恋と勇気   作:王子の犬

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二、再会

 

 

 

 篠ノ之箒は頬杖をついて自己紹介の番が来るのを待っていた。

 姉である篠ノ之束博士の意向からIS学園に入学が決まったとはいえ、姉が敷いたレールの上を走るしかない自分に苛立ちを感じていた。姉が産み出したIS――無限の成層圏(Infinite Stratos)――と呼ばれるパワードスーツは世間から見たら扱いに困る色物だった。既存兵器を超える存在だという説が提唱されており、白騎士事件やロンドン内戦等をその説の根拠と据えるには未だ検証が不足しており、IS利権に群がる何者かが仕掛けたマッチポンプの疑惑を振り払うことができないまま議論が続けられていた。ISの欠陥――すなわち女性にしか起動できないことから一部の女性が声高に待遇是正を主張していたが、彼女らの運動は現代の女権拡大の緩やかな流れに一石を投じたにすぎなかった。

 一年一組副担任の山田真耶が出席簿に目を落としながら齢一五歳の少女達を五十音順で名指ししていく。

 箒は「し」だから一〇人目くらいだろう、と考えていた。席を立つ。簡単な自己紹介。椅子に座る。そのリズムに従えばよかった。

 ふと教室が静かになり、真耶がおっかなびっくりと言った風情で教壇の正面に座っていた生徒に声をかけた。その生徒は薄目のままぼうっと一人の世界に没入していたが、真耶の声に気付いて驚いた様子だった。

 

「次、あなたの番ですよ」

「す……すみません」

 

 肩をすくめる姿に周囲の生徒がくすくすと笑ったので、箒もつられて相好を崩した。

 生徒は慌てて左右を見回し、後ろを振り返って愛想笑いを浮かべた。深呼吸をしたかと思えば、ゆっくりと席を立った。箒も含め、教室中がその生徒に注目していた。

 

「……織斑一夏です。よろしくお願いします。ええっと」

 

 箒は目を見開いた。懐かしい音の響きだった。意識の隅でほろ苦い思い出となっていた存在であり、もはや再会は叶わないと諦めていた者の名前だった。

 

「私の夢は三つあります。一つ目は世界一のIS操縦者になること。二つ目は姉を超えること。三つ目は姉を守れる女になること。以上です!」

 

 凛とした姉とは異なり、(はかな)げな雰囲気をまとった清楚で可憐な少女だった。はっきりと自分の夢を語った少女の横顔に懐かしさがあふれ出した。

 彼女、つまり織斑一夏は姉のアドバイスを受けて必死になって書いて、そして渡せなかった「らぶれたあ」の相手だった。

 

 

 恋に落ちたのだ。

 織斑一夏と再会したことで幼い頃の恋の燃えかすが再び火勢を強め燃え上がった。篠ノ之箒は織斑一夏の事が好きで好きでたまらなかった。

 だから、常に一夏の事を意識していてながらそっけない態度を取る自分をしかりつけていた。一夏は織斑千冬の妹であり、気さくな印象から彼女に話しかける者が後を絶たなかった。最初に話しかけて屋上に連れ出したときは自分を褒めたくらいだった。しかし、それからはなかなか話しかけることができなかった。偶然同室になったとはいえ、やはり虚勢を張ってしまいうまく話せずにいた。

 そして迎えた朝のSHR(ショートホームルーム)。煩悩との葛藤でなかなか寝付けなかった箒ではあったが、カフェインの錠剤で睡魔を飛ばして教壇に立った千冬の言葉を待っていた。

 織斑千冬はクラス代表を一組のクラス代表を選出するべくよく通る声で告げた。自薦他薦を問わない、とすれば誰かが手を挙げるだろうと考えていた。チラと妹に視線をやれば、手を挙げるような気配はなかった。今は母国に帰ってしまった凰鈴音の姿を思い浮かべ、彼女ぐらいの積極性が一夏にもあればと願っていた。

 一夏に対する共通認識は織斑千冬(憧れ)の妹。実力は未知数だけど多分凄い……かも、という程度だった。自己紹介の時に大言壮語を放っていたので全員の印象に残っていたにすぎなかった。だから、その生徒は軽い気持ちで手を挙げた。

 

「織斑さんがいいと思います」

 

 同じ事を考えていた別の生徒が手を挙げて賛成した。当の一夏は場の流れについていくことができず、推薦者の右に左に、と推薦者の顔を見つめることしかできなかった。

 箒も一夏の実力が見てみたいということもあって、場の流れを静観していた。

 このまま行けば一夏で決まり、と千冬がクラス代表決定の音頭を取ろうとした時だった。

 ゆっくりはっきりとした澄んだ声音。底冷えのする暗い炎が燃え広がり、箒は抗議の声を上げた主の姿を見つけた。

 

「一夏さん。あなたはクラス代表に不適格です」

 

 セシリア・オルコット。英国の代表候補生にしてBT型二号機(サイレント・ゼフィルス)主任搭乗者(専用機保持者)。亡国機業に強奪されたはずのBT型一号機(ブルー・ティアーズ)と繰り広げた()()()()()()()()の勝者。現代に(よみがえ)った猟犬にして五〇日間に及んだ戦争(ロンドン内戦)の生き残り。瓦礫(がれき)の山と化した英国首都(ロンドン)における数少ない生存者。英国王を守った円卓の騎士――等々、異名には事欠かない。

 IS学園には休暇(バカンス)で留学したとも揶揄(やゆ)される有名な少女だった。

 一夏は引きつった愛想笑いを浮かべ、カツカツと一定の間隔で床に打ち付けられるヒールの音に向かって顧みた。最初に見たのは右手の甲に深く残された生々しい傷跡。ロンドン内戦の前半、反乱部隊が世界初のISの軍事投入を行い、量産型メイル・シュトロームで迎撃を行ったセシリアが撃墜された時に受けたものだった。

 

「愛想笑いばっかして、わたくしをバカにしていますの」

 

 低い声音。決して殺気を発散しているわけではない。平和ボケした緊張感の無さが勘に障ってへそを曲げているにすぎなかった。静かに言葉を紡ぐだけで恐ろしいまでの威圧感を放っていた。

 

「私はそんなつもりじゃ」

「へらへら笑うあなたを見ていると不快ですわ」

 

 口調はあくまで静かだった。だが、明らかに嫌みだとわかる。

 セシリアは千冬を一瞥(いちべつ)し、わずかな時間の中で謝意を示すように目を伏せた。その意図に気付いた千冬が頷くのを見て、傷跡を隠そうともせず右手を一夏の顎に添えて、そっと上向けた。そして突然見下すように侮蔑に顔を歪め、

 

「姉の七光りのくせに」

 

 と呪詛(じゅそ)の刃を突きつけた。愛想笑いを浮かべていた一夏の表情が凍った。教室の空気までも温度が下がって誰も声を発しなかった。

 緊張の呪縛からいち早く逃れた箒は、机を叩きながら勢いよく席を立った。

 

「オルコット! いち――織斑さんに言い過ぎだ!」

「篠ノ之さん、座ってくださいまし。この争いにあなたが出る幕ではないですわ。まあ、あなたがクラス代表に立候補するならわかりませんけれど」

 

 箒は唇を噛んだ。搭乗時間、技量、修羅場をくぐった数からしてセシリアの足元にも及ばなかった。

 

「篠ノ之束の妹ならわたくしに勝てるのかしら?」

「……あの人(姉さん)は関係ない。私はあの人と偶然姉妹だっただけで、あの人じゃありませんから。それに私の力ではオルコットに勝てない」

 

 事実だった。すべて事実なのが憎らしかった。剣術を修めたからこそ、今の箒ではセシリアに()()()()()()()()()()()()()()()と認めてしまった事が憎らしかった。そして絶望的なまでに未熟な自分を恥じた。

 

「あなた、賢いですわ。ご自分の力量を知るくらいには」

 

 勘に障る物言いをした。せめて一矢でも報いようと睨みつけるが、セシリアが動じた様子はなかった。

 

「睨まないでくださいまし。わたくしはあなたよりも生き残る術を知っている。それだけのことですのに」

 

 そう言ってくすくすと笑った。

 

「篠ノ之さんまでバカにしないでよ」

「あら怒りました? ちゃんと感情表現ができましたのね」

 

 嘲るように笑うセシリアに向かって、震えた声音を向ける一夏。彼女の瞳は敵愾心(てきがいしん)に燃えていた。

 

「大方織斑千冬(ブリュンヒルデ)の妹だからとちやほやされてきたのでしょう? 今みたいに守ってくれる人がいて(うらや)ましいですわ」

 

「私は……そんなんじゃない」

「口にするだけなら誰でもできますわ」

 

 顎から手を離し、腕を組みながら眼下の少女を見下ろした。一夏はセシリアの視線に抗うように声を上げた。

 

「私は……織斑一夏だ。織斑千冬(姉さん)の妹だからとか、そんなのは関係ない!」

「なら証明してくださいまし。力を見せつけてくださいまし。わたくしを押し倒して股ぐらを貫いて喉笛を噛みきってくださいまし……」

 

 セシリアはそれまでのお嬢様然とした雰囲気を捨て、捕食者を連想させる獰猛(どうもう)な顔つきに変わった。その瞳は狂気に近い(あで)やかな(たか)ぶりを映し出していた。

 

「さあ! 決闘しましょう! 貴族たる者、淑女たる者、立ちふさがる敵はすべてなぎ払わねばならないのです!」

 

 演技がかった物言いだった。それはロンドン内戦がセシリアに残した傷跡だった。反乱部隊(同胞)との殺し合いが彼女の精神構造を歪めていた。幼児期の多くの時間を剣術に費やした箒にはセシリアがある考え方に染まっていることに気付いた。

 

「やめろ織斑さん! その決闘は」

 

 受けるべきではない。その考え方、活人剣ならぬ殺人剣だった。

 セシリアは一夏を完膚無きまでに叩きのめすつもりでいた。そしてあちら側に引きずり込もうとしていた。

 

「……受けて立ちます」

 

 一夏はセシリアを睨みつけた。

 

「聞こえませんわ」

「セシリア・オルコット! その決闘の申し出、受けて立ちます!」

 

 激しい気勢だった。箒は目の前が真っ暗になるのがわかった。

 

「そう来なくては」

 

 セシリアは弾んだ声音の後で妖艶に舌なめずりし、声にすることなく歌を紡いだ。

 

 ――共に楽しい、楽しい、円舞曲(死合)踊り(致し)ましょう――

 

 

 




次回、「三、悩み」
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