【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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episode,1 最後のチャンス

 

「うん、明日の昼過ぎには大阪着くと思うから」

 

 

 

 

 スマートフォンを耳元に当てながら私はホテルから夜の東京の街を見下ろしている。電話越しに聞こえてくるお母さんの声。ベッドの脇に置かれたサイドテーブルの上には昨日の昼に買った東京から新大阪までの新幹線の切符が置かれている。

 シンデレラプロジェクトのオーディションに受かって高校進学と共に東京へと上京してきてから何度も帰省する度に買っていたこの新幹線の切符。何度も何度も利用してきたはずなのに、机の上に置かれた切符はいつもと全然違う行先の切符のような気がしてならなかった。

 その違和感の正体が、今回買った新大阪までの切符は片道切符だったからだということにお母さんとの電話を切った後にようやく気が付いた。入り口近くに置いたままになっている帰省するときに使っていたのとは異なるサイズの大きなキャリーケース。

 

 私は明日地元の大阪へと帰るのだ。アイドルを辞め、一般人として普通の生活を送るために。

 そう決めたはずなのに――……。私の中には未だにこの街への未練が消えずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.1 最後のチャンス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さんとの電話が終わり私はスマートフォンをベッドの上に放ると、溜息交じりに再び窓の外から東京の街を見下ろした。五年前、期待に胸を膨らませて上京したあの春がつい最近のように思えてくる。ただただ自分の夢が叶うことだけを信じて止まなかったあの頃。シンデレラプロジェクトに参加したもののなかなかデビューが決まらず焦って沢山の人に迷惑をかけたこと、そして李衣菜ちゃんと一緒にシンデレラプロジェクトの最後のユニットとしてデビューしてからのこと、そんな色々なことがあった五年間のアイドル生活も終わってしまった。もう数時間後には四年と四カ月過ごしたこの東京を離れ、地元の大阪へと帰るのだ。

 

 

 

――これから私はどうなるのかなぁ。

 

 

 

 アイドルになる夢を持って上京したものの、結局シンデレラプロジェクトの解散に従い私も事実上の引退。高校も卒業してしまって私は今年で二十歳だ。年明けすぐには成人式も控えている。地元の成人式には参加するつもりもなかったし東京の成人式も高校の同級生ぐらいしか知り合いがいないため参加するつもりはなかった。だが成人式に参加せずとも、自分が二十歳になりもう学生の頃の気分ではいられないのだと思うと自分の将来が心配になってくる。とりあえず地元で就職すると考えると年明けを待たずに就職活動をしなければいけないことになる。だが今までアイドル活動しかしてこなかった私は就活と言っても何からどうすればいいのか全く分からなかった。スーツも買わないといけないだろうし履歴書も書かないといけない。その前にまず求人を募集している企業を探さなければいけない。

 そんな明日から始まる地元での生活を私はボンヤリと考えていた時、ベッドの上からオルゴール調の着信音が流れてきた。おそらくお母さんが何か言い忘れて折り返しの電話でもしてきたのだろう。私は先ほどまで不安でいっぱいのこれからのことを考えていて滅入っていたせいか、電話を取る気にはなれずそのまま放置することにした。

 

 だがオルゴール調の着信音はなかなか止まらなかった。

 

 

 

 

「うるさいなぁ……」

 

 

 

 

 呆れ半分でベッドの上のスマートフォン手に取った私の目に飛び込んできたのは画面に表示された武内プロデューサーの文字。お母さんじゃなかったんだ、私は慌てて通話ボタンを押してスマートフォンを耳元へと持っていく。

 

 

 

 

「もしもし、前川さんですか?」

 

「は、はい。Pチャン、こんな時間にどうしたの?」

 

「前川さんは今、どちらに?」

 

 

 

 

 私はスマートフォンを耳に当てたまま、部屋に入った時から机に置かれたままになっているホテルの案内用紙を手に取る。

 

 

 

 

「西横インホテル、東京駅近くの」

 

「東京駅近くの西横インですね、分かりました。今からそちらに向かってもよろしいでしょうか?」

 

「良いけど……。どうしたの?」

 

 

 

 

 ベッドに備え付けられたデジタルの時計をチラッと見ると、もう二十二時を回っている。こんな遅い時間にどうしたのだろうか。

 

 

 

 

「会って直接お話ししたい事があります。三十分ほどで着くと思うのでホテルの下で待っていてください」

 

 

 

 

 そう言った武内プロデューサーの声の後ろからは車のドアが閉まる音が聞こえ、聞きなれたエンジン音が微かに聞こえてくる。理由は分からないがこんな夜遅くにわざわざ車を走らせて来るくらいだから何かあったのだろう。

 私は状況がイマイチ分からなかったが、ただ「分かりました」とだけ伝え、電話を切った。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 この時間でも道が混んでいたようで武内プロデューサーの電話から四十分ほど経った頃、武内プロデューサーの車が私のホテルの下までやってきた。後ろから続々と続く車に急かされるようにして私は助手席に乗り込む。私を乗せた車はそのままホテルを離れ東京の街へと繰り出していった。

 

 

 

 

「どうしたの? こんな夜遅くに」

 

「前川さん、大阪に帰るのは明日でしたよね?」

 

 

 

 

 質問をしたはずなのに全然関係のない質問で返されてしまった。私は隣で街灯に照らされながらハンドルを握る武内プロデューサーの様子をチラッと窺うようにして見ると、「うん」とだけ呟いた。武内プロデューサーはいつものように相変わらずの無表情で静かに運転をしている。何を考えているのかサッパリ分からなかった。

 

 

 

 

「前川さんが大阪に帰る前に一度しておきたい話がありました」

 

 

 

 

 そう言うと武内プロデューサーはスピードを緩め方向指示器を右に出す。カチッ、カチッ、と静かな車内に方向指示器の音を響かせるとそのままハンドルを右に回した。右折をした車の先に見えるのはファミレス。昔から武内プロデューサーが社外で夜遅くに何か大事な話をする時の場所は決まってファミレスだった。夜遅くにしかもファミレス、この時点で私は何か大事な話があるのだと察していた。

 

 まばらな数のお客さんが見える店内の一番隅の席に座った私たちはドリンクバーだけを注文し向かい合って腰を下ろした。私はついさっき注いできたオレンジジュースをストローを通して喉に運ぶ。武内プロデューサーはコーヒーを注いできていたが手は付けずに自分の前に置いたままにしていた。

 

 

 

 

「それで、話って?」

 

 

 

 

 ストローから口を離し、オレンジジュースが入ったグラスを目の前のテーブルへと戻す。私の言葉に武内プロデューサーは何も返事はしなかったが、その代わりに鞄の中から分厚い封筒を取り出した。

 

 

 

 

「以前、前川さんは何度か声優のお仕事をされたことがありましたよね?」

 

「うん……。ほんの数回だけだけど」

 

「……声優に興味ありませんか?」

 

 

 

 

 そう言って武内プロデューサーは私の前に手に取っていた分厚い封筒を差し出すようにして置いた。真っ先に目に入ったのは封筒の右下に書かれていた見たことのある会社の名前。その右下から登っていくようにして視線を動かすと、封筒の上の部分には大きな文字で『声優育成部門について』と書かれていた。

 

 

 

 

「これって……」

 

「前川さんが以前声優のお仕事をされた会社の養成所のパンフレットです」

 

「声優の養成所……」

 

 

 

 

 私は分厚い封筒の中から沢山のパンフレットを取り出した。封筒から出てきた沢山のパンフレットには養成所の施設やカリキュラム、そして有名声優のインタビューやコメントが掲載されている。卒業生の実績を見ても私が思っていた以上に大手の養成所らしく、あまり声優界に詳しくない私でも知っているような名前がチラホラと見受けられた。

 一通りパンフレットに目を通すと机の上に広げたパンフレットをまとめて封筒の上に重ねる。武内プロデューサーはそんな私をただただ黙って見守っていた。

 

 

 

 

「実は数週間前からこの会社からお話がきていました。もし進路が決まっていないのならば前川さんを是非養成所で受け入れたいと、そう仰ってくれています」

 

「数週間前からきてた話を今まで黙ってたってことは何かあるんだよね?」

 

 

 

 

 図星だったようだ。武内プロデューサーは困ったように手を首の後ろへと持っていくと私から目線を逸らす。そして逃げるように今まで手を付けていなかったコーヒーカップに手を付けると一呼吸して再びコーヒーカップを机の上へと戻した。

 

 

 

 

「私は、前川さんをこのまま終わらせたくありません。アイドルを辞めるべきではないと思っています」

 

「Pチャン……」

 

「ですが前川さんにこの話を伝えるべきかとても悩みました。前川さんは、声優の世界について詳しくはご存知ですか?」

 

 

 

 

 私は黙って首を横に振った。何度か声優の仕事をしたことがあると言っても、ほんの僅かなシーンの名前もないようなキャラに声を吹き込んだぐらいで正直声優がどういったものなのかはサッパリ分かっていなかった。それに声優になろうだなんて一度も考えたこともない。ずっとアイドルとして活動してきてその延長線上で声優の仕事を数回だけしたことがある、といっただけだったのだ。

 だから武内プロデューサーが声優の話を渋っていた理由がよく分からなかった。私からすれば願ってもないチャンスなのかもしれないのに。

 

 

 

 

「近年になって声優は若い世代を中心にかなり志望者の多い役者の一つになっています。声優の主な仕事ですが……、経験された前川さんなら多少なりとも分かっていますよね?」

 

「うん。アニメのキャラの声は勿論、最近はナレーターや映画の吹き替えとも声優がやってるって」

 

「そうですね、メインはそういった仕事ですが最近になって色々と声優界も変わり始めています。以前より露出が増えメディアに出る機会も年々増え続けている傾向にあります。そういったメディアへの出演が増え続ける中で、声優には『声』だけではなく歌唱力やルックスまで求められるようになり始めました」

 

「アイドルとあんまり変わらない、ってこと?」

 

 

 

 

 そうですね、そう呟き武内プロデューサーは静かに首を縦に動かす。

 

 

 

 

「声優志望者と求められる仕事が年々増え続けたため、今の時代で声優として有名になるのはかなり狭き門となっています。正直、アイドルとしてブレイクするよりも声優としてブレイクする方が私は遥かに難しいと思っているくらいです」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「それに加え声優業は昔から他のアイドルや歌手に比べギャラがあまり良くありません。一流の方々は除きますが、大半の声優は声優だけで食っていくことが出来ずバイトもしながらかろうじて食いつないでいる、といったのが現状です」

 

 

 

 

 武内プロデューサーが養成所の話を渋っていたのはこのせいだったのか。私は今、聞かされるまで声優界のことなど何も知らなかった。ただ単にアニメや映画の吹き替えで声を当てるだけの仕事なのだと思っていたくらいだ。だが現状はアイドルと同等、もしくはそれ以上に数多くのものを求められる上にギャラの相場が安い。何も知らなかった声優界の事情を聞かされ、私は思わず黙り込んでしまった。

 

 

 

 

「ですが声優としてブレイクして成功した方々がいるのも事実です。前川さんもご存知かと思いますが、歌手志望だったものの歌手としては花を咲かせれずに声優でデビューした結果、大ブレイクして紅白歌合戦に出場したり東京ドームでライブを行い満員に埋めるまでに上り詰めた方もいらっしゃいます」

 

 

 

 

 その声優は私でも知っていた。声優でありながら全国ツアーを毎年のように行ったり東京ドームを埋め着くほどの集客力を誇ったり、最近は最早声優という枠組みを越えて、有名アイドルの一人となっている。

 

 

 

 

「過酷な道ではあると思いますが、そういった形で歌手やアイドルとして華が咲いたりする方も確かにいらっしゃいます。ですがそういった方々の下にいる分母を考えますと、正直私はあまりお勧めはできません」

 

 

 

 

 武内プロデューサーの言いたい事が何となくだが理解することができた。要するに私を受け入れたいと言ってくれる事務所があるもののそこはアイドルではなく声優としてで、しかも声優でブレイクするのは年々難しくなってきている。その上ごく僅かの本当の一流声優にならないと声優だけでは食っていけず苦しい生活を送る羽目になるのだ。華やかな声優たちがテレビに出る機会が増え続ける中、その陰で何百倍もの声優たちがブレイクすることができず埋もれていく。武内プロデューサーが言っていたように、声優界とはアイドル以上に過酷な世界なのかもしれない。

 

 

 

 

「私が力不足だったせいで音楽関係の仕事を持ってくることができなくて申し訳ございません。ですが、もし前川さんが覚悟を持って声優の世界に飛び込もうというのであれば私は応援しようと思っています。決めてください、このまま大阪に帰るかここで自分自身を信じて声優に挑戦してみるか……」

 

「お願いします、声優をやらせてください」

 

 

 

 

 即答だった。私の迷いのない返事に武内プロデューサーは少しだけ驚いたように私を見つめている。

 私はこのままでは終わりたくなかった。武内プロデューサーから電話が掛かってくる前に何度も思い出していた中学校時代。アイドルになるために上京すると言った私をクラス中の人たちが笑って馬鹿にしていたことを私は今でも覚えていた。

 

「前川じゃ無理だよ」

 

「いつまでそんな夢見たい事考えてんの?」

 

「受験勉強が嫌なだけでしょ?」

 

 冷やかすような目と一緒に投げつけられる言葉たち。嘲笑うようにして私の夢を馬鹿にした人たちがいる大阪に私はこのまま戻れなかった。もし今逃げ帰ったら本当にあの人たちに屈してしまう気がしていたのだ。

 新大阪への片道切符を買った時からずっと考えていた。このまま大阪に帰って良いのだろうかと。だけど土壇場になって武内プロデューサーが私に最後の希望を与えてくれた。それは私が夢見ていたアイドルとは少し離れた世界かもしれない。でもどんなに細い糸でも、しっかりとアイドルの世界へと繋がっている世界だ。

 可能性は限りなくゼロに近いのも承知している。だけどゼロではない限り、私はそのごく僅かな可能性に賭けてみようと思う。シンデレラプロジェクトに参加しアスタリスクとして李衣菜ちゃんと活動した時間を無駄にしないためにも、そして遠回りかも知れないけどいつか夢見た私になるためにも、私の中には迷いなどなかった。

 

 

 

 

「そうですか……。前川さんならそう言うと思っていましたよ」

 

 

 

 

 溜息交じりに笑う武内プロデューサー。私はそんな武内プロデューサーを見て思わず笑みを浮かべると深々と頭を下げたのだった。

 

 

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