「キミもああいったえっちな本、読むんだね。僕びっくりしちゃった」
「!?」
朝から爆弾発言を投げつけてきたのはアンチラだった。グランサイファー、その食堂での一言。グランは水を思い切り気管支に入れてしまい、盛大にむせてしまう。
声量は大きくなかったが、少なくとも数人の団員はお喋りを一瞬で止めてこちらに視線をやっている。呆気にとられた表情だったり、同情的な視線だったりをモロに感じる。
さらには腹を抱えて笑っている性悪な先祖の方の美少女錬金術士もいて、グランは最悪だ、と顔が青ざめた。カリオストロに秘密を知られるというのは致命的なまでのディスアドである。
というか。「……あ、アンチラ、どうしてそのことを知ってるんだ?」問いかけるグラン。「ん? だって僕、よくキミの部屋でお昼寝してるし」当たり前のようにアンチラ。
「……初耳なんだけど」
「初めて言ったからね」
え、ほんとに気付いてなかったの? と逆に意外そうな目で見られる。やけに布団から女の子のような匂いがすることがあると思ったら、洗剤とかではなくアンチラのものだったらしい。グランは鈍い自分に天を仰いだ。
「ま、まぁコイツも男なんだ、そういった本の一冊や二冊は仕方ねぇだろ」
微妙なフォローを入れたのはラカム。とりあえず話を終わらせる方向で進める気らしい。グランは仲間の心遣いに涙が出そうになる。が、
「おいラカム。ってことはお前もそういった本を何冊か持ってるってことだよなぁ?」カリオストロ、少し興味あるんだけど☆。眩いばかりの笑顔である。
「すまんグラン、俺は今からノーコメントに徹させてもらう」
「ラカム!?」
頼れる仲間は一瞬でフェードアウトしていった。答えを言っているようなものだが。女性団員のやや冷たい目がラカムに降り注ぐと、そそくさと食堂を後にしていった。
「でー? グランー、お前どんな本持ってるんだって?」
「ドラフ本でしょ、昔からそうだったし」
意地悪顏をするカリオストロに淡々と答えたのはジータ。何事もなかったかのようにグランの隣に座りながら、「というかグランもそんなヘマするのが悪いと思うんだ」
「一応隠してたんだけどさ」
「子どもに見つかるような場所にあったって事でしょ? まぁどーせ、机の裏側に袋つけ「待ってジータ! それ以上は良くない!」」
「なんやベッドの下ちゃうんかい」
「あらあら」
「うわああああああ!」
広まっていく! グランの、人に知られてはいけない類の秘密が、どんどんと! そして、食堂はちょっとしたカオスに陥った。
ナルメアは「えっえっえっ、ど、どうしよう団長ちゃんが私に迫ってきたらっでもでも、団長ちゃんは団長ちゃんだしその」と謎の挙動不審ぶりを見せている。
ダヌアは何もわかっていない不思議そうな顔をしてグランを見ている。そしてスッとダヌアを自身の後ろに隠すリーシャ。その目は雄弁に、「お前は秩序の敵だ」と語っていた。グランは泣きたくなった。
「ハァ? ドラフだと? 正気かグラン。オレ様みたいな超美少女が側にいるってのに、脂肪の塊にうつつを抜かすなんて有り得ねえっての」
一転不機嫌なカリオストロは、「一度スペアボディ複数でロリの良さってやつを教え込まねえと……いやその前に」何やら不穏な空気。もはやどうしたものか、グランには判断がつかない。
「まぁ、とりあえず」とジータ。
「その本は、私が処分しとくから」
「え」
思わず声を上げるグランに、「アンチラちゃんの教育に悪いし。他にも小さい子はいっぱいいるんだよ?」やや怒り気味で言葉を返した。
そう言われてしまえば、グランはやはり何も言うことができない。何せ全てはアンチラの侵入に気づかずにお宝を物色された自分が悪いのだから。
「という事で、この件は私が預かるから各自、食べ終わった人から持ち場に戻ってねー。30分後には出発するよー!」
「はーい!」
「おう」
「承知した」
「はいはい了解」
そして。結果、グランが後生大事に集めてきた十数冊のそういった本は、ジータによって焚書された。
捨てられたものを回収しようと画策していたグランはまた泣いた。普段頼もしい団長のみっともない姿に心配する団員も多かったが、リーシャやジータの態度からある程度察したらしく、ソリッズやヴェインたち以外に彼を慰める者はいなかった。
この出来事は、グランエロ本事変として女性陣の間で色々と広まっていくことになる。
数日後。
いつも通り依頼を終えてグランサイファーに帰船したグランが自室に戻ると、布団がこんもりと膨れ上がっていた。ちょうど人1人分ぐらいの大きさである。
「アンチラか?」
グランが思い当たるのは、寝坊助のお役目様。西南西の守護神たる、エルーンの少女である。こっそりやっていた(と思われる)昼寝が発覚してからは、依頼がない日は毎日のように、度々グランの部屋で寝入るようになっているのだ。
部屋は割り振っているのだから、わざわざ布団に潜り込んでくる必要はないだろうに。そう思うグランだが、アンチラはニコニコと微笑むだけで聞き入れることはない。何度でも侵入し、何度でも昼寝を貪る。
少女が男の部屋に入り浸りというのは風聞にも影響があるし(これ以上評判を落としたくないグランである)、ジータの目が据わって来ているところだ。そろそろ本気で説得を行わなければいけないかもしれない。
幸せそうに寝るアンチラは、甚大な被害を受けた今ですら見ているだけで暖かな気持ちになる。叩き起こすのはあまり気が進まないが、心を鬼にしようと、グランは布団を引っぺがす。
「へくちっ……団長さん、寒いですよ……」
しかしグランの予想とは裏腹に、中で丸まっていたのはセンだった。予想外の出来事で一瞬固まるグラン。状況があまり飲み込めていない。え、なんでセンがここに? いつから俺の部屋は集会所になったんだろう、とかそんな感じ。
「風邪、引いちゃいまして……けほ。心細く、なっちゃって」
たまに咳き込みながら、恥ずかしそうにするセンの顔は、確かに普段よりも赤らんでいる。とりあえずセンが風邪だとわかったグランは、慌てて布団をかけ直した。センは、ほにゃっとした笑みを浮かべて、
「ふぁ……あったかい、です」
「……それで、どうしたんだ? セン」
少しぼうっとした顔で、
「病気の時って、けほ。人に甘えたくなりませんか? けほり」
「それは……そうかもしれない」
なるほど、と頷いた。グランも経験がある。体調が悪い時は何を考えてもネガティブな方向に行きやすいし、1人だと自分が世界に取り残されたかのような寂しさを感じるのだ。ジータもそういった面が顕著で、ザンクティンゼルではよくつきっきりの看病を迫られたものである。
「でも、なんで俺の部屋に? ジータやカタリナじゃダメだったのか?」
「一番最初に、けほ。浮かんだのが、団長さんの顔だった、けほ。ので、けほ」
ダメだったでしょうか、と縮こまる。そんなことは無い、とグランは首を横に振った。いやまぁ、グランのここ最近のイメージとか色々問題はあるのだが、センは初犯。理由は共感も納得もできるものだったし、風邪で頭が回らないのだろうことを考えれば、仕方がないことだと思えた。
センの額に手を当てる。酷い熱ではないが、微熱よりは体温が明らかに高い。なるほど、風邪である。
「いつから寝てるんだ?」
「昼頃から……です」
「水分はとった?」
「お水、ですか? けほ。水差しが空になってからは……」
もう夕方も暮れである。水は早急に取らせる必要があるようだ。
グランはついでに果物でも剥いてこようと席を立ちながら、「セン、大人しく待っててくれ」
部屋を出ようとしたグランだったが、服が控えめに摘まれていることに気づく。
「どうかした?」
「あの……水も嬉しいんですけど、けほ。その……一緒に、いて欲しいです」
可愛らしく懇願されると、グランも困り顔で頬を掻いた。
「じゃ、30秒」
「え?」
「30秒で帰ってくるから、その間だけは我慢してくれ」
言うが早いか、水さしを掴んで部屋を飛び出すグラン。そのまま調理場へ向かい、すぐに水を汲み取る。出来ればローアインに病人食を作って欲しい旨を伝えたかったのだが、姿が見えないので仕方がない。ビィが部屋に戻ってきたら言伝でも頼もうと考えるグラン。
宣言通り、とは行かなかったが、出来るだけの早さで部屋へ戻ったグランを、センはぱちくりとした目で見つめた。
そのままプッと吹き出すと、
「やっぱり、変な人です。団長さん」
「そうかな?」
「はい。でも……暖かくて、優しい人」
「?」
誰でも、仲間が病気に臥せたらこれぐらいはするだろう。そうグランが言うと、またセンは笑った。
「体、起こせるか?」手を差し出すグラン。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
水を受け取ってコクコクと水を飲み干すセンは、言葉通り無理をしている様子ではない。グランはひとまず安心した。真面目なタイプは無理をしがちなのである。
センはコップを置くと、「あの……」少し申し訳なさそうな顔しながら、お願いがあるんですけど、と続ける。
「手を、握っててもらえないでしょうか」
出来れば、私が寝入るまで。と、セン。断る理由もない、グランはすぐに頷いた。
「お安いご用だ」
病気の際の人肌は、これ以上なく安心感を与える。それを知っているグランは、優しくセンの左手を握る。華奢なものだ。普段はグレートタロンに隠されていて知らなかったが、センの手はグランのそれよりも小さくて柔らかい、壊れ物のようなものだった。
「団長さん、ありがとうございます……にゃ」
お礼を言ってから、目を瞑る。そして、センの呼吸がだんだんと規則的に、深くなっていくのを見ていると、グランもまた依頼疲れからか、抗い難い睡魔に襲われ……2人とも、夢の中へと旅立っていった。
早朝。センが目を覚ますと、昨日感じていた体の怠さや寂寥感が嘘のように引いていた。元気も元気ないつも通りの体調である。思わず飛び跳ねたくなるのを室内だからと堪えて、
「やたっ」
早速外へ出ようと起き上がるセン。その時になってようやく、自身の左手の状況に気づいた。
「あっ……」
「……」
強く握るわけではなく。しかししっかりと離さないように握っている、座ったまま寝ているグラン。言うまでもなく、一晩中こうしてくれていたのだろう。
端的に言えば、ただのワガママだったのだ。寂しいからと人の部屋に入り込み、寝床を勝手に使い、極めつけに側にいて欲しいと言う。これを身勝手と言わずになんというのだ。
しかし、グランはそれに嫌な顔1つせず、心配して色々と看病してくれて。それがたまらなく嬉しかった。
センは繋いでいる手から伝わる体温以上に、心が暖かくなるのを感じた。
――もう一眠り、しようかな。
グランを起こさないように、かつ左手は使わずに。自分と同じく布団に入らせる。そして、手を繋いだまま、センは再び目を閉じる。数十分後、グランが驚いて大声を上げるまで、幸せな眠りについたセンだった。
さらに翌日。
「けほけほけほ。風邪引いちゃったー。キミなら看病してくれるよね?」
今度こそ、布団を我が物顔で占領していたのはアンチラだった。わざとらしい咳をしながら、心なしかドヤ顔である。センとの一件を目敏く察知していたのだろう。今日は風邪とのこと。もちろん嘘なのは間違いない。
「実は俺も風邪なんだ」
「ふーん。じゃあ2人とも風邪だね、隔離病室だね。仲良く2人で一緒に寝ようよ」
「本当にそうなったら、不生不滅で治してくれ」
「そんな万能な力じゃないんだけど」
軽口を叩きあいながら、「部屋に帰すからな」「えー」どこからどう見ても健康体なアンチラを小脇に抱えて彼女の部屋へと連れ戻す。
「キミ、僕への扱い雑じゃない?」
「本当に風邪になったら、看病もするさ」
「本当? ならいいや」
最初は不満がありありと浮かんでいたが、グランの返答を聞いて。特に暴れることもなく素直に抱えられるアンチラは、上機嫌に尻尾を振った。
「あ、でも」とはアンチラ。
「?」
「グランの布団は、僕のものだからね」
「俺の布団は俺のものだろ?」
「じゃあ僕とグランのもの!」
何がじゃあなのか、さっぱり理解できないグランだった。
「だからさー、――キミと僕の場所に、他の子とかは入れないでよね」
言葉のトーンが低くなる。いつもの眠たげな表情と違って、真剣味がある表情。アンチラのちょっとした独占欲が垣間見えるこの場面。ただしグラン。朴念仁が服を着て歩いているような男。当然気づかなかった。
「俺以外に使わせる予定は今のところないよ」
「えー僕はー?」
「アンチラも」
「ぶーぶー、横暴だー」
「どこが」
アンチラは頬を膨らませながら、「僕は相棒だぞー」
「ビィとも寝床は別だよ」
「うっ。それを言われると僕も困る」
仲のいい兄妹のようなやり取りをしながら、グランは考える。
――鍵、かけるかなぁ。
妥当すぎる解決法だった。エロ本事変のような悲劇を防ぎ、アンチラを撃退し、穏便にセンのような例を他の部屋に誘導できる手段である。
隣の部屋がジータの部屋なので、恐らく鍵がかかっていたらセンはジータの部屋へ向かっただろうとグランは考えている。事実それは正しかった。センがグランに安心感を覚えるまでは、の話だが。これから同じことが起きたとして、センが向かうのはグランの部屋に他ならない。それを、グランは分かっていなかった。
とりあえず。あんな事件(もちろんエロ本の方だ)があってから、いきなり鍵をかけ始めるのもどうかとは思ったグランだが。ジータに相談したところ、「ようやくそこまでたどり着いた?」と嘆息しながら「はい、鍵」と、用意されていた鍵をもらい。ラカムたちに協力してもらい、設置することができた。
こうして、多大な犠牲を払いながらも、一旦は2人の侵略者との戦いを終えたグラン。しかし、まだまだその戦いは終わりそうにない。
風邪を引いたことにより、冬の甲板での昼寝を禁止されたセンは、グランの部屋に潜り込むようになる。アンチラも鍵程度で諦めることはなかった。頭を抱えるグラン。一体どこから忍び込むのか、窓か? 窓なのか? 窓も鍵占めてるんだけどなぁ!?
とにかく状況は何1つ改善されず、センは物理的に、アンチラは仙術で、それぞれグランの部屋に忍び込む。
そこでブッキングしたアンチラとセンがさらなる問題を起こすようになるのだが、それはまた、別の話。
またーりと更新するつもりです。