ゴリラになっちまった   作:ドラ夫

5 / 8
ガゼフ・ストロノーフの戦い

 全員でバナナを食べた後、ゴリラとハムスターは村長の部屋へと案内されていた。

 そこで白湯を飲みながら、この世界のことやあの騎士達について話を聞いているのである。

 ちなみにこの白湯は、電気などないため、火を起こして煮て作ったものだが、ホヒンダの持つ《キャンプの達人》という何の為にあるんだか良く分からない職業のお陰で驚く程早く出来上がった。

 一度火打石を擦っただけで火花が散り、少し息を吹き込んだだけで種火は大きくなり、すぐに炎となったのだ。

 これを見て村長達は「力だけでなく、何て器用な魔獣なんだ……」と驚いていた。

 村長からの話で分かったのだが、この世界は〈ユグドラシル〉とはまったく何の関係もない、完全な別世界である様だ。

 〈ユグドラシル〉は北欧神話風の世界──途中からのアップデートやコラボ等で少しづつ世界観は変わっていたが──である。しかし、この世界はそんな北欧神話など露ほども関係なく、完全に独自の世界観を持っている。

 国、宗教、文化、住む種族、今これら全てを把握する事はもちろん出来ないが、それでも自分の知る物とは大分違うという事は理解出来た。

 

 

 その中でも、ホヒンダにとって何よりのショックだったのは──言語だ。

 ホヒンダはためしに、バナナの皮に文字を書いて筆談を試みたのだが、村長は「何言ってんだこの強大な魔獣……?」という態度を取るばかりで、理解を示さない。

 話している言語は同じなのにこれはおかしいと思い、色々と検証していると、実は話している言語がまったく違う事が分かった。しかし、どういう訳か、ホヒンダの耳には慣れ親しんだ日本語に聞こえてくるのである。

 そこでホヒンダは思った「どうして俺のゴリラ言葉は翻訳されないのか……!」と。

 

 

 ホヒンダは知る由もないが、他のプレイヤーの言葉──例え異形種であろうと──はキチンとこの世界の言葉に翻訳される。文字などは読む事は不可能だが、それでも意思疎通は出来る。

 しかしゴリラが何を言おうとそれはゴリラ言葉であり、ウホウホ言ってるに過ぎない。

 そしてホヒンダはゴリラである。即ちホヒンダもウホウホ言っているという事に他ならない。現実は非情である。

 

 

 話は変わり、今度はあの騎士達の話になった。

 あの騎士達の胸についている紋章は、このカルネ村が所属しているリ・エスティーゼ王国と中央に山脈を挟む事によって国土を分けている、バハルス帝国の物である様だ。

 バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国は仲が悪く、実際一年に一度カッツェ平野というところで戦争をしているらしい。

 それ故村長は、あの騎士達がバハルス帝国の者達と見てまず間違いないと考えている様だ。

 

 

 ──という様な内容を、ゴリラにも分かるよう分かりやすく話してくれた。

 助けてくれた者が人間であれば金銭なり何なりを渡せたのだろうが、ホヒンダはゴリラであったためそれも出来ず、森から出て間もないようだったので、せめてもと情報を渡す事にしたのだ。

 ホヒンダの理解力は決して低くないが、意思疎通がハムスターを通してしか出来ないため、全ての説明を終えるまでに時間が掛かってしまった。

 空はもうすっかり赤く染まり、夕日がユラユラと地平線のあたりで揺れている。もうすっかり良いゴリラは寝る時間である。

 

 

 〈ユグドラシル〉では睡眠を取らず長時間活動していると、バッドステータスがつく。しかし一定以上のプレイヤー達は、不眠不休で動いてもバッドステータスがつかなくなる何かしらのアイテムを所持しており、その心配はない。

 だがホヒンダはロールプレイを尊重するあまりその類のアイテムを所持しておらず、一言でいえば非常に眠かった。

 現実(リアル)でのホヒンダはとある企業の末端、平社員である。サビ残は当たり前、出社は本来の出社時間の一時間前、休憩時間は二時間という名の三十分──ホヒンダは過酷な労働環境の中働いてきた猛者である。

 そこに〈ユグドラシル〉が加わるため、現実(リアル)でのホヒンダの睡眠時間はとても短かった。

 そのホヒンダが、たかが夕方ごときで非常に眠い。これはもしや、ゴリラに近づいているのではないか……? ホヒンダは戦慄した。

 体がゴリラになったという事は、脳もゴリラのそれになっているはずだ。であるなら必然、考え方もゴリラのそれになっている可能性がある。

 

 自分がゴリラになっていく。

 

 そのとてつもない事実が、ホヒンダに重くのし掛かった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 眠い目を擦りながら、地平線の彼方を見つめる。

 確かに、馬に乗った兵士達がこちらに向かって来ていた。

 それぞれの武装に統一感はなく、また先程の騎士達と違い鎧や剣に魔法は掛かっていないが、明らかに先程の騎士団よりも強い。

 兵士団の数は約二〇。

 その中でも先頭をかけるあの男、彼は頭二つ三つほど抜きん出ている。一目で分かるほど他の者より優れた肉体を持っているし、何よりホヒンダのスキル──〈野生の勘 (敵察知)〉が反応している。つまりは、『敵』とみなされる程度のレベルはあるということだ。

 兵士団達はその無骨な見た目とは裏腹に、見事な整列を持って村長とゴリラ、ハムスターの前に立った。

 その中からあの一際屈強な男が進み出てくる。

 村長を一瞥した後、ホヒンダとハムスターを油断なく見つめる。

 

「──私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしてまわっている帝国の騎士達を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っているものである」

「ウホホ、ウホホホホ?」

「戦士長とは? と聞いてるでござるよ」

「はい。商人達の話では、かつて王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭兵士達を指揮する方だとか」

「ウホホ……」

 

 それは何とも、凄い人物ではないか。

 もちろん現実(リアル)には王国などなかったため、王国の戦士長という立場がどの位偉いかなど分からないが、それでも何だか凄そうとゴリラは思った。

 

「この村の村長だな。横にいるのは一体──? 教えてもらいたい」

「はい。こちらのお二匹は『森の賢王』様とその主人であるホヒンダ・オロゴン様です。バハルス帝国の騎士達に襲われたところを、助けていただいたのです」

 

 それを聞いたガゼフは、目を見開いた。

 しかしそれも一瞬のことで、直ぐに精悍な顔つきに戻り、金属鎧のガチャリという音を立てて馬から飛び降りた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 ザワリと空気が揺れた。

 それもそのはずである。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ、王国最強である彼が魔獣に頭を下げたのだ。その意味は推して測れるべくもなく。

 ホヒンダは人に頭を下げられるという行為に慣れておらず、少し居心地の悪さを感じた。しかしそれ以上に、偉い人に感謝されるほど良い事をしたのだという、達成感のようなものを感じる。

 

「ウホホ……」

 

 ホヒンダが手を差し出す。

 ガゼフは少し驚いた後、直ぐに笑ってその手を取った。

 ガゼフの鍛え抜かれた手と、ゴリラの毛むくじゃらな手が握手を交わした。

 記念すべき、異種間交流の瞬間である。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「これは──!?」

 

 ガゼフ・ストロノーフは驚愕していた。

 先の御仁──ホヒンダ・オロゴン殿が捕らえたという騎士達を見ると、その板金鎧(プレートメイル)には確かにバハルス帝国の紋章が付けられていたが、鎧に掛かっている魔法はスレイン法国のものだったのだ。

 

 

 元々、その予想をしていなかった訳ではない。

 仮にバハルス帝国の騎士達が攻めてきていたのなら、立地的におかしいのだ。カルネ村はバハルス帝国とは真反対に位置しており、バハルス帝国からカルネ村に行くには山を越えるしかない。

 板金鎧(プレートメイル)を付け、馬を連れながら、誰にも気づかれずに山を越えるというのは考え辛い。

 しかしスレイン法国からであれば、カルネ村は国境付近に位置しており、外交問題を考えないのであれば、直ぐにでも攻め入ることが出来る。

 スレイン法国がリ・エスティーゼ王国に攻め入った。この意味は大きい。

 とどのつまりは、スレイン法国は人類の守り手として、王国は見限ったのだ。

 もちろんスレイン法国は人類の守り手と銘打っている以上、表立っては攻めてこないだろう。

 しかし、バハルス帝国を支援したり、秘密裏に要人を暗殺したり、輸入輸出経路を絶ったり……あの強大な法国であれば幾らでもやり様があるだろう。

 その第一歩として、閑散とした郊外の村々を焼き払う……? 確かにほんの少し徴税率は下がるだろうが、大した痛手にはならない。

 であるなら、狙いはもっと別にある。

 そう例えば、村を守りにノコノコやって来た、碌な装備もしていない王国最強とか……

 

 

 慌ててガゼフは、窓の外を見た。

 彼の英雄の領域に片足を入れている視力が、それを捉える。

 一見すると、身軽な格好をしたただの男。何故こんな何もないところに……? という疑問はあるものの、それ以外に特出すべき点はない。

 しかしガゼフは知っている。魔法詠唱者(マジック・キャスター)と呼ばれる者達は、重装備に身を包んだ自分達戦士と違い、軽装を好む事を。

 ガゼフが男を睨んでいると、男は何やら祈りを捧げた後、人型をした羽の生えた生き物──天使を召喚した。

 もはや議論の余地はない。天使を使役する魔法詠唱者(マジック・キャスター)、それは即ちスレイン法国の手の者である証拠だ。

 

 

 ハッキリ言って国単位で見るなら、リ・エスティーゼ王国よりよほどスレイン法国の方が良いとガゼフは考える。

 彼等は国という巨大な単位である以上、キレイごとばかりではないが、その行動は人類の為という理念に一貫している。

 それに比べて王国はどうだ。

 貴族達は下らない諍いを引き起こすばかりで、人類全体どころか、自分の領民にすら気遣っていない。

 八本指と呼ばれる裏組織はこれ見よがしに根を張り、それを駆逐しようとする自分や黄金の姫の方が異端扱いされている。

 そこまでの事情を考えて、やはりガゼフは王国に忠義を尽くす。

 

 

 リ・エスティーゼ王国にあってスレイン法国に無いもの、それは国王──ランポッサⅢ世である。

 今日も民草の為に貴族達の反対を押し切り、ガゼフを送り出してくれた。それも、自分の力不足でフル装備にしてやれなくて済まない、と謝りながらだ。

 ハッキリ言って国単位で見るなら、リ・エスティーゼ王国よりよほどスレイン法国の方が良いとガゼフは考える。

 しかしガゼフ・ストロノーフが忠義を尽くすのは、リ・エスティーゼ王国である。

 あのスレイン法国が、直接手を出してきたのだ。この件が明るみに出れば、間違いなくスレイン法国は苦境に立たされる。つまり、スレイン法国は間違い無く、万全を期しているだろう。

 だが、生き延びなくてはならない。

 自分が死ねば、より王は苦境に立たされる。それだけは、阻止せねばならぬのだ。そして同時に、民草も守る。

 そうガゼフは決心した。

 

 

 幸い、こちらにはあのお二人──お二匹の強大な魔獣がいる。ハムスター殿はフル装備のガゼフであれば勝てるかもしれないと思えたが、オロゴン殿には少しも勝てる気がしなかった。

 その上、オロゴン殿の瞳の何と優しげなことか。

 あの方は、間違い無く村人たちを見捨てるような真似はしない。

 例え戦いに参加してくれずとも、村人たちだけは守ってくれるだろう。そうガゼフは確信する。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 ガゼフは頷くと、彼と共に部屋を出た。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ガゼフは深い感謝を覚えていた。

 ガゼフが事情を説明すると、オロゴン殿は『ウホ』の一言で共に戦う事を了承してくれたのだ。それはハムスター殿も同じであった。

 常に最強として一人、一番槍を務めてきたガゼフである。自分より強い者が並び立ち、共に戦ってくれる。その安堵は大きい。

 その上オロゴン殿は回復アイテムとして、黄色い果実まで配ってくれたのだ。試しにと勧められるまま齧って見ると、ここに来るまでの間に溜まっていた空腹や疲労がみるみるうちに消えていくのを感じた。

 この貴重なアイテムを、一人三つまで支給されたのだ。感謝の至りである。

 これだけでも十分すぎるほどなのだが、オロゴン殿は加えて、強大な魔力が秘められたマジックアイテムまで貸してくれたのだ。

 

 

 ガゼフは感謝を覚えていた。

 ──覚えていたのだが。

 

「こ、これは何というか……わ、ワイルドだな」

 

 ハハハ、と笑ってみせる。

 オロゴン殿から渡されたアイテムは、強大な魔力が篭ってこそいたが、見た目が完全に葉っぱと木の棒なのだ。

 紛れもなく、オロゴン殿は命の恩人だ。

 加えてこれだけの事をしてもらっておいて、もちろん異論などあるはずがない。はずがないが……

 

 

 ムキムキの男達が、葉っぱと木の棒を装備し、野を駆けて行った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 スレイン法国神官長直属の上司特殊工作部隊群、六色聖典の一つ、陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインの心にあったのは、『混乱』ただそれのみである。

 

 

 陽光聖典は六色聖典の中でも、特殊工作部隊というよりは傭兵に近く、最も戦闘行為が多い部隊である。

 普通の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の到達できる最高レベル──第三位階の信仰系魔法を使える事が入隊の最低条件である彼らは、戦闘のエリート中のエリートである。

 そんな陽光聖典に回ってきた此度の任務──王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ暗殺の依頼は、彼らをもってしても決して簡単な任務ではない。

 そもそもフル装備したガゼフの戦闘能力は隊長であるニグンを圧倒的に上回っており、そのためガゼフの装備が薄い時を狙う必要があった。

 加えて、今回の任務はバハルス帝国の仕業だと思わせなくてはならない。

 王国最強を殺しつつ、目撃者を0に留める。

 それがどれ程の難易度を持つのかは想像に難くなく、実際既に四度もの失敗を決している。

 

 

 しかし遂に、その期がやって来たのだ。

 装備が薄くなった状態のガゼフを辺境の地に招き入れ、絶え間なく訓練をしてきた熟練の部下達と共に取り囲む。

 そんな絶好の機会が訪れた──いや、神から授けられた。

 ニグンは自分に機会を与えてくださった己の信ずる神に祈りを捧げた。

 そして神の使いである最高位天使を呼び出し、いざガゼフ・ストロノーフを討ち取ろうとした瞬間である。

 

 

 ムキムキの男達が、葉っぱと木の棒を装備し、野を駆けて来たのだ。

 

「神よ……」

 

 スレイン法国神官長直属の上司特殊工作部隊群、六色聖典の一つ、陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインは己の信ずる神に祈りを捧げた。





これ以降本編と関係ないです。


これからの展開において、とある疑問が生じた。
そこで私は、某ネット掲示板で質問をする事にしたのである。
私はオーバーロード関連ののスレに行き、質問をし、満足のいく答えを得た。
心地よい満足感の中、そこでふと下にスクロールすると、オーバーロードに関する別のとあるスレがあった。
興味本位、というと聞こえは悪いが、私は好奇心のままにそこを除いた。
すると、私がいた。
文字の中に人柄が宿るなどという文学的哲学論を展開しようというわけでもなく、暗い画面に映っている人がいると思ったら自分だったという古典的なギャグをかますつもりもない。
本当に文字通り、私がいたのである。
私はその中で、批判されるのを覚悟で書いた。思ったより人気が出てプレッシャーを感じている、と書いていた。
すると他の方が、そんな事はない、面白いよと私を褒めてくれていたのだ。
作者が不安を書き、それを読者が応援する。
昨今生き馬の目を抜く様なネット掲示板の中にあって、非常に心温まる光景がそこにはあった。
そこでふと、私の中で疑問が生じる事になる。
ここにいる私が私であるなら、この書き込みを見ている私は誰なのか? という疑問である。

人は秒速400mの速度で反復横跳びすると、分身する事が出来るという。知らず知らずのうちに私は秒速400mで反復横跳びをし、分身していたのではないか、と思ったのである。
そこで私はコップに水を並々と注ぎ、持ってみる事にした。
秒速400mで反復横跳びした場合、約16000gの負荷がかかる。つまりコップの中の水は溢れてしまう訳である。
しかし、コップの中の水は溢れなかった。
つまり私は反復横跳びしていないと言える。
Q.E.D──証明終了。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。