トリステイン魔法学院とやらの食堂は、学院の一番高い塔の中にあった。
中を見ると、長いテーブルが三つ並んでいる。百人は優に座れそうなテーブルに多くの生徒が座っていた。
「では、私は失礼します」
「面倒をかけたわね」
ここまで案内してくれた黒髪のメイドの子が頭を下げ、中へ移動する。格好から想像するに中で給仕をするのだろう。
「さて、いったいどこに座ればいいのかしら……」
ルイズが中をぐるりと見渡す。
まあ、記憶喪失なのだからわからないのも無理はないだろう。
「誰か教えてくれると嬉しいんだけどな……」
先ほどの子が席まで案内してくれたら良かったが、さすがにそこまで求めるのは酷だろう。ルイズ以外の魔法使いにもひどくおびえていたし。
どうしようか。そんな思考が俺たちの頭を埋め尽くそうとした時、
「ルイズ! 早く来なさいよ!」
キュルケの切羽詰ったような声が聞こえてきた。
俺たちは聞こえてきた方向を見る。
「五人、ね……」
「いや、影になってるけど、もう一人いるぞ」
キュルケを囲んでいる男の数だった。
どうやら、キュルケは心配していたとおり、男にもてていたらしい。それも相当なレベルで。
「どうするんだ? 結構大変そうだけど」
「そうね」
ルイズはすたすたとキュルケの元へ歩いていく。遅れないように俺も後ろについていく。
「ルイズ!」
キュルケの顔が喜びに満ちた。よほど記憶喪失仲間が来るのが嬉しいのだろう。
キュルケは周りの男たちに指示しながら、隣の席を空けようとしている。近くにいた青髪の小さな子が目を丸くし、食べていた葉を落とした。
そして、席へ近づいたルイズは――その場を通り過ぎた。
「え?」
間抜けた声をキュルケが漏らす。
俺は内心やっぱりか、と思った。
正直、ルイズが素直にキュルケの元へいくとは思ってもいなかったのだ。
「ちょ、ルイズ! こっちに来なさいって!」
「いやよ。なぜか私の血があなたへ仕返ししなさいって叫ぶのよ」
「仕返しって何よ! 私が何かしたっていうの!?」
キュルケの声を背中で遮りながらルイズはどんどん進んでいく。
「お、おい。いいのか? キュルケのやつ、マジで泣いてるぞ」
ようやく見つけた空き席へ、ルイズが座ったのを見た俺は声をかけた。
「いいのよ。キュルケが私といたがっていたのは、ただお互い慰めあいたかっただけでしょ。そんなことするのなら、他の人から少しでも情報を得たほうがよっぽどいいわ」
「ルイズ……」
悲しそうに言うルイズも本当は寂しいのだろう。それでも、記憶喪失という大変な状態になってしまったキュルケを思いやり、あえて突き放していたのかもしれない。
「それにそうしないとつまらないもんね!」
「お前は本当にぶれないな!」
いい笑顔で言うルイズに俺はため息をついた。
そして、ルイズの隣へ座ろうとすると、目の前にいた男が怪訝な目をした。
「君、貴族でないのにそこへ座ろうというのかね?」
今にもバラを口にくわえそうな気障な雰囲気を漂わせている男だった。
「ここは食事をする場所なんだろ? 俺が座っちゃまずいのか?」
よく分からなかった俺が言葉を返すが、目の前の男は分かってないな、とでもいいたげな様子で両手を上に上げ、首を振った。まるでガイジンのような挙動をするな。いや、ガイジンだったな、こいつ。
「ここはアルヴィーズの食堂。君みたいな平民が食事をするような場所などではないのだよ」
「はあ……」
その後も男――ギーシュは色々と説明をしてくれた。名前については説明する際に「無知な君にこの僕、ギーシュ・ド・グラモンが教えてあげよう!」などと言ったために分かった。
どうやら、この食堂は本当に貴族しか食べていなかったらしい。
そもそも、この学院自体が貴族専門の魔法学院らしいので、それは当然のことなのかもしれないが。
隣で座っていたルイズが頷きながら聞いている。どうやら、情報収集をしているらしい。
「――というわけなんだ。君がここで食べてはいけない理由がわかったかね?」
「ああ。十分に分かったよ。……それにしても、ここの飯はうまいな! こんなの食べたことないぜ!」
「そうだろうな。君みたいな平民が食べられるような――は?」
俺はいっぱいになった腹を満足げにさすりながら食事を絶賛する。
本当においしい食事ができて、これだけで俺はここに来た甲斐があるな、なんて考える。
「ききき君ィ! なんで食べているんだね!」
「え? だってさ、お前の話長いし、腹減っていたし、仕方ないと思わないか?」
「思わない! 食べてはいけないと言っていたのに食べるなんて君は馬鹿か! ……ったく、これだから平民というものは」
「聞き捨てならないわね」
今まで黙々と食べていたルイズが口を挟んだ。先ほどまでパイを幸せそうに食べ、とろけるような顔をしていた姿はもうどこにもなかった。
「……何か言いたいことでもあるというのかね?」
「あるわよ」
ルイズはギーシュに心底怒っているようだ。この分なら、きっとギーシュへガツンと言ってくれるに違いない。
俺は少しだけルイズの言葉に期待した。
周りの生徒がこちらへ注目するのが分かる。先ほどまでざわついていた食堂が静かになっていた。
「平民が馬鹿なんじゃなくて、サイトが馬鹿なのよ!」
「えー……」
俺の落胆した声が響く。対するギーシュは始め驚いたような顔をし、それが少しずつ優しい目へ変わっていく。
「そっか」
そして、ギーシュの口から一言だけ呟かれた言葉はやけに俺の心をえぐった気がした。
周りへ喧騒が満ちていく。先ほどの騒ぎがなかったかのように。
ポンとギーシュが俺の肩を叩いて、食堂を出て行った。周りの生徒の様子では、どうやら次に授業があるらしい。
「やったわね。サイトがここで食事をしていても、これで何も言われないわよ」
「その代わり、俺につけられたレッテルがどんどん外れなくなっていくけどな!」
いい笑顔でサムズアップしてくるルイズに、また、ため息をついた。
「ルイズ! なんでさっき来てくれなかったのよ!」
ようやく男たちから離れたらしいキュルケがこちらへ歩いてきた。
少し目が赤いのは先ほど泣いていたためだろう。
泣いたために周りの男たちにかまわれ、さらに泣くという悪循環に陥っていたが、ようやく抜けたらしい。
「だって面倒だったし」
「素直に言いすぎだろ!」
ルイズの言葉はいつでも剥き出しらしい。キュルケがまたもや少し涙目になる。
「キュ、キュルケ! ルイズも本当はキュルケのことを心配して、あえて突き放していたんだって!」
「本当……?」
半分ぐらいはそんな気持ちがあるといいなあ、なんて言葉を飲み込みつつ、俺は首肯した。隣でルイズが口を開きかけたのを見て、咄嗟に口を押さえる。
「それより! 授業に行かないといけないんじゃないか? もうみんな移動し始めてるみたいだぞ」
周りにはギーシュだけでなく、ほとんどの生徒がいなくなっていた。
「あら? いつの間にいなくなっていたのね」
キュルケは目を手で拭うと呟いた。
「だから、早く行こうぜ! ……いたっ!」
ルイズが俺の抑えていた手に噛み付いた。
手を離してルイズを見ると。ぐるると可愛らしくうなっている。どうやら、よほどお気に召さなかったらしい。
「ごめんって」
「うぅ……」
「本当に仲がいいわねぇ」
うらやましいわ、など言っているキュルケ。その言葉にルイズはキュルケにも、うなり声をあげる。そんなルイズの腕をつかんで俺は、生徒が移動していった場所へ連れて行くのだった。
◇
「キュルケ……」
ルイズたちから少し離れた場所で青い髪をした少女が寂しげに呟く。
しばらく動かないでいたが、やがて、先ほどまで浮かべていた表情を消すと少女もまた移動し始めた。
遅れてすみません。学校が始まり、忙しさがやばくなってきたために小説を書く時間が取れませんでした。もともと速筆でないので、これからもこのようなペースになってしまうかもしれません……。
ヤマグチノボル先生にいたしましては本当に残念に思います。ご冥福をお祈りします。