Fate×Gate = Gate Order =   作:No.20_Blaz

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すっっっっっっごいお久しぶりです。
Blazです。

えー長く更新どころか手に付けてなかったので設定の面でボケたり忘れてる部分がある可能性がなくもないどころかありありです。文章もかなりぐだぐたです。
つーわけで今回は短めにしてあります。ええ。
だってもう終わりたいし!

ってことで前置きはここまで。誤字脱字については例の如く。
それではお楽しみください……本当に遅れて申し訳ない……(汗


チャプター3-5 「現代停滞地『日本』 = 一難去って =」

 

「―――にしても、まさか審議だけでここまでもたつく結果になるとはね……」

 

 地下鉄のホームに立っていた蒼夜は何の気もなく、ふと唐突に話を切り出す。今しがた終えた議事堂での審議、それを思い返していたのだが、予想以上のもたつきと結果に彼は半分ほど失笑気味だった。

 

「ええ。議員の皆さんが英霊を認められないという気持ちはわからなくもありませんでしたけど……あれはむしろ現実逃避といいますか……」

 

「頑なに自分の型に相手をハメようとしている……か? ま、政治家というものは自分のペースに相手をいかに乗せるかが重要な連中だ。しかし今回、我々は向こうの斜め上を行く解答と事実を突きつけた」

 

 そのせいで半ば有耶無耶な形のまま審議が終わったというのだから、不完全燃焼でしかない蒼夜は未だに審議の時の緊張感のような感覚が残っていた。だが、既に審議は終わり、彼らはこうして別の場所に居る。締まらない終わり方だったというのはマシュも同じだったようで、同情半分、納得できないが半分といった心境で受け手だった政治家たちの様子を思い返していた。

 一方、マシュとは逆側に立つ孔明は平然としており、不満そうな顔は相変わらずだが、審議についてはもう割り切っているという顔をしている。

 

「ペースをつかむというのは、基本的に自分がそのペースを知っているからこそできることだ。だが、そのペースが自分の知らない、わからないのであれば掴むことは至難の業であり、多くの時間を要してしまう」

 

「その結果が……まぁ今回の審議だよな」

 

「ライダーさんが独特……と言うべきなんでしょうか、相手が掴みにくい「自分のペース」を既に作り上げていたからですかね」

 

「それもある。だが、ライダーの場合はペースを大きな箱やコンテナのようにして置いたからと言うのが正しい。あいつの場合やることなすこと、体格もろもろがデカすぎる」

 

 妙にその瞬間だけ嬉しそうにしていた孔明はほくそ笑むが、その笑みも冷たい洞窟のようなホームの中では風と共に去ってしまう。

 葉巻が吸えないことに憂鬱さを感じていた孔明は小さなため息をつくと周囲の様子を窺う。

 冷たい冬の季節の風だけでなく、無機物のコンクリートに覆われた空間。ホームには温度調整の為の空調設備が置かれているが、さして外界との気温は変わらない。稼働していなのかと思えてしまうが、実際この季節であれば誰もが厚着の服装になるので、その分の費用を削減しているのだろう。

 生身である蒼夜、疑似サーヴァントであるため英霊とは異なる肉体である孔明、そしてデミ・サーヴァントであるマシュの三人にとって、最初こそは問題ないと思っていた冬の寒さも夜になるにつれて下がっていく気温には耐えられなくなっていた。なので、伊丹たちと(・・・・・)別れる直前に(・・・・・・)蒼夜は自分とマシュの二人分のコートを彼から借り受けていた。

 

「フォウッ」

 

「ふふっ……フォウさんもコートのフード部分が気に入ったようですね」

 

「………。」

 

「……先輩?」

 

「そういえばフォウ、何時の間に居たんだ?」

 

「……フォウ?」

 

 何を言ってるんだ、と言いたげな顔をして首をかしげるフォウ。そういえば今の今まで姿を見てなかったな、と当たり前のように顔を出している白い生物の姿にマシュと孔明も思わず目を丸くする。

 

「そういえば……」

 

「今まで見ていなかったな。カルデアの方に残っているのかと思っていた」

 

「私もです……フォウさん、何時の間に?」

 

「………。」

 

 今更気づいた二人に対して、呆れているのか。もう一度「何言ってんだ」という目を向けているが、それはこういった生物とのふれあいが数える程度しかない孔明であってもわかるような目だった。

 まさに失望したと言わんばかりの目をしていたのを見て、孔明はフォウが恐らくは最初から居たと察する。何らかの理由ではぐれてしまったのだろう。とは言っても、そのはぐれた理由も蒼夜たちカルデアの面々の行動を考えれば一つしかない。

 

「……わかった。我々が申し訳なかった。君は我々が察せないことに失望するほどのトラブルを潜り抜けてようやくたどり着いたのだろ?」

 

「フォウッ」

 

 小さな胸を張り、そうだ、と言わんばかりの表情をするフォウ。孔明も偶にマシュや蒼夜がフォウと触れ合っている時に思えたことだが、どうにもこの生物は他の生物に比べて表情豊かだ。まるで小さな体の中に人でも入っているかのように顔はコロコロと変化していた。

 

「ってことは、議事堂での審議の時もいたってことか?」

 

「フォウ?」

 

 と言うだけで、元気に返事はしていない。どちらかと言えばどういう意味なのか、と尋ね返しているように、蒼夜の目を見ていたので、フォウはどうやら議事堂の中には入れなかったらしい。

 最も。フォウという生物が人間しかいない議事堂の中に居れば、少なからずトラブルになっていただろう。それがなかったということは、つまりフォウは入れなかったということだ。

 

「まぁ、あの場にいたよりかはマシか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ―――その瞬間。蒼夜の脳裏にどっと笑う声が響いた。

 誰もが笑い、そしておかしいといい指をさすという光景。一種の可能性と言ってもいい。ともかく、彼の頭の中に浮かんだその光景は笑い声に反して決していい感情をもてる未来ではなかった。

 なにせ笑い声は目の前の面白おかしいことに笑っているのではなく、こいつは何を言っているのか、と馬鹿にしている時に出す声と仕草だからだ。見下し、蔑み、過小評価し、そして自身の常識で一蹴するだけのあざ笑い。その笑い声を聞いていい気分になれるのは、相手が自分の罠にはまっていたりする時ぐらいだ。

 が、彼の脳裏に浮かぶ彼の表情はそんな策士のような顔ではない。ありきたりな恥辱に歯を噛みしめる苦痛の表情だ。

 

 

(正直、リリィを出すこと自体、俺にとっては賭けそのものだ。下手をすれば本当に俺はただの精神異常者としてこの世界では永遠にみられることとなる。馬鹿なことを言った、精神異常の犯罪者。そんなところだろうな。……でも)

 

 ……でも。もしかすれば、それが逆転のカードになるかもしれない。

 それを考えるだけでも、幾分か痛みはやわらぎ、逆に興奮を感じていた。

 呼ばれたリリィが近づいてくる姿に、段々と心臓が締め付けられる感覚が強くなっていく蒼夜の表情はサーヴァントたちから見てもやせ我慢をしているようにして見えていない。マシュですら彼の表情を見破りあまりの辛さで平静を崩している。

 しかし、その当人の中で渦巻く興奮と恐怖の感情を知る人物は、果たして彼のパーティの中でも何人いるだろうか。

 

「……一か八か。当たれば君は……本当に勝利の王だ」

 

「ほえ?」

 

「え、ああいや。ゴメン、リリィ。なんでもないよ」

 

 ぽつりと呟いた独り言を聞かれていた蒼夜は慌てて台の前から引き下がり、発言者を自身とライダーからリリィに移す。後ろから傍聴していたので、どこでどうするかわかっていた彼女は、未だこわばった顔で台の前に立つ。その様子は蒼夜も同情を隠せないほどに緊張している顔で、恐らく彼女の心臓は今にも破裂しそうなほど苛烈に動いているに違いない。

 しかし、それでも彼女には語ってもらわなければいけない。リリィの緊張を少しでもほぐそうと隣に立ち、自分も未だ緊張が解けない顔で笑みを作る。

 

「大丈夫。俺も正直、怖かったからさ」

 

「………。」

 

 慣れはしてきたが、未だに緊張が解けないのは彼の本音だ。人生あるか無いかの場なのだ、それに慣れているのはその場に居られる人間だけ。その空気こそ、この場にいる政治家たちのアドバンテージだった。政治家と一般人とは次元の異なる世界に居ると見られている。その意識と感じたことのない空気、関わることなどなかったと思っていたはずが、関わることとなってしまった時の戸惑い。これだけの要因があるのだから、審議も容易にかつ計画的、予想範囲内で済むだろうと思っていた……

 その矢先にこれだ。蒼夜たちだけでなく、目の前で座っている政治家たちでさえライダーを中心にしたサーヴァントたちの行動に予想できずにいた。なにせ歴史上の人間、その人たちが実際に現れるなどオカルトやファンタジーでしかありえない話だ。しかし、実際に目の前にそう名乗る者たちがいる。そう納得できる理由がある。

 もはや彼らでさえも流れに身を任せる他、選択肢はなかった。

 

 

「そういや、あの二人は名乗ってなかったな……」

 

「ええ。しかも女の子の方は……スーツですね。誰かに見立ててもらったのでしょうか?」

 

「まぁ俺はあの子よりも控えてる()様が気になるんですがね」

 

 混乱しつつあるこの中で、今度はなにをするのかと若干楽しげな様子で嘉納がリリィたちへと目を向ける。入ってきてからカチコチになっていたセイバーリリィことアルトリアは審議の前に大体こんな感じだと蒼夜から説明を受けている。しかしその後ろには今まで一言も発することもなく静観を決め込んでいた人物が一人。

 バスの時にピニャが見かけた紫の髪の剣士だ。彼は今も眼を瞑りながら蒼夜やライダーたちの後方、マシュたちの中間に立ち、黙り込んでいる。未だ何も言わない、名乗りすらしてない彼の姿に嘉納と総理はまさかな、と揃って思っていた。

 

「嘉納さん、仮に彼……天宮君の話が本当だとすれば、あの二人も英雄であるということなんですよね?」

 

「でしょうな。一貫性がないのは寄せ集めか、話の通りなのか。問題はあの二人が彼にとってどんな勝負札なのかです」

 

「……このタイミングで出してくるということは、この話題に納得をいかせるため……でしょうかね」

 

「もしくは、それに近しい理由を提示するか。ですねぇ、この場合」

 

 こじれにこじれて事態に収拾がつかなくなっている。これは蒼夜たちだけでなく政治家たちにとっても不都合なことにかわりはない。

 

私たち(政治家)には納得したくないと言い張る人間は多いですからね」

 

「総理はどっちで?」

 

「……信じざるえないでしょう。恐らく、彼らも」

 

 総理もこの馬鹿馬鹿しい審議をさっさと終わらせたいという気はあった。その前、第一審議でさえも見事に特地の面々によって引っ掻き回されたのだ。自分のペースというのがこれほどまで崩され、滅茶苦茶にされたのであれば、もはや妥協して諦めるほかない。それほどまでに自分たち政治家というのはペースを崩されること、奪われることに関して弱い生き物なのだ、と痛感したのだが、その後のこの面々が斜め上のことをするのだから、彼の容量だけでなくストレスですらも許容量を超え始めていた。真面目でいるのも阿保らしい、早く終わってくれないかと、さながら授業が面倒な生徒の顔となっていた。

 

「並行世界という考え、いえ理論は元からこの世界にもあるのです。私たちはただそれが実現できない、非科学的な出来事であると認識しているだけで、彼らにとっては科学的に、常識として受け取れることなのでしょうね」

 

「でなきゃあんなことを堂々と言って平気な顔してるわけもありませんからね」

 

「常識と現実、特地の参考人たちとの差もこれなのでしょうね」

 

「でしょうな。幸原ももう少し、その辺の聞き分けも良ければいいんですが……」

 

「……嘉納さん。やけに楽しそうですね」

 

 心なしか楽しげに見えていた嘉納の表情が、そろそろ隠せないものになってきていた。本位も総理として真面目な顔を保っているが、確かにどんな偉人が目の前にいるのか、他にどんな者がいるのかという気はあった。しかし、彼のように子どもが楽しみにしている、という気分にはなれない。年齢というよりもこの場でのストレスによってその気力すら失せていたのだ。

 

「ま、正直なところ半信半疑をごまかしてるだけですよ。でもね、あの男が孔明だと言った瞬間、違和感はありましたが納得はしましたよ。

 三国志に登場する天才軍師、それがまさかここに居ると言われてすぐに納得できる人間はそうは居ない。なんせ何千年って昔の人間ですからね。でも、そういう歴史的偉人だからこそ醸す雰囲気ってやつなんですかね。他の人間が出すものとは違うものを持っている。それは見るだけじゃなく、感じることができる」

 

 それは総理こと本位にも理解できたことで、横目でイスカンダルの姿を視界に収める。日本でも天皇が国外ではこの国の王として見られていたが、誰もが想像する「王」というものにはやや離れていた。しかし彼の場合は、その言葉がすっぽりと治まる雰囲気、いで立ち、そして振る舞いをしていた。王冠はなくとも、灼熱のようなマントを纏い、熱砂で焼かれた肌とほり(・・)の深い顔。ただ立っているだけだというのに、その存在感は大きく、彼という存在がどれだけ視界から離れようと、見え無くなろうとも肌で感じられる。仁王の姿が栄えるとはこの事だろう。

 

「どれだけいい加減なことを言われても、今の俺たちが信じられるわけがないことでも、なぜか彼の言葉を信じてしまう。いわゆるカリスマってやつなんですかね」

 

「カリスマ、ですか」

 

 そう。この場である種の主導権を取っているのは、他でもないイスカンダルだ。彼の存在、その言葉から発する力が会場の議員たちを黙らせ、自分らの言葉を信じさせている。しかも、その地位は不動たるもので、どんな揺さぶりも彼の前ではそよ風になってしまう。これを変えるには恐らく彼ほどのカリスマ、オーラを持つ人間か、彼自身が何かしら失敗しなければ隙は生まれない。

 前者はこの場にいる議員たちの中には、残念ながらそんな魔物のようなオーラを持つ人間は居ないのであきらめざるえない。だが後者、彼かもしくは蒼夜が何かしら失敗をすれば、それはそれでイスカンダルのカリスマによって作られた空気を打破する切っ掛けになるのではないか。どちらにしても、蒼夜と彼が連れてきた二人のサーヴァント。この二人が審議の決着に大きく関係していることは間違いない……のだが

 

 

「えっと……初めまして。セイバーのサーヴァントをしています、アルトリア・ペンドラゴンと申します」

 

 例えるなら水が流れていくかの如く。風が小さく吹き抜けていくかのように、セイバーは前に立ち、緊張した顔で自分の名前、真名を明かした。事前に蒼夜からどうすればいいかを聞いていたので、後はそれに沿って彼女も名乗り質問に答えるだけだった。スーツの姿をした金髪碧眼の少女という漫画に出てきそうな彼女の姿、そして麗しさは佇まいも相まって誰もが思わずかしこまってしまう。おまけに容姿も整っているので、その顔を見た脂肪分しかない議員たちは鼻の下を伸ばす。

 ただ一人。同性である幸原を除いて、だが。

 

「………は?」

 

 同性ということだからか、多少彼女の若さと可愛さに物を言わせるような仕草に苛立って眉を寄せていたが、その苛立ちに随伴して彼女の脳にある情報が現れる。それは彼女にとっての常識であり、その言葉を聞いた瞬間に浮かび上がった疑問だった。

 

「アルト……アーサー王?」

 

 目の前に現れた少女、セイバーが名乗った真名はまごうこと無き彼女の名だ。

 彼女の真名であれば思い当たるのは当然、あの(・・)アーサー王伝説に登場するブリテンの騎士王「アーサー(・・・・)・ペンドラゴン」だろう。

 そう。あのアーサー王伝説。そう思った瞬間

 

「……ふっ」

 

 真剣な顔が緩やかに崩れ、噴き出した顔になる。今はまだ我慢をこらえているが、それが本来なら彼女が大声で笑いあげるものだというのは誰もが見て明らかだ。なので、絶賛混乱中の清姫と静観しているイスカンダルを除けば、男たちは揃って不快な表情を見せていた。

 

「………?」

 

 一方で、当の本人ことリリィは目の前で笑おうとしている幸原の様子を理解することができなかったのか頭の上に疑問符を浮かべている。

 彼女にとってはただ普通に名を名乗っただけ。それも本来なら言うべきではない真名を自ら名乗ったのだ。本来の聖杯戦争であれば死活問題であり、マスターからの小言や罵倒、暴言は免れないこと。

 しかしそんなことを知るはずのない彼女は、その名を聞いて数秒考えた瞬間、思わず笑いだしてしまった。

 

「あの……私、何かしてしまいましたか?」

 

「気にするな。彼女が自爆しただけだ」

 

 何か間違えたのかとオロオロと後ろに控えている蒼夜と孔明、そしてイスカンダルの顔を窺うが心配するなと笑みを返す蒼夜に孔明も連なって言う。そして、すぐに孔明の目は彼らカルデア勢の隣に座っている男、嘉納の方へと移り、彼が幸原の反応から察した様子でくつくつと笑っているのが見えていた。

 孔明の目線が動いたのは他の人間の反応を見るからと安堵したリリィだが、それでも自分は何を間違えてしまったのかと頭を動かし、再び正面へと向き直る。

 

 

「そう……そうですか。貴方があの有名なアーサー王で」

 

「……? そうですけど……」

 

 どうかしたのか、と急に笑いこらえている姿にイマイチ状況を把握できないリリィは何度か後ろと前方を行き来し蒼夜たちの様子を窺い、指示を求めた。しかし蒼夜の顔は大丈夫、という安堵させるための笑みで小さく首を縦に振った。

 ただ彼らも笑っている理由を審議に来る前に知っていたので、やや苦笑い気味ではあったが。

 

「……すみませんが、もう一度彼に替わっていただけますか」

 

「あ、はい……」

 

 あくまで質問、疑問などを突きつけるのはメンバーのリーダーと思われる蒼夜だけでいい。孔明であれば無限ループになり、イスカンダルでは彼の独壇場。ならばリリィ本人に質問すればとなるが、彼女の様子から先のテュカの二の舞になると予想したのだろう。故に一番突きやすく、やりやすい人間である蒼夜であればまだ幾分か自分たちにも場の流れを取り戻すチャンスがあるはずと見て、微笑から小さな怒気を纏った声色に変える。

 

「……ふざけているつもりではありませんよね?」

 

「いいえ。彼女は正真正銘の騎士王です……未来の、が頭に付くのですが」

 

「あくまで自分たちの意見を突き通す、と。ですが今の証言だけは私も信じることはできません」

 

 ―――だろうな。

 と孔明も椅子に腰かけたまま呟く。恐らくこの会議室にいる人間の大半が考えていることで、それは蒼夜にとっては常識であっても伊丹たちの世界では常識の話ではない。

 

「彼女の名前が、ですか」

 

「はい。今までのことを鑑みて、百歩譲って貴方の言う通り、後ろに立つ御仁が大王であるとしましょう。ですが、貴方であってもこれは常識ではないのですか?」

 

「………。」

 

「なら、あえて言わせていただきます。知っての通り、アーサー王伝説は架空の物語。つまり、アーサー王ならびにその伝説に登場する人物はこの世には存在しません」

 

「……でしょうね」

 

 それでも平静を崩さない蒼夜に、幸原の言葉は止まらない。

 

「今までは全て、架空の可能性があると言えど実在の可能性をも持つ偉人たちの名前を列挙してきました。清姫伝説の方は……まぁ、調べてませんが。ですが、これだけは確かな事。貴方は大王だけでは決定打にならないと思って適当な名前を出したようですが……どうやら、一般知識が乏しいようですね」

 

 遠まわしに馬鹿呼ばわりしているようだが、蒼夜の脳裏にはある場面が蘇っていた。それは、この話題から少しさかのぼった自分のことについて。パラレルワールドのこと、異世界のことなどを受け入れることをせず、あくまで彼がこの国、この世界の人間であると言い張り、こじつけのような理由と仮説を並べた。確かに全てを話せなかった蒼夜も悪いが、それはそれで後々に面倒ごとが増えてしまうので、今でも仕方のないことと割り切っている。

 問題は恐らく彼女の脳裏にもこの話題のシーンが浮かんでいるだろうという彼の予想。つまりは忘れているだろう話題を引っ張りだして話を延長戦に持ち込み、こちらの腹と弱みを探ろうとしているということ。

 それくらいは今の彼にでも読み切れることだった。

 

「……俺と彼女が嘘をついていると言いたいんですか」

 

「はっ……」

 

「清姫さん、寝てて下さい」

 

 とようやく出てきた「嘘」のワードに反応した清姫をマシュが強引に耳をふさぐ。今の今まで行われていた言葉の戦いに清姫もついていけなくなったのだろう。こうなってしまえば、もはやその言葉だけで「嘘をついた」と判断してしまい暴走する可能性もある。だが二人とも嘘をついているわけではない。蒼夜も賭けであるからこそリリィの名前を明かし、彼女もその事を知らずにだが、自分の真名を名乗った。マシュの行動も、混乱している清姫が暴走することを見越しての対策だ。

 

「少なくとも、今までの話に真実があったとして。貴方が嘘をついてないという部分も確かにあります。しかし、今までの話を思い返してみても理由や証拠が不十分であり、貴方がはぐらかしたり、いい加減なことを言ったところもあります。

 そして今の彼女の名前。偉人が居たとしても、架空の偉人を出したというのであればどこまでが本当のことなのか、と疑いを持ってしまいます」

 

「否定はしません。ですが、俺も彼女も本当のことを言ったまでです」

 

「……あなたは彼女がアーサー王であると言い張るのですか」

 

 攻めに徹している幸原の眉も次第に寄せられていく。その後ろの議員たちも眉を顰めて、それは流石にどうだろうか、と難色を示していた。蒼夜にとっては本当のことを話しているが、内容と事実が食い違っているこの状況では議員たちの反応もおかしくない。

 蒼夜にとって、そしてカルデアのある世界にとってセイバー、アルトリアは確かに実在する。それは歴史的にも証拠がある事実だ。

 しかし対して伊丹たちのいるこの世界では逆にアーサー王伝説は存在するが、あくまで架空の伝説であるというだけ。実在した歴史ではないのだ。

 

「貴方でもアーサー王の物語は知っているはずです。伝説は存在しても、実在はしていない。そもそも、アーサー王は伝説では男性の筈です。そこにいるのはどう見ても女性でしょう」

 

「……ええ。彼女、アルトリアは女性ですよ」

 

 なのに、と思わず舌打ちをしてしまいそうになるが、まだ我慢できる範疇なので言葉を喉の奥に押しとどめる。しかし、内心彼女の本音は既に怒りの限界点に達しており、罵詈雑言の嵐を彼に浴びせていた。

 アーサー王は実在せず、物語もフィクションである。大人でなくても彼の歳であれば誰もが知っている常識的なことのはず。なのに、蒼夜はそれが間違いであると受け入れても訂正しようとしないどころか、謝罪や自分が間違えていたという自覚が微塵も感じられなかった。安っぽい自責も落ち込みもない、ただそうであるという事実を受け入れただけの顔は不快までは行かないが苛立ちを募らせるには十分だった。しかもわざわざ振り返り、名乗った彼女の顔を見てから答えるという様子は議員たちからすれば挑発されているのと同じだ。

 

「……あくまで彼女がアーサー王であることを突き通すつもりなんですね。ですが、そもそも伝説そのものがないのは事実。あなたがこうやって平然と虚言を言っているということは、貴方の今までの発言の信用を全て失うことになるんですよ」

 

「信用を失うかどうかはそちらの自由です。でも、俺も彼女も嘘をついていません。彼女は彼女。あなた達の言うアーサー王です」

 

「……平行線ですね。これでは貴方の発言がどこまでが本当でどこまでが嘘なのか、わからなくな―――」

 

 ―――ならないんだなぁ。

 と独り言のように二人の審議に、またも嘉納が割って入ってくる。わずかに俯いているがその表情はしかめた他の議員たちとは違い一人推理の答えを知った探偵、または視聴者のように笑みを作っていた。

 

「また入ってくる……嘉納議員、発言は挙手などでおねが―――」

 

「すぐ終わる。それに手も上げる」

 

 と事後報告をする嘉納は立ち上がることはせず、そのまま目を蒼夜に向けて話し出す。

 

「多少荒っぽいが、お前さんの言いたいことは大体理解した。

 本来、歴史的に存在するはずのない偉人。しかも伝説とはことなる性別をしている。こじつけをするにしてもまともな証拠がなけりゃ仮説にもならねぇ。だがお前さんはあくまでその意見を突き通した。それはなぜか。

 簡単なことだ。俺たちにとっては伝説がフィクションだが、坊主にとっては史実だからだ。だからこそ、あの時の無理があるパラレルワールドの話が繋がってくる」

 

 パラレルであれば歴史のどこかが違っていたり、異なっていてもおかしくない。自分たちの世界の歴史、史実や事実とはどこか異なっている何かがあって何かがない。それが平行世界の定義のひとつだ。

 蒼夜たちが平行世界の人間であるか否かを信じる信じないは後にするにしても、仮に嘉納の言う通り蒼夜の住んでいる平行世界では伝説が史実となっているならば、それが史実であると同時に嘘をついていないと言い張る根拠にはなる。

 問題はそれが本当なのか、ということだが残念ながら今の彼にはそれを証拠づけるものは持っていない。

 

「俺たちの世界では伝説は架空の物語だ。だけどパラレルでこれが通じるかって言われたらまぁ違うわな。伝説が本当にあったかもしれねぇし、逆にそもそも伝説すらないかもしれねぇ。ましてや今名乗った嬢ちゃんのように本当は王様が男装した女だったかもしれねぇ。

 俺たちにとっては常識のことが、他の世界では異常識になっちまうかもしれねぇ」

 

「ですが、まだ彼がそうと決まったわけが……」

 

「決めちまったじゃねぇか。百歩譲ってよ」

 

 幸原は思わずあっ、と抜けた声を出してしまう。

 さらりと返された言葉を聞いて記憶をたどると、嘉納の言う通り彼女は確かに蒼夜たちが「もう一つの世界」の人間であるというのを認めていた。この審議の序盤に彼らの荒唐無稽なあまりに曲げずにいたので、逆に彼女のほうが平行線に嫌気をさして仕方なくそれを前提にすると認めてしまっていた。他の話題、彼らの独壇場をどうにか自分たちのペースしようと必死でその事を忘れかけていた彼女は今更ながら自分の失言に気づく。

 既に百歩譲って彼が平行世界の人間であると認めてしまった以上、もう「蒼夜は平行世界の人間である」ということを前提にして話を進めなければいけない。

 

「それは……」

 

 無論、ここで幸原が否定しその根拠がないと言えば蒼夜も物的な証拠がないため言い返すこともできない。だが、蒼夜とイスカンダル、そして孔明がいる以上はローテーションをしてでも彼女たちの意見を返し、自分たちの意見を通すこともできる。なにより征服王のその存在感と威圧感。そして仁王の如き姿で静観している姿に「他に何かあるのではないか」と思わず考えてしまい、その一言を踏み出すことができなくなっていた。

 

(この場でその「百歩譲って」を否定してもいい。実際はブラフだから、言えば簡単にこちらを崩すことにもなる。だが、このあまりに大きな隙は逆に突くべきかを迷ってしまうのもまた事実だ。ライダーの存在もあるが、今までの独壇場と罠のような説明の杜撰さ。踏み込むのは容易でもその簡単さが逆に命取りになるかもしれない)

 

 例えば目の前に偽物の落とし穴の仕掛けがあるとする。実際はただそう見えるようにしたフェイクだが、用心深い人間や人に騙し騙されてを経験している人間であれば慎重になってしまう。穴が本物であっても、偽物であってもその可能性とこうなってしまうという未来を考えてしまうから。孔明の予想通り、否定しないのはそれが落とし穴ではないかと考えてしまい、そこからあることないことを混ぜた妄想に膨れ上がっているから。

 そして、自分とライダーの存在と今までのやり方で可能性という名の妄想はより大きく、無限に膨れ上がっていく。

 

(だがその前にこの場で手のひらを反すというのは、あまりにいい加減すぎる行為だ。今まで自分の突き通してきた主張だけじゃない、せっかく進んだ話をまた一からやり直すというのは誰もが納得できることではないのだからな。しかもまたあの話題に入ったのなら、今度は確実に無限ループになってしまう。そんなこと、この場にいる誰もが飽きたことで、もう二度とやりたくもないだろう)

 

 加えてもう一度そこまで話題を戻すということはまた意見の食い違いや平行線を行うということ。孔明は鬱憤がたまる程度なので大して気にはしないが、自分たちのペースを完全に崩された議員らにとっては不快感も割り増ししているので、これ以上続ける気力も自然と失せてくる。

 無かったことにすれば追及はできるが、それはそれで政治家としての顔をマイナスのものにしてしまう。政治家であれば誰だって市民に対する顔は可能な限り綺麗にしておかなければこの国ではやっていけないのだ。今の審議が国民に見られてないとはいえ、それは直接での話。間接的に他の政治家が漏らすことだってあり得る。

 

「詰み、だな」

 

 口ごもってしまった幸原の姿にアーチャーが呟く。まだいくらでも言い分を言うこともできるが、当然この場では逆効果でしかない。言うのはたやすくとも、既に悪あがきにしか聞こえないからだ。

 

「言ったことを取り下げるのは簡単なことだ。けどな、言った手前それを簡単に撤回するってことはそれだけ自分の言うことを直ぐ裏返すってことにもなる。それは政治家以前に人間としてアウトだ。それだけ自分の言うことは嘘ですって言っちまってるんだからな」

 

 しかし。それでも。やはり納得できない事は納得できない。

 

「………わかりました。ですが、せめて証拠だけは欲しいですね」

 

「証拠ですか?」

 

「ええ。貴方がそこまで頑なに伝説が実在するという事実。それを見せてもらわなければ私も首を縦に振ることはできません。画像、実物。なんでも構いません。証言以外であれば、貴方の言葉を実証できる……はずです」

 

 自分でも悪あがきというより意地を張っているだけだというのはわかっている。だがせめて信用できるものはないのか。でなければ何もなく、ただ言われただけのことを信用しろと言われても信用できない。

 ついに折れはしたものの、ならばせめて自分たちが折れるだけの”もの”はあるのか。という態度にまだ足掻くかと孔明も頭を抱える。

 だが同時に正論でもある。言葉だけを信用しろというのも難しい話。加えて蒼夜にはイスカンダルほどのカリスマというものは持ち合わせていない。つまり、言葉だけで信用させられないのであれば、物で信用させるしかない。

 

「この場にいる議員も、私もそろそろ確かなものが欲しいのです。ですから、それを提出してくだされば、私は貴方の言葉を一応は信用します」

 

「……証拠、ね」

 

 嘉納が再び黙り込み椅子に深く座り込むと、蒼夜は実物の証拠がないか考える。セイバーの聖剣カリバーンを出すという手もあるが、伊丹たちの世界では伝説が空想である以上実物を見せたところで彼らが信用するとは思えない。そもそも存在しない偉人、サーヴァントが居て、それを知らしめた時点でその手のことについてのインパクトは大きく減少しているのだ。

 

「足掻くなぁ、あのねぇちゃん」

 

「言いだした手前、引き下がることもできないだろう。それに彼女一人で我々と特地の三人を相手取ったのだ。実力もあるが意地もあるのだろう」

 

 一体どうやって証拠を見せるのかと他人事のように見ているランサーとアーチャー。後ろ姿だが、焦った様子のない蒼夜の背中は俯き考え込んでいた。実際、もう証拠という証拠がないので彼も手詰まりなのだろう。しかし他に手があるはずと蒼夜が丸めていた背筋を正し、腰に手を当てた時

 

(………あ)

 

 思わず顔を上げて何かに気づいた素振りを見せる。そして、自分のズボンに思い切り手を入れて何かを探り出した。

 どうやら手立てを見つけたらしい。

 ―――確か……

 と小声でつぶやいた蒼夜がズボンのポケットから取り出したもの。

 

「あった」

 

「……携帯?」

 

 今時の若者が当たり前のように持ち歩いているタブレット携帯をポケットから引っ張り出した蒼夜は慣れた手つきでスリープから立ち上げると思い出したように操作していく。

 どこにでもあるような携帯に思えるが、伊丹の見る限り蒼夜のもつタイプの機種は見たことがない。

 

「えっと……何を?」

 

「思い出したんです。証拠を」

 

 携帯を操作し画面に一枚の写真を表示させると、蒼夜はその画像のまま議員たちの前に見せびらかす。遠くからなのでほとんどの議員たちは見ることはできなかったが、何が映っているのかと尋ねる前に蒼夜が写真について説明する。

 

「これは俺が子どものころイギリスへ旅行に行った時、両親が撮影した写真です。映っているのはとある博物館。イギリスの中でも有名な場所らしいです。そこで当時、旅行していた時に博物館であるものが展示されてました。あとで親に聞いたところ、その年に特別にアーサー王伝説に登場するあるものが展示されてたんです」

 

 淡々と説明しだし、写真のことについて語っていくが無論、言葉だけではわかるはずもなく、遠くから写真を見せられているだけでは誰も納得どころか信用すらしてくれない。写真があるなら見せるのは当然のこと。

 それをわかっていた蒼夜は、何を思ったのか台から離れて嘉納の下へと歩み寄る。

 

「ん?」

 

「ま、証人の一人として」

 

「……ほう」

 

 嘉納が積極的に彼らの話題に食いついてくれたからか蒼夜も近づきやすくなったようで、それならば、と話が本当であるということを理解してくれる証人の一人として嘉納を指名し彼に最初に携帯の画像を見せた。無論、あとで他の議員たちにも見せるつもりだがそれよりも先に嘉納に渡したということは、それだけ蒼夜も発言力に期待していたということ。

 

(この話題だ。イギリスっつーことは……)

 

 携帯を受け取って画像を見ると、映っていたのは厳重にガラスケースの中に収められた木製の何か欠片らしいものがひとつ映っているだけというシンプルなもの。周囲に他の展示物がなかったり大型の展示ケースの中に入ってないところを見ると、この展示物が目玉だったり並べられているものよりも価値のあるものだというのがわかる。しかし、当然ながらこれが撮られた当時の蒼夜同様に画像を見ている嘉納と横から見ている本位、そして若干後ろから見ている伊丹も展示物が一体何かわかるはずがない。

 だが勘のいい伊丹もリリィの話が切り出され、この画像を見せられたという時点で画像に映るものに予想をつけていた。

 

「映っている欠片はアーサー王伝説に登場する騎士たちが使っていた円卓です」

 

 反応は蒼夜が予想していたよりも薄かった。というのも、伊丹と嘉納は話題と流れから考えて伝説に関するものではないかと予想していたようで、円卓そのものというのには驚いていたが、予想通りであったことから相殺されてやや薄い反応を見せていた。

 一方、議員たちはそんなまさか、といった顔とどよめきを上げているのは伝説が架空であるということからの抵抗と、裏付ける証拠である画像が実際にそこにあるということに半信半疑になっているからだ。

 伊丹もまだこれが円卓の欠片であるということは受け入れきれてないようで、念のための確認をする。

 

「本物なのか?」

 

「らしいですよ。この展示会が行われた数年前に偶然にも円卓の欠片が発見されたらしくって。出所は覚えてませんけど、イギリスとかで大々的に放送されていたって昔テレビで見たのを覚えてますから」

 

 子どものころの記憶では証拠として薄いのではないか、と思えてしまうが蒼夜は実際にあったことで覚えていると言い切る。記憶だけではまた信用されないのではとマシュも心配気味にしていたが、彼の表情と態度がその心配をかき消してくれる。その瞬間だけ、彼の表情はどこか遠くを眺めるようなそれでいて懐かしくも興奮を隠せないという様子だった。

 

「これで信じるか信じないかはそちらにお任せします。これで信用するならそれで結構。逆に信じないのであれば……言わずもがなです」

 

 平行線どころかループになるということはもう言うまでもないことと、蒼夜はそういって返された携帯をそのままにして議員たちの下へと向かい、近くで画像を確認させる。動かされていないので、そのままの状態で見せられて、写っていた円卓の欠片の写真に手渡された瞬間、幸原は思わず無意識に息を飲んだ。

 ただの画像。しかも映っているのはありふれた博物館で撮られた写真。言ってしまえばただの古い木片だというのに、その画像を見た瞬間に思わず息を飲むほど凝視してしまう。映るものを聞いたからか、それとも写真であるというのに神秘的なオーラを纏っていたからか。それは無意味に否定だけをして感じようとしなかった彼女たちにはわからない。

 所詮は空想上の。と未だ抵抗感を持っていたが、画像を見せられた刹那その抵抗心は揺らぎを大きくしていく。

 

「ふむ、それがセイバーの使っていた円卓とやらの欠片なのか」

 

「ん……らしい。博物館の時の記憶がかなり曖昧なところもあるんだけど親が騒いでたのは覚えてる。五月蠅かったから」

 

 凝視しているせいでわからなかったのか、誰かが蒼夜に対し気軽に話しかけている声が聞こえてきたので画面に向けていた目線を少し上げると、いつの間にか彼の隣には袴を来た一人の男が立っているのに気づく。紺色の長髪に一本の竿のような棒切れを背にしているのを見て、妙な既視感を感じるのは恐らく彼が和服を纏っているからだろうか。暗色の服装に長い髪と体格のよさ、そして同性であっても美形と認めてしまうほどの顔のよさは思わず意識してしまうほど。

 

「……えっと、し、失礼ですがその隣の方は?」

 

「いや、実はリリィと一緒に紹介しようとは思ってたんですけど……タイミングを逃してしまって」

 

 最後の一人。つまりセイバーと同じ偉人の名前の人物である、ということは場の流れから議員たちも理解していた。だが、ここまで名前に関連などがないとどんな名前が出てくるのかというのに期待と不安が高まってしまう。もはや審議関係なしに、ただ彼らの真名が知りたいと思う好奇心が、いつの間にか彼らに否定や野次といったものを言わせることを封じていた。

 ただし、それは幸原たち質問側の席にいる人間に限ることだ。

 

「ただの政の語り場と思い、つまらん場所と思っていたが……いやはや、現世にも美しい麗人が政に加わっているのだな」

 

 蒼夜の背面、つまり背中を見ている伊丹は、携帯を見せに行った時に同行した最後の一人の姿に当然ながら彼が誰なのかという疑問が浮かび上がった。無論、それは真名の話ではなく彼のことを一度も見たことがなかったからだ。少なくとも蒼夜が伊丹たちと遭遇して出会ったサーヴァントたちの中で、彼のような和服の男性は今までいなかったのは確かで、その後にまた現れたと考えれば納得できるが、それでも彼が一体何者かという疑問の根本的な解決にはなっていない。男陣は今、陣取っているメンツと霊体化しているアサシンだけでそれ以上は伊丹どころか誰も知らないのだ。

 

「まさか彼って……」

 

 初見は今の場面。いつの間にか居た男の姿に伊丹も思わず目を見開き、どこから現れたのかと少し混乱してしまった。なにせ気配どころか一言もしゃべらずにいて存在すら感知できなかったのだ。それが突如として現れ、今こうして蒼夜の隣に立ち、幸原議員にセクハラまがいのナンパを仕掛けている。やりたい放題どころか前代未聞のこの光景に自分に飛び火しないかと考えてしまうのがいつもの彼なのだが、今回はそれよりも先に男の正体について驚いていた。

 

「わ、私のことですか?」

 

「残念ながら、貴殿以外に麗しいと思える者は見当たらなくてな。まさに地獄に仏か?」

 

 ……と熟した歳の女性を落とそうとしている男に蒼夜が止めに入る。

 

「アサシン」

 

「ん。そうであったな。名乗りはまず、こちらから……」

 

 礼節として名乗るのであれば、まず自分からということに乗っ取り、アサシンのサーヴァントは凛とした佇まいで、静かに名を名乗る。

 

「某の名は佐々木小次郎。先ほど、主が言った通りただの棒切れを振るうアサシンのサーヴァントよ」

 

「………え」

 

 その瞬間。伊丹の予想は現実のものとなり、小声でマジか、とつぶやいた。それは彼だけではない、その場にいるほぼ全員が彼の名を聞いて同じことを考えていた。

 佐々木小次郎。その名を聞けば誰もが一度は聞き、そして知っているだろう男の名前。無論、その場にいた議員たちは全員知っており、自分たちが最も知っている名前が出てきたとばかりに思わず口を開けてしまう。他のサーヴァントたちが名乗った時も大概驚いていたが、あくまでビックネームが現れて当人がいるかもしれないという可能性があったから。半信半疑だったこともありインパクトは強くとも度合いで言えばさほど大きくはなかったのだ。

 だが。佐々木小次郎が名乗った瞬間には半信半疑よりも本当に彼なのか、という事実への疑問とそれが本当ならばという歓喜が混じっているのは間違いなかった。蒼夜の目から見ても好奇心というものが見え隠れしていたのだ。

 

「………。」

 

「言いましたよね。別に信じようと信じまいとかまいませんって」

 

 もはやいちいち驚く気力もないが、それ以前にまさかその名前がという驚愕に幸原も口を開けて携帯を手にしたまま彼を見つめていた。今までは他国の英雄ということでインパクトもあったがどこか他人事のように思えた。清姫の場合は同じ国の人間であって親近感や驚きはあったが、彼女の伝説がややマイナーなこともありさほど変わりはなかった。

 その後に出てきた彼だ。信じる信じないは後にしてもその当人と名前が出たという驚き、既に彼と言葉を交わしたという事実を後から理解した彼女は、混乱した頭では正常な思考ができず、もはや自分でも何が本当で何が嘘なのかがわからなくなっていた。

 

「……………。」

 

「あ、どうも」

 

 トドメのようなものを受けたせいか今まで堪えていたものが全て吐き出されて顔色が悪く、仮にもカメラが映る場だというのにため息が吐き出される。

 どうやら思考が追い付かないようで、考える気力すら失せていたのか無言のまま携帯を蒼夜に返すと疲れ切った顔で目線を下げて両手で覆い隠した。

 

『……質問は』

 

「……以上です」

 

 話の無駄、悪あがきだといえばそこまでの審議だが、ただ一つ蒼夜たちが徹底していたことがある。それは清姫というハンデを負ったからこそ、彼らは一度として嘘をつかず事実しか話さなかったということ。マシュの言うことは一部有耶無耶になり、蒼夜への処遇についてもここまで話題がこじれてしまったことから結局追及を逃れるという形になったが、その代りとばかりにカルデアの面々は嘘だけはつかなかった。厳密にはつけなかったのだが、裏を返せば彼らは本当のことしか話さなかったということだ。

 

「嘘……いえ、でも特地での例や可能性を考えれば……いいえまだ確証ができたわけでもないし……」

 

 一体どこからが本当でどこからが嘘なのかという疑問に対しては残念ながら仕掛けた当人、蒼夜でさえも分からない。それどころか嘘すらついていないのだ。

 それを信じる信じないという前提を勝手に作り、自分の考えで計っていたせいでどこからが本当でどこからが嘘なのかという袋小路にあっていた。

 言っていることは嘘だ、といえば簡単なことだが蒼夜たちは嘘をついてはいないので当然、その指摘自体が間違いになる。話が飛躍しすぎているせいでばかばかしいと匙を投げるのも無理はないが、既に飛躍した出来事に直面しているのではそれが果たして馬鹿馬鹿しいことなのかということになる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――斯くして審議は終了。カルデアの存在は概ね肯定されましたけど、制限は残りましたね」

 

「むしろ善戦したほうさ。真名開示は予定外だったが、あの石頭たちにこちらの事情を受け入れさせるだけのことはできた」

 

「その代りに議員たちの頭痛と清姫のオーバーヒートっていう代償があったけどな」

 

 その清姫も地下鉄のホームからの風とその前に地上を歩いていたおかげか、すっかりと熱が冷めて元の状態に戻っていた。が、さすがにあの審議での会話と攻防にはついていけなかったようで、後でマシュが簡潔に事態の説明をしていた。

 結果オーライだが清姫が居たおかげで彼らは嘘をつかず、事実だけをうまく使い政府にカルデアと自分たちの存在を認知させることができた

 

「……かもしれないよな」

 

「一応、審議の結果として私たちの意見は通りましたが、皆さん半信半疑で不完全燃焼のような感じでしたからね」

 

「ま、こっちにも事情があるし聖杯とかについて話したら俺たちを付け狙うだろうからな」

 

「その事なんですが先輩。私は別に聖杯の情報を開示してもよかったのではないか、と思っています」

 

「なんでさ。聖杯の力は下手すれば……」

 

「分かっています。ですが聖杯、私たちのいう疑似聖杯は現在判明しているだけで特地にある聖杯のみです。しかし、その聖杯も行方知れず。しかも仮に見つけられたとしても、それを使えるかどうかということになりませんか?」

 

 聖杯は各特異点に点在する物で、特異点を作り出した根源。それが回収されれば特異点は元の歴史に修正されるのは既に彼らも理解している。

 しかし聖杯の力はそれだけではない。特異点たらしめる原因として、その聖杯に願いを込めるだけで様々な願望を叶える代物なのだ。食料が欲しい、こう思う人物が現れてほしい、世界を少し模様替えしてほしい。願望の大小はあっても聖杯はそれを叶えてしまう。その結果が特異点だ。

 が、今回の審議でわかったことで政府の人間の殆どは、この夢のような事実を事実として受け入れようとしない。特地での出来事を軽視し、ファンタジーなどを信じず自分たちの常識を絶対的な前提にして話を進めていた。

 そこに聖杯を入れればどうだろうか。ということだ。

 

「……なるほど。聖杯の力が本来この世界ではありえない力だ。だから別に聖杯のことを話しても、向こうは鼻笑い程度ではねのけたのではないか、と」

 

「はい。政府の方々はどうにも特地の実情を甘く見ています。魔法、魔術に関してや亜神、神に関して。エルフについてもそうです。テュカさんのことを確認程度ですが訊いていましたし。議員の方々の前提が自分たちの世界を基準としているのなら、残念ですが聖杯については一笑ものです。ですが、それなら―――」

 

「言いたいことはわかるよ。けど、それは議員が、いや政府全部がそう思ってくれるならってことが、それこそ前提じゃないか?」

 

「む……」

 

「マシュの言いたいこともわかる。下手に事実を隠すより、笑い飛ばされた事実のほうが、後々やりやすいかもしれない。けど問題はそれを向こうが本当に笑い飛ばしてくれるかだ」

 

「……先輩は信じる方もいる、と」

 

「そりゃね。十あって全てが同じならいいけど、人間十あって一は絶対に違ってるからな」

 

 その結果が偉人、英雄、ひいては英霊と呼ばれる者たちだ。と蒼夜は遠まわしに自分の腕から離れない清姫の頭を撫でる。未だ彼女との生まれ変わり云々についての解決はしていないが、最近は当人も大してその事は気にしなくなってきている。撫でられた感触に清姫も嬉しそうに微笑んでいた。

 

「マシュも見たでしょ。あの人」

 

「えっと、伊丹さんが言っていた嘉納議員……でしたよね」

 

「そ。彼がその一だ。俺の場合はな」

 

 同調するように孔明も続けて言う。彼もどうやら嘉納には一目置いているらしい。

 

「確かに、あの男は他の議員たちとは目の色も頭の切れも違っていた。こちらとしては幾分かマシな相手だが、敵対するとなれば厄介だ」

 

「孔明……先生も買ってるんだね」

 

「ああ。あの男、真っ先にこちらの本心に近づいてきたからな」

 

 第二審議で話題と状況の転換を起こしたのは確かに彼だ。嘉納が孔明に問い、それに孔明が他の議員たちと違うことを察し言葉を交えた。

 そのおかげで蒼夜たちもあの平行線に入りつつも自分たちのペースを保つことができたといってもいい。そして同時に、彼が最初に蒼夜たちの本心に唯一近づいた。

 

「まぁ伊丹さんの話じゃ悪い人じゃないから聖杯を悪用するってことはないと思うけど、あの場で聖杯の話を持ち出せば状況はさらにこんがらがったかもしれないからね」

 

「それにあの男のように物分かりがいいだけでは済まない議員もいるだろう。そんな奴に聖杯のことを聞かれてみろ。確証を持った瞬間に自分のものにしたいと裏工作してくる」

 

「マシュの言う通り聖杯のことについて言えばこっちも隠し立てせずに行動できただろうけど、その場合特地だけじゃなくて日本のほうも警戒しなくちゃいけなくなる。そうなれば間接的にこっちに色々としてくるだろうし自衛隊との協力にも悪影響が出てくる可能性もあるから」

 

「加えて、聖杯のことは最後まで取っておいた方が良い。我々にはこの手の駆け引きで使えるカードが極端に少ないからな。できるだけ温存はしておきたい」

 

 カルデアからの支援がない現在、自衛隊や帝国との協力関係は聖杯探索をするうえで必要不可欠である。

 軍事的、技術的に優位でカルデアの時代と最も近しい自衛隊。

 軍事力では自衛隊に劣るものの地理や魔法などに優れ、特地を支配している帝国。

 双方が既に交戦し休戦状態となっている今、第三勢力であるカルデアがどちらとも関係を築いておくというのは損なことではない。その為の交渉や取引のカードは現在孔明の言う通り少ないので、できる限り温存しここぞという時に使わなければならないのだ。

 

「それに俺は嘉納さんになら聖杯のことを話してもいいって思うんだ」

 

「あの男、伊丹の知人だからか? だからと言っておいそれと開示するわけにはいくまい」

 

「ああ。今はこっちの体勢を整えないと、聖杯探索どころの話じゃない。話が分かる人がいて、悪用しない……だろうって人がいるなら話せるタイミングで話しておくべきだ」

 

 自衛隊と付き合うとなった以上、政府の人間に信用できる人間を確保しておくというのは無駄なことではない。加えて、自分たちの置かれている状況を理解し受け入れてくれるという人間であるならこれ以上の適任は居ないだろう。

 だが、あくまで可能性としての話なので、今すぐに言おうというわけではない。ほぼ孤立状態である現在、手持ちのカードは温存しておくべきというのは二人とも同意見だ。それでも目星は今の内につけておくに越したことはないので、一種の保険だ、と蒼夜は言う。

 

「それに。ここから無事に特地に戻るまで、俺たちにまともに休めるタイミングもあるかわからないしな」

 

「ハサンさんからの話では、ライブ中継で見ていたのは少なくともアメリカ、中国、ロシア、イギリス、イタリア、フランス、ドイツといった先進国が中心。この場合ですと……」

 

「積極的に首突っ込んでくるのは中国とアメリカだろうな。アメリカは日本をほぼ属国扱いしてるし、中国はなまじ大国だからこと組織規模も馬鹿にならない。日本とほぼ二極化している中でリードを取りたいだろうね」

 

「あと、ハサンさんの報告ではロシア系の方が多くみられたと聞きましたのでロシアも介入してくると思います」

 

「特地の環境と旨味は今の国々にとっちゃ宝だからな。それを日本がもってあまつさえその旨味を最大限に利用していないってなると……」

 

「狙いはレレイさんたち……ですね」

 

「向こうにとっちゃおこぼれ(・・・・)でも喉から手が出るほど欲しいんだろうけどな。加えてあの場で孔明の名前を出したんだから、調べたいって気もあるだろうし」

 

「……やれやれ、ということは。他国も水面下でこちらを狙ってくるな」

 

「だな。アーチャーとランサーを上に残しておいて正解だったな……」

 

 今頃どうしているだろうか、と地上の状況を調べるためと他国の反応をうかがい知るために残してきた二人のサーヴァントのことを思いつつ、ホームに響くアナウンスから電車が来たことを知った蒼夜たちは、現在二人を除くサーヴァントたちとともにある場所に向かう電車に乗ろうとしていた。血管のように張り巡らされた鉄道網の中で丸の内線を使い、これから公安の駒門が指定した場所に向かうためだ。

 特地からの来客は以前にも語った通り、他国からすれば宝と同じ。それを狙う人間も国も当然いることだろう。なので、公安が伊丹や蒼夜たちを警護するために何重もの計画を練って彼らを守ろうとしている。

 

「まさか地下鉄にここまで警戒して乗る日が来るなんてなぁ……」

 

「仕方あるまい。特地の人間はもちろんのこと、こちらは同じ世界の英雄だ。本物であれば自国のために確保したいと思う輩で居ても不思議ではあるまい」

 

「その輩がこっち今現れるって可能性は……あるにはあるか」

 

「地下鉄も使用するのはいいが、向こうはその手のプロもいる。場合によっては予定変更をしてもかまわんから次の駅で降りることを考えとけ」

 

「そうする。マシュとリリィ、清姫もいいね?」

 

 蒼夜の言葉にマシュたちも相槌を打ち、返答する。

 地下鉄の使用も事前に打ち合わせて決めた場所へと向かうもので、打ち合わせではこの十数分前には既に伊丹たちが乗車している。一塊を狙われてはたまらないが、それ以前に公安で大人数を守れるほどの人員を出すわけにもいかないので、少し時間をずらして、少しでも護衛しやすくして被害に遭う確率を減らしているのだ。そして、伊丹たちの電車が去った今、蒼夜たちカルデアメンバーがこうして次の電車に乗ろうとしていた、というわけである。

 

「それはそうと蒼夜。ダミーのほうの準備はできているのか」

 

「ああ、アレ(・・)のこと? うん。取りあえず、あの二人だけ。孔明の言うその輩への牽制と調査だから、少人数のほうがいいって思って」

 

「だが大丈夫か? 彼女の場合、この案件を聞いて不貞腐れてたんじゃないか?」

 

「だから、伊丹さんに事前にコンビニの場所を聞いてお金も渡してきた。そこはセルフでって」

 

「……仏頂面にされても知らないぞ、私は」

 

「ですよね……」

 

 暗いどうくつのような線路の向こう側からまばゆい光を放ち、一列に連なった列車がホームに入ってくる。時刻表通りに到着した電車の中は、ホーム内に弱まっていく動力の音を響かせ、完全に停止すると自動ドアで乗り降りをする客を入れ替えていく。蒼夜たちもその流れに従い先頭車両に乗り込むが、それと同時に感じられた視線に思わず顔を向けた。

 平日の昼間過ぎということもあり乗客は数える程度しか見えないが、それがかえって自分たちの存在感を浮き上がらせるようで、入ってきた瞬間に乗車していた客から視線を集めることとなった。

 

「……キツイな。これ」

 

「我慢しろ。ここから三つなんだろ」

 

「駒門さんたちは霞が関で合流するって言ってたけど、目的が彼女たちじゃあね。恐らく伊丹さんたちと一緒に乗ってると思う」

 

 霞が関は蒼夜たちが乗車した一つ先にある駅で、その先に「門」のある銀座、そして東京となっている。駒門が議事堂ではなく霞が関にいるのは、地上で行われているだろう出来事を処理してからでしか合流できないという事情があり、その狙いが特地の三人であることから優先順位として伊丹たちの乗っている電車に合流するというという流れだ。無論、蒼夜たちも護衛対象なので、駒門の部下が同じく霞が関で合流するという手はずになっている。

 

「先輩。やはり戦力分担は……」

 

「いや、いくら地下鉄とはいえこの閉鎖空間で何かしでかすとは思えない。仕掛けるなら……」

 

「いえそうではなく……」

 

 心配性だな、と思っていた蒼夜が顔を向けると、そこには声色とは違い少しだが警戒の色を見せていたマシュの表情が映り、その様子に蒼夜も思わず窓の外を見る。

 暗い地下の中、映るのは暗闇か時折反対の線路を通る車両だけで、別段なにもおかしなところはない。だが唇を強く引き締めている様子から蒼夜はまさか、と意識を研ぎ澄ませた。

 

「……ほんの少しですが、魔力の気配を感じます。ごく僅かですので感知するのでやっとなんですが……この気配、エネミーのゴーストに近しいものです」

 

「……まさか」

 

「確証はありません。気配もほんのごく僅かですので……ですが」

 

 魔術が未熟な蒼夜も周囲の気配を探ると、確かに感知まではいかなくとも地下鉄では絶対に感じられない違和感がある。具体的にはと言われれば説明はできないが、マシュの言う通りエネミーの時のような感覚と誰かに見られているという視線があった。それが今自分たちを見ている乗客のだけと思いたいが、それだけではない窓の向こうがわからもとなればいよいよそれが何なのかと考えてしまう。

 

「一難去ってまた一難、か。こりゃ早々に伊丹さんたちと合流しないとな」

 

「はい。もしこれがエネミーならば……」

 

「向こうも狙われる可能性もある。単なる杞憂であればいいんだけどね」

 

 既に電車は発車し、次の駅に向かっている。霞が関、そしてその次は銀座へと。

 その銀座と、そこにある特地への入り口を思い浮かべるだけで蒼夜の中ではある妄想のような可能性が浮かんでくる。

 ……だからなのでは、という仮説。そして蒼夜たちだからこそ考えられる可能性。

 まるで「門」によって集められたのではないか、もしくは現れたのではないかと。

 今はそれを証明するだけの証拠も保証もないので、まだ口にするには足りないものが多い。それを口の中に押しとどめ、蒼夜はただじっと、見つめ返すように窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 


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