ゴリラになっちまった   作:ドラ夫

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案外ゴリラは優しい性格らしい

「ウホホ……」

 

 ホヒンダが手を地面にかざすと、バナナの木が生えた。これはホヒンダの持つスキル〈森との約束〉の効果である。一日に六十本ほどの好きな木──と言ってももちろん〈ユグドラシル〉にある木だけだが──をペナルティ無しで生み出すことが出来る。

 更に上位スキルとして〈森との契約〉、〈森との制約〉などがあり、この辺りのスキルを使えば、一日に二本ほどだが世界樹の苗木なども呼び出すことが出来る。

 だがこの木は最下位スキルの〈森との約束〉で作り出した、何の変哲もない、ただのバナナの木である。

 しかしホヒンダは、感動を覚えていた。ホヒンダはとある企業の平社員であり、決して裕福な暮らしをしていなかった。それ故植物などはそれこそ〈ユグドラシル〉の中でしか見たことがなく、ずっと植物を見たいと思っていたのだ。

 

「ウホ、ウホ、ウホホッ!」

 

 ホヒンダは興奮した様子で、バナナの木に登った。

 手に伝わる木の感触、ゴリラとしての圧倒的木登り力、全てが新鮮で楽しい。

 ホヒンダの種族であるグランド・シルバーバックは普通のゴリラよりふた回りほど大きいゴリラであり、当然体重もそれに比例して重いが、バナナの木を折ることはない。

 これは《木登り家》というクラスのお陰だ。

 どれだけの力で木を登っても、ホヒンダも登られる木側にもペナルティが起きないという、職業クラス数2000という売りを作るためのカサ増しとしか思えないゴミ中のゴミクラスである。

 それがまさかこんなところで役に立つとは、人生、いやゴリラ生何が起きるかよく分からないものだ。

 

 

 バナナの木をあっという間に登りきったゴリラ──ホヒンダは、てっぺんにある緑色のバナナを一房採った。そして大きな手で器用に皮を剥き、一口。

 

「ウホホッ!?」

 

 今まで感じたことのないほどの、とてつもない甘みを感じた。

 採れたてのバナナは美味しい。ホヒンダはまた一つ賢くなった。

 

 

 ホヒンダはスキルでより美味しくしたバナナを貪りながら、自分の仮説が正しかった事を実感した。

 何もホヒンダは考えなしにバナナの木を育て、バナナを食べていたわけではないのだ。

 これはこの世界が〈ユグドラシル〉ではない、ましてや元いた世界でもない、何処か別の世界に飛ばされたという仮説の証明だ。

 スキルでバナナの木を作れたということはこの世界は〈ユグドラシル〉のスキルを継承しているということであり、甘みを感じたということは現実の世界でもあるということである。

 

 

 その辺りのことを調べるために、ホヒンダはバナナの木を作ったのだ。決してバナナが食べたかったからではない。

 決してバナナが食べたかったからではない。

 

「ウホ、ウホホホ……」

 

 相変わらずゴリラ言葉のため何を言っているのかは分からないが、声のトーンからホヒンダが困っている事だけは分かる。

 

 

 ホヒンダ・オロゴンは正真正銘ゴリラである。

 100%中100%ゴリラの純ゴリラであり、他が入り込む余地はない程の完璧なゴリラだ。それ故、ある悩みを抱えていた。一見何も考えていなさそうなゴリラだが、時には悩む事もあるのだ。ゴリラは案外繊細な生き物なのだし、キレイ好きでもある。

 ゴリラの悩み、それは他のプレイヤーと遭遇した時、殺されるんじゃないか……? という悩みだ。

 ホヒンダが生きる2138年では野生のゴリラは絶滅しており、研究用に残されたクローン体が数匹いる程度である。

 それ故ゴリラを知っている人間自体が少なく、他のユグドラシルプレイヤーがこの世界に来ていた場合、危険な野生動物とみなされ殺されてしまうのではないか……? という結論に至ったのだ。

 

 

 〈ユグドラシル〉内には大きく分けて三つの職業があり、それぞれ異形種、亜人種、人間種となっている。

 この中で異形種が最も種族としての力が大きく、次に亜人種、人間種という順番になっている。しかし代わりにペナルティ──特定のアイテムを使えないや建物に入れないなど──も異形種、亜人種、人間種の順番に厳しい。

 また〈ユグドラシル〉では基本的に種族としてのレベルを上げるより、他のクラスを上げた方が強いとされており、それ故癖のない人間種が一番の人気で、次に種族としてのロールプレイをしやすい異形種、最後にどっちつかずの亜人種という順になっている。

 ゴリラ種はそんな亜人種の中でも更に人気がない方である。

 ゴリラ種の認知度の低さたるや、〈ユグドラシル〉廃人プレイヤー達でもその存在を知らないことが多々あり、ホヒンダがプレイヤーとジャングルで遭遇しPVPをした時などは、新種のオーク関連のモブ敵だと思われた程だ。

 余談だが、その時2chに『凄い賢いAIを持った新種のモブがいたまるでプレイヤーと戦ってるみたいだった』と書かれていた。

 

 

 ホヒンダ・オロゴンは最も弱いカンストプレイヤーの一人である。

 そのスキルの大半がゴリラのロールプレイに割り振られているため、近距離戦ではそれなりに強いが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)等に遠距離から攻撃され続けると、直ぐに死んでしまう。

 また野生は野生のままであれ、というゴリラとしての矜持から、弱点である火や闇、呪術などの攻撃への耐性も持っていない。

 またジャングルの奥地にいたので、PVPの経験にも乏しい。

 代わりに、腕相撲では無類の強さを誇っているが、まったく意味はないだろう。

 

 

 つまりは他のプレイヤーがいた場合敵対する可能性が高く、そうなった時負ける確率が高いのだ。

 ホヒンダは賢いゴリラなのだ。考えなしに動くような愚は犯さない。

 そういうわけでホヒンダは、とりあえず平原を出て森の奥へと進むことにした。森に入れば、人に見つかる可能性は低いだろうし、自分の持つスキルの大半は森でこそ役に立つからだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「ウホォ……」

 

 まるで赤ちゃんゴリラをあやすかのような、極めて弱い力で、はたくというよりは撫で付ける。

 それでも襲ってきたゴブリン達は、顔に拳大の青痣を作り、悲鳴を上げて逃げて行った。

 

 

 地形や風土の確認も兼ねて、あれから森を突き進んでいるホヒンダだが、襲ってくるゴブリンやオーガにうんざりし始めていた。

 何も彼らが強くて困っているわけではなく、むしろその逆で、彼らが弱すぎる事の方が問題だった。

 最初ゴブリンが襲ってきた時、焦ったホヒンダはスキル〈ゴリラパンチ〉──要はただの右ストレート──を全力でブチかましてしまった。

 その結果地面は抉れ、草木は吹き飛び、ゴブリン達は粉砕され、返り血や肉がホヒンダの身体中にこびりついた。

 すかさずホヒンダはヤシの木を生やしヤシの実の果汁で体を清めたが、それでもあの感触は残っている。

 そのため次は極めてゆっくり、スキルを使わず殴りつけたのだが……結果は同じであった。

 そして試行錯誤の結果、蚊の止まるような速度ではたく、という所に落ち着いたのだ。

 ゲームではちょうどで殺そうがオーバーキルしようが関係なかったが、現実世界ではそうもいかない様である。

 

 

 もしかして自分はこの世界では強すぎるのでは……? そんな考えがゴリラの頭に浮かんだが、直ぐに却下する。

 この世界は〈ユグドラシル〉に酷似している。であれば、もっと強い生物がいて然るべきた。

 ホヒンダが最初にいた平原、あれは恐らく所謂『初期位置』なのだろう。それ故この辺りの敵が弱いのだ、とゴリラは考える。

 もう12年も前のことだが、思えば〈ユグドラシル〉も最初は何もない、周りに雑魚敵しかいない平原からスタートだった。

 ホヒンダのゴリラ姿に驚いた同じく初期プレイヤー達に、最初の敵だと思われ、いきなり袋叩きにされたのも今となっては良い思い出だ。

 ──いや、やっぱり苦い思い出だ。

 

「……ウホ」

 

 これまでピクリともしなかったホヒンダのスキル〈野生の勘 Ⅰ〉が始めて反応した。

 このスキルは命の危機を野生の勘で察知するという設定のスキルで、Ⅰでは一定以上のレベルの敵の接近を告げてくれる。尤も〈ユグドラシル〉では一定以上のレベルを持った敵などそれこそ山の様にいたため、常にオフにしていたが。

 異世界に来たしとりあえず……ということで今はオンにしていたのだ。

 

 

 森の奥から、何者かが物凄い速度で接近してくる音が聞こえる。この生物は巨大でありながら、身軽に木と木の間をスルスルと淀みなく走って来ている。

 “ダンッ!”と一際強く地面を蹴る音がした後、鞭のような何かがホヒンダに襲いかかった。

 はたしてそれはゴリラの小さい頭を正確に捉え、ホヒンダのアゴを跳ね上げた。

 同時に、巨大なシルエットが飛来する。

 

「それがしの縄張りで暴れている御仁はそなたでござるな……?」

「ウホ……」

 

 衝撃で視界が多少揺れたものの、ダメージ自体はなく、ホヒンダは簡単に体勢を直す。

 そして正面を見据えたホヒンダが見たものは──巨大なハムスターだった。

 

「なんと、それがしの尻尾での一撃を受けて、平然としているとは。何者でござるか!?」

「ウホンダ・ウホホン」

「ホヒンダ・オロゴンでござるね」

「ウホッ!?」

 

 自己紹介をしてみたものの、無駄だと思っていたのだが、まさか理解してくれるとは……

 

「ウホホ、ウホ。ウホホホ?」

「プレイヤー? 《コネクト/意思疎通》を使っているのか? 何を言ってる分からないでござる……」

 

 もしかしてこのハムスターも自分と同じくプレイヤーで、ハムスターのロールプレイをしているのかと思ったが違うようだ。

 しかし《コネクト/意思疎通》を使っていないのであれば、どうやって自分の言葉を理解しているのか……? という疑問もあるが、向こうは正真正銘の野生動物。本物の〈野生の勘〉があるのだろう。

 

「まあ良いござる。今から命をやり取りをするのでござる故、会話は不要! 拙者は『森の賢王』と呼ばれる者、いざ!」

 

 『森の賢王』、なるほどさっき自分の言葉を理解出来たのは、このハムスターの様な魔獣が賢いからか、とゴリラは納得した。

 よくよく見てみれば、深い叡智を感じさせる顔つきをしている。

 

 

 昔のホヒンダであればハムスターを見て「深い叡智を感じる……」などとイかれた事は思わなかっただろうが、今の彼はゴリラである。

 それ故考え方感じ方もゴリラのそれに近くなってきており、喋れるハムスターが賢い生物に見えてしまったのだ。

 加えて、〈ユグドラシル〉時代彼の周りは獣人ばかりがいたこともあって、喋れる獣への敷居が低い事もあるだろう。

 早い話が、ゴリラは馬鹿だという事だ。

 

 

 ホヒンダはこの『森の賢王』と呼ばれるに相応しい大魔獣と戦うために、〈野生の勘 I〜Ⅴ〉までをオンにした。

 ホヒンダの中の内なる野生が研ぎ澄まされていく。

 ジャングルの中という危険地帯でも生き延びるために、あらゆる不意打ちに対処する〈野生の勘 II(攻撃察知)〉。

 敵を倒すためにはまず己を知れ、自分の隠しパラメータが見える様になる〈野生の勘 (自己管理)〉。

 敵を倒すための戦闘本能が開花する、相手の弱点を見極める〈野生の勘 (敵能力サーチ)

 人──ホヒンダはゴリラだが──は死に瀕した時、感覚が研ぎ澄まされ、周りのものがスローに見える事があるという。〈野生の勘 (超感覚)〉はまさにこれである。

 

 

 さあ行くぞとゴリラが相撲の構えをとった瞬間──

 

「ま、参ったでござるーーー!」

 

 ハムスターがひっくり返り、お腹を見せて服従のポーズを取った。

 ゴリラからハムスターが賢く見えた様に、ハムスターからもゴリラは賢く見えていたのだ。そして今ゴリラの持つ力を目の当たりにし、敵わないと悟ったのだ。

 

「ウホホホ……」

 

 ホヒンダはゴリラの体になって始めて思いっきり力を出せると思っていたので、盛大な肩透かしをくらっていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「なるほど。殿はごりらという種族なのでござるな?」

「ウホ」

 

 ゴリラとハムスターは、仲良く森の中を歩いていた。

 あの後負けを認めたハムスターは、ホヒンダについて行く事にした。というのもホヒンダがうっかりプレイヤーネーム「とっとこニート」というハムスターロールプレイをしていたプレイヤーの事を話してしまったのだ。

 それを聞いたハムスターは「つがいをなして種を残したいでござる」と言い、ホヒンダがオスハムスターが居るというその〈ゆぐどらしる〉という国に帰るまで、お供する事にしたのだ。

 ホヒンダにしても自身の言葉を理解し、人語も話してくれるハムスターの存在は有難かった。

 

「ウホホッ!」

 

 ホヒンダの鼻が、血の臭いとらえた。

 この血の臭いは人間だと、ゴリラとしての直感が告げる。

 あまり知られていない事だが、ゴリラの鼻は非常に良い。蒸せ返る様な森の中でも、仲間のゴリラとそうでないゴリラを正確に見極める事が出来るし、汗の臭いから相手の状態も把握する事が出来るという。

 ホヒンダはそのゴリラの中でも特に優れるグランド・シルバーバック。下手な犬などより、よほど鼻がいい。

 

「ウホホ! ウホンホホ!」

「あっ、待って欲しいでござるよ殿ー!」

 

 ゴリラとして力をふんだんに使い、地をかける。

 ホヒンダはグランド・シルバーバック──正式名称ゴリラ・ゴリラ・ゴリゴリラ・ゴリラゴリラである。

 そしてゴリラとは、案外優しい生き物なのだ。


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