虹光の真竜   作:人形師

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1章開始までは割りと早足で進みます。


序章.3

 

「次が本当に最後の戦いになるだろう」

 アザゼルが戦争によって数を減らした円卓の堕天使達に声をかける。

 

「無論・・・我らが勝利によって決着がつく・・・」

 コカビエルが同調するように言葉を発する。

 

「次の戦場が最後となるならば、確かに我らが勝利する可能性が一番高いであろうな」

 エゼクエルが目を閉じながら静かに、熱を持った空間を冷ますように言葉を零す。

 

「戦場には誰が赴くかですが、シェムハザは後方指揮、アザゼルは前衛ですが、前衛の中でも後ろで戦ってください、まぁ体のいい囮です」

「おい!?」

「次いで特攻はコカビエル、貴方と私です」

 ティルカナが指揮者達の担当を割り当てている中、アザゼルがお取り扱いをされたことに対し不服だったのか、声を上げるが13人の指揮者たちに黙殺されてしまった。

 

「ラミエル、アナネルはコカビエルの補佐を、バラキエルは私の補佐をお願いします」

「了解しました」

「承りましたわ」

「心得た」

 

「他の人達は各自自由に動いてください」

「大雑把だなおい!?」

「そもそもバカスカ死が飛び交っていて転移やら何やらでゴチャゴチャになるんですから、最初から"ある程度"決めるくらいでいいんですよ」

 

 アザゼルのツッコミに対してティルカナがいつもの如く軽く返していると周りが呆れ混じりのため息が溢れる。

 

「貴方達は本当に緊張感のない・・・」

「二人に何言っても無駄無駄~、それじゃ私は部下に伝えてくるから~」

 一人が立ち上がると次々と俺も私もと席を立つ。

 円卓の間に二人だけになるとアザゼルがゆっくりと口を開いた

 

「・・・ティルカナ。グリゴリは勝てると思うか」

「そうですね・・・恐らく勝てるのでは?神の力も初期とは比べ物にならないほど落ち込んでいますし、悪魔側も魔王を数人失っています。神に勝たれるのは勘弁願いたいでしょうが、我々が勝つ分には悪魔側も納得・・・とまではいかないでしょうが、妥協するのでは」

 ティルカナは自分が思っていることをそのまま語るとアザゼルが大きく息を吐きながら背もたれに寄りかかる。

 

「実際、神のヘイトは恐ろしく高い。悪魔側も率先して狙っているし、俺達だってそうだ。だから変に心配する必要なんざ無い筈なんだが・・・な」

「何か気になることでも?」

「・・・いや、ざわざわとした感覚が収まらねぇんだ。この感覚はよく当たるから質が悪い・・・」

 アザゼルが顔を顰め、吐き捨てる。

 ティルカナはそれを見て少し考えた後に口を開いた

 

「もし私が死んだら水晶の森に捨てといてくださいね?」

「縁起でもねぇこと言うな!!」

 ティルカナの言葉にいつものようにツッコミを入れると溜息一つと含み笑いを一つ、席を立ったアザゼルはそのまま部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多の光の槍が、消滅の魔力が、天を飲むこむほどの豪炎が、戦場を満たしていた。

 致命傷を食らった者達が地へと落ちていく。

 

 「本物の地獄より地獄かもしれませんね」

 そう呟いたティルカナ自身もその地獄を形成している一人であった。

 彼女の周囲の地表には天使と悪魔の死体がうず高く積み上がっていた。

 

「カナエル」

 ティルカナはその言葉にピクリと反応するとその方向へと顔を向けた。

 そこには戦装束を身にまとった四天使の一人、ミカエルが剣を持ち佇んでいた。

 

「はて、そのような"物"は存じ上げませんが」

「我らが父」

「相も変わらずの盲信、ご馳走様です。ですがその思想は私には反吐の出る物ですので、その口を閉じていただけますか?」

 ミカエルの言葉に聞きたくもないとばかりに言葉をかぶせ、ミカエルを睨みつけるティルカナ。

 

「・・・そうですか。ならば致し方ありません。貴方は私が此処で討たせてもらいましょう」

「戦場で言う冗談ほど寒いものはないわ・・・身の程を弁えなさい。人々から敬愛されて気でも狂った?」

 ティルカナのその言葉に対する返答は言葉ではなく剣による斬撃だった。

 危なげもなく光を纏わせた手で受け止めるティルカナ

 

「おお、怖いですね。神の使いとは思えぬ形相ですよミカエル」

「黙りなさい」

「何度も言うようですが、私は心を無として生み出されました、その無を有にしたのはアザゼルですし、私を創りだしたのは貴方の大好きな神様ではありませんか。私に何かを言うのではなくアザゼルや神にどうぞ」

 ティルカナの煽りにしか聞こえぬ言葉はミカエルの琴線に的確に触れたようであり、ミカエルは表面には出さないものの歯が軋むほどに噛み締めていた。

 

「さて、バラキエルの方も片付いたようですし、こちらも終わりにしましょう」

「ッ!ガブリエル!?」

 ミカエルが振り向くとそこにはボロボロになったガブリエルと多少傷は付いているが余裕のあるバラキエルが居た。

 

「知り合いではありますが、戦場でのよそ見は如何なものかと」

「な」

 ミカエルは何かを言う前に地表にたたきつけられた。

 ティルカナのオーラが込められた拳がミカエルへ叩きこまれたのだ。

 その衝撃は周囲にいた下級天使を巻き込み、バラキエルでさえ青い顔をしながら障壁を使い防いでいた。

 

「ふむ・・・仕留め損なったようですね」

「・・・容赦がないな・・・」

「ええ、彼自身はそこまで嫌いではないのですが、たまに無性にイラつくので」

「そうか、コカビエルもあと少しで合流する。補佐を悪魔側に回したようだから邪魔はないだろう」

 バラキエルの言葉に一つ頷くと同時、ティルカナの胸に一つの魔法陣が浮かび上がる

 

「バラキエル!!」

 バラキエルはティルカナの叫びを正しく受け取り、一息にティルカナから大きく離れた。

 

「っぐ・・・あ゛・・・」

『ティルカナ!おい!どうした!?』

 胸元を強く押さえつけているティルカナの異常を悟ったのかアザゼルが通信で声を掛ける。

 

 だがその声にティルカナは応えることなく、胸を押さえつけながら前を向き睨みつける。

 その先には毒々しいまでの神々しさを纏った、神が居た。

 

「あぁ・・・本ッッ当に胸糞悪い糞爺ですね」

『そうか?危険がある物なら首輪を付けておくものだ。実際に役に立っただろう』

 

「魂の、崩壊・・・ですか」

『無に還す、だ』

 

 憎々しいと目を向けるティルカナを余所に神は顔色一つ変えずに感慨もなくただティルカナを見ていた。

 

『無粋、いや、戦場でこの言葉こそ無粋か』

 飛来した光の槍は神の障壁に阻まれ砕け散る。荒々しいまでの光の槍はコカビエルの物であり、当の本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

『さて、せめてもの慈悲だ。楽に逝かせてやろう』

「っは・・・そんな、慈悲・・・糞食らえ、です・・・」

 ティルカナは光の柱に飲まれた。

 その力は神の名にふわさしい程の神聖さと残酷さを持った光の暴力、神側の天使でさえもその光景から目を背けるものや、顔を青くするものがいた。

 その光景にそれは一瞬ではあったが、戦場が止まった。

 

「ティルカナ!!」

 光の柱が消え去った場所には地すらなかったが、ティルカナはまだそこにあった。

 そう、“あった”という言葉が適切だろう程に原型を留めてはいなかった。

 

 その四肢は完全に消滅し、腹部の半ばから無くなり、右胸も大きく抉れ首が半分以上無くなってしまっていた。

 

 一瞬止まった時も動き出し、再び激化した戦場、コカビエルやバラキエル、魔王たちを筆頭に神を中心とした三つ巴の激戦が発生し、グリゴリ幹部たちはその激戦からティルカナとアザゼルを守る。

 

 

「ああ糞ッ!こんな時ぐらい外れたっていいだろうがッ!!死ぬんじゃねぇカナエル!おい!」

 

『・・・な、  まえ   。」

 微か、虫の息という言葉そのものであろう声がアザゼルの耳に聞こえてきた。

 

「・・・ティルカナ・・・死ぬな」

『  し・・・だ  と、き  や・・・そく」 

 

「おい、冗談じゃねぇぞ!んな約束守らせんな・・・クソッ!」

 アザゼルは得意である治癒系の術式を全力で使用しても、体の崩壊が止まらない。

 急速に強大であった筈のティルカナの魂がボロボロと零れ落ちていく。

 

 戦争の最終段階に入り、止まらないであろう歯車は、またしても止められた。

 

 悪魔・堕天使・天使・神、関係なく時が止まった。

 

『・・・堕天使、その人を渡して』

「・・・ドラゴン?何故だ、何故此処に・・・」

『その人を、渡して』

「・・・・・・・・・」

 突如として戦場に現れたドラゴン、そしてティルカナを要求した。

 アザゼルはその言葉を聞き、『何故?』という思いと『ドラゴンなら』という思いが湧いた。

 手の中でボロリと体が一欠片、また一欠片落ちてゆくティルカナを一度強く抱きしめるとドラゴンへと差し出した。

 

「アザゼルッ!?」

「俺には・・・どうすることもできない・・・魂が壊れてしまっているんだッお前なら、理を身に宿すドラゴンならどうにかできないか!?」

 

『・・・・・・』

 ドラゴンはアザゼルへと見向きもせずにティルカナへと目をやり、その体を修復していく・・・ドラゴンの血肉によって。

 

「・・・な、んで?どうしてここ、に」

『・・・粉々になった魂を繋ぐ、我慢して』

 周囲の目には見えないがドラゴンは少しずつティルカナの散った魂を修復していく。

 その際の激痛は通常であればのたうち回り、自ら死を望むほどの苦痛であるが、ティルカナは悲鳴を一つも上げず、だがその顔は青色を通り越して死者のように真白になっていた。

 

「ね、え・・・何してるの?やめ、て!」

『・・・・・・』

 

 行為を行われているティルカナが急に暴れだし、アザゼルたちは警戒するが、行動を起こせなかった。ドラゴンはアザゼルの望みであるティルカナの肉体修復を行い、魂の修復をしているであろう現状、迂闊に何かをすることはできなかった。

 

「やめなさい!!だ、れか!止めて!!お願い!」

 ドラゴンはティルカナの粉々になった魂を修復していく。

 物というものは創りだすことは難しく、壊すことはそれより簡単であり、修復することが一番難しいとされている。それが修復不可能となった物なら尚更である。

 それはドラゴンとて同じであり、こと、現状ではその莫大な力だけではどうにもならなかった。

 だからこそドラゴンは―――

 

「やめ・・・」

『私は、長い時間を過ごしました』

 

『あまりに長い、長すぎる時間。擦り切れ、壊れそうになった精神を、自らの手で同胞を作ることによって埋めようとしました』

 

『彼らは私は父と、母と呼ぶことはあっても、私を友と呼ぶことは、なかった』

 

『すべてのものが小さく、くすんで見えていた世界を変えたのは貴方でした』

 

『私の力を恐れず、私に語りかけ、私を友と呼んでくれた』

 

『とても、幸せ』

 

『貴方が死んだら悲しい。そして何よりも恐ろしい。あの色の無い世界が』

 

『だから、ごめんなさい。きっと怒るでしょう。でも、ごめんなさい。もう一人は耐えられない』

 

『ごめんなさい。貴方と・・・旅をできない』

 

「・・・もうやめて・・・お願いだから」

 

―――己の強き魂を粉々に砕き、ティルカナの魂の修復剤にした。

 

『ごめんなさい』

 

 ティルカナとドラゴンが光の柱に飲み込まれる。

 神が放ったその攻撃は通常であればドラゴンの膨大な力と存在によって掠り傷さえ負わないだろう。

 だがドラゴンのその身は深く抉れ、血を流していた。

 

「・・・っ!、ぇぐ・・・」

『ごめんなさい・・・あぁ、そうだ。貴方の名前を教えて』

 体が傷つこうと何一つ変わることなくティルカナへと声を投げかける。

 

「ティル、カナ」

『ティルカナ、ティルカナ・・・さよなら愛しいティルカナ。私は貴方を愛していた、きっと、恐らく。私は心が良くわからないから、合っているかわからないけれど』

「・・・いかないで」

 

 彼女の言葉をかき消すかのように光の柱が再度二人を消し去ろうと飲み込む。

「あ」

 彼女は光の中でも苦しむ素振りすら見えない。彼女は

 

「ああ」

 彼女は光のなかでも傷一つつかなかった。彼女は

 

「ああAaあああああああアアアああああああああああああAAAああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアあああああああああvああああああああAAAあああああアアアああああああああああああああああああああvああああああああああああああああああああああああAAAあああアアアあああああAあああああああああアアアああああAAAあああああAaあああああああああアアアああああああああAaあああああああvああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアあああああああああああああアアアああああああああああああああああアアアああああああああああああAAAあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAああああああああああ!!!」

 

 慟哭にすらなっていない獣のような咆哮が戦場を揺らした。

 

 

 

 


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