「まったく、信じられません。まさか着替え中に突撃してくるなんて……」
「ほんと、すいません」
警備員室まで総司が迎えに来た後、彼女の機嫌を直すために3時のおやつとして和菓子をご馳走する羽目になった雄也。物凄く目の保養にはなったが、これから共に住む相手だと思うと平身低頭うだつの上がらないサラリーマンのように謝らざるを得ない。
「確かに? 私は生前、男性ばかりの隊の中にあってとことん縁はありませんでしたよ? 色恋には疎いですし、は……裸みたいな恰好を見られることもありませんでした。でも私だって女なんですから、もっと気配りしてくれてもいいんじゃないでしょうか?」
「本当に、仰る通りです。今後は無いようにしますんで、本当にすいません」
団子を食べ歩きながらまだ少し怒っている総司に対して、一切の言い訳もなくとにかく謝る。購入した生活用品は全て雄也が背負い、汗をダラダラ掻きながら前を歩く総司に追従する。まかり間違っても「怪力なんだから半分持って」とは言えないのが苦しいところだ。
生活用品と一口で言っても種類が多いうえに、背中に背負った布団二組がとにかく重い。せめてもの救いは、総司が買い物に掛かる時間が少ないことか。女性特有の商品や値段の吟味をせずに気持ちいいほどの即決即断だった。
「後は服を買えば終わりですね。雄也さんが騒ぎさえ起こさなければ、ショッピングモールで全部買えたんですけど」
「あの……もう、本当に反省してるんでチクチク刺すのは勘弁してください」
「ふふ。しょうがないですねー、沖田さんの広い心で許してあげましょう」
警備員室から出た後、店中を走り回ったせいでショッピングモールはとんでもなく居心地が悪い場所になっていた。そのため、2人はショッピングモールの近くにあるすこし廃れ気味の商店街で布団を含む残りの生活用品、ついでに団子も購入したのだ。
服飾店が多く存在するアーケードを歩き、どの店にするか少しだけ悩んでいると、総司の眼に一軒の店が映った。
「どったの? 何か気になった店でもあった?」
「えぇ、あの店なんですけど」
彼女が指をさした先にあったのは、一般人には入るが躊躇われる少し高級趣向の呉服店だった。店のウインドウには美麗な花柄の着物が展示されており、脇には198000円と商店街らしいイチキュッパな値段票が置かれてある。
「んー、やっぱり今風の服より着物とかのほうが落ち着いたりする?」
「そうですねー。生前はずっと着物を着てましたから」
「じゃああの店で買おうか」
「それは有り難いですけど、お金は大丈夫なんですか? 無理して高いものを買わなくても」
「大丈夫大丈夫、任せとけって」
ウインドウにある値段が値段なだけに若干躊躇う総司の手を引き、呉服店に入る。奥から品の良さそうな中年女性が笑みを浮かべながら、雄也たちの前で頭を下げた。
「いらっしゃいませ。どのような着物をお求めでしょうか?」
「彼女に日常で着るようなのを何着か見繕ってほしいんですけど、その前に――――」
財布を取り出し、黒い四角形を取り出す。
輝けるかのカードこそは、過去現在未来を通じ、市井で節約する全ての庶民達が、 今際の際に懐く眩くも儚きユメ―――『黄金』という名の祈りの結晶。その富を誇りと掲げ、庶民はお金をくださいと糾し、今、成金ニートは高らかに手に執る奇跡の真名を謳う。
其は――
「この店、
クレジットカードの最高峰、漆黒に輝けるブラックカード。
謎の大金持ち老人、桜木六郎太の財産の全てを受け継いだ彼が持つ最強のサービス提供証明権。どこぞの平行世界で大食い騎士王の上げるエンゲル指数に悶え苦しむ正義の味方希望や、魔術に金が掛かり過ぎるあかいあくまには眼が潰れるほどの圧倒的ブルジョワジー。宝具のランク
で例えるならその輝きはA++くらいだろう。
人差し指と中指で挟んでお洒落(に見えるようにしているつもり)にカードを見せつけ、ニヒル(のつもり)な笑みを浮かべる雄也に一瞬ポカンとした表情を浮かべた店員は、次にニッコリと笑みを浮かべる。
「はい。ご使用できますよ」
「凄いです! 今初めて雄也さんが輝いて見えました! この成金! ブルジョワ! 七光り!」
「何か聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするけどまぁいい! もっと褒めてくれてもいいんだからね!?」
召喚されて初めて尊敬の目を向ける総司に、雄也は細かいことは気にせず素直に称賛を浴びる。褒めてるのか褒めてないのか微妙なところはご愛敬だろう。
「そんじゃあ、見繕ってやってください」
「承りました。それではお客様、どのような柄のものがよろしいでしょうか?」
「えっと……とりあえず動きやすいのがいいんですけど」
「それではこちらの袴などは――――」
そんな会話をしながら店の奥へ引っ込む店員と総司を見送り、店内を見て回る。同じ服飾店でもなぜこうもランジェリーショップとは居心地が違うのかと思いながら、総司が着替え中なのをいいことに暇潰しにスマートフォンを弄る。
そうして待っていること2時間。
「お待たせしました、お客様」
「あ、終わりました?」
「はい。生活用に10着ほど選ばせてもらいました。どれも大変お似合いになっていますよ」
まったく世辞を感じさせない声色に無意識な期待を寄せながら総司に目を向けると、そこには先ほどの野暮ったいジャージとスニーカー姿ではなく、桜色の着物と紅色の袴、女性用の下駄に身を包んだ総司がいた。
「あの……どうです? 似合ってませんか?」
「……………」
少し恥ずかし気に頬を染める総司を眼にし、雄也は何も言わずに柱の角に啄木鳥よろしく連続ヘッドバットを開始し始めた。
「お、お客様!?」
「また!? またなんですか!? 一体どうしたんですか!?」
「何でもない。何でもないっすよ。ただ頭から血を抜いてるだけっすから」
余りに麗しい姿を不意打ち気味に直視したため、頬が一瞬で熱くなった。だが中学生気分(通ってもないが)がまだ抜けきらないプライドが素直に「滅茶苦茶可愛い」と評することを許せず、とりあえず頭をぶつけて冷静になる事を図る。
「あの、もしかして似合ってませんか……?」
「いや、大丈夫。超似合ってる。でもこれは超個人的な理由のヘッドバットだからちょっと待っててほしい」
「は、はぁ……?」
俯いて痛む額を撫で摩りながら親指を立てる雄也に怪訝な目を向けながら、総司はとりあえず強引に彼の奇行に納得することにした。
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日は傾き、夕焼けが桜並木を染め上げる。じんわりと熱い太陽熱を全身で浴びながら、さらに追加で背中に背負う重たい着物を恨めしく思いながら雄也は帰路についていた。目の前にはどこか上機嫌に悠々と歩を進める総司の背中。どうやら着物と袴がが気に入ったようで、店でそのまま着て帰っている。
「はぁ……はぁ……セイバー、ちょ、ちょっと待って。はぁ……きゅ、休憩させて」
「もう、仕方ないですねぇ。あそこに丁度いいベンチがあるので座りましょう」
ゼイゼイと息を吐く雄也を見かねてベンチまで誘導する。荷物を下ろし、自販機でジュースを2本買ってその内の1本を総司に渡すと、彼女は両手で持ってちびちびと飲み始め、雄也は一気に中身を飲み干す。
甘いジュースが渇いた肉体に染みわたるような快感を覚えながら、なんとなしに桜並木を眺める。そこは今日の深夜、未知の怪物に襲われ、隣に座る少女と初めて出会った場所だった。
「そういや、俺あの化け物の死体そのまま放置してきちゃったんだけど、何の騒ぎにもならなかったな」
「確かに不思議ですね。雄也さんは死体処理とか出来なさそうなのにどうしたのかなーって思ってましたけど」
発見されれば必ず大騒ぎになりそうな半人半蜘の怪物。インターネットでも何の情報もないあたり、世間の明るみに出ていないのだろう。しばらく頭を傾げるが、情報が足りない事案をいつまでも考えるのは不毛と断じ、空き缶をゴミ箱に投げ入れて立ち上がる。
「そろそろ帰るか。帰って晩飯にしよう」
「ところで、今日のご飯は何ですか?」
「カップラーメン、カップ焼きそば、カップうどん、カップスパゲティ……どれがいい?」
「全部カップ麺じゃないですかー! 二食連続はやだー! というか、自炊はしないんですか?」
「残念だったな。家にある厨房器具は冷蔵庫と電子レンジとウォーターサーバーだけだ!! 基本外食かインスタントです!!」
やいのやいの騒ぎながら、桜並木を歩いていく。
相性の良いマスターに召喚され、まるで長年の親友のような会話を繰り広げる総司の顔は、戦いのことなど忘れたかのような穏やかなものだった。
戦いが始まっている以上、近い内に終わりが訪れる関係だとしても、一般人の身でありながら壮絶な戦いに挑む己との契約を続けてくれたマスターだけは守らなければならない。
これで物語のプロローグ部分は終了です。次回からは超ショートショートストーリーを挟んで本編と合流、1年後の駒王町が舞台になります。