METALWOLF_ICHIKA(改訂版)   作:レクス

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世間は第45代アメリカ合衆国大統領の決定で賑わっていますが、この作品に出てくるのはその次の第47代アメリカ合衆国大統領と第46代(ダディは第何代か明言されていないので独自設定)大統領です。


#10

 1月上旬、日本近海、もっと限定すればIS学園が見える位置。 速度を上げた1隻の密漁船がIS学園が見える位置をうろうろしている。

 擬似餌や生餌を船で曳きながら魚を釣るボート釣り、所謂ライトトローリングと呼ばれる釣法だ。装備だけは立派だが、まだ釣果はない。

 海上に浮かぶその大型漁船の上で、釣り竿とハイパーセンサー技術を応用した超高性能双眼鏡を手にした少女が冬の冷たい空気に晒され、白い息を吐きながらぼんやりとしている。

 彼女こそ、8月のホワイトハウス襲撃でイチカのメタルウルフに特大ホームランされ、10月にはアルカトラズ島を制圧していた亡国機業(ファントムタスク)のエージェント、エム。

 亡国機業実働部隊“モノクローム・アバター”――の最早残党となってしまった、上司であるスコールからの命令書が、彼女の前のディスプレイで開きっ放しになっていた。

 

――独断専行に対する処分としてIS学園を監視しつつ、資金源兼食糧として魚を大量に用意すること――

 

「これが……これが、命令だと……?」

 

 10月の亡国機業攻撃に付随して、多くの資金ルートが潰されたという話は知っている。

 かつて、第二次世界大戦の折にアメリカ政府を影から操った軍産複合体の巨大企業集団、通称“影の政府”。

 しかし戦後、当時の大統領であるアイゼンハワー大統領が最後に大統領魂溢れる退任演説をぶち上げてその存在が表の世界に出てくると影の政府は徐々に影響力を失い、その後政府が人知れず工作を行ったことで元の軍産複合体へと分裂していった。

 だが、それをよしとしない影の政府の私兵集団であった亡国機業は早い時期からドイツのナチス残党や中東の武装勢力を吸収し、さっさと影の政府を見限り、21世紀初頭には下部組織に命じてアメリカに飛行機を落とせるほど世界的な武装集団へと成長していた。

 現在ではクラウス社が似たような立ち位置にいるが、当然親企業各社からの監視の目もあるのでそのような事態にはならないようになっている。 当時のまま存続している親企業側も言うまでもないが。

 

 だが、そんな隆盛ももう数十年前の事。 テロで家族を失ったマイケル・ウィルソンと同じくその息子が大統領になって以降、亡国機業のスポンサーは次々手を引くか姿を消していき、今となってはこのザマだ。

 現在の亡国機業は実戦部隊の中で一番規模が大きかった“モノクローム・アバター”を始め殆どの部隊が壊滅状態、幹部会のメンバーも多数捕まった結果、組織の運営もままならない状態に陥っているのだ。

 亡国機業にはまだ中東拠点が残されているが――宗教対立に化石資源枯渇による経済的大混乱、そこへ更に、結局世界的には定着はしなかったもののISによる“女尊男卑”という男性優位なイスラム主義そのものにケンカを売る爆弾の落ちた地だ。

 亡国機業によって女尊男卑に目覚めたイスラエル第1世代IS操縦者3名の暴走に端を発する中東IS戦争で国家機能を喪失した荒れ地に残ったのは、武装勢力(テロリスト)亡国機業(テロリスト)と傭兵だけ。 正直言って中東は手に入れるだけ不毛だろうに、今となっては行き場がそこしかない。

 だが――だが、それがどうしたというのか? その程度、やがて来たる審判の日に亡国機業が崇高なる目的を果たす、その障害になどなりはしない。

 その時を思い浮かべ、一人釣り竿を手にして爛々と瞳を輝かせる彼女。 だが釣果はあまり芳しくなかった。

 

 

 

 

――欧州国際IS演習。

 

 統合防衛計画“イグニッション・プラン”第3次期主力機選定を兼ねて欧州各国のISが集い、欧州連合軍による編隊機動等の確認から最新鋭技術の披露による次期主力機のアピールが予定されている。

 とはいえ、第2次期主力機選定の結果、ラファール・リヴァイヴが選ばれたのが去年。

 第3次期選定を行おうにも、欧州連合内で第3世代機はイギリスが完成させてそう日が経っていない“ブルー・ティアーズ”ただ1つ。 ドイツ、フランスにはまだ第3世代機は存在せず、イタリアのテンペスタⅡはモンドグロッソ直前の国家代表を巻き込んだ大事故により開発一時凍結が宣言されている。

 故に、今回は欧州演習は中止ということで話が纏まりそうだったのだが、それに待ったをかけたのがイギリス女王であった。

 せっかくブルー・ティアーズが完成したのだから、と第2次期主力機であるラファール・リヴァイヴと、例年新型ISが完成した際に行うIS以外との性能比較の相手としてアメリカの特殊機動重装甲を指名したのだ。

 毎年、最新ISとの比較として参加し続けており、戦績は各国ISと1vs1で戦ってアメリカ側が勝率3割から4割といった程度。

 とは言ってもこの数字はIS登場以前から特殊機動重装甲(メタルレイヴン)を駆っているベテランにして精鋭であるプレジデントフォースだからこその戦績であり、決してこれが世界的に普通という訳ではない。

 

「おー……ここがこの前モンドグロッソやってた場所っスか……」

 

 現地に到着したのが本番の3日前。 そしてアメリカ側についてきたのは第3世代ISファング・クエイク操縦者――ではなく、第2世代ISコールド・ブラッド操縦者、ギリシャ系ハーフのフォルテ・サファイアだ。

 紫がかった長い黒髪を、かつてダリル・ケイシー(レイン・ミューゼル)に三つ編みにしてもらっていたフォルテだったが、北極の狼作戦で結局ダリルに再会できなかった。

 しかし、ダリル生存の可能性を信じているフォルテは、当面三つ編みの心配がいらないようにショートカットへと髪型を変えていた。

 到着から今日までの3日間、大人1名少年少女2名――少し離れて見ているシークレットサービスは除く――でドイツ旅行をしていたのは言うまでもない。

 

「いやー、随行のIS操縦者が1名必要ってことで応募通ってよかったっス。 第3世代じゃないのはイギリスには悪いっスけどねぇ」

「ファング・クエイクはそろそろ10機目が完成するらしいが、コーリングは現在月面と宇宙空間でファング・クエイクver1.1の試験中、残りはストライクイーグルからの機種転換で慣熟訓練中だからな」

「ギリシャと違って金とコアがあるからいいっスねー」

 

 しかし今日は既に本番、軍のお仕事の日である。 

 日本代表である姉が自分と亡国機業のせいで優勝を逃し、代わりに出場したアメリカ大統領がISに勝利するという一大事件が起きたドイツ、ベルリンの国際ISアリーナへと入っていった。

 

 

 

 

「……と、いうことで欧州演習だが、フランスと共に戦うこととなった」

「共に、って言っても対決自体は別々だろ?」

 

 そして、ISアリーナの会議室で待っていたのは、かつて東京で出会った、金髪のフランス人の少女。 デュノア社社長令嬢兼テストパイロット、シャルロット・デュノア。

 

「そうだな。 向こうだけ勝ち抜き戦でやるようなものだ。 それで、ブルー・ティアーズの操縦者はまだIS学園にも入れない年齢なんだそうだ。 その操縦者と同年代の相手を要求された結果が……我々の次に戦う彼女、デュノア社のテストパイロット、シャルロット・デュノア嬢だ」

「また会ったね、オリムラ君」

「半月ぶりだな」

「ほー、デュノア社の。 一応私も同年代のフォルテっスよ、よろしくっス」

「うん、よろしくね」

 

 以前同様、営業用スマイルを浮かべたシャルロットがイチカとフォルテの差し出した手に応じて、握手を交わした。

 フォルテは同年代であって同年齢とは言っていないが、小柄で猫背気味な彼女なので言われるか調べない限りは気付かないだろう。

 シャルロットは今回もこの場にやってきたついでに自社宣伝と情報収集を独自にこなしている。

 

「一応、まずは先に戦うオリムラ君がどういう戦いをするのか聞いておきたいんだけど」

「うん? 装備リストは……これだな」

 

LEFT BACKPACK WEAPON

-BR(アサルトライフル)

-SHARK(ミサイル)

-TLT800(フレイムランチャー)

-DRG(レールガン)

 

RIGHT BACKPACK WEAPON

-G-BOW(マシンガン)

-MLS(バズーカ)

-TLT800(フレイムランチャー)

-GL95/AA(グレネード)

 

BR(ビームライフル)……はアメリカが開発して、日本の猛烈アピールで内部のブラックボックス化とかを条件に特例で輸出許可が出て、日本の試製78式やそのIS版が持ってる有名な奴だね。 G-BOWはモンドグロッソ決勝戦のガトリングボウ、MLSが前言ってたムーンライトソード……。 あとはなんだろう……?」

「いつも思うけど、このビームライフルのデザインでよく通ったよな。 去年くらい60周年だった試製78式の元ネタ(RX-78-2)そのまんまじゃんこれ」

「TLT800……TLT750? あ、これヤバいやつっス。 詳しいことは控えるっスよ」

「……ふむ、セオリー通り近距離から中距離で戦うつもりか。 火力を集中させられれば、確かに厳しくはあるがISを撃墜できなくはない。 ……当てられれば、だが」

 

 それを見たシャルロットは、それぞれ何の武器だろうと首を傾げ。

 そしてファイルスは、酔ってふざけて提出したデザインがそのままいくつも通って驚いたという話を当時のプレジデントフォース技術部の先輩から聞いていたが、そのまま黙秘しておいた。

 

 

 

 

「あら、何か時代遅れがノコノコと来ましたわよ」

「男なんて下等生物、視界に入れるのも嫌ですわ。 生きて帰れると思わないことですわね」

 

 アリーナに入場した瞬間、特殊機動重装甲に身を包んだプレジデントフォース2名とコールド・ブラッドを展開したフォルテのアメリカ組へそんな辛辣な言葉が飛んできた。

 最初に甲高い声を発したのは、イギリス国家代表。 そしてイギリスIS委員長。

 剣呑な雰囲気を感じ取り、眉を顰めたイチカがファイルスに説明を求めてすぐにイギリスIS委員長が声を遮る。

 

「なんだこりゃ。 ファイルス少佐、俺達はいつお芝居の中に入り込んだんです?」

「これが演劇なら、私は毎年呼ばれる大物スターになるな」

「少佐が大物スターなら大統領は世界的アイドルっスね」

「そこの男、発言を許した覚えはありませんわ。 身の程を弁えなさい」

「男に許可しているのは、口をつぐんで地べたを這いずることだけですわ。 女王様となら言ってもよろしくってよ」

「……フン」

 

 ドイツ組としてやってきた織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒは興味なさそうに鼻を鳴らす。

 罵倒されている相手、イチカ・オリムラは彼女(ラウラ)が部隊以外でできた初めての“戦友”である。 それを男だからといって正当に評価できない相手に興味は微塵もない。 むしろ、不愉快ですらある。

 そんなラウラを、クラリッサはすぐ後ろからじっと見守っている。

 千冬に至ってはもっと単純だ。 彼女の大切な弟であるイチカを罵倒され、今にもドイツ出向時に日本から借りてきた打鉄で襲いかかりそうである。

 

「落ち着け、織斑千冬。 気持ちは分からなくもないが、国際問題――にはならないか。 毎年ああだからな」

「ああ、わかっているともゼクス……!」

「……今は私の名前はクロエだ……」

 

 そしてもう1人。 ラウラの隣に立つ、ラウラと体格がそっくりで、流れるような銀髪をポニーテールにした遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の小柄な少女が、本来白目があるはずの黒い眼球をサングラスで隠しつつ千冬を抑える。

 受精卵の状態で遺伝子的な強化処置を施された後、“肉体の形成を自然に任せるのは非効率的”(兵器生産から戦場配備まで十数年も待てない)として人為的に身体能力の成長著しい肉体年齢十代後半まで急速成長させられた後に幼体固定処置され、20数年前のロールアウト時から外見的特徴が一切成長しない存在。

 国家代表を引退し、現在は議員となったゼクス・アルトマイヤー元国家代表の代わりに彼女の専用機を手にしてやってきた、サングラスをかけた謎の国家代表代理“クロエ”である。

 ゼクスのコードネームが元々C-6Aだからクロエなんじゃないかとか、何故専用機のはずのローター・ティーガーを彼女が動かせるのか、そもそもサングラスかけて髪型を変えただけで本人そのものではないか、と今回の出発時に千冬と2人きりになった時に散々突っ込まれたが、一応本人が頑なに別人であると反論している。 そういう命令を受けているからだ。

 

 ラウラは周囲を見渡す。 両隣にいる、教官兼引率である千冬の打鉄。 ドイツ国家代表代理クロエとその愛機、太陽砲パッケージ(ゾンネ・カノーニア)装備第2世代IS“ローター・ティーガー”と、背後にいるクラリッサの、自分の機体と同じ“シュヴァルツェア・イェーガー”。

 フランス代表の、今は展開されていない燃えるIS“ジャンヌ・リヴァイヴ”とデュノア社社長令嬢兼テストパイロットのシャルロット機“ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ”、イタリアからは現在の国家代表が駆る第2世代型IS“テンペスタ・ラーマ”などが揃っている。

 そして、イギリスの第3世代型IS、“ブルー・ティアーズSG”。 そんな最新鋭機の操縦者が、メタルウルフを纏ったイチカのほうへと優雅に歩いていく。

 そして、3mサイズのメタルウルフを見上げ――対抗するように、ブルー・ティアーズSGを展開して同じくらいの目線となった。

 

「セシリア・オルコット! 何をしていますの、その劣等種()から離れなさい!」

「……騒々しいでしょう? 全く、ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)が聞いて呆れますわ。 ――貴方が、今日の対戦相手なアメリカの操縦者ですわね?」

「そうだけど?」

(わたくし)が、貴方の相手を務める“ブルー・ティアーズSG”の操縦者、セシリア・オルコットですの。 今日はそれなりに期待していますわ?」

「おう、アメリカ大統領直属軍(プレジデントフォース)所属、イチカ・オリムラだ。 よろしくな」

 

 打ち合わせ時にシャルロットにしたように、握手として手を差し出すメタルウルフ。

 しかし、ブルー・ティアーズSGはその手を無視して、背を向けた。

 

「……申し訳ありませんけど、我が国は今ご覧の有様ですから、握手はできませんの。 このおかしな英国政権を見返すためにも、私は国家代表になる……貴方はそのための踏み台となってくださいまし?」

「生憎、俺もここで負けるわけにはいかないんだ。 そっちもいろいろあるだろうけど、俺が勝ってみせる」

「口先だけではないことを、この後証明してくださいな」

 

 そう言いながら、セシリアは結局握手することなくブルー・ティアーズSGを解除しながら戻っていった。

 

「こんにちは、オリムラ君。 今日は頑張ってね」

「ハロー。 ああ、連中に目にもの見せてやるぜ」

 

 そこへフランスから今回の第3世代機の当て馬としてイチカと一緒に指名されたフランスIS操縦者、シャルロット・デュノアがやってくる。

 オレンジ色の機体の中には多数の武器を満載し、それを連続切替(ラピッド・スイッチ)という早撃ち技能で次々切り替えながら戦う、全距離対応機(オールラウンダー)だ。

 器用なことだ、とイチカは思う。 それに比べてストライクイーグルはたくさん武器を積んでたくさん撃ちまくる、なんと豪快でわかりやすいことか。

 

「んじゃ、私は始まるまで席でゆっくりしてるっスよ。 応援してるっスー」

「イチカ。 このIS演習と合わせて行われている国際会議で、各国首脳のところへ中継される。 そして、イギリスは行き過ぎた女尊男卑で煙たがられていてな。 さっきのオルコット嬢はまとも(例外)だが、手を抜く必要はない」

「ああ。 鼻っ柱にミサイルパンチをぶち込んで、イギリスの天狗の鼻を折れってことだろ」

「それは痛そうだな。 ああ、待て……一つ、聞いておくことがあった」

「なんだい」

 

 ファイルスがイチカの方を向いた。 青いカメラアイを、心なしかいつもより輝かせながら、まるで近所のコンビニにでも向かうように軽い調子で。

 

「――ちょっと月へ行ってみたくはないか」

 

 

 

 

 一方、その頃。

 アリーナの地下、核シェルターとしても機能するそこには、とある国際会議の場として各国首脳が集っていた。

 いつものように大統領機(プレジデントアーマー)を着込んだ首脳たち。 イギリス女王と、大統領機自体をISに改造していたドイツはISに乗っている。 大統領戦争は終わったが、殆どの大統領機は大統領戦争の時代同様に正装(パワードスーツ)で参加している。

 とはいえ、搭乗者もかつてとは違うし、国内のIS派もそれなりにうるさい。 ましてや、それを纏って戦う時代ではもうないので、現在の各国首脳の操縦の腕は保障されないのだが。

 

「……我がドイツもあの様になる可能性があったのだな。 ああはなりたくないものだ」

 

 つい最近就任したばかりのドイツ連邦の女性首相が、地上の様子を映し出すモニターを見ながら呟く。

 彼女は新生ナチス反対派であり、いよいよ新生ナチス・ドイツ政権が反対派を粛清しようとした際、元国家代表のゼクスを救うべく現れたゼクスの妹分である遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)がドイツ各地から集結しての急襲により武力制圧された後、国名はドイツ連邦共和国へと戻し、新政権の代表として選挙で選ばれている。

 ゼクスは立候補すれば当選確実と思われていたが、まだ政治家としての経験が浅いことを理由に拒否した。

 クーデター時に総統官邸へと単身殴りこみ、実戦経験のない新生ナチス・ドイツ総統が総統専用ISの操縦に手間取る間に制圧したドイツ元首相に至っては“私が政治でやるべきことは在任中にやった”として首相の座を蹴って軍務復帰したのみであった。

 

「ああ露骨にやるのはイギリスくらいのものだろうさ」

「あら、何がいけないのかしら? ISも使えない、劣った存在。 そんなモノとISを操る私達女性と区別するのは当然のことでしてよ」

「仮に特殊機動重装甲(メタルウルフ)が存在しなければ、そうだったかもしれんな」

 

 当たり前のことを、それこそ太陽は東から昇ると言わんばかりの調子で男性のイギリス首相を椅子にして腰かけたイギリス女王は言ってのける。

 イギリス首相が男性なのは、イギリス女王の発表する政策での不満を、全て彼に背負わせる為だけの存在であるからだ。 無論、押し付けるのは不満と悪名だけで、名声は女王のものである。

 そして恐るべきことにこのイギリス女王、イングリッシュジョークが壊滅的で基本的に言わない。

 つまりは、“女性は人間、男は下等生物”、それが政府としての総意なのだ。

 

 今この場に彼女がいるのも、ISで世界の頂点に立つイギリスが行く価値は全くないが、視界におさめるだけでも悍ましい“男”共の為に、懇願されたからわざわざ来てやっている……と認識しているからに過ぎない。

 この場にいる女性首脳はドイツとイギリスの2か国のみ。 そしてドイツは方針転換で行き過ぎた女尊男卑にはやや否定的となって元の男女平等に舵を切ろうとする最中であり、実質女尊男卑を掲げるのはイギリスのみである。

 

 この国際会議では、とある案件についての話が進められようとしていた。

 各国共同利用の国際宇宙ステーションの建造。 以前の宇宙ステーションは宇宙資源採集を行うアメリカ国有の宇宙ステーションであり、不審なコースを取る他国の宇宙船を衛星軌道で撃墜するための宇宙軍の最前線基地だった。

 “アメリカ内戦”においてアメリカ副大統領に占拠され、副大統領に反発した宇宙軍が出て行ったあと要塞化された挙句宇宙ステーションは崩壊している。

 

 白騎士事件によってISで軍事衛星を撃墜されたアメリカは、白騎士事件後に地上から低軌道を狙えるようになった現在、安全ではなくなったとして低軌道から月面へと後退し、低軌道にはカウンター用の軍事衛星や光学迷彩で隠れた対艦レーザー衛星群を大量配備し、宇宙艦隊で監視することを決断した。

 その後、依然として白騎士級のISが出てこないことが判明し、モグラ叩きのようにどこから宇宙へ上がってくるかわからないよりは、などと様々な思惑が絡んだ結果、国際宇宙ステーションはアメリカ主導で建造が続けられ、完成間近となっていた。

 同時にこの宇宙ステーションで各国共同によるISの宇宙開発関連の研究も行われる予定だ。

 将来的には、日本近海に存在するIS学園の進学先としても検討されている。

 とはいえ、国際宇宙ステーションから地球へと離れる方向へ進んだ先にはどこもかしこもアメリカが領有することを示す星条旗と護衛や哨戒のアメリカ宇宙軍がいるので、宇宙ステーションから先へは進みようがないのだが。

 

 が、ここに来て各国からアメリカへステーションにおかしなもの(戦略兵器)を仕込んでいないか確認しなければならない、という声が挙げられた。

 ならば来てみろ、と数ヶ月の日程で宇宙ステーションへいくつかの国から確認にスタッフを送ろうと提案したのがアメリカである。

 それも、ISを含めて、だ。

 宇宙進出目的で作られたISが世に出てもうすぐ9年。 そろそろISを本来の用途に使おうというデモンストレーションを目的としている。

 

 そうなると今度は各国ともただでさえ少ないISをわざわざ宇宙開発に使うのを渋って揉めた。

 そのまま会議が終わってしまえば、こっそりこの会議を月から聞いていた篠ノ之束が拗ねて何かやらかすところであったが、ISに余裕があり、唯一スペースコロニーも所有している提案国アメリカが真っ先に派遣を決定。 既にナターシャ・ファイルスが新型ISの開発を兼ねて宇宙へ発っている。

 残るはどこの国の誰が行くかだ。 当たり前だがIS操縦者だけでなく技術者も行動を共にする。

 それ以外で“今いなくなっても然程惜しくない”ISと、IS操縦者を派遣する――。

 

「我がロシアは当然参加するとも――構わないな、アーニャ代表?」

『はい閣下、光栄であります』

『はい閣下、光栄であります』

「次回は名誉挽回することを期待している」

『はい閣下、光栄であります』

『はい閣下、光栄であります』

 

 30年以上ロシアを主導したウラディーミル・プッチーン大統領の亡き後、“いくらかの”粛清でロシアに平穏を取り戻したロシア新大統領――代理としてサイボーグを出席させ、声だけがここに中継されている――の眼前で投影ディスプレイが開く。

 ロシア大統領の代理であるサイボーグの前に現れた投影ディスプレイに映るのは、2人の同一人物が操る、ロシア前国家代表機で超高出力ナノマシンによる赤いエネルギー翼が特徴のISクラスィーヴィ・(麗しき)クリースナヤ・ラースタチュカ(赤ツバメ)と、モンドグロッソ後に完成した“水”――正確には“水素原子”を――を操る流線型の全身装甲な重防御の第2世代ISツァーリ・ソーンツァ(太陽の皇帝)

 低調に終わった第2回モンドグロッソ後、第2回モンドグロッソ総合部門代表のアーニャは“再教育”を受け、それぞれのISに制御用生体部品として彼女のコピー生産された脳が搭載された。

 脆弱な生身の肉体を捨てた彼女は、一切の操縦者保護機能をカットし、代わりに性能を引き上げられた“かつての愛機”と“戦略型IS”に搭乗している。

 他にもロシアではナノマシンの水を操り、陸上で敵機を水没させられる“対メタルウルフ抹殺用IS グストーイ・トゥマン・モスクヴェ(モスクワの深い霧)”の開発及び操縦者選抜が進行中だったりする。

 

 そのロシアの席の近く、日本と日本近海の国際連合特殊高等学校IS学園(通称テロリストホイホイ)の席に座る代表者同士が小声で話し合っている。

 唯一の生身であるIS学園長の背後には以前の日本大統領機(プレジデントアーマー)であった試製78式機動装甲。 機体は同一だがアップデートで性能は上がっている。 ちなみに試製も含めて正式名称だ。

 日本首相が身を包むのは陸戦型79式改機動装甲(旭日改)。日本国内と国外で呼称が変わる、EOA世界シェア1位の日本製EOAの日の丸カラーなモデルだ。 首相用ISは議会のゴタゴタで手続きが終わらなかった。

 

「あ、あの、轡木さん、我が国(日本)はどうしましょう……」

「……えぇと……ああ、3ヵ月前に日本首相になった和田首相ですか。 どうしましょうと言われても、私が日本首相だったのは7年ほど前までで、今は国連のIS学園長なのですが……いえ、わかりました。 こちらも日本からの予算を削られては敵いませんからね」

『今回の女性首相は長続きするといいのですが。 最近名前を憶えてもすぐ無駄になりそうな気がしてですね』

 

 そんな時、地上のメタルレイヴンからの通信がメタルウルフへと転送されてきていた。 元々大統領が確認するように指示していたことだ。

 アメリカは既にナターシャを派遣しているので今回新たにISを派遣する必要はないが、別にISでなくとも送り込むことはできる。

 それに、そろそろ月面の無人資源採掘基地から宇宙資源を回収に向かう時期でもある。

 

『――ちょっと月へ行ってみたくはないか』

『……面白そうじゃん。 そういや千冬姉と束さん、宇宙旅行が夢だって言ってたな』

 

 そんな通信が、第47代アメリカ大統領のメタルウルフ越しに聞こえてくる。

 

「ほう? 今のは?」

「あら。 例のグリーンランド攻撃で有名になった2人組の若手操縦者の片割れですか」

「……ラファール・リヴァイヴで宇宙進出というのも面白そうだな」

 

 こっそり月面の採掘基地から宇宙資源を拝借していた月の兎、篠ノ之束がこれを聞いてガッツポーズしたのも、また別の話。

 そして、ここまで興味なさげにしていたイギリス女王が立ち上がる。

 

「――そろそろよろしいかしら? 前座はここまでにして、始めませんこと?」

「そうだな、仕事のお話は一旦お開きにしようじゃないか。 ここからは若者のショータイムを見学しよう」

 

 同時に、メタルウルフへと秘匿回線から連絡が入る。 月面スペースブレーン基地兼宇宙海兵隊第7海兵遠征軍司令部、通称“キャンプ・アームストロング”からだ。

 海兵隊用の、メタルウルフなどより小型で身体にフィットする宇宙服兼用の全身アーマースーツを着込み、今はヘルメット部分を外している禿頭の男が映っている。 大統領と同じハーバード大学出身の後輩だ。

 

『国際会議中申し訳ありません、大統領。 月の例のポイントからタバネ・シノノノ所有の“登録コアナンバー469”の信号を発信する未確認ISが軌道上へと移動中。 対応はいつも通りで?』

「ああ、アメリカへ攻撃の意思を見せない限り、いつも通り不干渉でいい。 地球降下した場合はこちらで対処する。 だが何かあれば……一足先に宇宙でパーティを楽しんでくれ」

『了解。 特殊機動重装甲やEOAならともかく、歩兵用外骨格アーマーでIS相手は荷が勝ちすぎるんで、何もなけりゃあいいんですがね』

 

 

 

 

「ふっふっふ! これはグッドタイミングかなー?」

『束さま、どうしますか?』

 

 束が所有する月面基地でニコニコと笑みを浮かべているのは、ISの開発者である篠ノ之束だ。

 あれから、くーちゃんと“イヴ”で束所有の月面無人採掘基地を確認し――そして、その結果、とある理由から“これはアメリカのいっくんに手伝ってもらおう!”と結論付けた束は、イチカに宇宙へとやってきてもらおうと、今こうして軌道上にイヴを待機させていたのだ。

 どうやら、メタルウルフは宇宙でも活動できるらしい。 ならば大丈夫だ。

 

「なーんか、下でいっくんが戦うみたいなんだよねー。 キリのいいところでくーちゃんが乱入して、いっくんを束さんが呼んでるよーって連れてきてほしいんだ! だいじょーぶ、ちょっといっくんの宇宙行きが早まるだけだし!」

 

 なんていうことのないお使いのように告げる束。 だが、そんな束に仕える少女、くーちゃんの反応は彼女の予想を大きく裏切っていた。

 

『あ、あの……束さま……。 メタルウルフの他にも、すぐ近くに、織斑千冬が……あと、NINJAも……!』

「うっそぉ!?」

 

 慌てて地上を確認する束。 すると、確かにその両者がいるではないか!

 束は崩れ落ちそうになる――と言ってもここは無重力ブロックだが――足を支え、なんとかそれを防いだ。

 

「ちーちゃんは……暮桜じゃあないんだね。 うーん、ちーちゃんも呼んじゃう……? でもなぁ……」

『束さま……どうしますか?』

「そうだね……束さんも、そっちに行くよ。 何かあったらくーちゃんを助けるから。 それに――」

 

 束は少々緩んでいた表情を引っ込め、やたらと真剣そうな顔をしながら、呟く。

 

「やらなきゃ、いけないんだ。手遅れになる前に……失敗なんか、絶対できないからね」

 

 束は装甲が一切存在しない自身のISを展開する。 ISの性能全てを防御と移動に注ぎ込んだ機体なので、攻撃手段はないが――搭乗者が搭乗者(篠ノ之束)である。 電子戦機と言えなくもない。

 いつも通りの不思議の国のアリスな束の頭上、装着しているうさ耳に埋め込まれた、先端の青色に明滅する部分から残光を引きながら、束は宇宙空間へと身を躍らせた。

 

 

 

 

 およそ半年前、ISの国家代表同士によって世界の頂点を競うモンドグロッソが行われたドイツのIS用アリーナ。

 そこで対峙するのは、アメリカとイギリスの2機。

 1つは量産型特殊機動重装甲、メタルレイヴンの大統領仕様として改造したメタルウルフの、内戦終結後に予備機として新造された13機のうちの1機。

 無論、技術発展と共に機体の細かなアップデートを受け続け、当時とは性能が格段に上昇している。

 

 対するイギリスは第3世代型ISであり、専用パッケージと呼ばれる追加装備、高機動パッケージの“ストライク・ガンナー”を装備した“ブルー・ティアーズSG”。

 メタルウルフに合わせ、競技用リミッターを外されている。

 

 そして両者の間に立つのは国連のGUIDEとしてISバトルの審判を務めるNINJAの頭領(マスター)、ケン・オガワ。

 モンドグロッソ公認ISアリーナの広さは半径200mと定められており、ISの機動性からすれば非常に狭いが、これはNINJAが原因である。

 ISバトルに使用されるアリーナと観客席の間を遮断して安全を確保する半透明な遮断バリアとして、国連GUIDEのNINJA(完全手動)による結界が存在しているが、この200m級の結界を張れる熟練NINJAはケン・オガワを含めても僅か数人しかいない。

 その200m級の結界の外側に遮断シールド(電磁バリア)が展開されているが、遮断シールドのみでは貫通されることもあるので、それ以上広くできないのだ。 無論、結界があっても88cm砲のような規格外などであれば貫通できるが。

 結界の内側で結界を維持しつつNINJA動体視力(NINJA VISION)によってISバトルの審判を行い、自身への流れ弾を防がねばならないNINJAは結構ハードだ。

 

 アメリカとイギリス、対峙する両国の雰囲気は、当然よくない。

 片方はISの登場後も“人種や性別による平等”を貫き、世界政府崩壊で影響力が落ちたとはいえ、未だ絶大な影響力で国際社会を先導するアメリカ。

 IS登場後に提唱された“女尊男卑”をイギリス女王自らが国家の政策として実行し、男性への弾圧を行っているイギリス。

 

 男は女性の(しもべ)としてあるべし、とはイギリスで現在主流の思想だが、セシリア・オルコットは単にただ情けないだけの男性が嫌いなだけで、その思想に染まっているわけではない。

 しかし、それを表現することは許されていない。 個人の思想を制限しているイギリスに、そのトップである女王に見られているのだ。 迂闊なことを言えないし、できない。

 故に、今こうして男が乗っているメタルウルフをじっと見つめているのだ。 今のイギリス内で力を得て、イギリス国家代表まで上り詰めて、イギリスを見返してやる為の第一歩。

 その第一歩の踏み台にすべき、アメリカの男に負けてなどいられないのだ。

 

「……初めに、言っておきますわ。 今のイギリスでは、弱い男は下等生物扱いですの。 貴方が“人間”であると証明したければ――」

 

 セシリアが腕を振る。 光と共に現れたのは、ストライク・ガンナーを装備したブルー・ティアーズが扱える特殊兵装、思考誘導式BTレーザー砲内蔵パンジャンドラム“円卓の砲手”(ガンナー・オブ・ラウンズ)が6基。

 兵装名は以前と同一だが、第3世代兵器らしく操作が思考誘導式となり、BTレーザーを発射できるようになっている。

――問題はそこではなく、パンジャンドラム自体だという問題は置いておく。

 

「――私の父のように、強い男だと証明しなさい」

「俺は、大統領を目指してるからな。 証明してやるよ、俺の背負った、大統領魂にかけて!」

「その魂ごと、撃ち抜いてあげますわ! 踊りなさい! (わたくし)、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でるワルツで!」

いいぜ、(OK,) パーティの始まりだ!(Let's party!)

 

 審判であるケン・オガワが試合開始に鳴らしたホラ貝の音と同時に、ブルー・ティアーズSGがBTソードライフル“エクスカリバーMk-Ⅱ”からBTレーザーを発射した。

 同時にケン・オガワが赤黒い防護結界を展開しながら後方へと飛びのく。

 鳴り響いたロックオン警報と共に、メタルウルフの機体が動く。 初弾をかわしつつ前へ。

 前進し続けるメタルウルフが背中から右手に取り出したのは2010年代のアリゾナ紛争時に反銃火器運動から生まれた、ミサイル並みの威力を持つ狩猟用の木製の矢を連射する連装ガトリングボウ“クレイジーホース”(G-BOW)。 左手にはまだ何も出さず、機関部を支えるように保持している。

 ちなみに特殊機動重装甲の武装は片手でもしっかり保持し、正確に狙えるようにできているのであまり支える意味はない。 ブルー・ティアーズを横長のロックオンサイトに捉えたイチカは、クレイジーホースのトリガーを引いた。

 かわしたBTレーザー弾がアリーナの砂地に着弾。 砂地表面がガラス化する程の高温と着弾時の爆音がその威力を物語る。

 

――これは私の大統領的直感だが、恐らく今のイチカがまともに受ければ一撃でシールドメモリを1つ持っていかれるだろう――

 

「げ……20発受けたら終わりじゃん」

「……高機動中距離射撃型の私に、同じ中距離武装で挑むつもりですの? いいでしょう、受けて立ちますわ!」

 

 ストライク・ガンナーによる高機動性で蒼い風のようにアリーナを縦横無尽に飛び回りつつも斜め上から撃ち下ろす格好のブルー・ティアーズと、ホバリングのように砂を巻き上げながらブーストで前進するメタルウルフ。

 銃口を向けられると同時に姿勢を傾けるようにしてレーザー弾を左右にかわす。

 イチカは右手に持ったままだったクレイジーホースと、新たに取り出した追尾性能に特化したSHARKミサイルを手に、それを発射した。

 

「な、なんですのそのふざけたデザイン……ミサイルのデザインまでふざけてますわね!」

面白い見た目だろ!(It's cool!) でもこいつを(You can play in )くらえば真面目だって(the Sapporo Snow Festival!)わかるぜ!(Take this!)

「結構ですわ!」

 

 ミサイルランチャー自体が巨大なサメの形をしている上、そこから発射されるミサイルも海水をまき散らしながら追尾する、サメ型のミサイルである。

 そのくせ追尾性能には極めて優れ、炸裂時には超低温ガスで凍結効果すら持つのだから始末に負えない。

 

「このブルー・ティアーズが第3世代ISだということ、今から証明してあげますわ!」

 

 瞬間、ブルー・ティアーズSGが振り返ってその場に滞空、母機であるブルー・ティアーズを追いかけて円卓の砲手6基が車輪のティー・スラスター推進でゴロゴロ転がっていく。

 円卓の砲手(パンジャンドラム)中央の車軸部分、そこに各4門埋め込まれたレーザー砲口は車軸部分で唯一車輪部分と同じように回転している。

 そこから放たれていたレーザーが曲がり、木製の矢の弾幕とサメミサイルがレーザーによって焼き尽くされる。

 ぐにゃりぐにゃりとレーザーが曲がり、そしてメタルウルフめがけて18のレーザーが飛来する。 6発は発射時に発射口が地面に近かったのか、誘導開始が間に合わずに着弾していた。

 

「曲がったぁ!?」

BT偏差射撃(フレキシブル)、完成していたんだ……!」

「そうですわ、これが第3世代IS――ISでもないそれに、ここまで手が届くかしら?」

 

 シャルロットの声を聞き流しつつ、繰り返しのサイドブーストでメタルウルフが反復横跳びのように正面のブルー・ティアーズSGへと向いたまま左右に動き、更に引きつけてから急降下もしてイチカはなんとかレーザーを回避しようとする。

 だが当然全ては避けきれない。 メタルウルフに曲がるBTレーザー4発が命中し、エネルギーシールドのシールドメモリを4つ(400%)削られた。

 メタルウルフに存在するシールドメモリは20個。 18個(1800%)削られればメタルウルフが敗北なのは、モンドグロッソ決勝戦と同様である。

 

くそっ!(Shit!)

 

 円卓の砲手が先程同様、ゴロゴロ転がりながら再びレーザーを照射し、今度はエクスカリバーMk-Ⅱから発射されたBTレーザーもぐにゃりと曲がる。

 メタルウルフを照準して飛来したBTレーザーを先程より大きくサイドブーストで回避するが、予想通りメタルウルフの後方で一斉に折れ曲がり、追ってくる。

 数の多い円卓の砲手のBTレーザーは照準が甘めに、本命で倍の威力を持つエクスカリバーMk-ⅡのBTレーザーは正確に狙ってくるが、レーザーの数が多すぎて紛れてしまい、イチカには判別できない。

 イチカには判別できないが――イチカにとってもう一つのセンサー、先代大統領から大統力による直感で命中しそうなレーザーのイメージが伝わってきた。

 

――来るぞ、イチカ!――

 

 適度に拡散した後、前方およそ180°から包み込むようにメタルウルフへと飛来するBTレーザーの雨が迫る。

 

ああっ!(OK!)

 

 右足を振りあげ、そのまま逆上がりのように空中で回転しつつ、地面に向かって急降下。

 地面に激突する瞬間、両脚で反動をつけながら背面のスラスターを吹かせて一気に前方へと跳躍しつつブーストで地面スレスレを推力で強引に飛行する。

 BTレーザーのいくつかが思考誘導が間に合わずに地面に激突するが、大半はレーザーを直角に曲げながら追尾してきた。

 エクスカリバーMk-Ⅱが再度追加のBTレーザーを発射し、誘導レーザーを1発分追加する。 同じ位置に浮遊したままのセシリアが左手で“ブリリアント・クリアランス”(バイザー型超高感度ハイパーセンサー)越しに頭を押さえながら誘導を開始した。

 

「……アリーナ半径200m、この狭いフィールドでどこに逃げようとブルー・ティアーズの魔弾(レーザー)から逃れることはできませんわ」

 

 白いメタルウルフがブーストで進む先には結界で覆われたアリーナの壁。 イチカは左腕でその壁を殴りつけると同時に片方1発ずつしかないミサイルパンチの左腕側を起動。

 同時に壁を蹴り、反動と爆発による勢いで加速した先の空中にたたずむのは、この誘導レーザーの母機。 ブルー・ティアーズSGの姿!

 

「かわせるさ! お前の後ろならなっ!」

「受け止めて――いえ、あの勢いだとMk-Ⅱでは強度に不安がありますわね……」

 

 クレイジーホースをしまったメタルウルフが透き通った青い剣、ムーンライトソードをその右手に掴む。 光波はとっておきなので、まだ使わない。

 ブルー・ティアーズSGは撃ち落とすでも受け止めるでもなく、無難に回避を選んだ。 斬撃を回避し、セシリアが回避運動を終えるまでBTレーザーは無誘導で直進を続け、レーザーのほとんどが消滅した。

 

――今、レーザーが……?――

 

 しかし天井側の結界に激突寸前だったBTレーザー4条が、鋭角を描いて曲がると直ちにメタルウルフの頭上から降り注いで直撃、命中した。

 

「……当たったのは4発だけですのね。 よくかわしましたわね」

「なんだ、褒めてくれるのか!?」

「いいえ?」

 

 否定と同時に、地上でブルー・ティアーズSGの周囲をゴロゴロ周回する円卓の砲手と無造作に抱えたエクスカリバーⅡから再度BTレーザーを発射。

 同時にストライク・ガンナーの背部に増設された垂直発射高機動ミサイル6発がメタルウルフに食らいつかんと次々発射される。

 すぐさまBTレーザーが思考誘導でメタルウルフへの背後へと回り込む動きを見せ、高機動ミサイルと同時着弾のタイミングで迫ってこようとしている。 挟み撃ちだ。

 メモリは残り12個。 当然、このBTレーザーが全弾命中すればゲームセット、コンティニューはない。

 

「今のでその機体(メタルウルフ)の運動性能もある程度わかりましたわ」

「しつこい女は嫌われるぜ?」

「追われるだけの価値を得てから言いなさい」

 

 背後から迫るBTレーザー、両側面から回り込んでくる高機動ミサイル、正面で停止したブルー・ティアーズSGがエクスカリバーMk-Ⅱから更に放とうとしているBTレーザー。

 イチカは、サメ型ミサイルをバックパックに戻し、再度クレイジーホースと新たにビームライフル(BR)を取り出した。

 日本で最も有名な機動戦士のビームライフルそのまんまなデザインな、宇宙資源を駆使して造られたこのENアサルトライフルは貫通力を持つ強力なレーザービームを連射する。

 

「ああ、見せてやるぜ!」

 

 メタルウルフのスラスターを操り、全力で右回転させながらレーザービームと木製の矢が360度へとまき散らされ、ミサイルとブルー・ティアーズSGへと矢とレーザーの雨を降らせた。

 ブルー・ティアーズSGがストライク・ガンナーの高機動で回避し、それを追ってティー・スラスターでゴロゴロと転がりながらレーザーを放つ6基の円卓の砲手。

 回避と同時にメタルウルフを追いかけるレーザーは曲がらなくなり、そのまま地面へと着弾した。

 

「その機体、レーザーを曲げてる間は動けないんだなっ!」

 

 実弾だとレーザーの網に焼かれると理解したイチカは、曲がるレーザーを避けながら円卓の砲手へとビームライフルで銃撃する。

 車輪を貫通レーザービームで撃ち抜かれ、先頭の円卓の砲手がティー・スラスターを地面に激突させ、本来の用途に使用する爆薬に摩擦の火花が引火、巨大な爆発と化した。

 そして、その後を追いかけるようにゴロゴロと転がってきた円卓の砲手が突っ込んでいく。 パンジャンドラムは急には曲がれないのだ。

 その結果、円卓の砲手は6基全てが次々と残骸に引っかかって転び、内蔵する小型ティー・リアクターの周囲に満載した爆薬から巨大な爆発を起こし、連鎖するかのように吹き飛んだ!

 

「は……?」

「え……っ?」

 

 思わず両者の動きが止まり、爆発して燃える円卓の砲手(ガンナー・オブ・ラウンズ)とお互いの顔を見合わせる。

 

「……んんっ! 仕方ないですわね、私自らワルツの相手をしてあげますわ! 踊りなさい!」

「踊るのは、お前の方だけどな!」

 

 何事もなかったかのように仕切り直し、ブルー・ティアーズSGは垂直発射ミサイルを放ちながらすぐさま超音速を超えて3次元的な機動でメタルウルフの周囲を飛行し、翻弄する。 まるでUFOのような動きで。

 メタルウルフがバックブーストしながらビームライフルのレーザービーム弾を浴びせ、ブルー・ティアーズSGは腰部スラスター付近へ取りつけられた4基のBTレーザー機銃を連射し、互いのエネルギーシールド(シールドバリアー)表面でエネルギーの火花を散らせ合う。

 EN弾と矢を連射しながら後退するイチカ。 それを距離を保って回避運動を取らされながら、追いつつエクスカリバーMk-Ⅱとミサイルで狙い撃つセシリア。 時折停止し、レーザーとミサイルの軌道を曲げながらメタルウルフを狙う。

 イチカは後退しながらクレイジーホースをしまい、グレネードランチャーのヴォルカノ・オートアームズ(GL95/AA)を取り出し、グレネード弾代わりに自律兵器を放つ。

 ある程度飛んだ空中で静止した自律兵器が、四方にレーザーをばらまき始める。 アリゾナ紛争時に開発された自律兵器“A2”だ。 それらを3つほど撒いたイチカは、更に適当にA2をばら撒きながらビームライフルをしまって、ドラゴンレールガン(DRG)のチャージを始めた。

 

「小癪な、ブルー・ティアーズのと似たような兵器ですの!?」

 

 まき散らされるレーザーでミサイルを撃墜されてしまい、エクスカリバーMk-Ⅱからの曲がる射撃でA2を撃ち落としていくセシリア。 その間にドラゴンレールガンのチャージが完了した。

 イチカがバックパックから取り出し構えていたのは、青と白のレールガン、その名もずばり“ドラゴンレールガン”。 レールガンでありながら発射されるのは目標を追尾する3体のドラゴン形エネルギー弾である。

 あのアルファ・ワーム危機(第二次東京大震災)の翌年に開発された、レールガンとは一体何なのかを考えさせる日本企業クサナギの逸品。

 フルチャージが完了してトリガーを引かれたドラゴンレールガンの砲口から複数の龍を象ったエネルギー弾が飛び出し、次の瞬間にはブルー・ティアーズSGの前方上下左右から食らいつこうと一気に迫る!

 

「な、なんですの!?」

 

 セシリアは己の眼を疑った。 ステータスパネルによれば、敵機が構えているのはレールガンだと表示されているのである。 まさかそこから光のドラゴンが飛び出すとは思っていない。 ディスプレイのエラーを疑うほどの完全なる奇襲であった。

 BT偏差射撃(フレキシブル)ほど自由に偏向できないが、セシリアは意趣返しされる形となった。

 が、セシリアとてなり立てとはいえ代表候補生の端くれ。 すぐさま後ろへ飛び退きつつ、エクスカリバーMk-Ⅱを手放した。

 光の龍がエクスカリバーMk-Ⅱに食らいつき、無残にも残骸となったエクスカリバーMk-Ⅱがブルーティアーズの拡張領域に送還される。 その向こうに見える影。

 

「獲ったっ!」

「――“エクスカリバー”!」

 

 光の龍を追って飛び込んできたのは青い剣(ムーンライトソード)を握りしめたメタルウルフ。

 ドラゴンレールガンの誘導性能は結構あるが、高速機動を行うISが相手ではいささか心許ない。 瞬時加速(イグニッション・ブースト)などで一瞬で視界から消えるような動きをされればとても追尾できるものではない。

 イチカは銃は結構得意だが、開放空間のISは、そして今目の前のブルー・ティアーズSGは適当に撃ったところで当たる速度ではない。 ドラゴンレールガンは目くらましに過ぎなかった。

 超高感度ハイパーセンサーでメタルウルフの動きをスローモーションのように捉えていたセシリアは、反射的に父の遺品でもあり、“エクスカリバーMk-Ⅱ”と違って特殊なギミックもない、彼女が最も頼る近接用の黄金の剣“エクスカリバー”を呼び出して、思わず前へ出た。

 振り下ろされた剣(ムーンライトソード)掲げられた剣(エクスカリバー)の2つの剣が激突し、光波エネルギーと火花が接触面で散る。

 地に足を付け、BTレーザー機銃を放ちながら両手で掴んだエクスカリバーでムーンライトソードを受け止めたセシリアだが、頭上からの剣による物理的な圧力と、メタルウルフから発する大統力による精神的圧力、今になって気付いたメタルウルフの背中に半ば重なって見える半透明のダンディなおじ様。 足元の砂地にブルー・ティアーズSGの足先がめり込むのを感じた。

 

――警告。 敵機から未知のエネルギー放出を確認。

 

「パワー負け、していますの……!? この最新鋭機、ブルー・ティアーズが……!?」

 

 セシリアはステータスパネルに出現した新たな一文を流し見ながら、存在感と圧力(プレッシャー)を放つメタルウルフが自機の重量にブースト全開での勢いを上乗せしてムーンライトソードで押し込んでくるのを、逆にスラスターから推進光を噴き出しながら押し返そうとする。

 BTレーザー機銃は全てメタルウルフの厚い装甲表面で弾かれており、有効打になっていなかった。

 

 代表候補生を目指していた時に、距離を詰められた際はどうしろと指導されたか。

 女尊男卑の使命に燃える“善意の一般人”によってリニアを爆破され、同乗していた政府高官は“偶然現れた暴徒”によってほぼ全員死亡。 片脚を無くしながらも生還し、自分だけ助かったと知って父の為に泣いた母と、気を失った母と共に爆破された列車から脱出し――そして、救急隊が現れるまで暴徒から母を守り抜いた末、母の引き渡しと同時に命の炎を燃やし尽くした、気高く強かった父。

 家では度々情けない姿を見せていたが、公の場では凛々しかった元首相であった父。 大統領機EOAアーサーの操縦者だった父に恥ずかしくないように、母と共に家の資産を守る為必死で代表候補生を目指した彼女の頭と身体は、叩きこまれた護身術の中から最適な行動を選び終わっていた。

 

「甘いですわ――」

 

――下がれ、イチカッ!――

 

 ブルー・ティアーズSGが瞬時にエクスカリバーを量子化、勢いのまま青い剣を振るおうとしているメタルウルフの懐に飛び込んで右腕を掴み――

 

「――甘いのは、どっちだ!」

 

 セシリアが組み伏せるより速く、突如メタルウルフは急降下。 腕を取ったブルー・ティアーズSGを下にして、メタルウルフの胸からブルー・ティアーズSGを押し潰した(踏みつけた)

 

「くぅ……っ!?」

「捕まえたぜ……!」

 

 如何に高機動機といえども、上からのしかかられたまま下方へのブーストで押し付けてくるメタルウルフを押しのけるには体勢が悪い。

――そして、この至近距離は最早パワーで勝るメタルウルフの距離だ。

 じりじりとシールドエネルギーが減っていく中で、セシリアの眼前、赤い単眼を一際輝かせたメタルウルフが新たな武器を取り出した。

 紫色の火炎放射器(フレイムランチャー)ツイスターズ(TLT800)。 アメリカ内戦時に使用されたTLT750の改良型である。

 と、言ってもこれは正確には火炎放射器ではない。 カンザスでアメリカ軍のトルネード研究所が開発したこれは、特殊機動重装甲専用の竜巻放射器(・・・・・)だ。

 それを両手に1つずつ掴んだイチカは、今もブーストで地面に押し付け続けているブルー・ティアーズに向ける。

 右用と左用、それぞれ風向きの噴出方向が異なる調整がされたそれは、本来1つだけ(TLT750)でも約60tものM1A2エイブラムス主力戦車を猛烈な暴風で軽々と巻き上げ、空中へと放り投げお手玉して破壊するほどに強力な竜巻を起こすのだ!

 

――では、そんなモノが2つあればどうなるのか?

 

「離しなさいっ!」

「ああ、離してやるよ!」

 

 内部で竜巻発生装置“TWIS”が唸りを上げ、超大型台風すら軽く上回る超局地的竜巻が左右からブルー・ティアーズを襲う!

 その2つの竜巻の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間は、まさしくブルー・ティアーズSGを粉砕する、大統領級の双嵐(ツイン・プレジデント・ストーム)が生み出す破壊の小宇宙!

 進んだ科学技術で造られたISの装甲も、大自然の驚異と大統領魂の前には一瞬触れただけで左右両側から一気に粉砕され、シールドエネルギーが急激に減っていく。

 圧倒的風圧で、ブルー・ティアーズSGは手足を動かすこともままならない。 反動を抑え込んでいるメタルウルフ自身も風圧で浮かび上がるほどだ。

 巻き上がった砂で半径200mの結界内を大砂嵐という表現すら生ぬるい2つの大統領級大嵐が吹き荒れ、審判である防護結界を纏ったケンも流石に碧色の大剣ムーンライトソードを勢いよく地面に突き刺して、それに掴まった。

 

「さっき言ってたな! 証明して見せろって!」

「こ、こうなれば……っ!」

 

 アリーナの地面に押さえつけられるように巨大竜巻で挟まれ、逃げようにもPICやウイングスラスターの推力を超える風量が叩きつけられ続ける。 生命の危機に絶対防御が発動し、あと数秒も受け続ければ戦闘続行不能となるだろう。 セシリアは瞬時に判断を下した。

 ブルー・ティアーズSGは、今回は秘匿せよと指示されているBTビット“ブルー・ティアーズ”全てを推進力に回している。

 そんな仕様の中で、自機にダメージが入るため非推奨となっている動作を、使用する――!

 

 ほぼ同時、メタルウルフがEN消費の関係で右手のツイスターズ(TLT800)をバックパックにしまい、代わりに出てきたのは砂嵐の中でも輝きを失わないムーンライトソード(剣型ENバズーカ)

 数秒もせずにズタズタになったブルー・ティアーズSGを左手で稼働し続けるツイスターズで真上から暴風で抑え込みながらムーンライトソードを突き付ける。

 青い輝きが増幅し、月の希少資源“ライト”が生み出す光波がブルー・ティアーズSGに撃ちこまれるより一瞬早く――。

 

「ストライク・ガンナー、パージ!」

『ストライク・ガンナー、使用限界』

 

 暴風の中で、ゆらりとブルー・ティアーズSGが揺れ、その機体から電子音声が流れる。

 同時にビットの閉じられた砲口から閃光が生まれ、パーツごと吹き飛ばしての、BTレーザービット4基一斉射撃!(ブルー・ティアーズ・フルバースト!)

 

『パージします』

 

 次の瞬間、ブルー・ティアーズを覆っていた高機動パッケージ“ストライク・ガンナー”の外殻が強化爆裂ボルトによって一斉に弾け飛び、更に非推奨動作であるストライク・ガンナー装備中のビット一斉射撃で外殻が搭載ミサイルごと大爆発!

 爆発と共にサブのエネルギー源兼緩衝剤として装甲内部に封入されていた王室御用達紅茶が飛び散り、外付けバッテリー的にストライク・ガンナー側に搭載されていたティー・リアクターが粉々になりながらブルー・ティアーズは地面をガリガリと削り、竜巻による破壊空間を無理やり脱出した。

 爆風が風に流されて消え去り、ブルー・ティアーズの姿があらわとなる。

 中から現れたのは、紅茶まみれになったセシリアと同じく紅茶まみれのブルー・ティアーズ本来の優美な機体。 だがそのウイングスラスターはひしゃげ、サイドバインダーのBTビットも、2基がやはり大破していて使えない。

 どこから漏れたかもわからない紅茶の雫がセシリアの被膜装甲(スキンバリア)表面と機体表面を伝う。

 ブースト(EN)ゲージの再チャージに入るメタルウルフがツイスターズを停止させ、紫色の竜巻放射器と青い剣をそれぞれ抱えたまま着地した。

 

「――やりますわね、イチカ・オリムラ」

「俺は、世界政府大統領になるんだ。 当然だろ?」

 

 そうして、この時初めてセシリアはイチカの名を呼んだ。

 彼女の中で、イチカはイギリス曰く下等生物ではない、父と同じ強い人間だと判断された証でもある。

 セシリアは折れてしまった両足を庇うかのようにブルー・ティアーズを地上数cmで浮遊させ、本来耐え難いはずの激痛を操縦者保護システムから投与された鎮痛剤で凌ぐ。

 生き残っていたBTビットが起動し、宙に浮かぶ。 BTライフル“スターライト”もあったが、彼女は唯一の近接装備にして父の機体の装備であり、イギリスの誇りでもある黄金の実体ブレード“エクスカリバー”を再び手にした。

 

「大言壮語を言うだけはある、ということですわね。 でも、(わたくし)も、英国淑女としての誇りがありましてよ!」

 

 ストライク・ガンナー側のティー・リアクターがあったため今まで停止していた、ブルー・ティアーズ本体側のティー・リアクターが勝手に稼働し、ボロボロになったセシリアの鼻から下を装甲ごと騎士甲冑のように突然現れたリアクター稼働時専用装甲で覆われていく。

 展開したままだったバイザー型超高感度ハイパーセンサー“ブリリアント・クリアランス”も相まって、騎士をイメージさせる蒼い装甲が量子変換で実体化していく光と共に、地下からモニターで観戦する各国関係者の視線を集めた。

 

――生体認証、セシリア・オルコット。 エクスカリバー呼び出し済み――

――専用パッケージ未装備――

――条件クリア、アーサーパッケージ凍結解除――

 

「これは――お父様の……!?」

 

 セシリアも聞かされていない機能だ。 だが、同時にステータスパネルに表示された文字とオルコット・ファクトリーの見慣れたロゴマークで、これがサプライズであると悟った。

 騎士甲冑内部を循環する紅茶とティー・リアクターがブルー・ティアーズのシールドエネルギーを急速回復させ、一瞬でシールドエネルギー2万ほどまで回復する。競技用リミッターがあれば動作はしないのだが、今は通常の軍事用設定だ。

 追加武装として残りの円卓の砲手6基とBTレーザーサブマシンガン“ブルー・コメット”が追加されたのを、セシリアは一瞬ステータスパネルの表示に見た。 今は多分使わないだろう。

 

 紅茶で大推力を生み出すティー・スラスターも追加され、更なる機動性を手にしたブルー・ティアーズA(アーサー)

 父の機体(アーサー)と所々よく似た機体に包まれ、少々はしたないがブルー・ティアーズに量子化して搭載していた冷ました王室御用達紅茶のストレートをティーカップ1杯分直接口内へと呼び出し、飲み下す。

 口元も紅茶が循環する装甲で覆われているので、飲もうと思えばティー・リアクターで機体内部を循環している紅茶を飲むこともできるが、そちらは飲んだだけリアクターの稼働効率が落ちるのだ。

 紅茶を機体に量子変換して保管し、稼働効率を落とさずに好きなタイミングで飲めるのもISの利点であるとも言える。

 

「……結構大きな隙を晒していましたから、不意を打ってくるかと思いましたけど、そうでもないですのね」

大統領(ミスタープレジデント)も言ってただろ? モンドグロッソはスポーツであって戦争じゃないって。 なんでもありの模擬戦ならともかく、アリーナで卑怯な真似なんかしねぇよ」

 

 頭部の“ブリリアント・クリアランス”がまるで王冠かサークレットのようにセシリアの頭部を飾り、円卓の騎士女王となったブルー・ティアーズAがその場で黄金の剣を振り抜く。

 大統力(プレイデントポイント)のないセシリアでは父のように、何のギミックもないはずのこの剣からエネルギーを撃ち出すことはできない。

 しかし、中距離射撃型から騎士そのものである高機動近接型へと転身を果たしたブルー・ティアーズAは誇るべき父の機体を模したことで、余計に負けられなくなった。

 残存BTビット2基を機体に戻し、ロングソードサイズのエクスカリバーを両手で構える。

 全身の痛みは操縦者保護機能による鎮痛剤で誤魔化しているとはいえ、そう長くはもたないのは明白。 本来であれば活性化再生治療を受けに棄権すべきコンディション。

 しかし、まだ身体は動くし、セシリアの闘志も燃え尽きてなどいない!

 

「イチカ・オリムラ。 この勝負、まだ終わってなどいませんわ!」

「本番ってわけか! いいぜ、俺達の実力を証明してやる!」

 

 対するイチカも待っていた間にツイスターズをしまい、こちらも父が残した剣、光波を放つムーンライトソード1本だけを握り締める。

 大統領らしく正面から雌雄を決するべく、黄金の剣を構える蒼い騎士に対して、白い狼が透き通った青い刃の剣のグリップを両手で握り、切っ先を天に向けた。

 

「よく見ておくんだな! 俺と、先代さんの、大統領魂を!」

 

――今の時代に騎士の決闘とはな。 だが、面白いじゃないか!――

 

 メタルウルフと相対するだけで大統力による存在感と精神的圧力(プレッシャー)がセシリアを襲う。 規模こそまだ劣るが、まるでそれは幼き日、EOAアーサーを着てアラスカ会議に向かった時の父のようで。

 中身を見たことはないが、同年代の少年がこれを纏っているという情報はセシリアも聞いていた。

 メタルウルフを動かしたとはいえ、所詮ただの踏み台だと考えていたが――しかし、踏み台が高ければ高いほど、より高く跳べるのだ。

 張り詰めた空気の中、その緊張が高まって先に機動性で勝るブルー・ティアーズAが動く。

 王室御用達紅茶使用ティー・スラスターでアリーナを駆け巡る一陣の旋風と化したブルー・ティアーズAが機会を窺いながらメタルウルフの周囲を縦横無尽に飛行し、そしてついに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で仕掛けるブルー・ティアーズAと、先程までと同様、大統力の直感で反応して見せたメタルウルフ双方の刃が激突する――そう思われたとき。

 

――下がれ、イチカ!――

 

 頭上からの高熱源反応警報と共に、ブルー・ティアーズAは咄嗟にメタルウルフを飛び越えるコースを取り、瞬時加速(イグニッション・ブースト)のまま退避を実行していた。

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 ブルー・ティアーズAに一瞬目を奪われた各国首脳であったが、彼らは直後、モニターの半分に突如割り込んできた警告表示を目にすることとなった。

 軌道上に突如出現した“何か”が“突然”猛スピードで落ちてこようとしている。 落着までおよそ1分。 わかったのはそれだけだった。

 

「隕石警報!?」

「なんだと!? おい、アメリカ宇宙軍は何をしていた!?」

「まさか宇宙艦隊からの攻撃じゃ――」

『アメリカ宇宙軍軌道艦隊より通信! “子ウサギが落ちた”、“対処はそちらに任せる”、“ウサギは軌道上にて停止”、他、観測データ!』

『飛来物からIS反応! コアナンバー……469、所有者、“タバネ・シノノノ”!』

『468と469がタバネ・シノノノ所有なのはアラスカ会議時に確認されています! 間違いありません!』

 

 鳴り響くエマージェンシーコールは編隊飛行待ちだった欧州連合ISを直ちにスクランブルさせてハイパーセンサーでそれを目視させ、国際会議で付近をパトロール中のドーラやEOAが一斉に頭上を仰ぐ。

 そしてすぐさまドイツ首相による最優先コードによって迎撃が始まった。 IS部隊から対空ミサイルが放たれ、レーザーが飛ぶ。

 数秒遅れてアリーナから外に現れたローター・ティーガーの太陽砲(ゾンネ・カノーニア)が起動して熱線攻撃を開始し、シュヴァルツェア・ティーガー2機もレールガンによる砲撃を開始する。

 途端に混乱を始める国際会議場。 しかしメタルウルフ、アメリカ合衆国大統領マイケル・ウィルソンJrの声音は、若干楽しげだった。

 

「なに、ここへ新たなお客様さ。 彼女は敵ではないが、かといって味方でもない……ちょっと大きなお子様さ」

『飛来物の詳細が判明。 全長約3m、時速約49000km/h(マッハ40)、落下地点は、ドイツ、ベルリン、国際ISアリーナ――会議場直上ですーっ!?』

「ISでタバネ博士からの“大使”が登場だ、出迎えてやろうじゃないか。 尤も――」

『阻止臨界点突破! 教官、叩き切ってください!』

『打鉄だぞ、マッハ40に追いつけるのか――チィ、捉えたがブレードが折れた!』

『本当に当てるなんて……』

 

 太いビームが空を割り、まず外側の遮断シールドが消し飛んだ。

 マッハ40の飛翔物体が生み出す衝撃波を完全にPICで相殺している灰色の機体が、その速度のままにビーム砲口がそれぞれ2門ずつある長い腕を突き出したまま結界をぶち破る。

 

「どういう歓迎(パーティ)になるかは、彼女の出方次第だな!」

『……撃墜しますか?』

「ファイルス少佐。 彼女が“冷やかし”なら撃ってくれ」

 

 観客席から飛び降り、アリーナの隅で右脇に1丁のレールガンを抱え、チャージを開始するメタルレイヴン。

 その腕に握られたのは元副大統領の容赦のなさを物語る連発式レールガン“リーブラ”(RG-RH)。火力が高い特殊機動重装甲兵装の更に火力が高い副大統領シリーズでも飛びぬけた威力を持つレールガンだ。

 そのメタルレイヴンの周囲にはいつでも氷塊を生成、投擲できる状態のコールド・ブラッドがレッドパレット片手に控えている。

 

『おい、どうするウィルソンJr? もう結界は直していいのか?』

「今出て行ったIS部隊が困るから、出入口だけ残せるか? タバネ博士にはちゃんと入口から入ってくるよう伝えないとな」

 

 ガスも炎も噴き出さず、光だけを散らしながら隕石そのものとなって現れた、剥き出しのセンサーレンズが不規則に並ぶ全身装甲の灰色の機体“イヴ”は、しかし地上に激突する前にPICで急停止しつつも方向転換して急加速を行う。

 イチカの乗る、メタルウルフへ向けて。

 そして――。

 

『あー、あー、テステスー。 はろはろ、いっくんにちーちゃん! ちょっといっくんは束さんを手伝ってほしいんだ! 宇宙まで!』

 

 無邪気な声が、騒然となったISアリーナに響いた。

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