパ、トドゼルガからギガドレインです!」

 

 エリカは持久戦に持ち込もうと考えたのか、体力回復を優先すべくトドゼルガより体力を吸い取る。

 大いに効いた様子だが、ダメージは体力にして三分の一。やはり一筋縄ではいかない。

 そしてレッドはあと一体という状況に愕然とする。ここでもし倒れれば、自らの不敗伝説に終止符が打たれてしまう。

 そんなレッドを見たヤナギは語りかける。

 

「どうした、レッド。怯えとるのか……かつてない劣勢に」

 

 ヤナギは再びレッドを呼び捨てにした。その上、氷柱(つらら)針で突き刺すかのように、冷厳な言葉を放つ。

 

「……ッ!」

 

 レッドは歯を食いしばり、身を硬直させた。ヤナギの言葉が金縛りに近い感覚が襲ったのだ。

 

「その顔は敗北というものを知らぬ顔じゃな。ここまで常勝不敗で来たのじゃろう。だがの……」

 

 ヤナギはまだ何か言うことが残っていそうだったが、一考したかのような仕草をした後

 

「いや、凡百の言を連ねるよりは、自らの身に直截(ちょくせつ)刻み込ますほうが近道かの」

 

 

「貴方……」

 

 エリカは、不安になり始めたのか、レッドの一挙一動を細やかに追い始めているように見える。

 

「行け! リザードン」

 

 レッドは今の状況を最大限活用しようと、炎ポケモンを出して正攻法で片付けようとした。しかし

 

「月並みじゃ……失望したの。幕を下ろせ、マンムー。ストーンエッジだ」

「御意!」

 

 リザードンはモンスターボールから出た瞬間、尖った岩塊の洗礼に遭う。四倍に加え岩の大技である。リザードンは耐え切れずに咆哮をあげる間も無く地に降りる。

 レッドは旅をしてから、(やや)もすると一生の間で初の敗北を喫した。

 自らに起こった未経験の事態に出来た事といえば、(うつ)けたように立ち尽くす事のみであろう。

 

「エリカ女史。これでは勝ち目は無いの、それが分からぬほど愚かではなかろう」

 

 いくらエリカといえど、残りの草ポケモンで残り5体の氷ポケモンに打ち勝つことはほぼ不可能である。弱点を突いたとしてもユキノオーのように草に抵抗力があるポケモンが出てしまえばそれまで。

 彼女自身もそれをよく分かっているのか、黙ってルンパッパを戻す。

 

「それにしても、君には落胆した……期待したほどの実力ではない。力押しだけのなんの面白みもあったものではない。一言で言えば、無味乾燥だの」

 

 そしてヤナギは憮然(ぶぜん)とした様子で、抑揚も無く、淡々とした様子で言う。しかし、それが尚更悔悟の念を、そしてレッド自身の情けなさを増幅させた事は自明である。

 

「……」

 

 レッドはただ黙るだけである。

 

「この程度で伝説のトレーナーを名乗るなど笑止千万だの。バッジなど全て外し、マサラタウンからやり直せい」

「ヤナギさん! いくらなんでも言いすぎですわ!」

 

 エリカは夫への痛罵に堪えきれなくなったのか、ヤナギに反発している。

 

「ワシは主観を述べただけじゃ。それがレッドのトレーナーとしての贔屓目抜きの評価じゃよ」

 

 ヤナギはそう総括する。

 

「しかし!」

 

 余程我慢ならなかったのかエリカはなおも食い下がる。が、ヤナギは袖についた埃でも取り払うかのように、冷淡に返した。

 

「エリカ女史。聞き分けが悪うなったのう。前の貴女ならここで食い下がらず素直に引き下がるぐらいの聡明さはあったはずじゃ。もしかして、レッドと出会って少し愚鈍になったのかの?」

 

 ここにきて、エリカにも言及される時がきた。どんな相手にも容赦はしないようである。

 これ以上の反論はいたずらに傷を広げるだけだと判断したのかエリカは観念して引き下がる。

 

「とにもかくにも、まだお主等はわたしに挑戦するには早すぎるのだ。また出直すのだな」

 

 

 二人は落胆しながらジムの入り口まで戻る。

 ジムにいる例のおっさんが慰める為か近づいてきた。

 

「まあ元気だしてくださいよ。ヤナギさんはああ言ってますけどあなた方も十分凄いですって!」

「……」

 

 しかし、2人はその程度の励ましでは癒え切れなかったようである。

 

「んな安いお世辞は聞き飽きた」

 

 レッドは重い口を開くと、そうはき捨てた。

 

「お世辞じゃないですって。ヤナギさんは認めた相手に対しては厳しく接するところがあるんです」

 

 レッドはおっさんの言うことに傾聴しはじめる。

 

「その上、認めた相手には必ず呼び捨てにします。あと、ヤナギさんマンムー出してましたよね」

「まさか」

 

 レッドは感づく。

 

「はい。あのマンムーはウリムーの頃よりヤナギさんが長い間寝食を共にしてきた特に大事な相棒だそうで。それを出すということはヤナギさんに本気を出させた何よりの証なんですよ」

 

 おっさんのその発言で、レッドの体内には戦慄が走り、自らの身を引き締めさせる。

 

「全く余計な事をベラベラ喋りおって……」

「あ! いつの間に」

 

 おっさんは素っ頓狂な声を出し、何事かと2人は声の方向へ体を向けた。

 いつの間に、ヤナギが姿を現している。完全に気配を消していたようだ。

 

「ヤナギさん」

「レッド!今この男の言った事は全て誠じゃ。わたしは、お主の力を認めてはいる」

「……」

「だがの、わたしに勝つにはやはりバッジが必要だ。ここから西に行けばアサギに着く。そこでミカンと戦い、その後で南西に渡りタンバでシジマと戦え。そこまで集めた暁には二度の挑戦を許そう」

「分かりました」

 

 しかし、その二人に勝った所でヤナギに勝てるかどうかはまた別の問題である。

 レッドは猶予が与えられたとはいえ、非常に沈痛な心情である。

 

「決して挫けるでないぞ……さあ、行って来なさい」

 

 ヤナギは2人を送り出した。

 レッドとエリカはポケモンセンターで回復した後、修行の為敢えてスリバチ山を経由することにした。

 

 

 話は少し前に遡る。

 

―3月20日 午後9時 エンジュシティ マツバ邸―

 

 集団催眠事件がエンジュ大学で起こったことを千里眼で悟ったマツバは、オーキドの悪行を確信し、自らの命を(なげう)ってでもポケモンたちを取り戻す覚悟を固めた。

 そしてその夜、生まれてからの知音(ちいん)であるミナキを呼び出して一部始終を話した後、マツバはジムに張り出す紙を書いている。

 

「さてと、これでいいかな。筆に迷い無く、なかなかの出来だ」

 

 マツバはジム前に張り出す紙を書き終えた。墨書の効果か、どこかしら威厳が醸し出ている。

 そしてその傍らには何十枚もの書き損じがあった。

 

「おい、いいのかそんな君に恋焦がれる婦女子たちを心配させるような事を書いて」

 

 マツバの親友であるミナキは冗談半分でそう言った。

 

「目を覚まさせる特効薬だよ。あんな身も心もさもしい連中なんか相手にしていない」

 

 マツバはそう切り捨てた。歯牙(しが)にも気にかけていない様である。

 

「相手にするのはタマムシ大首席のお嬢様だけか」

 

 ミナキに調子のいい声で突っ込まれると、マツバはたじろぎながら

 

「さ……才女には、秀才が釣り合う相手になる」

 

 そう言うとマツバは赤面をミナキに向ける。

 

「随分な自信だけど、なんだかんだでまともに一回も話したことないんだろう?」

「うるさいな。待てば海路の日和ありと言うだろ」

 

 マツバは毅然と反論するが、ミナキはおちょくった調子で

 

「お前、エンジュの貴公子だなんだともてるくせに本当に惚れた女には晩生なんだな。その挙句にレッドとかいうのに横取りされて……」

「スイクンに魂を抜かれた君に、僕の気持ちは分かるまいよ。それに、あの二人はどう見ても合わない。遅かれ早かれ破談になるよ」

 

 マツバは即座にそう返した。

 

「マツバの千里眼でか?」

「まさか。付き合ったと聞いて以来会ってもいないのに……。ただ単に僕の直感だよ。願望とも言うかもしれないけどね」

 

 マツバはどこか暗い表情をしながら言う。

 

「そうか。まあ、両人共に私は会った事もないし判断のしようが無いがな。それはそうと本当に行くのか? 死にかねないぞ」

 

 ミナキは声調を変えてマツバを気に掛ける。

 

「例えそうだとしても責務を放り出す訳にはいかないよ。エンジュの中で起こったことはリーダーたる僕が対処しないと」

 

 マツバは眉を引き締めて真剣な様子で言う。

 ミナキは親友の言葉というのもそうだが、その様子を見て決意を疑うような真似をするだけ無駄である事を悟ったようである。

 

「ハハ! 全く君らしいね……」

 

 ミナキは笑い飛ばした。マツバは怒るどころか、親友の変わらぬ姿を見て安心しているようだ。

 

「何か僕の身に起こったら、この手紙を二人に渡してくれ」

 

マツバは一枚の手紙と、一つの分厚い封筒を手渡した。

 

「ああ、飛んで戻ってくるよ。バッジを集めてるなら数回はここに立ち寄るはずだからな。で、お前肝心の写真は?」

「おっと。エリカさんの写真が無くては見つけられないね」

 

 という訳でマツバはポケギアの中に入っている一枚の写真をミナキに転送する。

 ミナキは自身のポケギアを開き、写真を見る。

 

「ほほう……。これがエリカさんか」

「うっ……何でニヤついてるんだ」

 

 マツバはうつむきながら尋ねる。

 

「いやいやぁ。これがエンジュの貴公子様を一目惚れさせた女かって思っただけさ。というかこれ証明写真じゃなさそうだな。どうやって撮ったの?」

 

 写真の背景がある事に気づいたのか、ミナキは尋ねる。

 

「その写真は4年くらい前にやけた塔行っていたときに、鉢合わせしたから撮った物だ。お忍びで来たらしくてね……」

「え、それ絶好のチャンスじゃないか。どうしてそこでいかなかったんだ」

「彼女、あの時お祖母さん亡くしたばかりで、気を紛らわしに観光に来たらしくてね。僕があんまり話しても迷惑かと思って、5分くらい話して別れたんだ。写真は僕自身まだ青かったからねえ、せめて彼女と会った証拠でもと内心舞い上がってて少々強引に撮っちゃったんだ」

 

 エリカに対しては申し訳ないことをしたという気持ちの篭った口調でマツバは話す。

 

「お前まだ24だろうが……。にしても、時間掛けて傷心の彼女を慰めていればもっと違う展開になったろうに」

 

 ミナキは残念そうに言う。

 

「無理に写真撮って、それに加えてつけこむような真似はしたくなかったんだよ」

「全く、だからマツバは……まあいいか。写真はこれだけか? 4年だと顔つきも変わってるんじゃ」

「いや大丈夫だ。最後に年末の合同定例会で見かけた時も、それから少々垢抜けているくらいでそこまで変わってない。それに写真はこれ一枚だけ。それもお前に送った後消したから僕の手元には一枚も残ってないよ」

 

 あれだけ恋焦がれているエリカの写真を消したというマツバの言葉にミナキは仰天する。

 

「お前……。そうか。それだけ覚悟決めてるのか」

「最後に彼女の顔が脳裏にでも来たら死にたくても死に切れない。それはそうと、しっかりと頼んだぞ」

 

 その後、マツバとミナキは最後の晩餐と言わんばかりに、食事も交えて夜通し談笑し続けた。

 

―3月21日 午後3時 エンジュ大学 構内―

 

 この日、エンジュ大学では二回目のオリエンテーションが行われていた。

 そしてその日、昨日出席出来なかったアカネが出ている。

 アカネはトイレを我慢していた為、映像が始まると同時にこっそりと抜け出して用を済ませ、その帰途にあった。

 しかし、その最中アカネは見覚えのある人物を見かける。

 自らの同業者にして、親友であるマツバだ。

 アカネは不思議に思ったのか、声をあげずに静かに尾行した。

 そしてマツバはオーキド博士の研究室に入っていく。怪訝に思ったのかアカネはドアの真横に立ち、そっと聞き耳を立てた。

 

―研究室―

 

「ほほう、やはりきおったか。」

 

 オーキドはそういうと椅子から立ち上がり、マツバの方向に振り返る。

 

「マツバ君」

 

 マツバは、レッドとエリカに会った後、その足で大学へと向かっていたのだ。

 

「名をお忘れでなかったようで光栄です」

 

 マツバは胸に手を当てて、(うやうや)しく一礼する。

 

「ジョウトの秀才の名を忘れるものか。それに、君はワシの授業を取っていたしのう」

 

 オーキドは憎たらしげにそう言った。

 

「フ……そうですか。それはそうとオーキド博士! 貴方の持っているその機械、手渡してもらいましょうか」

 

 マツバはオーキドの卓上にある、四角い機体を指差して言った。

 

「これはタダのプロジェクターじゃ、何も怪しくないがのぅ……」

 

 オーキドはあくまでも知らぬ顔を続ける様子である。全く白々しい。

 

「私の名を存じておられるのならば、もうひとつのあだ名もお耳に入っていることと思います」

「もちろん存じておる、千里眼のマツバ……じゃの」

「そうです。私には森羅万象すべてを見通す千里眼を持っているのです。ですのであなた……いやあなたがたの企んでいることなど全てお見通しと言う事です」

「じゃからどうしたというのだ」

 

 オーキドは少しずつ不快感を露わにする。声こそ平常どおりだが、苛立ちの雰囲気は十二分に出ている。

 

「ここまで言わないと分からないとは……天下の博士も堕ちたものですね! 気を最初に感じてから数ヶ月間、貴方の行動をずっと伺ってました。博士。もう十分でしょう。罪を認めてください。自首なら今のうちです」

 

 ここまで聞くと、オーキドは態度を一変させた。先ほどまでの好々爺(こうこうや)な爺さんではなく、老獪(ろうかい)梟雄(きょうゆう)にへと変貌を遂げたのだ。

 

「ホッホ。やはり君の前では隠し事は出来ぬの。じゃが、君のような青二才に諭されたところで、改心すると思うかの?」

 

 しかし、マツバはあくまで毅然としていた。そして、これ以上の問答は時間の無駄だと悟る。

 

「仕方無い……ならば実力行使です。エンジュシティジムリーダーとして……」

 

 マツバが静かにそう言ったところで、ドアが少々乱暴に開かれる。

 

「待たんかい!」

「ア……アカネちゃん!? どうしてこんな所に」

 

 どうやらマツバはアカネに気づいていなかった様子で、目を点にして彼女を見る。

 

「訳は後や。話は大体見当がつくで。大方、机の上にある怪しげな機械で、ウチたちを操ってポケモンを掻っ攫おうって魂胆やろ?」

 

 アカネは中に入ってすぐにマツバの指摘している事を素早く推察したようだ。

 

「じゃとしたらどうする」

 

 オーキドは嗤いながら尋ねる。

 

「決まっとる! そんなん許されるわけあらへん。ジムリーダーとして断罪するまでや!」

「アカネちゃん。これは僕の街で起こったことだ。隣町とはいえ、君を巻き込むわけには」

 

 マツバは諭すような口調でアカネをこの場から離れさせようとするが、彼女はすぐさま

 

「何言うとるんや! もしそのポケモンを悪用されてばら撒かれ、エンジュが制圧されたら次に狙われるんわコガネやで! 内国一の大都会、そうそう見逃すはずあらへんやろ?」

 

 アカネの返答に、オーキドはまたも嗤いながら

 

「ホッホッホ。ご名答。噂に聞いたとおりの豪胆さ、そして慧眼(けいがん)じゃのう。普通の女子なら縮みこんで何も出来ないというのに」

「ケッ、敵に褒められても嬉かないわ!」

 

 アカネはオーキドを睨みつけながら言う。

 

「じゃがのう。少しは言葉に気をつけたほうがよいの。確か君は生物学部じゃったかの。ワシの講義は必修で『携帯獣学』という科目で設置しておる。あまり口が過ぎれば」

「そんな脅しには屈さんで! この事を学長なりに告げればアンタは一発でクビや。それでウチにはなんの問題も」

「ホッホ……。通じれば良いがの」

 

 余裕そうなオーキドの様子に、アカネは不安を覚える。

 

「グッ……まさか」

「なるほど……。僕が思ってた以上にエンジュ大学は腐敗しているみたいだ……。僕の母校が、嘆かわしい限りだよ。でも、恐らく元凶はこのオーキド博士。これを叩けば自ずと元に戻るはずだ」

「せやな! よし、なら一丁やったるで!」

 

 アカネが意気軒昂になっていると、マツバはもう一度説得を試みる。

 

「アカネちゃん。さっきも言ったけどこれはエンジュシティで起こった問題。確かにジョウト全体に影響を及ぼす可能性もあるけど、ここはまず僕一人に対処させてくれ」

「マツバ! かっこつけるのも大概にせえよ! そんなんやからエリカに振り向いてもらえな」

 

 アカネはマツバの態度に業を煮やし、つい口を滑らせ、慌てて両手で口を閉ざす。

 

「ど、どうしてエリカさんの事が……」

 

 マツバは秘密が漏れていたことに動揺する。オーキドはにやりと頬を緩ませる。

 

「わわわ……。今のは聞かんかった事に」

 

 彼はしばし黙した後

 

「そうだね。ここで立ち止まっている場合じゃない。という訳でアカネちゃん。僕一人に任せてくれ」

 

 マツバは気取られないように、何事も無かった風で振舞う。

 

「そ、それとこれとは話は別やで! どうせジョウトの問題になるんやったら、同じ地方のジムリーダーが解決するのが筋ってもんやろ? 違うか?」

 

 アカネは問いかけるかのような口調で言う。

 

「ハァ……。分かった。そこまでいうなら一緒に闘おう。……まあ、一人より二人だしね」

「さすがマツバや。話せば分かるなぁ。という訳でオーキドはん! ウチとマツバ、ジムリーダー二人があんたを倒すで!」

 

 アカネはオーキドに指を突きつけながら言った。

 

「漸く話がまとまったかの。それにしてもワシに叛旗(はんき)を翻すとは」

 

 オーキドはおどけた様子でそう言った。

 

「貴方はもう、私が教えを請うたときのあなたではない……」

「ほう」

 

 オーキドは興味深げにマツバを(うかが)う。

「私は一人のジムリーダーとして、そしてジョウトを靖んじるために、貴方を討つ!」

 

 マツバは強く言い放ったが、オーキドの反応は冷めたものだった。

 

「ふぅ……若いもんは血の気が溢れすぎていかんのう……。ワシはの、三種類の嫌いな人間がおる、一つは人の恋人を寝取る者。一つはわしのプリンを勝手に食うもの。そして最後は……」

 

 オーキドは間を空ける。殺気を感じた二人はモンスターボールを構える。

 

「貴様らのごとく、下らぬ責務に固執するものじゃよ!! 行け! ……!」

 

 二人は見たことも無いポケモンに硬直する。しかし、すぐに気を取り直し

 

「参れ! ゲンガー!!」

「いったれ、ミルタンク!」

 

 果敢にポケモンを繰り出した。

 

―10分後―

 

「う……嘘だ……」

「な、なんやねん……、どういう事や……」

 

 あまりに簡単に決着が着いてしまったゆえか、アカネは涙すら流さずに困惑している。

 

「驚くのも無理はあるまい。ここに居るはずのないポケモンじゃからの」

 

 二人は意気消沈のあまり俯いてしまっている。

 

「それにしても……」

 

 オーキドはアカネの方を見る。そして。コツコツと間合いを詰める。

 

「これが今のコガネのリーダーかのう……? 全く、奴らも良い仕事をしたものよの」

 

 オーキドは含意のありそうな笑いをする。

 

「なっ……ど、どいう事やねん」

「やはりリーダーはすげ替えて正解だったのう……。あの男ではもう少し骨が折れたわい。所詮、君はにわかどまりのトレーナーよ」

「な……なんやと!? おのれのような老いぼれの残雪頭にウチの何がわかるっちゅうねん! しばき倒したるぞ!」

 

 アカネが激昂のあまり握りこぶしを作ったところで

 

「フ。恩を仇で返しよって……おい!」

 

 オーキドが手を鳴らすと屈強な男が数人、研究室に入った。

 

「大人しくさせるんじゃ。殺すでないぞ」

 

 そう指示すると、男たちは、神業ともいうべき速さで二人を拘束。

 その後、男二人が頚動脈を締める。数分ほどで二人は気を失った。アカネが特に強く抵抗したが、所詮は女の力である。男の拘束を振りほどくには遠く及ばなかった。マツバもやはり体つきは凡人並みなので同じ結果に終わる。

 

「よくやったのう。さて、どうしようかの」

「逃がしてやれ」

 

 オーキドが思案していると、すかさずサカキが入ってきた。

 

「これはこれはサカキ殿。人足を貸していただきかたじけない。で、逃がせとはどういうことかの」

「この女だ」

 

 サカキはアカネに目を遣る。

 

「アカネ君がどうしたというのじゃ」

「10分ほど前にオリエンテーションが終わり、ご学友が探している。もし下手にさらうと騒ぎになりかねない」

「集団催眠機は映像が無ければ使えぬしな……。やむを得ん。手早く記憶を消して適当な場所に置かせるとするわい」

 

 オーキドはそう言ってアカネの頭部に装置をはめ込もうとする。

 

「いや、マツバも逃がしてやれ、この男はレッドとエリカに一時間前に接触している。今の時点で我々の仕業だと感づかれればリーグが動くかもしれんぞ」

 

 サカキはそうオーキドに具申する。

 

「いや。それはそれで良いのじゃ」

「何だと?」

 

 サカキは耳を疑ったのか聞き返す。

 

「だが今動かれては困るからのう。中途半端に記憶を消すとするかの」

「何故そんな余計なことを……」

「サカキ殿。言ったであろう? ワシの私心を話すつもりはないとな」

 

 そう言うとオーキドは二人の頭に装置を被せた後、机に戻りパソコンを操作し始めた。

 

「そうか。そうだな……。それにしても、マツバを誘き寄せるだけの作戦が……、とんだ邪魔が入ったな」

「いやいや。こちらにも良い収穫があったわい。しかしエリカ君よ……ここまで多くの人を惚れさせるとは。全く世が世なら傾国と呼ばれたかも知れぬの」

 

 オーキドは天井を見上げながら力なく嗤う。

 

─午後5時 同所 3F 女子トイレ 個室─

 

「……ちゃん……。アカネちゃん!」

 

 アカネは体を揺さぶられてゆっくりと目を開けた。

 目の前にはアカネの連れ合いである数人の女子が居た。皆心配そうに彼女を見ている。彼女が発見されたのを知ってか次第に人数は増える。

 

「あ、あれ……。ここどこやの?」

「あぁ良かったぁ気がついて……。終わっても戻ってこないから皆で捜してたんだよ!」

 

 彼女はやや目を潤ませている。どうやら本当に心配していたのだろう。

 

「そうなんか……。ごめんなぁ心配かけてしもて……」

 

 アカネはゆっくり立ち上がって全員に向けて頭を下げた。

 

「で、ウチがこないなところでどうしたっちゅうん?」

「多分これが落ちてきたんやないん?」

 

 別の女子が大きなバックを重そうに持ち上げる。

 

「あぁそれで気を失うて……。そか。そやったか……」

 

 アカネはどこか引っかかるのか半分納得したような風に頷く。

 

「どうしたの?」

「いんや。なんでもないんよ」

 

 自分の思い過ごしの可能性もある為かそのまま彼女は友人と一緒にトイレを後にする。

 バックは他愛のない物しか入っていなかったためそのまま遺失物として警察に届けられた。そしてそれを受け取りに来るものは誰もいなかった。

 

──

 

―3月29日 スリバチ山―

 

 レッドとエリカは修行の為に数日ほどスリバチ山で修行する事にした。

 空手大王とも戦い、成果は出つつあった。入山から2日ほどがたち、そろそろ戻ろうと、抜ける道に着くと黒ずくめの集団がいた。

 

「お前らは……」

 

 レッドははっきりと記憶している。

 いまから三年前に嫌というほど倒してきた黒衣の集団。ロケット団である。

 エリカは黙しながら動静を見守る。

 

「うわ、聞いたとおり女連れてやがる! おい、すぐに引き上げろ! ここは俺たちが食い止める!」

 

 一人の下っ端と思しき男がそう叫ぶと、後方にいる十数人の下っ端が一斉に上から抜けようとする。ヘリなりを使って脱出するつもりなのだろう。

 

「修行の成果。こんなにも早く見せる日が来るとはな! 出ろ、リザードン! バクフーン! 炎で行く手を封鎖しろ!」

「合点承知ぃ!」

 

 リザードンは飛行して、他の団員たちよりも先回りし、飛び乗ったバクフーンは火炎放射を続けて行く手を塞ぐ。

 バクフーンが止めると、リザードンが炎を出す。こちらは大文字だ。二匹の息はぴったり合っている。

 下っ端たちはなんとかとどめようと雑多なズバッドやコラッタなどのポケモンを出す。

 

 

「エリカ。護衛のポケモンを頼む。こっちは下っ端の相手で手一杯になりそうだ」

「承知しました。毒ポケモンに耐え得るのは、この子ですわね。おいでなさい、ロズレイド! ラフレシア! あの二匹を掩護(えんご)しなさい!」

 

 二匹は命が下ると、地形を利用して岩を登り、リザードンの居る高さの近いところから相手の攻撃をマジカルリーフやヘドロ爆弾などを駆使して弾く。

 その後、レッドは下っ端のポケモンを殲滅し、捕らえたと思われるポケモンを全て解放した。

 

「ふう。これでどうにかなったか……」

 

 レッドはポケモンを戻し、一仕事終えたとばかりに息をつく。

 

「チッ……。覚えてやがれ! 俺たちのお目当てのポケモンはここには居なかったし、こんな山、もう用は無いわ!」

 

 下っ端はそう言って、逃散していく。

 

「あれ……、どう見てもロケット団だよな」

「あの、黒ずくめの服装。かつてタマムシで闊歩していた人たちと全く同じです。間違いないと思いますわ」

 

 エリカもその意見に同調した。

 

「どうやら、マツバさんの言っていた事……。当たっているぽいな。認めたくないけど……。ワタルさんにも言っておくか?」

「いえ、ロケット団はゴールドさんが壊滅させてからまだ半年程しか経っていません。これだけの短期間でここまで勢力を盛り返せた理由。たとえば、何か余程大きな援助を得たと証明できるものがないと、信じていただけないでしょう」

 

 エリカははっきりとそう返した。

 

「いや、確かポケモンリーグには監視権とかいうのがあったんじゃ」

 

 レッドのいう監視権とは、ポケモンリーグはポケモンに関する一切の処理を政府から公的に認められている唯一の民間団体という建前を守る為にリーグの理事長にのみ与えられた権利である。

 反ポケモン団体とは、ポケモンを奴隷化したり、国家の安寧を乱す兵器として用いたりしようとする団体で、ロケット団が良い例である。

 行使がなされると、理事長や委託された人物はその団体に対し、捜査することが出来、場合によっては必要な処置をとることが認められる。

 ワタルがゴールドと共にチョウジのロケット団アジトを潰したりしたのが監視権の一環といえる。

 

「反ポケモン団体に対する監視権の事ですか? あれは一度、監視内容を裁判所に提出し、許可を頂かないと行使できない規則になっているのです。それもそれなりに必要性が認められないと許可は降りませんわ。まあしかし、言い換えれば捜査権と執行権ですからね……。国の機関でないものが用いるが故に適用には慎重を期しているようで」

 

 ポケモンリーグは完全な民間団体である。先の監視権などはリーグの設立から現在に至るまでの歴史で勝ち得てきたもので、決して国からの命令で動いている訳ではない。

 今日リーグは全国どころか海外(イッシュ地方など)にまでその支配を広げており、ポケモンバトルの人気も冷めることなく続いている。その為、ポケモンを管理、使用する機関としては絶大な影響力を有している。その上、バトルの機関として人々からの人気も高い。しかし、その為に国からは恐れられており、リーグが暴走した場合に国がある程度コントロール出来るように国有化の提案を何度かしている。裏では憲法に第四の権力機関として盛り込もうなどという話もあったくらいだ。しかしリーグは天下り先になったり、国の御用機関になるのを大いに嫌っているため悉く拒否している。

 国の言うことには従おうとしないが、現在までの所リーグ自体に目だった悪行はない為、国民感情の点からみてそうそう文句はつけられない。国からすればリーグは目の上のたんこぶなのである。

 

「うわ……お役所だなあ。それじゃあ仕方ないか。何か証拠を掴まないと……。それにこの”山”とはおさらばって」

「それ、私も気になりますわ。何を企んでいるのでしょうか」

「むぅ……。まあ。気になるけど今はいい。先に進もう」

 

 という訳で、レッドとエリカはエンジュシティの方角へと歩みを進めた。

 

 

―3月30日 午前7時 エンジュシティ―

 

 エンジュシティに着くとエリカの散策に付き合いながら、やけた塔に通りかかる。

 すると、目立たない路地の隙間に人が項垂れながら座っている所を発見。怪訝に思って二人はその場に向かう。

 エリカが顔を覗き込んでみると、それはマツバであった。

 レッドが揺すり起こすと、マツバは程なく目を覚ました。

 

「あれ……。ここは? それに……、エリカさん?」

 

 自らの名より先にエリカの事を口に出したマツバにレッドは少々癇に障ったがここは水に流し、

 

「やけた塔のあたりです。マツバさんこそ、どうされたんですか?」

「うーん……今日って何日?」

 

 エリカはポケギアを取り出し、日時を確認し、マツバに言う。

 

「30日か……。僕の最後の記憶は21日に二人に会ったこと。ここ9日間の記憶が全く無いんだ」

「推察するに、恐らく……オーキド博士に記憶を消されたかと思いますわ」

 

 エリカはこれまでのマツバの発言を総合して、そう結論を導き出す。

 

「エリカ! 何言ってんだ、博士がそんなことする訳」

 

 レッドはこのよに及んでも、未だに博士の潔白を信じている。

 現実を直視しないレッドに業を煮やしたエリカは、遂に柳眉(りゅうび)を逆立てる。

 

「いい加減にしてください! マツバさんにこのような事をする可能性がある人が、その人以外に誰が居るというのですか!? 恩師を(かば)いたいというお気持ちは理解できますが、いい加減目を醒ましてくださいまし!」

 

 エリカが怒声を上げるのは二回目である。

 それも、叱りつけるという意味では初めてエリカを怒らせたのだ。

 レッドはここまで言われて漸く、オーキドに対して疑念を抱く。

 

「記憶を消されたか……。とすると、直談判には行ったみたいだね」

 

 と、言いながらマツバは立ち上がる。

 

「左様ですわね。わざわざこのような行動を取るなど自らのやった事をこれ見よがしに認めたようなものです」

「僕がオーキドの所に行ったせいでこうなったとしたら、もう一度行ったとしても記憶を消されるだけ……。別の方策を取ったほうがいいね」

「ポケモンを救うことは諦めたということですか」

 

 レッドは嘲った調子でマツバに言う。

 

「諦めた? 冗談はよしてくれ。こうなったらリーグに監視権を用いて、エンジュ大学内を捜索してもらえるよう地道に証拠を集めるしかない。……うん?」

 

 マツバはエンジュ大学の方向を向いた途端、うつむく。

 

「どうされました?」

「どうも起きてからおかしいと思ってたら……千里眼が使えない」

「ええっ? それってつまり……」

「大学内で具体的に何があったのか、意地でも教えたくないという事か……。にしても僕の目に細工をするとは……許せない」

 

 マツバは自ら勝ち得た物を奪われて、大いに憤慨している様子だ。

 

「マツバさんのお力まで制御するとは……敵は凄まじいまでの科学力を有していそうですわね」

 

 エリカは大いに警戒している。

 

「ポイントを絞った記憶消去といい、それも含めてオーキド博士なら不可能じゃない……そういう訳か」

 

 レッドはようやくオーキドが黒幕という点について半信半疑ながらも腑に落とした。とはいえ、内心は決して穏やかではない。

 

「これから、どうなさるおつもりですか」

「こうして生還出来たし、ジムには復帰するよ。それで、怪我しない程度にどうにか証拠を探ってみる。ミナキ……ああ、僕の古い友人だけど、あいつにはこれまで調べた書類も渡している。あれを元にどうにか根っこを掴んでみせる」

 

 マツバは冷静に語ってはいるが、憤懣(ふんまん)やるかたない様子は十二分に二人へ伝わった。

 

「そうですか。体を大事にして、どうにか良い成果を得られるようにお祈りいたしますわ!」

 

 普段のエリカならば社交辞令で済ますところ。しかし、レッドの目には私情も大いにはらんでいるように映った。

 

「うん。頑張るよ! さて、ここにまた来たと言う事は二人は次、ヤナギさんの所かな?」

 

 レッドは痛いところを突かれて面食らった。

 

「あの、実は……」

 

 エリカはヤナギに負けたこと、スリバチ山で昨日まで修行していたことを事細かに話す。

 

「そうなのか……。ヤナギさんは同じジムリーダー僕らなんかとは格が全然違うし、負けてしまうのも無理は無いよ。それにしてもあそこにもロケット団が居たのか……。謎は深まるばかりだ」

「マツバさんは山を狙っていることについてどう思われますか?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「岩、地面ポケモンを使って、盾にするつもりかもしれないね。攻撃するポケモンを囲むようにイワークなりゴローン、ハガネールなり配置すれば鉄壁の防御になる。ジョウトには最大の弱点となる水や草のジムリーダーが居ない。対抗できるとしたらタンバのシジマさんとかアサギのミカンさんくらいだけどあまり大量になると対処しきれないかもしれないし……」

「カントーにはカスミさんが居られますわ。私は草ですし、上手に挟み込めば突破することは容易かと思われますが」

「そうか。そうだね……とはいっても、そこまで対抗策があっても敵はさらに上手かもしれない……。油断は禁物だ」

 

 マツバはそう結論付けた。

 

「焼けた塔も少しずつ再建が進んでいるようですわね」

 

 エリカは話題を切り替える。

 確かに前来たときよりも、少しだけ高くなってるような気がするとレッドは思う。

 

「うん。出来る限り伝統工法に沿って再建すると聞いてるよ。とはいっても、焼け落ちたといっても昔の面影が残ってる貴重な遺産だし、あのままで良かったんだけどな……」

「昔ですか……。そういえば、マツバさん。私がここに来たとき、愁脹(しゅうちょう)の最中にあった私を慰めてくださいましたわね」

 

 エリカは微笑みながら、マツバに語りかける。

 

「お、覚えててくれてたのかい? ただ単に言葉を交わしただけなのに」

 

 マツバは意外だった上に嬉しいのか、にわかにはにかむ。

 

「言葉を交わしただけなどとんでもありません。あの当時の私は塞ぎこんでいたせいで、話す気力も無かった物ですから……。マツバさんとお話ししたのが契機になり元気を取り戻せたのです。本当にマツバさんには感謝していますわ。有難うございました」

 

 エリカは本心から謝意を述べている様子である。そして、深々と頭を下げる。

 

「いやいや。そんなお礼を言われるほどの事じゃ無いって。さ、さてと僕は歌舞練場に行って戻った事を伝えないと……。じゃあね」

「あ、待ってください!」

 

 マツバが立ち去ろうとすると、エリカはまだ用事が残っているのか呼び止める。

 呼び止められると、彼は振り返る。

 

「ポケギアの番号。交換いたしませんか? 私、マツバさんのように学識がある方とは前々から交流を持ちたいと願っておりまして」

 

 マツバは三秒ほど俯いた後、

 

「いいよ! 望むところだ」

 

 と、笑みを浮かべながら快諾した。

 という訳で、エリカはマツバと番号を交換した。

 その後、マツバは機嫌良さそうに、歌舞練場の方向に去っていった。

 そしてエリカもまた、友達が増えて嬉しそうな様子である。

 しかし、途中から取り残されたようになっているレッドは、不機嫌というよりも大いに疑念を抱いている目をしている。

 

「さてと、貴方。アサギシティに向かいましょ」

「エリカ」

 

 レッドはエリカの発言を遮り、重みのある声で言った。

 

「な……何ですか?」

 

 エリカは語気からただならぬ気配を察知したのか、畏まった風になる。

 

「お前、本当に俺のこと好きなのか?」

「は、はい? 何を唐突に」

 

 彼女は突然、分かっているであろう事を伝えられて、当惑する。

 

「無理しているなら、もうついてこなくていい。俺だって辛いんだ……」

 

 そう言って、レッドは一人ゲートの方向に向かう。

 

「そんな……。貴方、待ってください!」

 

 しかし、レッドは止まろうとしない。

 エリカは、追いかけて、少しだけ躊躇したが、最終的に彼を後ろから抱き止める。

 まさか、キスすら拒む彼女が自らこのような行動に出るとは思わず、彼は初めて感じる彼女の温もりを受けながら立ち止まった。

 

 

―第七話 大姦(だいかん)蠢動(しゅんどう) 終―

 

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