【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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episode,7 壊れたままの時計(前編)

 

 

 

 

 

 追い出されるようにして収録スタジオから出た後はあまり覚えていなかった。気が付けば私は収録スタジオの最寄りの駅のホームでぼーっとしたまま座っていたのだ。 

 何度も何度も私の目の前を電車が止まっては通り過ぎていく光景をずっと私は見つめ続けていた。座ったままの私をまるで気にも留めず、電車から降りてきた大勢の人たちが足早に歩き去って行く。

 

 

 

 

“声優の仕事、なめてんじゃねーぞ”

 

 

 

 

 駅のホームで座ったままの私の頭の中には、数時間前に監督から言われた言葉が何度も何度もこだましていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.7 壊れたままの時計(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声優、『後川未来』としての初仕事は苦い結果となってしまった。声優の仕事をなめていたわけでもない、やる気だって気合だって十分に入っていたはずだった。だけど独りで迎える初めてのちゃんとした収録でガチガチに緊張してしまった私はまるで養成所で学んだことを何一つ生かすことが出来ず、結果として私は監督から“クビ”宣告を受けてしまった。私の担当するはずだった女子高生Aの役は違う声優さんが掛け持ちで担当することになり、私は完全に用無しになってしまったのだ。

 

 この仕事で初めて『後川未来』の名前がスタッフロールに載りこれから少しずつ声優としての仕事が増えて、そして私の前を今でも走り続けているであろう李衣菜ちゃんに少しでも追いつくことができたら――……、なんて期待に胸を膨らませていた今朝の自分が遠い昔のように感じる。覚悟はしていたものの、予想以上に過酷だった声優の仕事。早くも私はその現実に打ちのめされようとしていた。

 

 『大丈夫』と言えば嘘になってしまう。もう既に私の心は折れる寸前で、あの寒い冬の日の夜に武内プロデューサーを前にして固めたはずの強い決意は今にも挫けそうになってしまっていた。それでもどうにかして私を踏み止まらせていたのは武内プロデューサーと李衣菜ちゃんの存在だった。

 武内プロデューサーが私の為に高額な養成所の学費をどんな想いで払ってくれたのか、そしていつの間にか私の遥か先の遠い場所へと行ってしまった李衣菜ちゃんのことを考えると私は挫けてる暇などないのだと痛感させられるのだ。私の可能性を信じてくれた武内プロデューサーのためにも、アスタリスクとして活動していた頃のように胸を張って李衣菜ちゃんの隣に並ぶためにも、私はどんなに辛くても苦しくても前を向いて走り続けるしかないのだ。

 

 

 

 

「うん、私ももっともっと頑張らないと」

 

 

 

 

 私は無理矢理にでも自分にそう言い聞かせると、両手の人差し指を唇の両端にへと当て強引に口元を緩ませる。「Power of smile」のキャッチフレーズの元、何よりも笑顔を大切してきたシンデレラプロジェクトにいた頃、メンバーの一人である卯月ちゃんが教えてくれた元気の出るおまじないだ。緊張や不安で自然に笑えない時、私たちはこうやって『笑顔』の練習をして少しでも緊張を和らげていた。どんなにきつくても辛くてもアイドルは絶対に笑顔を欠かしてはいけない――……、武内プロデューサーが何度も教えてくれたアイドルとしての心得だ。今の私はアイドルではないのかもしれないがいずれアイドルに戻ることを目指すものとして、いかなる時も私はこの武内プロデューサーの教えを忘れずに過ごしていた。

 

 

 

 

「笑顔で頑張らないと、Pチャンに心配かけちゃうしね」

 

 

 

 

 私は軽く両手で頬を叩くとほんの少しだけ涙が溜まった眼を強引に拭い、重い腰をゆっくりとホームのベンチから上げたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 それからウサミン星の最寄り駅で降りた頃、私のスマートフォンに電話がかかってきた。電話はバイト先の店長からで、どうも今日シフトに入る予定だった子が体調不良で休みになったらしくその代わりに入れないかという内容だった。あれだけ収録スタジオで怒られた手前、あまり気分も乗らないが家でじっとしてるよりは働いた方が少しは気が紛れるかもしれない。そう考えた私は二つ返事で引き受けることにした。

 

 

 

 

「前川さん、急にごめんね! 一応十一時半までだけど大丈夫かな?」

 

「はい、大丈夫です!」

 

「ありがとう、本当に助かるよ」

 

 

 

 バイト先に直行した私を出迎えたのは申し訳なさそうに私の前で両手を合わせた店長。一応、急遽バイトが入って帰るのが遅くなると菜々ちゃんに連絡を入れると菜々ちゃんも今日は346の瑞樹さんや楓さんたちと飲んでくるらしく、帰りが遅くなるとのことだった。永遠の十七歳とか言ってたのに――……、最近になって雑になり始めた菜々ちゃんのキャラ作りに私は思わず苦笑いをしながら溜息をついた。菜々ちゃんにも今日ダメだったことは報告しようと思っていたが、まだ今は自分の中での整理も出来ておらずあまり話したいとは思っていなかったためこれはこれで良かったのかもしれない。そんなことを考えながら更衣室でバイト先の制服に着替えると、鏡の前でもう一度だけ人差し指で唇の両端を引っ張り笑顔を作って見せる。泣いたせいかちょっとだけ眼が腫れている気もするが、鏡に映って見えるのはかろうじて頬を緩ませて笑えている前川みくだった。ちょっと不自然な気もするけど、まぁ良いか――……、私は再び気合を入れ直すように軽く頬を叩くとそのまま更衣室のドアを開け店内へと入って行った。

 

 今日は平日で天気も悪かったせいか来客数はイマイチだった。朝から降り続いていた雨は夕方には止んだものの、普段と比べて客足が遠のいていたのは間違いなく比較的暇な時間が長かった。こういう日は忙しい方が何も余計なことを考えなくて済むのになぁ、なんてことを私はレジに立ちながら思う。

 そしてトラックで運ばれてくる商品の納品チェックも終え、時計の針が十一時を越えた頃だった。仕事帰りのサラリーマンと思われる中年男性が店内に入って来た数秒後、若い女性が続くようにして店内へと入って来たのだ。茶髪の少しだけウェーブがかかった髪の若い女性は店内の端にある雑誌コーナーで足を止めている。その視線に先にあるのは有名な音楽の月刊誌で表紙を飾っているのはかつての同期であった凛ちゃん。その雑誌を手に取るわけでもなく立ち読みをするわけでもなく、その若い女性はひたすらに見つめていた。

 

 

 

 

「あの、すいません」

 

 

 

 

 突然声を掛けられ我に返る。私が立つレジの向こう側には弁当を持ったサラリーマンが立っていた。慌ててレジ操作をして会計を始める。お金を受け取ってその額をレジに打ちお釣りを出す――……、そして預かった弁当を私の真後ろにあるレンジへと入れた時だった。雑誌コーナーの前で立ち尽くしていた若い女性がサラリーマンの後ろへと並んだのだ。商品を何も持たず、ただただサラリーマンの後ろに並んでいる若い女性はほんの少しだけ苛立ちを募らせているような雰囲気を醸し出している。

 そんな女性に、私は見覚えがあった。正確には私の記憶の中にある“誰か”にそっくりなのだ。だがその人物がなかなか頭に浮かんでこない。間違いなく私の知っている人のはずなのに、誰なんだろう――……。そんなことを考えているうちに温めが終わったことを知らせる音がレンジから鳴り響いた。私は温まった弁当を袋に入れてずっと待っていたサラリーマンに渡し一礼する。弁当を受け取ったサラリーマンは何も言わずに私の前を去って行くと、後ろで苛立ち募らせながら待っていた若い女性が一歩前に出て来て私の前に立った。

 

 

 

 

「タバコ。メビウスのメンソール、カートンで一つ」

 

 

 

 

 私と目も合わせずぶっきらぼうにそう呟く女性。私は「少々お待ちください」とだけ言うと若い女性に背中を向けて後ろの棚からタバコのカートンを探す。

 

 

 

 

――この声、間違いない……。卯月ちゃんだ。

 

 

 

 

 見覚えのある顔、そして聞き覚えのある声、私の目の前に立っているのはシンデレラプロジェクトのメンバーの一人でありニュージェネレーションとして活動していた島村卯月だったのだ。シンデレラプロジェクト始動から僅か半年で脱退してしまった卯月ちゃん、その後何処で何をしているのかは誰も知らなかった。あれから時は流れ、四年半ぶりに見た卯月ちゃんは変わり果てていた。私の記憶の中にある礼儀正しくて優しくて、少しドジなところがあるけど誰よりも努力して誰からも好かれるような愛嬌を振りまいていた卯月ちゃんだったが今、私の目の前に立っているのはまるで同一人物とは思えない卯月ちゃんだった。目にまるで生気がないし、何より人を寄せ付けないオーラが半端なく漂っている。私の知っている卯月ちゃんではなく、見た目は卯月ちゃんなのにまるで中身は別人のように変わり果ててしまっていたのだ。

 

 

 

 

「こちらでお間違いなかったでしょうか?」

 

「はい、そうです」

 

 

 

 

 棚から取り出したタバコのカートンを見せて確認をする。差し出したカートンすら見らずに財布の中を見ている卯月ちゃんはまだ私には気が付いていないようだ。

 どうしようか――……、声を掛けるべきかこのまま他人の振りをしてやり過ごそうか。ここで働き始めて数ヶ月が経過したが卯月ちゃんが来店するのを見たのは今日が初めてだった。おそらくここの近所に住んでいるわけではなく、たまたま今日は近くを通りかかっただけでここのコンビニに寄ったのだろう。ということはもしかしたらこれから先、一度もこのコンビニは来ないかもしれない。

 

 

 

 

「ではお値段四千四百円です。それと……」

 

 

 

 

 もう二度と会うことはないのかもしれない。だけど……、それでも私はこんな変わり果てた卯月ちゃんは見ていられなかった。

 

 

 

 

“島村卯月、頑張ります!”

 

 

 

 

 あの頃のようにそう言って誰にも負けない眩しい笑顔で笑っていた卯月ちゃんを近くで見ていた私は、今の変わり果てたこんな卯月ちゃんを見たくなかったのだ。

 

 

 

 

「もしかして……、島村卯月ちゃん?」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 勇気を振り絞って出した震える私の言葉に明らかに動揺する卯月ちゃん。そして卯月ちゃんは一度私と目を合わせると自然とその視線を私の右胸の方へと移動させていく。私が着ている制服の右胸のポケットの辺りには顔写真付きの名札が貼ってあったのだ。

 ようやく気が付いたのか、卯月ちゃんは驚いたように目を見開き私の眼へと視線を再び戻した。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 予定通り十一時半に交代の人と入れ替わった後、私たち二人はコンビニ近くの公園で肩を並べて座っていた。「もう少しでバイト上がりだから少しお話ししない?」、そう誘ったものの何を話せば良いのか分からず、私たちの間には妙な沈黙が流れていた。

 

 

 

 

「卯月ちゃんは今何してるの?」

 

 

 

 

 その沈黙に耐え切れず、私は口を開いた。隣に座る卯月ちゃんは鞄の中から先ほど買ったばかりのタバコを取り出しており私の方は見向きもしなかった。

 

 

 

 

「派遣のバイトを転々としてる」

 

「そっか……」

 

 

 

 

 卯月ちゃんの言葉を聞き、私はそれ以上聞けなかった。誰よりも夢に真っすぐで必死に努力をしていた卯月ちゃんには346じゃなくても何処かでアイドル活動を続けていてほしい――……、きっとそう思っていたのは私だけではなかったはずだ。私以外のシンデレラプロジェクトのメンバーは勿論、武内プロデューサーもそう願っていた。だけど、現実はそんな私たちの儚い妄想の通りにはなっておらず、隣で慣れた手つきでタバコを吸う卯月ちゃんにはアイドルとして活動していたシンデレラプロジェクトの頃の面影は完全に消え去っていた。そんな卯月ちゃんを見て、寂しいような悲しいような、何とも言えない気持ちになってしまう。

 

 

 

 

「私ね、アイドル、ダメだった」

 

 

 

 

 そう言うと私は思わず両膝の上に置いていた手の平に力が入ってしまい、拳を作ってしまった。卯月ちゃんは私の言葉に何を言うこともなく頷くこともなく、ただひたすらにタバコを吸いながら何処か遠くを見つめるような眼をして聞いている。

 

 

 

 

「シンデレラプロジェクトが解散になったのは知ってるよね?」

 

「う、うん。理由は知らないけど雑誌で見たよ」

 

 

 

 

 鞄から取り出したポケット灰皿に短くなったタバコを押し込みながら卯月ちゃんはそう呟く。

 

 

 

 

「でもどうして? 舞踏会では成果を残せたんでしょ?」

 

 

 

 

 眉を八の字にする卯月ちゃん。確かに卯月ちゃんの言う通り、卯月ちゃんがシンデレラプロジェクトを去ってから間もなくして行われた舞踏会では残った私たち十三人のシンデレラプロジェクトは無事に成果を上げ、部署を存続させることができた。それどころか、舞踏会での成功を機に私たちは瞬く間に人気アイドルグループの一員になりメディア出演が爆発的に増えたのだ。毎日のように取材や収録があり、定期的に大きな会場で沢山のお客さんの前でライブを行って、多忙な毎日だったがアイドルとしては本当に幸せな毎日を送っていた。

 だがそんな幸せな日々も束の間、次第に仕事が減り始めたかと思えばある夏の終わりの日に突然美波ちゃんから聞かされた武内プロデューサーの解雇の話。そして武内プロデューサーの退社と同時にシンデレラプロジェクトは解散。始動から五年弱の日々はあっという間に過ぎ去ってしまったのだ。

 

 

 

 

「Pチャン……、武内プロデューサーがクビになったの。突然だったけど常務の命令だったんだって」

 

「え? プロデューサーさんがクビ!?」

 

 

 

 

 さすがにこのことまでは知らなかったらしい。卯月ちゃんは驚いたような声を上げると目を見開いて私を見つめていた。

 それから私はシンデレラプロジェクトの最期を卯月ちゃんに話すことにした。346の他の部署へ異動することとなったみりあちゃんと莉嘉ちゃん、社員として働くこととなった杏ちゃんの三人は346に残って、美波ちゃんと智絵里ちゃんの二人はそれぞれ別々の場所ではあるが女子アナになり、アーニャちゃんときらりちゃんはファッションモデル、蘭子ちゃんと凛ちゃんはソロシンガーとして他社へ移籍、未央ちゃんは本格的に舞台女優へと転向、かな子ちゃんは結婚しアイドルを引退、そして――……私と李衣菜ちゃんのユニットだったアスタリスクもシンデレラプロジェクト解散と同時に解散したこと。私はシンデレラプロジェクトのメンバーたちが選んだバラバラの生活を包み隠すことなく知っている全ての事を卯月ちゃんに教えた。

 

 

 

 

「李衣菜ちゃんとは何度も話し合ったよ。話し合ったうえであたしから解散しようって伝えたの」

 

 

 

 

 あの雪が降り注ぐ冬の日の夜、ファミレスで李衣菜ちゃんと話し合って決めたアスタリスクの解散。そしてそれから何度も一人で色んな会社のオーディションを受けに行ったが結局シンデレラプロジェクト解散の日までに私一人だけが進路を決められなかったこと、そんな半年も経過していない日のことなのに今の私はとても昔のことのように感じる。

 

 

 

 

「もうアイドル辞めて大阪帰ろうかと思ったよ。さすがのあたしでも心折れかけてたし」

 

 

 

 

 あの日のあの時、最後の最期で武内プロデューサーが会いに来て声優の養成所を紹介してくれなかったら私は大阪に帰っていただろう。そしてもし大阪に帰ってアイドルになる夢を諦めていたら――……、私も今の卯月ちゃんのようになっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「でもね、大阪に帰る前日にプロデューサーがあたしに会いに来てくれて声優の養成所を紹介してくれたの」

 

「声優の養成所?」

 

「うん! ほら、あたしってたまに声優のお仕事とかもしてたでしょ?」

 

 

 

 

 それから今まで菜々ちゃん以外の誰にも話をしなかったあの時の事も少しだけ話をした。武内プロデューサーが声優の養成所を紹介してくれて学費を一括で払ってくれたこと、そんな武内プロデューサーのためにも絶対に有名声優になって恩返しをすると誓ったこと――……。私はあの時、武内プロデューサーが差し伸べてくれた手を握ることができた。それが結果として正解だったか間違いだったか、それは今はまだ分からない。だけど、大阪に帰らず声優を目指して東京に残ったことを私は後悔はしていなかった。声優の世界がどれだけ厳しくて大変でも、それでも私はあの時武内プロデューサーが差し伸べてくれた手を握ることができてよかったと思っている。

 卯月ちゃんは――……、そんな私と違って武内プロデューサーが差し伸べてくれた手を握ることが出来なかったのだ。だからきっとこうして夢を諦めきれず、かと言って夢に再び向かうことも出来ず、四年半が経った今でもなお燻り続けているのだろう。タバコを慣れた手つきで吸う、今の変わり果てた卯月ちゃんを見ていると間違ってもアイドルを辞める選択を心底正しいと思っているようには見えないのだ。年齢関係なく誰に対しても敬語で礼儀正しくて、そして常に前だけを向いてキラキラした瞳で頑張っていたあの頃の卯月ちゃんを知っている私には、今の卯月ちゃんはアイドルを辞めたことを後悔しているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

「それから暫くしてみんなで集まってプロデューサーの送別会をすることになったんだけどね、その時卯月ちゃんのことをプロデューサーが話してたよ」

 

「ぷ、プロデューサーさんが私の事を?」

 

 

 

 

 卯月ちゃんは再び驚いたように目を見開いている。

 

 

 

 

“ただ……。強いて言うならばメンバー『全員』を笑顔で旅立たせることができなかったことだけが唯一の心残りですね”

 

“どうしてあの時、無理矢理にでも手を引いて連れ戻さなかったのか、今でも後悔してます。島村さんが苦しんでいることにもっと早く私が気が付くことができていたら……”

 

 

 

 

 送別会の時の武内プロデューサーの言葉を私は今でも鮮明に覚えていた。シンデレラプロジェクトに参加して長い時間を一緒に過ごしてきて、あんな弱音を吐いた武内プロデューサーを見たのは初めてだったのだから。凛ちゃんや未央ちゃん以上に、武内プロデューサーは卯月ちゃんの脱退に心を痛めていたのだ。

 

 

 

 

 

「うん、もしかして気になる? 気になるなら直接聞いてみたら?」

 

 

 

 

 私の言葉に卯月ちゃんは罰の悪そうな表情を浮かべると視線を逸らし下へと向ける。

 

 

 

 

 

「卯月ちゃんにも色々あると思うけどさ、このまま終わるのは勿体ないと思うよ」

 

 

 

 

 こんな卯月ちゃんを私はこれ以上見たくなかった。自らの意思でアイドルを辞める選択をしたとはいえ、結局卯月ちゃんは自分自身を納得させることが出来ずに四年半もの時間を過ごしていたのだ。きっと卯月ちゃんにも色々な葛藤や悩みがあるのだろう。それでも、例えそれが私のただの願望だとしても、卯月ちゃんには――……、卯月ちゃんだけには迷ってほしくなかった。誰にも負けない笑顔で誰にも負けない熱い気持ちでひた向きに夢に向かっていた卯月ちゃんの姿に私たちシンデレラプロジェクトのメンバーたちは何度も心打たれて勇気を貰っていたのだから。

 どんなに辛くても苦しくても、絶対に夢を諦めないでほしい。まるで今の私自身に言い聞かせるような気持ちを卯月ちゃんにも抱いていた。

 

 

 

 

「これ武内プロデューサーの番号。一回直接会って話してみたら?」

 

 

 

 

 鞄から取り出したメモ用紙にスマートフォンの連絡先に残っていた武内プロデューサーの電話番号をそのまま書き写し、卯月ちゃんに押し付けるようにして差し出す。そのメモ用紙を受け取った卯月ちゃんは何も言わずにずっと武内プロデューサーの番号が書かれたメモ用紙を握り締めては見つめていた。

 武内プロデューサーなら、きっと卯月ちゃんを助けることができるはず。何よりも、時には自分を犠牲にしてまで私たちアイドルを大切にしてくれた武内プロデューサーならきっと――……。

 

 

 

 

「ありがとう、みくちゃん」

 

 

 

 

 メモ用紙を握り締めたまま、そう呟いた卯月ちゃん。そんな卯月ちゃんの瞳にはほんの少しだけだがあの頃毎日のように輝かせていた明るい光が宿ったようにも見えた。

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