ゴリラになっちまった   作:ドラ夫

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二つの勢力

 人類の守り手、スレイン法国は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 

 

 事の発端は、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺を陽光聖典に命じた事である。

 法国のトップに位置する一二名──最高執行機関は陽光聖典の力を信じているものの、相手はかのガゼフ・ストロノーフという事もあり、不測の事態に備え、土の巫女姫の力を使いニグン及びその部下を監視していた。

 そして目に飛び込んできた光景は、最高執行機関を持ってして『意味不明』と言わざるを得ないものだった。

 まず、かのガゼフ・ストロノーフが部下と共に、葉っぱの腰巻に木の棒という、ビーストマン顔負けの装備で突撃してきたのである。

 王国貴族達の腐敗が進みすぎて、脳まで物理的に腐ってしまい、あんな装備を王国最強に持たせたのかと最高執行機関は真剣に考えた。

 しかしそれも一瞬の事であり、直ぐにあの葉っぱの腰巻と木の棒がとてつもないマジックアイテムだと彼等は理解した。

 陽光聖典のエリート達が修めている中で最も高位な天使召喚魔法──〈上位天使召喚(サモン・アークエンジェル)〉によって召喚された炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)監視の権天使(プリンシパリテイ・オブザベイション)達の聖なる一撃はことごとく葉っぱに防がれ、生物の様でもあり静物の様でもある頑丈な体は木の棒の一撃によりクルミの様に破られていく。

 この馬鹿げた光景を見れば、あの一見貧相以下に見える装備が、途轍もない魔力を秘めていると認めざるを得ない。

 

 

 巫女姫とは、『叡者の額冠』というスレイン法国最秘宝のマジックアイテムの一つを装備している少女達の事である。

 このマジックアイテムを装備すると《オーバーマジック》──それも高位の──という魔法が使える様になる。《オーバーマジック》は読んで字のごとく“超える魔法”であり、本来の自分では使えない位階の魔法を──大量の魔力と引き換えにだが──使える様になるという、切り札と呼ぶべき魔法だ。

 しかしそれでも、通常自分が使える魔法の二位階上など制限がつくのだが、この叡者の額冠を使用した際にはその様な制限はない。叡者の額冠を装備した者は誰でも、第八位階までの魔法が使える様になるのだ。

 

 

 そんな国宝と呼ぶに相応しい能力を持った叡者の額冠だが、当然デメリットもある。そしてその効果が大きければ大きいほど、デメリットもまた大きいものである。

 使用した者は目から光を失い、二度と元に戻る事はない。更に自我を失い、外すと発狂してしまう。それとヒラヒラしたスケスケの衣装を一生着なければならない。

 またこれだけの条件を付けているにも関わらず、叡者の額冠を着ける事が出来るのは100万人に一人という、国民の管理が徹底しているスレイン法国でもなければ適合者すら見つけられない厳しい条件を持つ。

 また先も記述した通り、《オーバーマジック》は多量の魔力を消費する魔法であり、超遠距離監視用魔法──第八位階魔法ともなればスレイン法国の高位神官達を集めた大儀式が必要である。

 つまりは高位の魔法であれば同時に一つの魔法しか使う事が出来ず、覗いている相手の姿を見る事が精一杯であり、その力の程までは調べる事まではできない。

 

 

 しかしそんな事をせずとも、あの恐ろしい魔獣の力の程は分かった。

 

 

 スレイン法国の基礎となる部分を作った、六〇〇年前に降臨したとされる六大神。かの神々が残したとされる至宝──をニグンが使う。

 万が一に備えニグンに持たせた、流石に最秘宝級ではないが、それ一つで街が一つ買えるほどの大秘宝。

 込められた魔法は第七位階──人類では決して到達し得ない極限級の領域。

 水晶の砕ける音と共に、燦然(さんぜん)と地が、天が、威光が、善なる輝きを放ち始める。

 ニグンはその圧倒的な力と信仰に浸りながら、最高位天使に命じる。

 

「〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を放て!」

 

 聖なる光が辺りに満ちて行く。

 人類では決して届かない領域。スレイン法国では大儀式を行えば使う事ができるが、それでも単体では決して放てない一撃を、最高位天使はことも無げに放つ。

 ──いや、放とうとした。

 

「ウホ」

 

 ウホ、それである。

 魔獣がその言葉と共に拳を振るうと、あっけなく人類の切り札の一つは破壊された。

 そこから先は速かった。

 戦意を喪失した陽光聖典は、日頃の撤退訓練の成果を発揮する間もなく、ガゼフ・ストロノーフ等にあっけなく捕まった。

 

 

 ガゼフ・ストロノーフ暗殺の失敗。

 戦闘のエリート中のエリートを集めた陽光聖典、及び切り札の一つであった威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の喪失。

 それによる人類の守り手たるスレイン法国の明確な軍事戦略行為の露呈。

 スレイン法国最高執行機関が問題にしているのは、そんな些細な事ではない(・・・・・・・・・・・)

 

「あのお方は神──ぷれいやー様と見て間違いないと思うが……」

「然り。ガゼフ・ストロノーフ等に渡した装備、あれは見た目こそ掛け離れているが……六代神様がお残しになった物と中身は酷似している」

 

 一見しただけだが、見た目はともかく込められた魔法は人類の極限を超えた領域にあった。

 それを迷いなく他の者にあれだけ渡すなど、この世界の人間とは考え難い。

 また残された六大神についての文献によれば、ぷれいやー達にはそれぞれ異なる好みのふぁっしょんというものがあり、装備や見た目などを自分好みに変えたと言われている。

 あの装備が彼のふぁっしょんであるなら、ゆぐどらしるぷれいやー達でない自分達と服装が大きく違うというのも納得できる。

 

「しかし、だ。ややズレているものの、位置的には破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活が予言された場所に近い。あの見た目からして、そちらの線が濃いのではないか……?」

「見た目で物を言うな。スルシャーナ様も見た目は人のモノではなかった、と言われているではないか。冷静になって客観的視線で状況を見よ。平和な村々を焼き払う謎の集団を、現地の戦士達と協力し、死者を出す事なく納めたではないか」

 

 スルシャーナ様とは、六大神の一人であり六代神の中で最も強く最も長生きした神だ。

 その容姿はスケルトンや死者の大魔法使い(エルダーリッチ)などのアンデッドに酷似していた──がしかし紛れもなく人類の味方であった。

 

「そうであるなら、我々と敵対してしまった可能性が高いな。ただでさえリ・エスティーゼ王国などという所に降臨してしまわれたというのに……あの国の貴族達が御方と存在に気づけば、どんな愚弄を犯す事か……」

 

 あの愚か者どもが人類のスタンダードだと思われては、目も当てられない。

 

 

 ご察しの通り今議論されている事は、突如現れたあの魔獣が何者か……? という事だ。

 スレイン法国が崇める神であり、人類を救ってくれた六大神。

 欲望の赴くままに世界を荒らし、六大神の一人であらせられたスルシャーナ様や竜王達を殺害した八欲王。

 世界を放浪した十三英雄達の一部。

 全て一〇〇年ごとに来るゆぐどらしるぷれいやー達である。

 かの魔獣もゆぐどらしるぷれいやーであるのか、またゆぐどらしるぷれいやーであったとして人類の味方なのか。スレイン法国最高執行機関の今日の議論はそれに尽きる。

 

 

 要約すると、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)(ゴリラ)なのか人類を救う神(ゴリラ)か、という事である。

 

「──交渉をするのであれ、戦う事になるのであれ、見極めるのであれ、どちらにせよ、漆黒聖典を出す他あるまい」

 

 漆黒聖典。

 それはスレイン法国に六つしかない六色聖典の一つであり、六大神の中で最強の神スルシャーナ様を信仰する、最強の部隊。

 スレイン法国最強の部隊、ではない。人類()最強の部隊である。

 正真正銘人類の切り札と言える存在を送り込む事に、異議を唱える者など居なかった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 「この世界の村人が、レベル一〇〇という事もあり得るのだからな……」確かに、自分はそう言った。しかしそれは「警戒を怠るなよ……」という意味であって、本当にそうだと思って言った訳ではない。

 しかし、だ。

 この様な光景を見させられては、強ちそれも間違いではなかったのではないか、と思わせられる。

 

 

 モモンガは鏡──遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)というアイテムを使い、周囲を探索していた。

 そうすること暫し、漸く一つの村を見つけた。

 何とそこでは、一人の少女が二匹の魔獣をテイムし、乗り回していたのだ。

 直ぐにモモンガはアウラ──テイマー技能を持つエルフ──を呼びつけ、二匹の魔獣を探させた。もちろん、念の為の〈偽の情報(フェイクカバー)〉や〈探知対策(カウンター・デイテクト)〉なども忘れない。

 結果ハムスターの方は三〇レベル強。

 そして謎の毛むくじゃらの人間を二段階程退化させた様な獣は──レベル一〇〇、つまりはレベルだけで見るならモモンガと同等。

 

「率直に聞く。あの獣をテイム出来るか……?」

「申し訳ありません、モモンガ様。不可能です。アタシのテイム技能が通用するのはレベル八〇──相性が良い獣でも九〇前後です。お力になれず、すみません」

「良い。では、勝てるか?」

「はい。それは出来ると思います。レベルこそ一〇〇ですが、持っているスキルが……」

 

 そうだよなあ、とモモンガは思った。

 レベル一〇〇のユグドラシルプレイヤーであれば、当たり前にしている、探知系魔法への対策が何もされていないあたり、あの魔獣は間違いなく現地の魔獣と見て間違いない。

 またこの世界ではwikiや他のプレイヤー情報がないせいか、とっているクラスなどが完全に獣のそれであり、ハッキリ言えばほぼ無意味なスキルで一〇〇レベルまで埋まっている。

 一体だけなら、ナザリックにいる強めのレベル八〇強程度のNPCで問題なく倒せるであろう。

 しかし、だ。

 あのレベルの魔獣がゴロゴロその辺にいるのであれば、警戒せざるを得ない。

 量は武器。かつて一五〇〇人という大軍に攻め込まれたことのあるモモンガはそれを良く理解していた。

 またハムスターの方に騎乗しているあの一見すると何でもない村娘の方も気になる。

 モモンガから見て、明らかに魔獣をテイムしている。

 アウラ曰くテイム技能などは持っていないということなので、スキルによるテイムではなく、そう野生動物の餌付けに近いのであろうが……

 あるいはユグドラシルにあったMPなどとはもっと違う、他の力もあるのかもしれない。

 考え出せば可能性はキリがない。

 

 

 色々と考えながらモモンガが魔獣や村を見ていると、やがて村に戦士達が訪れた。

 そして戦士達を追って、今度は神官達がやって来た。

 するとあの毛むくじゃらの魔獣が葉っぱと木の棒を戦士達に配り始めたではないか。

 〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)

 これはアイテムを鑑定する魔法である。そこから分かるのは、あの葉っぱや木の棒が実は聖遺物級(レリック)アイテムであることが判明。

 対する神官達──中でもその一人は威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚していた。

 もちろんモモンガを始めナザリックの者であれば問題なく対処出来るが、こんな閑散とした村を襲っている者が最高位の者であるわけがなく、つまりはある程度の人物であれば第七位階の魔法が使えるという証拠に他ならない。

 

 

 モモンガは考える。

 この世界はやはり、警戒に値する世界である、と。






土の巫女姫及びニグンさん生存ルート。

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