本来サーヴァントというのは霊体で、聖杯戦争などではエーテル体の仮初の肉体を手に入れて現界する。自在に実体化と霊体化を切り替え、食事も睡眠も必要とせず、それ故に戦略の幅が広がるのだが――――
「その肝心の霊体化が出来ないどころか、なぜが受肉していると? しかもマスター特権である念話も無理?」
「うぅ……すみません。お腹が空くなんて変だなーとは思ったんですけど……まさか念話まで封じられるなんて」
突拍子な召喚だったためか、雄也自身が魔術師として未熟すぎたせいか、それとも他に理由があるのかは不明だが、今の彼女は本物の肉体を得た状態らしい。
これは魔術の素人である雄也には知る由もない話だが、今の総司は魔術師の到達地点である〝魔法〟の領域――――死者の蘇生を疑似的に体現している存在といってもいいが、そのデメリットは大きい。
「それじゃあまずは生活用品買いに行かねーとな。服とか食器とか……あとそれから布団を二組」
「あー……血塗れですもんねー。……なんか私、召喚されてから謝ってばっかり……はぁ」
召喚されて1日足らずで醜態を晒しまくる総司を宥め、出かける準備を整える。
出かける際に目立つダンダラ模様の羽織と着物からジャージに着替えさせた時、凄まじく似合わないと思ったのはとりあえず伏せておく。そしていざ玄関を出ようとした時、総司は声をかけた。
「そういえばマスター、もし一緒に外に出る時には私の事は名前じゃなくてセイバーと、クラス名で読んでほしいんです」
「え? なんで?」
「ほら、英雄って基本的に有名な死に方とか弱点ってあったりするじゃないですか。それが無くてもどんな事をした―とか、どんな事が出来る―とか、有名な逸話があったり」
「確かにそうだな……あっ、そうか! これサーヴァントにも同じことが言えるんだ!」
龍殺しの代名詞、ジークフリートの背中やギリシャ二大英雄の一人、アキレウスの踵などを筆頭とした英雄たちの弱点はサーヴァントになっても残り続けている。たとえ肉体的弱点が存在しなくても、生前の契約による縛りや逸話からの対抗策をサーヴァントの真名から割り出すことも可能というわけだ。
「私の場合は病弱が有名なので、もし長期戦に持ち込まれてスキルが発動したら絶体絶命ですからね。普段は宝具である羽織も着ないようにしているんですよ」
「宝具?」
「あぁ、説明がまだでしたね」
竹林の道を歩きながら、総司はピンと人差し指を立てる。
「簡単に言うとサーヴァントの切り札のことです。生前に持ってた武器、成し遂げた逸話が昇華されたものの事です。効果は様々なんですが、総じて強力なものばかりで戦況をひっくり返すことも容易なんですよ」
「あの羽織ってそんなすごい物だったのか」
「えぇ。その上、そうそう破けない坊刃服の凄い版だったりします」
後世においても、ダンダラ模様の羽織は新撰組のシンボルといってもいい。恐らく新撰組にまつわる英霊全てが所持しているのだろう。確かに、普段は隠しておかないと新撰組所縁の英霊だということが一目でわかってしまう。
「じゃあ話を戻すけど、俺が沖田さんをセイバーって呼ぶのはいいとして、俺に事もマスターなんて仰々しく呼ぶのは止めておいた方がいいだろうなー」
「そうですね。私が受肉して現界してしまった以上、どこの誰が話を聞いているか分かりませんし」
「いや、それもあるんだけど……
「ご忠告ありがとうございます!!」
痛々しい物を見るような視線の集中砲火を想像したのか、ブルリと体を震わせる。
「まぁ俺の事は苗字でも名前でもどっちでもいいから好きな方で呼んでくれればいいよ」
「そうですか? んー……それでは、雄也さんと呼ばせてもらいますね。こちらの方がしっくりきますし」
フワリと、華が綻ぶような笑みで名前を呼ばれ、顔に血が集中する。雄也は誤魔化すように竹に頭を連続で叩き付け始めた。
「ゆ、雄也さん!? 何でいきなり啄木鳥みたいなヘッドバッドを!?」
「な、何でもない。何でもないっす。まったくもってモーマンタイっす」
「は、はぁ……?」
それは何の予測もしていなかった完全なる不意打ち。
(ゆ、油断した……! 自分で名前で呼んでいいって言っといて自爆した……!)
不憫、残念美少女などといった本人からしてみれば甚だ不本意な評価を下していた雄也だったが、総司は正真正銘、それこそアイドルなどとは比較にならない超絶美少女だ。
白に近い桜色の髪と新雪のような白い肌といった日本人離れした幻想的な容姿で微笑みながら下の名前で呼ばれては、エロに興味津々で男女関係が母と妹、小学校時代のクラスメイトだけの童貞力53万の少年にはある意味痛恨の一撃である。
「ふぅ……落ち着いた。もう大丈夫だ」
「頭から血がダラダラ流れててその台詞はどうかと思いますが……」
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地獄を見た。
地獄を見た。
地獄を見た。
目の前に広がる、地獄を見た。
『やだ、何あの人?』
『よりにもよって試着室のの前で……変態』
『ママー、あの人何してるの?』
『しっ! 見ちゃいけません』
女性下着売り場のど真ん中に放置される、地獄を見た。
「何でや……こんな平成に誰がしたんや……!」
思わず関西弁で現状を嘆くのは、総司と共に買い物に来た雄也だった。
家を出て駒王町のショッピングモールに来た2人はとりあえず先に軽い物から買うことに決めた。知識として知ってはいたが、実際に目にするのは初めての町の発展に落ち着きなく辺りを見渡す総司を引っ張り、食器や歯ブラシなどの小物類を買っていた。そこまでは良かった。
「あの、雄也さん。実はその……下着も買いに行きたいんですけど……」
こんな一言を聞くまでは。
気まずい雰囲気の中、ランジェリーショップまで来たのだが、右を見ても左を見ても赤やら白やら黒やら青やらといった下着類に満ち溢れた店内に入ることを拒んだ雄也が抵抗を試みるも、総司がそれを無視。筋力:Cという人間からすれば圧倒的怪力で下着売り場まで連行される羽目になった。
ちなみにその時、ただでさえ生前と違い過ぎる街並みに戸惑いを隠せなかった総司が大胆かつ扇情的な下着の数々を目にして白い頬を赤く染めて『わ、私を置いていかないでくださいよぅ……』と、涙目で見上げられて激しく萌えてしまったのは秘密である。
そんなわけで、下着の選択を全て女性の店員に任せて試着中の総司を試着室の前で待ち続ける雄也はまさに「穴があったら入りたい」状態に陥っていた。耳を澄ませば『カップのアンダーが……』『寄せて上げる』といった生々しい会話が聞こえ、辺りを見渡せばチラチラとこちらを見る女性客。しかも何故か総司のスリーサイズを測って下着を見繕った女性店員から害虫を見るような侮蔑の視線を向けられるおまけ付き。自分が何をしたのかと問い詰めたいところをグッと我慢する雄也を尻目に、店員は誰にも聞こえない音量で呟いた。
「今時の女の子を褌とさらしの状態で外を連れまわすとか………最低」
誰に耳にも聞こえていないのが幸運だっただろう。だが新選組が活躍した幕末はまだ女性の下着というものが存在せず、ノーパンノーブラがデフォルトだった。剣士として動きやすい恰好を求めた総司は男性のような褌とさらしを身に着けて召喚されたのだが、今のご時世それはあまりにもマニアック過ぎた。彼女が英霊であるという事実を当然知らない店員の眼には雄也は時代の斜め上を行く変態に映っただろう。
ここで堂々と下着を手にして鑑賞できるほどの神経を持っていたらどれだけよかっただろうと、涙が零れない様に上を向く雄也は信じがたい人物を目撃することとなる。
「ぶふぉっ!? ア、アザゼルさん!?」
金と黒が混じりあった髪色と顎髭が特徴のワイルド系ダンディ。養父、桜木六郎太の知り合いで雄也の生活費といった財産の管理を行っているアザゼル(苗字不明)がランジェリーショップに向かって一直線に進んでいた。
正直な話、雄也がランジェリーショップに居るところを見つかって咎められるようなこともない。同居人になった総司の事も、色々誤魔化しながら説明しなければならないので近いうちに紹介するつもりではあった。
だがいくら何でも紹介の場が下着売り場なんて嫌すぎるし、何より思春期特有のちっぽけなプライドが「下着売り場にいたことを知り合いにバレたくない」と訴えていた。
「と、とりあえず紹介はまたの機会にして、一旦隠れよう!」
雄也から見えるということは、アザゼルからも見えるということ。商品棚の陰に隠れるようにしゃがみ込んで様子を窺うと、何とアザゼルは堂々とランジェリーショップに入ってきた。
(ちょっとなんで!? どうして!?)
何やら店員と話し込むアザゼル。下手な行動には移せない雄也は必死に気配を殺しながらアザゼルの動きに対応すべく聞き耳を立てる。
『………っといいか?』
『……い。何……しょうか?』
『俺の…………下着……買いに来た………』
『俺の』『下着』『買いに来た』
『俺の下着買いに来た』
店内の音楽や周囲の賑わいで全部は聞こえなかったが、会話の端々から聞こえた単語を無意識に抜粋した時、こんなセリフが雄也の耳に届いた。凍り付く16歳少年。密に憧れていたダンディなアザゼル像に亀裂が走る。何かの間違いではないのかと更に集中して耳を澄ませると――――
『何時も………つけてるのが小さくなった………』
『………サイズは把握している………だ』
『……趣向を凝らして清楚なデザインのを……』
『……俺が………着るんだ』
聞こえてくる衝撃発言の数々にただ圧倒される雄也。
アザゼルの名誉のために明言すれば、断じて彼自身が身に着ける下着を買いに来たのではない。巷に複数いるセックスフレンドへの性交前提のプレゼントを買いに来ただけである。
だがそんな事実を知る由もなく、状況に振り回されて混乱した雄也にはアザゼル自身が身につける下着を買いに来たようにしか思えない。憧れのダンディなアザゼル像が木っ端微塵に砕け散り、下着を身に着けセクシーポーズをとる変態像が現れる光景が脳内で再生される。
これからどんな顔で話せばいいのか。ノックアウト寸前のボクサーの様に震えていると、状況を悪化させるかのようにアザゼルが雄也がいる方に向かって歩き出した。
今はとにかく顔を合わせたくない雄也は、思わず目の前にあるカーテンの中へと隠れる。隙間からアザゼルが遠ざかるのを確認すると、そっと息を吐く。
「行ったか……これからどんな顔して話せば……ん?」
布が擦れるような音が聞こえ、ふと後ろを振り返ると、肌も露わな格好の総司と目が合った。ピンク色の下着に包まれた白くて細い、それでいて強く主張する胸部や芸術的なまでの肢体を両腕で隠すようにし、彼女は恐る恐るといった感じで話しかける。
「あ、の……雄也さん……??」
「うん、どうしたセイバー?」
それに対して慌てた様子もなく返事を返す雄也。動転が一周どころか三周は回って逆に冷静になった頭で、「ここで動転すれば社会的に死ぬ」事を理解した。
ここ間紛れもなく試着室、それも女性が着替えている最中のだ。ここで騒がれてはいけない。その思いだけが彼を支えていた。
「えっと……ここで何しているんですか……?」
幸いなことに、総司も突然の事態に頭が処理落ちしているらしく、騒ぎ出す様子もない。このまま冷静に処理していけば勝てると、雄也は暴走気味の頭で冷静に受け答えした。
「ははは。俺がここに居たらおかしい?」
「いえ、別におかしくはないですけど……あれ?」
雄也が試着室(女性着替え中)にいるのはかなりおかしいが、何やら違和感を覚え始めた総司。このままではいけないと感じた雄也は床に置かれたショーツを手に取って自身の腰にあてがう。
「実は俺もパンツを買おうと思ってな」
「え……? 男性の……下着……?」
「そう、パンツ。似合ってないか?」
「いえ、すごく似合ってますよ」
とても複雑な気分になった。言った本人も気付かぬ内に、とんでもない変態攻撃を繰り出している。だが勢いに押された甲斐あってか、違和感が多少払拭されたと感じた。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
「はい、それじゃあまた後で」
「それから、これも返すよ」
総司の手にギュッとショーツを握らせ、試着室から優雅に飛び出ようとした瞬間――――
「って、何してるんですか――――っ!!!」
「ヤバい正気に戻られぐべぇぇっ!!?」
正拳突きに顔面で受け止めた雄也が吹き飛ぶように試着室から転がり出る。そこから更に事態が悪化した。よりにもよって大勢の女性客や店員にその光景を目撃されたのだ。
『きゃああああ!? へ、変態よ――――!!』
『今試着室から飛び出てきたわ!!』
『警備員さん呼んで!! 警備員さーん!!』
「ち、違う!! これはちょっとした事故で――――!!」
『変質者!? どこにいるんです!!?』
阿鼻叫喚に包まれるランジェリーショップ。鼻血を垂れ流す鼻を抑えながら弁明を試みるが、仕事の早い警備員はすぐさま駆けつけ、店内で転がっている雄也を目撃する。
『貴様か!! 覗きをしたという変態は!! 鼻血なんか出しやがって!!』
「こ、これは事故なんだあああああああああああ!!!」
『逃がすかぁっ!! このラッキースケベ野郎があああああああっ!!』
雄也VS警備員の鬼ごっこが火蓋を切る。怒号をあげる警備員は仲間を呼び、必死に逃げ惑う雄也は悲鳴を上げる。ショッピングモールを騒がせた鬼ごっこは30分に及び、雄也が取り押さえられる形で終止符を打った。
「知りたくない事実を知って気が動転してた。ただそれだけなんです」
その後、総司が迎えに来るまでの間、警備員室で取り調べを受ける雄也はこう語る。警備員は当然のように『是非もなし』とだけ返した。
タイプムーンよ、Fate新作ではせめてダウンロードコンテンツで桜セイバーを出しておくれ!! 後ジャックとかジャンヌ・オルタとかアストルフォとかフランケンシュタインとかジークフリートとかヘラクレスとかロビンフッドとか清姫とか佐々木とか!!