恋と勇気   作:王子の犬

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元々はエイプリルフールに小話を提供してみようと思い、一話あたり三千字前後になるよう話を構成しました。結局間に合わなかったわけなのですが、楽しんで頂けたら幸いです。



恋と勇気
一、回顧


 

 篠ノ之束(しののの たばね)は天才だった。機械工学、情報工学など科学技術の分野では他者の追随を許さない天才だった。天才であるが故に、分からないことはすべて解決できると思い、この世に解決できない問題は存在しないと考えていた。

 晩ご飯を終えて自室に戻ると、愛する妹が風呂上がりなのか浴衣姿でたずねてきたので快く迎え入れた。どんな手段を使ってでも、妹の頼み事を解決してきた束は今回はどんなお願いをしに来たのか、と微笑みながら話を聞いた。

 

「らぶれたあ?」

 

 妹からキラキラとした視線を向けられていた。しかし束は妹の言葉をすぐに理解することができずに、間抜けにも素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出していた。焦る心を抑えつつ頭をフル回転させて妹の言葉を確かめた。

 

「ほ、(ほうき)ちゃんが……書くんだよね」

 

 こくりと頷く妹。落ち着きがなくしきりに手足をもじもじと動かしていて、束は妹ながらこの場で食べてしまいたい、と(よこしま)な思いに駆られていた。牙を隠しながら妹の瞳を見つめると、束に任せれば大丈夫だと信じ切っている様子だった。

 しかし束といえば、「箒ちゃん! やめて! そんなキラキラした笑顔で私を見つめないで!」と考えながら、夏にしては涼しい夜にもかかわらず、脂汗をかいていた。

 

「そうだよ」

「……だよね」

 

 篠ノ之束は思った。どうする天才。天才ならでは完璧な回答をするべきだ……いや、できるはずだ。……ごめんなさい。嘘をつきました。

 束には初恋の記憶がなかった。親友というか束が一方的にまとわりついている幼なじみがいた。しかしその幼なじみは女だった。彼女が男ならと悔し涙を流したことが何度もあった。そこら辺の男よりも男らしい織斑千冬のすぐ傍にいたせいか、彼女を基準にしてしまい、自然と求める条件を厳しくしていたことに束は気付いていなかった。

 

「らぶれたあ……なら、どんなところが格好いいとか、好きとか書けばいいんじゃないかな」

 

 思いつきで口にしてみたが、何とも締まりの悪い言い方だった。しかし経験値ゼロの身としてはこれが精一杯だった。

 

「うーん……」

 

 妹は要領を得ない様子で考え込んでいた。相変わらず束は笑顔を貼り付けながら、心の中では頭を抱えてゴロゴロと転がり回っていた。あいまいな言い方だったので納得していないのは妹の顔を見れば明らかだった。

 

「正直に伝えればいいと思うよ。手紙を渡したら、自分の口でも好きって伝えたら……いいと思う」

 

 ラブレターに定型文は存在しないのだ。好きなものは好きだからしょうがない、と開き直ってしまうのが一番と考えた。決して破れかぶれな気持ちではなかった。

 束の中で好き(LOVE)とはこの男の子供を産みたいと感じるか、だった。今のところそこまでの男性に会ったことがなかった。

 田舎だからさほど楽しみはなかったが、幸い通信網が発達していたおかげで束にとっては娯楽には事欠かなかった。しかし、クラスの女子の中には男子に告白、または告白されて付き合いだした者がいると千冬から聞いていた。中には男女の関係に発展した者もいるのだとか。束は断っていたが、告白されたのは一人や二人ではなかった。普段のとんがった言動から、顔なじみの者ならば男女の関係になりたいか、と問われて等しく首を振るのだが、遠くから眺めていて勇気を振り絞った者などはそんな束の素性を知らない。黙っていれば美人。頭脳明晰だが言動が残念、というのが千冬を含めた幼なじみたちの共通認識だった。

 だからといって小学生の妹が男女のもつれに発展するようなことをするかと言えば、限りなくゼロに近いと言えた。もし狼藉(ろうぜき)を図るようなら強制性転換も辞さぬ心構えでいて、実際に方法を調べたらあまりに痛かったので釘を刺すだけに留めることにした。

 

「うーん。好き……立ってる姿も剣を振ってる姿もすごく好き!」

 

 純粋な妹だった。惚れさせたのはどこの甲斐性持ちだ、と考えを巡らせていたが、ふと妹が口にした「剣を振ってる」というキーワードから対象を絞り込むことにした。剣を振る場所と言ったら道場で、この辺りに道場と言えば父、柳韻が経営する篠ノ之道場しかなかった。

 では、門下生の男子の中に妹と同年代の子供はいるのだろうか。男女ともに数名ずついた。このうち妹と仲良くしている子は二名に絞ることができる。どちらも剣筋が良い。物心ついたときから竹刀を振っている妹はその年代ではかなりの腕だったが、この二人はさらに強い。ライバルと言っても良い間柄だった。どちらだろう、と思いをはせていたら、強いから惚れるとは限らず、同年代である保証もない事に気付いてしまった。推理に欠陥があった。これ以上は絞り込めないな、と思ったとき、束はもっと簡単な解決方法を思いついていた。

 そうだった。肝心な事を聞き忘れていた。

 

「箒ちゃん。誰に渡すの? よかったらお姉ちゃんに聞かせてくれないかなあ」

 

 好奇心から出た言葉だった。考えてもしょうがないので聞いてみることにした。もしかしたら将来の弟になるかもしれない。ならない可能性の方が高かったが、人生どう転ぶか分からないので今の内に聞いておきたいと思った。

 妹は何度も大げさに深呼吸をして、意を決してその名を口にした。

 

「いひゅか」

 

 期待していたら()んだ。道場ではお転婆なしっかり者で通っている妹だったが、人前で気を張っているだけのこと。気を抜いたらまるでだめだめな妹だった。

 

「お、落ち着いて、ね? ゆっくり一文字ずつ言おうか。お姉ちゃん逃げないから」

「う……うん」

 

 妹は目尻に涙を浮かべた。

 ……可愛いなあもう。束は自分が男だったら妹のお婿さんになれたのに、と背徳的なことを考えながら彼女をあやした。

 

「落ち着いた?」

「うん!」

 

 妹の元気良い返事を聞いて、束も嬉しくなった。焦らせないように落ち着きを払った声音で妹の好きな人の名を聞いた。

 

「じゃあ、教えてくれるかな」

「い……いちか」

 

 いちか――織斑一夏のことだろうか。束は確認のため友人の名前を引き合いに出した。

 

「ちーちゃんとこの?」

「……えへへ」

 

 妹が嬉しそうにはにかんだ。

 ラブレターを渡すとはつまり愛の告白である。織斑千冬(ちーちゃん)姻戚(いんせき)関係を結ぶのは悪くない考えだった。気の知れた仲間とできることならずっと傍にいたいと思っていたからだ。

 

「ありがとう! お姉ちゃんの言ったとおりに書いてみる!」

「がんばってねー」

 

 妹の足音が遠くなっていった。

 束は椅子にもたれかかって、「そっかー。あの子もそんな年か。私もうかうかしてられないなー」と独り言を口にしていたら、ふと大事な事に気がついて、妹の後を追うべく部屋を飛び出していた。

 ちょっと待って。あの子は――――。

 

 

 




次回、「二、再会」

※束の性格が普通っぽくなっているのは仕様です。

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