2章タイトルはいくつか案はあるのですが、章タイトル決めで待たせるのもなんなのでとりあえず。
#9
12月末。 8年前、白騎士事件で焼け野原となったお台場は1ヶ月もせずに元の街並みを取り戻し、同様に再建された日本の新東京国際展示場。
黒髪に少々茶髪が混じった少年と金髪の壮年が、何やら混雑している巨大な建物の前で、行列に並んでいた。
その少し前には英語を喋る厳つい人物や同じく英語の金髪女性がいるので、同様に今は英語で会話しているイチカとファイルスも日本人中心な列の中で目立っていた。
ちなみに少し前にいる集団は在日米軍らしい。
ところで、メタルウルフやメタルレイヴンは全身を覆うパワードスーツでもあり、
ただしそれは“日本では”という注釈がつく。
アメリカではホワイトハウスを守ったヒーロー扱いされているイチカや、長年大統領直属の実戦部隊を率いるファイルスは普通に顔も売れている。
なので、詳しくなければ特にバレたりしないのだが――ちょうど、イチカの近くにそれを知る少女がいたのだ。
そんな水色っぽい髪に赤い瞳のヒーロー大好きな眼鏡っ娘がファイルスとイチカを見て目を輝かせていたりする。
彼女は悪の軍団を主人公が倒すヒーロー・バトルものが趣味で、悪の副大統領と率いられる米陸軍を大統領が倒す“アメリカ内戦”及びそれをハリウッド映画化した“メタルウルフ”は彼女の好みにドンピシャであった。
「本物だ……!」
「んー? かんちゃん、どうしたのー?」
本日は冬の祭典の4日目の大晦日。 4日目はこのご時世に伴い、IS関連――もっといえば、パワードスーツ関連として5年ほど前に新たに追加された。
パワードスーツ関連といってもメタルウルフのような大統領機のグッズは熱心なファンが購入することもある……が、日本ではIS登場以降女尊男卑の勢力が強いのでIS関係が7割以上を占めている。
3日目までと違ってほぼ企業ブースのみの非常に国際色豊かな1日となっていた。
「ところで、ISの国家代表や候補生がモデルやタレントをやっている、というのは知っているな?」
――兵器の操縦者を広告塔にしているのか? まるでエースパイロットだな――
「知ってる。 ティナとかがよく話してるからな」
「そうか。 今日は4日目だが、各国の国家代表と候補生のグッズが売り出されている。 だから、各国のIS操縦者のいろいろな何かがあるんだ。……私としては複雑だが、ナターシャの写真集もある」
「あー……。 おじさん、ゆっくり探してくるといいよ」
「一応、イチカの対戦相手の情報収集も兼ねてるんだが……情報は後でまとめて渡す」
生温かい笑顔でファイルスを見つめるイチカ。 そんなファイルスは何か勘違いしてないかとばかりに呆れたような視線を一瞬向けた。
「イチカ、そういえば君にはデュノア社のブースから招待状があるんだ。 それ以外は君は好きにしていていい」
「……デュノア社? ラファール・リヴァイヴのメーカーだよな……なんだろ?」
「用が済んで私がまだいなかったら携帯端末か何かで連絡をくれ」
イチカが招待状を受け取ったちょうどその時、看板を手にしたスタッフと黒装束の人影が会場側から出てくる。
イチカの少し後ろにいた水色っぽい髪に赤い瞳のヒーロー大好きな眼鏡っ娘が、高精度ズームのカメラで黒装束の方を撮影し始めた。
「もうまもなく開始でーす。 始まっても走らないでくださーい」
スタッフと共に立っているのは、国連国際災害対応機関GUIDE所属のNINJAである。 NINJAはIS関連で混雑が予想される4日目のみ、国連から警備員として派遣される。
そして、彼らNINJAも知る人ぞ知る東京を救ったヒーローである。 尤も、当時の生き残りはケン1名しかいないが。
殆どの人間はただのスタッフによる忍者コスプレか、大統領戦争の審判をやっていた変な黒装束だと思っているが、ごく一部の――それこそ、2015年の真実を知っている、とある対暗部組織の家に生まれた水色の髪の眼鏡少女にとっては紛れもない本物の実在するヒーローなのだ。
とはいえ、当主の妹の立場ではあまり知ることは多くなく、そして当主である姉との仲も、良いとは決して言えないのだが。
*
「へー……来たのは初めてだけど、めちゃくちゃ人多いな……」
日本語で独り言を呟きながら、目的もなく歩き回るイチカ。 日本企業のブース前を通りかかり、とある玩具メーカーで見知った機体を見つけた。
謎のIS白騎士と日本代表暮桜、アメリカ国家代表の大型ISカスパライティス。 フランス国家代表のジャンヌ・リヴァイヴにドイツ国家代表のローター・ティーガー。
他にもいろいろあるが、そんな感じの各国の国家代表ISの金属製塗装済み完成モデルである。
イチカはとりあえず暮桜とカスパライティスを購入し、メタルウルフのバックパックと同じ空間圧縮・空間拡張技術の使われた米軍標準の生体認証機能付きバッグに詰め込んだ。
隣は大統領機のコーナーで、言わずと知れた試製78式に各国の大統領機――そしてずらりとメタルウルフが16種類も見本が並べてあった。 しかもご丁寧に全て持っている武装が違う。
その後方では世界政府大統領を決める第1回
100機以上とはいえ、国連が用意した大統領機用基礎型EOAのマイナーチェンジ程度に過ぎない機体も多いが。
『ンフフハハハ! 貧弱、貧弱ぅぅ! 宣言しよう! この“ラストアメリカンヒーロー” リチャード・ホークが来たからには――確・実! 鼻っ柱にパンチをしたら鼻血が出るのと同じくらい確実に、貴様らはここで死ぬ!』
開発企業お得意の実写そのものに見える映像で映るのは追加戦場ラスベガスとアメリカ宇宙ステーションに、追加エピソード用の新キャラ、リチャード・ホーク。
このゲームの戦場はマシンスペックと物理エンジンを駆使して更地になるまで大破壊をもたらすことが可能だ。
宇宙ステーションの最上部、地球を直接望むその場所で、惑星破壊ミサイル搭載の可変戦車
当時のメタルウルフに記録されていたリチャードの音声を再編集してはいるものの、アメリカ内戦時の彼そのものな過激発言を映画と史実同様に飛ばしている。
「な、なんでメタルウルフが16種類もあるんだ……?」
「そりゃあ、メタルウルフは男性の元首にしたい男No.1になるくらい人気だからです。 人気に肖って、ハリウッド映画“メタルウルフ”のときと同じ伝統の
「
イチカの視線の先、そこにあるのは白いメタルウルフが2つ。 片方は試製78式とお揃いのビームライフルを、もう片方は透き通るような青い刃の剣――ムーンライトソードを持っている。
「それは今回限定の商品ですね。 ビームライフルを持ってる普通の白いのと違ってその青い剣を持っています」
「えー……原色のメタルウルフとホワイトサンズのムーンライトソードverを」
「はい、毎度あり」
「あ、あの……同じの、ください……あと、試製78式も……」
「ここまで混んでたねー」
「はい、限定の方は最後です。 運が良かったですね」
イチカがメタルウルフを購入するのとほぼ同時、隣に現れた水色の髪の少女が、最後の1個だったらしい青い剣のメタルウルフを購入していった。
だが、何故かイチカをチラチラ見ている。
「その限定のってそんなに人気なの?」
「うん? まだいたので……? そうですねぇ……なんでも、対テロ作戦でドイツ軍の女性兵士を1人で救出に向かって、無事2人で生還したって話ですから。 だから、そういうのが好きな層に人気なのでしょうね」
「ギリギリ買えてよかったねー」
「ふぅん……そんな風に言われてるのか」
と、その時である。 日本企業のブースから離れ、別の方へと行こうとしていたイチカの袖をくいくいと引く存在がいたのだ。
振り返った先にいたのは、だぼだぼの服を着た胸の大きい少女と、彼女に隠れるように立っている水色の髪の眼鏡少女。
「ねーねー、そこの人ー。 ちょっとうちのお嬢さまとお話大丈夫ー?」
「ほ、本音……!?」
「ん……俺なのか?」
とりあえずここは邪魔になりそうなので、袖を引かれるがまま人の少ない方へと歩いていく。 見えはしないが先代大統領がその少女を警戒した目つきで見ていた。
「ほらー、お嬢さまー。 頑張ってー」
「も、もう、本音……っ!」
ぐいぐいとだぼだぼ少女が眼鏡少女を前へと押し出す。
そこまでされてやっと決心がついたのか、水色の少女は喋りだした。
「あ、あの……、あの……っ、ぁ、あうぅ……す、好きなの……? メタルウルフ……」
「そりゃあ、もちろん。 俺はアメリカ籍なんだけど、アメリカでメタルウルフ嫌いなのは多分いないと思うぞ」
「そ、そうじゃなくて……その、メタルウルフの中から、ホワイトサンズに青い剣のを選んだ理由……」
「それは……内緒だけど、俺が乗ってたからね」
イチカは、後半は小声で囁くように、少女の耳元で告げた。
すると、先ほどまでおどおどしていた少女の表情が、まるで花開いたかのように明るくなる。
「やっぱり、本物なんだ……! あ、あの、サインとかは……!?」
「サイン? うーん、書いたことないけど、それでいいなら……」
「お願いします!」
「いいけど、本当に初めてだから期待するなよ?」
「できたら、最後に更識簪さんへ……とか……」
「……どういう字なんだ?」
「私が教えるよー」
とりあえず何を書けばいいのかわからないが……そういえば、千冬姉は第1回モンドグロッソの後、イチカに“ブリュンヒルデ 織斑千冬 親愛なる弟織斑イチカへ”と書いていたな、とイチカは思い出した。
当然そのサイン色紙は今もファイルス家のイチカの部屋に飾ってある。
「うーん……こうか?」
できあがったのはとりあえず姉と同じように“U.S.PresidentForce Ichika Orimura. Dear 更識簪”と書かれた色紙であった。
「わぁ……! ありがとうございます!」
「よかったねー、かんちゃーん」
「ああ。 じゃあ、またな」
ホクホク顔でスキップせんばかりの勢いの2人と別れ、イチカは歩き出す。
等身大メタルウルフとカスパライティスと続いて、
片方は主力戦車であるM1A2エイブラムスとM5A2マクマスターや陸軍協力で特殊機動重装甲を製造していた
もう一方のクラウスも負けず劣らずで、後れを取ったIS市場に飛び込むべく、世界最大の
ちなみにクラウス社の親企業側もそのまま航空宇宙機器開発として、こちらはNASAとDARPA主導であるもののシルバリオ・ゴスペル側に関わっている。
同月にお披露目されたイギリスの第3世代IS“ブルー・ティアーズ”に対抗するかのように、空中をマッハ24で飛行するサンタクロースを追跡する“ノーラッド・トラックス・サンタ”においてデビューを果たした第3世代IS“ファング・クエイクver1.0”。
第3世代機の名を冠しながらも実戦仕様の安定性と稼働効率に信頼性を重視した機体なので思考操作できる射出型ワイヤード・パイルバンカー以外に第3世代らしい特徴はないが、今後のアップデートで第3世代対応兵装を
尚、PICにはISの高速機動時に機体から発生する衝撃波を相殺する機能がついているのでファング・クエイクはそれを使用しているが、実際多くのISは衝撃波そのもので攻撃することもあるので、他の機体ではあまり使われる機能ではない。
例によってブースには他にもマーベルのヒーローを模したアイアンマン型パワードスーツなどいろいろあるが、アメリカにいるイチカであれば大体どれも後日簡単に見れるか手に入る物だった。
そして、イチカは欧州のブースへと向かっていく。
後に、簪が持ち帰ったNINJAのサインに紛れてこのイチカのサインを見た姉が簪に“一体どういう関係なのか”と問い詰めて一騒動起きることになるが、それは別の話だ。
*
「ここ、だよな……」
――そうだ、ここで間違いないはずだ――
企業ブースの一角、欧州企業グループの中にあるデュノア社のスペース。 少し離れた場所のイギリス企業のスペースにはでかでかと“男性の購入お断り”と各国の言語で注意書きされている。
デュノア社には傑作第2世代ISの地位を不動のものとしたラファール・リヴァイヴや国家代表ISジャンヌ・リヴァイヴ、フランス国家代表から何故か美男子――30年ほど前は――であるフランス元大統領の写真集までもが積み重ねられており、なかなかのペースで売りさばかれている。
アラスカ条約の中で、情報公開の一環として年に1回もしくは数回、このようなIS関係のパンフレットもしくは写真集を発行することが推奨されている。 機体の外観と大雑把なスペックだけで、詳細なデータは不要だ。
後に国家代表や候補生をアイドルとして売り出す方針がこの条文と都合がよく、大体の国には無視される条文だが、いくつかの国は積極的に、しかし情報を漏らし過ぎない範囲で発行を行っていた。
別にラファール・リヴァイヴの写真集を買いに来た訳ではないイチカは行列から外れて、デュノア社のスペースを眺めていた。
金髪の少女らしき子供が売り子をやっているのが見えた。 ギャラリーが彼女の写真集はないのかと尋ねているのが聞こえるが、やんわりと否定されて崩れ落ちている。
「ほう、お前もこんな下らん場所に来ていたのか。 戦友よ」
「誰だ……って、ハルフォーフ大尉にボーデヴィッヒ中尉?」
「……私は大尉に昇進した。 そして、隊長になったのだ」
「こんにちは、イチカ・オリムラ准尉。 あなたもデュノア社に呼ばれていたのだな」
すぐ隣、ドイツ企業のスペース周辺にいたのはつい数日前、ドイツで勃発したクーデターで新生ナチス・ドイツ政権を終わらせたドイツ軍所属、特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの2人。 他のメンバーは各々購入する物を探しに散っている。
余談だがクラリッサは4日間全部この会場へと熱心に足を運び、それに付き合ったラウラはつい先程までクラリッサに色々教え込まれていた。
「どうだ、私もIS操縦者になったぞ。 これで私も欧州IS演習に参加し、そして我が祖国こそが最強であると知らしめるのだ」
「……隊長、タイが曲がっています。 ……それと、隊長。 今回はイギリス製第3世代ISの性能評価が主となる。 今回我々ドイツがISを使う機会はないのです……」
「な……っ!? 許せ、戦友よ……」
「いや、気にしてねぇよ」
平坦な胸を張り、獰猛な笑みを浮かべる自信を取り戻した銀髪眼帯のちびっ子大尉と、ラウラの背後でラウラの軍服のネクタイを直す先任の大尉。
傍から見れば上官に甘い部下だと思うところだが、数えるのも億劫になるほど日本の少女漫画を読み漁ったクラリッサの中ではお姉様が年下のネクタイを直してあげることが常識なのだ。
そんな胸を張っていたラウラは、直後知らされた事実にしょぼくれてしまっていた。
元々このようなイベントに興味がないラウラは別として、クラリッサは部下が快く引き受けてくれたのでこうして集合場所で部下の帰りを待っていた。
背中と胸に黒ウサギのマークがついた上着を着ているが、その下は軍服だ。 完全に隠れてはいるので、コスプレ扱いされることはないが。
「時間があるなら、少し待ってください。 教官に繋ぎます。 それと以前の作戦時の謝礼ですが、申し訳ないですが前政権が倒れたのもあって未定です」
「しかし、何故このような場所にこんな人数が集まるんだ。 まさか、これだけの人数が他国ISの情報収集に来ているのか……? 平和ボケした国かと思っていたが……」
「そういうイベントらしいぜ、ここ。 俺も来たのは初めてだけど」
「ふん……まぁ、そんなことはどうでもいい。 イチカ・オリムラ。 顔を貸せ」
「なんだよ、急に――」
『こちら、織斑だ。 どうした? またラウラが迷子に――』
クラリッサの方からラウラの方へと向き直ったイチカの頬に、油断しきっていて反応する暇もなくラウラの平手が炸裂した。 乾いた音が、デュノア社とドイツ企業の間で響く。
すぐに周囲の喧騒に紛れて聞こえなくなったが、運の悪いことにラウラが叩く瞬間、投影ディスプレイの向こうで織斑千冬が映し出された光景に目を見張った。
「おい、何すんだ!」
――何のつもりだ、ドイツ人?――
イチカから、イチカの背中から、ラウラへと叩きつけられる
イチカがジュージツの構えを取る。 ジュージツによる
相対するラウラが反射的に
「ハルフォーフ副隊長に――」
「隊長、示しがつかないのでクラリッサでよいと言ったはずですが」
「――クラリッサに言われたのだ。 戦友とは殴り合ってこそ戦友なのだと。 さぁ、イチカ・オリムラ! 気に食わんが特別に許してやろう、私を叩いてみるがいい!」
『ほう、ハルフォーフ……何だか分からんが、お前は帰国次第、ボーデヴィッヒと一緒に私の部屋に来い』
「誤解です! 隊長、私が教えたのは夕暮れの河原で殴り合って絆を深めることです! ここは河原でも、ましてや夕方ですらない!」
「そっちかよ!?」
ラウラの背後、クラリッサの眼前に開いた投影ディスプレイの中から画面越しに怒気を放ってくる
ラウラの声と重なってしまった為ラウラはまだ気付いていない。
「どうした、来ないのか? ならば――」
『ほう。 ラウラ、ならばどうするというんだ? 私が聞いてやるから、言ってみろ』
そこで初めて、ラウラは聞こえてはいけないような声を聞いた気がして、ブリキ人形のように振り返る。
ああ、なんということだろう。 ゆっくり振り向いた先、そこには鬼教官がいるではないか!
「きょ、教官!?」
『どうした、ラウラ・ボーデヴィッヒ。 私は“言え”と言ったのだ。 黙れとは言っていない』
「は、ハッ! 教官から“お前はもう少しコミュニケーションしろ”と命令されましたので、国外で唯一知り合いのこのイチカ・オリムラを相手にしている次第です!」
現役軍人であるクラリッサやイチカから見ても、見事としか言えない綺麗なナチス式敬礼。
が、それは姿勢だけでありその表情は真っ青で冷や汗をかいている。 台無しだった。 ちなみに現在、ナチス式敬礼を以前の敬礼に戻すべくドイツ新政権がいろいろ準備中である。
『ふむ。 確かに、そう言った。 だがな、そこの
クラリッサの脳内では、既にブリュンヒルデ織斑千冬のテーマソングたる“ダースベイダーのテーマ”が重々しく鳴り響いている。 このままでは銀河系ではなく、このかわいい隊長がマズイ。
隊長の為にも何とかしなければ、とクラリッサが携帯端末の向きを変え、イチカの方向に向けた。 結果から言えば、英断だった。
『……ところでイチカ。 お前、何故そこにいる?』
「ファイルスおじさんに連れてこられたんだ。 にしても、千冬姉またビール飲んでるのかよ。 クリスマスに電話した時も飲んでなかった?」
『ドイツのクーデターはお前も知っているだろう? クリスマスはその祝勝会だったからな。それに今はせっかくの休みだ、酒でも飲みたくなる。 特にこんな連中の教官をやっていてはな』
引率としての日本行きをにべもなく断ってしまった過去の自分をぶつぶつと罵倒しながら、千冬が頭を掻き毟り、本場の黒ビールを呷っている。
「飲み過ぎには気を付けなよ、千冬姉」
『フ……なぁに、私は大丈夫だ。 お前こそ、来月の欧州国際IS演習は大丈夫なのか』
「ああ。 もちろん。 ところで、千冬姉は欧州IS演習に来るの?」
『引率だが、もちろんだ。 私や、アメリカに恥をかかせないようにな』
「ああ。 じゃあ、またな千冬姉」
姉との電話を終え、クラリッサも千冬としばらく会話し、時折ラウラの顔色を変色させた後、小型端末をしまう。
「それにしても、俺を呼んだのは誰なんだ?」
――先程からこちらをずっと見ている親子がいる。 デュノアのスペースの方向だ。 出てきたまえ――
先代大統領の声に促されてか、1人の壮年と少女がデュノア社のブースから歩いてきた。 どこから聞こえてきたのか分からない声の主を探して、少し視線を彷徨わせている。
が、イチカが発するにしては低い声だったので幻聴だと考えたのかもしれない。 イチカとラウラに向き直った。
「イチカ・オリムラ准尉とラウラ・ボーデヴィッヒ中尉……で、合っているかな? 私はシャルル・デュノア。 デュノア社の社長をさせてもらっている。 この子は娘で我が社のテストパイロットも兼ねている、シャルロットだ」
「初めまして。 デュノア社のテストパイロット、シャルロット・デュノアです」
「あ、えーと。 初めまして。 イチカ・オリムラです」
「ドイツ軍特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ、クラリッサ・ハルフォーフ及びラウラ・ボーデヴィッヒです」
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉だ」
少々発音が間違っていたが、日本語で声をかけてきたのはファイルスと同じ金髪の壮年男性とその娘。 父親の方は細めの身体で髪をオールバックに纏めており、娘の方は金髪を首の後ろで束ねている。
開発当時中学生だった篠ノ之束の手により、ISの基本OSの言語はカスパライティスのようにコアが操縦者に合わせて英語を学習しない限り、日本語で固定されている。
これによりIS関係者は日本語の習得が必修となった。
「今回は、君達のおかげで我が社の売上が伸びてね。 それで、是非お礼を言いたかったんだ」
「……何かしましたっけ」
「これだ」
シャルルが携帯端末から呼び出したのは、1枚のポスターと宣伝映像だった。
吹雪が舞う雪原で、銀髪オッドアイの小さな少女を両腕で抱え、力強く赤い単眼を光らせる白いメタルウルフ。 足元にはドイツ製特殊機動重装甲ドーラの残骸が散らばっている。
ポスターにはメタルウルフと少女に被らない程度に大きく書かれた“スーツで守れる生命がある。 極地戦対応パイロットスーツ新発売!”との文字が躍っている。
宣伝映像では雪原で撃墜された機体から救出した
よく見れば確かに、ポスターの
「アメリカ軍のイーリス・コーリング国家代表や、かの
ストライクイーグル作戦参加機の作戦記録は作戦終了後の緊急点検時にに回収され、
その中で、核爆発の危機が迫る中、勇敢に味方を救うべく急行したストライクイーグルカスタムと
ちなみに大統領は核爆弾まで起爆前に爆破している。
極地戦対応パイロットスーツは通常型の保温機能を更にパワーアップさせたもので、極地付近の観測隊や、通常型では満足できなかった砂漠や極寒地帯に住む民間人、果てはアメリカの宇宙技術者まで幅広い注文が入っていた。
「これからも我が社を御贔屓に」
渡されたのはデュノア社のパンフレットと、更にこちらが本命といわんばかりにストライクイーグルとラファール・リヴァイヴのパンフレット兼写真集と極地戦対応パイロットスーツが入っていた。
だがラウラは既にIS操縦者へとなってしまったので、もらい損である。
「え、あ……ありがとうございます」
「……なんだこれは」
「隊長。 それも情報収集の一環になります。 ありがたく受け取りましょう」
「ふむ。 デュノア社長、礼を言う」
「……ふむ。 シャルロット、この場は任せる」
「はい。 わかったよお父さん」
2人が渡されたのは極地戦対応スーツでも特に高額なもので、極薄でありながら防弾、衝撃吸収に優れた繊維を何層も多く重ねている。
そして、それすらもここへ呼ぶための前座でしかない。 今度の欧州IS演習において、イギリスの新型ISの性能評価でアメリカとフランスが相手をすると通達を受けていたシャルルは、娘と顔合わせさせておくことにしたのだ。
「……ところで、これはISスーツの代わりにはできないのか?」
「あはは……ごめん、それは無理なんだ。 機能が干渉しちゃうし、万が一できても、今度はうちのISスーツが売れなくなっちゃうから」
「そうなのか……それは困ったな。 ロッカーに入れておくしかないのか……?」
「ちょっと情報が古かったみたいだね」
そんな2人をさておいて、ラファール・リヴァイヴのパンフレットを適当にめくっていくイチカ。
「デュノアさんもラファール・リヴァイヴのパイロットなのか?」
「正確には、私のはラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡだね……ほら、これだよ」
ごく自然にイチカに身体を寄せたシャルロットが紙媒体のパンフレットを捲り、オレンジ色のラファール・リヴァイヴがその姿を現す。
「アメリカのストライクイーグルとは同時期に開発が行われたんだ。 私のカスタムⅡはデュノア社でテストするときの専用機だから、私が得意な
「ふむふむ」
「オリムラ君は、どういう装備が好きなのかな?」
「火力のあるやつかなぁ」
如何にもアメリカ的な回答をされても、シャルロットの営業用スマイルは崩れない。 返答には少々困ったが。
シャルロットは事前に入手していたメタルウルフの公表されている情報を思い出す。
操縦者によってエネルギーシールドの強度は増減するが、装甲は30mm
アメリカの力の象徴ともされる現役の
アメリカ内戦の頃の最新鋭技術を投入されて制作され、地球上で希少な、もしくは存在しない宇宙資源を使った数々の“最新鋭技術”の投入により、宇宙資源がアメリカからの輸入頼みの他国ではメタルウルフのコピーの建造すらできないとされている。
しかもメタルウルフはその最新鋭技術によって得られた空間拡張技術と空間圧縮技術で見た目以上の破壊力や防御力を誇るモンスターマシンで、同様の量産型、メタルレイヴン共々何度もアップデートされ、20年ほど経った現在でも一線級のパワードスーツだ。
ただし、空間圧縮・拡張しているとISで
「え、えーっと……うん、メタルウルフ含め特殊機動重装甲は火力が高いからね。 長所を活かす有効な選択だと思うよ」
「単発火力ならマクマスター主力戦車も大火力なんだけどな。 あと、ムーンライトソード……あの青い剣も結構使うな」
「アレはムーンライトソードって言うんだね。 綺麗だもんね」
「M5A2マクマスターか。 理論上ISのシールドバリアーも突破できる戦車だったか?」
「当たればメタルレイヴンでも吹き飛ばせるらしい。 当たればな」
シャルロットは脳内メモにムーンライトソードを追記する。
メタルウルフ及びメタルレイヴンは有名どころだけでもハリウッド映画“メタルウルフ”から
「あの剣は、行方不明になった父さんが置いていった、剣なんだ……」
妹らしき存在“エム”と
だがグリーンランド基地攻略、アルカトラズ奪還の後は再び両者とも消息不明となっていた。
「そうなんだ……見つかるといいね。 他は、どんなのがあるの? 特殊機動重装甲の兵装って、原則輸出不可だから、私もあんまり知らないんだ」
「詳しいことは言えないけど、それでもいいならいいぞ」
「ふむ、特殊機動重装甲なら私も以前乗っていた。 話に混ざろうではないか」
「では私も」
こうして、4人はいつの間にかISと特殊機動重装甲の装備談義を繰り広げていく一方で、イチカの背後から見守る先代大統領は、イチカが軍機にまで触れてしまわないかと割とハラハラしつつ見守っていた。
*
「隊長。 そろそろ我が隊の捜索任務が終了します。 集結地点へと向かいましょう」
「有意義な話だったよ。 また、こういう話ができるといいね」
「こっちこそ」
「そうだな、ではまただ、戦友よ」
デュノア社のブースでの用件が済んだイチカは集合場所に指定されたフロム社のブースへと向かって行く。
先程も見たメタルウルフの等身大モデルの奥側に、ファイルスが米軍標準バッグを手に待っていた。
「おじさん、お待たせ」
「む、イチカか。 予想通り、イギリスのブースにあったぞ。 これが今度の演習での対戦相手だ。 もう何もなければ、帰るぞ」
ファイルスが手にしているのは、女性隊員に協力してもらって入手したイギリスのISパンフレット。
このパンフレットも他国の例に漏れず、表紙を世界初の第3世代機らしき蒼い機体と金髪の少女が飾っていた。
GUIDEのNINJA数名にサインを貰って笑顔を浮かべている水色っぽい髪の眼鏡っ娘の脇を抜けて冬の祭典の会場から退出し、最寄りの在日米軍基地へと寄る。
「我々は明日の新アキハバラ遠征日程作成のついでに、来月のイギリス機について判明した情報を整理しておく。 イチカ、君は行くところがあるなら行っていいぞ」
「え……手伝おうか?」
「“メタルウルフボーイ”を働かせたら俺達情報管理部が何のために来たのかわかんねぇよ。 ちゃんと整理したら見せるから、だから大丈夫だぜ」
「んー……わかった。 専門なら、任せるよ」
“メタルウルフボーイ”として屈強な兵士にもみくちゃにされていたイチカをファイルスが救出すると、そのままイチカに自由時間を与えた。
ファイルスは待機していたプレジデントフォース情報部の2名と共に会議室を借り、双方手持ちの資料を広げる。
「操縦者は、我々が掴んでいた情報の通りセシリア・オルコットが操縦者に選出されたらしい。 機体名ブルー・ティアーズ。 開発メーカーはオルコット・インダストリー……旧BAEパワードスーツ部門か。 イギリス大統領機のEOA“アーサー”を造ったとこだな。 最近新製品がなかったから、もう潰れたのかと思っていたが」
「イギリスに残る数少ない男性技術者が多く所属する、
「あの紅茶がエネルギー源兼冷却水の、完全に紅茶だけで動くイギリス専用エネルギー革命の結晶、“ティー・リアクター”で動く円卓の騎士王か?」
「もちろんだとも。 アレは最高にイカしてたな」
この辺の情報はCIAやプレジデントフォース情報管理部が掴んでいた情報とも合致する。
今月に初お披露目を済ませたばかりの第3世代IS“ブルー・ティアーズ”が堂々と公開されているのは、イギリスの余裕の表れであろう。 完成したこの機体をセシリア・オルコットが1年かけて調整、改良後に競技用リミッターをかけてIS学園に送り込むという。
パンフレットには世界で最も
「全く……こんなのだから見せたくないのだ」
イギリスとアメリカはそれぞれ女尊男卑と男女平等を掲げるリーダー的存在であり、現在は互いの主張を巡って国際関係が悪化している。
見開きのページには空中投影用の映像チップが内蔵されており、映像が目の前に投影された。
『さあ、踊りなさい。 わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズSGの奏でるワルツで!』
「……“ブルー・ティアーズSG”?」
「おいおい、こいつレーザーライフル持ちの中距離型だって話だったろ? 高機動型じゃねぇか……!?」
「落ち着け、アリーナならそこまでの速度を出せまい」
高出力レーザーを先端付近の銃口から発射する黄金の近接ブレードを携えた、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー付きの蒼いIS。 スカート状に腰部へ接続された6基のスラスターで高速機動を行い、仮想標的を近接ブレードから放たれたレーザーの一撃が貫いていく。
かつてのイギリス大統領機“アーサー”の主兵装、黄金の剣“エクスカリバー”の代わりに、何をどう考えたのかイギリスの手によって、上下から銃身兼近接ブレードにレーザーライフルの銃口が挟まれているとでもいうべき代物“エクスカリバーMk-Ⅱ”へと変貌していた。
更に急減速で速度を落とし、金髪の少女が手を一振りすると、機体の外観にそぐわない
「おお、
「マジかよ……」
かつてのイギリス大統領機のEOA“アーサー”の主兵装だったレーザー砲内蔵パンジャンドラムの無線誘導砲台“
アーサー及び当時の英国オルコット首相はある程度プログラム化された無線誘導システムで12基の砲塔を操り、巧みに敵機を追い込んで手にした大剣“エクスカリバー”で斬り伏せるという詰将棋やチェスのような戦法を得意としていた。
だが、最新技術で造られたとはいえ、悲しいかなパンジャンドラムはパンジャンドラム。
最初の公式戦では、各国の期待通り円卓の砲手のうちの1基“ランスロット”が砲撃直前に敵機の砲撃で抉られた地面に躓き横転、アーサーを誤射し
「事前情報にないパッケージでも装着したようだな……?」
決定的な結論が出ぬまま、時間は過ぎていく。 モニターの中では車輪付近に取り付けられたティー・スラスターが紅茶から生み出したエネルギー100%の推進光を噴き出し、高速回転するパンジャンドラムの本体から上下前後にレーザーを掃射し続ける円卓の砲手がブルーティアーズSGを中心に円運動を行っていた。
一瞬、情報部員の眉間に皺が寄る。 だが続けて、イチカを思い浮かべたのかクスリとほほ笑んだ。
「どうした?」
「いや……メタルウルフなら……メタルウルフボーイなら勝てる。 ……だろう?」
「無茶も不可能も、確かにやり遂げてしまいそうではあるな……」
「バカを言ってんじゃない。 その勝率を上げるためにこうしてるんだろうが」
イチカは、きっと改めて理解することになるだろう。 これは、ただISと特殊機動重装甲がぶつかるだけの試合ではない。
アメリカや他国の男性軍人の期待を一身に背負って、女性が駆るISと戦う代理戦争なのだ、と。
*
一方、イチカが会場を出て行った頃のデュノア社のブース。
相変わらず行列が並んでおり、写真集の売れ行きも好調だ。 時々、
「……シャルロット、彼はどうだったんだ?」
「父さんの言うとおり、悪い人ではなさそうだね……ちょっと、火力信者っぽいけど」
「ふむ……。 そういえば、だ。 今度の欧州IS演習、我が社に参加要請があった。 恐らく、最新型のティアーズ型の性能実証の相手だな」
「知ってるよ。 私が、出ればいいの?」
「ああ。 彼が負ければ、シャルロットが相手をすることになる。 ……彼女が亡くなって以来、いつも世話をかけてばかりだな」
「またその話? 大丈夫だよ……母さんがいなくなっても、父さんが私に居場所を作ってくれたし……それに、悪いのはあの女だったんだから」
人当たりのいい笑みの中に、一瞬浮かんだ黒い微笑みを埋没させるシャルロット。
今は亡きシャルロットの母。 父であるシャルルに結婚の話が持ち上がった際、愛人であった母にできた娘の存在を知らないまま結婚しようとしたシャルルへ、シャルロットは自らの存在を暴露しようとしていた。
――いつか、そういう話があの人に持ち上がったらやってやりなさい――
そう母に教えられた通り、そっちがそのつもりならスキャンダルでも証拠付きで叩きつけてあげよう、と。
ところが、調べるうちに結婚相手だった女性が女尊男卑の流れに乗ってデュノア社を掌握しようとした亡国機業のスパイだったことが発覚、シャルロットも予想外の方向で御用となり、結婚話は流れたのであった。
その後、何事もなかったかのように普通に娘の存在を知らされたシャルルは現在も独身である。
シャルロット・デュノア。 ちょっと黒い少女だ。
「大丈夫……父さんたちが、デュノア社が造ったラファール・リヴァイヴは負けたりなんかしない……。 できたばっかりの
*
翌日。 ホワイトハウス襲撃事件及びモンドクロッゾ決勝から4ヶ月半が過ぎたお正月。
夜にはアメリカに帰国予定のイチカは、正月らしくどことなく中華風な絵柄の着物を着た鈴と同じく着物の五反田兄妹とで、幼馴染の箒がいる篠ノ之神社に初詣に行った帰りだった。
が、神主で箒の父である柳韻によればちょうど休憩でシャワー中らしく、弾の家を合流場所にして“アーマード・プレジデント2”でもやって待ち時間を潰そうと弾の家に向かっていた。
ちなみにその際、イチカの背後から挨拶した先代大統領に向かって柳韻から“悪霊退散!”などと言われて先代大統領が不機嫌になってしまったのも、帰っている一因ではあるが。
「それにしても、なんであんた、メタルウルフとか動かしてるのよ……半分だけアメリカの日本人だったのが、アメリカ国籍になって転校までしちゃうし……」
「そう言われてもなぁ……転校のことは悪かったって、鈴」
「IS撃退してシルバースター勲章なんかも貰ってて、日本でももっと公表してくれれば、日本の男ももう少し肩身狭い思いしなくて済むんだけどなぁ」
「授賞式、動画サイトの生中継で見てましたよ。 お兄ぃ達もイチカさんがいなくなってだいぶ寂しがってるんです。 もちろん私も……」
ブリュンヒルデごとならともかくイチカがアメリカ国籍になったところで“表向き”には各国は大して気にしなかった。 日本はアメリカがきちんと保護してくれるのなら、とシルバースター受賞決定後という手回し済みの状況下でイチカの国籍変更に同意した。
これでイチカがISでも動かそうものなら大騒ぎだったのだろうが。
日本では当事者がアメリカ国籍になってしまうのもあり、混乱を招くという意見も多かったことで、テレビ報道はなくネットニュースでしか扱っていない。
「向こうの学校で新しい友達とかできたけど、俺だって弾とか鈴とか蘭とかいないのは寂しくはあるな」
ちなみにイチカの鈍感ぶりは、小学生の頃
長期休暇でイチカがアメリカにいるときもほぼ同じファイルス家にいたので、イチカが中学生になってからは“お互いのことを知るため”にナターシャから“色々”教えられた。
「――イチカ。 私がいないのは寂しくないと言うのか?」
「おお、箒! あけましておめでとう。 もちろん、同じくらい寂しいぜ」
「早かったわね箒、あけおめー」
後ろから聞こえた声で振り返った先、巫女服姿で篠ノ之神社から追いかけてくるようにして現れたのは、イチカの最初の幼馴染であり、篠ノ之剣術道場の娘、篠ノ之箒。
篠ノ之流の凄まじい剣術を扱い、小4から剣道の全国大会に出場し、中学生になってからは準優勝、優勝と一部では“織斑千冬の再来”と言われている。
千冬と箒の影響で篠ノ之道場の門下生が増え、その結果篠ノ之家護衛のGUIDEのNINJAも当初より増員されている。
「日の出前から初詣の対応をしていたからな……休憩中だったのだ。 それにしてもイチカ、会えて嬉しいぞ」
「おう、俺も嬉しいぞ箒」
「わ、私は!? 私はどうなのイチカ!?」
「ハハ、もちろん鈴や蘭とも会うの久々だったから嬉しいぞ」
箒と鈴、あと蘭が牽制しあっているが、いつものことである。 3人は出会って以来イチカを巡って争う関係で、三者の関係はここ数年ずっとこんな感じだった。 ところが当の本人がしょっちゅう国外に消えるばかりか、とうとうアメリカ籍になってしまったイチカだ。
それからは前ほどの喧嘩はしないようにしている。 現にイチカは夏休みにドタバタして蘭を除いた2人とほとんど喧嘩別れのようになり、通話でお互い謝って以来、初めての帰国だ。 無駄な時間など取りたくはない。
弾と蘭にはめちゃくちゃ驚かれただけで、話せば普通に送り出してくれたのだが。
「それにしてもお前が、あのメタルウルフを動かすとはな……」
「鈴も同じこと言ってたけど、転校のことは悪かったって、箒。 テロリストに襲われて、逃げ込んだ先にメタルウルフがあったんだ」
「それで動かすとは、また何かしでかしたのか……しかし、物騒だな」
軍機に触れない範囲でイチカが当時のことを話すのを聞きながら、話の中で“ティナ”という名の仲良さげな友人や“フォルテ”という先輩の名前が出現し、まさかライバルが増えたのかと弾を除いた3人が顔を強張らせる。
と、その時。 巫女服の下に隠れている時計を見た箒の眉が、困ったように下がってしまう。
本日は元旦、言うまでもなく神社にとって1年で最も参拝客が多い日であり、しかも剣道の全国中学校で優勝している箒を目当てにやってくる客も多い。 言うまでもないが箒は大和撫子らしい美少女である。
柳韻からは30分くらいゆっくりしてもいいとは言われたものの、NINJAのアヤネ・ササキに巫女の代役を頼んだ時にものすごく興奮していたのがなんとなく不安だ。
今少し離れているところで、種も仕掛けもないのにビルの壁に垂直に立っていて、気配は完全に殺しているのに視線を集めている、あの護衛らしきNINJAのように何をしでかすかわからない。
突然忍者刀で演舞でも始められても困るのだ。
「それにしても……イチカ。 夏休みの終わりに会った時より、何か更に雰囲気が変わったのではないか? 気のせいかもしれないが」
「変わったってイチカはイチカでしょ、箒」
別れを切り出す前に、箒は目を細め、道場で立ち会う時のような鋭い視線を試しに投げかける。
イチカは動じない。 だが、箒は何故か気になるのだ。 漠然としかわからないが、何か以前と違う、そんな気がする。
対して鈴はさっきまで話していてイチカが本質的に変わってないことは直感でわかっているので、少々変わった程度で関係ないと結論していた。
「え……? お、お兄ぃ、わかる?」
「蘭、鈴の言う通りイチカはイチカだろ?」
「もちろん」
不意に片手を上げた弾と、ハイタッチ。 少し力がこめすぎたのか、弾がよろめいた。
気のせいだったかと再び時計を見た箒は、いよいよ戻る時間が来てしまったことを感じてた。
名残惜しいが、仕方がない。
「む……。 すまない、もうそろそろ戻らねば。 イチカ、今後日本に来る予定はあるのか?」
「どうだろう、お盆と正月以外はわかんないな」
「むむ……どちらも忙しいではないか。 しかし、ちゃんとお前の顔を見られるのならば構わないか」
むむむ、という表情の箒に次いで、何か愁いを帯びた表情の鈴がイチカのジャケットの裾を握る。
「……ねぇ、イチカ。 この後、何か予定ある?」
「鈴、抜け駆けか!?」
「ん……そうだな。 家を掃除したら空港行って、アメリカに帰るぞ」
「……そう。 やっぱりアンタ、アメリカに帰っちゃうのね……」
「なんだ、そうなのか……」
しょんぼりと落ち込んだ箒同様、ぼんやりと、鈴はイチカを眺めている。
そして、何かを決断したかのように切り出した。
「じゃあ、途中まで付き合うわ。 ……ちょっと、話もあるし」
*
箒とたまに連絡すると約束し、弾と“アーマード・プレジデント2”のオンライン対戦の約束をしながら五反田兄妹と別れ、イチカの家へと歩いていく2人。 鈴は、ずっと顔を俯かせたまま手をもじもじさせている。
その帰り道の途中、何か違和感を感じたイチカは小声で独り言を呟いた。
「……
普通、そんな独り言に応える人物はいない。 隣の鈴も、不思議そうな表情をしている。
だが、イチカは普通ではないのだ。 自身と背後の先代大統領が第六感で気配を読み、返事をする。
普段、メタルウルフに乗っている時も先代のおかげで想定外の方向から奇襲を受けた――というようなことはない。
そもそも、先代大統領はNINJAのジュージツ修行を受けている。 ただの背後霊などではないのだ。
――ほう、気付いたのか? 2人だ。 CIAとGUIDEが1人ずつ。 君の護衛だから心配する必要はない――
「あー……2人いたんだ。 1人だと思ってたけど、ならいいや。 で、鈴。 話って?」
イチカは何事もなかったかのように鈴の方を向き、話を振った。
だが、鈴は何やらあり得ないことを体験したかのような表情で、心なしか顔が青くなっている。
「ちょ、ちょっと待って! 今誰と話して誰が返事したの!? ってか、神社でのアレって空耳じゃなかったの!?」
「あー……その、なんだ。 メタルウルフを動かした時に、いろいろあってな……」
――私は第46代アメリカ大統領、マイケル・ウィルソンだ。 訳あって、今はイチカの背後霊のようなものになっている――
「……ってか、本当に幽霊なんているのね」
――おや、あまり驚かないのだな――
「実際、今もイチカの背中にいるんでしょ? あたしには見えないし、そりゃ、ちょっと怖いけど……」
――皆、私が喋ると逃げてしまうからな。 相手が慣れるまではあまり喋らないのだ――
先代大統領が愉快そうに笑いを漏らす。
鈴は、一度深呼吸をすると改めてイチカの瞳を見つめた。
「イチカ。 小学校の頃の約束、覚えてる?」
「ん……どの約束だ? いくつか約束してた気がするぜ」
「ええと、ほら、酢豚よ! 酢豚の方!」
「ああ、えっと、確か……料理が上達したら、毎日酢豚を食べてくれ? ってのか?」
「そうよ」
――イチカ。 毎日ずっと酢豚というのは確かに辛そうだが、君の考えているような意味ではないだろう。 察するに、これは味噌汁を……――
「あ、わわわっ! ば、ばかっ!」
言葉通りに捉えたイチカの思考に割りこみ、額を抑えるようにしながら先代大統領がイチカを正解へと導く。 だが、あまりにも直接的に答えへ導いてしまった為、鈴は思わずイチカへ向かって怒鳴ってしまう。
この瞬間、イチカの背中にいる人物の立場も吹き飛んでいた。
「ああ、なるほ――はぁっ!?」
「こ、子供の約束よ! そ、そうよ、もう! うん!」
一気にまくし立てた鈴は、赤面した顔をごまかすように同じく赤面したイチカの背中に飛び付く。 肩車のつもりだったが、着物だったので上手く跳べなかった。
バランスを取ろうとして、イチカも鈴を支える。 必然的に、鈴はイチカにおんぶされる格好となった。
「……意外に鍛えてんのね、アンタ」
「そりゃ、今は
「プレジデントフォース、かぁ。 ねぇ、イチカ……あたし――なんでもないわ」
ぽふっ、と鈴がイチカの背に胸と顔を預け、イチカの首の前に手を回す。 どこか疲れたような声で、イチカにギリギリ聞こえるかどうかの声量で鈴は呟いた。
「ねぇ、イチカ……。 私さ、再来月で中国に引っ越すんだって……」
「引っ越すのか……あの中華料理店も閉めちゃうのか?」
「そうよ。 ……イチカがアメリカに帰ったら、もう会えないのかな……」
「んな訳ないだろ。 プレジデントフォースって、案外他の国のIS部隊と合同任務やるらしいぜ。 この前はドイツと合同で、今月はヨーロッパ行きだし」
「IS……ISねぇ」
消え入るような声で繰り返す鈴。 だが、やがて織斑家が見えてきた頃、鈴は唐突にイチカの背中から飛び降りた。 ツインテールが風に揺れる。
少しバランスを崩すイチカ。 だが、鍛えていた下半身のおかげでそこまでふらつくようなことはなかった。
「うおっ……と。 鈴、どうかしたか?」
「ん。 当面の目標を決めたのよ。 あたし、IS操縦者になるわ」
「そりゃ、なんでだ?」
「それが、あたしの夢になったのよ。 アンタをISでぎゃふんと言わせてやるわ」
そう、今この瞬間、鈴の夢はイチカの隣に立つことが目標であり、夢となった。 IS操縦者になれば、少なくとも凡人でいるよりイチカと会える可能性がある。
――特に、3月末で中国へ渡ることになっている鈴には、それが唯一と言っていいような希望なのだ。 何の目的もなく中国で過ごすよりは、何かに打ちこんだ方がいいだろうし、そう思ってる方が寂しくない。
彼女は、こうと決めたら一直線に突っ走るタイプなのだ。
「じゃ、アンタの家もすぐそこだしあたしは帰るわ」
「おう。 気を付けろよ。 たまに連絡してくれ」
ツインテールとリボンが風に揺らめく。 鈴は、先程までの落ちこみ様が嘘のように笑ってみせ、八重歯を覗かせた。
「イチカ。 約束、覚えててなさいよ! 次会った時、忘れてたらぶっ飛ばすんだから!」
「お、おう! ってか、あれマジなのか!?」
返事はない。 だが、イチカに背を向ける瞬間に見えた赤面した鈴の表情が、答えを物語っているかのように見えた。
「ぎゃふんと言わされないよう気を付けないとな」
――イチカ……違う、そっちではない……――
「いや……分かってるけど、理解がちょっと追いついてないってのもあるけど、プロポーズされてたんだな……」
言葉が一瞬、途切れる。 次にイチカが何を言おうとしているか、流れ込んでくるイチカの内心から理解した先代は、押し黙った。
「先代さんも、マイケルおじさんも、テロで奥さんを殺されてる。 ……俺も大統領になった時、嫁さんを失ってるんじゃないか、って思ってさ」
――だから、彼女に応えられないと?――
「わかんねぇ。 あんまりそういうのは考えたことなかったけど、鈴はいい奴だ。 だから、尚更そうなるんじゃないかって思うと怖いんだ……」
楽観的にイチカを励ますことはできない。 彼自身も妻と娘を失い、唯一残った彼の息子もそうやって30代の頃、妻を亡国機業によるテロで亡くし、子供ができなかった。
悪戯っぽい笑みをイチカの背後で浮かべながら、先代大統領は茶化すように問う。
――……ではナターシャ君との関係は?――
「それを聞かれると……日本はともかく、
――その辺は文化の違いだな……。 だがイチカ。 お前は何を思いあがっている?――
とりあえずまず先代大統領、マイケル・ウィルソンはイチカを諭すことから始めることにした。
それが彼にとってメリットがあるわけではない。 ないが、この自分の息子から息子扱いもされている孫のような少年には先人の教えも時には必要だろう。 それが大人の役目でもある。
別にクリスマスイブのファイルス家で久々にコロニーから帰ってきた嫁とファイルスがリビングで怪しい雰囲気になり、それに触発されたナターシャが久々に会うイチカを自分の部屋に連れ込んでどうこうして、彼が身の置き所がない思いをしたせいではない。 きっと。
「え?」
――まだ、お前が大統領になると決まっている訳ではない。 今から大統領になった時のことを心配しているのは、“取らぬ狸の皮算用”という奴だ――
「そりゃ、そうだけど……うん。 確かに、今は悩んでも仕方ないや。 まずはハーバードに行けるように頑張らなきゃな」
――その意気だ。 言っておくが、テストで私に聞いたりするなよ――
「そんなことはしないさ。 大統領らしく、真正面からやってやる」
目の前にあるのは、つい数ヶ月前まで見慣れていた玄関。 イチカは織斑家のドアに鍵を差し込み、その中へと入っていった。
織斑家の中にあるのは、モンドグロッソ後しばらくしてドイツへと渡った姉が残していったゴミの山。 流石に生ゴミは大慌てで捨てているとは聞いているが、こんな光景を他の誰かに見せるわけにはいかない。
ちなみに千冬分のモッピーちゃん
常識を超えた小ささと軽さにプレジデントフォース技術部が目の色を変えたらしいソレを知ってか知らずか、流石にドイツに持っていくのをためらったらしく、モッピーちゃんTSPはテーブルの上にちょこんと置かれている。
そして元旦の昼過ぎから、日本の織斑家でゴミの山との決戦が幕を上げた。
企業に関する設定は本作の独自設定です。
(2015年の情報だと准尉の一番下(W-1)だとしても、月給2868ドル。105円/ドルとすればおよそ月30万)