Fate×Gate = Gate Order = 作:No.20_Blaz
箱根山の話は次のチャプターで、チャプター3は参考人招致の日までです。
あれくらいの方が区切りが丁度いいと思ったので
本当はもう少し早く更新したかったのですが、いよいよ就活生となって
資格も取らなければと頑張ろうとした矢先、微熱でダウンしてました。
母曰く「起きる時間に体が慣れてないから」だとか。
念のために用心してるので回復はしてます。ハイ。
FGOとかについてはまた活動報告で。今回はここまでにしておきます。
それでは今回もお楽しみください
―――始まりは蒼夜たちが乗車する数十分ほど前にさかのぼる。
参考人招致が終わり、ようやく議員たちからの質問攻めから解放された蒼夜たちは先に審議を終えて待っていた特地の三人と合流した。待合室で座っている三人の様子は三者三様でロウリィは欠伸をし、レレイは杖を抱えたまま沈黙。テュカは一人、周りの様子を見てそわそわとしている。伊丹が居ないということで多少不安になっているのだろう。
「やっと解放かよ……」
「ってランサー殆ど黙って座ってただけでしょうに……」
「それならアーチャーと清姫の嬢ちゃんもだろ。つまんなくて欠伸が出ちまうぜ」
スーツ姿とはいえ頭をかいて欠伸をしている姿は流石にみっともないのだが、ランサーの場合、顔が整っているせいでなぜか他の人間がするよりも男性の色気というものを醸し出しており、目にした女性たちはたまらず意識してつばを飲み込んだ。
「ま、ほぼ全員が静観してたからね……」
「清姫さんに至っては未だに頭の中の整理がついてないようです」
マシュの言う通り、彼女とリリィが支える形で歩いている清姫の目はやや虚ろで顔も心なしか熱されたように赤い。政治家たちの攻防はいくら貴族の出でもまだ政治について未熟だった清姫にはいきなりあの混沌とした場は息苦しかったらしい。しかもクラスがバーサーカーということもあり、彼女の理性に問題があるのでそれも重荷になったのだろう。
「清姫、歩ける?」
「は……は、い……」
「こりゃしばらく休ませるかおぶるかしないと、動けないな……」
「でしたらぜひ、旦那様が私を―――」
「うし、清姫一人で歩け」
冷たい言い方で即座に突き放したことに「ご無体な……」となぜかまんざらでもない顔をしていた清姫を横目にして、蒼夜たちはようやくこの息苦しい議事堂の中から出られると思い、張りつめていた雰囲気をやわらげて体を伸ばしたり溜まっていた疲労感を吐息と共に吐き出したりしていた。成果は十分なものとは言えないが、自分たちの目的は果たせたので大よそは成功だと言ってよかった。
「ともあれ、私たちの目的も果たせたことですし、一段落ですね」
「だな。なんやかんやではあったけど、言いたいこと言えて向こうとの一応の連携はできる……はずだし」
「現地のことは基本陸将に任せておけばいいけど、あまり大事にしないでくれよ。基本向こうで大人しくしていれば政府も何もいわないと思うけど、なにせ君らの立場が立場だからね。下手すりゃ問答無用に拘束される可能性だってあり得る」
「といってもそれは基本政府の不利益になるならの話ですよね。その点については大丈夫だと思いますよ。流石に国は嫌いであっても弓を引く気はないですし」
―――とか言ってるけど、その気になれば
喧嘩腰で退室していく議員たちの姿を目にしながら言うので、伊丹は彼がいつしか戦争でもふっかけるのではないかと思わず妄想してしまうが、彼とて自衛隊との関係は崩したくないという冷静な考えが入り込んだおかげで、それはないと自分の中で妄想は直ぐにただの絵空事として消えていった。
それでも審議の時に彼が言ったセリフはほぼ本心だろうと見ていた伊丹は深いため息をつく。
(やれやれ、とんだ連中を拾ってきちゃったなぁ……)
特地に関わること、そして入ってからというもの彼の周りにはトラブルや問題が絶えず入れ替わり立ち代わりして現れてくる。それをどれだけさばいてもまた新たな問題が。
これでは自分のモットーにいつまでたっても、と在りし日のことを思い返していた伊丹は孔明から声をかけられたことで現実へと引き戻される。
「で。これからどうするんだ。審議は終わったが、それだけか?」
「……ん。いや、一日滞在してまた特地だ。取りあえずこの後、宿泊する予定なんだけど」
先ほどの審議。そして特地から来た三人。その姿を視界に入れた伊丹は頭の中で考えを纏めるとその場にいる全員に聞こえるように次の行動を指示する。予定では彼の言う通り宿泊施設に入り一泊。そして特地へという流れになっているのだが、そうは問屋が卸されないのは目に見えている。
「十中八九、ここから先俺たちを狙ってくる輩が現れて妨害してくると考えていい。駒門さんからもそれらしい事があったって聞いてるから」
「狙いはあの三人か?」
「当初はね。けど、あの場で征服王が堂々と名乗ったんだ。急きょ任務追加が言い渡されても不思議じゃない」
「……だな。信憑性はどうであれこちらは偉人の名とそれに見合うだけのものを見せたんだ。可能性として無くはないか」
「加えてマシュちゃんが言ったこと。カルデアについては「そんなはずはない」と言い切れそうでも、もし仮にって考えるはずだ。
なにより蒼夜君らも特地に行った。つまり目下最も重要である特地の情報について持っていることになる」
「仮に三人を捕えられなくとも、特地に行った我々の誰か一人でも捕えればいい……考えそうなことだな」
カルデアについての信憑性は未だいいとは言えない。サーヴァントについてもそれは同様で恐らく審議を視聴していた国々のトップも本当か否かと最低でも情報収集を行うハズ。となれば審議で彼らが言ったことの真偽を問うためにも誰かに接触、ないしは拉致はあり得る。無論、それだけではなく彼らは特地の参考人として連れてこられたという側面もあるため、仮にカルデアについての情報などが嘘であっても特地についての情報は真実なのでその情報を各国は手にすることができる。
「狡いことをするな。そんな回りくどいことをせずとも、奇襲の利を活かして最初から捕らえることを前提にすればいいではないか」
「やればやったでどの国がやったか直ぐにバレることだってあり得ますからね。諜報員だってそこまで大胆に行くとは思えないッスよ」
拉致などを目的とするなら、イスカンダルの言う通り予告なしの奇襲は確かに利がある。今はこうして「そうなるかもしれない」という可能性の域がでないだけで、実際にそうするとは言い切れない。政治的に圧力を加えたりすることもこの場合では可能だ。日本という国がアメリカの下にあるならその
しかしそれを黙って受け入れるほど、日本もやわではない。公安などの組織がそれを考慮して既に警戒しているのは伊丹の言葉からわかること。電光石火の如くではなく、一撃必殺を狙っているのと同じだ。
「多分、向こうは公安をうまく出し抜いてこっちから誰かをかすめ取ろうとしている。問題はそれが誰かわからないってところですけど」
「あの娘っ子三人の内誰かが狙われるか?」
「そのための事はしてくるでしょうね。でも向こうも国のメンツがありますから直接はこないと思いますよ。バレれば国際問題ですし。だから、自分たちがやったとバレないようにするためには直接的なことではなく間接的に事故とかを起こしてこっちを足止めしてくるでしょうね」
「なるほど。で、お前さんならどうする?」
仮に自分がさらう側であればという質問に、いつの間にか本気になって考えていた伊丹。だが、それはそれで向こうの行動を予測できることにもなるので彼も無駄ではないと自分の意見を答える。
「この首都には地下鉄とかの交通網が網の目のように張り巡らされている。なんでその中の一つを止めれば多少の時間は稼げるけど、すぐに別の方法で移動することは簡単なこと。けど、その間にとっ捕まえるだけの時間は十分にあるでしょうし、捕まえられたらられたでこのごった煮になっている首都圏の交通網を利用して相手を撒けばいい。他の移動手段、方法があるってことはそれだけ複雑になってるってことになるでしょ。つまり、うまく盗めて車とかに乗った瞬間、向こうの勝ちはほぼ決まったと言っていい。もちろん、盗まれる側が負けたってことにはならないでしょうけど」
盗む側としては複雑な交通網を利用して相手を撒くという選択肢はあるが、それは盗まれる側でも考えれること。しかも今回は盗まれる側、つまり日本の側に地の利があるので逃げ切れば勝ちという条件なら盗む側、各国の機関にとってはそう容易ではないことだ。
そしてもう一つ。
「で。俺たちがあの子らを盗まれないようにするためにはどうするべきか、ってなれば方法はひとつ。この網の目をうまく利用すればいい」
そう言って伊丹はある提案を蒼夜たちに出した。
恐らく早くてもホテルまでの移動で妨害にあう可能性がある。駒門からの情報と合わせれば既に各国の諜報員たちは首都、いやこの都市に入っていると考えるべきだ。
そこでこちらが打てる手としてバスを囮にする。バスに自分たちが乗ったように見せかけて、その隙に自分たちは別の方法で宿泊施設に移動しようということだ。
バスによる移動が囮にされるということは、この街で使える移動手段は主に二つ。徒歩か地下鉄か。徒歩であれば公安も常に彼らを目視しながら護衛ができるが、時間が時間なので人込みは多く、その隙に拉致されることは言うまでもない。
ならば、残された方法は一つしかない。ということで伊丹は地下鉄を利用した移動を提案する。
「ちかてつ? おい、坊主。ちかてつとはなんだ?」
「……簡単に言えば地面の下を走る……といえばいいか。地上は色々と障害があるが、地下ならそれが少ないからな。日本、特に首都圏は地下鉄が多い」
「そ。丸の内を使って議事堂前の駅から東京……なんだけど、駒門さん曰く「
議事堂からであれば市ヶ谷へ直接行った方が早いが、駒門はあえて複数のルートと方法で相手を分散させ、その隙に本命に入れようという算段にしていた。直接であれば確かに近く安全かもしれないが、相手もそれは予想しているはず。であれば議事堂から直接のルートに罠を仕掛けていると考えていいだろうというのが彼の予想だ。伊丹も直接行くのは馬鹿がやることと賛成し駒門が用意した別の方法で向かうことを計画していた。
「俺たちは一度、地下鉄で議事堂前から東京駅へ。その後、公安が手配した車で市ヶ谷へと向かいます。けど、当然途中妨害にあうってことは確実でしょうし、あくまで予定の目的地。場所が変更になったり、途中の予定変更はあると考えておいてください。以上ッ!」
◇
「―――斯くして、伊丹さんの計画通り地下鉄使って俺たちは移動してるわけなんだが」
駒門たち公安も流石に大人数を護衛するのは難しいので、今回は特地組とカルデア組に分散して行動することとなった。無論、分散されれば各個に狙われる可能性もあるが、どうじにそれだけ公安も守りやすいということになるらしい。
事実、駒門もそれを見越していたのか、既に応援を呼び対応を開始していると蒼夜は借りた携帯で連絡を受けていた。
「携帯二台持ちかぁ……イマドキ臭くなったなぁ……」
「通信機器で言えば厳密には三台ですね。カルデアとの通信機、未だに壊れたままですから」
元々カルデアとの通信用に使用していた通信機だが、特地にレイシフトしてきた直後に故障してしまい、修復をしようにもタイミングを逃していた。修理ができれば向こうとの通信だけでなくカルデアについての信憑性も上げられるのだが、直そうにもパーツがなく確保するための時間も彼らにはなかった。
「召喚陣は稼働してるから、やっぱエルフの村でのアクシデントでか。アーチャーにパーツ買ってきてもらおうかな」
「それは難しいと思いますよ。なにせあの通信機は元々カルデアで作成されたものですし。携帯の性能も先輩の携帯のほうが若干勝っているそうですから」
「ま、今となってはその携帯も使い物にならないけどな」
「通話はできないんですか?」
「できるとは思う。けど、別世界の電波使って変にならないかって思っちゃってさ。それにスマホとかはガラケーに比べて電池消費が激しいからね。使用は可能な限り自重しないと」
ガラケー時代に比べ、スマホは電池消費が激しいのであまり無駄な使用はしたくないというのも蒼夜が自分の携帯をむやみに使いたくないという理由でもあった。異世界で携帯の電波が入るとはいえ、何か問題があれば仮にカルデアに戻った時に同じように使えるかわからない。加えて今までの特異点では通信は全て通信機で行い、サーヴァントとも直接か口伝え。そしてなにより特異点が携帯などの通信技術が未発達だった時代が大半なので、無用の長物だったからだ。
「それにどの道みんなと話す分には念話で十分だし」
「念話でしたら傍受されることはこちらでは無いですからね。それに特地でも恐らくは」
「魔法として発達してるけど、特地の魔法もそこまで優れているってわけでもなさそうだしね。リリィ、レレイから魔法についてどれだけ聞いてる?」
特地の三人と最も良好な関係をもっているのはリリィであることは蒼夜たちも知っていた。具体的なことはわからないままだが、どうやら彼女の純粋さがレレイの知識に興味を持ち、レレイもリリィの性格に興味を持った、というのが一応の理由ではないかと考えているが、当人の様子からそれだけではないらしくその説明は未だ明かされていない。
「えっと……聞いた限りでは魔法の基本概念は私たちの魔術と大差はないようです。大気のマナを使用しそれを変換して魔法、私たちで言うところの魔術にすると」
「炎龍が現れた時の魔法、魔法の基本概念が同じであれば重力軽減の魔法も理屈としてはわからなくもありませんね」
「ですが、なんといいますか……魔術というより何か勉強のような……」
「というと?」
「魔術ってどこか神秘的じゃないですか。でもレレイの言う魔法はどこか現実的といいますか……」
「現実的……ですか?」
首を縦に振るリリィの言葉に蒼夜たちも感覚として理解しても言葉にできないのだと知り、代わりに孔明がリリィの言葉を要約する。
「彼女たちの魔法がこちらの世界などの科学のように学術研究……有体に言えば今発達している技術、とでもいうのだろうな。科学が私たちの世界で常に研究されているのに対し、特地の魔法もまたそうやって研鑽と研究が続けられているのだろう」
「はい。すみません、うまく言葉にできなくて……」
「いや。レディが何を言いたいのかは大体理解できた。つまるところこの世界にとっての科学が特地にとっては魔法であるということだな」
孔明の要約に「なるほど」と頷く蒼夜とマシュは学会などのように自分たちの研究を発表しているという風景を想像する。
どうやらそれが彼女たちの世界、特地における魔法の概念らしい。
「となれば……この地下の違和感も向こうは流石に気づいているか」
「そう考えていいかと。反応が弱いとはいえ、この気配は気のせいで済むことではありません」
「神秘の薄れたこの時代にゴーストが残っているのは別段おかしくはない。だが、ここまで私たちのことを
地下鉄に入り、東京駅へと向かっている今この状況でも孔明たちの肌には冷たく表面を撫でるように気配が漂っているのを感じられた。ほんの肌寒い程度なので魔力を感知していないとわかりにくいが、魔力を扱える人間であればそれに加えて視線を感じてしまう。蒼夜はまだ魔術師として未熟なのでそこまで明確な感知はできないがゴーストらしき気配があるということだけだが、マシュの言う通りゴーストたちは確実に彼らを見ている。
「ゴーストって普通そういうもんでしょ? 現世に未練とかがあるから成仏されずに残っている魂。それがゴーストだって思ってるんだけど」
「ゴーストというのは本来、消滅せずに現世を彷徨う魂の総称だ。それを魔術師たちは使役することもあるが、それらは作られた魂。いわゆるホムンクルスに近い。しかしどちらも共通しているのはゴーストの意識が希薄であるということだ。使い魔であるゴーストはもちろんのこと、現世に未練を残すゴーストはその未練のみで現世にとどまっているのだからな。無論、例外的ケースもあるが……それはむしろないと考えていいだろう」
「ですから、ここまで私たちを意識し、目視しているというのは通常ではありえないことなんです」
蒼夜はそもそもこの世界の人間ではないのだから、この世界にいるゴーストたち地縛霊が彼を恨んでいるというのは矛盾している。本来いるはずのない人間に対し恨んでいるというのだから、ゴーストそのものが使い魔であるか彼らの世界からついてきたかでなければ説明はできない。カルデアからレイシフトするにも、その手の力をゴーストたちが持っているとは考えられないので前者、使い魔の類であるということを考えられるが一体誰が、何のためにということになる。
「それなら魔力に引かれたとかは……?」
「考えられなくもないが、それならなおさら今襲ってこないのはなぜだ。偵察にしても存在を気づかせては偵察にはならない。それに仮にそれが理由なら地下に入った時点で襲ってくることもできたはずだ。なのに、ヤツはそれらをせずに私たちをただ見ているだけだ」
「んじゃ孔明はあのゴーストたちをどう推測するの。野良にしては慎重だし使い魔にしても杜撰すぎる。ならそれ以外にどういう理由が……」
「恐らく、このゴーストたちは使い魔だろう。でなければゴーストがこうして気配を見せているのに襲ってこないことに理由がつけられない。自然発生のゴーストであれば残留思念に従って襲ってくるはずだが、奴らは知性があるのように動いている。なら、考えられるのは二つ。使い魔か自意識を持つ霊体……そうだな。幻霊……とでも称しておこうか。だが幻霊ならば見つかるようなことはしない」
仮にゴーストが自意識を持っているのなら、自分の気配が見つかってはならないと思い気配を消すハズだ。そこまではいかなくとも自らの姿をみすみす知らせるようなことはリスクが高すぎる行為でしかない。自身の目で監視、もしくは偵察するなら気配をほぼ完全に消すか、それができないのなら態々地下で偵察せずとも人込みのある地上で行えばいい。そして直接ではなく間接的に監視できる方法があるならその方法を使えばいいはずだ。態々サーヴァントという存在が複数体いる場所を、自ら危険にさらすようなやり方でやるのは孔明から言わせれば愚行でしかない。
「知性があるなら、それなりにやり方を変えてこちらの様子を窺うはずだ。もしここではなく地上でなら人込みをカモフラージュに使い気配を溶け込ませることもできる。が、ゴーストたちはそうではなくココで現れた。ということは誰かの指示に従って現れたという可能性が最も高い」
「それで使い魔か……でもこんな中途半端な方法じゃ一体なにがしたいのかわからないな」
「考えたくもないが、ゴーストたちの主はこの魔術……いや魔法か? これを使うのに慣れていないようだ。でなければ自意識過剰な馬鹿かのどちらかだ」
かくにも、ゴーストたちがこうしてこちらの見ているとなれば特地の人間、もしくは組織が関わっていると考えていい。流石にこの世界の人間がやっているわけでも、ましてや魔術王がと考えてしまうが、それはそれでメリットがわからない。であれば自然と考えられるのは特地にいる誰かか、はぐれサーヴァントということになるが今回の特異点の性質上はぐれサーヴァントの可能性も限りなく低い。
「蒼夜、地上の二人と連絡は取れるか?」
「ちょっと待って。状況報告ついでに聞いてみる」
現在、蒼夜立ちの中で戦闘能力が高く偵察などに向いたスキルを持つサーヴァントであるアサシン、呪腕のハサンを始め、アーチャーとランサーの二人が地上の偵察に出ており、彼らと別行動をとっていた。地上の偵察と言っても東京駅など全域を調べるわけではなく、彼らの進行方向である丸の内線を中心に、介入してくるだろう各国の諜報員を発見しそれを報告、移動までの計画にその対策を練り込むのでいわば情報収集を行っている。
アーチャーは千里眼、ランサーは持ち前の敏捷さとルーンによる気配の一時的遮断。アサシンことハサンは気配遮断のスキル。特にアサシンは偵察や情報収集などを行うのにそのスキルとの相性は抜群と言っていい。
(―――アーチャー、ランサー、アサシン。聞こえる?)
(ああ。聞こえている)
(おう。ちゃんと聞こえてるぜ)
(同じく。それで主殿。いかがされた)
(地上偵察の報告とかをね。そっちはどう?)
念話は魔術によって相手の脳波と周波数を合わせて交信する、いわば魔術版の通信機だ。今回は四人が同じ周波数になるように魔術を施しており、それによって四人全員に対し念話を行い会話することができる。しかし、中には念話を使えない場所、カルデアへの通信は念話では絶対に不可能なので、そこは全て蒼夜とマシュが持つ通信機によって連絡を取り合う。なので、通信機でない限り現在地は未熟な蒼夜では見つけられないのだ。
「巧妙に隠しているがかなりの数の工作員、諜報員がいるな。それにどうやら少なくとも三か国は既に諜報員を動かしていると見ていい」
(伊丹さんの予想通り、か。具体的な人数とかはわかる?)
「難しいな。しかし規模は大よそ推測可能だ。少なくとも一国につき二小隊から三小隊ほど。まぁ潜入工作としては常道だな」
むやみに動けば位置を知られるということもあるが、動くだけでは見逃してしまい、たとえ見つけてもすれ違ってしまったせいで姿を見失うこともある。その可能性を考慮して偵察に出た三騎はそれぞれのスキルなどを活かして状況把握と情報収集を行う。ランサーとアサシンは敏捷さに加えて気配遮断を利用し、東京駅に先回りするように移動しつつ周囲の探索し、それをカバーするようにアーチャーが高所から全体を見渡して広範囲を監視する。万が一、敵に襲われたりした時には後方にいる彼が援護し、蒼夜たちの移動の時にも鷹の目である彼が支援を行えるようになっていた。
「ところでマスター。まさか状況報告のためだけにこちらに連絡してきたわけではあるまい」
(……気づいてる?)
「地下ではないので、君たちほどではないがな。銀座を中心に敵の反応がちらほら感じられる。あの「門」が原因らしいな」
銀座方面に目を向けたアーチャーは自身のスキルである「千里眼」を用いて視力を強化し、厳重に管理、閉鎖されている「門」の様子を窺う。サーヴァントの中でも「弓兵」クラスは遠距離での戦闘を得意としているので自然とスキルもそれに合わせたものが揃う。アーチャーの場合は目が最大の売りと言っていい。「千里眼」のスキルはそれだけではないのだが、彼の場合はこれだけでも戦闘などにおいては非常に役立つスキルだ。
なので彼は現在一人で街の中にある最も高いタワーの上に陣取り、そこから見下ろすように街を監視していた。
「ランサーもルーンを使い気配を探っているが、どうにも数がな。路地裏に入れば二、三匹は現れるぞ」
(……マジで?)
「冗談抜きでな。今はまだ人を襲うこともないが、銀座を中心にゴーストたちが現れ始めている。「門」が原因であることは見て明らかだが、自然発生の類ではない。第三者が使役しているようだ」
(こっちも孔明が使い魔じゃないかって。俺もその意見には賛成だ。で、そのゴーストなんだけど「門」から現れているの? それとも「門」の向こう側から?)
「わからん。アサシンが偵察に赴いているから、結果は彼から聞いてくれ」
(わかった。アーチャーも気を付けてね)
「ああ。合流地点、東京駅の周辺にランサーが待機している。あの足だけが取り柄の猛犬と合流してくれ」
……とアーチャーの最後の言葉を聞いた瞬間、無意識に彼のこめかみから冷や汗がにじみ出てくる。最後の言葉はジョークのつもりだったのだろうが、そのせいでいざこざになっていなければいいのだが、と。
「猛犬だから……セーフ?」
「多分アウトだと思いますよ、先輩……」
マシュも念話の内容を聞いていたようで、気まずい空気になったことを知って同じく汗をにじませている。クーフーリンは犬を侮辱されることを嫌っており、アーチャーは過去に彼の前で犬を罵倒したことで彼の怒りを買ったことがある。どうやら彼らがカルデアに召喚される前に起きた聖杯戦争で実際に言ったことらしく、その時の話をするランサーの顔は怒りに満ち溢れ、今度言えば確実に、というものだった。
(……ランサー)
(先言っとく。聞こえてたからな、蒼夜)
念話の周波数を合わせてしまったせいで、ランサーに対しての小言はばっちり聞こえていたらしく、彼の声は最初の時よりも低く、そしてドスの入った殺意のある声をしていた。
無論、それが蒼夜に向けてではないのは声から感じられる気配というもので蒼夜も理解していたが、ただでさえ面倒なこの状況で喧嘩は止めてほしいと願うことしか彼にはできなかった。
(……俺からアーチャーに言っとく。で、そっちは)
(………。ま、あの野郎と似たようなもんだ。そこら中に気配がうようよしていやがる)
地下だけかと思われていたが、どうやらゴーストの姿は地上にもあるらしく。ランサーの目には路地裏や屋上、表街道などから少し外れた道を闊歩しているゴーストの姿が映っており、アーチャーと同じく人を襲っている様子は見られない。
(地下だけじゃなくか……襲わずにいるってことは偵察かな)
(かもな。あと蒼夜。お前のほうは地下に入ってから奴らの気配を感じられたようだけど、俺のほうもお前らが地下に入ったのと同じぐらいだぜ)
(同じって……俺たちが地下鉄に乗ってからってこと?)
(ああ。仕組まれてたってわけではなさそうだが、水のようにドバドバとな。地下のほうが早かったのは多分たまたまだろ)
これでゴーストたちが「門」によって現れたことは明確となった。自然発生の可能性がなくなり、これが誰かが人為的、つまり使い魔として召喚したということになるが、それに至っては目的がわからない。
「たまたま……か。了解。引き続きゴーストたちの様子を監視しつつ、俺たちが地上に出たらこっちと合流してくれ。タイミングは任せるから」
(あいよ。坊主のほうも気ぃつけろよ。あの先生がいるからつっても何が起こるかよからねぇからよ)
「……そうする。それじゃ」
念話に向けていた意識を解き、集中していたのか体に負担がかかったようで、その疲れを吐息と共に吐き出す。ひと息ついたはいいが、たかが念話にここまで負担がかかるということに自分事だからこそ情けないと未熟さを痛感する。
そんな彼の様子を見て会話を一通り終えたようだと、孔明が瞑っていた目を開き「どうだった」とアイコンタクトで訪ねてくる。
何も言わずにただ首を縦に振ったことで「向こうも同じような状況である」ということを理解した孔明は小さく「そうか」とつぶやく。
「どうやら、異変というわけではないようだな」
「となると……これが特異点の影響?」
この世界が特異点の影響を受けているというのは言うまでもない。「門」によって繋がってしまった二つの世界によってそれぞれが互いの世界の影響を受けているのだ。しかし、だからといってゴーストが特地の影響かといえば、そこまで魔法が未発達であるわけではない。加えて、魔法というものが一つの学問である以上、こんなことが無駄であることは特地の魔導師たちもわかることで、つまりゴーストの出現は特異点発生の影響である可能性があると蒼夜は考えていた。
「直接か間接かはさておくとして、その可能性は無くもない。が、誰かに使役されている「かもしれない」というだけでは確証にならない。もう少し情報を入手しなければ精査できん」
「となると、この手のことについては向こうで調査してもらってる百貌のハサンたちに聞かないとわからないか」
「向こうにいるハサンさんたちと連絡は取れないんですか? 霊体化をすれば……」
「できなくはないんだけど、その場合なにが切っ掛けでゴーストたちが動くかわからないからね。こっちに残した百貌ハサンさんの分身二人も失いたくないし、下手に手を出すよりは今は静観するしかないかも」
霊体化して誰かが向こうと連絡を取る、というリリィの提案は清姫を除く全員が検討していたが、その場合「門」を渡るということだけで仮にいるだろうゴーストの主を刺激することになりかねない。
まだ仮説が並んでいるが、特地にいるゴーストたちの主は使い魔を通して向こう側である日本の様子を窺っている可能性が高く、その場合その出入口である「門」を警戒しているはず。ならば霊体化をしていても気づかれる危険性もあり、もし気づかれた場合は向こうを刺激してゴーストたちを動かしかねない。そうなれば、各地にいるゴーストたちとの戦闘になることはほぼ避けられないだろう。
「……そういえば、その百貌のハサンさんの分身の二人はどこに行かせたのですか?」
「議事堂と首相官邸」
「え゛っ……「門」じゃないんですか?」
「「門」を偵察しても意味ないからね。本当は官邸だけにしようかって思ったけど、政府の動きも知りたいし」
とサラリと間接的に政府のことを全く信用していないと言い切る蒼夜に、マシュは思わず絶句し青ざめた顔になってしまう。もしバレてしまえば大事になるというのに、マスターである彼はそれを平然と行ったのだ。サーヴァントの能力を信用していると言うべきか過信しているととるべきか。マシュの場合は後者で、流石に過信しすぎではないか、と行動の大胆さと危なさに「大丈夫なのか」と思わず声に出したくなる。
「……それ、ここで言って大丈夫なんですか?」
「大丈夫でしょ。いざとなれば……ね」
「いや、何をするのか言ってくださいッ!」
完全に危ないことを考えている顔にマシュも思わず声を出して言い返してしまう。急に声を出したということで、周りにいた乗客も彼らの方を見てしまうが、それ以上のことは何もせず、ただ彼らが何をして、なにを話しているのかと聞き耳を立てていた。
「マシュ、声こえ」
「あ……スミマセン……」
「ま。ともかく目下の目的としてまずは目に見える追手から逃げないとね」
ゴーストのことばかりを話していたが、彼らを付け狙っているのは霊体だけではない。第二審議を見ていた各国の代表。そしてその代表たちが差し向けた諜報員たち。ゴーストよりも行動を起こしてこちらを狙ってくるのはむしろ彼らのほうだ。
「おい坊主」
「ん。どうしたの?」
ふと、今まで話に加わらなかったライダーが野太くも通った声で蒼夜を呼びかけ、正面の運転席にある窓から向こう側を眺めながら彼に尋ねる。
「さっきからずーっと先の道が暗いままだぞ。このまま冥府でも行くのか、これ」
「冥府って……地下鉄は基本地下を走る列車だから、進行方向は暗いままだよ。って言ってもこの丸の内線は地上から地下に、逆に地下から地上に出るタイプの線路だから、方向によっては地上に出るよ」
「ほう。ではこのまま進んでいたら地上に上がるのか」
「いや、進行方向逆らしいからずっとこのまま」
暗い洞窟の道が続くと聞いた瞬間、ライダーは「なんだ。つまらん」と言い切り窓から顔を離す。進む先がずっと暗いだけで、駅にいちいち止まるというのはどうやら彼にとってはつまらないものらしく、それを聞いたらもう興味はないと仏頂面になった。
「ただの鉄の箱が暗い洞窟を進むだけと思っていたが、まさかそれだけだったとはな」
「仕方ないでしょ。今回は地下鉄でしか移動できないんだから」
蒼夜たちは今回、遊覧にきたというわけではない。参考人招致を受けるため、そして自分たちの立場の足場づくりのために来たのだから、時間も自然とその為に割かれていた。
ライダーの言うこともわからなくもなかったが、今の状況では全員の身の安全の確保が優先される。諜報員だけでなくゴーストまでいるのだから、この状況で個人の意見を通すわけにはいかない。
「向こうの出方をみない限り、こっちも手出しできないから今は我慢してくれ」
「ということは後で好きにしてもいいということか?」
「……まぁ時間があればね。ただしあまり大事にしないでくれよ」
蒼夜の言葉を聞いた瞬間、一瞬だが孔明の目が輝いたように見えたマシュは刹那の出来事に思わず首をかしげる。まるで子どもが欲しいゲームを買ってもらえるような、自由な時間と欲求を満たされることに対しての喜びとでもいうのだろうか、と精一杯の比喩と想像をして考えていたが、さすがに孔明もそこまで幼稚ではないだろうとすぐにその勘違いが目の錯覚であると振り払った。
『霞が関。霞が関』
ふと蒼夜たちがアナウンスに気が付くと、電車は議事堂前から次の駅である霞が関に到着する。早いようで遅いような到着に「もう着いたのか」と時間の流れを感じた彼らは景色が黒一色から駅の明るさと人込み、そしてその騒音に満たされてく光景にいつも通りかと眺めていたが、人込みとざわめきが妙に大きいことから蒼夜はすぐに孔明と目を合わせる。
どうやら何かあったらしい、と。
「先輩。なんだか様子が……」
「ああ。どうやら何かあったらしい」
と言ってもこの場合の予想は蒼夜もついていた。話に出た各国の諜報員。彼らが宣戦布告と共に先制攻撃を仕掛けてきたのだろう。その結果、電車は停車したのではなく、その場に止められてしまったのだ。
「場所だから止まった……というわけではなさそうだな。なにがあった」
「……どうやら、この先の駅で事故ったらしい」
「事故、な。さてそれが本当に事故であるか怪しいもんだの」
ライダーの言う通りこれがありきたりな事故である可能性は正直五分と五分。蒼夜も通学などで電車を使用していたので偶にこういった人身事故や点検などが入り停車したり、発車が遅れることは知っていた。中でも前の車両との間隔をあけるため、と言われれば仕方ないと思うことも偶にあった。電車であれば、こういった事故やトラブルはある意味つきものといっていいだろう。
「……だな。このタイミングと状況からして、こっちに人を回したってところだろ」
「どうやら原因は架線事故のようですね」
「架線ね。ってことは向こうの攻撃ってことかな」
だが今回はそのタイミングがあまりに良すぎた。架線事故ということで他人からすればただの事故、運営側のトラブルと考えて、そのただの事故が解決するまで待っていようとするだろう。事故に見せかけての妨害は、妨害そのものをカモフラージュする意味もあるので人によっては自分に対する攻撃ではなくただの事故と誤認することもありうる。
しかし、今回はそれがかえって向こうからの妨害なのではないか、という可能性を高めることになり蒼夜たちはそこから先に進むことに警戒心を持ってしまう。このまま黙って乗っているべきか。それとも、と。
「可能性はありますね。向こうとしては早く特地の皆さんを抑えたいでしょうね……」
「向こうの展開が思ったよりも早いな……先手を打って、こっちの行動を抑え込もうって腹か。自衛隊と公安のツートップで守っているのは承知の上だろうし、それなら足の速さで勝負ってわけか」
「地の利は伊丹さんたちにありますから、奇襲の利でこちらを混乱させることが目的でしょうか……?」
「だろうな。向こうは少人数。ならかく乱はしてくるよ」
常道とはいえ流石に大国の諜報員ということもあり、相手の動きが早いことに蒼夜は焦りを感じる。彼の言う通り、諜報員という立場上人数としては圧倒的に向こうのほうが不利で、それを覆すには少人数を活かしたかく乱などは必ず行ってくる。加えて少数による利点は数の少なさによる機動性の高さ。それを利用し身軽なフットワークで人数に勝る敵を混乱させることは容易なことだろう。
自分が予想していたよりもこちらへの介入のスピードが速すぎたことに正直に戸惑っていたが、考えている内に蒼夜は向こうの妨害の意図に気づく。
「……少し考えればわかることがわからない。やっぱ凡才だな、俺って」
「先輩……?」
そもそも、人数で劣っている諜報員たちの利は先ほどの通りフットワークの軽さとそれによるかく乱の有用性。量を質でカバーするのが、少数行動における原則と言ってもいい。
その中で奇襲による攻撃は諸刃とはいえ、足で勝っている向こうに関して言えば容易なこと。だが、公安のガードがどこまであるのはわからない今、先制攻撃と奇襲の利だけで攻めは愚策でしかない。これは蒼夜も直ぐに理解できた。
「どうかしたんですか?」
「……いや。それよりマシュ。降りる用意はしておいてくれ」
ではそれ以外で自分たちの持ち味を生かせることは。と直ぐに浮かび上がったのは少数による隠密。それによる精神的プレッシャーが挙げられる。少数の質を利用すれば数に勝っていても「いつどこから来るのか」という緊張感が混乱に発展することもある。数によるプレッシャーであれば、大勢の方がより多くプレッシャーをかけられると思われているが、それはあくまで正攻法による戦闘のみに限られる。こういった正攻法が通じない諜報戦であれば相手をかき乱すことの方が有効になる。
「ですが、まだ霞が関ですよ。東京駅に行くには最低でも銀座まで行かないと……」
「俺もそうしたいけど、ゴーストのこともある。それにいざって時は伊丹さんたちと連絡とれるし、ここで降りても電話とかすれば大丈夫さ」
だからそこ彼らは奇襲を放棄した。厳密には奇襲をしたが先制攻撃を警告とかく乱にしたのだ。
「先生。ゴーストの様子はどう?」
「……駅に入ってからこちらに近づかなくなった。どうやら、あまり人込みやら明るい場所は好きではないらしい。ゴースト、お化けの典型を行くな」
「ってことはここで降りても大丈夫ってことかな。この状況だと伊丹さんもそろそろ降りてるだろうし」
「ここで降りるのか」
「これが向こうの先制なら、多分伊丹さんたちも先に気づいていると思う。恐らく駒門さんだってついてると思うし、地下鉄もピニャさんらと合流するためだけに使えば」
「直ぐに降りるか。ということはこの一つ先の駅ということだな」
霞が関の一つ先。つまり銀座駅で既に伊丹たちが下りていると予想した蒼夜たち。それがまさか正解で実際に彼らも危険を感じ降りていた。一応の捕捉を言えば理由はそれだけではないのだが、特地からの来客である彼女たちの立場と伊丹たちの状況を考えれば、銀座で乗り捨てることは当然と言えば当然だろう。
「ああ。それと、ライダー」
「うん。どうした?」
「ライダーなら、この後どうする?」
問題はこの後のこと、つまり伊丹たちがどうするかを逆算して蒼夜たちも行動を決めなければいけない。目的である東京駅から別の移動方法で行くはずだったが、この予定は既に不可能となった。となれば、後は伊丹たちとできるだけ足並みを合わせての別行動をしなければいけなくなる。大本命が彼らだからといっても自分たちもターゲットの内に入っているのだから、うかつな行動はNGだ。そこで。
「アサシンに諜報員たちをあぶりださせるって方法もあるけど、今はマーキング程度でいいと思う。あとはその人数からライダーならどうするか、戦略を聞きたくってね」
「……でその戦略を元に奴らの手を読み、行動するか。随分と大きく出たな。王たる余を軍師のように扱うか」
「軍師であるなら孔明先生だけど、こういう荒事ならライダーのほうがって思ってね。どの道先生にはゴーストを警戒してほしいから」
「それくらいなら片手間でできるのだがな。……まぁいい。ゴーストの方は任せたまえ」
ゴーストに対してはひとまず孔明に警戒させることとし、蒼夜は次の行動を指示する。
霞が関で電車が止められたのであれば、態々向こうの罠に飛び込む理由もない。ならばもう電車に乗る必要もない。
「よし。んじゃここでいったん降りよう」
蒼夜は降車を指示し霞が関の駅で降りるサーヴァントたち。態々罠にかかることで相手の意表を突くというのもあるが、彼らにそんな余裕も得もない。ならば常に動き、相手の目から逃れる方が今はまだマシであるというのがその場にいた面々の一致だ。加えて向こうが何かしらの手を打っているのだろうが、それでも彼らにはある策があった。
「……ん?」
「先輩、どうかしたんですか?」
「いや……あ、携帯」
懐で何かが震えていると思いポケットに手を突っ込むと、元々持っていた携帯ではなく、こちらの世界の携帯がマナーモードの状態で着信を告知しており、画面に映る通話相手の名前を見た蒼夜は通話状態にする。
「もしもし」
『天宮君、今どこにいる?』
「霞が関です。この様子ですと、伊丹さんは銀座駅ですか」
『当たりだ。向こうの行動のこともあるけど、ロゥリィがちょっとな……地下に入ると特地の冥府神に求婚されたことが嫌な思い出らしくって』
「で。銀座で降りたら見事ラッキーだったと」
『君たちもだろ。で。今後のことなんだけど。
「了解……って、市ヶ谷ここからだとクソ長いんですけど」
『そこはまぁ……ほら、タクシー拾ってさ』
つまり後は自力でなんとかしてくれという超他人事な言い方に苦悶の声を漏らす。仮にも自衛隊員がここまで適当かつ他人任せなことを言うのは、彼が現代人で現代のことを知っているから後はどうにでもなると考えているのだろう。だが蒼夜のメンバーは大半が英霊。現代とは異なる時代を生きたサーヴァントだ。現代の知識を得ているとはいえ、現代人とは常識や慣れの違いだってある。
そちらにも何かしらの方法があるから、その方法で向かってくれ。と言っているのだろうが、何がともあれ伊丹があまり厄介事を引き受けたくないこと、男が居てどうにかしてくれるだろうという責任放棄をしているのは確かだ。
「……伊丹さん。よく自衛隊で居られますね」
『わかる? よく言われる』
「開き直らないでください……」
『あはははは……ま、市ヶ谷はあくまでも予定だし仮にたどり着けなくても大丈夫。こっちで手は打ってあるから』
「……これで俺たちを見放したら化けてでますからね」
『もう化けてるやつらいるじゃん……』
自衛官としてだけでなく、一人の年長者として蒼夜やマシュのことを放っておく気は伊丹も流石にないようで、既に何かしらの対策をしていたということを聞き自然と蒼夜の中で安心感が生まれる。それでも責任放棄のように後は彼ら任せにしたということに関しては許す気はなく蒼夜の脳裏では自衛隊に対しての印象が悪くなりつつあった。
『ってなわけで、ここからは別々の方法で各自打ち合わせ通りに行くんだけどさ』
「……なんかまだあるんですか?」
『あるよ。一つだけね。今さっきまで駒門さんと内通者やらの対応とかの話を聞いてたんだけどさ。バスを使った囮の作戦でちょっとおかしなことがあったんだ』
「………。」
『運転手になりすましていた中国人男性と同国籍の男数名。人気のない場所に簀巻きにされてバスもろとも放置されてたんだ。正直、一瞬君らの内の誰かがって思ったけど、囮にして移動する時には全員の姿を確認した。加えて、バスは囮の為に運転手を除いて誰もいなかったのに、車内には他の誰かが居た痕跡があった。それってつまり、あらかじめ誰かがバス内に潜伏して、囮のバスの襲撃者を返り討ちにするように仕向けたってことになるよね』
―――君は一体なにをした。
携帯のスピーカーから聞こえてくる伊丹の声はいつもの腑抜けさを一切感じられず、彼が今回の任務の隊長としての自覚、そして自衛官として蒼夜に尋ねているということを声だけでわからせた。
その質問に蒼夜の表情は一気に無情のものにかわり、戸惑いや苦悶、笑みすらも消えてしまう。それが聞かれてはいけない事ではないのだが、蒼夜の耳からはそれだけではなく別のことを訪ねているようにも思えた。
―――君の目的はなんだ。
未だ全貌が見えないカルデアの目的に対して伊丹は食らいついている。
まるでそう言ってるように聞こえた蒼夜は小さく噴き出して呟き始めた。
「……いくら伊丹さんたち自衛隊に一定の信用をされているとはいえ、こちらの世界では自分たちで身を守らないといけない。それに自衛官じゃない俺たちは、情報のほとんどがそちら頼みです。だから、俺たちは俺たちのやり方で情報を集め、行動をしなければいけない。バスの一件はその為の一つと取って下さい」
『……そりゃそうか。あくまで君たちとは協力関係であって保護云々じゃないからね』
「名目上は保護ってなってますけど、特地では協力関係です。だから伊丹さんたちがこちらに対して情報の全てを開示しないように、こっちだって手札を全て晒すわけにはいかない。今はまだ隠しておく、ってだけです」
カルデアが自衛隊や日本に対して優位に立てるものは幾つかあるが、その中で最も優位なのは戦力。サーヴァントたちだ。その力は一騎当千というにふさわしく、個々でも大局を覆すことや優勢を保つことは造作ではない。しかしサーヴァントが英霊、過去の偉人であるとわかった以上、情報社会である現代であれば、その偉人やサーヴァントのことについて調べるのは容易なこと。むやみに真名を晒せば対抗策を作らせることとなってしまう。聖杯戦争だけでなく、こういった面においても真名開示は彼らにとってデメリットになる。
『……わかった。ひとまずバスの件は保留ってことにしておくよ』
「助かります。駒門さんにもそう言っておいてください」
『あー……俺から伝えとく』
「………?」
真名の開示はカルデアにとっては重要なことなので、それを極力避けていくことは自衛隊に対してカルデアとの協力関係が白紙に戻った時に対抗策を講じさせないためにもなる。仮に真名が明かされて向こうに対抗策を講じられても、英雄と呼ばれた彼らをそう易々と倒すことはできない。加えて真名がわかったら分かったで、逆にその知名度によるサーヴァントに対しての脅威が発生し、それが一人二人ではなく十人、二十人となれば迂闊に手を出すことや、そもそも関係を白紙にすることもできない。
サーヴァントという存在、そして真名のシステムをうまく利用することは聖杯戦争においても重要なことなので、それを利用し蒼夜は伊丹たちに適度な脅威をチラつかせることで立場を安定化させていた。
◇
「まったく……あの歳になると末恐ろしいね、若い子って」
「隊長、歳よりみたいになってますよ」
蒼夜との電話を終えて、携帯の通話を切った伊丹に対して富田が年寄り臭くなっていることを指摘するが、ただの天然や素直ではない彼との会話はほとんどが腹の探り合いのようなものになっているので、自然と疲労感のせいで年寄りの物言いになっている。
今回の参考人招致で蒼夜が日本のことを好きではないと言い切ったからか、彼の態度もやや距離をとったものになっており、伊丹も彼の本心を知ることが難しくなっていた。その追い打ちもあり彼との会話は化かされているようで、苦労と疲労は倍増する。
「相当修羅場とかを潜り抜けてきたって感じだからね。おまけに天下の軍師様が一緒なら、腹黒くなるかもね」
「……隊長はやはり、彼の言うことを信じるんですか?」
議事堂前で別れた富田、栗林、そしてピニャとボーゼスは第二審議をテレビ中継で視聴しており、あの泥沼のような長い審議を伊丹とは別の方法で一部始終見ていた。なのでカルデアのことや孔明の答弁なども知っており、その審議がいつもテレビで見る討論会のようなものとは違う、レベルの差を感じさせたことも新しい記憶として刻まれていた。
当然、ライダーことイスカンダルの真名の宣言と、それに流れで名乗ることとなった英霊たちの真名に伊丹と同様に驚いていたのは言うまでもなく、自分たちと一緒にいた人物らが英雄であることに開いた口が塞がらなかった。
「富田は信じない? 彼らの言ったこと」
「信じる信じないで言えば、自分は信じます。イタリカでの戦果もありますし、能力で言えばあれを常人と超人で片付けることなんてできませんし。仮に内容の一部がブラフだとしても、そこに事実を混ぜなければただのほら吹きです。ですが、彼らはほら吹きにならないように、既に証拠を残していた。炎龍との戦い、そしてイタリカ。ですから……」
「半分が本当でもう半分は嘘を混ぜたってことか。けど、あの場でブラフを言うと思う? カルデアのこと、彼らの目的のこと。その為の英霊たちのこと。あんなの嘘だろっていうのは本当に簡単だし、議員の誰かが「そんなこと嘘だろ」って言ってしまえばあとはその流れに乗って虚勢を作る議員たちが出てくるはずさ。でもそんな流れは作れなかった。それが嘘だと言うことはできても、言い切ることはできなかった。それが本当である可能性があったからだ。「門」を使わずに彼らが特地に居たこととかね。実際、普通の人が聞けば荒唐無稽だって言えることを彼らはあの場で言った。それを馬鹿馬鹿しいと思った人もいるはず。でもそれを妥協する形ではあるけど、議員たちは信じた。無論、総理もね」
ブラフだと思っていても、そう言い切れる根拠がない。結果として有耶無耶になった蒼夜の正体についてがそうであり、それが結果最後まで決着することがなかった理由として特地の意識と定義がある。
魔法という非科学的、ファンタジーの話であるものが特地では実際に存在し、逆に科学文明は進んでいるとは言えない。逆に日本では科学技術が発達しているが、非科学的である魔法は見る影もない。これをそれぞれの視点で蒼夜のことを考えれば、特地では「「門」を使ったかそれに近しい方法でこの世界に来れた」という仮説を立てることができ、それが矛盾していないという証拠もあった。しかし対して日本では日本人でありながら特地に居た彼のことを「何等かの方法で「門」をくぐり特地に入っていた」としか考えられない。
何が何でも自分たちの常識と実証できる範疇でしか矛盾や疑問を解決することしかできないのが日本に対し、特地では常識外のことも考慮し「その可能性がある」となればそれを加えて仮説を立てている。
「結局、あの場で彼はどうやって向こうにいたのかは話さなかったけど、それは彼自身「言っても信じてもらえない」って方法だったからじゃないか? その可能性があるのなら、魔法なりなんなりの可能性だってあるし、カルデアのことも自然と嘘ではないかもしれないって考えてしまう」
「それが議員らにとっては都合の悪いことだったから、あの審議で頑なに認めなかったと」
「あの場に居た議員さんらはみんな自分たちの定義、常識に彼を強引にはめ込んで自分たちの考えを押し通そうとしていた。それがかえって常識外のことについて考えさせないようにしていたんだろうさ」
「自分たちの負担をできるだけ軽くして、得だけを得られるように立ち回る。それが政治家のやり方だから……ですか?」
「俺はそこまではわからないけど、特地のことを自衛隊にほっぽってるんだから多分ね」
現地にいる身としてはもうすこし自衛隊のことを考えてほしいと願うが、第九条のことを考えると自分たちにとって不利益や面倒ごとは極力避けたいというのが政治家たち本音なのではないか。
今回の参考人招致でそれを肌で感じた伊丹は、自分たちの立場に不安になりつつも今は目の前にある救急車を見送ることで忘れることにした。
「……で。これからどうします。駒門さんはああなってしまいましたが……」
「駒門さんの方は大丈夫でしょ。公安だって馬鹿じゃないし、こっちにガードはつけているハズ。まぁ……不慮の事故はあったけど」
そう。なぜ救急車を伊丹たちが見送っていたのかというと、その車両に駒門がうつ伏せで乗せられていたからだ。
銀座駅で急きょ降りると言い出した伊丹に、立てた段取りが狂ってしまうからと駅に引っ張り戻そうとしたが、蒼夜たちが霞が関に居る頃に銀座でも架線事故のアナウンスが入り、地下鉄は事実上使用不可能となってしまう。運がよかったと言えばそれまでだが、これで駒門が立てていた計画通りにはいかなくなってしまった。なので、やむえなく銀座駅を降りた一行は別の方法で目的地に向かうこととなったのだが……
「んっ……うーんッ! 久しぶりに外に出たみたい! やっぱり息苦しい地下よりも地上よねぇ。空気がまずいのは仕方ないけど、嫌な思い出のあるあんなところよりは一億倍マシだわ!」
「一億倍って……どんだけ嫌な思い出なんだか」
「恋愛っつーのは相思相愛がベストだっていうからな。あの嬢ちゃんの話は俺たちの想像を超えるほどなんだろうよ」
「駒門さんが恋愛の話をすると中年の見合いのように思えるよ……」
「しれっと失礼なこと言ってません、隊長」
栗林の突っ込みを無視しながら伊丹は視界内に特地の五人がいることを確認するとアイコンタクトで富田に彼女たちから離れないようにと指示を出す。ロウリィは地下鉄の出入口前で大きく体を伸ばし、レレイはテュカと二人で近くに立っている装飾された木に夢中だ。ピニャはもう夜だというのに、昼間のように明るい街道の様子をながめており、その明かりの一つである街灯をボーゼスはどういう仕組みなのかと興味を示していた。
結果的に運がよかったとは言え、電車まで止めるという方法には流石の駒門も驚いたようで、相手が何が何でも彼女たちを捕える気であるということは二度の妨害でハッキリとしたと不敵な笑みを浮かべる。向こうも特地という旨味を手にするために躍起になっているのだろう、そう言って携帯を一瞥すると伊丹に顔を近づけて彼にだけ聞こえるように小声を出す。
「ま。ここで下手すりゃ一生政略結婚される羽目になるんだろうな。そうならない為に……」
「わかってますよ。で、敵さんの狙いはなんだと思います?」
「最初の予定は二段構えであの娘らを捕える気だったんだろうな。でも、同時に二段構えが失敗することを予期していた」
「こっちがその為の策を講じると予想して……か」
「ああ。だから奴らは副次効果を利用したんだ。一度目のバス、二度目の電車。捕らえる気はあったけど失敗すると覚悟していた」
「……けどあえて実行したのは?」
「アンタもわかってるだろ。デモンストレーション。そして同時にこれはメッセージでもある。「俺たちはいつでも捕まえることができるぞ」ってな」
バスと電車が警告でありメッセージであるというのは蒼夜と同意見で、ここに居ない彼も同じことを予想しているだろうと二人も考えていた。
これが警告であるということにしたということは、初めからこの二段作戦で成功すると考えていなかったということ。しかし最初の二つが失敗しても無駄ではないということをわかっていた。失敗しても警告はできるのだから。それだけのことを考えられるのだから、相手の諜報員はそれだけの経験を積んでいる人間という事になる。
「それが相手の一組の意思か」
「分かってるじゃないか。中国人が簀巻きにされてたってことは中国も動いてる。こっちの予想では最初の二つは恐らくアメリカ」
「バスは元々アメリカの策だったけど、それを看破した中国が相乗りして利用した。けど、バスは失敗。電車も俺たちが下りたことでご破算と」
伊丹も電車の件で相手が並みの諜報員でないということはわかっていたので、大体の予想は絞り込めていた。それだけの実力を持つ諜報員が居て、なおかつ特地に対しての旨味が欲しい日本と関係を持つ国。となればその国は限られる。
「結果、向こうさんの計画は次に移行するってことだ」
「ってことは……」
「ああ。間接的に自分たちのことを知られないようにするって方法でやってきたが、それは向こうも無暗に手出しできないことになる。でないと自分の正体がバレちまうからな。けど間接的な妨害が二度失敗したってことはこれ以上無意味ってことにつながる。だから……」
退社時間なのか人込みが増え始めたころ、ロウリィが気分転換を終えて街の様子を眺めていると、次の瞬間に彼女の驚く声が出た。声に気づき伊丹たちが目を向けると、彼女の死角から突如見慣れないジャージ姿の男が一人駆け寄ってきて、素早く手に持っていたハルバードを奪い取っていた。死角からいきなり物を盗られると思っていなかったロウリィは呆気にとられてしまい反応が遅れ、そのまま男がハルバードを抱えて逃げていく姿を眺めていた。物が物なだけに男でも両腕で抱えるように奪い去っていくが、その足は一般男性よりも早く体格も富田よりも屈強だ。
「ほうれ。こんな風に……」
この盗難劇と男の姿を見て駒門はくつくつと笑うと手を貸そうともせずロゥリィ同様に逃げていく男の姿を目で追うだけで手を貸そうともしない。彼も走ったりはできるが、歳なのでそこまで無理なことはできないという理由もあるが、それにしても動くことすらしない。傍には現役の自衛官がいるので実質彼ら任せにする気で、反射的に体が動いていた栗林が横目で彼の姿を見て「少しは手を貸してほしい」と思うほど冷静だった。
……しかし。それもつかの間。
「うっ……!?」
男がハルバードを抱えて走り出してから、まだ五メートルも進んでない辺りで盗難劇は終わりを告げてしまう。わずか一瞬、男がハルバードを抱えて数歩という距離で声と共に体が地面へと落とされていく。磁石にでも引っ張られるかのように抵抗することもできずに姿勢が屈みやがて地面へと落ちていく流れは、男がどれだけ力を込めようと抗う事ができず、止めることもできなかった。
「あ……」
情けない声を出して倒れる男の上に持ち去ろうとしていたハルバードが落ちてくる。その光景には咄嗟に追いかけようにとしていた栗林も足を止めてしまい、周囲の人間もこのあっけなさ過ぎる盗難に何がしたかったのかと目を丸くしてしまった。
「あーあ。コケちまったのかい。情けないねぇ」
「……どうします、コレ?」
「どうも何も、立派な窃盗犯だからな。普通にアウト……でしょ」
ひとまず、ロゥリィの所有物を盗んだということで彼が窃盗で捕まることにかわりはないので、駒門と目を合わせた伊丹は相槌を打つと犯人ではなくロゥリィの方に声をかけた。
「大丈夫か?」
「ええ。それにしてもなに、今の。物盗り?」
「ああ。今、駒門さんが警察……捕まえる人たち呼んでる」
「ふーん……二ホンの物盗りって貧弱なのね」
貧弱というが、伊丹たちの目にはそうは思えないほど屈強な体をした男が下敷きにされており、その光景は上にのっている物の大きさもあって不釣り合いだ。なにせロゥリィの背でようやく倍近い武器が男の体と比べればさほど変わらない程度に見えている。つまり見た目と想像する重さが釣り合っていないのだ。
「取りあえず、そこ男は窃盗としてしょっぴかせて貰うよ。まぁ情報とかは期待しないほうがいいねぇ」
「……使い捨てってこと?」
「だろうな。直接的な行動に出たからと言っても、自分たちの手を使うにはまだ早い。今はまだこの程度さ」
携帯をポケットにしまい、倒れた男に近づく駒門はこの男が諜報員たちの差し金であると言い、背中に手を置くと周囲をぐるりと見まわす。男に触れたというだけだが、それだけで諜報員たちの反応は大きく二つに分かれる。仮に本物の諜報員、つまり仲間なら何かしらの反応を見せる。しかし駒門が言った通り、この男が捨て駒なら反応はない。
駒門が様子を窺いながら体を触っていると一人なにかわかったかのように立ち上がる。
「どうやら、まだやるつもりらしいな、奴さんらは」
「……マジですか。ったく、少しはこっちも休ませてほしいよ」
「安心しなって。今回の一件は公安でも重要視されている。ガードはキッチリとしておくから、アンタらはもう少し肩の力を抜きな」
公安がしっかりとガードしているというのは、駒門がここに居るということで信用していた。しかし、それでもガードを掻い潜って仕掛けてくる人間が居たりするのだから、公安が常に反応してくれるとは限らない。あくまで不審な行動を未然に防げる程度にはガードしている、という意味なのだろう。
皮肉にも聞こえる駒門の言葉に不満げな表情をする伊丹だが、その表情は直ぐに変化する。駒門が男の上に乗せられているハルバードに手をつけていたのだ。盗む気がないというのはわかっていたが、伊丹は彼がその動作に移った瞬間に思わず声を出して止める。
「あ、ちょっとそれは―――」
「心配するな、俺もこの程度のなら持て―――」
刹那。
銀座の街に駒門の裏返った声と共に体内の骨が鳴り響いた。
その声は彼の想像をはるかに上回り重さと苦痛と共に一つの答えを与えた。
ああ。そういうことか。と
「……亜神の武器は並の人間では持ちにくいと聞く」
「身体能力でも私たちと亜神との差は歴然。だから見た目はこうでも」
「重さは凄まじいんだよな……」
言うのが遅い、と突っ込みたいが駒門は既に声すら上げることができずその場に果てた。
その姿に伊丹は現在、同じくぎっくり腰になっている桑原を思い浮かべ、今も医務室のベッドの上に居る彼の姿と重ね合わせていた。
「これくらいでだらしないわねぇ。せめて巨人ぐらいの力でないと」
「だからその力が無理なんだって……」
……かくして駒門を除く全員が救急車を見送った場面に戻る。
そんなわけで不慮のトラブルで戦線離脱となった駒門を見送る伊丹たちは、サイレンの音が遠のいていくと次の行動について話し合いだした。
「で。改めてどうします、隊長。駒門さんが言う通りに……」
「にしたいけど、敵さんのこの速さを考えると当初の計画は無理だな。このままいけば向こうが流れをつかんでこっちが不利になる」
「てことは、市ヶ谷はアウトってことになりますか」
「そういうこと。中国アメリカと双方がここまで食いついてるんだ。こっちの情報とガードがガバガバだぞ」
「こうなると、こういうのもなんですが公安のガードも信用しづらくなりますね」
駒門が居なくなった途端に公安の行動に辛口なことを言う三人。彼らももう少し公安のガードと対応に期待していたが、相手が上手なのかそれても公安が立てた段取りなのかここまで立て続けに仕掛けられているということに対して次第に彼らの護りも期待できなくなっていた。しかも肝心の段取りを知っている駒門はこうして今は居ないのでは、段取り通りや信用しろと言われてもしきれるものではない。
「それに問題はもう一つある」
「レレイちゃんが言っていたことですか?」
「地下って言えばあまりいいイメージはしてなかったけど、まさかね」
そこにダメ押しをするように伊丹たちにはもう一つの問題があった。地下鉄に入ってからマシュたちが感知していたゴースト、レレイを始め特地の面々はそれぞれの方法で感知しており、特にレレイとロゥリィはゴーストが自分たちを見ているという存在感までも感じ取っていた。
最初は誰もが地下鉄が初めてであったということもあり地下鉄ではこういう感じなのかと納得していたものの、次第にゴーストたちの気配が感じ取られるようになってくるとレレイが反応し伊丹に忠告をした。
「誰かに見られている。それも、人間じゃない。霊体……亡霊のような」
それに続くようにロゥリィも言葉を繋ぐ。
「地下に入ってから、嫌な感じしかしない。ハーディのせいって思ってたけど違うわ。これは……彷徨える魂たちが私たちのことを見ている」
霊魂というものに関してはロゥリィの方が知っているからか、レレイの言葉の段階で半信半疑だったものが一気に確信へと至り、それが事実なのかと窓の方へと振り向くが伊丹たちの目には窓の向こう側は暗い線路の道しか見えない。レレイもロゥリィも居るとは言っているが実際にそこに見えるわけではない。あくまで気配があり、見ていると感覚で理解しているだけだ。
「亡霊……お化けっていうよりはゴーストか。都市伝説とかオカルトの話かと思ってたけど、本物の魔法使いとかが言うと現実味が増すなぁ……」
「ゲームと現実は違いますからね。案外、コロッとされるかもしれませんよ、隊長が」
「……コロッとって、何? 俺が襲われるとか?」
「ゴーストって怨念だけで現世にとどまってるでしょ。だからホラ、現世にとどまって目的を果たすためにはっていうか」
「生きている人間の魂を吸うってか。あり得そうで怖いけど、今は見えないお化けより見える連中だ」
ゴーストだけが相手ではないのは伊丹たちも同じ。特に彼らの場合は特地の三人が狙われているということもあり、その警戒心と襲撃される確率は高い。だからといってゴーストのことも置いておくわけにはいかないが、これは今の自分たちでは解決できるものではないと頭の隅に置きつつ様子を調べていたレレイにゴーストの動きを聞く。
「どうだ。まだこっちを見てるか?」
「ううん。えきに入ってから亡霊たちが動かなくなった。今は地下に居るし、動く気配もない」
「そっか。レレイ、すまないけど……」
「わかってる。ゴーストの動きは私のほうで感知しておく」
「頼むよ。ただの思い過ごしで終わればいいけど、なんかね」
居るかもしれない、とまでしかわからない相手に今すぐどうしろというほど切羽詰まっているわけではないが、それでも気にかけないわけにもいかない。普通なら、まず信じること自体間違っているかもしれないが、既に魔法やらなんやらを見ている彼らにとっては一つの可能性、あり得る話になっている。素直にそれを信じるとまではいかないが、もしかしたらそうかもしれない、と考えている時点で普通の人間とは異なっている。
真実味が帯びていても伊丹たちがまだ完全にその話を信じ切っていないのもある。情報だけでなく感知した気配もまだ不確定で、見られているだけでは単なる思い過ごしや緊張感による誤認だってありえるかもしれない。
「もしかして隊長、幽霊とか苦手ですか?」
「人並みにね。でも、なんでだろうね。ゴーストの話に関して半信半疑の自分がいるのに、それがまんざら嘘だとも思えない自分もいるんだ」
「つまり、彼女らの言うことが本当かもしれないと?」
「まだ断定はできないけどな。取りあえず、まずは移動しよう。いつまでもここに居たって始まらないし。いつまた襲われるかわかったもんじゃない」
公安がガードしているとはいえ、絶対に安全ではないというのは変わりない。またいつ他の諜報員たちが自分たちに襲い掛かってくるかわからないので、人込みの中を移動しつつ今夜はやり過ごそうと提案する伊丹に対し、富田と栗林は顔を見合わせて尋ねる。
駒門が救急車に乗る前に市ヶ谷のホテルに向かえと言っていたが、伊丹は既に諜報員たちによって何等かの手が打たれていると考え向かう事を断念している。どの道、銀座にいる彼らが市ヶ谷に行くまでの距離は蒼夜たちと同じぐらいに長いので、タクシーなどで乗っていくにしても途中で何かしらの襲撃を受けてしまう。
「つーわけで。当初の予定を大幅に変更して、今晩は俺が知っている場所に行くことにする。異存ないか?」
「いえ。ですがその場所とは……」
「言っておきますが、秋葉はいきませんよ」
オタクである彼のことだからと先回りを言う栗林に、自分がそこまで安直な考えはしていないと否定する。確かに秋葉原に行きたいという気持ちは伊丹にもあったが、この場でそんな贅沢を言い出すほど彼も馬鹿ではない。
「秋葉は逆に他の人たちに見られやすいし、情報が拡散する恐れもある。殿下のこともあるし、普通に避けるべきだ」
「んじゃ、他にどこに行くっていうんですか。隊長の財布で私ら全員泊まれる場所なんて……」
そこらのビジネスホテルなのでは、と彼の財布事情を勝手に想像するがホテル系は襲われる可能性があるので極力さけることにしている。ホテルならチェックインすれば誰でも泊まれるので諜報員も同じように入ることができる。つまり、防御はないに等しいのだ。
どんなにグレードの高いホテルでも同じで、チェックインもせずに入っても「既にチェックインしている客」か「客の関係者か」とフロントの人間は考えてしまうので実質顔パスされてしまう。そうなればまた逃げることになり、休まる時がなくなってしまう。
「そんなわけないでしょ……ホテルは流石にアウト。なら、連中の目を掻い潜れる場所でないと」
「で、その場所とは?」
「これから行くんだけど、その前にちょっと……」
行く宛てがある、という伊丹の提案に一先ずこの先のことは彼に任せようとそれ以上の口を挟むことをしなかった二人。彼の言う通り、ホテルや秋葉は別の意味で危険な場所なので、そこに直行するのは無謀でしかない。今は賢明な判断をしている彼の指示に従っておけば大丈夫だろうということで従ったのだが、この時彼が一体どこに自分たちを連れていくのか、それだけを聞いておけばと思うことになる。
◇
「―――じゃあ、今は狙ってこないってことか」
「そういうことになるな。これだけの人間がいるんだ。なにか事を起こすのなら、もう少し人気のない場所、逃げやすい場所を選ぶだろう」
霞が関の地下鉄駅から階段を上がり、ようやく地上に出ることのできた蒼夜たち。彼らの目の前にはすっかりと暗くなった夜空と、その中を照らして未だ昼のような明るさを保つ街並みの光景が飛び込み、月明りと僅かな火の明かりだけが照らす世界しか知らない清姫やリリィにとっては新鮮味のある光景だ。
一方で現代人である蒼夜やかつて聖杯戦争で現代に召喚されたことのあるイスカンダルは特に目立った反応をせず、目下自分たちが置かれている状況に対し次の行動について話をしていた。
「けど、木を隠すなら森の中って言うよ。逆に人込みを利用してくるって可能性もあるんじゃない?」
「まぁ発想は間違ってはおらん。実際、そうしてくる輩もいるだろう。だがな、それは並外れた暗殺者か、その場から逃げだすという逃走の面でしか役に立てん。人さらいをするには人の数が多すぎる」
「そうか、人の数が逆に逃げるときに」
「そう。仮に連中がこちらの娘っ子の誰一人をさらったとしよう。力もあり、足も速い。女一人を抱えて逃げるのは容易なことよ。だが、そこには己が身を隠すために入った人間という大海が待っている。それを避けて、逃げ切れるだろうか?」
「やろうと思えばできる。でも……」
「現代は情報がたやすく手に入り、拡散できるのが長所だ。携帯を使ってSNSにアップするなんてことは直ぐにできることだから、撒いて逃げようとしても顔を見られ、撮られる可能性だってある。車も似たようなものだ」
現代に詳しい孔明が、ライダーの話を補うように入り自分たちが襲われるケースの可能性、方法が一つずつ現れては消されていく。駅を降りてから、次の行動とそれまでに相手がどう仕掛けてくるのかを話し合っていた彼らは、こうして諜報員たちがいつどこで仕掛けてくるのかを考え、同時にその時の対策について練っていた。
「ナンバーは偽造されてるんじゃないかな。仮にも誰かを拉致するんだし」
「それでも逃げている間はそのナンバーをつけてなくてはならない。なら、写真を撮られたら後は拡散されるなり警察に捜索のための手がかりにされるなりされてしまう。人気のない場所に連れ込むにしても、この場で襲えばライダーの言う通りになる」
なにも襲われることを恐れていたり、拉致されてしまった時に自分たちが何も手が打てないことを考えているわけではない。今までと違い、情報と知識を用い自分たちに襲い掛かってくるという状況と、それが戦闘ではない拉致を目的としているという今まででは一度も経験したことのない相手。加えて後方支援のロマニたちに連絡できない孤立無援の状態という今までの中でも監獄塔ほどでないにしろ絶望的な状況だ。
支援もない。敵も今までとは目的から異なっている。しかも相手は人間で、誤って殺害してしまえばそれだけで自分たちの立場が危うくなってしまう。
「こっちが人気のない場所に行かない限りは向こうも下手に手を出してくることはないだろう。それに今はまだ人の多い時間帯だろ。なら、人込みに隠れるにしても襲うのはもう少し後になる」
「……逆に言えば、人が少なくってくると向こうも逃げきれる確率が上がるってことか」
「この場で襲うのならな。こちらが人気のない場所にいけば、向こうは絶好の狩場だろう」
視線を感じながら辺りを見回すライダーは自分たちに目を向ける一般の人間には目も合わせず、まるで何かを探すかのように視線を動かし時折目を細めている。何かをにらむようにしているその目線は周囲の人間が目の圧だけで怖気づいてしまい、視線を逸らしたり俯いてしまうほど。ただ一瞥しただけだというのに、彼の存在感とオーラに気圧されている人間が多かった。
「って言ってもな。市ヶ谷はアウトの確率大だし、「門」は伊丹さんたちが居ないと開けることもできない。といって俺たちにこれ以上、行く場所があるかと言われてもないし……」
「どうする。予定通りに言われた場所に行くのか?」
「……そうだね。どの道、他にあてもなし。少なくともここに居るよりはマシ……かな」
このまま人気のある場所にいても、時間が経過すれば向こうの有利な状況に変化してしまう。特に今は帰宅時間というだけで人が多いのも一時的なものなので、ラッシュ時間が過ぎれば、人の数は減っていき混んでいた道も見渡せるようになる。そうなれば向こうが手を出すのも容易になり逃走の確率も上昇してくる。
となれば街道にいる人の数が減るのは時間の問題で、そこにしがみつくよりも移動する方が賢明であると考え、蒼夜は伊丹たちと最初に打ち合わせで計画していた目的地に向かう。その場所こそ彼らの今回の目的地だ。
「……よし。アーチャーたちに連絡して、目的地に移動しよう。多分、伊丹さんらとは時間差で俺たちが先に向こうに着くと思うけど、ここよりは安全だ。途中、電車が終電になるかもしれないけど、それはそれ。最悪はライダーの世話になっちゃうけど」
「構わんぞ。今はマスターであるお前さんの身が第一だからな。それに余も、そろそろこの見世物のような雰囲気に耐えられんくなってきた。歯がゆくて仕方ない」
有名人が居れば、誰だって思わず目を向けてしまう。一般人からすれば天に居る存在ともいえるので、たとえ意識をしなくとも視線を向けてしまうだろう。向ける側としては、それだけだが問題は向けられる側。あまり視線を向けられると逆に変に意識してしまう。ライダーも最初は特に気に留めていなかったが、地下を出てから視線の数が増えたせいで嫌気がさしてきたのだろう。名の売れた人間というのは、そういうジンクスを持っているらしい、と蒼夜は後ろを振り返る。何人か自分たちの方に顔がむいたと目を逸らした。
「……あ、先輩ッ」
周囲からの視線を気にする蒼夜にマシュが何かに気づいたのか声をかけてくる。野次馬が携帯で撮影でもしているのかと彼女が見ていた方角を蒼夜も見ると、そこには野次馬などではない、つい最近……というよりも数時間前に見たことのある顔がそこに立っていた。
「な……ん?」
「……貴方は」
思わず眉を寄せて疑問符を浮かべた蒼夜の声に孔明も気づき、少し遅れて同じ方向を見ると、横目から見てくる通行人とは違い、目の前に堂々と立っていたブラウンコートを着込んだ男の姿に素直に驚く。
どうしてここに、という疑問もあるが、それより彼が一人でここに居るということの方が孔明にとっては驚きを隠せなかった。
「よう。こんなところでたむろってると、風邪ひくぞ」
「嘉納……さん」
ちらりと周囲を見回した蒼夜は言葉が詰まりかけるが、なんとか口から出る言葉を変えて乗り切る。目の前にいるのが政府の人間、しかも大臣であることを彼も昼間の審議で嫌というほどわかっていたので、大臣と言いかけたが周りの目が自分たちに向いている中で、そんなことを言ってしまえば変な噂が立ちかねないと無意識に考えてしまっていた。
「まさか……」
「一人……ってことにしたかったんだが、まぁこっちの事情でな。悪いが数人ほどついてきてる」
「……だろうな」
ライダーが顔をにやけさせて嘉納の向こう側の電柱や自分たちの後ろにある路地への道を見ると、周囲に溶け込んではいるが足の止まった人間がこちらの視線を向けたり、目を逸らしているが、彼らの様子を窺っていたりしていた。嘉納の言う通り、彼の周りには数人のSPが配置しているようで、こういったSPが要人の周りについているという状況が初めてだった蒼夜は変に意識してしまい嘉納自身に目を向けられない。
「で。国を預かる者が、我らに何の用だ」
「何の用……って言っても俺は偶然通りかかっただけさ。帰り道がこっちなんでな」
大臣がこうも堂々と歩いて帰るわけがないだろう。思わずそう言いたくなる蒼夜だが、瞬時にそれがまんざら
あからさまな嘘……と言いたいところだったが、その嘘を感知する嘘感知器の清姫が「嘘である」と断言していない。それどころか彼女が一言も発せず、嘉納の顔をじっと見ており、その様子も平静そのものだった。とは言うが彼女が嘘などに警戒しているのも確かで無意識に近い形で人の嘘を判別できる清姫が「嘘」と言うどころか、一言も言わないということに蒼夜は事実として受け入れられなかった。
「……まさか車酔い、なんてわけじゃないですよね」
「いいや。今日はなんだか物騒な事故が多くってな。危ないから歩きにしたってわけだ」
嘉納の言葉に清姫が目を細め、口をへの字に曲げる。どうやら嘘をついているようだが、その嘘の度合いが
清姫がこうして嘘だと反応したことに蒼夜は彼女の嘘の判別が正常であるということに安堵した。
「……で、本音は?」
すかさず孔明が隠さずに嘉納の言い訳が嘘であることを言い、話題がずれないうちに本題へと入ろうとする。嘉納も、そのつもりだったようで「冗談が通じねぇな」とつぶやくと本題に切り替えた。
「しいて言うなら、お前さんらに個人的な興味を持ってな。で、護衛を担当している公安にどこにいるのか話を聞いたってわけだ。ちなみに帰り道がこっちだっていうのは本当だぜ。それにどの道、地下鉄はあれだし、上も上だったからな」
嘉納の話を聞いた限りでは、どうやら彼も妨害のことについては知らなかったらしい。それを知ったタイミングは恐らく蒼夜たちとさほど変わらず、そのために帰る方法も変えたか途中で降りたのだろう、というのが孔明の推測だ。公安もまさか地下鉄まで止めるとは思ってもいなかったので、その事を考えると彼はわかっていたとは考えにくい。
事実、公安も何かしらの妨害をしてくると構えてはいたが、具体的なところまではわからないのでほぼ出たとこ勝負だったと言っていい。
「……で、俺たちを待ち構えていた?」
「ああ。だが、まさか霞が関でお前さんらが降ろされることになったって聞いたときは俺も耳を疑ったけどな」
(どこまで本音なんだか……)
嘘は言ってないがあえて隠しているのか、それとも本当なのかは清姫の反応にゆだねるとしても、彼がカルデアに、そしてサーヴァントに興味を持っているというのは蒼夜も納得はできた。でなければ先ほどの審議で、あそこまで食ってかかることはしないだろう、と。
「それで、お前さんらは今日どうするんだ」
「一応、そちらが用意した場所に行くつもりです。時間はかかりますけど、俺たちにはその為の方法もあるにはありますから」
とはいうが、時間も既に遅く彼らの用意した場所に行くまでの間に電車が止まってしまうのではないか、という不安はあった。そこはライダーの戦車を利用することとなるので特に問題はなかった。
だが、それを知らない嘉納は「ふーん」と言うとしばらく口元を触りながら考え込み、何を思いついたのか口を吊り上げる。見様によっては不敵な笑みにも見えてしまう表情に蒼夜たちも思わず構えてしまうが、同時に何か悪知恵が働いた子どもの無邪気さにも見えてしまう。今回はその後者だったようで
「行ったって確実に終電逃してアウトだろ、こんな時間じゃあよ」
「それは分かっています。ですが、俺たちは他に行く宛てもないですし、他の移動手段にしたってバスは囮に使いましたから」
「ああ、話は聞いてる。そこでだ」
その辺りの話を聞いていたのか、既に何かしらの方法か提案を用意していた嘉納に用意周到さと都合のよさを感じられるが、こうなることは彼も予期していたのだろうという納得感があった。政治家というだけあって耳の速さもあるが、それを瞬時に次の行動や対策に変えられるという手際の良さに蒼夜と孔明、イスカンダルは改めて彼の手腕の一片を見た。
しかも、その政治家が何かしら用意しているのだから、伊達に金と権力だけがあるのだからそれだけ期待してもいいのではないか、と変な期待を持ち始めていた。
「夜遅いからよ、ウチ来いよ」
「………はい?」
彼が斜め上の提案を持ちだすその瞬間まで、だが。