【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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付け足しをしてたら予想以上に伸びてしまいました。

これを含んで残り4話+エピローグで完結です。


episode,14 『変わること』の本当の意味 

 

 

「えー、それでその後はどうなったの?」

 

「それがさぁ、実は……」

 

 

 

 

 薄いドアの向こう側から聞こえてくる話し声。そんな薄いドア近くの壁に右肩をもたれかけるようにして立っていた私は、部屋の中から聞こえてくる言葉を盗み聞きしていた。二人の話し声の途中でバタンとロッカーを閉める音が聞こえる。ロッカーの音を聞いて私の鼓動は爆発しそうなほどに勢いよく動き始めた。ギターを背負った背中がやけに重く感じて後ろに倒れまいと足腰に力を入れて立っていると今度は脹脛が疲れてくる。

 

――私ってこんなに小心者だったっけ。

 

 いつの間にか頬を流れていた小さな汗を人差し指で拭った。何千人というお客さんの前でのステージを何度も何度も経験してきたはずなのに、それに比べたら今から私がしようとしてることなんて全然小さなことなのに。

 私の心臓はバクバクと音を立てて動いており、緊張かギターを背負った疲労のせいか足腰はほんの少しばかり震えている。

 

 そのタイミングで遂にロッカー室の薄いドアが開いた。中から出てきたのは先ほどまでのジャージ姿から私服へと着替えた私と同じ歳くらいの二人の女の子。私服に着替えて今にも帰ろうとする二人の髪はほんの少しだけまだ濡れていた。

 

 

 

 

「あ、あのさぁ!」

 

 

 

 

 思わず噛みそうになってしまった。何度も何度も頭の中でイメージしていた私とは全然違う私になってしまったが、二人の女の子は私の方を振り返って足を止めていた。

 

 

 

 

「……多田さん? どうしたの?」

 

 

 

 

 怪訝そうな表情で右の女の子が呟く。

 明らかに好意的ではないその眼差しに、私は思わず臆してしまいそうになってしまった。更にギターを背負った背中が重く感じて今にも後ろに倒れそうになる。そんな私は壁にもたれかけていた右肩を壁から離し、少しばかり震えた足で何とか重い背中を支えるかのようにして何とか立ち尽くした。

 

 

 

 

「ちょっとさ、話したい事があるんだけど……。良いかな?」

 

 

 

 私の言葉に二人は何も言わなかった。だけど二人揃って驚いたような表情をすると暫く黙って顔を見合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.14 『変わること』の本当の意味 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私は怪訝そうな表情のままの二人を連れ、事務所近くの喫茶店に入った。会社から徒歩二分ほどの喫茶店なのに、道中全く会話がなかったせいか通常の何倍もの道のりに感じられる。二人の少し前を歩く私は何度も何度も二人の表情を窺うようにして振り返ったが、二人とも相変わらず無言のまま、決して好意的とは言えない眼で私を見つめたまま無心で足を動かしていた。

 

 シンデレラプロジェクトの復活ライブはもう八日後に迫っていた。復活ライブの二週間前ギリギリで作詞を終えると、すぐに作曲家にお願いして歌詞に音を付けてもらい、復活ライブ約一週間前の今日にしてようやく私が初めて作詞をした曲が完成した。

 その間にステージ衣装の打ち合わせやライブ会場の下見があって――……。勿論、その他の仕事も通常通りこなさないといけなかったため、かなりハードな毎日になっており気が付けば復活ライブまであと八日になっていた、といったように物凄くあっという間に時間は過ぎ去ってしまっていた。

 

 そんな忙しい毎日を送る中、私はどうしてもこの二人と話をしておきたかったのだ。

 新たな事務所に中途半端な時期に一人だけ移籍してきて、なかなか馴染むことができずにいた同じ部署の二人のアイドル。同じ部署に所属して毎日のように顔を合わせているのに交わす会話は朝の挨拶くらい。そんな生活を半年も送り続けていた。

 そうなると当然だが二人とは良い友好関係を築けなくなくなる。二人が私の事をあまり良く思っていなかったことも薄々勘付いてはいた。

 だからこそ、一度ちゃんと話をしておかないといけないと思っていたのだ。

 

 

 

 

「それで、私たちに話したいことって?」

 

 

 

 

 四人掛けの席に向かい合うようにして座る二人。怪訝そうな表情のままに私を見つめる二人に、私は思わず目線を泳がせてしまう。

 

 

 

 

「いやぁ~、なんて言うのかなぁ~……。ほら、こういうのもロックっていうか……」

 

「……意味わからないんだけど」

 

 

 

 

 私自身も自分で何を口走っているのか分からなかった。思わず右手で後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべた私だったが、目の前の二人は依然として睨むような視線で私を見ている。

 その視線から逃げるように、私は目の前に置かれたアイスティーが入ったグラスを口に運んだ。ライブ前のような緊張で乾ききった喉元を冷たいアイスティーが流れていく。グラスの中のアイスティーが半分になるくらいまで喉元に流し込んだ私は、ゆっくりとグラスを机の上に戻した。

 

 

 

 

「今更かもしれないけど、二人とちゃんと話しておきたいなって思ったの。今までちゃんと話したことってなかったじゃん? 私、二人のこと全然知らないし……」

 

 

 

 

 新たな事務所に移籍してきて半年が経ったものの、私は今の事務所のメンバーたちと馴染むことができなかった。

 だけどそれは私自身にも原因があって、今まで私はいつも皆から一歩離れた場所に居て斜に構えるようにして積極的に皆の輪に入ろうとしなかったのだ。シンデレラプロジェクトの時も初めはずっと独りでいて、だけどいつの間にか皆が私に声を掛けてくれて仲良くなることができた。

 結局私は自分で壁を作っていたのだ。本当は寂しがり屋で弱い自分を受け入れたくないがために、無理矢理にでもカッコつけて本当の自分を隠して、本当の自分を曝け出すことができなかった。

 本当はいつも誰かに傍にいてほしいのに――……。私はそんな自分に気付いていながらも、“そんな自分はロックじゃない”と言い聞かせ見て見ぬふりをしてきた。

 

 

 

 

 

「なんか私だけ途中からみんなの中に入ってきてさ、どうすりゃいいのか分からなかったんだよね……。何て声を掛けたら良かったのかなんて全然分からなかったし」

 

 

 

 

 だけど私はそんな寂しがり屋で弱い自分を受け入れようと思う。

 例えそれが自分が理想として描いていた“ロックなアイドル”じゃなかったとしても、これが本当の自分なんだと、そう受け入れてシンデレラプロジェクトの復活ライブのステージに立とうと決めたのだ。

 本当の自分を曝け出すことで初めて本当の自分を知ることが出来て、そうじゃないと本当の意味で変わることは出来ないのだと、私はようやく気が付いた。だからこそ、私は復活ライブの前に、自分を見つめ直す意味も含め、ちゃんと二人と話がしたいと思ったのだ。

 

 

 

 

「本当はね、私も皆と仲良くしたかったんだ。だけどどうすれば良いか分からなくて、そうしてる間になんか皆との距離が遠くなった気がして……」

 

 

 

 

 ずっと黙っていた二人は私の話を聞いて、怪訝そうな表情から驚いたような表情へと徐々に変化し始めている。

 

 

 

 

「今思い返すと私、態度悪かったなって思うとことかいっぱいあって。でも本当はなんか素直になれなかっただけで……。ごめん、自分でも何言ってんのか分からなくなってきたよ」

 

 

 

 

 伝えたい事は沢山あるのに、それをいざ言葉にすると全く上手く相手に伝えることができない。思わず自分の表現力の無さにを呪ってしまう。

 でもそんな私を驚いたような表情でずっと見つめていた二人は、隣同士顔を見合わせると、突然二人揃って噴き出したように笑い始めた。戸惑う私を横目に、二人は先ほどまでの怪訝そうな表情からは考えられないような笑顔で笑っていた。

 

 

 

 

「ど、どうしたのいきなり……」

 

「ごめんなさい、私たちずっと勘違いしてたみたいで……」

 

「……勘違い?」

 

 

 

 

 私は思わず首を傾げる。

 その仕草を見て、二人は口元を抑えながら笑っていた。

 

 

 

 

「なんか多田さんって独りが好きな人なのかと思ってたの。一匹狼っていうか、『誰とも群れません』みたいな感じだってずっと思ってた」

 

「そんなイメージだったから、なんか今の話聞くとギャップがあり過ぎてつい……。だってそんな寂しがりだと夢にも思わなかったんだもん」

 

 

 

 

 そして一通り笑って落ち着いたのか、二人はそれぞれが自分の注文したドリンクを飲み呼吸を落ち着かせる。呼吸が落ち着いた二人は先ほどまでとはまるで別人のような眼で私を見つめていた。

 

 

 

 

「私たちこそごめんね。冷たい態度とか取ってたと思うし」

 

「でも本当の多田さんを知ることが出来て良かったわ。これからは仲良くしましょうね」

 

「……うんっ!」

 

 

 

 

 二人の言葉に私の表情は一気に晴れていく。結局私の言動で二人を勘違いさせてしまっていたのだ。だけど私はこうして今、話した内容はグチャグチャだったかもしれないが言葉にして二人に本当の自分を知ってもらおうとして、結果的に私たちの間に生まれていた誤解を解くことができた。例えそれが自分自身が嫌いな自分を人に曝け出すことだったとしても、本当の自分を知ってもらえて開いた距離を縮めることができるのなら――……、弱い自分を曝け出すという事は決して悪い事ばかりではないのかもしれない。私はそんなことを思ったのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 次の日。私は夕暮れ時に千早さんと東京駅近くのスタバにいた。

 シンデレラプロジェクトの復活ライブはいよいよ一週間後にまで迫っていた。あと一週間後にはシンデレラプロジェクトとして十三人のメンバーと再会しステージに立つ――……、即ちみくとも半年ぶりに再会することになる。みくは声優として活動していると千早さんから聞いていたものの、どれだけネットで検索しても出てくるのはシンデレラプロジェクトとして活動していた時にみくが行っていた声優の活動ばかりで結局“声優 前川みく”としての今現在の詳細は分からないままだった。

 

 でも例えこのまま詳細が分からなくても一週間後には直接会うことになるのだ。みくはどうだろう、私の思っていた通り自分らしさを残したまま変わっているのだろうか。全く変わっていない私を見てみくは何を思うのだろうか。

 色々な想いが私の胸の中で交錯する。あれだけ遠くに思えていたシンデレラプロジェクトの復活ライブが一週間後に迫ってきて、私にはみんなとの再会を楽しみにするワクワク感と言葉では言い表せない妙な緊張感が入り混じっていた。

 

 

 

 

「ここのスタバ? っていうのかしら? 注文するのが難しいわ」

 

 

 

 

 私の向かい側に腰を下ろす千早さんはコーヒーが入ったカップを持ちながら、眉を八の字にしてレジの上に飾られたメニュー板を見つめている。

 

 

 

 

「千早さんってスタバとかあんまり来ないんですか?」

 

「そうね、今日が初めてだわ」

 

 

 

 

 ショート、トール、グランデ、ベンティ……、メニュー板を眺めながら独り言のように呟く千早さん。三度ほど復唱すると次はぐるっと店内を見渡すように首を振る。長蛇の列を作っているレジ周りに店内の席を埋め尽くした大勢のお客さんたち、千早さんはそんな店内を戸惑うように見つめていた。

 

 

 

 

「凄い人気ね……。多田さんはよく来るの?」

 

「はい、好きなんですよスタバ! 暇なときはよく来ます!」

 

「……その割には注文の時、サイズの読み方間違えてなかった?」

 

「えっ!? いや、あは、あはははは」

 

 

 

 千早さんの言葉に思わず冷や汗が出そうになる。そんな私を意地の悪そうな笑みを浮かべて千早さんは見つめると、コーヒーが入ったカップを手に取ってストローを咥えた。

 

 

 

 

 

「それで、結局一周回って元に戻したのね」

 

 

 

 

 一口だけ飲み、再び目の前のテーブルの上へと静かにカップを戻した千早さんは私を見つめたまま呟いた。その視線が私の髪を見つめていることに私はすぐに気が付いた。

 二週間ほど前になつきちたちと遊びに行った日の夜、私はエクステを外すと次の日には美容室に行って髪を染め直した。最後まで似合わなかった黒髪の三つ編みは止め、今までのような少し明るい髪色で肩にかかるくらいのショートカットの髪形に戻したのだ。

 元に戻して鏡に映る自分を見て、やはりこっちの方が自分にはしっくりくると思ってしまう。もう無理矢理に“変わろう”だなんて思わなかった。無理に変わろうとして自分らしさを見失うより、例えロックじゃなかったとしても今の自分をちゃんと受け入れようと思うようになったのだ。

 良いとこも悪いところも含め、これが今の自分なのだと。そんな今の自分を受け入れる意味も込めて、私は元の髪形に戻すことにしたのだ。

 

 

 

 

「はい、やっぱりこっちの方が私らしいかなって思ったので」

 

「良いんじゃない? 今の多田さん、初めて会った時とは別人みたいよ」

 

 

 

 

 ようやく迷いが吹っ切れたのね。千早さんはそう言って優しく笑ってくれた。

 

 

 

 

「本当の自分を曝け出すことって簡単に見えて実は難しいことだと思うわ。『本当の自分を見て幻滅されたらどうしよう』とか『否定されたらどうしよう』って不安や恐怖もあると思うの。私もそれが怖くてずっと周りの人と壁を作っていた時期があったわ」

 

 

 

 

 千早さんの言う通りだった。

 本当の自分を曝け出すことがどれだけ怖くて勇気の必要なことか――……。シンデレラプロジェクト解散と同時にアスタリスクも解散することになって、独りになってしまった私はその事を痛いほど痛感させられていたのだから。

 

 

 

 

「でもね、その恐怖や不安を乗り越えて初めて自分を曝け出すことで新たな自分を知れるようにもなれるし、本当に今まで知らなかった世界が一気に広がっていくわ」

 

 

 

 

 だから、そう千早さんは付け加える。

 

 

 

 

「もう多田さんは大丈夫ね。あとは自分を信じて頑張りなさい。一度きりの人生なんだから、例え間違ったとしても自分がやりたいように進みなさい」

 

「千早さん……。本当にありがとうございます」

 

 

 

 

 私はそう言って暖かい表情で笑みを浮かべる千早さんに深々と頭を下げた。

 “歌う”ということだけに人生を捧げてストイックに生きてきて、壮絶な過去をも乗り越えひた向きに夢に向かう千早さんだからこそ、千早さんの言葉には一つ一つに重みがった。千早さんが教えてくれた“生き残った者の義務”、そして本当の自分を曝け出すことの大切さ。私はその二つの本当の意味を、遠回りはしてしまったが今になってようやく理解することが出来た気がしたのだ。

 

 千早さんのように歌だけで沢山の人に感動や想いを届ける事、未央ちゃんのように常に自分に正直に向き合って舞台の上で役者を演じることで自分という存在を証明する事、みくのように何事にも真摯に向き合ってプロ意識と責任を持って行動する事――……。私はみんなのようになりたいとずっと思っていた。

 だけどそれは単なる真似事に過ぎなくて、本当の意味での“自分らしさ”ではなかったのだ。千早さんには千早さんの、未央ちゃんには未央ちゃんの、そしてみくにはみくの、それぞれが自分に見合ったやり方がある。だから私も誰かの真似をするのではなく、私らしい方法を見つけ出して自分を表現しないといけないのだ。

 

 

 そしてきっとそうやって自分を表現することができれば、いつの日かずっと私が探していた『アイドルを続ける意味』が見つかる気がするから――……。

 

 

 

 

「千早さんにはホントお世話になったんで、コレ、良かったら貰ってください」

 

「……チケット?」

 

 

 

 私が鞄から取り出したのは二枚のチケットだった。先日、打ち合わせの際に会った武内プロデューサーにお願いして貰ったシンデレラプロジェクトの復活ライブの二枚の招待券だ。

 千早さんが招待してくれた765プロの定例ライブに比べたら見劣りするかもしれないが、それでも私は千早さんに見て欲しかった。ようやく知ることができた本当の自分を。

 

 

 

 

「来週の日曜日にあるシンデレラプロジェクトの復活ライブの招待券です。二枚しか貰えなかったんですけど、良かったら観に来てください」

 

「……ありがとう。春香を誘って観に行くわ」

 

 

 

 

 千早さんはそう言うとチケットを受け取り、嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「もー、分からないわ。これ、どうしたら良いの?」

 

「だからこれをこうして、こうしたら……。ほらっ、登録できた!」

 

「これでいいの? メッセージを送るには何処から送ればいいのかしら」

 

「メッセージはここからで、こうやって……」

 

 

 

 

 

 その後、千早さんが最近になってようやくスマートフォンを買った(ずっと使っていたガラケーが壊れたらしい)という話になったので私は千早さんのLINEを聞こうとしたのだが、千早さんは相当な機械音痴だったらしく、LINEの使い方どころかスマートフォンの使い方すら全く分からずに困っていたらしい。

 LINEは勿論、電話の掛け方やメールの送り方すら分からなかった千早さんにいつの間にか私がこうして簡単なスマートフォンの使い方を教えることになったのだ。

 

 

 

 

「美希からもよく言われてたの、『早くLINE始めてください』って。多田さんのおかげで助かったわ」

 

「い、いえ……。あ、千早さんのLINEも登録しておきますね」

 

 

 

 

 一通りの設定が終わり、少し疲れたように溜息をつく千早さん。先ほど千早さんが考えていたLINE IDを検索し、初期状態のままのアイコンになっている千早さんのアカウントを友達登録する。

 そんな感じで私がスマートフォンの使い方を教えていると丁度千早さんが仕事に行く時間になったため、私たちはスタバを出ることにした。空はもうオレンジ色のグラデーションに染まり始めていたものの、夏の始まりを感じさせるかのような暑さが残っていた。

 私たちは並んで東京駅の中を歩くと、改札口の前で足を止めた。

 

 

 

 

「今日はありがとう。来週のライブ、楽しみにしてるわ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 

 

 それじゃ、千早さんはそう言って小さく手を振ると改札を通って私に背中を向けたまま駅のホームへと向かって曲がり角を曲がって行ってしまった。その後姿が見えなくなるまで私は見送ると、電光掲示板に備え付けられたデジタル時計を見る。この後はラジオ収録が入っていたが、それまでまだ一時間ほどの時間があった。収録スタジオは東京駅からすぐの場所だから移動する必要もない。これから一時間、何処で時間を潰そうか――……。

 

 

 そんな事を考えていた時だった。ふとデジタル時計から目を逸らすと、私は東京駅の出口の方へと流れる人混みを見て固まってしまった。

 小さなピンク色のキャリーバック引く茶色のショートカットの女の子。見間違えるはずがない、何年も隣で見てきた大事なパートナーの後姿だったのだ。一気に加速する心臓、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようにして熱くなっていく。

 

 

 

 

「みくっ!」

 

 

 

 

 無意識のうちに私はその名を叫んでいた。もしかしたら人違いかもしれない、そんな事を考えるよりも先に、私の口はみくの名前を叫んだ。

 私の横を通り過ぎようとしていた通行人が一斉に私の方を見ている。だけど肝心のみくは私の声には気付いていないようで、ピンクのキャリーバックを引いたままゆっくりと出口に向かって歩き続けている。

 

 

 

 

 

――みくっ!!!

 

 

 

 

 腹の奥底から私は声を出して叫んだ。駅内放送も電車の音も、全ての音を掻き消すかのような私の声に周り一帯の人たちが私を見ている。だけどそんな周りの視線をまるで気にもしないようにして私はみくの後姿だけを見つめていた。

 

 みくはゆっくりと振り向いた。そして私を見て足を止めると、無言のまま驚いたような表情で私を見つめて固まっている。その時、私は人が溢れかえる東京駅の中で、私を振り返るみくの姿しか目に入らなかった。

 

 

――あぁ、ホントにみくなんだ。

 

 

 ずっとずっと探していた大事なパートナーの姿を見て、私の目頭は熱くなっていた。

 

 

 

 

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