ゴリラ
ゴリラと
ゴリラなので
ゴリラは
と上四つに出るようになってしまった。
「ご」ではない「こ」の段階でだ。
一口に帝国に行く、と言ってもそこには数々の困難が立ち並んでいる。
例えば距離。
カルネ村から帝国領に行く途中の道には、巨大な山脈があり、そこを超えなくてはならないだろう。
加えて道中──リ・エスティーゼ王国の道は舗装されていない道が多く、その警護はその土地を支配する貴族に任せられているが、もはや当然と言うべきか貴族達はその責務を果たしておらず、野党やモンスターに襲われる可能性が高い。
例えば関税。
バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国間では戦争が起きており、決して仲は良くない。またリ・エスティーゼ王国は腐敗の一途を辿っており、それに辟易とした移民が後を絶たない。
そのため、バハルス帝国に入国する際の関税は、非常に高く設定されている。
また国内移動──ある貴族の領土から別の貴族の領土に移動する際にも関税が掛けられており、大規模な移動をすると、それだけで大半の財産を失ってしまう。
これが行きだけなら良いが、帰りもあるのである。
この辺りが帝国に比べて王国から優秀な冒険者や商人が出ない理由だろう。
こと今回の件に関して言うなら、帝国にたどり着くだけでなく、そこで一定の賭け金を賭けて利益を出さなければならないのだ。
当然のことながら、元の賭け金が高いほど儲けは大きい。
そこでヤダム・ペインダーがエ・ランテル──カッツェ平野付近に位置しているため武器や防具が充実している冒険者組合もある街──にて金銭を稼ぐことを提案。
具体的な方法としては、村人全員でタダライ──身体能力向上系の
昔は『森の賢王』の縄張りであったため奥地まで採取しに行く事が出来なかったが、今はその心配はない。
また森の奥地は手付かずになっており、薬草が豊富にあった。これなら、関税を取られても十分に元の賭け金となるだろう。
当然のことながら、いくらハムスターが人語を話せると言っても、二匹だけでエ・ランテルまで行けば混乱は必須。
そこでエ・ランテルに知り合いがいるというエンリ・エモットが、何故か他の村人の熱い推薦を受けて同行することに。
「なんだあの強大で深い知性を感じさせる魔獣は……」
「まさか、あの村娘がテイムしているのか!?」
「いや、敢えてみすぼらしい格好をしている、ということもあり得る。
「もしそうだとすれば、あらゆる魔獣を使役する英雄──いや、逸脱者級とすら……」
エンリが歩くたびに、人々は道を譲り、恐れ慄く。
どうしてこうなったんだろう……? エンリは思う。
カルネ村からエ・ランテルまでは冒険者の足で丸一日ほど。単なる村娘であるエンリの足なら、今回は魔物の危険などを考慮しなくて良いとはいえ、二日ほどかかる。
そこでハムスター様の背中に乗って、エ・ランテルに行くことにした。非常に合理的であると思う。実際、三時間も経たずにエ・ランテルまで着くことが出来た。
しかしその後、ハムスター様の背に乗ったまま街を闊歩する必要は全くないのではないか……?
現に門番を務めている兵士がハムスター様とホヒンダ様のあまりの恐ろしさに腰を抜かしてしまい、その騒ぎのせいで、あっという間にエンリの事は評判になってしまった。
「あ、あのー……」
「ウホッ!」
エンリが話しかけると、ゴリラは薬草が積まれた荷車を引きながら、親指を立てて「エンリのシモベらしくだろ、分かってるよ!」という様なしたり顔をした。分かっていない、このゴリラはまったく分かっていない。
「はあ……」
エンリはまた一つため息をついた。
それを見て周りの人々が「魔獣に何か指示を出したぞ……」、「それもほぼ言葉を介さずに……まさに阿吽の呼吸か」などとまた騒ぎ出す。
何かしらの弁明をしたいが、ここで突然大声で弁明し始めるのは不自然だし、何より恥ずかしい。
ただの村娘である私が、どうしてこんな……
◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいました」
冒険者組合の受付とそんな会話をしながら、お互い苦笑い。もしかすると、この街に来て以来始めても心が安らいだかもしれない。
あの二匹は建物の中に入れないため、外で待機している。それ故受付嬢からは、ただの町娘にしか見えない事だろう。
エンリが薬草の勘定をしてもらっていると、ドタドタと良く見知った一人の老婆が入ってきた。
彼女はリィジー・バレアレ。
エ・ランテル最高の薬剤師であり、エンリの友ンフィーレア・バレアレの祖母でもある。
「あ、リィジーさん。こんにち──」
「孫が! 孫が連れ去られた!」
ドキンと、エンリの心臓が鳴った。
ンフィーレアが、連れ去られた……? その事実がエンリの頭の中を駆け巡った。
ンフィーレアとはただの友達だ。なのに、失うかもしれないと思った瞬間の、この焦燥はなんだろう。
普段から友達を大切にしていない、訳ではない。しかし、それとはまた別の“何か”がエンリの中に渦巻く。ンフィーレアを決して失いたくない、エンリはそう思った。
エンリが思考している間にも、状況は目まぐるしく変化していく。
エ・ランテル冒険者組合長プルトン・アインザックや、リィジーの友人でもあるエ・ランテル魔術師組合長テオ・ラケシル達が集まり、対策チームを組み始めている。
カッツェ平野での戦争に置いて重要な軍事費拠点であるこの街にとって、優秀な薬剤師であるバレアレ家は大切な存在だ。
また、ンフィーレアは「あらゆるマジックアイテムが使用可能」というとてつもない
そんな彼を誘拐すればどうなるかは想像に難くなく、ンフィーレア自身は第二位階までの魔法が使えるそこそこの
つまりは、一刻を要する。
「申し訳ありません! 今日は立て込んだ事情が出来てしまったのでお引き取りを!」
「あ、はい」
受付嬢が鬼気迫る表情でエンリに出て行くよう言った。エンリはボーッとした頭のまま、言われるがまま出て行く。
何かしたいと思ってはいても、ただの村娘であるエンリに出来ることはない。むしろ何もしない事が、唯一エンリに出来ることだろう。
そう頭では分かっているのだが──
「ウホッ!」
ポンとエンリの肩に、人間の手を二段階程退化させて毛むくじゃらにした様な手が置かれた。
振り返ってみると、ゴリラが親指を立てて「俺たちはエンリのシモベだ!」という様なしたり顔をしていた。
「ンフィーレアを助けられるの?」
「ウホホ!」
やる気を示す様に、ゴリラがドラミングした。
エンリは暫しの沈黙の後、ゆっくりと頷き、再び冒険者組合へと入っていった。今度は一人ではなく、二匹のシモベを連れて。
◇◇◇◇◇
結論として、エンリは冒険者として冒険者組合に登録し、ハムスターとホヒンダはエンリが使役する魔獣として登録する事になった。
ンフィーレア奪還作戦はまず「拉致されたンフィーレアを探す」という初歩の初歩的な所から始まる。それ故、人が多く必要であり、多くの冒険者を集めた合同チームを作る事になった。
情報はチームの中で共有される。エンリもそのチームに入り情報を得ようと、また祖母であるリィジーに、筋の様なものを通したかったこともあり、冒険者組合に登録した。
エンリはまだ冒険者に成り立て──つまりは
その後ハムスターの《チャームスピーシーズ/全種族魅了》によって魅了された小動物達の情報により、ンフィーレアの居場所、及び状態──何かしらのマジックアイテムで意識不明──というところまで判明。
そして時は追いつき現在。ンフィーレアの監禁場所である、西側地区の共同墓地に冒険者組合が立ち上げたチーム全員が来たのだが──
「なんだ、これは……」
誰かが呟いた絶望は、誰にも触れられることなく闇に溶け込んだ。
腐った様な臭いと共に、数え切れないほどのアンデッドが、共同墓地の門に詰めかけ、叩いている。
ドンドン──
知性を持たないアンデッドは、己の拳が割れることを厭わず、ひたすら最大の力でもって門を叩く。最初こそ僅かに揺れる程度だった門は、今は嫌な軋みの音を立てながら、大きく揺れている。
ドンドンドン──
繰り返される殴打音。遂に門にヒビが入り始める。
奴らは知っているのだ。奴らが憎む生者が、門の外にいることを。
冒険者合同チームの中で、アンデッドを倒した事がない者はほとんどいないだろう。アンデッドは知性も待たない分、決まった動きしかしないので、初心者御用達の敵だ。
この中で最高位の冒険者──ミスリルクラスの冒険者であるイグヴァルジなどそれこそ、数え切れないほどのアンデッドを倒してきた。
ドンドンドンドン──
それは絶望の福音。
数は暴力である。
門や塀を叩く音が、少しずつ増えていく。千を超えるアンデッドの群れ。その中には
数は暴力である。
そして質もまた、暴力である。
ドッと、イグヴァルジの第二位階の魔法が込められている最高位の鎧に守られている体から、嫌な汗が噴き出る。
イグヴァルジは
オリハルコン、アダマイタント──果ては十三英雄と肩を並べる。
幼い頃吟遊詩人に十三英雄の物語を聞かされて以来、それを目標に生きてきた。
幼い頃、他の子供達が遊ぶ中その誘惑に耐え己を鍛えた。少年期、青年期に入ってもそれは変わらない。
女、食事、休息、友、娯楽──一切合切を捨ててきた。それもひとえに、英雄になるため。
特に才能があるわけでもないイグヴァルジがミスリル級にまで上り詰めることが出来たのは、捨ててきたからだ。
他の人が享受している幸せを、受ける事が出来たはずの幸せを、全て捨ててきた。全てを鍛錬に変えてきた。
──ただ、英雄になるために。
しかしそんな今までの積み重ねが、全てを捨てて得たものが、消えるかもしれない。
冒険者組合長であるアイザックがいる以上、逃げるという選択肢をとった場合、英雄にはなれなくなる。
かといって立ち向かったところで、待っているのは死。
英雄になりたい。
死にたくない。
その究極の二律背反が、イグヴァルジの体を襲った。
「ハッ、ハッ、ハッ──」
ミスリル級のフォレストストーカー──野外での行動に特化した戦士系の職──であるイクヴァルジが、汗をかき呼吸を荒くする。
酸素が上手く頭に回らず、目はチカチカし、四肢に力が入らなくなる。そこへ、
“ドン!!!”
一際大きな音が、門から響く。あの向こうには、一体どんな恐ろしいアンデッドがいるのか──?
“見えない”という事実は、人を恐怖に陥れる。
音の正体は、イグヴァルジとその仲間達なら倒せなくもない、
イクヴァルジがとうとうその場に崩れ落ちそうになった瞬間──
「ウホ」
ポン、とイクヴァルジの肩を何かが叩いた。
恐怖でぎごちない首を、意地で動かし、振り返る。
──大きな安心感という名のゴリラがイクヴァルジの身を包んだ。
この魔獣の待つ雰囲気の何と強大なことか。
この魔獣の目の何と優しげなことか。
「あ、あなたは──」
「ウホホ、ウホホホホ。ウホホッ! ウホホホ、ホホ!」
ちくしょう、何を言ってるか分からない。
イグヴァルジが呆気に取られる中、強大な魔獣はノッシノッシと門の方まで歩いて行った。そして地面に手をつき、一言。
「──ウホッ!」
突如として地面から、巨大──という言葉で言い表せないほど巨大な大樹が、勢いよく生え広がっていく。
崩れかけた門や塀に太い根を下ろし、瞬く間に補強していく。その光景はまるで神話。イグヴァルジが幼い頃から憧れてきた光景が、そこにはあった。
「ウホホ、ウホホホ」
魔獣から黄色い果物が投げ渡される。
ミスリル級に相応しい身体能力で、それを受け取る。
そして魔獣はそれを確認すると、ひとっ飛びで門の向こうへと飛んで行った。それを追うように、白銀の魔獣とそれに跨った女性が続く。
そして巨大な破壊音の後、静寂が訪れる。
イグヴァルジはあの魔獣から渡された果実を齧った。すると先程までの恐怖は消え、代わりに今までにないほど頭が冴え渡った。
糖分は頭に良いのである。
「聞け! 弓と槍を扱う者は塀に登り、近づいてくるアンデッドを倒せ! 他の奴は
イグヴァルジの大声と共に、遠方からさらなる破壊音が聞こえてくる。
それはあの大魔獣が、このアンデッド大量発生の原因を解決しに行っている証拠に他ならない。であれば、その帰り道を作るのが己の仕事。
「行くぞ!」
ゴリラの帰り道を作ろうと勇む冒険者達の声が、墓地に響いた。
◇◇◇◇◇
「と、殿! 左手からアンデッドの群れが押し寄せて来てるでござる!」
「ウホ」
いかに『森の賢王』といえど、この数と質のアンデッドの群れは厳しい。背中にただの村娘であるエンリを背負っているなら尚更だ。
しかし、ハムスターは少しも心配していない。何故なら、
「──ウホッ!」
地面からヤシの木が生える。
そしてホヒンダはヤシの木を少し揺らし、ヤシの実を落とす。ホヒンダは落下中のヤシの実に向かって全力の〈ゴリラパンチ〉──要はただの右ストレート──を放った。
轟音。
ヤシの実は衝撃に耐え切れず、直ぐに弾けてしまうが、衝撃は残っている。竜巻のような余波が、アンデッドの群れを蹴散らしていった。
──これが『ゴリラ』。
カンストプレイヤーホヒンダ・オロゴンの実力である。
やがて一向は、墓地の奥深くに位置する、神殿の様な場所にたどり着いた。
待ち構えていたのは、ハゲである。
カジット・デイル・バタンデール。
秘密結社ズーラーノーンの幹部《十二高弟》の一人であり、今回の事件の首謀者である。
そしてその弟子達。
「お主達は何者だ……?」
なんだろう。
言葉にして表すなら、ゴリラとハムスターと村娘。
「答えぬか、まあ良い。──殺せ」
周りにいた高弟達とカジット本人から、《マジック・アロー/魔法矢》が合計15本飛んでくる。
一撃、に見えただろう。
しかし実際は15回。超高速で拳を振るい、それ等を全て叩き落とす。
カジットの青白い顔が、驚愕に染まる。
「きゃははははは! 信じられんない! アンタ強いねぇ!」
暗がりから、獰猛な猫科の猛獣を思わせる女性が突如出現した。
「クレマンティーヌ、隠れていろと──」
「無駄無駄。とっくに気が付かれてたよ。ま、《コンシール・ライフ/生命隠し》も使えないしぃ、当たり前って言ったら当たり前かもねえ」
女性──クレマンティーヌは人類最強の部隊漆黒聖典の元一員であり、その実力はかの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフすら上回る。
しかし言ってしまえば、その程度だ。
「あっ……」
一瞬の内にホヒンダはクレマンティーヌの背後に回り込み、首筋を叩いた。ストン、とクレマンティーヌの意識がなくなる。
そしてクレマンティーヌが地面に倒れこむまでの刹那の間に、カジットやその弟子達も同様に気絶させる。
いくら強いといっても、彼らのレベルは四〇にも届かない。つまりは、ゴリラの敵ではない。
◇◇◇◇◇
「ンフィーレア!」
エンリがンフィーレアに駆け寄る。しかし、ンフィーレアからの応答はない。
ホヒンダが《
「それは叡者の額冠というマジックアイテムです」
ホヒンダ達が先ほど入ってきた道から、様々な装備を身につけた一団が入ってきた。
彼等の強さは一人一人が先ほど対峙したクレマンティーヌと同等、或いはそれ以上だと、ハムスターの野生の勘が告げる。
「叡者の額冠。着けたものは第八位階の魔法が使える様になります。しかし変わりに、視力と自我を失ってしまいます」
「そんな……。助ける、助ける方法はないんですか!?」
「あります」
ンフィーレアを失わない可能性があることに、エンリはホッとした。
しかし次の言葉で、その安寧は壊されることになる。
「ただしそれは我が国──スレイン法国でなくては出来ません。着いてきていただけますか? ぷれいやー様と共に」
◇◇◇◇◇
同時刻。
“黄金”ラナーの元に、一人の来客があった。
来客の名はフールーダ・パラダイン。
逸脱者と呼ばれる英雄を超えた存在であり、バハルス帝国の切り札。彼一人でバハルス帝国の軍同等以上の戦力があると言われており、そしてそれは強ち間違えではない。
そんな彼がどうしてここにいるのか……? それは彼が仕える鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスからの命令があったからである。
ジルクニフにとってフールーダは最も信頼を置く臣下である。それ故に、ラナーという化け物の元に送りこめるのは、彼しかいないと判断したのだ。
ジルクニフはラナーの正体を知る数少ない人物の一人である。そんな彼のもとに、ラナーから“お茶会”のお誘いがあったのだ。
他の者は「他国の王をお茶会に誘うなど……」とあざけったが、ジルクニフだけはその意味をキチンと理解していた。
即ち、ラナーがとうとう王国を見捨て、帝国に下ったのだと。ジルクニフはそう考えている。
「王国は、法国が帝国の名を冠して王国に攻め入った証拠を握っています」
ピクリとフールーダの眉が上がる。
流石にこの切り出しは予想外だった。しかし同時に、王国にとって不利な情報を流した事で、ジルクニフの予想が間違っていなかったのだとも思う。
「王国の貴族達であればそれを貴方達に知らせず、どれだけ帝国から略奪出来るかに全てを注ぐでしょう。しかし、本来であれば帝国も無関係ではありません」
「ふむ。帝国からも、法国にアプローチを仕掛けろ、と?」
それは愚かしい事だ。
法国は他の種族の侵攻を食い止めている。法国が潰れれば、次に帝国が、王国が潰れる事になる。それを理解できてないのは王国貴族だけだ。
故に、フールーダはそれを愚考と切り捨てる。
「……法国には、第八位階の魔法が使える様になるマジックアイテムがあります」
「な、なにぃぃぃ!?」
「それを要求してみてはどうでしょう……?」
フールーダの頭の中は、そのマジックアイテムの事でいっぱいになった。先ほど愚考と切り捨てた案は、フールーダの中で最も素晴らしい最上の策になった。
ラナーの理想は、クライムに自分の事を平民に優しいだけの、何も考えていない童話の中のお姫様だと勘違いさせたまま、鎖で両手両足を縛り付ける事だ。
それを王国で実現するのは難しい。
しかし他の国に亡命した者として、或いは捕虜として捕らえられている場合はどうだ……? 悲しみに嘆くお姫様を演じながら、敵国に言われるがまま、クライムを縛り付ける。
ラナーなら容易い。
逸脱者フールーダ・パラダイン──バハルス帝国を相手にしながら、人類を守る余裕は法国にはない。
ならばそこに救いの手を差し伸べてあげようではないか。
フールーダを退け、亜人達に対処する策を講じる。
きっと法国はラナーに“落ちる”に違いない。
後は法国という最強の後ろ盾の中、クライムと二人で過ごす。
それがラナーの策。
「中々興味深い話をしていますねえ」
突如として、ラナーの背後から声が響く。
当然、メイド達は下がらせてある。この部屋には入らない様言いつけてあるし、メイド達は今頃、何故かやたらと忙しいはずだ。いやそもそも、フールーダの魔法で物理的に入れないようになっている。
「あ、あああ……ああああ!か、神よおぉおおおお!!!」
フールーダがラナーの後ろにいる何かの元に駆け寄り、その足元にひれ伏した。
クライム以外の事で、初めてラナーの中の理性ではない部分──本能が働き始める。
ああ、これが恐怖か。
ラナーの後ろには、上品なスーツを見事に着こなすカエルの悪魔が立っていた。
王国と帝国の二柱は、死の神の軍勢に落ちた。