可能な努力はすべて実行した。
圧倒的な実力差の前に、何度も無駄な努力と心が折れそうになったが、それでもやりとげた。勝率ゼロ%を一%に上げるためには何もかもが必要だった。
そして試合前夜。早めに訓練を切り上げた一夏と箒は夕食を終えて自室に戻っていた。
「ついに……明日か」
箒は瞬く間に過ぎていた一週間を思い出しながらベッドで横になっていた。
隣のベッドには一夏の姿が見える。緊張しているらしくなかなか寝付けないでいるらしい。
「緊張しているのか?」
「……もうすっごく」
寝転がったまま深呼吸を繰り返したが、
「だめだ。興奮して寝付けない……」
そんな一夏を見て箒がくすくすと笑った。箒は「一夏」と声をかけて、
「私も剣道の試合の前日はそうだったな」
「何度も優勝したのに?」
「当たり前だろう。私だって人間だ」
とはにかんで見せた。
一夏はもぞもぞと体を横に向け、箒に声をかけた。
「箒。あのさ」
「何だ」
「セシリアも緊張してるのかなあ」
「……そんなことか」
箒は一夏と対面するように体を横に向け、軽く笑って見せた。
むっ、と頬をふくらませた一夏を見ながら、努めて明るい声を出した。
「当然だろう。オルコットだって、私や一夏と同じく人間だからな」
「でも、あんまり信じられないなあ」
セシリアは常時冷静沈着に振る舞っていた。感情をむき出しにしたのは一夏を
織斑一夏目当てに来る者もいたが、映画の効果もあってセシリアの方が人気も一枚上手だった。
「もしかしたら……オルコットだって、みんなに冷静と見えるように振る舞っているだけかもしれない」
「あれが虚勢?」
「そうだ。彼女は大きな何かを背負ってしまっているのだろう」
眉根を寄せた一夏が真剣に考え込む。観察していて分かったのだが、セシリアは時々空を見上げては寂しそうに微笑むことがあった。内戦という地獄を見たセシリアはどこかがおかしくなってしまったのではないか。そんな気がしていた。
「……そうかもね」
一夏は寂しげに小声で同意した。
「でも負けられないんだよね。セシリアにとってはちっぽけなことなんだろうけど」
「オルコットは専用機持ちの上に強いぞ」
「うん。分かってる」
セシリアは箒と同じく織斑一夏自身を見つめていた。織斑千冬の妹ではなく、一夏であることに誇りを持てとしかりつけているように思えた。彼女はとても誇り高く、一夏に高みとは何たるかを実戦を以て教えようとしているのではないか、と一夏は考えていた。
「どうしたらあんな風になれるのかな」
セシリアの姿を思い浮かべながら、一夏が小声とつぶやいた。
「あんなに自信を持てるのかな」
もしかしたらセシリアがクラス代表になるのが自然なのかもしれない。箒は言葉尻から後ろ向きになりかけている一夏の思いを感じ取り、ゆっくりと発音するように努めた。
「後悔しないために、逃げない覚悟があるから……だろうな」
「後悔?」
箒は頷く。
「たぶんオルコットは後悔ばかりしていたんじゃないか」
箒も例のドキュメンタリー映画を見ていた。セシリアは二度画面に登場した。一度目は最初に発生したIS同士の集団戦闘の直後。二度目は朝焼けの中、衛生兵の担架で搬送される姿だった。
「たくさん後悔して、前に進もうと決めたからだと思う」
「ロンドン……だよね」
「ああ」
一夏は泣きそうな顔だった。
「友達や顔見知りをたくさん亡くしたり、地獄みたいな体験をしないとだめなのかな」
「……一夏はどうして一番になりたいんだ?」
千冬がいなくなった事を想像していたのか、瞳を潤ませた一夏をなだめるように箒は優しい声を投げかけた。
「箒?」
「教えてくれ。一番になりたい理由」
「私が無力だから……」
「一夏は力がない自分が嫌いか?」
一夏が鼻をかむ間待っていると、彼女は先ほどよりは落ち着きを取り戻したのか瞳の輝きが強くなったように思えた。
「嫌い……じゃない。嫌っていた時期もあったけど今は少し違う」
「少し違う?」
「そう。千冬姉も箒も一緒にいて一人じゃないって少しだけ思えるようになったから」
一夏は、あはは、と笑って虚勢を張った。視線を箒ではなく、窓の外に広がる夜空へと向けながら、正直な思いを告げた。
「千冬姉を……家族を守ってやりたいんだよね。千冬姉の一番になりたい」
姉がたった一人の肉親だから余計に失いたくなかった。いつも厳しいが、時には優しさを見せる姉が大好きだった。姉がいたから今の自分があるとさえ思っていた。
箒は彼女の名を呼んだ。
「なあ一夏」
「ん?」
「私の一番は……お前なんだ」
一夏を勇気づけるためにも渡せなかった「らぶれたあ」の中身を伝えようと思った。箒は真剣な面持ちではっきりと告げた。
「私は一夏が好きだ」
箒は長く静かに息を吐ききった。ずっと秘めていた言葉をようやく言うことができて、少しだけ心が軽くなるのを自覚した。
しばらくの間、箒の告白にきょとんとしていた一夏は相好を崩して笑った。
「うれしいな。私も箒の事が好きだよ」
一夏が口にした好きと箒の好きは意味が違った。箒はわかっていた。例え好きの意味が違っていても、彼女から好意を向けられていることには違いないと知って、箒の胸はうれしさで一杯になった。だから「らぶれたあ」の内容を続けた。
「どんなことがあっても一夏の味方でいたい」
幼い頃から抱いていた願いだった。一夏が好きだから一緒にいたかった。彼女の味方ならずっと一緒にいられる、と幼い箒は考えたのだ。
一夏は頬をかきながら、顔を耳まで真っ赤にしていた。箒の真剣な告白がむずがゆくて、それでいてとても嬉しかった。
「何か愛の告白に聞こえるんだけど」
冗談に思われていると危惧した箒は、念押しするように語気を強めた。
「本気だぞ」
一夏が目を丸くしながら頷いて返した。そしてつい先ほどの箒の告白を思い出しながら腹を抱えて笑い出した。
箒は頬をふくらませていると、一夏は笑ったことを謝りながらベッドから乗り出すように半身を起こしていた。
「あはは……なんか勇気がわいてきた」
布団をかぶりながら体育座りをして、箒の横顔を眺めていると、視線に気付いた箒がむっとして眉根をひそめた。
「箒のためにも頑張るからね」
優しく微笑んだ一夏の表情に箒は毒気を抜かれたように呆然として見ていた。我に返っても夢心地だったので緩慢な動作で首を縦に振ると、一夏は人差し指を立てた右手を天井に突きだしていた。
「よおし! 明日が楽しみになってきた!」
自分に気合いを入れ、勢いよく布団に潜り込むと、目をつむって力を抜いたかと思えば、あっという間に寝付いてしまった。
箒は一夏の現金な様子にしばらくの間目を丸くしていたら、急に
「はは……勇気をもらったのは私の方じゃないか」
箒は目蓋を閉じて想いを心に秘めた。一夏を守ってやる。彼女の心を守ってやるんだ。例え何が起ころうとも――私は一夏が大好きだから。
(終)
最後まで読んで頂きありがとうございました。
本作は間に合わなかったエイプリルフール用小話なんですが、原稿用紙換算三十枚程度にしようと決めて書きました。
全四話で平均三千字前後になるようにテーマを限定しました。長く書きすぎる癖があったので今回は短くなるように心がけました。
登場人物は一夏、箒、束、セシリアですね。束はやや普通な性格にして、一夏は性転換に伴う改変、セシリアについては魔改造級の改変を施しました。
世界観も少しだけ変えています。
余談ですが「いちか」という名前の読みは女の子の名前に使われることが多い読みなんですね。
だから漢字はそのままにして性別を反転させました。環境の変化に合わせて性格も変更しました。
箒→一夏の構図はそのままにしたら、そこはかとない背徳感が出てライトなガールズラブになりました。というかキャッキャウフフじゃないガールズラブが書きたかったのです。
最後に、何かありましたら一言欄や感想欄にメッセージをくださいませ。