突撃隊隊長ハガンの朝は早い。日が昇る前に目を覚ますとすぐさま準備運動を始め、個人の鍛錬に精を出す。早朝はまだ村全体が寝静まってるいるため物音をあまり立てないよう肉体強化の鍛錬のみ行う。打ち込みや武技の習得に必要な鍛錬は村人が起きてきたあとにでもやればよい。
前回のトロールの戦で指揮官の
クンジ族長から部隊の隊長として指揮してほしいと言われた時困った(頭を使うのが苦手なため)が、部隊の再編でいくつかの部隊に分けた際にそれぞれの役割を聞いた上で自分から志願した仕事だ。
そこならば指揮といっても最初の突撃以降は乱戦になりやすく、頭より瞬発的な勘がものを言うことが多いため他の部隊の部隊長よりも頭脳を使う機会が少ないだろうと判断したためだ。
時には一番槍を務め、時には敵陣を突破する最も危険な部隊であり部隊長はその性質上、仲間を率いるため先頭に立つことも多い。
なんとやりがいがあり名誉ある役目だろうか。
最も多くの敵と最も早く戦えることに喜びすら感じる。
最初は族長から親衛隊も勧められ、そちらも名誉ある仕事で迷ったが敵と直接戦える機会が段違いだ。
それに族長自身に親衛隊が本当に必要とも思えない。
族長自身は我らのような戦士ではないことは足運びなどからわかるが、目の前に居るだけで思わず跪いてしまいそうな圧倒的強者が纏うであろう雰囲気と圧力から族長を1対1で倒せる者が居るとは思えない。
さらにあのノエミとかいうエルフの従者は認めたくはないが、族長とはまた違った強者であることがわかる。
普段から意識していなければ目の前にいても突然姿を消してしまいそうなほどに気配がひどく薄い。あれも戦士ではなく、会ったことはないが暗殺者やシーフなどの隠密を得意とする者なのだろう。
だからといって正面から挑んでも勝てる気もしない。明確な敵であれば戦闘種族である
そんな者が従者を名乗り族長の命に従っているのだ。私のようなものが例え何十人居たとしてもあのエルフ一人を置いていたほうはるかに安全だ。
そういった経緯で突撃隊隊長となったが先陣の誉れを授かり、部隊の仲間からの信頼を得るためにも誰よりも強くならなければならないため誰よりも早く起き、誰よりも多く鍛錬を積んでいる。
しかしそんな彼にも問題が発生した。
(……さっぱりわからん。)
先日、
「村人全員、文字を修めろ。」
頭を抱えたのはハガンだけではないが、部隊長という立場上文字の修得の必要性は他の村人より高いのも理解できる。しかし理解したからとて覚えれるものでもない。
かといって他の村人達と同じでは上に立つべき隊長として示しが付かない。
そのための苦肉の策としてハガンは早朝の個人鍛錬の時間の半分を文字修得の時間に費やすことにした。
族長は文字の早く修得した者から優先的に就きたい仕事に就かせてくれると皆に発破をかけた。
仲間思いの村人たちのことだ。ないとは思うが万が一自分より早く修得したものが今の自分の地位を希望されたら変わらざるを得ない。
ならばそうなる前に自分でその地位を守るため村人の誰よりも頑張らねばならない。
しかし昨日までの復習をしても自分があまり理解できていないことがわかってしまう。これでは早朝の座学は意味がないのではないだろうか。
いや、理解できていない事を早く理解できたことは意味があるので決して無駄ではないが、どうやって解決すればいいのだろうか。
すでに外では他の村人たちも目を覚ましそれぞれが朝の支度に取りかかっていた。
族長の普段スケジュールから恐らくすでに目を覚まし(ノエミ以外睡眠不要とし知らない)朝の政務の準備を終えていることだろう。
迷惑かもしれないがこれは族長に相談すべきである。
教わるは自身の恥、無知は一族の恥という言葉があるが他の種族がすでに村で共存し、
それは一族の者として、なによりも恩人に対して決してしてはいけない行為だ。
そのためにその本人に相談するというのも変な話だがグルム様の教えで理解できなかったものを再度グルム様教えを乞うのはグルム様に失礼だ。
あの方なら笑いながら承諾し、また教えてくださるだろうがすでに族長を支えるために多くの仕事を抱えていらっしゃる。そこに皆の教育も増え多忙の極みといえよう。
ならば教えを乞うのではなく相談をするために族長を頼るのならどちらに対しても失礼がない。うむ、完璧な作戦だ。
さっそく族長を訪ねてみよう。
◆◇◆
勲司族長の朝は早い。というより眠る必要がないため寝ていない。
村が寝静まった頃から、勲司は自室の机に向かって勉強をしていた。
この世界の共通文字の修得のためである。
先日村人全員に文字の修得を命じたが、命じる側が知りません。では意味がない上格好もつかない。
どんな文字でも読めるようになるメガネ型のマジックアイテムは持っているが読めるだけで書けるわけではない。
そのためにまず使者用の短期講習にどれだけ修得に時間を要する知るためという理由を付けて、ノエミを同席させ共通文字をマスターさせた。偶然ではあるが文字や知識などはユグドラシル関係者でも修得できるということを知ることができた。
続いて村人全員への講習にも最初の提案通りの形でいいのか、改善する余地はあるか知るためと称し勲司自ら同席しこっそり学んでいる。
そこで初めて知ったのが生徒側も教師側も文字を書くときに額縁のような板に薄い砂を敷き、そこに文字を書いて消してを繰り返し覚えていたのだ。
つまり書き溜めておくノートや用紙のようなものがないのだ。
正式な書類作製のための羊皮紙などがあるから気づかなかったが製紙技術がないであろうこの世界では勉強のために貴重な羊皮紙を現代の紙屑のよう使っていいものではない。
(製紙ってどうやって作るんだろうか。羊皮紙も作り方すら知らないぞ。羊皮紙というくらいだから原材料は羊の皮なんだろうから豚皮紙や牛皮紙なんてのもできるのか?そうだトロールの皮を使えばうまく行けば大量生産できるかも。スクロール作製にも使えれば利用の幅は広がるな。)
とそんなふうに新たな事業を考えたりもしていると
「勲司様。筆が止まってます。」
ノエミから容赦なく忠告がくる。
「すまない、ちょっと考え事をしていただけだ。」
「早くこのような単純な文字など修めていただけないでしょうか。」
「やっとコツがわかったんだ。そんなに遅くはならないさ。」
「すでに十分遅れていることを自覚なさってください。」
「……すみません。」
最初初めて見る文字の形と並びに意味がわからなかった。
だが偶然にも他の生徒の書いた文字を見た時とある法則に気づけた。
まず文字の種類が26種類しかない。
そして偶然文字を逆さまで見ると現代にあるアルファベットに似た形をしていた。
するとすべての文字を現代のアルファベットに置き換えると英文になったのだ。
このことに気づき得意気にノエミに教えると
「今頃気づかれたのですか。」
と本気で呆れられた。
それに問題もあった。いくら法則に気づけても勲司は小卒であるため英語が得意ではない。英文も翻訳サイトに投入して読んだり日本語未対応のツールは極力使うのは避けてきた弊害である。
おそらく学生時代より英語能力が低下している。
そもそもノエミがマスターしているのなら深夜にノエミから教わればいいということに気づいたときもこの時だった。
「しかしコツを掴んだのは本当だ。日本語ほどではないにしろあとは日常で使っていけば自然と身につくぐらいまでには覚えたつもりだ。そうなればノエミにもこの時間を自由に使ってもらえるな。」
「自由な時間ですか。そういえばホームにもしばらく戻っておりません。掃除をしなければホームの守護を任された者として示しが付きません。」
ホームとはもちろん今いる
「そういえばそうだな……。文字を修得できたら一度夜中にホームに戻るとするか。」
「畏まりました。」
いつもどおりのトーンで了承の返事を返すノエミの言葉にどこか嬉しそうな気配が漂っていた。
ートン、トントン、トン
すると突然ノックの音が響く。
「朝早く申し訳ない。ハガンだ。クンジ族長に相談があって参った。今よろしいか。」
ハガンがどうやら訪ねてきたようだ。
「ノエミ、通してくれ。」
そうノエミ答えると、ノエミはゆっくり扉を開きハガンを通した。
「入っていいぞ。」
ハガンは扉を通り、扉を開いたノエミに一瞥をくれるとそのまま勲司の前まできた。
「おはようハガン。今日は朝早くからどうした。」
「族長に相談があって参りました。」
「なんだ言ってみろ。」
ハガンは先日突撃隊長に志願したばかりだ。危険だと伝えてもむしろ喜ぶばかりで説得にならなかったため諦めてそのまま任命したがなにか問題でもあったんだろうか。
「族長が先日命じられた件なのだが……やはり私には荷が重かったようだ。」
「そうか?俺はお前なら難なくこなせると思っていたのだが。」
「期待に応えることができず申し訳ない。だがやはり私にも得手不得手というものがある。」
「ではどうしてほしいんだ?言ってみろ。」
「命じられた事を放棄するのは誇りが許さない。ゆえに力添えしてもらえれば。」
「どのように?」
「聡明な族長の事だ。すでに文字を修得しているのだろう。その習得の仕方を教えてほしい。」
「……ぇ?」
文字だったのか。
たしかにハガンにとってはそっちのほうが大変な問題ではありそうだ。
「そ、そうだな。俺もすでに大体のことは覚えたがまだ人に教えれるほど修熟しているとは言いがたい。」
「族長は相変わらず謙虚だな。」
「いや、謙虚ではなくてだな……。」
本当はまだまだなんです。とは命じた側としてはとても言えない。
誰か教えれる人が居ればよいが……。
と先ほどまでノエミと交わしてた会話を思い出した。
「いつ頃だったらお前に教える時間を割けばいいんだ?」
「それはもちろん、教えていただけるのであれば教える側の時間に合わせるつもりだ。いつでもいいというのならちょうどこれより半刻ほど前から毎日自分で学んだことを復習してるつもりだが全然わからず困っている。」
「そうか。ならばノエミよ。お前がハガンに教えろ。」
「「え?」」
ハガンと共に珍しくノエミも驚きの声を上げた。
まさか自分が僅かな時間とはいえ他のものに時間を割けと言ったことに驚いたのだろう。
「ノエミはすでにグルム殿から修了の認可をもらっている。下手をすればグルム殿より使いこなせているやもしれん。うってつけではないか。」
「しかし……。」
「無理にとは言わんがこれ以上に案がないためコレがダメならお前の相談に応えることはできないな。すまん。」
「……了解した。ノエミ殿がよろしければお願いいたす。」
「主人からの命であれば従います。」
「よし、では明日から今から半刻前の時間になったらノエミはハガンの家まで行き教えてやれ。いいな。」
「畏まりました。」
先ほどと同じ台詞だが今度はいつもと同じトーンと雰囲気だった。
ノエミはエルフであり
このままではお互いにとって良い関係は築けない。今後エルフと交流を持つことになる可能性も考慮すれば今のうちに少しでも手は打っておいたほうがいいだろうな。
そんな思いを抱きながら勲司は自分の仕事の準備へと入った。