【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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episode,9 自分を変える為に

 

 

 

 

「是非、前川さんにも出演して頂きたいと思っています」

 

 

 

 

 養成所の方には既に許可を頂いています。小さな机を挟んだ向こう側に座る武内プロデューサーの言葉に私は再び視線を机の上へと落とした。私の目の前に置かれたクリアファイルには一枚の紙が挟まっている。透明なクリアファイル越しから見えるのは『一夜限りのシンデレラプロジェクト復活ライブ』の文字だ。

 武内プロデューサーが突然私の通う養成所までやってきたかと思えば突然差し出されたこの企画書。急な話で困惑する私に武内プロデューサーは一つ一つ丁寧にライブの細かな説明をしてくれた。

 

 

 

 

「開催は二ヶ月後の日曜日、会場は東京の二万人収容の会場を抑えています」

 

「復活ライブ、てことはみんな集まるの?」

 

「えぇ、今現在、前川さんと島村さん以外のメンバー全員の出演が正式に決定しています。私は前川さんと島村さんを含む、シンデレラプロジェクトのメンバー十四人全員で出演して頂ければと思っています」

 

 

 

 

 そうなると当たり前だが李衣菜ちゃんも来るのだろう。そんなことを考えると私は簡単に首を縦に振ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.9 自分を変える為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、ちょっと考える時間が欲しい」

 

 

 

 

 私の言葉に武内プロデューサーは何も言及はせず、ただ静かに「分かりました」とだけ呟いた。

 

 シンデレラプロジェクトのみんなとまた集まれることが嬉しくないわけではない。勿論、李衣菜ちゃんとも会いたい。だけど、今の私にはみんなと会う自信がなかったのだ。結局私だけが進路が決まらず『声優の候補生』として養成所に通っているものの有名になるどころかデビューすらできていないのが今の現状。そんな私と正反対に周りのシンデレラプロジェクトのみんなは新たな環境で皆輝き続けている。

 如月千早と合同名義でカバーアルバムを出した李衣菜ちゃんは勿論、未央ちゃんも先日公開された映画で主演を務めた上に自身が担当した主題歌はオリコンチャート入り、私がバイトをしているコンビニに納品されてくる雑誌には毎週のようにきらりちゃんとアーニャちゃんが表紙を飾っている。スマートフォンのワンセグを見ると朝のニュース番組に映ってる髪が短くなった美波ちゃんがいて、街の大きな液晶画面には不慣れな感じはあるものの昔からは考えられないような堂々たる姿で全国の天気を紹介している智絵里ちゃんがいて、CDショップに行けば単独のコーナーを作られるほど有名になった蘭子ちゃんと凛ちゃんの姿があって。

 

 輝くみんなを見ていると未だにデビューできていない自分が情けなく思えて、カッコ悪くて、みんなに会える自信がないのだ。そんな自分があのメンバーの中にいるのは不自然な感じがして怖かったのだ。

 

 

 そう言えば昔もこんなことがあったな、なんてふと思い出す。次々と周りのみんなのデビューが決まっていく中で私と李衣菜ちゃんはなかなかデビューが出来ず、結局シンデレラプロジェクト最後のユニットとして一番最後にデビューすることとなったあの頃。あの時も不安はあったが、私は「信じてください」という武内プロデューサーの言葉を信じて待ち続けた。

 だけど今はあの頃のように頼れる人もデビューが必ずできるという保証もない。自分自身でチャンスを掴み取って自分の力で階段を上らないといけないのだ。

 そう考えると将来への不安が、このままデビューできなければどうしようという不安が付きまとう。頼れる人がいない以上自分が一番信じなければいけないのに、この前の一件を機に私はほんの少しばかり自信を失っていたのだ。

 

 

 

 

「これは強制ではありません。あくまで任意なので前川さんの意見を私は尊重するつもりです」

 

「……Pチャンごめんね、ありがとう」

 

「それと、前川さんにはお礼を言わなくてはいけませんでした」

 

 

 

 

 武内プロデューサーの言葉に私は思わず首を傾げて頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。そんな私を見て、武内プロデューサーは昔は見られなかったような穏やかな表情で口元を緩めた。

 

 

 

 

「島村さんの件です。私の連絡先を教えたのは前川さんだったと島村さんから聞いたので……」

 

「あぁ……」

 

 

 

 

 思わず呆気に取られてしまう。あの時はその場の流れや空気で全く考えもしなかったが、何の断りも入れずに勝手に連絡先を教えてもよかったのだろうか。いくら昔はプロデューサーとアイドルという関係だったとはいえども、急に連絡がきて驚いてしまったのではないだろうか。

 そんな疑問がすぐさま浮かんだ私だったが、それが余計な心配だったと、武内プロデューサーの表情を見て悟ることが出来た。

 

 

 

 

「島村さんは今、346に復帰しアイドル活動再開に向けて頑張っているそうです」

 

「ホントにっ!? 良かったぁ、卯月ちゃんアイドルに復帰するんだね!」

 

「はい、島村さんのアイドル復帰も前川さんのお陰だと思っています。本当にありがとうございました」

 

 

 

 それから少しばかり卯月ちゃんの近況を聞いた。今はシンデレラプロジェクトの解散のほんの少しだけ前にアイドルを正式に引退しプロデューサーになった城ヶ崎美嘉ちゃんが卯月ちゃんの担当プロデューサーになっているらしく、美嘉ちゃんの元で卯月ちゃんはあの頃の情熱を取り戻して毎日必死にレッスンを受けているらしい。復帰したばかりで慌ただしい卯月ちゃんにはまだ復活ライブの件は伝えていないようで、頃合いを見て美嘉ちゃんが伝える予定になっているのだと教えてくれた。

 そんな風に卯月ちゃんのことを武内プロデューサーは終始笑顔で話してくれた。久しぶり見る武内プロデューサーの笑顔が何だか可笑しくて、私も思わず笑ってしまう。思えば卯月ちゃんがシンデレラプロジェクトを去ってからずっと武内プロデューサーの表情には影が宿っていた気がする。その影が今、武内プロデューサーの表情からは消え去っていた。

 

 

 

 

「……前川さん、どうなさいました?」

 

 

 

 

 私の表情に気が付いたのか、卯月ちゃんの話を止めて私を見つめる武内プロデューサー。

 

 

 

 

「いや、なんだか久しぶりにPチャンの嬉しそうな顔を見たからなんか変な感じで……」

 

 

 

 

 よく意味が分からない、といった表情を浮かべたまま武内プロデューサーは困ったように右手を首の後ろへと持っていく。その様子がまた可笑しくて、私は噴き出すようにして笑ってしまった。

 

 

 

 

「Pチャン、『良い笑顔』だね」

 

 

 

 

 私の言葉に武内プロデューサーは右手を首の後ろに当てたまま、頬を緩めて笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、良いじゃないですか。菜々も見に行きたいです!」

 

「実はさ、まだ私参加するか迷ってるんだよね」

 

「えぇ!? なんでですか!?」

 

 

 

 

 武内プロデューサーと別れてウサミン星に帰った夜、養成所で受け取った復活ライブの企画書を菜々ちゃんにも見せた。一通り企画書に目を通した菜々ちゃんはてっきり私が参加するものだと思っていたらしく、私の言葉に驚いたように眼を見開いて私を見つめている。

 

 

 

 

「どうしてですか? 李衣菜ちゃんにも会えるかもしれないんですよ?」

 

「う、うん。そうなんだけど……」

 

 

 

 

 歯切れの悪い言葉と共に菜々ちゃんから視線を逸らしてしまった私。

 菜々ちゃんはそんな私を見てよく理解できないといった表情を浮かべたまま首を横に傾げている。

 

 

 

 

「李衣菜ちゃんとまた喧嘩でもしたんですか?」

 

「いや、別にそういうわけでもないんだけど……」

 

「ならどうして迷ってるんですか?」

 

 

 

 

 小さなテーブルの向かい側でうどんを食べていた菜々ちゃんは箸を置いて私を見つめていた。

 そんな菜々ちゃんの眼差しに負け、私は今自分が抱えている不安や恐怖を全て話すことにした。私以外のシンデレラプロジェクトのメンバー全員が新たな環境で輝いているのに私だけが輝けていないこと、そんな自分がみんなの中に混じっても不自然なだけじゃないかと思っていること、遠い存在になってしまった李衣菜ちゃんが更に遠くに感じてしまいそうな恐怖――……、私は全てを菜々ちゃんに話した。

 結局、私は自分に自信がなかったのだ。声優はたった半年ほどで極めれるほど簡単なものではないことも理解していながらも、バラバラの道で頑張る周りのみんなを見て自分が選んだ道は本当に正解だったのか、例え声優としてデビューできたとしてもその頃にはみんなとの差が挽回不可なくらいに広まってしまっているのではないだろうか、そういった不安が私の自信を根こそぎ奪い去っていたのだ。

 

 

 

 

「……みくちゃんは逃げてるだけですよ」

 

 

 

 

 私の話をずっと黙って聞いていた菜々ちゃんは、私の話をが終わると静かにそう呟いた。

 

 

 

 

「『変わりたい』、『こうなりたい』って思ってても、そうやって逃げてるだけじゃ同じじゃないですか」

 

 

 

 

 菜々ちゃんの台詞に私は何も言い返せなかった。本当は自分でも分かっていたのだ、これがただの“逃げ”であり、こうやって逃げ続けても何も上手く行かないことを。

 だけどいざこうして面と向かって言葉にされると、菜々ちゃんの言葉一つ一つがぐさりと心に突き刺さってしまう。考えたくなかった、見たくなかった現実が、菜々ちゃんの言葉によってリアルさを増して現実へと変わっていく。菜々ちゃんの言葉によって少しでもそんな現実から目を背ける為に張っていた私の虚勢が音を立てて壊れていきはじめていた。

 

 

 

 

「本気で変わりたいって思うんだったら、逃げたらダメですよ。プロデューサーもいない、誰も助けてくれない今、自分で自分を信じれないで誰が信じるんですか? 例えどんなにカッコ悪くても惨めでも、自分を信じて頑張らないと何も叶えられませんよ?」

 

 

 

 

 肺の奥がえぐられた気がした。菜々ちゃんの台詞が何一つ間違っておらず、事実そのものだったからだ。私は何も言い返せず菜々ちゃんに気付かれないようにテーブルの下で拳を握り締めることしかできなかった。

 そんな私を菜々ちゃんはじっと見つめていたが、暫くしてコップに入った水を一度喉元まで運ぶと口を離した後に静かに溜息のような深呼吸をした。

 

 

 

 

「みくちゃんなら大丈夫ですよ」

 

 

 

 

 ほんの少しだけトーンの落ちた声でそう言い残すとうどんのスープを一度だけ啜る。そのまま容器を持ったまま立ち上がり私に背中を向けると小さな台所へと行ってしまった。

 痛いほどまでに図星を付かれ何も言えず、その場で拳を強く握ったままの私。妙な空気が流れる小さなこの部屋に、菜々ちゃんが付けっぱなしにしていたままのラジオの音だけが静かに流れている。

 

 

 

 

“次の曲はこちら、ペンネーム『音がない小鳥』さんからのリクエストでシンデレラプロジェクトの“夢色ハーモニー”です!”

 

 

 

 

 ぼんやりとラジオを聞いていた私は思わず反応してしまった。穏やかな男性MCの声の後に流れたのはシンデレラプロジェクトの夢色ハーモニーだったのだ。思わず懐かしいな、なんて思って昔何度も歌った自分たちの曲を聞き込んでしまう。

 

 

 

――アイドルになりたい。

 

 

 小さい頃から何度も何度もベッドの上でアイドルになる自分を夢見ていた。地元の同級生に笑われたってバカにされたって、決して自分を信じることを止めずに突き進んでいた。憧れだけじゃない、シンデレラプロジェクトに参加して踏み出したあの日のステップが私の世界の色を変えて行った。そんな風に目まぐるしく変化していく世界に戸惑いながらも充実感を感じてて、私はこれから例えどんな困難が待ち受けていてもこのまま突き進んでいけるものだと信じ込んでいた。

 

 信じ込んでいた、信じ込んでいたはずだった……。だけどそんな魔法も今は解けてしまった。あの頃はどんなに馬鹿にされても笑われても自分を信じることができたのに。どうして今はできないんだろう。

 どうして周りのことばかり気にして真っすぐに進むことができないんだろう。自分の夢に真っすぐで雑音なんか気にしないで、そんな風に突き進んでいたあの頃の私からどうしてこんな弱気な私になってしまったんだろう。私だって昔のように自分の夢に真っすぐに突き進みたいのに、いつの間にか臆病になってしまった自分がそれを拒んでいる。前に進みたいのに、進まないといけなのに、その一歩のステップを臆病な私が封じ込めているのだ。

 いつの日からか夢を追いかけることが苦しくなっていた。昔は自信を持って話せていた夢が今は自信を持って言えなくなってしまった。歳を取る度に知っていく現実の厳しさ、今にも見えてしまいそうな自分の限界、そして周りの目――……。

 気が付けばそういったものたちに私は怯えていたのだ。

 

 ラジオから流れてくる『夢色ハーモニー』を聞いていると、いつの間にか臆病になってしまった私が情けなくて悔しくて、いつの間にか涙が溢れてきた。

 そんな私をいつの間に菜々ちゃんは小さな腕で抱き締めてくれていた。その温もりがあまりにも優しくて暖かくて、私は堰を切ったかのように涙を流し続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は朝一で復活ライブに参加します、とだけ書かれたメールを武内プロデューサーへと送った。

 もう迷わなかった。例え怖くても不安でも、立ち向かわないといけないのだ。このままでは終わりたくない、いつか絶対声優として成功するためにも、この恐怖から逃げてはいけないのだと私は覚悟を決めたのだ。迷いや不安が消えたかと言えば嘘になる。だけど、その迷いや不安を強引に振り切ってでも、私は前に進まないといけないのだ。

 強くなりたい、昔のように胸を張って人前で自分の夢を語れるように。そのためにも、私は変わりたいと思う。こんな弱い自分じゃなくて、もっともっと強い自分に変わらなければならないのだ。

 

 

 

 

「えぇ? 一般公募? ないわけではないけど……」

 

「お願いします。もし何かあるのならば私に紹介してください」

 

 

 

 

 声優の養成所の先生は頭を下げる私を驚いたように見つめている。朝一番に養成所に着くや私はすぐに先生を捕まえて頼み込んだ。一般公募で今受けれるオーディションを一つでも多く回してほしいと。

 

 

 

 

「でも後川さん、養成所のコネで幾らでもオーディションは受けることができるのよ?」

 

「それじゃあダメなんです!!」

 

 

 

 

 それではダメなのだ。『コネ』とか『推薦』とか、そういうのではなくて私のような声優の卵も第一戦線で活躍する現役声優も大勢の人が参加する一般公募で、私は誰かの力に頼るのではなくて自分自身の力で声優としてのデビューを掴み取らないといけないのだと思ったのだ。

 確かに養成所のコネを使った方がある程度有利な状況でオーディションを受けることができるし、以前のようにオーディションなしで役を得られることだってある。だけどそれはあくまで養成所のコネであって、私自身の力ではないのだ。

 本気で変わりたい、今は遠くに行ってしまった李衣菜ちゃんの元へ自分の力で追いつけるようになりたい。その為にも、私は一般公募で役を掴み取ると決めたのだから。

 

 

 

 

「分かったわ、そんなに多くは紹介できないかもしれないけど……。ちょっと調べてみるわね」

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 私の熱意が伝わったのか、先生は再び深く頭を下げた私を見て苦笑いを浮かべていた。

 

 確かに今の私は他のシンデレラプロジェクトのみんなと比べて輝けていないかもしれない。だけどまだ復活ライブまでに二ヶ月の時間がある。なら復活ライブまでに私も輝けれるようになればいいのだ。復活ライブまでに何が何でも声優後川未来としてデビューを決める――……。

 そうすればきっと、私は変われるかもしれない。いや、きっと変わることができる。

 

 

 私はもう迷わない。新たな目標と覚悟を持って、シンデレラプロジェクトの復活ライブに参加すると決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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