メタルウルフカオス原作のようなセリフのセンスが欲しい……。
ちなみに今回ちょっと多めです。
いくつものミサイルが煙と炎を残しながら、1機のISに飛来する。 20年以上に渡るマイナーチェンジとアップデートの途上で、バックパックの空間拡張・圧縮技術の改良でかつて両手持ちしていた火器を2丁持ちできるようになったメタルウルフ。
その2丁のマルチミサイルランチャーから放たれた64のミサイルが、雨のように降り注ぐ。
第2回モンドグロッソ決勝戦は、審判であるケン・オガワが吹いた試合開始のホラ貝の音と共に開幕直後からミサイルカーニバルによる派手な戦いが始まっていた。
新生ナチス・ドイツ連邦の国家代表が操る
対するメタルウルフは純粋な軍用兵器なので競技用リミッターなんてものはないが、シールドメモリが20個あることから都合上2000%扱いされ、このうち1800%、メモリ18個を失えばローター・ティーガーの勝利となる。
とはいえ、ISの1と特殊機動重装甲やEOAの1は等価ではない。 後者はそのシールドメモリが枯渇していなければ、そのメモリ分100%のうちは自動回復もする。
更に言えば、ローター・ティーガーのシールドエネルギー1とメタルウルフの1はもっと等価ではない。 何故なら彼は大統領なのだから。
メタルウルフや大統領でなければかなり厳しい戦いだが、国際IS委員会とドイツ代表にとっては残念なことに機体はメタルウルフで、中身は合衆国大統領なのだ。
「大層な伝説もこれで終わりだ、ISこそが最強であると証明してやる!」
対するローター・ティーガーは半自動プログラム制御のワイヤーブレードを放ち、しなる極細のワイヤーと先端に取り付けられた刃がロックオンしたミサイルを貫き、切り払う。
斬撃の結界を作りだしたワイヤーブレードが迫るミサイルを切り裂き、または打ち払いながら、ローター・ティーガーが前進する。
切り払われたミサイルは内部の炸薬に引火し、いくつもの花火を咲かせた。 謎の花火メーカー“タマヤ”謹製の32発同時発射型マルチミサイルランチャー“HANABI”、正式にはタマヤオリジナルが2丁。
爆発と同時に日本の大物花火職人協力の花火が舞い散るのだが、残念ながらアリーナ内が明るい為に観客にはよく見えない。
『さぁ、始まりました決勝戦! 実況はこのピーター・マクドナルドがお送りします』
『おい、正規の実況者は私だぞ!』
『世界最強との呼び名が相応しいISに挑むのは、些か時代遅れ感が否めない特殊機動重装甲、メタルウルフです!』
突然のリポーターの乱入に、観客席から実況へ野次と罵声が飛ぶ。 この光景をよく見るアメリカの観客達は開始何分でピーターが主張をひっくり返すか予想を始めていた。
この道20年以上のDNNベテランリポーター、ピーター・マクドナルド。
ISの登場当初、彼はISより特殊機動重装甲派であったのだが、彼の愛娘がIS操縦者としてIS学園に通うことが決まった瞬間、いつものように掌を返しIS派となった。
ローター・ティーガーからメタルウルフに向けて飛ぶのは、野次でも罵声でもなく8本のワイヤーブレードと砲弾。
その刃の包囲が完成するより早く、ブーストで跳躍したメタルウルフがワイヤーブレードの1本を掴み取りながら機体を捻りこみ、続いて迫るワイヤーブレードと砲弾をかわして急降下。
その勢いでメタルウルフが胸から落下し、ローター・ティーガーに
「き……貴様ッ!」
『ああ、大統領残念です! もう少しで壁にシュートだったのに!』
「それは惜しいな。 だが、
新生ナチス・ドイツ連邦代表、ゼクス・アルトマイヤーが足蹴にされたことに怒り、ジョディが煽る。 ドイツの観衆からブーイングが上がるが、ジョディも大統領もどこ吹く風だ。
ローター・ティーガーがバックステップで後退しながらPICで姿勢を制御し、2門の
砲撃に合わせてPICを切り、着地。足裏の無限軌道を高速回転させて距離を取る。 メタルウルフの足元に着弾した砲弾と無限軌道が、砂煙を巻き上げた。
ローター・ティーガーは元々、ドイツ連邦大統領が大統領戦争で搭乗していた
5mサイズの大型パワードスーツが無限軌道によるドリフトや高速の超信地旋回を駆使してフィールドを駆けまわり、機体の6割を最新鋭技術でこのサイズの機動兵器に持たせられるまで小型化させた、背中から右肩に担いでいる折り畳み式88cm砲の制御機構と全身の装甲の中に隠されたスラスターに。 3割を装甲にした結果得られたのが、重装甲にして高機動、そして大火力。
折り畳み88cm砲とナイフ以外の武装を持たない故に、一見接近されると弱いように思えるが、超重量の88cm砲による殴打はすさまじい破壊力を誇る。 砲撃については言うまでもない。
おまけにもしも88cm砲を破壊しようものなら、超重量の88cm砲を担いで尚、比較的高い機動力を持つシュベーレ・グスタフが
重戦車をモデルにした大統領機としては高い完成度を誇り、88cm砲も非常に強力だが、88cm砲がなくなるともっと凶悪になるという機体である。
そんなシュベーレ・グスタフも、戦車同様に機動力を潰されるのが弱く、また背中の88cm砲ユニットを切り離す前に背中のユニットに被弾すると弾薬庫がすさまじい爆発を起こすという弱点はあった。
だが、大統領戦争の終結に伴い不要と判断されたシュベーレ・グスタフ本体はそのままドイツ第1世代ISへとISコアをそのまま取り付けるような形で改造され、更に第2世代IS“ローター・レーゲン”の試作機へと改造、そのカスタム機として機体を大型化させていた88cm砲関連を取り外してやっと通常のISサイズに小型化させたのが、このローター・ティーガー。
前回の第1回モンドグロッソにおいて、88cm砲でアリーナの遮断シールドを紙屑のようにぶち抜いて毎試合アリーナを半壊させていたローター・レーゲンは、発射の衝撃波だけで対戦国のISをエネルギー切れに追い込み、かつ自身は重装甲でそれを耐え凌いでいた。
結局撃たれる前に
足裏の無限軌道は大統領戦争時代の名残であり、PICによる飛行が可能となったISが装備する必要はほぼない。
そんな物が残っている理由はただ一つ、
「ふざけるな! 貴様が地面を転がっていろ!」
『ああっと、ローター・ティーガーが飛びました! 虎なのに空を飛ぶというのもおかしな話です』
距離を取ったローター・ティーガーが空を舞う。 ここに至ってメタルウルフが飛行できないことを思い出したローター・ティーガーの操縦者、ゼクス・アルトマイヤーは、空中から一方的に攻撃することに決めた。
「我ら新生ナチス・ドイツの技術力は世界一だ!」
ローター・ティーガーの頭上後方にいくつもの小さな集束レンズが出現。 太陽を背に、メタルウルフへと向き直り、右の掌を突き出す。
「これは――」
逆光を嫌ったのもあるが、何だか嫌な予感がしたメタルウルフは迫るワイヤーブレードの包囲をかわし、ブーストで退避する。 大統領ともなれば第六感で本能的に危機を察知できる。
瞬間、先程までメタルウルフのいた場所の地面が突如発火し、ドロドロに溶けていく。
『炸裂したのはドイツのローター・ティーガーに搭載された
「まさにアツアツのローストチキンか!」
『これだと暑すぎて日焼けサロン代わりにはなりませんね、大統領』
ここぞとばかりにドイツIS委員会所属の正規の実況者が声を張り上げる。
ローター・ティーガーの右手の動きをトレースして太陽砲がレンズの厚みと向きを半自動で切り替えながら照準を定める。
メタルウルフを追いかけて地面が燃え、黒焦げていく。 太陽砲は強力であるが、空間に固定された多数のレンズを同時制御する必要がある為、太陽砲を展開中は移動できないし、攻撃位置の指示にプログラム手動操作で必要となる右腕が塞がってしまう。 第3世代兵器であれば視線だけで思考制御できるのだが、生憎これは第2世代機である。
「ドイツがナチスと言うなら、こちらは西部開拓のカウボーイだ!」
連続ブーストで太陽砲をかわすメタルウルフのバックパックから両腕へと取り出されたのは、木製の矢を連射する連装ガトリングボウ“クレイジーホース”。
西部開拓時代に弓矢で戦った英雄の名を冠した多連装機関銃2丁が猛烈な勢いで回転を始め、即座に矢を放つ。 メタルウルフに照準を定めようとしていた収束レンズを次々割っていく。
対するローター・ティーガーも負けてはいない。 向かってくる木製の矢へ右手を向け、背後の太陽砲が甘めに収束させた光で広範囲の矢を薙ぎ払う。
更には左腕から赤いプラズマ手刀“ローター・レーゲン”を展開させ、射られた矢尻を超高速で精確に切り払い、ISへの直撃を許さない。
しかし、唸りを上げて装弾数1920発の矢を次々吐き出す2連装4門のガトリングボウに対し、振るわれるプラズマ手刀の速度が少しずつ鈍っていく。 多数のレンズを破壊され出力の落ちた太陽砲のレンズを盾にし、右腕の“ローター・レーゲン”を起動し、リボルバー式の弾倉を回転させながらハーケンクロイツの砲撃を開始する。
ドイツの遺伝子強化試験体とはいえど、NINJAの様に人間の枠を超えている訳ではない。 矢を放つガトリングボウは4つ、迎え撃つ腕は2本。 如何に彼女が演算能力に優れているとはいえ、先ほどまでの太陽砲の制御における脳への負荷と疲労は多大であり、全て捌こうとすれば無理がある。 砲撃で矢を吹き飛ばしながらも、超高速の斬撃を繰り出す度に少しずつ疲労が蓄積していくし、迎撃漏れの矢がミサイル並の威力でローター・ティーガーの腕装甲に突き刺さる。
このままでは埒が明かないと判断し、ローター・ティーガーが
左腕のローター・レーゲンをしまい、代わりに重機関銃を
ハーケンクロイツで砲撃し、左手の重機関銃を撃ちながら吶喊、すれ違いざまに右腕のローター・レーゲンで切りつける。
だが、砲撃と斬撃は悉くかわされ、重機関銃から放たれた銃弾もメタルウルフのシールドメモリのゲージを削りきるまでには至らない。
これが大統領ではなく、その辺のパイロットならば既にメモリを2本ほど失っていただろう。
舌打ちしつつローター・ティーガーが再度
PICで速度を最大から零へ、一瞬で停止しながら着地しつつ、左脚部の無限軌道の後ろ、踵に存在するアンカーを地面に突き刺して旋回。 ピタリとメタルウルフの方向を向いた状態で停止し、PICで姿勢制御を行うローター・ティーガーのハーケンクロイツの砲口がメタルウルフを捉えるまで僅か2秒。
それと同時、メタルウルフが銃身の回転がまだ止まっていないクレイジーホースを格納し、空いた左腕を引き絞りながら振り向く。
轟く砲声、電磁力で加速した砲弾が砲口から飛び出るとほぼ同時、メタルウルフの左腕が突き出される。
「
音速を超えて飛来した砲弾にメタルウルフの拳が触れる直前、大統領魂に反応してマニュアルで拳が起爆する。 炎に包まれた2発の砲弾はメタルウルフに直撃する前に吹き飛び、あるいは僅かに逸れた。 砲弾の破片がメタルウルフの装甲を叩くが、その程度で傷が付くほど大統領が乗るメタルウルフのシールドはヤワではない。
逸れた砲弾が着弾し、メタルウルフの背後で砂煙が撒き上がる。
「バカな、拳で砲弾を迎撃するなど、そんなこと不可能に決まっている――」
果たして、そこにいたのは拳で砲弾を撃墜し無傷のメタルウルフ。 そのメタルウルフが爆発の煙を突き破り、ブーストの勢いのまま今度は右の拳を叩きつけた。
砲撃後、再度
流石にISを纏っているとはいえ、女性の顔面を殴るのは紳士として気が引けた大統領は、代わりにメタルウルフの機体全身を捻り、胸へと強烈な右ストレートを繰り出した。
装甲と胸を庇った腕部装甲が激突する音が響き、それがすぐ爆音に変わる。 “ジュージツ”で激突の直後に発生した衝撃波のせいで庇った腕を抉じ開けられ、爆発がまともに胸を直撃した。
相対速度もあり、受けた衝撃は凄まじい。 それでも気を失わなかったのは国家代表である誇りか、遺伝子強化された故か。
「不可能ではない!
地面に叩き落とされたローター・ティーガー。 激突までの一瞬に辛うじて胸を庇った両腕の装甲は原形を留めておらず、絶対防御がなければ文字通りミンチであろうことは間違いない。 それでも右腕よりメタルウルフ側にあった左腕は骨折しているが、操縦者保護機能として鎮痛剤が投与され、彼女自身の血液中の医療用ナノマシンが活動し痛みは消える。
「……まだだ! まだ終わっていない! 私は誇りあるドイツ軍人――
そう、負けられない。 遺伝子強化試験体C-0006A、試験管ベビーであり、初の遺伝子強化試験体成功例――両目の眼球が黒く染まったのを除けば――として誕生した彼女には、それまでの、そしてそれからの失敗に終わった無数の屍と、同じく遺伝子強化試験体である同ロットから
番号が後になるほど基礎性能が向上するが、それでいて尚彼女をトップの座に上り詰めさせたのは、その立場という名の責任感と優れた演算能力、そしてIS登場後に行われた肉眼へのナノマシン移植、両瞳の
「私は負けない! 負けるわけにはいかない! 私は、我々
身体にダメージを受けたことによって表示された降伏コマンドを拒否。
PICで空に戻ろうとしたローター・ティーガーに、突如何かが衝突し、爆発した。
びっくりして再度ローター・ティーガーは仰向けのまま地面に叩きつけられる。
「な……っ!?」
「最強の兵士か! それは結構だが、私の立場を覚えているかい?」
特殊機動重装甲とISでは比べるまでもなくISが速度、機動性共に勝っているのは誰もが知るところである。
防御力は、比較が難しい。 エアフォースワンから飛び降りてブーストしながら着地するどころか、大気圏再突入からの着地にも耐える強固な装甲とそれを覆う強力なエネルギーシールドの2重構造のメタルウルフ。 シールドバリアーに装甲と絶対防御の3重構造のIS。 ただしメタルウルフのエネルギーシールド側は操縦者に強度が依存して変動するし、ISの絶対防御もどこまで信用できるか未知数だ。
しかし、ただ一つISを特殊機動重装甲が確実に上回る物があるとすれば、それは火力。
攻撃を当てることさえできれば、ISといえどもただではすまない。
「出たっ! メタルウルフの珍兵器! 今回のお披露目は日本発の無差別対人兵器、その名もグレネードランチャー“MOCHI”です!」
ブーイングの嵐で太陽砲発射の頃に実況席から叩き出されたピーターが、記者席から歓声を上げる。 実況よりも大きな声でピーターの声はアリーナに響き渡っており、実況のドイツIS委員がピーターの方向を見ながら顔を顰めている。
日本において毎年年始に猛威を振るい、老若男女を死へと追いやる無差別対人兵器の名を冠したそれは、日系の兵器メーカー“クサナギ”がとある事故を基に大真面目に開発した特殊機動重装甲用のグレネードランチャーである。
アメリカでも度々その威力を発揮し、日本製もち米の輸入規制を議論されたこともあるが、国内の日本人の根強い反対によって実行に移されたことはない。
『そういえば覚えていますか大統領? 今年も餅を喉に詰まらせて死亡する事故が起きて、毎年恒例の餅を“無差別対人兵器”として取り締まるべきではないかという運動が起きていましたね』
「餅をアメリカンサイズで食べようとするからそうなる。 ダディの部下だったNINJA達でもそんなことはしなかったぞ」
そしてこのグレネードランチャーは、炸裂と同時に特殊機動重装甲サイズの高熱のつきたて餅が伸びて、非常に強い粘着力を持つそれが対象の機動力を封じるのだ。
2丁のグレネードランチャーから次々と放たれる白くてベタベタした物体が張り付き、ローター・ティーガーが空中へレールガン2門を向けたままどんどん身動きが取れなくなっていく。
振り回されるプラズマ手刀で加熱された“MOCHI”がとろけて伸び、余計に動けなくなる。
そして、不意に新たにレールガンへと張り付いた“MOCHI”が大爆発を起こした。 稀に中国産が混じっているのだ。
「おっと、MOCHIが大爆発を起こしました! どうやら
『おや、あのトラさん、餅がこんがり焼けて膨らんで弾けちゃいましたね。 大統領が好きなお餅の食べ方ってなんですか?』
大型レールガン“ハーケンクロイツ”が爆発して吹き飛ぶ。 爆発の勢いで張り付いていた“MOCHI”も吹き飛んでいた。
ローター・ティーガーが自国の象徴ともいえる鉤十字のマークが施された最大の武装を失う。それも、かつての同盟国日本が作り上げた武装で。
そして、最大の武装を失って勝てるほど、大統領は甘くない。 例えここから餅のように粘ろうと、この時点で最早勝敗は決していた。
「もちろん、ソイソースをかけた焼き餅さ!」
『残念ながらソイソースはありませんが、ではあのトラさんはこんがり焼いてしまいましょう!』
「
ブーストで空中を蹴りながらローター・ティーガーの真上を確保し、臼を再現したかのようなリボルバー式の弾倉と、杵のような形状の木目が美しいデザインの本体を持つグレネードランチャー“MOCHI”をバックパックにしまうメタルウルフ。
「
メタルウルフのバックパックが全開され、ダークブルーの機体の紅い単眼がより一層の輝きを放つ。
高まり、溢れ出す大統力が開かれたバックパックとメタルウルフの周囲の空間を陽炎のように歪ませている。
ぞくり、とローター・ティーガーを駆るゼクスの肌が粟立った。
遺伝子的な強化や両目の
しかし、それと相対する存在もまた各地の紛争地帯を巡り、特殊機動重装甲のお披露目となったアリゾナ紛争、国内で暴れる
白騎士事件のようにメタルウルフを水没させる場所もないこのアリーナという閉鎖空間で、兵士が大統領に勝てるか? 答えは否だ。
「
満を持して放たれた、バックパック全砲門解放によるバースト攻撃。 燐光を放つメタルウルフから大統領魂を乗せた攻撃が五月雨のように降り注ぎ、いくつもの爆発とクレーターを穿つ。
それを受け地面を転がり、やがて仰向けに停止したローター・ティーガー。 操縦者保護機能と絶対防御を残してエネルギーをカットされ、最早戦うエネルギーは残されていない。
『ああっと、ローター・ティーガー戦闘不能! 赤いプラズマ手刀で“ベルリンの赤い雨”として異名を取ったドイツのゼクス・アルトマイヤー選手、まさかの敗北です!』
『勝ったのは、やはりメタルウルフでした。 アリゾナ紛争以来長年運用され続ける特殊機動重装甲、兵器としての実績が違います!』
2名の実況の声が同時に響く。 着地し、バックパックを閉じたメタルウルフ。
片腕を勢いよく突き上げると同時、大歓声が沸き立った。
「……笑うがいい、マイケル・ウィルソンJr……。 最強の兵器、ISを駆って大口を叩いて、このザマだ……!」
仰向けに倒れたままのゼクスから、そんな声が聞こえた。
メタルウルフがそんな倒れたゼクスのところへ、ゆっくりと近付いていく。
「ここは命を懸けて戦う戦場じゃあない。 モンドグロッソ、スポーツだ。 笑いなどしないさ」
「新生ナチス・ドイツは反男性、女性至上主義……その国家代表が、男に負けたんだ。 粛清ものだ。 ……マイケル・ウィルソンJr。 何故、お前はそこまで強い……?」
「なんのことはない。
メタルウルフが鋼鉄の手を差し出し、彼女が痛む右腕を差し出すと、メタルウルフがその手を取った。
次いで、メタルウルフが拡声マイクを起動する。
「彼女、新生ナチス・ドイツ代表、ゼクスは勇敢に戦った! もしも彼女を笑う者がいれば、出てくるがいい! そうでなければ、彼女の健闘を祝福しよう!」
ふらつきながらも、メタルウルフを支えにして自身の足で立ちあがった彼女を満員の観衆が歓声を以て出迎えた。
ゼクスが、その黒い眼球と金色の瞳で広いアリーナを見渡す。両者の健闘を称える拍手が、ISの集音機能を使わずとも聞こえてくる。 そこに、男も女も関係ない。
「……私は、ISさえあれば男など虫けら同然だと教えられ、これまで戦ってきた。 だが……どうやらそれは違ったらしい」
「私も特殊機動重装甲に乗って長いこと経ったが、そのようなことを考えたことはない。……男に負けた気分はどうだい?」
敗北したにも拘わらず、首を振って銀髪を揺らしつつ晴れやかな笑みを浮かべるゼクス・アルトマイヤー。
3m近いメタルウルフが、ふらついているまだ少女のような小さい体躯のゼクスを支えている。
「……よく、分からない。 不思議な気分だ。 なかなかどうして、男にも骨のある奴がいるのだな……」
『お疲れ様でした、大統領。 これで、ドイツは新生ナチスから解放されるでしょうか?』
「それは私の仕事ではないよ、ジョディ。 彼女ら、ドイツ国民の仕事だ。 ……だろう?」
「そう、だな……少なくとも、貴方に頼むことではない」
そして、その隣に立つメタルウルフこそが、全世界の男性に残された数少ない希望。
彼、ピーター・マクドナルドは後日こう語る。
――この女尊男卑の社会においても、彼がいる限り自由は死なない、と。
*
「すげー……」
大統領のモンドグロッソ決勝の映像を見終わって思わずそう呟くのは、つい先日アメリカの特殊機動重装甲にして最終兵器である
――あんなに小さかったマイケルが、こんなに強くなって……――
そう囁くのはイチカの背後に憑いている
無論、彼は副大統領の反乱の際にホワイトハウスの目の前で銅像として息子を見守っていたのだが、何者かに銅像の中に武器を隠されたせいで息子のホワイトハウス脱出時と帰還時の2度に亘って当の息子に銅像を破壊されてしまい、じっくり見たことはなかった。
――それと、すまない。 Ms.織斑。 何分、このようなことをしたのは初めてでね。 君の弟の身体からどう出て行けばいいのか分からないのだ――
「い、いえ……。不肖の弟でよければ……」
――ハイパーセンサーで見えるとは聞いたが、突然見知らぬ声が降ってきて、君も驚いただろう――
「ええ、まぁ……」
あれから4日が経ち、テーブルの左側に座る織斑千冬もモンドグロッソ決勝棄権の件で国際IS委員会の代わりにやってきたドイツ・日本・アメリカIS委員会による事情聴取を終えていた。
明日の
今は見えていないが、ハイパーセンサー使用中に視覚できるスーツ姿の男性の声にビビりながら紅茶を飲んでいる千冬だが、内心穏やかではない。
何故なら彼女の目の前にいるのはアメリカ合衆国
別にイチカとファイルスが流暢に英語で会話しているせいで会話に入りにくいせいではない。 きちんとイチカが大雑把に翻訳して姉に伝えているのだ。
ISを扱うには日本語が必須で、そして織斑千冬はアメリカ系とはいえ、日本人である。 英語はあまり得意ではない。
尚、白騎士の操縦者に関しては、各国の調査にも拘わらず未だ不明とされている。 当時は、ISを解除されて一般人に紛れ込めば、当然見つけることはできなかったのだ。
シークレットサービスと共にプレジデントフォースが警護しているホワイトハウスの一室に通され、イチカとモンドグロッソ決勝戦の映像を見ていた“元”モンドグロッソ日本代表、織斑千冬。
彼女は決勝戦を抜けだした責任を問われ、日本代表を引退。 ただしその実力は買われ、来年度より超国家IS機関“IS学園”へと派遣されることとなった。
更に、決勝戦でブリュンヒルデと対決するはずがアメリカ大統領と戦う羽目になった挙句敗北、面目丸潰れで涙目の新生ナチス・ドイツからの
そんな彼らと向かい合って座っているのはプレジデントフォース実戦部隊隊長、ロバート・ファイルス少佐。
ファイルスは紙の書類を捲る。
投影型ディスプレイ等の登場により一般的な紙媒体の報告書は数を減らしていたが、重要書類では紙媒体がまだよく使われていた。
電子データは削除しても専門家の手にかかればデータを復旧させられたりするし、白騎士事件のようにどこからともなくハッキングされることもある。 紙は燃やせば何も残らない。
今ファイルスが読んでいるのはイチカのメタルウルフ搭乗に関する報告である。
ピンストライプのメタルウルフを調査したが、何も異常がなかったこと。 大統領による起動にも問題なく、試しにイチカを他のメタルウルフに乗せても動かせたこと。
「本来、君のような子供を兵士とするのは私の本意ではない。 軍縮した世界各国とは違い、アメリカは兵士の数にそこまで困ってはいない。 子供は大いに遊び、勉学に励むべきだ……と思っている」
「でもおじさん……じゃなかった、少佐。 ISを動かしてるのって大体俺よりちょっと上くらいだと思うんだけど。 昔のナターシャさんとか」
「矛盾した話だが、兵器であるISを競技用として扱うIS学園というものが存在する以上、早めに慣れておくというのは悪い話ではないよ。 現にナターシャはよく勉強し、よくISを理解しようとした」
そう言いながらファイルスはサインをし、次の書類を捲る。
捲られた書類。 それはアメリカで現在開発中の第3世代機“ファング・クエイク”に関する報告書である。
フロントムーヴ社が完全監修した初のISで、武装は単分子結晶ナックルと投擲可能なナイフ、射出型ワイヤード・パイルバンカーのみ、余計な武装を持たないがために有り余ったエネルギーは武装と機動性へ全て注ぎ込まれ、そのナックルの一撃一撃がかの“
このほぼ拳のみという暴挙とすら言える仕様に対し操縦予定のイーリス・コーリングから抗議が来ているとのことだった。
毎度彼は思うのだが、フロム社にはこれを止める人物がいないのか気になっていた。 流石“
だが、どうやら今回はフロム社側からクラウス社と協力し、ストライクイーグル同様にハードポイントを多数装備して、量子化せずに武装を携帯して持ち運べるようになる他、汎用性の高いモジュール構造で作戦目的に応じて手足ごと換装も可能になるような見通しが立っている。 超高機動機を目指すのは、変わらないようだが。
そんなフロム社のライバルは大統領と国防長官の直轄組織DARPAである。
最先端科学技術の軍事転用を目的とするDARPAと宇宙開発目的で参加したNASA主導の初の宇宙用IS、地球制圧用第3世代IS開発計画“
グレート・リチャードは宇宙軍とDARPA製の惑星破壊ミサイル搭載可変多脚戦車にして副大統領の最終兵器“アルティメットウェポン”開発の為にリチャードが突貫工事で作らせた地球初の宇宙コロニーであり、現在はアメリカ宇宙軍の秘匿拠点“イレイズド・ツー”とNASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が設置されている。
悪評ばかりのリチャードではあったが、唯一の功績として宇宙開発の前進があった。
ファイルスは、今はこの姉弟に集中しようと報告書を閉じ、自身の机に一旦しまってから戻ってきた。
「では、本題に入ろうか。 ……イチカ、君は――」
どう言うべきか迷ったファイルスの視線が、イチカの背後にいるであろう、先代大統領へと向けられる。 ちなみに彼には見えていないので、少し見る位置とはずれている。
「――君は、メタルウルフを動かしてしまったわけだ。 大統領にしか動かせないはずの、大統領専用機……アメリカの最高機密にも匹敵する存在を。 そうなると、君はどれを選ぶにしても、最早日本の
「もちろん」
「では、確認だ。 午前中にMs.織斑とも話したが……1つは、君は普通の日系アメリカ人として過ごす……まぁ、これは君はないだろう。 1つは、同じようにしばらくアメリカで普通に過ごし、
「少佐。 俺がIS訓練生になった理由、覚えてる――覚えてます、よね?」
「……もちろんだとも。 特殊機動重装甲に早く乗りたいからと言って、もう数年待てば軍学校で乗れるのにIS訓練生にまでなる者など普通はいまい。 故にこの選択肢もないとすれば――」
仏頂面の千冬が膝上で握りしめた拳がギリリと音を立てる。
オールバックにした髪を掻くようにしながら、下がった眼鏡を指で押し上げつつ、ファイルスは告げた。
「――特例扱いでメタルウルフを動かせるよう、軍の教育を今のうちから受けながら、プレジデントフォースに入るか、だな。 もちろん、君の場合は後々ハーバードで改めてROTCを――」
「少佐、それにします!」
即答するイチカ。 対して、大人2人の表情は苦虫でも噛み潰したかのように険しい。
13歳にして軍人になるという、この答えをはっきりと予想できていたが故に。
片方には政府側からの命令があり、もう片方はイチカと同じ年齢で白騎士を駆り、戦ったがために強く言えないのだ。
「やはり、か……Ms.織斑。 やはり今夜は貴女の予想通り、一緒に飲むことになったな」
「……私が言えた話ではないですが、昔からです。 こいつは、誰に似たのか意志が強い……少佐、イチカをよろしくお願いします」
「もちろんだとも、Ms.織斑」
千冬とファイルスが固い握手を交わす。
ファイルスは机から取り出した報告書を開き、イチカのメタルウルフ搭乗に関する報告書を開き直し、追記した。
本人がプレジデントフォースへの入隊を希望。
以上から大統領機であるメタルウルフから普段使用されていない機体を
そして、今度こそ報告書を閉じ、机の中に収納した。
「では、プレジデントフォース新米のイチカ・オリムラとMs.織斑に知らせるべきことがある。 ……イチカ、口調はもう戻していい」
ファイルスは席を立つ。 部屋の隅、イチカが部屋に通された時から置いてあった大きな金属製の箱を片手で持ち上げた。
40代にして見ただけで分かるような鍛えられた筋肉が盛り上がっている。
そしてそれをゴトリとテーブルの上に置いた。
「君の父親、アレックス・オリムラの生存が確認された。 数ヶ月前の情報だが」
「……んな、バカな」
ポカンとした表情になるイチカ。
咄嗟に出てきたのは、そんな言葉。 だが、我に返るとすぐに真っ向から反論した。
「父さんは、テロリストと戦っている時に保存食で持っていたアメリカンサイズの餅を食べて喉に詰まらせて、しかもその餅が産地偽装で中国産だったから口の中で爆発して戦死したって、ファイルスおじさんがそう言ったじゃないか」
「……まさか、イチカ、お前……本当にそれで信じていたのか……?」
「えっ!?」
隣に座る千冬が呆れたような声を出す。
驚いた表情で千冬を見るイチカだったが、続けてのファイルスの言葉を聞き、ファイルスの方へと向き直る。
「あれは嘘だ。 騙して悪いが、彼のことは表沙汰にできなかった」
「なんでさ」
「彼は――アレックスは、敵に寝返ったのだ。 先日ホワイトハウスを襲撃してきた、
――何度か見たことはあるが、そのような男には見えなかったがな――
ちらり、とファイルスは机に置いてある写真立てに視線を落とす。
8年前の白騎士事件。 東京湾に撃墜され、搬送された病院で撮られた物だ。
当時の隊長だったアレックスとファイルス自身、大統領、
思えば、これがイチカとの出会いだった。
「ちなみに、実際に餅は爆発している。 君達は知っての通り、アレックスは結婚の際にファミリーネームをわざわざ嫁の織斑に変えてしまうくらい日本好きで、支給される乾パンやクラッカーの代わりに切り餅をよく食べていたのだが……アレックスがいつものようにメタルレイヴンの
ファイルスはテーブルの上の金属製の箱のロックに手をかけ、開けた。
「これは隊長――いや、アレックス・オリムラが失踪する直前に置いていった物だ」
金属製の箱を開け、鞘のようなカバーを紐解くと、そこから現れたのは青く輝く刃。 グリップの部分にはトリガーがある。
それは、月面から採掘された超希少資源“ライト”をふんだんに使用した特殊機動重装甲用の装備。
白騎士事件の日、イチカがモニター越しに見た青い剣の片割れ。
「これは……!」
「MLS――ムーンライトソード。 あの内戦後に改めて製造された、技術部製の業物だ」
青く輝くそれは、当時特殊機動重装甲を所有する実働部隊が存在しなかったプレジデントフォースの技術の集大成と言うべき傑作。
“NINJAのケン・オガワが持つ光波を放つ武器”という伝聞から想像した結果、当時のプレジデントフォ-ス技術部が月から採取される特殊な波長を放つ希少資源“ライト”を利用して兵器開発技術を駆使して造りあげた光波バズーカ、“ムーンライト”。
内戦集結後、実際にケン・オガワの大剣“ムーンライトソード”を確認した結果を基に、“ムーンライト”のグリップ形状を変更し、バズーカとして光波を発射する機能を残しながらもほとんど剣のように扱えるようになったこれが、2本目として造られた特殊機動重装甲用“ムーンライトソード”である。 希少資源故に現在も2本目以降は存在しない。
「父さんの、剣……」
「
青い剣の入った箱を覗きこむイチカ。
一方、千冬はムーンライトソードには目もくれない。
「……ところで、ファイルス少佐。 何故、その話を私にも?」
「何故、とは? 家族だろう?」
「奴は……っ!」
何を言っているんだ、とばかりに即答するファイルス。
その答えに激情に駆られかけた千冬だが、危ういところで抑え込んだ。
隠しきれない苛立ちを抱えたまま、千冬はムーンライトソードを眺めるイチカの背中に言葉を投げかける。
「イチカ。 あの男は、アメリカの為に家族を捨てた男だぞ」
「知ってる。 前も言ったけど、父さんは、俺達がずっと母さんと一緒にいると思ってたんだ」
「信じられん。 どうだかな」
イチカの視線の先では、ファイルスが少々困ったような表情をしていた。
彼も織斑家の事情はある程度知っているが故に“本当にアイツ、女を見る目なかったんだな……”というものであったが。
「私は、もうあの男を家族だとは思っていない。イチカ、私の家族は……もうお前だけだ……」
千冬が、背後からそっとイチカを抱きしめる。
「……なぁ、千冬姉。 俺に妹なんていたっけ?」
「……急に何を。 知らん。 少なくとも、連中から産まれたのは私とお前だけのはずだ」
「うん……? 白騎士事件の後、アレックスから聞いていないのか?」
不思議そうな声で、ファイルスが声をかけた。
鋭い眼差しのまま振り返った千冬だが、本職の軍人である彼がその程度でどうにかなることもない。
「どういうことです」
「イチカ、君には妹がいるんだ。 どうにも、君たちの母親が失踪直前に、産まれたらしいことは確認されていたんだが。 Ms.織斑、知らないのか?」
言われて、千冬は思考を彷徨わせるが……あの小中学生だった時期は束とのIS白騎士製作にかかりきりで、自分も家に帰らない日が続き、元々育児放棄気味だったあの母親はイチカを篠ノ之神社に預けて出かけることが多かった。
顔を合わせない生活が続き、そして、ある日。 父親から振り込まれてそれなりに貯まっていたであろう養育費を全額持ち逃げし、ついに二度と帰らなかったのだ。
父親のことはフォローしてくるイチカも一切母親には言及しないので、2人の間では母親の話はタブーとなっている。
「……わかりません」
「そうなのか。 我々と情報管理部が調べた結果、名前はマドカ。 だが、産まれた直後に母親と失踪し――現在彼女はアレックスと一緒に亡国機業に居る」
「母さんのほうは?」
「
そう、ピシャリと告げられた。
「この前、俺のことを兄さんって呼んだり千冬姉を姉さんっていう
「ああ、もちろんだ」
「……私としては、お前に危険を冒してほしくなかったのだが、な……」
本当に人違いじゃあなかったんだな、と考えながらイチカは決意を新たにしようとし――項垂れてしまった姉へ、不意に別の話題を振った。
「千冬姉。 写真、撮ろうぜ」
「写真?」
「記念写真だよ。 側に誰がいたか覚えておけって、言ってたの千冬姉だろ。 最近千冬姉がいなかったから千冬姉と一緒のを撮ってないんだ」
「む……そうなのか」
「撮るのはいいが、流石に外で撮ってくれないか」
ファイルスの声に促され、3人はせっかく天気がいいのだから外で撮ろうとホワイトハウスの出口へと歩いていく。
3mサイズの特殊機動重装甲が扱う大きさの剣を、ファイルスは簡単に持ち上げた。
「ん? ファイルス隊長。 どうしたんだい?」
「フォレスター大尉。 ちょうどいい」
「ちょうどいいも何も、隊長が中に引っ込んだから代わりに向こうから警備に来たんだけどね……」
そこで運良く、写真撮影が趣味の筋骨隆々でショートカット、プレジデントフォース所属のアメリカ最年長IS操縦者兼メタルレイヴンパイロット、IS訓練生の教官ソフィア・フォレスターを見つけた。
アメリカ内戦時にメタルウルフの正体を知りつつも、軍人として副大統領の命令に従い、マイアミビーチにて撃沈する巡洋艦と運命を共にした“大西洋の荒鷲”の孫娘。
その祖父の墓標である巡洋艦の残骸にできた新種の珊瑚“シー・フォレスター”をよく撮影に行くのだという。 本人はカナヅチだが。
ややいい加減そうな言葉とは裏腹に、ファイルスに声をかけられてまず取った行動が敬礼であるあたり彼女の実直な性格が垣間見えた。 教練中も当然厳しい指導をしてくる。
「ちょうどいい。 フォレスター大尉、写真を頼めるか」
「ああ、いいよ。 了解だ……うん? イチカ、随分古いカメラだな」
「……教官。 それは俺と千冬姉の絆みたいなものです」
「いや、うちの爺さんが持っていたような、今時珍しいタイプだったからね。 ……よかったじゃあないか、ブリュンヒルデ」
「その呼び方は……いえ、早く撮ってもらえますか」
「ハハハ、そうむすっとしたらいつまでも撮れないよブリュンヒルデ?」
「むぅ……」
ホワイトハウスの庭、先代大統領の銅像の下でファイルスから武骨で頑丈なカメラと、イチカの年季の入ったアナログカメラを受取り、それを構える。
前者であるISのハイパーセンサーの技術を一部転用したこのカメラは宇宙、海中を問わずどんな場所でも鮮明に撮れるらしい。
先にイチカのカメラを手慣れた様子で撮影し、そしてファイルスのカメラを3人へと向けた。
「あ、あぁ……?」
写真を撮りながら、どこか強張った表情になったソフィアは、青い顔をしながらおずおずとカメラを返す。
「た、隊長、私はもう向こうに帰るからなっ!」
「ん? ああ、もう大丈夫だ」
ファイルスが受け取った瞬間、一目散に逃げ出した。
「なんだったんだ?」
――ふむ……どうやら、私のせいだな――
カメラの画面を見る。 空中投影された写真に映るのは、織斑姉弟とファイルス。
そして、銅像とは別に写ったスーツの男。 先代大統領、半透明のマイケル・ウィルソンがしっかりと写っていた。
「イチカ。 この写真を最後にするつもりなど、私はないからな」
「もちろんだよ。 なぁ、千冬姉。俺――」
イチカは、夢がある。
特殊機動重装甲に乗れるプレジデントフォースやアメリカ陸軍に入りたいというのも夢ではあるのだが、それは所詮通過点に過ぎない。
未知の兵器、IS白騎士と勇敢に戦った父の姿に憧れ、その父とかつて交わした約束。
今尚大統領としてアメリカを導く
そして、
ふと、幼き日の父との会話が脳裏に蘇る。
――なぁ、イチカ。大きくなったら、何になりたい?――
――僕、父さんみたいに世界を守る男になりたい!――
――ハハ、そりゃ大きく出たな。 だが、どうせ世界を守るなら……世界政府大統領になる、なんてどうだ?――
その答えは、今も変わらない。 イチカの夢の到達点、それは――
「俺、大統領になる!」
*
翌日に行われた、
連邦議会によって異例の速さで決定された授与式において、アメリカの政府高官がずらりと並び、表向きはホワイトハウス防衛という功績から大統領自らがシルバースター勲章を与えるという、後手に回った日本政府から出席した日本首相に有無を言わせぬ形で実施されたこの式典。
もう1つ、裏の目的としてメタルウルフを動かせる存在をアメリカ側で確保してしまおうというものがあったが、これはイチカ本人からすれば実に願ったりな条件だったので、呆気なく成立した。
その始まりと共に、イチカ・オリムラは指示された通りにメタルウルフの横に立つ大統領の近くまで別のメタルウルフに入ったまま現れた。
そしてそのメタルウルフから降りてきたのはもちろん替え玉などではなく、正真正銘13歳の少年。 イチカ・オリムラ。
大統領を目指し、そしてメタルウルフに乗れなかった武闘派政治家が星条旗カラーのメタルレイヴンの内部で、常人とは異なる存在感を放つ少年を見ながら驚きの表情を浮かべる。
選定の剣ならぬ、選定のパワードスーツ、メタルウルフ。 世界を率いるアメリカの大統領には、これを動かせるだけの強さと大統領魂がなければ、国民が納得しないのだ。
式は滞りなく正式な手順で進み、そして勲章が授与される。
マイクを向けられ、少年はとても初めてとは思えない調子で語りだす。 白騎士事件で戦った父と大統領に憧れたこと、姉に負けない存在でいたいという男の意地、そして――夢は世界政府大統領、だと。
もちろん、青臭い夢だろう。 実現など不可能だと笑われるような、常人であれば正気を疑われる言動でもあっただろう。
しかし、アメリカの誰もがそんな不可能を可能にしてきた存在を知っている。 もちろんそれこそ、第47代アメリカ合衆国大統領、マイケル・ウィルソンJrに他ならない。
その不可能を可能にする大統領魂の持ち主本人がその少年の隣と、見えてはいないが背後から見守っているのだ。 ならばメタルウルフを動かすに足る大統領魂を持ち、まるで小さな大統領のような風格を纏うこの少年も、同じように不可能を可能にできるのでは、とそう希望を抱くには十分だろう。
そしてアメリカは、新たなるメタルウルフの操縦者の誕生に、新たなる大統領魂の持ち主に、熱狂した。 大統領を目指す少年の、戦いの幕開けと共に。
この日、ホワイトハウス攻撃に対する報復と言う名の大義名分とアメリカの国内世論の後押しを受けた連邦議会において、亡国機業に煮え湯を飲まされ続けてきた欧州を巻き込む形で
*
早朝の澄んだ空気の中、竹刀が空気を引き裂くかのように振り下ろされ、ぶつかり合う。
対峙するのは、この篠ノ之道場の主である篠ノ之柳韻と、その娘にして篠ノ之束の妹、篠ノ之箒。
「箒! 大変よ!」
その静寂を破るように、同じ学校のクラスメイトである鳳鈴音、通称鈴が篠ノ之道場へと駆け込んできた。
しかし、篠ノ之箒は動じない。 気を逸らせば、その瞬間父の一撃が飛んでくると知っているが故に。
とはいえ、鈴からすれば、これを早く箒へと知らせないといけない理由があった。 この、近年の剣道全国大会常連であり、同じ相手を巡って争う女剣士へと。
「イチカが大変なのよ!」
「な、なにっ――」
「キェェェェィッッッ!」
箒の気が逸れた一瞬の隙に、抜身の刃の如き鋭い気合が込められた凄まじい一撃が、防具越しに箒の脳天へと落ちた。
しばらくして復活した箒が、朝稽古を切り上げて鈴の下へとやってくる。
「……それで、朝稽古の最中にどうしたのだ、鈴」
「アンタ、夜中にイチカから来てたメールまだ見てないでしょ!?」
「見てないが、それがどうした……? イチカが帰ってくるまで、もう少しあるだろう?」
篠ノ之道場の軒先へと歩きながら話す2人。 視界の隅に、篠ノ之神社の鳥居へピタリと足裏を付け、まるで蝙蝠のように頭を下にして直立したまま腹筋をしているアメリカ生まれの日本人NINJA、アヤネ・ササキの姿が見えている。 見えていないが他にも数名いるはずだ。
彼女たちは白騎士事件直後から行方不明となった篠ノ之束の、その家族の警護に国連から派遣されていた。
鈴が自分の携帯と電子新聞を見せながら、箒へと告げる。
「ほら、見なさい。 私だけ知ってたら不公平でしょ」
「……な、なんだこれは……!?」
深夜に来ていたメールでは、イチカがメタルウルフを動かした結果、アメリカへ引っ越すことになったので、数日後に荷物を取りに帰ってくるというもの。
電子新聞の記事は、1面のモンドグロッソ優勝はあの第47代米国大統領だというもの――をめくり、2面で日本代表の織斑千冬が決勝戦を“謎の棄権”をしたことを糾弾する記事――もめくり、5面でやっとその原因である彼女の弟を誘拐にホワイトハウスへ攻め込んだらしい
アメリカでは大々的に報じられたニュースではあるが、女尊男卑がだいぶ当たり前のものとなってきた日本ではこの程度の扱いなのだ。
今の日本時間は午前7時前。 ワシントンD.Cとは13時間差だ。 箒はすぐに鈴の携帯でイチカに電話をかける。
数回接続音が鳴った後、イチカが電話に出た。
『
「も、もしもし!? イチカ、これは一体どういうことだっ!?」
『鈴……じゃない、箒か? どういうこともなにも――』
*
――そして、数日後。 日本の自宅にあった必要な荷物を回収し、挨拶回りをしてアメリカに帰ることとなったイチカは旅客機の中で、半ば喧嘩別れのようになってしまった2人のことと、自分のこれからについて、そして今貨物室送りにしている“アレ”について、思いを馳せていた。
「なんなんだろうな、あれ……技術部に見てもらうか……」
荷物の中に押し込まれた“ソレ”。
“プレゼントだよいっくんとちーちゃん!”という立札と共に家に2つ置いてあった、何故か箒の姿をした掃除と留守番その他諸々をこなす束特製の自律ロボット“モッピーちゃん
ちなみにプロローグの中で触れられなかったように、この世界においてアラスカ条約に「ISの軍事利用の禁止」は存在していません。
IS学園があるのも、競技用の名目で未成年のうちから最新軍事兵器ISの教育が受けられるとかそんな理由。
とはいっても、IS原作からしてISを使うテロリストがいて平然とゴスペルが軍事用として出てくる死に設定状態なので、IS学園自体は警備が増えているのを除けば所有ISが原作より増えているくらいしか多分変わらない。