ゴリラになっちまった   作:ドラ夫

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エンリ・エモットの朝は早い

「ウホホホ」

 

 ホヒンダはアイテムボックスを開き、中にあるアイテムを取り出した。

 はたして取り出したアイテムは──ひのきのぼうとはっぱの腰巻きである。

 侮るなかれ、この二つは名前と外見こそふざけたおしているが、共に神器級(ゴッズ)アイテムであり、その性能は非常に高い。

 ぶっちゃけホヒンダの持つアイテムの中では最強だ。

 ホヒンダの持つひのきのぼうは元々、ジャングルの奥地に存在するエリアボスであるキングバジリスク・ロードを倒した際、稀にドロップする稀少なデータクリスタルを素材にした剣である。それを外見のデータクリスタルを弄り、外見だけひのきのぼうにしたのだ。

 はっぱの腹巻きも同様に、エリアボスのデータクリスタル出来る作った防具を無理矢理はっぱの腹巻き風の見た目にしたものだ。

 

 

 何故そんな事をしたのかと言われれば、ロールプレイと若気の至り──いやゴリラの至りとしか言いようがない。

 ちなみに、ホヒンダはこの二つしか神器級(ゴッズ)アイテムを持っていない。そのたった二つの神器級(ゴッズ)アイテムですらロールプレイに使うあたり、ホヒンダのゴリラへの真摯な姿勢が伺える。

 

「ウホ!」

「かたじけないでござる」

 

 ホヒンダはその貴重な神器級(ゴッズ)アイテムを、森の賢王──ハムスターに手渡した。

 ハムスターは自分より弱い。それ故、より強い装備はハムスターか装備した方が良い、という判断からである。

 神器級(ゴッズ)アイテムには一段劣るが、ホヒンダも伝説級(レジェンド)アイテム──見た目と名前はこんぼうと皮の腰巻き──を装備し、準備万端である。

 

 

 ホヒンダはまずスキル〈森との契約〉を使い、巨大な千年杉を生やした。そして《木登り家》を使い、天辺まであっという間に駆け上る。

 そこでホヒンダが目にしたのは、騎士団の様な奴らが村を襲わんと平原を駆けている姿だった。

 〈野生の勘 (敵能力サーチ)〉を使うと、それなりに疲労している事や血に汚れている事が覗え、既に幾つかの村を焼き払っている事が分かった。

 ホヒンダは急いで千年杉の天辺から飛び降りた。

 そして地に着く前に〈森との約束〉で小さな木を作り、そこに着地する。この行為も木登りとみなされ、《木登り家》としてのスキルで着地ペナルティが消される。つまり、ダメージを受けない。

 

 

 ホヒンダはゴミスキルばかり習得している故、自然とよく使うスキルが限られ、その結果一部のスキルを使う事に非常に長けている。

 

「ウホホッ!」

「と、殿! 流石にこれは恥ずかしいでござるよ! 降ろして下されえぇぇぇ!!」

 

 時間がないと見たホヒンダは、ハムスターを担ぎ、急いで村の方へと駆けて行った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 森の恵みと簡単な農作物で暮らしを立てている、正に時が止まった様な、という言葉が相応しい平和なカルネ村。そのカルネ村に住む、これまた何の変哲もない少女──エンリ・エモットがその異変に気がついたのは全くの偶然である。

 

 

 早朝。

 十六歳になるエンリは「そろそろ家の為に結婚しなきゃなあ……」なんて事を考えながら、水を汲みに井戸のある村の外れの方まで歩いていた。

 肩には大きな甕を担いでいる。

 本人は気がついていないが、その姿は非常に様になっており、大人しく嫁ぐ……という様な姿からは掛け離れていた。

 

 

 エンリが二度目の往復を終えた頃、まず最初に耳がその異変を捉えた。平和なカルネ村には似つかわしくない、“ドドドドド!!!”という地響きが聞こえてきたのだ。

 何事かと思い森の方を見ると、大きな砂煙が巻き起こりながら、こっちに向かって来ていた。

 

「まさか……『森の賢王』?」

 

 カルネ村の付近の森には『森の賢王』と呼ばれる強大な魔獣が住んでおり、そのおかげでゴブリン達が近づかないのだが、ふとした気まぐれで『森の賢王』は村を襲うのではないか、と密かに村に住む者たちは恐れていた。

 

 

 あれほどの砂煙を起こして進んでいる以上普通の人間ということはあり得ないし、それが出来る人物──例えば王国の戦士長であるガゼフ・ストロノーフなど──はこの村に来る理由がない。

 つまりは、『森の賢王』が村を襲おうとしている可能性が最も高い。しかしどうして今になって……?

 いやそもそも、アレは本当に『森の賢王』なのか。どう考えても、あの規模の砂煙を引き起こすには……

 

 

 ただの村娘であるエンリには何も分からないが、あの砂煙を起こしている何か(・・)は、明確にカルネ村を目指している。それだけは分かった。

 そこからのエンリは速かった。

 甕を投げ捨て、一目散に村に向かって走る。

 恥を捨て、長いスカートを目一杯たくし上げて走る。

 

──走る。走る。走る。

 

 今村の危機を知っているのは、エンリだけなのだ。

 カルネ村は小さな村だ。

 村に住む人全員と顔見知りだ。誰一人、死なせたくはない。

 そして何より──お父さん、お母さん、妹のネム。

 みんなを助けられのは、自分だけなのだ。

 

「おお、エンリちゃん! どうしたよ、そんなに急いで。もしかして、トイレかい?」

「モルガーさん! も、森の賢王が! 村に向かって!」

「な、何だって!?」

 

 モルガーはちょっと騒がしいが、気立ての良い人物だ。そして何より、男である。

 疲弊しきったエンリよりも、余程速くカルネ村まで走って行けるだろう。

 

「行ってください、モルガーさん!」

「で、でもそれじゃあエンリちゃんが……!」

「いいから!」

「……分かった。必ず、迎えに来るから!」

 

 そう言ってモルガーは走り出した。

 迎えになんて、来れるわけがない。今からみんな、荷物も置いて、一目散に逃走することだろう。そこにエンリを迎えに来る余裕はない。

 ここは『森の賢王』が村へと向かっているルートの上である。そこに留まるということは、即ち死だ。

 しかし、エンリの中に後悔はない。

 お父さんを、お母さんを、そして何より幼いネムを守れたのだ。それなら……後悔は、ない。

 

 

 ──?

 エンリの耳に、先程とは違った地響きが聞こえてくる。

 先ほどの地響きは──そう、巨大な何かが走ってくる様な、そんな足音にも似た地響きだった。

 しかし今度のそれは、複数の馬がこちらを目指しているかの様な、言うなれば“群”の地響きだ。

 

「あれは、バハルス帝国の……?」

 

 農民として平野で過ごしてきたためエンリの視力は良く、遠くからでもそれが分かった。

 煌めく白い板金鎧(プレートメイル)、胸元にはバハルズ帝国の紋章が描かれており、手にはロングソードを持っている。

 そんな騎士達が馬に乗り、総勢約50程の隊列を組みこちらにやって来ている──!

 

 

 倒れ伏した体を引き立たせ、再び走り出す。

 それは恐怖から──ではない。

 新たなる脅威から、村のみんなを守る為である。

 一歩ごとに足が縺れ、肺が悲鳴を上げるが、それを無視して走る。

 ちっぽけな自分の努力なんて、焼け石に水かもしれない。

 それでも立ち止まるなんてしない。出来るわけがない。少しでも可能性があるのなら、エンリはそれを信じたい。

 

 

 仮に神様がいて、エンリのこれまでの全ての善業を見てくれていたなら、エンリに救いの手を差し伸べてくれただろう。

 しかし、現実は非情である。

 エンリに気がついた一人の騎士が、隊列を離れエンリの元へと駆け出した。

 全力で駆けるエンリよりずっと速く、騎士は簡単にエンリに追いついた。

 そして騎士が剣を振り上げ瞬間──

 

「え? なに──うわああああぁぁぁぁぁぁーー……」

 

 何者かが騎士を掴み、遥か後方へと放り投げた。

 

 確かに、この世界に神はいない。

 

 ──しかし、ゴリラはいたのだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「キャアアアアア!!!」

 

 エンリは力の限り叫んだ。それは恐怖によるものではなく、条件反射に近い。

 騎士から逃げていたら、それよりも遥かに凶悪な──いや比べることすらおこがましいほどの強大な魔獣が、空から降ってきたのだ。

 そして更に驚くべき事に、その魔獣は別の魔獣──これまたエンリでは言葉に出来ないほど強大な何かを感じる──を抱えているのだ。

 これを悪夢として、何というのだろう。

 

「ウホホ?」

「キャアアアアア!!!」

「ウホ、ウホホホ」

「キャアアアアアアアアア!!!」

「ウホホホホ……」

「アアアアアアアアァァァーー……」

 

 あまりの恐怖に、エンリは失禁しながら気絶してしまった。もしも隣に守るべき者──妹のネムなどがいたら、何とか気を保っていられたのだろうが……

 

 

 一方ホヒンダもホヒンダの方で、かなりショックを受けていた。

 自分としてはカッコよく登場し、忍び寄る魔の手から女の子を助けたと思っていたのだ。まさかあそこまで怖がられるとは思ってもみなかった。

 やはりゴリラは女子受けしないのか、とホヒンダは悲しくなった。

 

「そう気を落とさないで下され、殿。それがしは結構殿の事カッコいいと思うでござるよ」

 

 ハムスターに慰められるなんて、惨めだ、とゴリラは思った。


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