一ヶ月に一度あるかないかの頻度で姉が電話してきては「付き合っている男の子はいないのか」と聞いてきた。そのたびに「一夏が好き。忘れられない」と伝えると、姉はいつも押し黙ってしまう。そして言いにくそうにこう告げた。
「
電話越しに悲しそうな声音が聞こえてきた。これまでのやりとりから言い返しても無駄だと知っていたので姉に言わせたいようにさせていた。
「……おかしいよ」
電話が切れた。携帯端末を机に置いて天井を見上げた。
箒が一夏を好きなことこそ姉との不仲の最大の原因だった。箒は常に性のあり方を自問し続けていた。同性を好きになることはおかしいことなのか。世間的にはおかしいだろう。少なくとも公表したところで良い印象は持たれない。故に隠し通した。幸い一年おきに転校していたから事実に気付く者はいなかった。
幼かった頃は女の子を好きになることがおかしいとは考えていなかった。一度好きだという気持ちを自覚してしまったら、もうだめだった。想いを止められなかった。
一夏の心が欲しかった。自分だけを見て欲しかった。男はもちろん、他の女とも楽しそうに
箒はふと気付いた。一夏はどうなのだろう。一夏が好きなのだと告白したとき、同性を好きな自分を受け入れるだろうか。……どんなときでも姉は正しかった。怖くなった。一夏に否定される自分を想像したら、決して友達の関係から外れてはいけないのだと言い聞かせるしかなかった。
▽
「箒」
名を呼ばれてどきっとした。物思いにふけっていた箒は、一夏と一緒にアリーナのシャワー室にいることを思い出した。
セシリアとの試合までに準備期間として一週間与えられていた。しかし他の生徒とぎこちない試合を繰り広げても許されるような余裕はなかった。彼女は四組にいる日本の代表候補生を相手取る方がまだマシと感じるほどの強敵だった。
対策はとにかくISに乗ること。基本動作は習得しているので試合形式で経験値を底上げし、ロンドン内戦時の
「今日は助かったよ。箒がいてくれなかったらどうなっていたか分からなかったもの」
激しい訓練をしたせいか、肌寒い四月にもかかわらず汗ばんだ体がべたべたして不快だった。
一夏と箒はISスーツを脱ぎ捨て、全裸になっていた。昔一緒に風呂に入った事を思い出し、顔を上げて一夏の全身を視界におさめた。
男の子みたいだった一夏の体はしばらく見ないうちに柔らかな曲線を描いていた。顔も、首も、胸も、腕も、腰も、脚も、何もかも。
「私ではあいつに勝てないが、お前の練習相手ぐらいならなってやれるからな」
「箒は優しいな。昔と全然変わってない」
一夏は優しく微笑んだ。昔と変わらない表情に安心感を覚え、そして胸がしめつけられた。
「お前はずいぶん変わったではないか。男の子みたいにやんちゃだったのに……その、しおらしくなってて」
箒は恥じらいながら正直な思いを口にした。共に剣を振るい泥だらけだった一夏は、可憐に咲き誇る一輪の花のように思えてならなかった。もっとほめてやりたかったが、箒にはそれが限界だった。
すると一夏が頭を抱えていた。
「うっわー。やっぱり箒も男の子みたいだと思ってたんだ」
「……ま、まあな」
箒は否定できなかった。同じクラスだったから一夏が女の子だと知っていたが、それ以上にとても男らしかったことも知っていた。
「やっぱりか……。中学に上がってスカートはいても男みたいだって言われてたもんな」
彼女の言葉が想像通りで笑みがこぼれた。
「これでも頑張ったんだよ。お洒落とかいろいろ。中三の時は男の子に告白されたし」
「えっ」
箒は短くかすれた声をもらしていた。ずっと恐れていたことだった。既に織斑一夏の心と体が他人に汚されていること――。
泣きそうな顔をした箒を見て一夏が笑った。
「箒ったらそんな顔しないでよー。勉強が忙しかったし、タイプじゃなかったから断ったよ」
杞憂で良かった、と箒は思った。自分を言い聞かせるように声に張りを持たせた。
「あ……ああ、そうだよな。そうだな」
「へえ。箒は私が男の子と付き合ったら嫉妬するんだ」
「一夏は可愛いからな。変な虫は追い払ってやるつもりだった」
「ありがとー」
箒はレバーをひねって湯の勢いを強めた。
「でも、箒だって変わったじゃない」
「何が。さっき変わっていない、と言ったじゃないか」
「さっきのは性格の話。今のは……こっちの話!」
突然悪戯を思いついたような顔つきになった一夏に、箒は悪い予感がしてとっさに身を引いたが、判断が僅かに遅れていた。
箒の後ろに回り込んだ一夏が、透き通った白い両手で箒の乳房を包み込んでいた。シャワーの温水とはまた違った感触、そして自分で触るのとは違った心地よさを感じながら、不意に意識が緩んだ口から嬌声に似た艶やかな声が漏れた。
慌てて自分の口を塞いだ箒は恐る恐る顔を上げると、
「ちょっとキュンって来ちゃった」
そこには目を輝かせ、顔を赤らめた一夏の姿があった。
「……箒こそちゃんと女らしくなったんだね」
「失敬な。一夏、ふざけるのも大概にしろ」
頬をふくらませた箒を見て、えへへ、と一夏が笑った。
「でもさ」
「何だ」
「箒の体が羨ましいなあ」
そう言って自分の慎ましやかな胸をもみしだく一夏。バストが小振りな割りに、腰が細いので見た目よりトップとアンダーの差が大きいと見た。
「千冬姉みたいに大きくなるかな、って思ってたんだけど。なかなか思い通りには行かないんだよね」
一夏は自分と箒の乳房を見比べ、しばらく自分で揉んでいたが諦めてため息を吐いた。
「何がいけないのかなあ」
「私からはアドバイスができない」
「え~何で? 何か秘訣とかコツとかないの?」
「ない」
嘘ではなかった。毎日早寝早起きを心がけただけで、特に努力をした覚えはなかった。
一夏が万策尽きたように深いため息をついて「努力するしかないか」と呟いていた。
「……先生に頼んでデータ集めしないとなあ」
「サイレント・ゼフィルスの?」
「そう」
ロンドン内戦について多くの動画が残されていた。無線基地が生き残っていたことや移動通信局が戦火をかいくぐって走り回っていたこともあって、反乱部隊の侵攻を目の当たりにしたロンドン在住のジャーナリストや一般市民が次々と動画や音声、写真をアップロードしていた。政府が軍事機密の観点からこれら動画等をすぐに削除して回ったが、先日この内戦をテーマとして扱ったドキュメンタリー映画が公開されて話題を呼んでいた。
その映画は真実だが、限りなく虚構と錯覚するような構図で内戦終結までの一部始終を伝えていた。クーデターを企図した反乱部隊の決起。機甲部隊同士の衝突。ISの実戦投入。破壊されていくロンドン市街。朝焼けの中で刺し違えるBT型一号機と二号機の姿もまた映し出されていた。
「市街地戦だからあまり参考にならないかもだけど、ないよりはマシ」
「だが、オルコットは接近戦も手練れだぞ」
「どうしてわかるの?」
「剣気というか、立ち振る舞いというか……人間が放つオーラみたいなものだな」
「ふうん」
一夏はレバーを回してシャワーを止めた。シャワー上部の物置から白いバスタオルをつかむと、体を濡らす雫を拭き取っていた。
箒も彼女に習った。体を拭き、バスタオルを髪に宛がって水分を取り除くだけで結構な時間がかかった。
「それでね。箒……」
ロッカーの前で着替えながら一夏とあれこれ雑談を交わし、時折不機嫌になったり笑ったりする声が続いた。
この時間がずっと続けばいいのに、と箒は願った。
次回、「四、告白」